黙示録騎蝗～虐殺作戦、再び

■リプレイ

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　異臭の滲む闇の中、幾つかの光がゆれていた。
　場所は広島市街の下水道。ばしゃりと時折響く水音は汚水を足ではねたものであった。
「こっちで良いのか？」
　問うたのは二十歳ほどの娘である。が、その年齢には似合わぬ落ち着きがあった。
　いや、それよりもむしろ驚くべきは彼女の肉体であった。むっちりとした肉体であるのだが、その体表面――まるで竜のごとき鱗が生えている――が発光している。正確には鱗が燃えており、その炎光が光を放っているのだった。
　彼女は何者か。
　名はファン・バオロン（終身譲路不枉百歩・e01390）。ケルベロスであった。
「うーん」
　内気そうな少女が手にした地図に視線を落とした。さらりとゆれる長い髪も瞳も綺麗な碧色。躍動的な身ごなしの持ち主であった。
　少女――フィオ・エリアルド（風唄い揺らり煌めく月兎・e21930）は、傍らに立つさらに躍動的な少女に目を転じた。小麦色の健康的な肌が特徴的な少女で、名を巽・真紀（竜巻ダンサー・e02677）という。
「任せろ」
　ニッと真紀は笑った。するとフィオの手の地図の一点が光った。驚くべことに真紀は自分の位置を地図に表示することができるのだった。
　フィオは再び地図に視線をおとした。地図は広島市街下水道を記したものだ。
「もうすぐだね」
　フィオはファンに顔をむけた。もうすぐとは作戦域のことである。そこで二体のローカストと遭遇するはずであった。
　一体は特殊部隊『ストリックラー・キラー』のローカストで、名をソテリオンという。もう一体は枯渇状態のローカストで、名はクレトス。目的は広島市民の虐殺であった。
「まさか下水で事構えるコトになるとはな。ま、虫共にゃある意味似合いの戦場か」
　異臭に顔をしかめ、真紀はごちた。すると、薄ぼんやりとした表情の少女がこくりとうなずいた。
「一般人に、被害は、出させない。それに」
　艶やかな長い黒髪をもつ少女――空鳴・無月（宵闇の蒼・e04245）の紅の瞳が次第に輝きだしたようだ。無月は続けた。
「作戦だからって、仲間を捨て駒に、するなんて、非道……」
「……許せません」
　十三歳。人形めいた可愛い顔の少女が、人形めいた口調でつぶやいた。
　名をレイン・プラング（解析屋・e23893）。レプリカントの少女である。
　レインは幼少の頃、デウスエクスに連れ去られ、異種族同士によるデスゲームに参加させられた。故に手駒として弄ばれる哀しみをなんとなくではあるが理解できる。
「……そろそろだぜ」
　二十歳ほどの娘が身構えた。
　名はメレアグリス・フリチラリア（聖餐台上の瓔珞百合・e21212）。美しい娘だ。尻までとどく髪は桃色に輝いているし、肉体はモデル並に均整がとれている。着物に線が浮き出ていないところからみて下着はつけていないはずだ。凄艶ともいってよい娘であった。
　そして――。
　闇の中、なお黒々と影が滲んだ。
　数は二。輪郭からして人間ではない。
「ローカストですか」
　ニヤリと嶋田・麻代（レッサーデーモン・e28437）という名の少女は笑った。
　口調は淑やかである。が、その紅瞳にやどるのは狂的な光であった。

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「あれがローカスト……」
　八人めのケルベロスが口を開いた。気品に満ちた顔立ちの美しい娘だ。エストレイア・ティアクライス（メイド騎士・e24843）という名のその娘は水飛沫を散らし、足を踏み出した。
「メイド騎士参上です！　ここから先は一歩も通しません！」
　エストレイアは凛然として叫んだ。ぴたりと二つの影がとまる。
「メイド騎士だと……何だ？　お前ら」
　岩をすり合わせたような重い声がケルベロスたちの耳に滑り込んだ。明らかに威圧して来るローカスト――おそらくはソテリオンだろう――の言葉を真正面から平然と受け止めるとファンは答えた。
「ケルベロスだ」
「ケルベロス？」
　ソテリオンの声に動揺の響きが滲んだ。第一次虐殺作戦がケルベロスによって失敗に追い込まれたことを思い出したのだ。
「また邪魔をするか」
「そうです」
　高らかにエストレイアが宣言した。
「弱きを助け強きを挫く。恐怖なさいませ、私達ケルベロスを。喰らいつき、決して逃しはしません。貴方達にはここで朽ち果てて頂きます」
「……ほう」
　ソテリオンの声に笑いの響きがまじった。ローカストが二体であることに思い至ったのである。先日のようなことには決してならない。
「ククク。やれるものならやってみろ」
「さっさと引っ込め、前座」
　苛立ったように真紀が叫んだ。そしてニヤリとすると、
「オレのメインステージはこの向こう、下水道のド真ん中なんだよ！」
「向こう？　ははあ」
　ソテリオンの複眼が嘲弄するかのように光った。むこうの意味するものがイェフーダーのもとであることに気がついたのだ。
「そうはさせん。お前らはここで俺たちが殺す。虐殺の前の血祭りにあげてくれるわ。――ゆけ、クレトス」
　ソテリオンが命じた。するともう一つの影が動いた。光に浮かび上がったのは巨大な蟻の姿である。するとケルベロスたちが身構え――ここに、この世の裏における戦いの幕が切って落とされた。

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「必死なトコ悪いけどさ、そんな作戦、やらせねーぜ？　こっちも、必死だかんな！」
　メレアグリスが股間に這わせていた手を掲げた。濡れたその指から桃色に輝く泡が飛ぶ。
　乳蜜香炉。
　それはメレアグリスの秘所が分泌した液体によってつくられたものであった。泡が割れた時に発する香気を吸い込んだものは夢幻の境へと誘い込まれるのだ。
「しゃっ」
　クレトスの口から酸が発せられた。強力な溶解力をあびた泡が空で消滅する。
　刹那だ。ソテリオンが空に躍り上がった。クレトスを飛び越え、メレアグリスに襲いかかる。
「させない」
　ぼんやりした様子からは想像もできぬ速さで無月がメレアグリスを庇った。
「やるな」
　ソテリオンの岩塊のような拳が叩きこれた。それは無月の急所へと的確に突きこまれている。
「あっ」
　鳩尾をおさえ、無月が身を折った。
　たった一撃。それによりドラゴニアンである無月ほどの者が半死の状態に追い込まれていた。
「やろう！」
　一瞬時に真紀はオウガメタル――流体金属型の武装生命体を身にまとった。白銀に輝くその姿はまさに鋼鬼である。
　同時にファンがオウガメタル――獄炎鋼からオーラを放射。仲間の感覚を研ぎ澄ませた。
　次の瞬間である。真紀が文字通りの鉄拳をソテリオンに突き込んだ。が、拳は空をうっている。ソテリオンは平蜘蛛のように地に這っていた。
「クハハハ。馬鹿が」
　ソテリオンが身を旋回させた。脚で真紀のそれを払う。真紀の身が空に舞った。メキリッと彼女の足は異音を発している。骨が砕けたのだ。
　汚水を散らして転がる真紀に背をむけたまま、ひたすらレインはソテリオンの動きを観察、データをとっていた。そして今、解析を終えた。
「貴方の逃げ場は、もうありません」
　ソテリオンにむかってレインはグラビティの弾丸を放った。するとソテリオンは横に跳んで躱した。
「何っ」
　呻く声はソテリオンの口からもれた。彼の眼前にぬうっとレインが迫ったのだ。すでにソテリオンの回避パターンは見切っている。レインの手のナイフが稲妻の素早さでソテリオンにのび――。
　ガッ。
　レインのナイフがとまった。クレトスの牙によって。

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　ソテリオンの脚がはねあがった。レインの腹に蹴りをぶち込む。
　爆発が起こったような衝撃にレインが吹き飛ばされた。下水道の壁に激突。コンクリート片を散らして汚水に沈んだ。
「蹴りがお得意のようですね」
　騎士を想起させる白銀の鎧をまとったエストレイアが跳んだ。流星のごとき光の尾をひき、流星のごとき破壊力を脚に秘めて。
　ソテリオンもまた跳んだ。空で交差する二影。噛み合う脚が生み出した衝撃が爆発し、下水道を揺らした。
　一瞬の間をおいてエストレイアとソテリオンが着地した。ばたりと倒れたのはエストレイアだ。足の骨が砕けてしまっている。
「蹴りで俺と勝負するとはな。ふふん」
　ソテリオンが嗤った。が、誰ぞ知らん。その嗤いにひびが入っていることを。
　ソテリオンは自身の脚の異常を感得している。彼の脚もまた無事ではなかったのだ。
「クレトス」
　呼んで、ソテリオンは呻いた。クレトスを羽交い締めしている者がいる。麻代だ。
「抑えてるうちにパパッとやっちゃってください。パパッと」
　麻代が促した。同時に彼女の身体から桃色の霧が噴出した。
　咄嗟にソテリオンは跳び離れた。霧の正体が不明であったからだ。
　桃色の霧。それは麻代の体内で濃縮された快楽エネルギーであった。霧に包まれたレインの身体が分子レベルで修復されていく。
「わかったよ」
　こたえるフィオの目が赤光を放った。その身から放たれるのき凄愴の殺気――いや、獣気だ。
　紅月夜の猟宴。それはフィオのみ操ることのできるグラビティだ。彼女は意図的に狂月病発症時に近い状態に自らを追い込み、凶暴性と身体能力をほんの一瞬だけ跳ね上げ、まさに猛獣の如き攻撃力を発揮することができるのだった。
　薄闇に紅色の眼光の尾をひき、フィオはクレトスに肉薄した。がらりとあいた腹に蹴りをぶち込む。
「くはっ」
　クレトスの口から血のまじった反吐がぶちまかれた。

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　メレアグリスの腕がおどった。魔術的に無月の身体を切開、電撃によるショックで細胞を賦活化させる。ゆらりと無月は立ち上がった。
「ぐおおおおっ」
　クレトスが酸を吐いた。まともにあびたフィオの全身が焼けただれる。たまらずフィオは倒れて身悶えた。
「てめえは大人しくしてな」
　痛む脚を無視し、真紀がクレトスに襲いかかった。無防備な脇腹に鋼の拳をぶち込む。鎧めいた黒光りするクレトスの脇腹に亀裂がはしった。
「真紀、さがれ！」
　ファンが叫んだ。その身を輝かせながら。
　その光輝は彼女の嘆きの煌きかもしれない。それはファンが十八歳の時であった。天才拳士であった彼女の師父の一人が突如暴走。ファンの父や許嫁を惨殺してしまったのである。
　その日からファンは復讐に生きる鬼と化した。宿敵に剥ぎ取られた鱗を地獄化したケルベロスという名の鬼に。
　ファンは蹴りを放った。あまりに鋭い蹴撃は名刀の一閃にも等しい。腹を切り裂かれたクレトスの膝が揺れた。
「エストレイア・ティアクライス。参る」
　とどめの一撃を見舞うべく、エストレイアが身構えた。するとソテリオンが疾駆した。
「させるか」
「それは、こちらの、台詞……」
　するするとソテリオンの前に進み出た影があった。漆黒の翼がその背で開いている。無月だ。
「くっ」
　ソテリオンの足がとまった。
　次の瞬間だ。エストレイアの背に光の翼が開いた。闇が黄金光に切り裂かれる。
　さらに次の瞬間である。エストレイアは翼を剣に変換、撃ちはなった。
「ぎぃあああああ」
　耳を塞ぎたくなるほどの絶叫がクレトスの口から発せられた。その身は無数の剣により串刺しとなっている。
　あまりに神々しく、あまりに酸鼻を極めた光景。エストレイアを敵とする者よ、呪われてあれ。

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「……凍てつけ」
　無造作に、しかし流れるような動きで無月は夜天鎗アザヤ――アスガルド神により創造された槍を繰り出した。
　目にもとまらぬ一閃。しかしソテリオンは躱した。いや、正確には躱しきれなかった。夜天鎗アザヤの刃はソテリオンの太ももをえぐったのである。
「なっ」
　愕然としてソテリオンは息をひいた。
　太ももが凍りついている。これでは得意の機動力を生かせない。
「何故……」
　ソテリオンの口から軋るような声がもれた。
　強大な力をもつローカストと二体。ケルベロスごときが何人いようと圧倒し、虐殺をほしいままにできるはずであった。それなのに、何故こうなった？　何故、強い我らが追い詰められることになった？
「……それは貴方たちが独りだからです」
　ソテリオンの疑念を読み取ったかのように、冷静な口調でレインが告げた。
　解析の結果。ローカストの戦闘力は彼らのそれの和である。比するにケルベロスの戦闘力は積であった。
「ほざけ」
　ソテリオンは嗤った。力をあわせるなど、所詮は弱者の編み出した幻想である。強者は常に独りなのだ。
　ソテリオンは跳んだ。渾身の力を込めて。それは迅雷の速さをもっていた。ケルベロスですら視認できぬほどの。
「すでに結果は出ています」
　迅雷には迅雷。レインが槍を突き出した。ソテリオンの軌跡の先を彼女は見切っていたのである。
　鎗がソテリオンの腹を貫いた。この場合、しかしソテリオンは前に出た。レインの顔面に拳を叩きつける。
　必死の一撃。顔面を粉砕されたレインが吹き飛ぶ。はっしと抱き止めたのはメレアグリスであった。
「やるじゃねえか」
　レインを癒しつつ、メレアグリスは凄艶に笑った。
「気にいらねえ作戦だが、てめえの必死はみとめてやらあ。が、こっちも退くわけにはいかねえんだ。こっちも必死、てめえも必死。そろそろ決着をつけようじゃねえか」
「いうわ、小娘」
　クカカカとソテリオンは笑った。そしていきなり動いた。何の予備動作もみせずに。
　一瞬遅れてメレアグリスの手のライトニングロッドから稲妻が迸りでた。
「遅い」
　疾る紫電をかいくぐり、ソテリオンはメレアグリスに迫った。跳ね上がる脚が鞭のようにうなってとぶ。
　ビキリッ。
　岩が相博ったとしか思えぬ響きを発してソテリオンの脚がとまった。とめたのはフィオの蹴りである。
「どけえ、フィオ」
　ファンの絶叫。さらに高らかに吼える。煌爆龍、と。
　刹那、ファンは煌く巨龍を解き放った。それは地獄の炎で象られたものだ。
　咄嗟に逃げも躱すもならず、ソテリオンは巨龍に飲み込まれた。規格外の昏い熱量がソテリオンを灼く。
　なんでたまろうか。むしろソテリオンの存在を確定している熱量を獄炎は灼き尽くした。後に残ったのは――。
　氷の彫像と化したソテリオンであった。
「さて」
　何事もなかったかのように麻代が口を開いた。やはりこの少女、何を考えているのか良くわからないところがある。
「イェフーダーのところにいくますか」
「無駄です」
　冷静にレインはこたえた。二体のローカストを斃すに時間がかかりすぎた。今からではイェフーダー戦には間に合わないだろう。
　ここに、広島市街地下における戦いは終わった。再びの虐殺は八人のケルベロスによって食い止められたのである。
　しかし、まだ彼女たちの戦いは終わったわけではなかった。助けを求める声があるかもしれない。汚水を散らし、八人は駆け出した。

作者：紫村雪乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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