黙示録騎蝗~苦艾の魔酒

作者:秋月きり

 事件はいつも唐突に始まる。
 もしかしたら予兆はあったのかもしれない。ただ、それを彼らが認識していなければ、やはり、唐突に始まったと思う他、術は無かった。

 ストリックラー・キラーが一人、ペルノーは目の前で転がる同胞を見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。蟷螂の複眼が捕らえる建物はまさしく蟻塚と言った風体。土を固めただけの粗末な住まいの数々であった。
 地球人達から隠れるように、森の奥地に居を構えたローカスト達を訪ねたは数分前。そこで提示した提案はしかし、同胞達の理解を得る事は出来ず、その結果、彼らはペルノーの振るう暴力の前に膝を屈していた。
 呻く同胞達を前にペルノーは優しいとも取れる声色で、再度、言葉を告げる。それは既に提案ではなく、命令であった。
「喜べ。お前達。お前達の有するグラビティ・チェインは次の作戦に有効活用される。太陽神の為、黙示録騎蝗成就の為、その身を捧げるのだ!」
 何処か狂信的な色が複眼に宿っていた。言葉を向けられたローカスト達は、怯えたようにがくがくと震える。だが、拒否権が無い事は彼らが一番理解していた。
「連れて行け」
 部下に命じ、彼らを連行する。その先で、彼らの有するグラビティ・チェインは抽出され、敬愛する太陽神の為に使われるのだ。種としての喜びに満ちたそれに殉じる事の出来る同胞の、なんと幸せな事か。
 ペルノーが浮かべた表情は、神に仕える聖職者を思わせる、穏やかな微笑みであった。

 ヘリポートに集ったケルベロスを迎えたのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の沈痛な表情だった。目の当たりにして言葉を失った仲間に、それでも気丈に微笑んだ彼女は未来予知の内容を告げる。
 ローカスト達に新たな動きが見えた、と。
「ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)の調査もあって、ローカスト達が、下水道から侵入、広島市を制圧しようとしている事が判明したの」
 この作戦を執り行う特殊部隊の名前は『ストリックラー・キラー』。先日、グラビティ・チェインを枯渇させたローカストを用いて日本各地を襲撃した部隊の名前だった。
「個別の作戦ではみんなに阻止される事を学習したんだろうね。今回は彼らの総力を以て、広島の街を襲撃するつもりよ」
 その中には指揮官であるイェフーダーの姿もあると言う。
「彼らの狙いは数十万に及ぶ広島市民の虐殺。それによるグラビティ・チェインの奪取ね」
 グラビティ・チェインが枯渇状態にあるローカストと共に市内に潜入した彼らは手近な市民を虐殺し、その魂からグラビティ・チェインを奪取。そのグラビティ・チェインを用いて所持するコギトエルゴスムに注入、新たなローカストを復活させ、それを戦力として再びグラビティ・チェインの奪取に移り、そのグラビティ・チェインを用いて……と雪だるま式に戦力を増強しようとしている様だ。行き当たりばったりな戦術に思えるが、一般人にそれを防ぐ手立てはない。
「みんなの介入が無ければ、ね」
 それが唯一の希望だった。
「広島市制圧まで想定される時間は24時間以内。だけど、今回は事前に察知できたから、下水道で迎撃する事が出来るわ。敵は各地に分散しているから、みんなを含めた沢山のチームがこの対応をする必要がある」
 このチームが対応するローカストは二体。ペルノーと呼ばれる『ストリックラー・キラー』所属のローカストと、彼と行動を共にする甲虫型のローカストだ。
「……あと、可能だったら、なんだけど」
 神妙な言葉は無理はしないで欲しいとの弁の元、紡がれた。
 この二体を撃破が叶った後、余力があれば指揮官であるイェフーダーの元に向かって欲しいと彼女は告げる。イェフーダーは下水道の中心で作戦の成り行きを伺っている為、多方面から包囲すれば退路を断つ事が可能だろう、と。
 彼の指揮官を撃破する事が出来れば、ローカストは手駒を失うため、今後の動きは制限される事だろう。
「とは言え、まずは二体の撃破に注力して欲しい。彼らを倒せなければ本末転倒になっちゃうから」
 嘆息の後、リーシャは言葉を続ける。
「ペルノーと呼ばれる個体は蟷螂のローカストね。鎌となった手で攻撃したり、破壊音波の様な声をぶつけてくるわ」
 魔力の籠もった声は煽動の力を持っているため、対策が必要だろう。
「甲虫は強力な筋力と外骨格を武器に襲ってくる。……前回、飢餓状態に陥ったローカストと戦っている人ならば、それがどれ程危険な物かは想像できると思う」
 能力は一級品だが、グラビティ・チェイン枯渇の為、まともな思考が出来ない状態にある。付け入る隙があるならば、そこしかなさそうだった。
「とは言っても、ペルノー自身は飢餓に陥っている訳じゃないから、甲虫を制御してくるだろうから……」
 その分断が鍵となりそうだった。
「戦場になるのは遊水池となっている場所だから、広さは申し分無いわ。みんなが現れれば無視して進軍、と言う訳に行かないだろうから、ただ、倒す事だけを考えて欲しい」
 いってらっしゃいといつもの言葉で送り出す彼女はしかし、小首を傾げぽつりと呟く。
「でも、今回の作戦はグラビティ・チェインを用いてコギトエルゴスムを蘇らせているのよね。そのグラビティ・チェイン、何処から調達したのかしら?」


参加者
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573)
露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)
エスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490)
鏡月・空(月は蒼く輝いているか・e04902)
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744)

■リプレイ

●暗く昏く
 潜った下水道は想像より広く、そして暗かった。陽が通らないのだから当然かもしれないと、携帯照明に明かりを灯した深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)は、通路の示す先にその光を向ける。
「この先に遊水池がありますわね」
 役所で入手した下水道台帳に目を通しながら、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)が小さく呟く。
「そこが、ヘリオライダーの予知した戦場っぽい」
 横から覗き込む露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)の言葉に一同は頷くと、湿度の高い歩道を進んで行く。彼らの歩む歩道の隣で、ごうごうと下水が音を立てて流れていた。音から推測するに、おそらく腰以上の深さはあるだろか。勢いもある為、落ちればただでは済まないだろう。もっとも、ケルベロスである彼ら、そして、この先にいるデウスエクスを除けば、だが。
「流石に臭いますね」
 エスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490)が整った顔を歪める。今の日本の下水処理が高い技術に支えられているとは言え、それが籠もる地下は臭気も強い。だが、この臭いの中ではローカスト達も自分達を発見するのは困難だろう。
 やがて八人の足が止まる。眼前に広がるだだっ広い空間。そして。
「――驚いたな。迷い込んだ人間、と言う訳でもあるまい」
 傍らに直立歩行した甲虫を従えた、同じく直立歩行の蟷螂が複眼をきらりと輝かせる。
 その視線が向けられた物はケルベロス達が手にする得物、そして、それぞれの表情だった。異形であるローカストと遭遇し、しかしそこに怯えの色はない。即ち、それが意味するところは。
「我らを止めに来た、と言う訳か」
「理解が早いな! その通りだ」
 サーヴァントのライドキャリバーを伴った天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573)は彼らの進行を妨げる様に立ち塞がる。
「勇気の戦士、仮面ブレイバー推参! ここから先は一歩も通さないぜ!」
 そのヒーロー然した物言いに、蟷螂――ペルノーははんと鼻で笑う。
「なるほど。地獄の番犬ケルベロス! よもや我らの作戦が漏れているなどと」
 人間ならば歯ぎしりをしている処か。ぎちぎちと牙同士がぶつかり合う音が零れる。
「低コストで高い戦力、効率的でいい戦略だねえ。……潰し甲斐があってさ」
 皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744)の挑発は判りやすい形で爆発した。即ち、ペルノー自身の咆哮として。
「予定の齟齬があれ、行いは変わらぬ! 貴様らのグラビティ・チェインを以て作戦の開始とする。我らが作戦の成就、太陽神もご照覧あれ!」
 言葉と共に甲虫が飛ぶ。ケルベロス達から溢れるグラビティ・チェインを貪ろうと飛びかかる姿は、空腹の獣そのものだった。

●狂信者
「太陽神。アポロンの別名でしたか?」
 ペルノーの言葉にいち早く反応したのは天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)であった。少年の顔に浮かぶ笑みは紛れもなく嘲笑。ペルノーの向けた訝しげな視線は次の瞬間、憎々しげな物へと転じる。それまでに、彼が放つ言葉は許し難い物であった。
「アポロンが神とは随分おめでたいですね。私達の間では無能と評されているのに」
「貴様!!」
 罵倒と共に放たれた破壊音波は身構えるケイと睡蓮に叩き付けられる。
 だが。
「無能神の信者はやはり無能、と言ったところでしょうか」
「助かったっぽい」
 挑発する以上、準備は万端だった。キャスターと防具による恩恵の相乗効果からケイはその破壊音波を回避。一方、睡蓮は間に割って入った鏡月・空(月は蒼く輝いているか・e04902)のボクスドラゴン、蓮龍によりその攻撃に蝕まれる事はなかった。首肯による短い礼に、空と蓮龍が頷きで応じる。
 続いてケルベロス達を襲ったのは甲虫の角だった。アルミニウムに覆われた巨大な角は主人の怒りを引き継ぎ、ケイの身体を貫かんと突き出される。
「やらせません!」
 体勢崩れる彼を庇ったのは、夜七の命によって体当たりを敢行した彼女のサーヴァント、彼方だった。突進を受け止める事は叶わなかったが、弾き飛ばされた彼は空中で反転し、身軽に着地をする。
「憐れですわね」
 静かな言葉は竜華から響く。同時に放たれた鎖は甲虫の身体にまとわりつくと、ぎちぎちと締め付け上げる。
 飢餓により理性を失い、ペルノーの意のままに操られるローカストに同情する気持ちはある。だが、そんな彼を放置すれば犠牲者を生むだろう。それを看過する事は出来なかった。
 そして何より。
 拘束から逃れようと鎖の中で暴れる甲虫は力任せに自身を束縛する鎖を振り回す。竜華の膂力を超えたその力は、彼女の小柄な身体が逆に吹き飛ばされる。
 壁に叩き付けられようとした身体は、間に入った勇人によって受け止められた。両腕で彼女の華奢な身体を受け止めた少年は、重さすら感じさせる柔らかさに、思わず赤面する。彼女を地面に下ろすと同時に甲虫に駆け寄る様は、おそらく照れ隠しだろう。
(「ああ」)
 胸が疼く。ぺろりと舐めた唇が妖艶に輝いた。
 理性を失い、ペルノーの手駒と化してしまったこの甲虫は、それでも強い。
(「本当の貴方と剣を交えたかったですわ」)
 ただそれが残念に思えた。
 束縛によって生まれた一瞬の隙に、蓮龍からのブレスが薙がれる。一瞬怯む甲虫の傍ら、空が放つ癒しのオーラが、先程、角の一撃を受けた彼方の傷を癒していた。
「統率者が変わっただけで、ここまで違うモノになってしまうのですね」
 冷凍光線と共に放たれた言葉は、エスカによる嘆きだった。統合王に率いられたローカスト達はそれでも戦士だった。だが、あの戦いの敗北後、彼らは変容してしまった様に思える。略奪を繰り返す目の前の集団は断じて戦士なんかではない。
(「――蛮族、です」)
 愚劣とも稚拙とも思える行いが目立つのは、ケイの言う通り、今、彼らの頭に立つモノが無能だからだろうか。
「倒す以外に道はない。ならば処理するだけっぽい」
 御業による緊縛を行いながら、睡蓮が淡々と呟く。目の前の障害に同情するつもりはない。それが敵ならば倒すだけ、と赤い瞳は告げていた。
「戦う力を持たない人達を狙う卑怯な奴らは絶対に許さないぜ!」
 勇人の電光石火の蹴りと、ライドキャリバーによる突撃が甲虫を強襲する。固い甲殻に阻まれて致命打とはなり得なかったが、連携の取れた両者の動きに、甲虫は踏鞴踏む。
 一方でペルノーへもまた、ケルベロス達の攻撃が突き刺さる。
 ケイと隠岐乃による炎を纏った蹴撃と、夜七の雷を纏った不知火による刺突、彼方の斬撃は蟷螂の身体を切り裂く。
「おのれ、地獄の番犬風情が!」
 吼える言葉に焦りの色が混じっていた。
 甲虫に比べ、甲殻程も発達していない外骨格を切り裂かれたペルノーはぐぬぬと呻き声を発する。
「戦闘力はさほど無い様だね!」
 隠岐乃の狂喜とも言うべき輝きを灯した瞳はペルノーを的確に射貫く。諜報部隊ストリックラー・キラー。その一員である彼が特化している能力は工作と煽動だ。それ故、戦闘能力に関しては彼女の評価通りだった。使役する甲虫の方が強いと断ずる事が出来る。
「虐殺なんて、絶対にさせない……!」
 夜七の心からの叫びが、遊水池の中に響いた。

●番犬の務め
 ライトに照らされた銀の輝きが舞う。甲虫の牙が、角が、蹴りがケルベロス達を強襲する。
(「流石は甲虫だぜ!」)
 昆虫の中でも怪力無双の代名詞とも呼ぶべき種を思い出し、勇人が冷や汗を掻く。一撃は重く、そして共に付与される破剣の力や自己回復も厄介だと唸ってしまう。
「風よ! 彼の者を癒せ!! ……勇人さん、無理をしないで下さい」
 空から叱責にも似た声と共に放たれた緑色の竜巻が、彼の傷を癒すべくその全身を覆う。
 言葉を返そうとするものの、身体を蝕む疲労は濃く、ああと頷くだけに留まってしまう。
 八人のケルベロスの中、盾役を担った少年の疲労は限界に達していた。彼の他は自身のライドキャリバーを含め、三体のサーヴァント達がその役を担っていたが、既にその身体は甲虫によって光の粒へと転じられている。
 サーヴァント使いの体力は総じて、そうでない物に比べ劣る。彼の限界は近かった。
 だが。
(「限界ってもんは超える為にあるんだよ!」)
 自分が倒れれば仲間にも被害が及ぶ。自分達が倒れれば無辜の一般人が傷付く結果になる。二ヶ月前、目の前で行われ、防げなかった虐殺。それを――。
「また起こさせるか!」
 勇人は四肢に力を込め、空へ飛ぶ。地下施設故、高度は稼げない。だが。
 彼の第一撃は天井へと叩き付けられた。その反動で地に墜ちる身体に青いオーラを纏わせ、それを右脚に集中する。
「必殺、ブレイバァァァキィィィック!!」
 青き蹴りを銀色の輝きが迎え撃つ。迎撃槍の如く突き出された甲虫の角は、蹴り足毎、勇人の身体を貫くべく突き出される。
「死に至る道筋、存在の終わり、万物に死は平等に」
 静かな声が響いた。一瞬の後、オーラを纏ったエスカの弾丸、そして矢が銀の輝きの根本を貫く。弾け飛ぶ銀色の飛沫は、それを包むアルミニウム生命体の残滓。
「その目でよーく見ときなよ」
 同時に投げ付けられた隠岐乃の閃光手榴弾が甲虫の身体を強襲する。銃弾によって起爆させられたそれは次々と破裂し、甲殻そのものを砕かんと破砕音をまき散らした。
 そして。
 ぴしり、と鋭い音が響いた。
 続いて響いた水音は、根元から千切れた甲虫の角が下水に落下した音である。勇人の蹴りが、エスカの射撃が、隠岐乃の爆撃が、遂にその得物を砕いたのだ。
「全て燃えて砕け!」
 真紅の炎を纏った抱擁は竜華から放たれる。無数の首を持つ大蛇の姿を連想させる鎖は甲虫の身体を包み、そして、袈裟斬りに薙がれた鉄塊剣は、その身体を両断していた。
 断末魔の悲鳴は紡がれない。
「くそ! 役立たずが!!」
 ただ、罵倒の声が辺りに響いた。光の粒子に転じた仲間を一瞥したペルノーの声だった。
「……戦った仲間を、死力を尽くして敗北した仲間に掛ける言葉が、それですの?」
 荒い息を吐く竜華の言葉は穏やかに紡がれる。だが、そこに込められた感情は、炎の如き彼女らしからぬ程、冷たい響きを帯びていた。
「彼は戦士だった。だが、お前は――」
 竜華だけではない。空からも声が上がる。
 ケルベロスの誰もが同じ気持ちを抱いていた。甲虫の獅子奮迅の戦いを見て、それでもなお、先程の罵声を浴びせると言うのならば、目の前にいるこれは。
「お前は倒さなければ行けない敵だ!」
 宿った感情はただ一つ。
 彼らは――怒っていた。
「はん。太陽神の威光を知れ! 叛徒共が!!」
 虎の尾を踏んだ事を、逆鱗に触れた事をペルノーは最期まで気付く事が無かった。
「私達が戦ったローカストは誇り高い戦士ばかりでした。ですが、貴方には誇りがない。狂信者が!」
 破壊音波をかいくぐったケイの掌底がペルノーの腹部を強打する。気門を撃ち抜く衝撃に、炸裂する勁に、蟷螂の呼吸が僅かに途切れる。
「黒の魔弾は呪の魔弾。咲き誇るは呪いの華」
 よろめくペルノーの身体をゆるりと紡がれた睡蓮の詠唱が受け止める。彼から放たれた魔弾は蟷螂の身体を貫き、その傷口に呪われた黒い華を咲かせる。体液を奪うその華は雄々しく咲き誇り、蝕む呪いは同時に、治癒の力として睡蓮へ力を注ぎ込んでいた。
「もうそろそろ、限界っぽい」
 前衛としての甲虫を失った事で、ケルベロス達の攻撃は全てペルノーに注がれている。そして甲虫の倒れる際まで、ペルノー自身も無傷だった訳ではない。ケルベロス達の着実な攻撃は、彼の身体に幾多のも傷跡を刻んでいた。
「この一閃に、ぼくの全てを賭けて―――参る!」
 夜七の身体がゆらりと揺れ、消える。縮地とも見紛う動きは、彼女が研鑽した抜刀術によるものだった。得物と同じ名前――不知火の如き無音の揺らぎに、ペルノーの表情が初めて恐怖に染まる。
「太陽神よ。我が身を守りたまえ!」
「遅いよ! ――この一撃、通してみせる!」
 咄嗟に加護に縋った狂信者へ、稲光の如き白刃が舞った。
 ペルノーが纏う橙色の輝きが例えアポロン――神の力だとしても、それに臆する理由はない。夜七達の冠した称号は地獄の番犬。守るべき者の為ならば、例え神だろうと、その御使いだろうと、喉元を食い破る事に躊躇いは無かった。
 雷光の軌跡を描いた白刃がペルノーの首を切り落とす。がしゃりと響いた音はその身体が歩道と水道を隔てる手摺りに衝突した音。続いてごとりと重い音を立て、蟷螂の首が地面に転がっていた。

●第三の御使
 ぱしゃりと水音が響いた。
「――っ?!」
 首と身体が乖離しても、即死する訳ではない。ローカストの旺盛な生命力にエスカが息を飲む。
「くはははは。これが死! これが重力の楔! 我を蝕む毒! されど死は我が身一つに宿らぬ!」
 光の粒子へと転じながら、ペルノーの首が哄笑する。
「太陽神よ。これが我が最期の忠義! 我が死と引き換えに絶望を奴らに! 我が身に纏う十数の同胞を捧ぐ!」
「コギトエルゴスム?!」
 末期の意図を読み取った空が声を上げる。ペルノーが作戦に使用する筈だったコギトエルゴスムは彼の身体に身に着けられている。ペルノーの死と共に身体は消えるだろう。だが、コギトエルゴスムそのものは。
(「何らかの要因で目覚めてしまったら」)
 飢えたローカストが広島市民の虐殺に走る事は容易に想像出来た。
 その言葉を空が口にするよりも速く、水音が三度響く。
「死ぬまで厄介な奴だな!」
 勇人は手摺りを越えつつ、悪態を放ち。
「最期に罠を仕掛けるって工作は諜報員の仕事っぽい」
 睡蓮はいつもの調子で淡々と言葉を口にし。
 そして。
「下水道はアタシら鼠の縄張りだ。虫の好きにはさせないよ!」
 隠岐乃はウェアライダーの矜持を以て水の中に飛び込む。

「……まったく、最期まで戦士ではありませんでしたわ」
 消滅したペルノーと、仲間に回収された十数個にも及ぶコギトエルゴスムへ交互に視線を送りながら、竜華が重い溜息を吐く。死の間際まで工作員である事を全うした心意気は賞賛に値するかも、と思わなくもないが。
「君らも、生きる為に必死だった」
 その隣で夜七は黙祷を捧げる。自分達も道を譲るつもりはない。奪われる訳に行かない。だが、必死で役割に徹した彼らの事を思うと複雑な気持ちになる。
「……終わった様ですね」
 下水道の奥から響く歓声を耳にしたケイが苦笑する。おそらくアレはイェフーダーが討たれた証左。どこかのグループがそれを為したのだろう。
 もしかしてコギトエルゴスムを放置していれば、自分達も間に合ったかも知れない。その思いが一瞬、頭を掠めたが。
(「虐殺を防いだ。それでいいですよね」)
 傷付いた者達へ、この作戦で失われたローカスト達へ、安眠を願いながら、仲間に合流すべく、歩を進めるのであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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