黙示録騎蝗~義を見てせざるは

作者:綾河司


 深い森の奥、土を固めて作ったような原始的な住居が並ぶ小さな集落に鈍い音が響く。
「ギャアッ!」
 振り抜かれた腕に殴打され、ローカストが地面へ倒れ込んだ。
 見下ろす者もまたローカスト。その背に透ける様な昆虫翅を備えた特殊部隊『ストリックラー・キラー』のローカストだ。それは静かに倒れたローカストを見ていたが、
「立て。お前達のグラビティ・チェインを次の作戦に利用させてもらう」
 冷め切った口調でそういうと、率いていた他のローカスト達が次々と集落のローカストを捉え始めた。
「せめて、私だけに……っ!」
 殴られたローカストが悲痛な声を上げながら、連行されていく。彼の嘆願は受け入れられることなく、
「悪いな……」
 そうとだけ呟いたストリックラー・キラーのローカストが己の自慢の翅をそっと撫で付けた。

 数刻の後、
「や、やめろ……やめてくれ! ガアアアアアッ!!」
 施設に集められたローカスト達がグラビティ・チェインを搾り取られる。絶え間なく襲い来る激痛に、耐え続ける彼らの悲鳴が何時終わるともなく響いていた。


「ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)さんの調査により、ローカスト達が、下水道から侵入して広島市を制圧する大作戦を行おうとしている事が判明しました」
 ブリーフィングルームの壇上に上がった天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)は集まったケルベロス達に向かって抑揚のない声で説明を始めた。
「この作戦は、グラビティ・チェインを枯渇させたローカストを使って事件を起こした、特殊部隊『ストリックラー・キラー』の次なる一手。個別の襲撃を皆さんに阻止された事を踏まえ、今回は指揮官のイェフーダーも含めて、ストリックラー・キラーの総力を結集しています」
 集まったケルベロス達からどよめきが起こり、月乃はそれが収まるのを待ってから続ける。
「ストリックラー・キラーのローカストは、多数のコギトエルゴスムを所持しているようで、枯渇状態のローカストと共に下水道から市街地へ侵入し、人間を虐殺してグラビティ・チェインを奪取――そのグラビティ・チェインを利用し、コギトエルゴスムを新たな枯渇状態のローカストに変え、戦力を雪だるま式に増やしつつ、広島市全域を制圧、数十万人の大量虐殺を行おうとしています」
 静かだが、月乃の瞳に微かな冷たい怒りが見え隠れしていた。
「この作戦が実行されれば、都市制圧までにかかる時間は24時間以内と想定されています。ですが、今回事前に事件を察知することができた為、下水道内で敵を迎え撃つ事ができます」
 月乃の展開した立体スクリーンに広島市全域の下水道マップが映し出された。
「敵は市内全域を同時に襲撃しようとしている為、分散して行動しています。各チームは『ストリックラー・キラー』のローカストと枯渇状態のローカスト、2体と戦う事になります。『ストリックラー・キラー』のローカストは相当の覚悟を持って作戦に挑んでいるようなので皆さんが待ち構えていたとしても、逃げる事無く、作戦遂行の為に最後まで戦い続けると考えられます。2体のローカストと同時に戦う事になりますが、もし敗北すれば、広島市民に多大な犠牲が出ることになります。どうか、最善を尽くしてください」
 それから、と彼女は付け足して、ケルベロス達を見回した。
「2体のローカストを速やかに撃破することができたチームは、可能ならば指揮官であるイェフーダーの元へ向かってください」
 立体スクリーンに映し出されたマップの中心部に光点が灯る。
「イェフーダーは下水道の中心点で作戦の成り行きを伺っている様なので多方向から包囲するように攻め寄せれば、退路を断って撃破することができる筈です。イェフーダーを撃破できれば今回のような作戦を行う手駒がいなくなる為、ローカストの動きを制限できます」
 月乃は一息つくと立体スクリーンを敵の情報へと切り替えた。
「2体の敵は『ストリックラー・キラー』がオオスカシバという種に似たタイプ。枯渇状態のローカストは蟷螂タイプでまともな思考もできない状態になっています。戦闘領域はこちら側で待ち構える事ができる、少し広くなった場所になります。どちらの敵も大きく飛行できる場所ではないので地上戦で対応できます。オオスカシバは高機動型の遠距離射撃タイプ、蟷螂は近接による斬撃が強力な前衛タイプです」
 交互にローカストの詳細を映しながら、彼女はケルベロス達の方へ向き直る。
「これほどの規模で活動できるグラビティ・チェインをどうやって確保したのか疑問は残りますが……」
 月乃はポツリとそう呟いてから、ケルベロス達に「よろしくお願いします」と頭を下げた。


参加者
小日向・ハクィルゥ(はらぺこオートマトン・e00338)
リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
オーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)
葛葉・影二(暗闇之忍銀狐・e02830)
コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)
高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)

■リプレイ


 広島市地下に広がる下水道を8人と1匹が駆け抜けていく。
「これって広島の下水道の正確な地図なんだよね?」
 立体スクリーンに映し出された地図には風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)の映し出すスーパーGPSの光点が輝いている。可能であれば月乃に用意してもらおうと思っていた正確な地図の提供元は隣を併走するオーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)のアイズフォンによるものだ。
「こんな事もあろうかと思いまして」
 目を輝かせながらドヤ顔を浮かべるオーフェ。和奈が顔を上げ、真っ直ぐ前を見つめた。
「これで大体の位置関係は確認はできそう。寄り道せずに行くよ!」
 彼女らの先導の元、ケルベロス達は足元に気をつけながら作戦ポイントへと向かっていく。意外にも、下水道は十分な光があり、足もとに気をつけてさえいればケルベロスなら難なく走破できる造りになっていた。
 一行が作戦ポイントである開けた場所に到達するまで、さして時間はかからなかった。後は、敵が現れるのを待てばいい。
「目的の為ならば同族の命すら踏みにじる、か……」
 周囲の音や気配に気を配りながら、葛葉・影二(暗闇之忍銀狐・e02830)が口当ての裏からポツリと漏らす。
「虫さん達も共食いしないとならない程追い込まれておりますのね……」
 影二の言葉にオーフェが返す。その横でリブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)が微かに目を細めた。
「相変わらず雑魚狩りしかしねー連中ですね。やり口がムカつきます」
 敵も追い詰められているとはいえ、変わり映えのしない作戦で懲りずにグラビティ・チェインを狙ってきている。成功すれば確かに成果はあるのだろうが、それはケルベロスに阻まれなければという話。
「……まぁ、おかげでこっちも気持ちよく戦えるわけですが」
 イェフーダー率いるストリックラー・キラーの作戦はここでなんとしても挫かなければならない。
「せっかくの優勝に沸く広島に水を差させる訳にはいきません」
 弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)の言葉に相棒のボクスドラゴンが一声鳴き、隣にいた小日向・ハクィルゥ(はらぺこオートマトン・e00338)が一つ頷いた。
「人々と街を守るのは機械である当機の使命です」
 全力を尽くします、と言い添えるハクィルゥの視線の先――反対側からこの開けた場所に繋がる通路に微かな音が響いた。それは徐々に大きくなり、やがて広場を照らす光の下に姿を現した。
『ケルベロス、か……』
 透明な翅を持つストリックラー・キラー、オルファンスは静かに呟いた。特に動じた様子はない。ケルベロスが現れる事を心の片隅で予想していたのかもしれない。その代わり、
『グルルルッ!』
 隣にいた蟷螂のローカストが理性を失ったかのような雄叫びが広場に木霊した。
「うぅーん……蟷螂って美味しいのかしら?」
 雄叫びには気にも留めず、コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)が真剣に悩む。
「ま! 食べればわかるわね!」
 一瞬で悩みを吹っ飛ばしたコルチカムが良い顔で身構えた。その様子を横から見ていた高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879)がしとやかな笑みを浮かべる。
「ゆっくりお話しする時間はなさそうね」
「お互いに、な……」
 そんな二人のやり取りが引き金になったかのように、ケルベロス達は構え、蟷螂は猛進した。


 地を蹴り、距離を縮めてくる蟷螂を一瞥した和奈は短く息を吐いて両手のダブルガトリングガンを持ち上げた。理性を失った蟷螂の苦悶の表情が彼女の意志を一層強くする。
「目的の為には手段を選ばないなら、それをアタシ達が真正面から叩き潰してやるよ」
 言い終わると同時、翅で強く空気を叩いてホバリングを開始するオルファンス目掛けて、唸りを上げたダブルガトリングガンが魔力を帯びた麻酔弾を大量に吐き出した。床を捲り上げるような銃弾の嵐が滑るように回避するオルファンスの後を追いかける。
『くっ……やってくれる!』
 被弾しつつも致命的な一撃を避け続けるオルファンスに、続けてコルチカムが飛びかかる。
「アンタはこっちよ!」
 広間に響く大きな声と共に、彼女独特の捕食する降魔の力によって具現化された狂犬が執拗にオルファンスを追い立てた。
『それならば、纏めて薙ぎ払うまで!』
 右腕を喰い付かれたまま、オルファンスが強引に照準を定める。次の瞬間、大きく開くように放たれたロックオンレーザーが弧を描くように蟷螂を追い越してケルベロス達の前衛に降り注いだ。
「あなたの思うようにはさせません」
 相棒のボクスドラゴンと攻撃を二手に引き受けた仁王が黒曜壁を掲げる。その上から容赦なくレーザーの豪雨が降り注いだ。
「くっ……!」
 通り過ぎたレーザーが床を砕く中、顔を上げた仁王の目に大鎌を振り上げる蟷螂の姿が飛び込んでくる。
「引き受けます!」
 咄嗟に前へ踏み出した仁王が自身のグラビティと周りに漂うグラビティをオーラ状に形成する。
「この身に宿るは戦場の力!」
 グラビティを掛け合わせる事でより強固になったオーラ状のグラビティが前衛を包み込み、仁王の言葉に反応したリブレと影二がその脇をすり抜けていく。振り払われるような蟷螂の一撃を掻い潜って死角へ飛び込む二人。対してその場に踏み止まった仁王が再び黒曜壁を構えた。
「っ!!」
 強烈で重たい一撃が仁王の体を弾き飛ばす。体勢を崩しつつも、なんとか踏み止まる仁王と入れ替わる形で彼のボクスドラゴンが大きく開けた口からボクスブレスを吐き出した。
『グルル!』
 技後硬直を狙われ、体勢を崩した蟷螂に間を置いた死角からリブレがエクスカリバールを投げ付けた。
「気に入らねーヤツには嫌がらせを。嫌がらせで終わらずに、そのまま死んでも知ったこっちゃねーですが」
 投げバールの直撃を食らった蟷螂が遠間のリブレに気を取られている隙に、
「人に害為すならば見過ごす訳にいかぬ」
 死角から肉薄した影二が逆手に持った御人守から強烈な稲妻突きを放った。
『グルッ! グォ……!』
 深々と突き刺さる御人守に蟷螂が苦悶の声を上げる。だが、その手に伝わる感触は影二に相手の余力をも伝えていた。
「高機動の射撃戦が得意なのは向こうだけではないと思い知らせてやります」
 宙を舞ったハクィルゥが回り込むよう移動しながらアームドフォートの照準を合わせる。仲間の射線を感じ取った影二が飛び退くと、さらにもう一方からオーフェのバスターライフルの射線が蟷螂を捉えた。
「敗残兵の掃討には何時も陰々滅々が付いて回ります……しかし、こちらも広島の人々を守る為、心を鬼にして励みましょうか」
 射線から逃れようと蟷螂が動き出す瞬間、ハクィルゥのフォートレスキャノンとオーフェのゼログラビトンがほぼ同時に放たれて、爆炎と光弾の輝きが蟷螂を包み込んだ。しかし、
『グルル!』
 蟷螂はまだ倒れる事は無く。
『グル……ジィ……オマエラノ、グラビティ・チェインヲ、ヨゴゼェェッ!!』
 広間に蟷螂の絶叫が響き渡る。それはグラビティの枯渇状態にある蟷螂の苦しみ、生への渇望を否が応でも感じさせるものであり――
『……さぁ、まだ始まったばかりだぞ?』
「あ、あんたねぇ……」
 静かなオルファンスの呟きに苛立ちを覚えたコルチカムが奥歯を噛み締めるように唸る。その肩に月子がそっと触れた。
「月子おばさん……」
 あくまで油断なく、オルファンスから視線を切らずに月子が目を細める。
「嫌な役目もらっちゃったわね、オルファンスさん」
『…………』
 月子が展開したヒールドローンがケルベロス達の前衛を癒していく。オルファンスは応えなかった。しかし、その沈黙は十分な答えを含んでもいた。
「止めるわよ?」
 同情しても手心はない。お互いにあるのは戦う事のみ。
『やってみろ!』
 ケルベロスもローカストも、また弾かれたように戦いに突入していった。


「ちょろちょろと鬱陶しいのよっ!」
 踏み込んだ勢いで放たれたコルチカムの気咬弾が弧を描いてオルファンスに迫る。その攻撃を更に弧を描く動きでオルファンスは回避した。麻痺の残る体でコルチカムに注意を引き付けられながら、それでもオルファンスの機動力は健在だった。
『これでどうだ!』
「きゃあっ!!」
 腰溜めに構えられたオルファンスのガトリングガンが火を噴き、前に出ようとするコルチカムを直撃した。
「コルチカムさん!」
 爆炎に包まれるコルチカムにオーフェが咄嗟に反応する。
「衛生支援要請。指示、対象の治療」
 治療特化型ドローンをコルチカムの傍に転送召還したオーフェが素早く指示を与えると、空中に浮遊したドローンが薬液を散布し、コルチカムの炎と傷を癒す。一人オルファンスの注意を引き続けるコルチカムの体力は限界に近い。それに加え、
『グルルッ!』
 咆哮を上げた蟷螂が力任せに大鎌を振るい、ケルベロス達を斬り裂かんと暴れまわった。
「そんな単調な動きで私たちを抑えることはできませんよ!」
 距離を詰めた仁王が大鎌を掻い潜り、蟷螂の懐へ潜り込む。同時に鋼の鬼と化したオウガメタルの一撃が蟷螂の腹部に突き刺さり、その体を宙に浮かせた。
「クウ、いくよ!」
「くう!」
 和奈が床を蹴って宙を舞う。一声鳴いたオウガメタルのクウが、その姿を鋼の鬼へと変えた。
「会話でもできれば良かったんだけどね……せめてアンタを解放してやるよ!」
 頭上より振り下ろされた鋼の拳が蟷螂の顔面を捉え、床に叩きつける。
「攻勢に出ます……」
 決定的なチャンスを迎え、ハクィルゥが地を這うように疾走した。体内エネルギーを背部の翼と戦闘機能に集中させ、全性能を一気に高める。一時的な加速状態に入ったハクィルゥがそのまま蟷螂に突撃した。
「システムチェンジ、モード・アクィラ起動。突貫します、周囲の味方は巻き込まれないよう退避を推奨致します」
 刃状と化した巨大な翼で飛行したハクィルゥがその翼と高速飛行による風の刃で蟷螂を切り裂く。滑るように着地したハクィルゥの関節部からオーバーヒートによる湯気が立ち昇った。
「覚悟召されよ」
 震える体で立ち上がろうとする蟷螂に続けて影二が肉薄した。振り払うような大鎌が影二に迫る。その瞬間、螺旋状の気流に包まれた影二の姿が消えた。
「実は虚であり、虚は実……我が刃は影を舞う」
 蟷螂の影、その死角に姿を現した影二の御人守が深々と蟷螂の急所を捉えた。命を刈り取るには十分な一撃。影二が御人守を引き抜くと、力を失った蟷螂はその場に崩れ落ち、静かに消滅していった。
『逝ったか……』
 蟷螂の消滅を横目で見届けたオルファンスが静かに呟く。死角から影が過ぎり、オルファンスは咄嗟に体を捻った。
『くっ!』
 死角から飛び込んだリブレの螺旋掌がオルファンスの右肩をかすめ、内部から破壊する。
「ちっ……感のいーヤツです」
 手応えを不満げな舌打ちで露わにするリブレにオルファンスが構え直した。戦局はケルベロス達が有利だ。丁寧に回復を繋げ、誰一人脱落する事無くオルファンスを包囲できた。しかし、ここまでに費やした時間も長かった。
「終わらせましょうか……」
 仲間達の態勢を磐石のものとすべく、月子のオラトリオヴェールと和奈のメタリックバーストが前衛を包み込む。
『ここで私一人、下がれるものか』
 追い込まれたオルファンスが選択したのは、捨て身の突撃。
『おおおお!』
 吼え叫び、一直線にケルベロス達に向かって突き進む。
「OverDose……手加減も調整もしないよ!」
「全ては守るべき人々の為に」
 和奈のダブルガトリングガンが火を噴き、魔力を帯びた麻酔弾がオルファンスを正面から捉えるとほぼ同時に、ハクィルゥの放ったゼログラビトンがオルファンスを包み込む。
「義を見てせざるは勇無きなり、か……」
「捉えましたよ」
 両脇から飛び出した影二の絶空斬がオルファンスを切り裂き、仁王の攻性植物のツルクサがその四肢を捕縛した。
「昔から、こういった汚れ仕事にはなれていますわ」
 相手の覚悟を汲み取ったオーフェの破鎧衝がオルファンスの突進の威力を完全に殺して、
「捉えましたよ」
 飛び退くオーフェと入れ替わりで飛び込んだリブレがすれ違い様にオルファンスを切り裂く。苦痛に表情を歪めるオルファンスに重力の壁を作り出したリブレがそれを足場に宙を舞い、何度もすれ違い様に斬りつける。
 ケルベロス達の怒涛の攻撃の中、それでも立ち続けたオルファンスは銃口の照準を月子に向けた。
『これでも喰らえ!』
 渾身のバスタービームが広間を白く染め上げ、
「月子おばさん!」
 間に割って入ったコルチカムがその一撃を通すまいと両腕を広げ、月子を庇った。膝から崩れ落ちるコルチカム。その背後で銃口を持ち上げた月子が静かにオルファンスへ照準を合わせた。
「とっておきよ?」
 それは宿敵の為に取っておいた一発。アームドフォートから撃ち出された時空凍結弾がまるで吸い込まれるようにオルファンスの胸部を貫いた。


「各隊に通達、わたくしたちの全勝で広島市襲撃は阻止、イェフーダーも撃破され、息を引き取ったようですわね」
「……そう」
 オーフェがアイズフォンで受信した内容を仲間達に告げると静かに聴いていた月子は短く応えた。
「申し訳ありません、高橋さん」
「月子おばさん、ごめんなさい」
 月子をイェフーダーの元まで連れて行きたかったという思いの強かった仁王が謝罪し、年配には優しいコルチカムも意気消沈して耳と尻尾が元気なく垂れ下がった。落胆の色濃い二人に月子が柔らかな笑みを浮かべ、コルチカムの頭をぽんぽんと優しく叩く。
『我々の負けか……』
 命尽きる寸前のオルファンスが小さく呟くとリブレがこくりと一つ頷いた。
「完膚なきまでに」
 一言、言い添えた和奈にオルファンスが苦笑を浮かべる。
『容赦ないな……』
 そうとだけ呟いて、静かに見下ろしていた月子にスッと手を伸ばした。
「受け取ってもらえるだろうか?」
 それが何を意味するものなのか、月子は即座に理解してオルファンスの手を取った。その中に握られていたのは彼の同胞のコギトエルゴスムだった。オルファンスは一瞬、満足そうな表情を浮かべるとそのまま息を引き取った。静かに消滅していくオルファンスを見送ってから月子が仲間達を振り返る。
「さぁ、帰りましょうか」
 努めて明るく。月子本人にそう振舞われては他の者が落胆したままでいるわけには行かなかった。影二が静かに頷く。
「当機は戦闘によるエネルギー消耗の為、お腹が……」
 空腹を訴えるハクィルゥに追従してコルチカムが手を上げた。
「私も!」
「コルチカムさんは、まず治療ね」
 月子に促されるまま、帰路に着くケルベロス達。最後尾の月子がイェフーダーのいたであろう方角をほんの数秒振り返り、そして彼女はしとやかな微笑を浮かべたまま、歩き出した。

作者:綾河司 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。