黙示録騎蝗~搾取の縛鎖

作者:螺子式銃

●搾取の構図
 暗く深い森の奥に、その集落はあった。
 固められた土や枯葉――人の基準からすれば、随分と原始的に感じる小さな建物が立ち並んでおり、賑やかな活気は全くない。
 密やかに、静かに。息をひそめ、ただただ日々を営むローカスト達の姿がそこにあった。
 その中でアリジゴクのローカスト達が数名、身を寄せ合うようにして建物を補強する為の土を運んでいた――そこに、乱入者が現れる。
 居丈高な様子で、作業を一瞥すると有無を言わせずアリジゴクの背を踏みつけた。
「作業を止めろ。そのような、下等な行為より重要な任務を貴様達に与えてやろう。この、ストリックラー・キラーのブセラン様がな」
 陰惨な笑いを浮かべるのはナナフシのような黒く細い体躯を持つローカスト。当然のよう抵抗を示すアリジゴクの腹を蹴り飛ばし、更には反抗を削ぐ為か躊躇いなく触角の一本を折った。
「喚くな、力無き者よ。貴様らの生が、我らが王の役に立つ時が来た。戦線に立てずとも、グラビティ・チェインの使い道はある。――黙示録騎蝗の礎となれる栄誉を授けよう」
 一方的に告げるナナフシの、見下ろす目は無機質で冷たい。突然の災厄に怯え、逃げようとするローカスト達をあっという間に吐き出した粘液で絡め取り、引き立てていく。

 行く先は、とある施設の中。薄暗い闇の奥――。
「嫌だ、助け、ウァアアアアアアア!!」
「痛い、イタイ、イタ、…や、やめ、許して――…」
 先程のアリジゴク達の声が様々に聞こえる。
 途切れ途切れなもの、渾身の力で喚くもの、掠れた息を振り絞るもの。
 ただ、すべてに共通しているのは、激痛に耐える悲鳴であることだろう。
 彼等は、グラビティ・チェインを搾り取られているのだ。

●大作戦、集結
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
 招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、特殊部隊『ストリックラー・キラー』が関わるローカストの事件だ。
 この件については、ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)の調査により判明したのだと前置いて。
「特殊部隊『ストリックラー・キラー』により、下水道から侵入して広島市を制圧するという大作戦の情報を得ることが出来た。
 かの特殊部隊は、以前にも枯渇状態のローカストを利用して非道な作戦を実行していたが、ケルベロス達の活躍により防がれた。だからだろう、個別の襲撃ではなく、総力戦を展開することにしたらしい。
 今回は、指揮官であるイェフーダーも自ら、作戦行動を行うようだ。
 『ストリックラー・キラー』のローカストは、多数のコギトエルゴスムを所持した状態で、グラビティ・チェインが枯渇状態のローカストを伴い下水道から市街地に潜入する。
 人間を虐殺し、グラビティ・チェインを奪取。即時にコギトエルゴスムに与えて、また枯渇状態のローカストを生み出し、その度に軍勢を増やしていく。
 そして、無数の軍勢となり広島市自体を制圧するという作戦らしい」
 トワイライトの表情はどうしても険しい。以前もグラビティ・チェインを敢えて少ししか与えず、飢餓により理性を失ったローカストに人間を襲撃させた件は記憶に新しい。兵士達の苦痛は意に介さない実利優先の作戦は相変わらずと言うところだろう。
 更に、この作戦が実行されれば、24時間以内に都市の制圧が完了されるとの見込みだ。けれど、とトワイライトは告げる。
「事前に事件を察知することが叶った。よって、下水内で敵を迎え撃つことが出来るんだ。
 敵は市内全域を同時に分散して攻撃する、こちらもチームを組んで応じよう。一チーム、二体のローカストと戦うことになるだろう。
 一体は『ストリックラー・キラー』のローカスト、もう一体はグラビティ・チェインを碌に与えられていない枯渇状態のローカストだ。
 前者は相当の覚悟を持って作戦に挑んでいる。撤退は当然、無いと考えていい。死力を尽くし、相対するだろう。
 後者は飢餓状態で思考能力も殆ど持ち合わせていないことが予測される」
 双方ともに、強力な敵であることが予測される。けして、油断はできない戦いだろう。しかも、この任務に敗北した場合、ローカスト達は予定通り広島市を襲撃する。増えていくローカスト達は、多大なる虐殺を引き起こすだろうことも予想に難くない。
 だが、トワイライトが告げることはこれだけではないのだ。
「先も言った通り、指揮官であるイェフーダーもこの件に直接関わっている。首尾よく二体のローカストを撃破出来たなら、可能ならばイェフーダーの下に向かって欲しい。
 イェフーダーは下水道の中心点で作戦の成り行きを窺っていると予測される。多方向から包囲すれば、退路を断ち撃破をする千載一遇の機会でもある。
 ――撃破が出来れば、このような作戦の指揮官が居なくなる。ローカスト達の作戦の幅をある程度制限することが出来るだろう」
 そして、彼が説明するのは二体のローカストについて。
 一体は、『ストリックラー・キラー』の一員であり、主に粘液を利用しての搦め手の手段を多く持つ存在だ。もう一体は、グラビティ・チェインを枯渇させられた飢餓状態のローカスト。こちらは、テントウムシの姿をしていて火力に長けている。炎を操ったり、鋭利な牙で噛みついたりするようだ。
 交戦はケルベロスが先に待ち構えることが叶い、ある程度戦闘に支障がない広さの下水道内で行うことになるだろう。
「もし、敗北すれば広島市がローカストにより蹂躙されてしまう。どうか、食い止めて欲しい。それに、イェフーダーを撃破出来れば、アポロンは有力な手駒を失うことになる筈だ。
 ――しかし、今回のような大規模作戦に使用する程のグラビティ・チェインを彼等は何処から手に入れたのだろうね」
 少し目を伏せるようにしてトワイライトは言葉を途切れさせるが、直ぐに顔を上げる。いつもの通り、皆の顔を順に見渡して静かに笑い。
「何より、無事に帰って来るように。――いってらっしゃい」
 そうして、ケルベロス達へと声をかけた。


参加者
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)

■リプレイ

●地の底にて
「座標確認OK、スタンバイデスヨー!」
 抑えてはいるものの、常の陽気な口調で九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)が皆を振り返る。
「そろそろ、来る頃合いだな」
 時計へと目を落とし、レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は頷いて見せる。彼等が選んだのは、予知を利用しての奇襲作戦だ。各人が配置につくと、照明を落とす。深い闇が、横たわった。
「しーきーみー。絶対怪我するのではないぞ? 絶対だから」
 どんな暗闇だって、月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)の指先は苦も無く四辻・樒(黒の背反・e03880)の服を掴む。いつだって、辿り着く場所は其処だから。
「ん、気を付けよう。灯も気をつけろよ」
 樒にも彼女がどんな表情をしているか分かる。拗ねた顔は、己心配してのことだとも。だから、気遣う言葉で返して――その時を、待つ。
 契機は、直ぐに訪れた。待ち伏せられているとは夢にも思わないのだろう、二つの足音は次第に大きくなり、直ぐ側に。
 辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が手をあげ、合図をすると共に――一気に眩い光が満ちる。
「折角の舞台だ、俺等も派手に行かせてもらおうか!」
 麟太郎の威勢の良い声が響き渡り、唖然とナナフシが複眼を見開いた。ばら撒かれるケミカルライト。
「貴様ら、ケルベロスか!」
「キュッキュリーン☆ 掃き溜めに鶴、下水道にアイドル!」
 ジャージ姿の自称ヴァルキュリ星人――もとい、レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)がポーズを決めた。慣れた手つきで更に赤のケミカルライトを水路に撒くのは何となく楽しげに。
 カロン・カロン(フォーリング・e00628)はぴんと立った耳の房毛までしなやかに揺らして悠然と微笑む。
「虫同士仲良くできないなんてほんと悪い子…。良いわ良いわ、虫は好みじゃないけど狩ってあげる」
 下水にはあまりにも不釣り合いに華やかな気配に完全に気勢を削がれたその一瞬、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)は先駆けのようバトルオーラに気を撓める。発射されるのは、白のエネルギー弾。
 虫の腹を穿てば、本能じみた苦痛にか超音波のような悲鳴が上がる。理性を失い曇った瞳、涎を垂らす口。ひどく哀れにも見えるその姿を、硝子越しに見据えるチャールストンの表情は静かだ。
 この事象を生んだのは傍らのナナフシであり、下水道の奥に居る首魁であり――けれど、チャールストンに怒りも責めるべき色もない。
 責を負うべき者は、別にあると彼は思っているからこそ。
「だからここで後腐れなく……終わらせてみせます」
 静かな決意を孕んだ一言だけ、落ちる。
 次いで、駆け出すのは前線に立つ者達。追いかけるようにレピーダが紙で出来た兵士達をばら撒く。
 防御を担う紙兵の確かさに満足げに目を細めたカロンが軽やかに舞う。とんと跳ねた後は身を撓らせ、重力を撓めた拳を叩き込む。掠めるかどうか、という距離を咄嗟に爪を伸ばして大きくテントウムシの腹を引っ掻きながら、ふうん、と鼻を鳴らす。
「なかなか、素早いわね」
「分かった。合わせていく」
 カロンの声に頷き、樒は歪なナイフに空の霊力を纏わせて敵の正面に突っ込む。ひら、と腕が翻ったかと思う次の瞬間には真一文字にテントウムシの背を切り裂き――目線だけで仲間に告げる。
「後方射撃、カイシシマス」
 意を汲んだ七七式が照準を合わせに片目を細める。軌道を読む眼差しは揺らがず機械の如く正確な演算を行いながら、唇は古代語で魔法を紡ぐ。最後の一音が放たれると同時、迸るのは光線。
「全力で、突っ込ませて貰うな」
 幾つものテントウムシへの攻撃は、その素早さを少しでも削いで当てやすく意図がある。麟太郎もそれを悟れば両翼を鋭く羽ばたかせ思い切り敵へと肉薄していく。
 一見無軌道に突っ込んでいくとも思えるが、仲間の軌道を的確に読み切った上で、支援を活かし全力で刃を捻じ込む一撃。
「お互い譲れねぇんだ、思い切り行こうぜ!」
「ああ、戦り合おうじゃねえか。――諜報組織とやら、詰らねえ戦いはするなよ」
 楽しげに吠える麟太郎に、レスターもまた昂揚じみた光を銀の瞳に炎のよう宿す。強敵となればこそ浮き立つ心の侭、地を蹴れば彼はナナフシへと向かう。手甲の合間から銀の炎が溢れた。
 大剣を構え、膂力のみで巨大なそれを叩きつける!
 ギィ、とナナフシが吠えて宿る怒りの侭に、レスターを見遣ったその時。
「さて、縫い留めようか」
 灯音の指先には音もなく黒の針が握られていた。それは、彼女が巫術で作り上げた特別製。
 レスターに気を取られたナナフシが呻くが、もう遅い。
 幾重にも黒針が舞って関節の継ぎ目や足元を文字通り縫い取っていく。
「ナナフシさん、大変申し訳ない。暫く月ちゃんがお相手するのだ」
 涼やかに、軽やかに灯音が微笑む。戦場にあって尚、鮮やかなその姿。
 作戦は――確かに滞りなく進んでいる。

●暗き激闘
 虫の怒号が響き渡り、異様なまでに高められた風圧が前衛を大きく薙ぎ払う。麟太郎への風まで受け止めようとカロンが手を差し伸べると、毛皮がずたずたに切り裂かれていく。
「にゃぁん……、良い攻撃してるわね、虫のくせに」
 口を尖らせ悪態を吐く紫の瞳は、けれどきらきらと笑って見せる。
「補っていきます。戦況は、けして不利ではありません」
 チャールストンが静かに告げ、棚引くのは色とりどりの煙達。癒しと破壊の力を宿すもの。実際彼の言う通り、攻撃手を集中して倒すという作戦は巧く起動していた。ただ――。
「餌のくせに小賢しい!」
 単純に、敵も強い。灯音とレスターにより被害は随分と軽減されているとはいえ、少しでも束縛が緩むとナナフシは擬態を活かし予想もつかない方向から的確に粘液を放つ。今も、後衛陣を狙って。
 癒し手達を庇おうと樒とレスターが飛び出す。レピーダを直撃するはずの凶悪な一撃を受けた樒の肩が揺れる。白い肌が焼かれ傷を作り。
「まだ、動ける。――痛くはない」
 告げると無理やりに身体を捻ってテントウムシの方へと駆け出した。ずぷりと根元まで埋め込んだナイフを一気に引き抜けば、溢れる鮮血が彼女の無残な傷を隠し、同時に癒していく。
 レスターもまた粘液に絡めとられ腕が焼け、肉が剥がれ落ちていく感覚が間近にあった。だが、闘志は欠片も失せない。纏わりつく痺れの忌々しさに舌打ちを落す。
「コチラノ損傷ハ軽度。ケイゾクデキマスヨ」
 前方と後方、分散した形になる攻撃に七七式も大きく肩が粘液に抉られていた。だが、素早く自身の様子を細部までチェックすれば未だ稼働に不足はないと分かる。すぐに声をあげ、状態を皆に伝達する。
「なら先に前ですね、気合を注入します! 舞台装置はお手の物です」
 レピーダがまず爆破スイッチを操作する。途端に溢れる華やかな色とりどりの煙は、確かにアイドルには馴染のもの。煙が触れれば、苦痛は癒えて代わりに掻き立てられるのは、戦意。
「まだ、痺れはおありで? なら――吹かせて治しますよ、アナタの身体を」
 目礼ひとつ、チャールストンの方も彼等の傷の治療に専念する。幾つにも重ねられた不調が残っていると知れば、片腕を引き上げる。途端、――風が吹いた。
 空気の籠った下水道には幾分不釣り合いにも不思議にも巻き起こる、ささやかな風。まるで、優しげな指先が触れていくかと錯覚させる、ただそれだけの事象。けれど、過ぎ去る頃には傷や不調までも触れ撫でて溶かしてしまったかのように、レスターの痺れは雲散霧消していた。
「これ以上、余計な真似はさせないのだ!」
 治療されていく様を見て呼吸を整え、灯音は敵を睨む。会話の類が成立しないとなれば、戦うのみ。裂帛の気合で鋭く黒い針が重ねて飛び、レスターが痛んだ足を全く構わず踏切に使って飛びかかる。
「よそ見してる暇なんざねえよ!」
 無風と呼ばれた異形の骨――その骸。無骨な鉄塊剣を軽々と傷だらけの腕で持ち上げ、風切り音と共に殴りつける。幾度でも、叩き伏せ怒りを植え付けるのが彼の役目だ。
「目標ノ消耗、多大デス。アトヒトイキ!」
 ナナフシを任せる方は問題ないと踏んで、七七式は作戦通り攻撃を続行する。次の手に悩む必要はなかった。褐色の肢体が、軽やかに跳ねて中空で思い切り勢いを撓め――蹴り飛ばす!
 ほんの束の間、巧く隙を作りさえすれば。
「虫ごときがカラカルに勝てると思って? ふふ、私の方が強いのよ。――私の全部、受け取ってみる?」
 笑うように囁くようにしてカロンが飛ぶ。獲物を嬲る獣の如く、取り出したるは巨大な槍――しかも、二本立て。鼻歌交じりに体が翻る度、テントウムシの腹を突き刺し、反動で大きく空に飛びあがれば自由落下の切っ先は頭部に向かう。無数の連撃に翻弄される、更にその先。
「巡りて染まれ、一輪花」
 麟太郎が、短く声を上げる。周囲がゆらりと揺らぐのは、闘気の具現。刃へと宿り、研ぎ澄ました殺気を其の侭映して鈍く輝く。生粋の戦士たる偉丈夫が踏み込むのはたかが数歩、その距離で十分だった。華麗に舞うカロンとは対照的に、武の全てをその一つに注ぎ――叩き込む。ひたすら、我武者羅に。
 獅子奮迅の勢いは緩めない。仲間達と協力し支え合うこの戦場で最大火力を叩き込むことでこそ応えられると信じてるいるから。
「――そろそろ、仕舞いにしようぜ」
 常と変わらない朗とした声で見下ろせば、その闘気は緋色に染まる。微かに残った命の火を丸ごと奪われ――テントウムシは哀れな生を終えた。
 
●終局
「はがされたって何度でも。レピちゃん、下積みは得意ですよ!」
「――終盤も近い。もう少し、です」
 レピーダとチャールストンが忙しなく癒しに回る。支援の付与、不調の回復。二人が力を振り絞っての癒しが皆の生命線だ。
「笑顔にするのはアイドルのお仕事で、笑顔を守るのはケルベロスのお仕事です! 例え汚れても、傷ついても……守りたいものがあるってんですよ!」
 彼女とて傷は負っている。衣装も髪も泥と血に塗れ、アイドルらしからぬ立ち位置で、けれど真っ直ぐに敵を見据え癒しを撒く。アイドルで――ケルベロスだから。
 ナナフシが忌々しげにレスターと灯音を見据える。頑丈そうなレスターではなく、灯音に緑の粘液が吐きつけられる。ならば――風より早く、樒が動く。
「お前に灯の邪魔はさせない」
 細い腰をぐいと強引に引き寄せ、有無を言わせず背中で粘液を受ける。痛くない、とばかり瞳だけ微かに笑わせて。
「灯、私も手伝う。二人で奴を抑えよう」
 一瞬目を瞠った灯音はぐっと息を吸い、姿勢を正す。己が手に宿すのは炎。終わらせる為の。
「樒っ。いくのだ!」
 確かな声を背に聞いて、樒は駆け出す。とん、と途中で半歩身を反らせば、その開けられた軌道を縫って灯音が業炎をナナフシの胴体に迸らせる。燃え盛る火の勢いはけれど樒には恐れるものではなく。知り尽くした彼女の力をより深く埋め込む為、ナイフが深い傷を切り刻んでいく。
 更に追撃は幾つも、それでも倒れず炎に撒かれながら抗うのは流石の諜報部隊といったところか。からりと楽しげに麟太郎が笑う。
「そちらさんも命の張り合いはイケる口か? だが、俺達もなかなか得意だぜ」
 彼女らが穿ち抉り、作ってくれた突破口を広げるのは己の役目とばかり巨大な鎌をくるりと回す。至近に飛び込み、懐にその切っ先を差し込めば手加減無しの力を込めて大きく引き払う。鮮血が飛び散り、剥がされていく装甲はもはやナナフシの身を守る役には立つまい。
「我が、王の為に。全てを生贄に捧げるのだ!」
 どす黒い粘液は、彼の吐き出す血が混じっている。どろりと撒き散らされたそれは、触れれば全てを焼き尽すだろう程の力を持つが、躊躇わずレスターが麟太郎を庇い浴びて、太々しく笑う。
「同族も駒に、か? その汚ねえ手を沈めるのに、ここより相応しい場所はない」
 汚濁に塗れようとも、傷がいくら苛んでも考慮の埒外だ。目の前には、敵がいる。体を無理やり割り込ませて接敵の瞬間、銀の炎が弾ける。右腕が一際大きく燃え上がり、ナナフシの喉を掴み締め上げていく。
 樒の傷が深いとなればカロンもその盾として動く。相変わらずの余裕じみた笑みは、毛皮を汚れさせながらも健在で――。
 レピーダとチャールストンが目を合わせ、言葉もなく頷き合う。彼等が共に取った手は。最後の一押し。
 前衛と後衛に。万色の煙は、二重に棚引く。
「連鎖に、終わりを」
 チャールストンの眼差しは、静かに敵を見据えていた。戦いが続けられる限り、苦痛もまた止まない。幕引きこそが、彼等の仕事と心得ている。
 頷きの代わりカロンは優雅に房毛を指先で弾いて支援を受ける瞬を待ってから敵へと飛びかかる。護り――戦うが、彼女の盾たる役割の流儀。
 槍を操っての連撃は目にも止まらぬ、その速度。けれど、七七式はその絶え間ない交戦を正確に測り。
「フレンドリファイアハアリマセン、安心ネ」
 躊躇わず、乱戦に身を投じる。カロンが楽しげに槍を振り翳しざくり、とその肩を縫い止めた瞬間――七七式もまた、真横から胸に腕をぶつける。その肘から先は、ナナフシの胸に埋まっていた。螺旋を描く高速回転のモーター音が響き駆動の度、抉っていく。
 ナナフシが血の泡を吐き、その命を止めるまで。


「なかなか、粘られたな」
「ああ、まったくたいしたモンさね」
 時間を確かめ、レスターが呟く。頷く麟太郎も敵を蔑む色ではなく、純然たる強敵を湛える響きで。
「次の作戦行動に移りますか」
 チャールストンもまた淡々と告げ、皆で駆け出す。作戦は成功した、だがその足は止まらず的確にルートを辿って、中央を目指し――。そこで、カロンがあら、と笑う。前方からの快哉は、きっと。
「今日のお仕事は終わりですね☆ 街にも、被害はないようですよ」
 他チームからの連絡を受け、レピーダが晴れやかに笑う。首魁撃破の報は伝わり、作戦失敗の報は聞こえてこない。つまりは完全な成功だったのだろう。
「作戦終了か……?」
 足を漸く休ませ、汗に濡れた髪を頬から払うと灯音は樒へと頭を凭れさせる。お疲れ様、と囁き。
「お疲れ様、灯。先ほどの戦闘では色々助かった。――上に、戻ろうか」
 全ては終えたのだから。労わる指先が灯音に触れて、歩き出すのは共に。
「帰投連絡シマース! 任務完了デスヨーヨー!」
 賑やかな七七式の声を合図に、皆が思い思いの方向に散らばっていく。目的はそれぞれ、街や仲間達の安否の確認、現状の把握、もしくは穏やかな休息に。
 頭上では、相変わらず人が笑い泣いて生を営んでいる。作戦の主導者も今は、きっと潰えたころだろう。
 作戦の一端を担い守り切った立役者達は昏い下水の底で、満足げに笑う。

 この街に、明日は来る。その確信を、胸に抱いて。

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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