黙示録騎蝗~殺戮の二重奏

作者:雷紋寺音弥

●非情なる暗殺虫
 光の射さない深い森の中、人目を避けるようにして、その集落はあった。
 アリ塚を思わせる、泥を固めて作ったような原始的な住居。そこで息を潜めるように暮らしているローカスト達の前に、一体の奇妙なローカストが押し入ってきた。
「フシュシュシュ……。おるわ、おるわ」
 鋭い嘴を持った、全身黒ずくめのカメムシを思わせる姿。現れたローカストは集落の者達に有無を言わさぬ暴行を加え、弱り切った彼らを静かに見下ろしていた。
「な、なん……で……。いきなり……こんな……」
「お前達のグラビティ・チェインは、次の作戦のために必要になるでシュ。黙示録騎蝗のために、その身を捧げるがいいでシュよ!」
 それだけ言って、奇怪なローカストは弱り切った集落の者達を連れ去ると、奇妙な施設へと引っ張って行く。
 攫われたローカスト達が集められた場所。そこの奥からはグラビティ・チェインを絞り取られ、苦痛に呻く者達の声が、途切れることなく響いていた。

●死への足音
「召集に応じてくれ、感謝する。ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)の調査によって、ローカスト達が下水道から侵入し、広島市を制圧する大作戦を行おうとしていることが判明した」
 その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)からケルベロス達に告げられたのは、特殊部隊『ストリックラー・キラー』による大規模な襲撃作戦の報だった。
「今回の事件は、グラビティ・チェインを枯渇させたローカストを使って事件を起こした、特殊部隊『ストリックラー・キラー』が行うようだ。個別の襲撃では阻止されることを過去の作戦から学習したんだろうな。指揮官のイェフーダーも含めて、連中は総力を結集している」
 ストリックラー・キラーのローカストは、多数のコギトエルゴスムを所持している。それらより復活させた枯渇状態のローカストと共に下水道から市街地に侵入し、人間を虐殺してグラビティ・チェインを奪取。そのグラビティ・チェインを利用して、コギトエルゴスムを新たな枯渇状態のローカストに変え、戦力を雪だるま式に増やしつつ、広島市全域を制圧しようと目論んでいるらしい。
「この作戦が実行されれば、24時間以内に広島市は完全に制圧される。予想される人的被害は数十万人。黙って見ているわけにも行かないぜ」
 幸い、今回は事前に事件を察知することができた為、下水道内で敵を迎え撃つことが可能となっている。敵は市内全域に同時襲撃を掛けて来るため、こちらも分散してストリックラー・キラーのローカストと、枯渇状態のローカストの2体を迎え撃たねばならない。
「ストリックラー・キラーのローカストは、相当の覚悟をもって作戦に挑んでいるようだな。こちらが待ち構えていたとしても、逃げること無く最後まで戦い続けるようだ。敵を速やかに撃破して余裕のあるチームは、指揮官であるイェフーダーの元に向かって欲しい」
 イェフーダーは下水道の中心点で、作戦の成り行きを伺っている。多方向から包囲するように攻め寄せれば、敵の退路を断って撃破することも可能だ。
「敵のローカスト……ストリックラー・キラーの方は、サシガメという吸血性のカメムシの昆虫人間だ。枯渇状態のローカストは、オブトサソリという凶悪な猛毒サソリの能力を持っているようだな」
 サシガメは、その奇異な生態故に、暗殺虫の異名を持つ。当然、このローカストも同様であり、鋭い嘴で相手の生命力を吸収する他、爆発性のガスも武器に使ってくる。その威力はケルベロス達が用いる爆破スイッチに勝るとも劣らず、後方から姑息に立ち回るのを得意とする。
 その一方で、オブトサソリの方だが、こちらは完全な攻撃特化型だ。主な武器は伸縮自在の尻尾であり、先端の針から猛毒やアルミ化液を注入して来る他、鋭い牙による噛み付き攻撃も得意とする。
「こちらで待ち構えることができる以上、戦闘場所の広さに関して困る必要はなさそうだな。だが……それにしても、今回の作戦に必要なグラビティ・チェインを、連中はどうやって入手したんだ?」
 謎は残る。しかし、今はそれを詮索している時間もない。
 ここでイェフーダーを撃破できれば、太陽神アポロンも手駒を失い、ローカスト達の動きを制限することもできるだろう。なにより、このような非道な虐殺を見逃してはならない。そのために、是非とも力を貸して欲しい。
 そう結んで、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)
バルタザール・エヴァルト(おっさんの刀剣士・e03725)
夜陣・碧人(陽炎と月の影・e05022)
十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)
カナメ・クレッセント(羅狼・e12065)
リー・ペア(ペインクリニック・e20474)
影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)
レナ・ルクス(彷徨う黒猫・e30710)

■リプレイ

●闇の狭間で
 下水道に一歩足を踏み入れると、淀んだ空気が肌を撫でた。
 風に乗って漂ってくる、湿気に満ちた汚水とカビの臭い。周囲は薄暗く、灯りがなければ一寸先も見えない程に、漆黒の闇に支配されている。
「しっかし下水道って案外広いんだなぁ。下水っていうより、雨水どうにかする管っぽいか? それならこの広さも頷けるか」
「暗くてジメジメ……。ローカストも、こういう環境が好きなんですかね……?」
 遠くで水の滴り落ちる音がして、バルタザール・エヴァルト(おっさんの刀剣士・e03725)と夜陣・碧人(陽炎と月の影・e05022)が思わず呟いた。だが次の瞬間、彼らは慌てて口元を押さえ、それ以上は何も語ろうとはしなかった。
 予想していた以上に、音が響く。これでは、下手に会話をしただけで、こちらの位置を敵に教えているようなものだ。
(「暗殺虫……。それに、こういう暗い場所は、奇襲をかけるには絶好の場所。相手もこちらと同じ事を考えてるかもしれませんね」)
 油断なく辺りの様子を見回しながら、カナメ・クレッセント(羅狼・e12065)は警戒心を強めつつ歩を進めて行く。
 この暗闇の中では、暗視ゴーグルに映る暗緑色の光景だけが頼りだ。しかし、それでも真昼の明るさに比べれば心許なく、おまけに視界も狭い。
 互いに死角を補うような陣形を取りつつ進まねば、敵に不意を打たれてもおかしくはなかった。そして、緊迫した空気が辺りに漂う中、それは唐突に現れた。
「……っ!? 来たのです、だよ!」
 敵が現れたことを察し、十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)が慌てて腰のランプを灯した。
 奇声にも似た雄叫びと共に、こちらへ向かってくる巨大な影。煌々と光る目玉に貪欲なまでの渇望を宿し、形振り構わず襲い掛かってくるサソリ人間。
「……ジュァァァッ!!」
 こちらの姿を見つけるや否や、敵の尾が瞬時に伸びてレナ・ルクス(彷徨う黒猫・e30710)の身体を貫いた。
「形振り構わず、か……。本当は素手で、もっと近い所で殴りあいたい所なんだけど」
 猛毒を注入された腕を庇いつつ、レナは即座に間合いを測って距離を取る。目の前のローカストは強敵に違いないが、敵はこのサソリだけではない。
「みんな、気をつけて! 敵はまだ……」
 その言葉を影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)が言い終わらない内に、今度は凄まじい爆音と共に、下水道の水が巻き上げられた。
 爆音が反響し、周囲に汚水のものとは異なる不快な臭気が漂い始める。腐敗臭ではなく、草を磨り潰して濃縮したような、より独特な刺激臭が。
「フシュシュシュ……。これは、これは……ケルベロスのお出迎えとは、光栄でシュねぇ」
 全身黒づくめのカメムシが、爆風の向こう側から不敵な笑みを浮かべて姿を現した。どこか人を食ったような喋り方は、遺伝子レベルで人の不快感を掻き立てる何かがある。
「なるほど……。サソリの方を突撃させて、その隙に仕掛けてきたというわけですか」
 冷静に状況を分析しつつ、体勢を整えるリー・ペア(ペインクリニック・e20474)。ここで慌てて隊列を乱せば、それこそ敵の思う壺だ。
「覚悟だけは認めるよ。だけど、この一日はヒロシマ市最後の日じゃない! お前達、ストリックラー・キラーの最後の日だ!」
 これ以上は、闇に紛れて奇襲をさせるつもりもない。ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)が二体のローカストへカラーボールを投げ付け、それが戦いの幕開けとなった。

●嘲笑する暗殺虫
 下水道に響き渡るエンジン音。ヴィットリオのライドキャリバー、ディートが突撃したのを皮切りに、碧人が竜の幻影を解き放った。
「爆発する虫に炎は使いたくないんですけどねえ……」
 ボクスドラゴンのフレアに味方をフォローさせつつ、後方に控えるサシガメを狙い撃つ。煌々と燃える炎が下水道の闇を照らしたところで、続けて千文の胸部が火を噴いた。
「鬼機之操戦術、その身に受けよ、だよ」
 断続的に放たれた閃光が、幾重にも重なりオブトサソリの甲殻を焼いてゆく。だが、身体を焼かれ、節々から煙を放ってもなお、敵は動きを止めようとしない。
「強い……。でも、どんなに数を揃えたって、身勝手な都合で命を奪う事なんてさせないよ!」
 魔法の木の葉を纏い、自身の力を蓄えつつリナが叫ぶ。その合間に、カナメが長剣を引き抜いて斬りかかるが、敵のオブトサソリもまた、既に体勢を立て直していた。
「我が剣を受けてみよ!」
 気合い一閃、放たれる研ぎ澄まされた一撃は、しかし敵の巨大な鋏によって受け止められる。刃と甲殻が互いを削り合う音が下水道に響き、カナメは瞬間的に敵の腹を蹴り飛ばして間合いを取った。
「なるほど……。理性を失っていても、それなりにできるようだな」
 あのまま斬り合いを続けていたら、完全に力で押し負けていた。スタンドアローンで戦っていては、今に追い込まれてジリ貧になる。
「……飢えた獣……いえ、虫ですか。いずれにせよ、かなり危険な相手ですね」
 縛霊手より紙兵を散布しながらリーが言った。
 こういう敵を相手にする場合、ほんの一瞬の油断が命取りとなり兼ねない。だからこそ、入念に準備をしてから挑もうと考えたのだが、今回に限ってはフォローすべき前衛の人数が多過ぎた。
 護りの力を宿した紙幣の加護が、仲間達全てに行き渡らない。ただでさえ、サーヴァントを使役するために力を分けてしまっているのだ。現状では、同じく回復に専念しているテレビウムのスー・ペアが、手の回り切らなかった穴を埋めてくれるのが救いではあったが。
「てめぇ……後ろでコソコソしてねぇで、正面に出てきやがれ!」
「フシュシュシュ……そう言われて、出て行く間抜けがいると思うのでシュか? 悔しかったら、まずはそこのサソリを倒してみることでシュねぇ」
 接近戦でサシガメに一撃を加えようとするバルタザールに、サシガメが挑発するような言葉をぶつけていた。
 いかに優れた技を持ってしても、正面のサソリが邪魔になって間合いを詰められない。それを解っているからこそ、敵も余裕の態度を崩さない。
「やっぱり、サソリから叩き潰さないと駄目みたいね」
 チェーンソー剣を片手に、レナが覚悟を決めて敵の懐に飛び込んだ。袈裟切りに繰り出された斬撃がオブトサソリの甲殻とぶつかり合い、激しい火花が下水道の中に飛び散った。
「ほぅ……なかなか、威勢の良いことでシュね。これは、少しは楽しめそうでシュ」
 サシガメが、にやりと笑う。昆虫の頭部を持った存在が笑みを浮かべるというのもおかしな話だが、仮に表情を作ることができたならば、きっと笑っていたに違いない。
「……グァァァァッ!」
 レナが間合いを測って距離を取った瞬間、彼女のことを追うようにして、オブトサソリの尾が再び彼女に迫って来た。
「させるな、ディート!」
 ヴィットリオの叫ぶ声に、ディートが強引に割って入る。間一髪、その身で敵の攻撃を受け止めたが、レナの代わりにアルミ化液を注入されたディートの動きは、瞬く間に鈍くなっていった。
「フシュシュシュ……仲間を盾にするとは、そちらも我らのことを悪く言えないのではないでシュか? それに……気を抜いていると、今度は自分が怪我をするでシュよ?」
 それだけ言って、サシガメがケルベロス達に尻を向け、悪臭のする爆発性のガスを噴射してくる。
 先程から、人を小馬鹿にしたような言動に加え、相手を挑発するかのようなガス攻撃。だが、ふざけた口調や態度とは反対に、敵の攻撃は正確無比。
「……ッ!? やってくれるじゃないか、よりにもよって、僕に向かって屁を放って攻撃してくるとはね」
 爆風から腕で視界を守りつつ、ヴィットリオはもう片方の手で大鎌を握り締めた。
 こんな連中に、身勝手な理由で誰かが殺されて良いはずなどない。理不尽な破壊と殺戮の未来から人々を救うべく、彼は改めて鎌の柄を握る手に力を込めると、極限まで研ぎ澄ませた一閃でオブトサソリの甲殻を切り裂いた。

●這い寄る死神
 淀んだ水の跳ねる戦場で、爆音と金属音が鳴り響く。強固な甲殻に身を包み、一撃必殺の破壊力を秘めた技を繰り出すオブトサソリのローカストは、ケルベロス達の予想以上に手強かった。
 敵の武器は、強靭な尾と鋭い牙。猛毒やアルミ化液も脅威ではあるが、真に警戒すべきは、そこではない。
 純粋な攻撃力の高さ。それを生かし、鋭い牙で幾重にも噛み砕く一撃は、一瞬にして襲われた者の体力を奪い取る。
 ならば、そのサソリを先に倒してしまえばと思うのだが、これがなかなか難しい。火力に任せて速攻で仕留めるには、肝心の火力の元となる要因が少な過ぎる。
「ドラゴンなどに比べればマシなのでしょうが……やはり、油断は禁物ですね」
 強引なショック療法でレナの傷を回復させるリーだったが、彼女の冷静な表情の奥にも、微かに焦りの色が見て取れた。
 先程から、敵のサソリは中衛に狙いを定めて攻撃を繰り返している。体力が低く、狩り易い獲物がいると判断してのことだろうか。回復の足りない部分はスー・ペアが補ってくれるが、そうすると今度は前衛のフォローにまで手が回らない。
「フシュシュシュ……。どうしまシュたか? 足が止まっておりまシュよ?」
 勝ち誇ったように両手を叩くサシガメの耳障りな声が、下水道に反響していた。サソリとは異なり攻撃力こそ高くはないが、こちらの命中や回避を低下させる爆発性のガスのせいで、少しずつ足並みを乱されている感は否めなかった。
「こりゃ、あまり後ろの連中に迷惑かけらんねぇな」
 片腕に残る痛みを強引に振り払い、バルタザールがナイフを構えた。こちらへフォローの手を回してもらうだけの余裕がない以上、ある程度は自分自身の力で立ち回らねば。
「……ッ! ガァァァァッ!!」
 胸元を大きく斬り裂かれ、オブトサソリが大きく吠えた。撒き散らされる体液を浴び、バルタザールはそれを己の力へと変える。
「まだまだ、これもオマケよ!」
 巨大なハンマーを掲げ、続けてオブトサソリの身体を横薙ぎに殴り飛ばすレナ。強靭な甲殻は斬撃に強いかもしれないが、代わりに打撃には弱いもの。こういう相手は外から倒さず、中から倒せと言わんばかりに。だが……。
「ギョォォォッ!!」
 半身を凍結させられながらも、敵は何ら怯むことなく、レナに襲い掛かって来た。この間合いでは避けられない。首筋に牙を突き立てられ、レナの顔が苦悶の表情に歪む。
 防具の調整をしていなければ倒されていた。強引に敵を引き剥がして間合いを取るレナだったが、それもまた、敵のサシガメの予想するところではあったのだろうか。
「……フシュシュシュ! 後ろがガラ空きでシュよ、お嬢さん」
 いつの間にか彼女の後ろに回っていたサシガメが、その口吻を背中に突き立てたのだ。
「……ちょっと、欲張りすぎたかしらね?」
 遠のく意識の中、それだけ言ってレナは倒れた。図らずも速攻ではなく持久戦に近い陣形を組んでしまったことが、彼女の身体に癒せぬ傷を蓄積させ、その負担が限界を迎えた結果だった。
「くそっ! 間に合わなかったか……」
 歯噛みするヴィットリオ。しかし、ここで戦況を眺めているだけでは、事態は何ら好転しない。
 仇は取る。その言葉を心の中に刻み、ディートと共にオブトサソリへと仕掛けた。広がる霊力で敵を捕縛し、燃え盛るライドキャリバーが突撃したことで、膠着状態へともつれ込ませ。
「湖の乙女の祝福を。――偉大なる伝承と幻想に沈め」
 聖剣の名を冠したバールを本物の聖剣の似姿へと変えて、碧人が敵の首を刎ね飛ばした。
「……ガ……グァ……」
 広がる幻影の泉に、巨大なサソリの首が落ちる。だが、水音を立てて首が沈んだ瞬間、泉は再び下水道へと戻っていた。
「ボク達がいる限り、君たちの思い通りにはさせない、だよ! 我、空間の理を知り、陣を描く。陣よ、我が力を依代に真紅の要塞となりて、我を守れ」
 ここぞとばかりに千文が体勢を整え、他の者達もまた続く。残るは狡猾なる暗殺虫、ただ一匹のみ。サソリの邪魔が入らない以上、こちらの攻撃を阻むものは何もない。
「向こうがその気なら、こっちだって力を合わせるだけだよ」
「葬る! 星天十字撃!」
 流れはこちらに傾いた。リナの刺突が雷鳴を呼び、カナメの繰り出した二振りの刃が、十字の形に敵の甲殻を斬り裂いた。

●暗殺者の末路
 サソリが倒れてしまうと、後の展開は速かった。戦いが長引いたことによってサーヴァント達は殆どが消滅していたものの、流れはケルベロス達の方へと傾いている。
 爆発性のガスで動きを止め、そこに急所を狙って仕掛けるのがサシガメの得意技。しかし、それはあくまで落ち着いて狙撃と奇襲ができる環境が整ってこそ真価を発揮する戦い方。多勢に無勢の状況に追い込まれれば、意外な程に脆いものだ。
「まだまだ、倒れるわけにはいかないのです、だよ! 鬼操、喰!」
 瞳に浮かんだ赤い輝き。それを力に変えて鎌へと宿し、千文が真正面から敵へと振り下ろす。
「離れれば安全と思ったか!?」
「懲りないようなら、今度こそ終わらせるよ!」
 カナメの繰り出す炎の蹴撃に、リナの呼び出した幻影の竜。二つの炎が重なって下水道の中を照らし出し、紅蓮の塊が敵の身体を容赦なく焼き焦がした。
「これ以上、長引かせる意味はありませんね。……押し切ります」
 戦いの終わりは近いと悟り、リーもまたスー・ペアと共に攻撃へと転じる。加速したハンマーによる一撃と鍵のような形状をした鈍器による殴打に、敵の甲殻が音を立てて砕け散り。
「……その足、貰い受ける」
 擦れ違い様に、バルタザールが敵の脚を斬り落とす。もはや、まともに立っていることさえもできなくなったサシガメに、抵抗するだけの力は残されていなかった。
「フシュシュシュ……これで勝ったと思わないことでシュ。私の命とて、所詮は捨て石の一つに過ぎず……」
「アポロンのやり方に賛成してるのか? 仲間を捨て駒にするようなやり方に?」
 死に際に呟いたサシガメの言葉に、ヴィットリオは思わず言葉を荒げて問い質した。
「ふざけるな! アポロンは、今どこに居る!」
「言ったはずでシュよ……。敵に聞かれて……答える間抜けはいないでシュと……」
 それが、暗殺虫の二つ名を持つ、サシガメのローカストの最後だった。
「終わりましたね。ですが、少々時間が掛かり過ぎてしまったようです」
 未だ目を覚まさないレナを抱え、碧人が呟く。傷を負った相棒のことも含め、今は体勢を立て直すことが最優先だった。
 後は、他の敵の撃破に向かった者達が、イェフーダーへと接触できたことを祈るのみ。下水道には再び静寂が戻り、水の流れる音だけが、静かに辺りに響いていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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