黙示録騎蝗~妄信する兵士は猛進する

作者:久澄零太

 カリカリ……何か乾いたものを砕くような、小さな音がする。深い森の中、土を固めて作った粗末な家で、木の実を食べるローカストの生きている証だ。決して腹が満たされることはない。それでも、平穏な時をゆっくり過ごすことができる。
 そう、ここは戦うことをやめたローカスト達の、小さな集落。グラビティチェインが少ない以上、長くはないかもしれない。それでも、穏やかな最期を迎えられるなら十分に幸せだった……はずだった。
「見つけたぞ腑抜けどもがぁ!」
 怒号と共に、両肩に巨大な甲殻を持ったローカストが住居の一つを粉砕、中にいたローカストを引きずり出す。
「偉大なる太陽神アポロン様は貴様らのグラビティチェインを望んでおられる……その身を差し出せぇい!」
「ま、待て……我々にまともなグラビティチェインなんて……」
 ニタリ、不遜なローカストが笑う。
「今こうして生きているのだ、その身をすり潰さんとするほど捻れば少しくらい出てくるだろう?」
「まさか……や、やめ……!」
 逃れようとする同胞の頭をぶん殴り、意識を刈り取って輸送用の籠に閉じ込める。集落一つを壊滅させ、彼らを運んでいく先の施設からは、グラビティチェインを……生きるために残された、わずかな力を搾取されるローカスト達の悲痛な声が響いていた。

「皆、大変だよ……!」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)はノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)による報告書を隣に、コロコロと地図を広げて、とある町、広島を示した。
「ゴーストセインさんの調査で、ローカスト達が下水道から侵入して広島市を制圧する大作戦を企んでるって分かったよ。この作戦は特殊部隊『ストリックラー・キラー』が行うみたい」
 過去に彼らが起こした事件を思い返し、少女は悲しげな表情を作るも、ごまかすように頬を張った。
「バラバラで動いても皆に倒されるって気づいたみたいで、今回の作戦では指揮官のイェフーダーも含めて、ストリックラー・キラーの総力で挑んでくるよ」
 ソイツさえいなければ、あれほどのローカストを屠らなくてよかったかもしれない……今更どうしようもない可能性が、胸を締め付ける。
「ストリックラー・キラーのローカストは、いくつかのコギトエルゴスムを持ってて、お腹を空かせたローカストと一緒に下水道から市街地に入って市民を虐殺してグラビティ・チェインを集めるの。そしてそのグラビティ・チェインを使って、コギトエルゴスムを新たな枯渇状態のローカストに変えて、戦力を一気に整えて広島市全域を制圧、数十万人の虐殺を行おうとしてるの!」
 実に単純な考えではあるが、成功してしまえば都市一つを滅ぼされかねない。失敗はもちろん、油断すら許されないだろう。
「この作戦が実行されたら、二十四時間で都市が制圧されるみたい。今回は、事前に察知できたから、下水道内で敵を待ち構えることもできるの。あっちは市内全体を同時に襲撃するためにバラバラで動いてるから、各チームは、『ストリックラー・キラー』のローカストと、枯渇状態のローカストの二人と戦う事になると思う」
 枯渇状態のローカストでも強敵だったが、今回はそこにもう一体……番犬達にも緊張が走る。
「『ストリックラー・キラー』のローカストは、相当の覚悟で挑んでるから、皆が待ち構えていたとしても逃げずに、皆を撃退して作戦を遂行する為に最後まで戦い続けるみたい。二人のローカストと同時に戦う事になるけど、もし負けちゃったら広島市民がたくさん犠牲になっちゃうよ。無理はして欲しくないけど……頑張って!」
 それから、と。彼女は続けた。
「二人とも早くやっつけたチームは、可能なら指揮官のイェフーダーの元に向かって。イェフーダーは下水道の中心で、作戦の成り行きを見守ってるみたいだから、あちこちから取り囲むみたいに攻め込めば、逃げ道を塞いで倒せるみたいなの。イェフーダーをやっつけたら、こういう作戦を考える人がいなくなるから、ローカストの動きを抑える事もできるよ!」
 ユキは下水道の地図を示し、開けた地点を示す。
「ここで相手を迎え撃てるけど、相手の一人は凄く訓練された軍人みたいな奴で、両肩の盾を武器にしてるの。それで殴られたら体勢を崩されちゃうし、逆に籠られたらダメージを通すのも一苦労だけど、一番怖いのは盾を使って体をボールみたいに転がした突進だよ。一撃の威力がおかしいから気をつけて! もう一人は刺突剣を持ったローカストで、素早い突きとか、刺した武器から血を吸い取ったり、的確に急所を貫いて動きを封じたりしてくるよ」
 でもね、と少女の言葉は続く。
「一人目は脳筋って意味で、もう一人はお腹が空き過ぎてあんまり頭はよくないの。純粋な戦力って意味じゃ二人ともとんでもないけど、戦術次第でかなり戦局は変わると思う」
 説明を終えて、ユキは番犬達に不安げに揺れる瞳を向けた。
「あっちは前回の作戦を失敗して、あんまり余裕がないはずだけど……今回の作戦を始めるための、元々のグラビティチェインはどこからだしたんだろう……嫌な予感がするの。絶対に油断しないで……」


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
ケルン・ヒルデガント(黒剣の主・e02427)
シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
月隠・三日月(黄昏斬り裂く月灯・e03347)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
空舟・法華(ほげ平・e25433)
上里・藤(レッドデータ・e27726)

■リプレイ


 マスキトは虚ろな瞳で下水道を駆け、ゴルダンもまた足を動かす。その真横から上里・藤(レッドデータ・e27726)が突っ込んだ。
「何奴!?」
 咄嗟に構える彼の甲殻を、藤の脚が捉えて火花を散らす。
「さすがに硬いッスね……!」
 藤が反動で跳ね返り、彼が弧を描く下を御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が駆けて若宮を手元で返し、峰で盾を割ろうとすればゴルダンは一歩引いた。
「糧を求めるならば、俺から奪えばいい」
 刃を翻し、蟲人に突きつけた彼の双眸が前髪の向こうから切っ先と共に射抜く。
「番犬を倒さずして、人の平穏に踏み込めると思うな」
 言葉に乗せられた重力鎖が、ゴルダンを捉える。二人が睨み合う隙にシェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)は志を同じくする化け鋼、Snaell granneを展開。
「連携、いきます!」
「おうさ!」
 月隠・三日月(黄昏斬り裂く月灯・e03347)の腕に不定なる得物が絡み付き、篭手に形を変えた。
「筋系、神経系、スキャンOK……狙撃サポート、いけます!」
「助かる。私は刀が主で、弓は久々なもんでね……!」
 言うや否や、目視した敵の位置へ直感で矢を放つ。小さな風切り音しか残さないそれを、マスキトは斬り捨てた。
「なんて動体視力!? まぁ、関係ないんだけど」
 三日月が射た鏃はただの鏃ではなく、ぶつかった振動で可聴域を超えた音を発する特殊な暗器。それを至近距離で聞いたマスキトは脳を揺さぶられ、よろめく。
「マスキト、仲間の血であなたを血濡れにはさせません」
 空舟・法華(ほげ平・e25433)は小さく呟き、親指の腹を噛み切った。
「其の虫為るや、進むを知りて却くを知らず」
 零れ落ちる赤い雫が弾けて、銀色の幻影を生む。
「――ッ!」
 その姿を見た途端、マスキトは既に『動いていた』。
「ほげ……?」
 呆けた法華の瞳に、刺突剣の切っ先が映る……。


「んもー、姐さんったら世話が焼けるんでやんすからー」
 聞き覚えのある声と、聞いた事のない口調。幻影はかつて対峙した蟷螂を形作り、その大鎌で刃を弾いていて。
「ほげっ!?」
「あ、今のあっしは姐さんの重力に飲まれた、残留思念でしかないでやんすから、安心していいでやんすよ」
 疑問は多々あるが、そんなことは置いといて。
「あなたそんなキャラでしたっけ!?」
 法華が突っ込んだのはそこだった。
「あぁ、あの時は理性ぶっ飛んでやしたから」
「理性が……?」
 背にナメビスのブレスを受け、全身をさんが焼きの闘気に包むビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)が盾と激突。防がれながらも、蟲人の身を炎上させつつ震えた。
 理性を失い磨き上げた技術は振るえないが、純粋な戦闘力だけで番犬八人を相手取る化物。それが、飢餓ローカスト。防衛に失敗して本来の力を取り戻されたら……。
「同族を襲うなど非道なことをしたのじゃ。主の隣にいる者がいつまで味方でおるかのー?」
 ピンと、ケルン・ヒルデガント(黒剣の主・e02427)は一枚のコインを弾く。
「最近倉庫に置きっぱなしですまなんだ! 今日はたっぷりと暴れてくれい!」
 応えるようにフッと霧散して、不満を吐く代わりに甘い香りを残し、飢餓と奇妙な脳震盪で狂う脳髄を蕩かせて、思考を白濁に沈めていく。
「あっしを殺した裏切り者は……アイツでやんす!」
 カリキリの幻影がゴルダンを示し、マスキトの刺突剣が甲殻の関節を穿つ。
「貴様……!」
 外殻を貫かれた蟲人は片膝をつき、更に傷穴へ一発の弾丸がぶち込まれて鮮血を噴き出させた。
「この攻勢のグラビティチェインをどう確保したんだい? こう必死に攻めて来ている辺り、そう何度も出来る手段とは思えないけど……?」
 銃口の硝煙を振り払い、井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)が問えば、ゴルタンは脂汗と共に鼻で笑う。
「腑抜けて戦線を離れた戦士から絞り出し、生存本能の塊にしてやっただけの事……グラビティチェインと新たな戦力を手にする、まさに両得よ!」
 ゴウ、と。爆炎が蟲人の顎を捉えて吹き飛ばす。
「なんで、そんなことするッスか……!」
 藤の怒りを表す様に炎は猛って戦士の身を蝕み、彼の表情は悔し気に涙に濡れる。
「静かに……普通に生きることが、どれだけ貴重なことか、分かってるッスか!?」
「黙れ若造」
 体が弱いせいで寂しい想いをしてきた。故の憤りをぶつける藤に、問う。
「一部の平穏の為に、種族の……星一つの滅亡を見過ごせというのか?」
「それは……!」
「もはや我々とて狂っているのかもしれない。だが、滅びゆく絶望に比べれば、未来が見えることはまさに太陽の如き輝きなのだ!」
 片脚で跳び、盾で自身を挟み球状になるゴルタンを宵一が刀を横に、刃の腹に手を添えて押し留めようとするが。
「こいつ……!」
 焦りにキュッと耳が伏せた直後、怪力に押し潰された宵一の体がメギリ、と悲鳴をあげる。
「間に、合わない……でも……!」
 続けざまに宵一の頭を踏み潰そうとする蟲人を前に、シェスティンは床を叩く。白蛇の巻き付いた杖が放つ電流は床を伝い、宵一の細胞を分裂させて自己再生を促す。
「シッ!」
 小さく息を吐いて斜めに跳ね起きスタンプを回避、片脚を軸に回りながら身を起こした宵一はそのまま手を黒い柄へ。
「やっぱり、貴方たちとは考えが合わなそうです……」
 徐々に離れる体に合わせて、刃を添えるようにして薄く、しかし深く、斬痕を残して引き斬る。堅牢な甲殻でも、刃は斬り方一つで豆腐のように斬り捨てる。脚の半分近くまで刃を食いこませて、宵一が離脱。崩れ落ちる蟲人の頭を異紡が掴んだ。
「目を、覚ましなよ」
 軽く投げて、Birthを打ちつければ刺し貫くような電流が蟲人の身を駆け、肉が焦げる嫌な香りを漂わせて。
「ローカストに……繁栄あれ……」
 虚空に手を伸ばし、その命を散らした。残るはマスキトだが、ジッと法華を見つめている。
「姐さん、終わらせてやって欲しいでやんす。アイツは速さを競うライバルでやした。もう、あんな姿は……」
「……はい」
 一つ、命を背負う覚悟をもって、少女は巨大な飛刃を構える。それがカリキリの鎌だと気づいたのだろう。マスキトはどこか嬉しそうに、刺突剣を引き絞る。
「マスキト……おやすみなさい」
 トン、小さな音。蟲人と少女は交差して、法華にカリキリの姿が重なった。鎌と手裏剣で得物は違えど、同じ居合の残身で……止まった時が動き出すように、遅れて衝撃波が地下道を駆けて水路から水が吹き飛ぶ。
「カリキリ……無事で……よかっ……!」
 微笑み、マスキトの上半身が戻ってくる水に沈んだ。


 本陣へ向け、先導する宵一の耳が揺れる。
「もう、始まってます!」
 やがて開けたそこに……既に交戦するローカスト達と多数の番犬、そして何かに備えているイェフーダー。
「こっちは損傷的に余裕がある。本命は任せてくれるかな?」
「り、了解です! ……でも、すぐに駆けつけますから!!」
 同時に到着した部隊へ異紡が微笑み、葵が敬礼を返す。
「勝たねばの! この戦いは!!」
 ケルンは頬を張るとスフィートリンドに小さな羽を具現し、フワリと宙へ踏み出した。
「我が妹の蹴りの一撃じゃー! とくと味わうがよいぞ!」
 文字通り、空を『駆けて』イェフーダーに蹴りかかるケルンだが、相討ち。重力の天靴と甲殻がぶつかり、弾き返されてしまう。
「く、バカげた硬さよのう……!」
「打撃がダメなら……!」
 三日月が踏み込み、白刃を一閃。斬撃よりも力を集中しやすい、一点特化の刺突を繰り出し敵将の頬を捉えたが。
「そんな鈍で私に傷をつけられると思ったか?」
 刃は表面を撫で、姿勢が崩れた三日月の腹をイェフーダーの膝が抉る。
「カハッ!?」
 体を折る彼女の首めがけて鎌が広げられ、頭が床に転がる前に宵一が滑り込むも袈裟斬りに大きく引き裂かれて、吐血。自身の首を薙ごうとする鎌を若宮で受け止めて、至近距離で睨みを効かせる。
「仲間を殺すなら……先に俺の命を奪って見せろ……!」
「虫の息で何をほざく?」
 カチカチ、鎌と刀が鍔迫り合い、最期の時に向けて秒針を刻み……。
「そこまでです!」
 法華の拳が、イェフーダーの横っ面を捉えた。
「目障りだ!」
 宵一を蹴り飛ばし、翻る鎌は法華の身を引き裂いて、純白だったコートを真っ赤に染める。
「全ッッ然、痛くないですっ」
 激痛に目の端から涙がこぼれ、声は震える。それでも視線だけは敵から逸らさずに。されど凶刃は止まらず、二撃、三撃と重なり法華の防具と柔肌を引き裂き赤い雫を散らした。未だ震える脚で立つ彼女にイェフーダーが苛立ちを覚えて注意を向けている隙に、シェスティンが宵一を引きずって退避。
「酷い……」
 医者を志す者なら一目に分かる、助からない傷。大きく引き裂かれた斬痕は動脈を断ち、臓器の一部にも傷をつけている。何より性質が悪いのは、傷口がズタズタに引き千切られたこと。これでは手術しても縫合できず、治療の意味がない。
「でも……治して、見せます!」
 まずは太い動脈を繋ぎ、ヒール。本来なら衛生的な環境で、きちんと治療したいところだが、生憎そんな余裕はない。グラビティに物を言わせて一気に繋ぎ、出血を食い止める。
「死に損ないなど放っておけばよい物を……」
 ついに崩れ落ちる法華を放置して、治療に専念するため背を向けるシェスティンに迫ろうとするイェフーダーだが、その体に異紡が触れ、炎上。
「君は命を失い過ぎて、鈍化しているのかな?」
 苦笑する彼が、目を見開く。蟲人の頭が炎を掻き消したのだ。
「へぇ……」
 不思議そうにする異紡。彼の炎はただの熱ではなく、記憶の再現でしかない。故に『焼失する』という事実が確定した過去の追憶のはず。それを跳ね返すほどの、圧倒的な力。
 しかし食い止められたことでシェスティンは治療を進めて、最後に手術用のメスを振りかざす。
「ちょっと、サクッてします……!」
 刃を突き立て傷口の外を切り開き、切除した乱雑な肉片を蟻型ドローン、ミラに食わせ、培養。即席の人工皮膚を生成させて、それを綺麗な切り口に整えた体に被せて縫合、重力鎖を打ち込んで自然治癒力を活性化させて瞬く間に癒着、抜糸。ほぼ無傷の姿に整えてしまう。
「助かりました……」
 立ち上がる宵一だが、傷口だった場所を押さえており、その傷の深さを物語っている。
「いくら癒し手がいるって言っても、毎回こんなことしてたらすぐに潰れちまうッス! 傷だって完全に治るわけじゃないのに……!」
 藤が歯噛みした、その時だ。煌めく光が降り注ぎ、傷ついた番犬達の苦痛を取り除く。
「お待たせしました。これよりイェフーダーの殲滅に移ります」
 広げた鎖を手元に戻した風音が駆けつけ、一筋の光条がイェフーダーの脇腹を穿ち、凍てつかせる。
「連戦どころか三連戦やね。けどまあ……次はお前の番やで、イェフーダー」
 炎酒の宣戦布告と共に、番犬の援軍が到着。大将首を取り囲む。
「まさか……ディクトデアまでやられたというのか!?」
 明らかな焦りを見せた様子に、藤が番犬の証明をかざす。
「畏れろ、お前の最期を!」
 カードから放たれる光が水に落ちた。直後、濁った水は瞬く間に清水に姿を変えて、八つの頭が鎌首をもたげる。心の隙を、古の畏れが恐怖に変えて、八つの顎は四肢に食らいつき引き千切らんと牙を立てた。


「さあ、一気に畳み掛けましょう!」
「ちぃっ!」
 葵の声に、イェフーダーが顔を歪めてデジルが妖艶に微笑んだ。蛇の顎を断ち、身構える蟷螂の異形を今度は銀の蛇が睨む。
「逃がさない♪ 降魔拳が秘技、鬼気一髪!」
 髪をうねらせる彼女の放つそれは喰らいつくように襲いかかるが、突如鬼気を帯びたかと思えば槍と化し、弾かれたようにイェフーダーの胴体を貫通、串刺しにして捉えた。
「ロギホーンさんの無念……今こそ、晴らします!」
 かつて戦った者の名を胸に、構える斧剣に刻むはカミキリムシ。あの時彼は一人の戦士として、散る間際に名を告げてくれた。ならば自分もまた、一人の番犬として応えねばなるまい。
 一足跳びに距離詰めて、大上段からの斧としての一撃、続けて刃を一気に引いて断つ、剣としての二撃。
「ガッ……!?」
 ついに外殻を斬り裂かれて、血を噴き出すイェフーダー。返り血から逃げるように下がる葵と代わるのは、蒼き鎧装騎兵。
「命を消耗品のように扱う貴方を、許すわけにはいきません……」
 ビスマスの静かな怒りに応えるように、蒼い装甲が膨れて弾け、丸みを帯びた物へと変貌する。
「この力は失われゆく命を受け止め、救う為のものッ!」
 ワンピースのような装甲の中心から白いラインが走って裾へ向かい広がり、それを挟むように紫色の装甲が続くと、肩から茄子の攻性植物が牙を剥く。両肩にインジェクションが召喚され、両腕にソウエンが茄子型の砲塔を生む。
「ここで、悲劇の連鎖を断たせていただきます!!」
 跳び上がって反転、天井に亀裂を入れ乍ら着地、脚に力を込めて狙いを定める。
「なめろうっ!」
 足場からコンクリの破片を散らし、インジェクションから重力鎖を吐いて更に加速。
「エッグプラント……」
 初めて『防御』の姿勢をとったイェフーダーへ、茄子の砲弾と化したビスマスが着弾。
「ダァァァァイブッ!」
 踏みつけたその甲殻に亀裂を入れて、肉体を貫通した衝撃が辺りの水を巻き上げる。やがて、重力に引かれて水が水路へ戻るとき、ローカストの指揮官はゆっくりと倒れていく。
「無念だ……」
 背中を床に預けて、かすれる声が下水道に響いた。
「もはや我々に、黙示録騎蝗を続けるグラビティ・チェインは残されていない。ローカストはアポロンと共に滅びるだろう」
 力を失ったその体が、少しずつ朽ちていく。
「すまない……我が同志達よ……!」
 ただの水飛沫か、微かに残った良心か、一筋の雫を残してローカストの指揮官は完全に消滅、跡には所持していたコギトエルゴズムが……。
「勝っ……た?」
 倒れたまま、呆けた顔の法華。ケルンがそっと、その一つを手に。
「……ただ緩やかに死ぬというその覚悟があるのならこの星を愛してもいいと思うのじゃよ?」
 穏やか微笑みと共に、囁いて。その一言が沈黙を破った。

『――!!』

 わっと上がる歓声。勝利を確認した番犬達はあるいは叫び、あるいは崩れ落ちる。
「な、なんとかなったッス……」
「おっと、帰るまでが依頼だよ?」
 脱力して崩れ落ちそうになる藤を脇から異紡がそっと支えて。
「終わりましたね」
 眉一つ動かさず、耳と尻尾は激しく歓喜を示す宵一の横で三日月が無線で仲間達へと結末を連絡。周りの喧騒の中、シェスティンはイェフーダーが散った場所で膝をつき、両手を重ねる。
「さよなら、です」
 その声音は、冥福を祈る穏やかな物だった。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 23/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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