黙示録騎蝗~揺曳の鬼哭

作者:絲上ゆいこ

●救い無き搾取
 巨大なユスリカが地に頭をなすりつけている。
 その目の前で地に叩きつけられる身から装甲が弾け、息子の羽根が意思も伴わず音を立てた。
「お慈悲を、……お慈悲を、申し訳ございません、申し訳ございません……ッ」
 人の手も入らぬ深い深い森の奥。
 人里から離れ息を潜めるように細々と集落、――巣を作り上げていたローカストたち。
 巣を作り上げたその事自体が罪だったのであろうか。もう今となっては解りはしない。
 突然その巣に訪れたローカスト特殊部隊『ストリックラー・キラー』のローカスト、カカラトによってその巣の平穏は破られた。
 ギヂヂと身が軋む音を立てる。
 幾度も与えられた反撃を許されぬ暴力に、自らの息子の複眼からはとっくの昔に意思の光が失われていた。
 生理的に身体を震わせるだけとなった息子の身に、未だ与え続けられる無慈悲な暴力。
 仲間では無かったのだろうか。
 そんな言葉を噛み殺すように。戦う力を持たぬ、身体ばかり大きなユスリカの集落酋長に許された事は、頭を地に擦り付けて許しを乞う事だけであった。
「お慈悲を……」
「キキッ、止めてやっても良いぞ。お前たちが黙示録騎蝗のためにその身を捧げるならな」
「――ははっ! 慶んで、慶んでお受け致します!」
 酋長は床に擦りつけた頭を上げ、カカラトへ敬礼を行う。
「よかろう、ならばお前たちのグラビティ・チェインを捧げよ」
 満足気に触覚を揺り動かしたカカラトは、ビクビクと震える酋長の息子を物のように拾い上げて言った。
 ――その日、原始的な暮らしをしていたローカストの集落が一つ消えた。
 そして新しく生まれたものは、苦痛に呻く悲鳴に許しを乞う声。
 ケルベロスたちも、ヘリオライダーすらも。人々が知る由もない、絶えず生まれる苦しみの声。
 その集落に居た者は残らず『施設』に集められ、戦闘力を持つローカストたちの為にグラビティ・チェインを搾り取られる激痛へその身を委ねる事となった。
 
●一方、ケルベロスたち
「ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)クンの調査で、下水道からローカストどもが広島を制圧しようとしている事が判ったぞー」
 早速、地図を展開しながらレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は任務の説明を始める。
「ここの所ずっと続いているローカストどもの一連の動きに続くモンのようなんだが……。今回は指揮官であるイェフーダーも含めて、ローカストの特殊部隊『ストリックラー・キラー』の総力を結集した作戦みたいだな」
 多数のコギトエルゴスムを所持した『ストリックラー・キラー』のローカストは枯渇状態のローカストを1体引き連れて、下水道より広島の市街地に侵入して人間を虐殺を行おうとしている。
 そして虐殺によって奪取したグラビティ・チェインを利用してコギトエルゴスム状態よりローカストを復活させ、戦力を雪だるま式に増やしながら広島市全域を制圧しようとしているのだ。
 ――もしこの作戦が実行されれば。広島市制圧までに掛かる時間は24時間以内と想定されている。
「復活したばかりのローカストたちも当然グラビティ・チェインが枯渇した状態だが、……そんな状態でもケルベロスたちの邪魔が入らなければ数十万人の被害は軽いだろうな」
 そしてその被害はそのままローカストの力となってしまうであろう。
「しかし今回はノーザンライトクンの調査のお陰で、下水道内で敵を迎え撃つ事ができるぞ」
 敵は市内全域を同時に襲撃するために分散して行動する。
「そこでお前たちのチームには、このポイントで『ストリックラー・キラー』のローカストと枯渇状態のローカストの2体を撃破して貰う」
 レプスの掌の上に展開された地図の上に、赤い丸が引かれた。
 片目を瞑った彼は用心深く言葉を続ける。
「『ストリックラー・キラー』のローカストは、ケルベロスが待ち構えていたとしても決して逃げる事無く、作戦を遂行する為に最後まで戦い続ける。――覚悟を決めた敵は強いぞ。強いンだが……、その2体をもし速やかに撃破できた場合は、指揮官のイェフーダーの元に向かって欲しい」
 イェフーダーは下水道の中心点で、作戦を見守っている。
 多方向から包囲するように攻める事ができれば追い詰めて撃破する事ができるだろう。
「と言っても、コレは絶対に向かって欲しいという訳では無いぞ、もしできそうならば、だ。まずは確実に2体を仕留めてくれ」
 このチームの担当する2体のローカストは、スナイパーとディフェンダーで構成されている。
 スナイパーの『ストリックラー・キラー』のローカスト、カカラトは大きなスズメバチのような姿だ。隙が少なくバッドステータスを伴った攻撃を得意とする。
 ディフェンダーである巨大なナミハンミョウのような姿のローカスト、ラララギはグラビティ・チェインの枯渇によりまともな思考が出来ず、一撃ごとに全力で大振りな攻撃をしかけてくるようだ。
「戦闘場所は、――この辺りの少し開けた場所が良いだろうな」
 資料を下水道の水路地図に切り替えたレプスは、ポイントに印を付けてから細く息を吐いた。
「お前たちがもし失敗すれば、広島は壊滅状態になる。……逆に、お前たちがイェフーダーにたどり着いて撃破する事ができれば、指揮官がいなくなったローカストどもはこんな作戦を行うことも難しくなるだろう」
 一度言葉を切り、両目を開いたレプスの瞳にはケルベロスたちへの信頼の色が浮かんでいる。
「お前たちが失敗するなんて、オニーサンは欠片も考えて無ェけどな、今回もしっかり頼んだぜ、ケルベロスクンたち。――しっかし、今回の作戦に使えるようなグラビティ・チェインをどうやって手に入れたのだろうなァ」
 付け足されたレプスの疑問に答えられる者もおらず、呟きは呟きとして消えた。


参加者
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
巽・清士朗(町長・e22683)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)

■リプレイ

●都市の虚
 小さなパイプから流れ落ちた水が、巨大なパイプへと流れ込む。
 都市の地下に張り巡らされた巨大な人工物、下水道。
 人の立ち入る事の少ないこの建築物の中で、ケルベロスたちの持った光源に二匹の巨大な虫の影が照らされた。
「まだ諦めていなかったのですね」
「やあ、お祝いにでも来たのかな? いま、上はすごく賑わってるもんねー」
 柔らかい笑顔を浮かべた、フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)の淡々とした声に続いて。
 撃鉄を起こす音を響かせながらティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)が場違いな程、朗らかな声をかけた。
「キキッ、我らの邪魔をするかケルベロス」
 幽鬼のように歩むナミハンミョウを侍らせた、巨大なスズメバチ。――カカラトは耳障りな音を出して笑う。
 リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)の脳裏を過ぎるのは、洗脳され虐殺へと加担させられた過去。
 あの時、ケルベロスたちが止めてくれなければ、ヴァルキュリアは、……私は。
「罪もないものを……。そんなことはさせませんっ!」
 強い思いを胸に、リビィはアームドフォートを軋ませる。
 優美な銀細工を施された黒鞘の日本刀へと手を掛け、巽・清士朗(町長・e22683)は地獄に燃える眸をカカラトへ向けた。
「一つ聞こう。カカラト、貴様この作戦に使ったグラビティどこから集めた?」
「お前に教える必要があるか? ――何より、どのような方法だとしても。そうせざる得なくなるまで叩いたのは誰だろうなァ? キキッ」
 からかうような口調だが、虫のその変化の無い表情からは感情を推し量る事は出来ない。
「成る程。世界のために身内を泣かせる趣味は、俺にはないのでな」
 清士朗の纏う炎は静かに怒りを湛え、冷たく燃える。
「礼変わりだ。斬って進ぜよう――行くぞ下郎」
「こちらの台詞だ!」
 狭い空間を駆け、一気に間合いを詰めると黄金色に燃える刃が奔る。
 カカラトはその場から動きもせず。ラララギが鮮やかな甲殻を体の前で十字に構えて、言葉も無く刃を受けた。
 清士朗を目隠しに、小柄な2人が背の後ろより飛び出す。
「手加減してやる理由は無いね。……お前たちの野望も事情も知った事か、次から次へと大暴れしやがって。いい加減にしろ虫野郎!」
「弱肉強食は理解できるよ、でも……、でも」
 ティクリコティクの言葉に、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)の声が重ねられた。
 小型リボルバーから吐き出されるウィルスカプセルと、弾き出された礫がローカストたちへと一直線に射出される。
「……広島を赤く染めさせてたまるかよ! いいか、ここがお前らの墓場だ。野望もろとも下水に流して捨ててやるよ!」
「知恵ある者として本能に任せるだけじゃだめだよ。この作戦は、とめさせてもらうよ!」
 倒すべき、憎らしき『敵』へと。射殺さんばかりの怒りに染まったティクリコティクの金色の瞳。
 いつか共存できるよう。まだ叶わぬ『仲間』を望む、強い意志を秘めたシルディの朱色の瞳。
 2つの相反する強い思いが篭った弾が、ローカスト達を貫く。
 望む事は違えど、今、目指す事は同じだ。
「キキッ! ならば力比べだ! 俺には成さねばならぬ事が有る、力で応えろ!」
 鈍い音を立てて、羽を震わせ威嚇を示すカカラト。壁を蹴ると、爆ぜ飛ぶように空を切ってレイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)へと間合いを詰める。
「貴様等も戦場を己の居場所とするのだな、……ならば、戦うしか無いのだろう」
 巨大な毒針をむき出した腹部を晒したカカラトとゲシュタルトグレイブを構えるレイリアの間に、赤いボクスドラゴンのプラーミァが割り入り、庇う。
 プラーミァの突撃で、逸れた軌道でレイリアは身を躱し。紫電を纏った槍を突き出して、ラララギの懐へと飛び込んだ。
 白い手袋をきゅうと引き締めてから。
 氷の槍斧ледниковを握り直し、構えるロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)。
 戦う力のないひとを襲って、糧にして。
 ……もうそんな事、させるものか。血みどろの市街地は二度と見たくは無い。
「通さないよ。きみたちに日の目は拝ませない」
 ――僕は盾だ。
 その誇りにかけて、イェフーダーを止める。
「прикорм――さあ、僕はここだよ」
 ロストークの呟きに、ヒールドローンプログラムが起動する。
 小さな黒い板がラララギに殺到し、彼が視界を奪われた瞬間にリビィとフラウが砲を構えた。
「今度こそ然り完遂といきたいものです。諦めていただきますよ」
 スナイパーの彼女たちが狙うのはカカラトだ。
 轟音と共に吐き出されたフォーレストキャノンと竜砲弾が叩きつけられ。強かに背を打ったカカラトは、水を跳ねながら羽音をビビビと響かせた。
「いつもの剣はおいてきていますが、射撃戦も苦手ではありませんからっ!」
 リビィがぐっと拳を握りしめて言う。
「まぁーだだよ」
 フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)の杖より迸る紫電は、更にカカラトへと追撃を爆ぜさせる。
 赤い頭巾のついたケープの裾を引っ張ったフィーは、バックステップを踏みながら改めてケルベロスたちを見渡した。
 友人であるシルディは、護る戦いであれば、誰よりも強くなれる人。
 以前大きな作戦を共にしたティクリコティクさんは、まだ小さくともすっごく頼もしい。
 勿論、今回始めて顔をあわせた仲間たちだって信頼している。
 ――そして、巽さん。
「またその背を預かれる事を光栄に思うよ。……いや、ちょっと違うかな?この機会が再びある事そのものが幸い、なんてね」
 小さく呟いたフィーは小さく喉を鳴らして笑い、彼女は思う。
 この仲間たちとならば大丈夫だと、彼女は確信をしたのだ。

●盾として
 耐える、癒やす、耐える、癒やす。
 元よりグラビティ・チェインの枯渇しているラララギは、自らの回復と庇う事ばかりに専念していた。
 硬化してはケルベロスたちに叩き剥がされ。幽鬼のような足取りと、力強い肉体は不釣り合いにも見える。
 体内のオウガメタルを酷使し、自らの命も酷使する戦い。
 しかし、彼が逃げ出す事は無い。
「弱点をうまく狙って下さい! 大丈夫、みなさんならできるはずです!」
「そこ、だな!」
 ケルベロスたちが勇ましく鼓舞する力を持つティクリコティクの号令に、レイリアが応え。ヴァルキュリアの光り輝く羽根を爆ぜんばかりに膨らませて、光の粒子と化したその身を叩きつける。
「ギッ、ギギギギッ!」
 過剰な飢餓はラララギよりまともな思考を奪い、そして彼に逃げる場所が在りもしない事も事実であった。
 続いてリビィが張り詰めさせた妖精弓を解放し、カカラトを狙う。
 一瞬反応の遅れたラララギは対応できず。苛ついた様子のカカラトが、前脚で矢を叩きつけるように受けながら叫んだ。
「しっかり庇え、ナミハンミョウ! 俺に攻撃が来てるじゃねェか!」
 ラララギは羽音をその返事とするが、脚の動きが付いて来ない。
 ある意味、スナイパーたちがラララギを優先して狙わなかった事は、彼にとって不運であり幸運であった。
 庇う動きが増える事で体力が奪われると同時に、集中攻撃が無い事は自らの命を引き伸ばす結果となるのだから。
「焦る必要はありません、まずは1つづつ集中してまいりましょう」
 フラウが杖を小動物の姿へと変えて魔力を込める。その魔力に反応してラララギは大きく背の甲殻を広げた。
「もう、無理しなくていいんだよ、……ラララギさんたちの死は絶対に無駄にしないから……!」
 庇おうとしたローカストの足元には、水中より飛び出したモーニングスターめいた巨大ハンマーを構えるシルディが居た。
 彼の今日の服は、水中に適した特注だ。
 持ち上げ掬うように振るった超重の一撃は、彼の氷ついた羽根ごと甲殻を砕き――。
 砕けた欠片を撒き散らしながら駆けたラララギは、カカラトを狙ったフラウの一撃を庇って魔力に身体を貫かれる。
 蓄積したダメージは大きく。やっとの事で膝を地へと付くかと思われた、その時。
 命の一滴まで搾り取るような咆哮をあげて、ラララギはシルディへと鉤爪を振りかざした。
「!」
「させないよ、――僕は盾だからね」
 両足の下で、衝撃に耐えきれなかったアスファルトが鈍い音を立てて弾け。シルディをその背に隠したロストークの氷槍斧が最後の一撃を阻む。
 そのまま横薙ぎに叩きつけられるロストークの一撃。
「さ、おやすみの時間だよ」
 フィーの放ったドラゴンの幻影は、今度こそラララギを焼き捨てる。
 びくんと大きく跳ねた玉虫色に似た身体は動きを止め、下水道の流れに沈んだ。
「キキキッ、まだ使えた方だったんだがなァ!」
 亡骸の首根っこをひっつかんだカカラトは、ソレを通路へと投げ捨てて喜色の浮かんだ声音を漏らす。
「お前らなかなか強いじゃねえか、さあさあさあ、楽しもうぜ、まだまだ戦えんだろ、ナアナアナア」
「同族すら糧とする。種族滅亡の危機となれば選択自体は否定せぬが――それをすら愉しむその性根は悪いが肯定出来んな」
 す、と前に出た清士朗が金色のオーラを燻らせて敵を睨めつけた。ティクリコティクは目線を隠すように帽子の鍔に手を添えて、深く被り直す。
「……脳も無ければ、心も無いのかクソ虫野郎。これは善意からの忠告だ、さっさと沈め。そっちのほうがお前の価値をこれ以上、下げずに済む」
「キキッ、言っただろうが、力で応えてみせろ!」
 赤い光の羽根を輝かせて。雫石の首飾りを一度撫でたレイリアは、石と同じ色の瞳をローカストへと向けた。
「ああ、分かった。その身も、血も、全て凍らせよう」

●スズメバチ
「プラーミァ!」
 主の呼び声に、高飛車に鳴き応えたボクスドラゴンが火の加護をインストールする。
「прикорм……、僕も守りたいものがあるんだ。そろそろ終わりにしようか」
 加護を纏ったロストークの周りを黒い板状のヒールドローンが飛び回り、カカラトへと殺到した。
「うっとおしいっ! 壊れろゴミどもが!」
 遮られる視界に苛立ちも隠さずローカストはヒールドローンを刃で薙ぎ払い、大きく広げた羽を擦り合わせて後衛へと脳を揺らすような羽音を響かせる。
「聞いちゃだめっ!」
 フラウへと背後から飛びかかったシルディは、フラウの耳を両手で塞ぐ。
 脳を震わせる音波は身体を蝕み、お腹の底から痛むような頭痛となって身体を貫く。
 耐えるシルディが後ろから抱きついた形のまま、フラウは地を蹴った。
「私は役目を果たすまで壊れるつもりはありません」
 炎を纏った蹴りが半円を描くように。ヒールドローンに視界を奪われたままのカカラトに叩き込まれる。
「――そろそろ動きが鈍ってきたでしょうか、隙はなくとも作ることはできますからね」
「そうだよね! 隙がないなら、つくればいいんだよっ!」
 ぐらぐらしたままの頭。でも、今はそんな事に構っている場合では無い。
 シルディはフラウの背より飛び、低い天井をそのまま蹴り上げて、勢いと重力のままにハンマーをぶちかました!
「穿つ!」
 頭から叩きつけられた一撃に受け身を取ったカカラトの脇腹を狙い、レイリアが低い位置より槍を突き出す。
「わたしの空中乱舞に見とれないでくださいねっ!」
 同時に低空飛行から壁を天井を蹴り上げてながら、弾かれた玉のような軌道でリビィが飛び跳ね、構えたバスターライフルとアームドフォートを一気に引き絞る。
 ぱちんと指を弾いて、小さな攻性植物に生命力を籠めて放つフィー。
 見る間にカカラトの装甲の間から棘蔦が萌え生え伸びはじめ。棘がその足を蝕み、更に絡みつく。
「枝葉を伸ばし絡め取れ――。この花は散らす為のもの、――ね、巽さん」
「お前が居れば背中は安心だ。行くぞフィー」
 赤ずきんと背中合わせに立った清士朗は、黄金色のオーラを刃へ這わせ、ただ敵を睨めつける。
「極意とは、別にきはまる事もなし。たえぬ心の、たしなみとぞ知る。――疾く、去ね」
 真一文字に構えた日本刀。清士朗が動いた。
 カカラトの身体に、花が咲く。
 神速の突き。刃を捻り絡め、打突へと変化し。同時にリビィの連撃がローカストへと殺到した。
 倒れ、崩れ落ちる、スズメバチ。
「いい呼吸だったな」
「ふふー、どういたしまして」
 フィーと清士朗がこつりと拳をあわせ。
「自由に飛べなくても、やり方はあるのですよっ」
 リビィが言い。超低空飛行から戻ろうと――そのまま下水道の流れへと突っ込む。
「ぷ、ぷえ」
「う、雨水管らしいですから!」
「そ、そうですか……」
 シルディが半ば沈んだリビィへと手を伸ばしたその瞬間。倒れたかと思われたカカラトがびくりと身体を擡げた。
「……キキ、お前たちも結局お前たちの為に殺すんだろ、楽しめよ!」
 同時に額へと押し付けられた銃口。
「もういい、黙れ」
「キキキッ! そうかよ」
 帽子を抑えて、横を向いたまま。
 ティクリコティクのリボルバー銃より、吐き出された弾はカカラトの複眼の間を正確に貫いた。
「さて、終わりましたね。――行きましょうか!」
 そして、ティクリコティクは笑ってみせる。

●遠い灯火
 ローカストの持っていたコギトエルゴスムを探し回収したケルベロスたちは、最初に確認していた通りに暗い水路を駆けていた。
「待って!」
 フィーが仲間に声を掛け、片目を閉じて突然立ち止まる。
「今、イェフーダーを倒したって連絡がきたよ。地上も大した被害は無いらしーよ」
 アイズフォンを続けるフィーの横で、一気に気の抜けたケルベロスたちは、その場でほうと息を吐く。
「戦いは数。そしてそれ以上に連携……互いの信が勝るもの、我らケルベロスの勝ちだな」
「では、救助に急ぐ必要もなさそうですねっ」
「被害がなかったなら何よりだね」
 清士朗が言い、リビィと肩にプラーミァを載せたロストークが頷いた。
 遠くに見える明かりは、イェフーダー討伐隊の明かりであろうか。
 このコギトエルゴスムを探していなければ、もしかしたら討伐にも間に合ったかもしれないな。
 ティクリコティクはゆらゆらと銀色の尾を揺らして暗い天井を見上げる。
 しかし、コレを放置しておく事もできなかったのだ。
「敵の指揮官を仲間たちが無事倒せて、虐殺も防げたなら何よりですよね!」
 フラウは、遠目に揺らめく明かりを眺めて、呟いた。
「しばらくはローカストの動きに注意していなければいけませんね。まだ全ての病巣は取り除けていないのですから」
「――」
 彼らと、ローカストと。
 いつか、共存できるような日は来るのだろうか。……このコギトエルゴスムの中身は本当に悪いローカストなんだろうか。
 でも、担保のない賭けに皆が出られない事も解っている。
 シルディは、ただぎゅうと拳を握りしめて、瞳を閉じた。
「……」
 レイリアは立ち尽くし、遠く見える明かりを眺めていた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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