勇気を下さい

作者:七凪臣

●勇気の証明
 がらんどうの暗闇の中、少年はしっかりとした足取りで歩いていた。
 カーテンのない窓から差し込む月明かりが照らし出すのは、住人がいくなって幾らかの時が流れたことがわかる住宅内。棚もテーブルもソファもない空間は、無味乾燥でやたらと広く感じられる。
「大丈夫。ボクには勇気がある」
 居間だったろう部屋を突っ切り、キッチンの脇にある扉へ向かいながら、少年は自らを鼓舞するように呟いた。
「ボクにはここを……お母さんや巴月達と過ごした時間を忘れて、新しい自分を踏み出す勇気がある」
 そうして少年は、洗面所に辿り着く。そこには備え付けの洗面台が残されていた。
「深夜、鏡の前で一人。三回名前を唱えると、彼女は現れる――それが、ブラッディ・マリーの伝承」
 うっすらと埃を被った鏡を右手で拭えば、興味と不安と決意が入り乱れた顔をした十二歳の少年の顔が映り込む。
「ボクは、ブラッディ・マリーを呼び出して、無事に帰る。そうしてボクは、ボクにボクの勇気を証明するんだ」
 こくり。
 少年の喉が上下した。握りしめた両手には、じっとりと汗が滲んでいる。
「――よし」
 意を決したらしい少年は、鏡に正対して仁王立つ。
「ブラッディ・マリー。ブラッディ・マリー、ブラッディ・まりぃ」
 三度目の語尾が不自然に掠れたのは、少年が我が身に起きた変事に気付いたから。胸に、巨大な鍵が刺さっていたのだ。
「……こ、れ――」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 意識を失った少年の体がクッションフロアの床に崩れ落ちるのを横目に、灰色の女――第五の魔女アウゲイアスは赤い瞳を瞬かせる。
 傍らには血まみれの衣装に身を包んだ、髪の長い女が立っていた。


●ブラッディ・マリーの伝承
 真夜中に鏡の前に一人で立ち、三回名前を呼ぶと血濡れの若い女が現れる。
 彼女の名は、ブラッディ・マリー。五十の星を抱く国の都市伝説に登場する幽霊だ。
「肝試しとして実践されるそうですよ。だから、理央くんは興味を持ったんでしょうね」
 リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)が語るのは、不思議な物事に強い『興味』をもった者がドリームイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件の一つ――絶花・頼犬(心殺し・e00301)の危惧が現実のものとなってしまった災禍。
「例によって理央くんの『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消していますが、『興味』から具現化した方……ブラッディ・マリーが更なる事件を起こす前に、皆さんにはこれを退治して頂きたいのです」
 そうすれば、『興味』を奪われてしまった理央も目を覚ます。
「なお、作戦に関してですが」
 一度そこで区切ったリザベッタは、まとめておいた事を抜けがないよう丁寧に詳らかにしてゆく。
 ブラッディ・マリーを模したドリームイーターは、自分の噂をしていたり、信じている者がいると、その人に引き寄せられる性質がある。
 そして姿を現すと、自分が何者であるかを問う。が、これは正解を答えても間違いを告げても構わない。気分を損ねたりはするだろうが、どうせ戦って滅ぼさなければならない相手だからだ。
「理央くんが倒れているのは、今は空き家になっている一軒家です。ちょうど近くに、壁面をミラーガラスで覆っているレストランがあるので、そこのガラスを鏡の代わりに使えると思います」
 レストランが面しているのは、普通の生活道路。夜も深い時間なので、車も人も滅多な事では通りがからないと思われる。
「配下もいないので、戦闘に手間取りさえしなければ、時間はそうかからないのではないでしょうか」
 戦うには面倒のない広さがある道路。住宅街ではあるが、深夜帯であるのが幸いし、よほど戦いが長引かない限り、近隣住民が顔を出す事もないだろう。
 ふ、と。
 そこまでは流暢だったリザベッタの語り口が、戸惑うように色を変えた。
「理央くんがこの噂に興味を持ったのは、勇気を証明したかったからみたいなんですね」
 肝試しと言えば、自分の勇気を証明するにはうってつけ。
「で、ですね。理央くんが倒れている空き家なんですが。春頃までご両親と妹さんと一緒に住んでた、彼の自宅なようで」
 何が、理央を突き動かしたのか。
 詳しくは判らない――けれど。
「自分自身と向き合う為に勇気が必要な事って、ありますよね?」
 そんな少年の心が引き寄せられた興味故に、未来が閉ざされてしまうのは悲しすぎるから。
 切なさを噛み締めるよう眉根を寄せたリザベッタは、どうか宜しくお願いします、とケルベロス達へ深く腰を折った。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)
遊戯宮・水流(愉悦勘定・e07205)
カペル・カネレ(山羊・e14691)
十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)

■リプレイ

 ――あなたにとって『勇気』とは何ですか?

●鏡よ鏡
「確か、アメリカの都市伝説だったかしら。鏡に纏わる都市伝説は多いけど、血塗れの衣装の女性がってちょっと怖い気もするわね」
 どきり。
 思い出すように語るセレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)の言葉に、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)は白くふわふわのボクスドラゴン――コハブを抱き締める腕に力を込める。
 人通りの絶えた深夜、一帯はしんと静まり返っているから。余計にセレスの声は響くし、ましてや彼女は言霊を操るに長けた者なのだ。
「俺も調べてきたんだけど。その場で三回まわるとか、蝋燭を灯すとかでも現れるんだって!」
 どきどき。
 青白い街灯の光を白い翼に受ける十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)の口ぶりは、あくまでも朗らかだ。
「でもまあやっぱ、鏡の前で三回名前を呼ぶってのが定説みたいだよな」
 ぎゅぎゅ、ぎゅ。
「だいじょうぶ?」
 大人たちに悪気はない。むしろこれは必要な儀式。だのに高鳴りゆく心音を持て余していたメイアの顔を、カペル・カネレ(山羊・e14691)が覗き込む。
「えぇ、平気よ」
 カペルが差し出した眩い星を紡いだような毛並のオルトロス――名を、ステラと言う――を軽く撫でれば、人心地。
「だって、ブラッディ・マリーはおばけじゃないもの」
 あくまでも、コハブをぎゅっとしていれば、の話だけれど。しかし、メイアは立派な乙女。そして乙女には乙女の矜持がある。
「鏡に話しかけるなんて、乙女は誰だって通る道でしょう?」
 気分は「鏡よ鏡、鏡さん」なのよ、とターコイズブルーの少女は隣接するレストランに向き直った。
 濡れたような輝きを放つ一面のガラスは、鏡の代わり。「わたくしが試してみるね」と踏み出すメイアの背を見つめ、カペルは思う。
 鏡は人の心を映すというけれど。
(「ぼくたちの勇気も、そこに映し出されるのかな?」)
 答えは、分からない。もしかしたら、『ブラッディ・マリー』の名を唱えているメイアになら見えているのかもしれない――が、カペルの思考はそこで一度途絶えた。
「っ!」
 きっかり三度、呼ばれた名前。メイアの背後に血濡れた女が姿を現し――直後、鏡代わりに使ったレストランの窓ガラスが、内側から派手に割れたのだ。

●血濡れのマリー
「生まれたばっかで悪ぃけど、ぶった斬られてくんね?」
 四散したガラスの破片が弾く光粒を浴び、桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)がレストラン内部から躍り出る。
「ナっ!?」
 思わぬ場所からの出現に、長い金髪が跳ねるようにうねった。だが、次の刹那。
「四刀奥義・破道」
 物陰に潜んでいた絶花・頼犬(心殺し・e00301)が、走りながら刃を抜く。閃きは一瞬、放たれた斬圧は目標を過つことなく夢喰いを襲う。
 誘き出しからの、開戦。策は成った。ブラッディ・マリーを釣り出す肝を成したメイアは、安堵に胸を撫で下ろすのも束の間、星辰を宿す剣を抜いて地面に守護星座を描く。
 湧き上がった光が最前線に位置する者たちに自浄の加護を与える。その効果を得そびれた千鳥へは、コハブが己が属性を注ぎ込んだ。
「メイア、お疲れ様」
 肝試しのような緊張から、戦いの緊張へ。心を休ませる事なく移行した同族の少女を、綾鷹の後方から歩み出た朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)は労うと、そのままアスファルトの大地を蹴るモーションへ。カッと乾いた音を立て足元で回った車輪は烈火の炎を灯し、紅蓮の足技となって血濡れの衣に消えぬ火を点ける。
「ソウイウ、コトッ」
 自分を囲むのが殲滅の意識を持ったケルベロスであるのを察したマリーの眼差しが、怨嗟の色を帯びた。
 見つめる先には、謀ってくれたメイアがいる。けれど、視線が少女を射貫くより先に――。
「これ以上、女の子に怖い思いはさせないんだぜ?」
 千鳥が飛び込み、体を張った。被ったのは衝撃だけでなく、ねっとりと嫌な気配も意識に絡みつく。しかし振り払う為の加護は既に身の内に宿っている。だから千鳥は迷わず鉄塊剣を振り上げた。
「あんたの相手はこっち。俺がちゃーんと構ってやるからさ!」
 挑発を口に千鳥は重厚無比な一撃で夢喰いを頭上から叩く。激しく打ち据えられた脳天に視界を揺らしたマリーの瞳には、千鳥に対する怒りの焔が宿った。
「行くわよ」
 夜の闇に溶け込むような黒衣に纏わせた銀色の流体金属型武装生命体から、セレスがオウガ粒子を放出する。その光は、グラビティの命中精度を上げる効果も持ち。恩恵に与った綾鷹は、にっと口の端を吊り上げた。
「助かるぜ」
 構えたのは、二刀の霊断つ刃。
「よくよく見たらスタイルも良いし、結構美人じゃね?」
 言葉では禍つ女を誉めそやしながら、綾鷹は両手の刀を同時に閃かす。もしセレスの一手が綾鷹より遅ければ、綾鷹の一撃は血濡れの夢喰いを捕えなかったろう。一人では成せない事も、仲間と共にあれば話は変わる。
「でも、まぁ。面倒くせぇけと、邪魔する奴はぶった斬ってやらぁ」
「ッチ」
 破壊者の生んだ衝撃波に呑まれ、夢喰いは見悶えた。
「千鳥おにいさん、いま治すよ」
 黄金の果実をカペルが掲げると、ステラもデウスエクスへ目掛けて奔る。
 時計の文字盤の上を駆け足で巡る針が一周するのにも満たない前まで、ただの夜だった一角は、既に戦場と成り。
「Are you ready,marry?」
 色とりどりの缶バッチで全身を飾った遊戯宮・水流(愉悦勘定・e07205)が、ぽいっと口に飴玉を放り込み、軽やかに中空へ跳躍すればケルベロス達の陣は完全と化す。
「鏡張りでわっくわくするよねェ? ボク達の姿もキミの姿もよーく見えるヨ!」
 流星の煌きと重力を宿した水流の足先が、夢喰いの胴を貫いた。とことこと駆けた水流が連れるミミックのびーちゃんも、衝撃冷め遣らぬままの女の足元を食む。
 人避けの陣は、頼犬と水流が張っている。
 八人と三体は何一つ憂うる事なく、一人の少年の興味から生まれたドリームイーターに立ち向かう。

 ブラッディ・マリーの攻撃は、植え付けた衝動もあって千鳥に集中した。
「千鳥!?」
「チドリ、大丈夫っ?」
 一撃でありながら二つの重ねとなった血濡れの手に堪らず蹲った千鳥へ、頼犬と斑鳩が案じる声を投げる。
「平気。頼犬さん、斑鳩さん」
 だが、顔を上げた千鳥は笑っていた。何故なら、彼は護りの守護者。そして――。
「だよな?」
 振り向いた千鳥に水を向けられ、癒しを担うメイアとカペルが力強く頷いた。
「えぇ、お任せ下さいなの」
 圧倒的な回復量を誇るメイアの声には、微塵の恐れもなく。
「おいで、ステラ。……星の導きを正しき処へ」
 星。
 カペルが捧げた祈りが、希望の光となって千鳥に降り注いだ。

●破
 勇気を証明しよとする男の子を狙うなんて許せない。
(「――必ず、助けてあげよう」)
 まだ見ぬ少年を思い、頼犬は夜のしじまを駆けた。飛び込んだ先は、敵の零距離。固い意志を込めた拳を伸ばすと、軽く触れた部分から夢喰いの身体がどろりと崩れ弾ける。
 癒しに厚く、手堅く敷いた布陣は盤石。個でしかないデウスエクスは、早々に追いつめられる事になった。
「わたくしの分まで、お願いしますの」
「任せろ!」
 ほぼ一手に敵の攻撃を受けた千鳥は、その分だけメイアの癒しをも受けた。敵を打つ力を増させる効果を内包していたそれのお陰で、千鳥の剣は峻烈な威力を持つに至り。
「――そう、お前は大人しくそこにいればいい」
「クァ、ッ」
 太陽で出来ているわけではないと知る手で握った刃を、千鳥は踊り歌うように振るう。焼けつく太陽にも似た光放つ閃きに、唯一豊かなままだったマリーの金髪が無残に散った。
 勝敗は既に決している。それでも、終わりの瞬間までケルベロスたちは手を緩めない。
「高貴なる天空よりの力よ、」
 凪いだ声で斑鳩が唱える。しかし、得る力は絶大。背に負う翼を広げ、斑鳩は低く翔けた。拳に、火炎と雷を纏わせて。
「無比なる炎と雷撃にて全てを焼き尽せ」
「……ァア」
 斑鳩の拳に深く打たれた夢喰いの腹部が、熱せられた岩のように溶けて落ちる。
「アァァッ!」
 それでもマリーは足掻き、力ある叫びを発した。ただし力ある咆哮は狙いの千鳥ではなく、彼を護ろうと飛び出したステラを襲うことになったが。
(「確実に、行くわ」)
 敵の余力の少なさを的確に判じ、セレスは大技より命中精度の高さを択ぶ。そうして掲げられた雷撃杖から迸った稲妻は、的確に夢喰いを灼く。
「なんだ、お前。結局、ただの人工花じゃねぇか」
 直視に耐えなくなった姿を、綾鷹はわざと――しかも、面倒くさそうに睥睨する。
「ほとほと興味がなくなったぜ」
 襤褸布のような女へ別れの言葉を投げつけ、綾鷹は世界に唯一無二の剣技を繰り出す。
 亡神華劫剣――その名に相応しく、闇より深き漆黒の霊力に斬り裂かれたマリーは、血より赤い彼岸花に包まれた。
「水流おにいさん、お願いします!」
 カペルが一歩引いたのは、己が未熟を知るから。信を預けられた水流は、ステップを踏むように前へ出る。
 とくり、とくり。高鳴る胸は恐怖ではなく、歓喜のせい。魂震える程の極上のスリルは、水流にとってご褒美。生憎と、ここで命を懸けるつもりはないけれど。
「キミはブラッディ・マリー。人の勇気を試す亡霊で、強者に倒されちゃう敗者だヨネ!」
 行くよ、びーちゃん! とサーヴァントを伴って、水流は走る。走って、敵の眼前で急停止したかと思うと、赤と黒のツートンカラーのトランプを舞わす。
「乗ってきた乗ってきたヨ、運気超絶アップダヨ! 勝利も金もボクのモノ」
 召喚したエプロンドレスの少女と兵士がドリームイーターを翻弄する隙に、水流は自前のイカサマカードで風前の灯のような命の欠片を吸い上げ。主に追いついたミミックの一噛みがとどめとなり、血濡れの女は断末魔さえあげられず四散した。

●僕の勇気、君の勇気
 月明かりに加え、メイアとカペルが用意した光に照らし出された空っぽの家の中。
『こんなところで寝てたら風邪をひいちゃう』
 メイアに揺り起こされ、
『どこか痛むとこはないか?』
 千鳥に気遣われた少年――理央は、
『どうして、危ないめにあうかも知れないのに、勇気をみせようと思ったんだい?』
 膝を折り目線の高さを合わせ、「もう平気だよ」と安寧をくれた頼犬の問いに、ぽつりぽつりと語り出した。
 父と母が離婚したこと。離れて暮らす母と妹が、今度もっと遠くへ引っ越すこと。そして、もしかすると。新しい『おかあさん』が出来るかもしれないこと。
「だから、ボクにはお母さんや巴月と過ごした時間を忘れる勇気が必要なんだ……」
「そっか……頑張ったね」
 泣き出しそうな目をした子供の頭を、頼犬はやんわりと撫でる。理由は何であれ、勇気を示そうとしたことは、それだけで尊いことだから。
「男の子だもんな?」
「うん」
 同じ『男』として、理央の気持ちが分かる気がして千鳥が笑い掛けると、子供も懸命に笑い返そうとして、
「……寂しいを認めるのも、勇気だよ?」
「――え?」
 水流の言葉に、理央は目を大きく見開いた。
「大切な思い出を忘れちゃダメー」
 茶化すように軽やかに告げる水流は、その実、三兄弟の長男坊。故あって、実家とは縁を切っているけれど。それでも彼は未だに弟妹を気にしている。忘れないし、彼らの為になら、兄として命だって懸けられる。
「抱えた儘、お父さんと一緒に進んでご覧。それが一番の勇気ダヨ?」
 頼犬の父親のような包容力に守られて、千鳥の寄り添おうとする魂に触れ。そして、決して口に出さない想いを抱えた水流から一番難しくて一等大事なことを教えられ。
「……うんっ」
 理央は堪え切れなくなった涙をほろりと零し、でも、勇気を掴むように拳をぎゅっと強く握りしめた。

「こうしていたら、迷子にならないわ」
 高く持った灯でメイアが照らす帰路を、理央はケルベロス達と共に歩く。
「あのね。ぼくもぜんぶに立ち向かえる勇気がほしいんだ。そしていつかお師匠さま――ううん、おとうさんに認めてもらいたい」
 カペルは理央と手を繋ぎ、彼にだけ聞こえるように『ひみつ』を明かした。
「ぼくも……わらわないよ」
 だって、誰かに認めて貰うには。まずは自分を自分で認めてあげないといけないんだ。
「ね、ぼくたちは『ひみつ』を共有した『なかま』だよ」
「ありがとう」
 この光がぼくたちの導き星になりますように――大きく背伸びしてカペルが掲げたランタンの明かりを受けて、理央はくしゃりと相好を崩す。
「ここからは一人で帰れるー?」
 そうして辿り着いた一棟のマンション前。水流の確認に、理央は顔を上げる。
「平気、ありがとう」
「あのな」
 駆け出す背に、最後のエールを投げたのは綾鷹だった。
「無駄な所で勇気を出すより、ここぞと言う時に出すのがカッコイイじゃん?」
「――うん」
 何が無駄で、何がそうでないのかは、まだ子供な理央には分からなかいかもしれないが。バイバイ、と手を振る少年の背筋は、しっかりと伸びていた。

「勇気って何かしら?」
 嫌いな野菜をお口に入れちゃうこと? おばけに負けない心?
 ケルベロスとしての全ての務めを終えた帰り道、メイアは問う。
「わたくしにとっての勇気……それは、多分」
 前を向いて、まっすぐに歩いていくこと。ない記憶に惑わされず。ただ、まっすぐに。
「俺は、どんな目を背けたい事にも、怖くても自信に満ちた顔で立ち向かい、生きてくことだな」
 少女が改めて見つめなおした勇気は、期せずして千鳥が答えたものによく似ていて。
「ねぇ、斑鳩。あなたにとっての勇気って何かしら?」
「そうだね……自分にとって大切なものを護るために、迷わず手を伸ばせる事……かな?」
 自分の勇気がよく分からなくなってしまったと語るセレスに、斑鳩は空に手を伸ばして応える。それはかつて、戦禍に巻き込まれた時、護り切れなかった妹へ届かなかった手。
「そして……うん。自分の弱さを受け入れること。それを力に変えたいと思って踏み出すことなのかもしれないね。だから、セレスが勇気を失くしてしまったのなら。僕の勇気を分けてあげるよ」
 そんな斑鳩の申し出に、セレスはふふと笑む。
「それなら必要な時は頼らせてもらうわ、頼り甲斐のある天使の君に」

 勇気とは、何なのか。
 一人で持つものなのか、誰かと分かち合うものなのか。

(「ブラッディ・マリーの噂。俺もやったかもしれないね」)
 理央だけでなく、頼犬もまた。自分の勇気を信じたい一人。
(「前を向いて歩いて行ける勇気が欲しい、な。今は、あるって……思えないから」)
 形も意味も、様々で曖昧なもの。
 でも、欲せずにおれなくて。
 頼犬も理央も――多くの人々が。迷いながら、手を伸ばす。

 ――あなたにとって『勇気』とは何ですか?

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。