黙示録騎蝗～蝗害都市

■リプレイ

●地下下水道
　広島市の地下を流れる下水道。
　そこに、８人の男女と１匹の猫のような生き物が身構えている。
　当然ながら、観光や行楽に訪れる場所ではない。彼等はケルベロスとその使役する存在であり、剣呑な空気が傍目にも見て取れる。
「うー。雨音、ここ嫌だにゃ。暗くて匂いは悪くてベタベタで……嫌だにゃ」
　愚痴を漏らす深月・雨音（夜行性小熊猫・e00887）の頭に、春琉・欄（ミョルニア・e24766）が使役するウイングキャットの手を宥めるようにぽふんと乗せる。
　欄がお菓子感覚で名付けた寿司とい名のウイングキャットは大柄な身体で、雨音がその身体に触れると何とも言えない心地良い感触がうんざりとした気分を和らげた。
「もう少しの我慢なのね。頑張るのよ」
　小柄な２人と大柄なウイングキャットという組み合わせは、ともすれば過剰になりがちな緊張を適度に緩めてくれる。
「……そろそろかな？」
　予め下調べをしたルートと現在地、そしてヘリオライダーから告げられた予知を加味して、リリー・リーゼンフェルト（耀星爛舞・e11348）は、自身にしか聞こえない小声で呟いた。
　それを見計らったかのように、ケルベロス達の元へ金属を地面に打ち付けるような足音が近づいてくる。
「この場所で最適だったようだ。しかし、こうも無警戒とは……」
　やや開けたこの場所を待ち伏せの個所に選んだティーシャ・マグノリア（殲滅の末妹・e05827）は、敵の迂闊さに肩透かしを食らった気分であった。
「囮という可能性もあるわよ。気を抜かずに警戒しましょう」
　間近に迫った足音は、ケルベロス達が待ち受けている敵のものに間違いない。だが、敵は２人組であるため、もう一方が奇襲を仕掛けて来る可能性はまだ否定し切れない。フィオレンツィア・グアレンテ（闇屠る一閃・e00223）は、仲間達に呼び掛ける。
「そろそろね。構えましょう」
　遭遇までもう間も無くとなり、武器を構えるリリア・カサブランカ（春告げのカンパネラ・e00241）の宝石のような瞳が鋭く前方を見据えた。
　リリアに倣うように、ケルベロス達は各々が戦闘体制を取り、身構える。
　そして、ケルベロス達と敵は邂逅した。
「何だと！　何故ここに猟犬共が待ち伏せている？」
　狼狽の言葉を漏らしつつも、ナナフシ型ローカストは即座に金属刃を投擲する。
（「擬態からの奇襲を警戒していましたが、どうやら相方に足を引っ張られて特技を封じられてしまったようですね」）
　ナナフシ型ローカストのエルバは、事前情報からあらゆる地形において擬態が可能であるとケルベロス達は知っていた。だが、どうやらケルベロス達の姿を見た瞬間に突進して来た甲虫型ローカストのアルマが、そうした隠密活動を台無しにすると判断したのだろう。
　アルマの突進に弾かれながらも、フィルトリア・フィルトレーゼ（傷だらけの復讐者・e03002）は冷静にそう分析していた。
「飢え狂う様は、哀れなものです……」
　目の前の敵と以前に戦った敵とを重ね合わせつつ、三和・悠仁（憎悪の種・e00349）は砲撃形態に変形させたハンマーから竜砲弾を発射した。
　下水道に鳴り響く轟音。それが、ケルベロス達の攻勢開始を告げる合図となった。

●縦横無尽
　下水道という地形は、点検や整備作業などを行えるようには作られているものの、そこで動き回るのに適してはいない。ましてや、戦闘という行為は困難である。
　だが、超常の存在であるケルベロスとデウスエクスには、さして問題とはならないのだった。
「我等が渾身の策、よもや看破されていたというのか！　おのれ、忌々しい猟犬共め！」
　ケルベロス達に対して強烈な敵意を剥き出しにしながらも、エルバは巧みな位置取りでアルマの後方からケルベロス達を金属刃で狙い撃つ。
「ギイィィィ！！！」
　強烈な飢えに我を忘れたアルマは、金属の装甲を纏って手当たり次第にケルベロスへと突進する。アルマが激突した周囲の壁は所々が陥没しており、もしアルマが本調子であればこの場が崩れ生き埋めになる心配をしなければならなかったかも知れない。
「なんて激しい苦しみなのかしら。気を抜くと圧倒されてしまいそうになるわね」
　敵の猛攻に少しでも対抗するために、リリアは味方を守る雷の壁を構築する。エルバのナイフによる痺れや、アルマの突進の強烈な痛みは侮れない。
「後ろからチクチクと……厄介ね。少し大人しくしていて欲しいものね」
　アルマの後方に隠れるエルバには、近接での攻撃は届きそうにない。フィオレンツィアは古代語を詠唱し魔法の光線でエルバを狙った。光線を被弾したエルバの身体は、その部位が石に覆われていく。これで、ある程度はエルバの行動を阻害できるはずだ。
「あなた達も、なかなかにしぶといですね。それに、随分と必死ですね。……種の存続が懸かった戦いですから、それも当然ですか」
　自らの飢えを満たすために必死なアルマは勿論、悠仁はそれ以上にエルバから強い覚悟が感じていた。
　だが、炎を纏った悠仁の蹴撃も、激しさでは劣っていない。見るからに頑丈そうなアルマの身体が、その威力によって傾いでいる。
「後ろに隠れるなんてズルイにゃ。届かないにゃあ」
　エルバを狙いたい雨音だったが、アルマが邪魔で雨音の攻撃は届かない。止むを得ず、武器に空の霊力を帯びさせ悠仁の蹴りに被せるようにアルマへの攻撃を重ねた。
「焦る必要はない。邪魔になるなら、まずはこいつから倒してしまえばいい」
　雨音を窘めながらも、ティーシャは変形したハンマーからアルマへと竜砲弾を放つ。正気を失っているアルマは目の前にどれ程の強敵が立ち塞がろうともその足を止めることはないだろうが、こうした攻撃によって強制的に止めてしまえば、仲間達の攻撃を活かすことができる。
「１つの都市を丸ごと潰そうだなんて、しかも仲間をこんな風にして……。形振り構わないにも、限度があるのよ。……粒子解放！　一気に仕留めて！」
　全身の装甲から光り輝くオウガ粒子を放出し、味方の超感覚を覚醒させるリリー。その的確な判断とは裏腹に、彼女の腸は煮えくり返る思いだ。
　同胞であるアルマを虐げ、使い捨ての道具のように利用する。さらにその後ろに隠れて戦うエルバの姿に、リリーは怒りを禁じ得ない。
　そうした想いを抱くのは、リリーだけではなかった。
「貴方達が地球に侵攻したのは、危機に陥った同胞を救うためではなかったのですか？　同胞を傷付け使い捨てる今の戦いに、何の意味があるというのです！」
　仲間を守る守護の魔法陣を鎖で描くフィルトリアには、エルバの所業は許せはしない。さらには、それを指示したであろうイェフーダーも。
「仲間をただの道具と思ってるようじゃ、自分で自分を未熟な若輩者だって言ってるようなものなのよ。連携すれば、１人１人がバラバラに戦うよりもずっと強いんだからね」
　エルバの金属刃から味方を守り、自身の身体を蝕む痺れを溜めたオーラで消し去る。そうした役割を果たしながら仲間の行動を活かす欄の言葉には、年齢を重ねたが故の重みがあった。
「にゃあ」
　さらに、主の負担を減らそうと寿司も果敢にアルバに爪を立てる。
　限られた空間の中で、ケルベロスとローカストが縦横無尽に入り乱れぶつかり合う。
　個々の力量に優れながらも協調に欠けるローカストと、連携を取りながらも実力で劣るケルベロス。数手を交えるも、どちらも戦況を決する要素は持ち合わせていなかった。

●勲無き終わり
　ケルベロス達は、エルバに大義が無いと説く。けれど、エルバもまたケルベロスに劣らぬだけのものを背負い戦いに臨んでいる。
「祖国に戻れぬ我等、功を上げねば未来は無い。猟犬……いや、血に飢えた狂犬共に邪魔立てさせぬ」
　エルバがこの戦いに懸けるのは自身の命のみならず、ローカストという種の未来そのもの。覚悟や熱意といった言葉では表せない、強い意志に依って動いているのだ。
「そうか。だが、お前達の種の未来とやらが１つ滅んだぞ」
　ケルベロスの猛攻を受けながらも奮闘したアルマだったが、ティーシャの放った凍結光線によって、遂に息絶えた。
　エルバが人間であれば、悔しさに歯軋りしただろう。ローカストの複眼も、映し出される憎悪の光は人と変わり無い。
「こんな形で使い捨てた結果に逆恨みなんて、身勝手なのね」
　命を消耗品扱いする敵への、リリーの心底の軽蔑と怒り。
「応じ来られよ、外なる螺旋と内なる神歌に導かれ、その威光を以って破壊と焦燥を与えん。……消し飛べ！」
　それらを具現したかのように、歌と舞いで練り上げられたグラビティチェインが、磁気嵐となり雷状に解き放たれエルバを襲う。
　この戦いにおいて、エルバにとってアルマは攻勢防壁とでも言うべき存在であった。それを失った今、ケルベロスは一気呵成に攻め立てる好機だ。
　けれど、そうするにはケルベロス達はアルマによって傷を受け過ぎていた。
「欄さん、無理はしないでね。後はフィルトリアさんに任せて、下がった方が良いわ」
「まだ我慢できるのよ。悪いローカストはやっつちゃわないと。でも、寿司は下がっててね」
　リリアによる治療は、欄が自前で行うそれと同様の手段ではあるがその効果は段違いだ。その治療でも、最早欄の負傷は癒し切れない。
　それでも欄は戦線に踏み止まることを選んだ。ただ、自分と同じくらいに傷付いている寿司には下がるよう指示をする。
「分かったわ。でも、無茶はしないでね。あなたにも帰りを待っている人がいるでしょう？」
　この戦いが厳しいものになることを予想していたリリアは、必ず生き延びて愛しい人の元へと帰ると決めている。そしてそれは、自分だけでなく共に戦う仲間達も。
「やっと届くにゃ。みんなに迷惑かける虫は、ぺしっと踏み潰しちゃうにゃ！」
　この戦いが始まる前に殺虫剤を用意して吹き掛けてやると息巻いていた雨音だが、仲間達からローカストにそれは効かないと指摘され、直接的手段に訴え掛けることにしていた。それなのにアルマ健在の間にはエルバに攻撃が届かなかったためにフラストレーションが蓄積していたようだ。
「もふもふ、ている、ですとろーい！！」
　流麗なステップから繰り出される雨音の超高速尻尾ビンタが、幾度も幾度もエルバを殴打する。
　不思議なもので、雨音の戦う姿は悲壮感に支配されそうなこの場の空気を緩和してしまう。心に適度な余裕が生じたケルベロス達は、少し動きが軽くなった気すらするほどだ。
　もっとも、徹頭徹尾揺らがない意思を貫く者もいた。
「あなたが私の心を躍らせるに値するか、この一撃で試させてもらうとするわ」
　魔道書を開くフィオレンツィアにとって、戦いは楽しむものだ。目の前の敵が何を背負っているかなど、さして重要ではない。
「あなたができることはただ一つ。完成された一撃を前に、跪きなさい！」
　召喚された破壊の矢が、リリーの瞳が捉えるエルバを射抜く。
　隠密とでも呼ぶべき役割を果たして来たエルバにとって、こうして敵と直接相対する戦いは不得手なものだ。それでも多勢に無勢の状況で果敢に戦い続けたのは、高い実力を誇りと使命感が支えたが故だろう。
（「その境遇に思うところが無いわけでも無い……が。牙を剥くのならば、圧し折る事に躊躇いも無い」）
　事ここに至り、言葉を交わすのは虚しいだけだろう。互いに譲れず分かり合えず、手を引くことも出来はしないのだから。
　悠仁は心の中で思いを抱きながらも、それを言葉に紡ぎはしなかった。
（「……存分に怨んで、死んで逝け」）
　悠仁の抱える地獄を触媒として生じた獄炎に包まれた無数の黒き枝がエルバに絡み付き、棘が切り裂き獄炎を流し込む。
　心身共に傷付き魂さえも苛む痛みに曝されながら、それでもエルバは退かず、ケルベロスに挑み続けた。
「私が前に戦ったローカストは敵ではありましたが、このような非道はしませんでした」
　エルバの強靭な顎に支えられた鋭い牙は、多数の刃を同時に突き立て抉るに等しい痛みを与える凶器だ。それを我が身に受けようとも、フィルトリアは姿勢を崩さず立ち塞がる。
「貴方の罪、私が断罪します……！」
　のみならず、渾身の反撃に転じてのける。
　漆黒の炎に全身を包まれ焼かれるエルバは、己の命運が尽きたと否が応にも知る事となった。
「狂犬共が……。此度の策ならずば、我等は……」
　エルバの最期の感情は、ケルベロスへの憎悪と同胞の未来への危惧であった。フィルトリアが操った炎の源泉がエルバの怒りや憎しみの感情であったことは、皮肉な事実だ。
　焼け崩れたエルバの肉体を包む憎悪の炎が収まると、それまで戦いの喧騒に掻き消されていた地下下水道を流れる水音が、ケルベロスの耳に届くようになった。
　無事の勝利に、誰からともなく安堵の溜息が零れる。

●宝石回収
「ひとまずはこれで。本当はちゃんと清潔な場所で時間を掛けて治療したかったわね」
　戦いの傷を癒して回ったリリアは、そう締め括った。特に負傷の酷い欄と寿司は勿論、他のメンバーも全員が痛手を負っている。
「このくらい大丈夫よ。ね、寿司」
「にゃあ」
　強靭な意思で強がる欄だが、傍目にもこれ以上の無理は危険であると判る。
「さて、この後ですが……」
　遠慮がちに言うフェルトリアの意図を、悠仁と雨音が引き継ぐ。
「時間を掛け過ぎましたね。今から行っても遅いでしょう」
「みんな怪我してるし、無理は禁物にゃ」
　この地下下水道の奥には、エルバ達特殊諜報部族の長であるイェフーダーが控えている。手早く戦闘を終え被害が軽微であれば向かう予定だったが、諦めるべきだろう。
「大将首には手が届かずか。もう少し楽しみたかったわね」
　フィオレンツィアにとって、エルバは物足りない相手であった。アルマが完全な状態であれば、話は違っただろうが。
　撤収の準備をするケルベロス達の中で、ティーシャとリリーの２人は周囲に目を配っていた。敵を警戒しているというのではなく、捜索を行っているのだ。
「あったか。実物を目にする機会はあまりないが、間違いはないな」
　エルバの遺体が消え去ったその周囲から、ティーシャは１つの宝石を拾い上げた。ただの宝石ではなく、コギトエルゴスムである。
「こっちにもあったわよ。これは潰さず持ち帰っていいわよね？」
　リリーが仲間達に問い掛けた意味は、デウスエクスが復活する可能性を危惧してのものだ。
「構わないだろう。今後の状況に変化を与えられるかも知れない」
　元デウスエクスであるティーシャだが、同情などの感情はない。純粋にリスクを考慮しての発言であった。
　周囲を隈なく捜索し、ケルベロス達は合計１０個のコギトエルゴスムを回収し、その場を後にした。
　この時点ではまだ知る由も無いが、他班も首尾良く勝利を収め、広島市を守る戦いはケルベロス達の完勝に終わったのだった。

作者：流水清風	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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