黙示録騎蝗～広島市民を守れ

■リプレイ

●広島侵攻
『現れたぞ！』
　発見は、早かった。クリス・クレール（盾・e01180）の声とともに、手にした光源をケルベロスたちが一斉に前に向けた。照らし出されるのは、アブ型のローカスト。
『ハァ？！　ケルベロスどももういるじゃねえかよ！』
　幅の広い下水道孔の中に、ストリックラー・キラー『レハバム』の声が不快に響き渡った。
　事前にローカストたちの進攻情報を察知していたケルベロスたちは、個々のチームに分かれてこの下水道の中で決着を着けてしまうつもりだった。葛城・かごめ（ボーダーガード・e26055）の入念な下調べの甲斐もあってケルベロスたちは迷うことなく下水道を駆け、結果市街へはほど遠い位置でレハバムとその配下、飢餓ローカストと対峙することになったのだった。
「正面切っては苦手かな？」
　ノーフィア・アステローペ（黒曜牙竜・e00720）が不敵に、だがレハバムの声を打ち消すように言った。
「けどここは通さないし、背を見せれば撃ち抜くよ」
『ク……クハハハ！　恐れ入るぜ、ただでさえクソみてぇな作戦なのによ、しかもケルベロスどもに情報漏れてりゃ世話ねえな、クハハハハハ！』
　ローカストたちの黙示録騎蝗は、もはや身を削らねば立ち行かないところまで来ていた。
　狂気めいた笑い声を上げ、味方であるはずのコオロギ型ローカストを足蹴にしながらレハバムが叫ぶ。
『おいクソムシ、てめーもなんか言えよ！』
『ウガ、ガ』
「止さんか、見苦しい」
　眉を寄せるナギサト・スウォールド（ドラゴニアンの抜刀士・e03263）に、レハバムは今にも噛み付かんばかりの顔を向けた。
『だぁってろケルベロス！』
「……随分と、必死ね」
　四条・玲斗（町の小さな薬剤師さん・e19273）が、どこか複雑そうに呟いた。彼らをそこまで追い詰めたのは、自分たちだとわかってはいる。もし彼らローカストの首魁がもう少しだけ違うやり方を選択出来ていたなら……という思いが頭の片隅を過ぎりはするものの、迷いは禁物と玲斗は気持ちを切り替える。
「どうも、ローカストさん。シマツです」
　苛立つレハバムとは対照的に微笑んでそう宣告するのは、シマツ・ロクドウ（ナイトバード・e24895）。丁寧な物腰は彼女のスタイルであり、特別煽るつもりもないのだが今のレハバムには効果覿面だったようだ。
「では駆除しますね」
『ふざけやがって！　逆にぶっ殺してやるよ！』
　ザザッ！　と足元の水を蹴立ててレハバムが動く。合わせてケルベロスたちも戦闘態勢に入った。
「さらに逆に喰い潰してやるにゃ！　慈悲はないにゃ！」
　青い目を爛々と光らせて、ケーシィ・リガルジィ（黒の造形絵師・e15521）も言い放つ。
「スー、ぼっくん、頼むぞ」
　クリスの呼びかけに、ナギサトの元を静かに離れ、青い尾を揺らしてクリスとともに配置に着くスー。そして。
「いくにゃ、クリスさんの言う事よく聞くのにゃ！」
　言うが早いが、ケーシィに思いっきり放り投げられるぼっくん。配送業務なら叱られるレベルの雑な扱いだが、すっかり投げられ慣れているミミックは落ち着いたものである。
「守りは俺たちが固める。奴らの駆除は任せた」
　クリスが、レハバムを牽制するようにそう言い放つ。『嘲笑屋』の二つ名に違わず、レハバムは人を馬鹿にしたような、そして残忍な笑みを浮かべた。
『盾役ってか。笑わせるぜ……』
「あわせるよ白陽。ヘマ、しないでよー？」
　ノーフィアにそう声をかけられた御神・白陽（死ヲ語ル無垢ノ月・e00327）は、隣で構えも取らずにいる。一見無防備なようで近寄りがたい殺気を纏う白陽だが、ノーフィアとは懇意である。フッと口元を緩めて軽く応じた。
「ノーフィーが着いてこれれば、殺り損ねる事はないさ」
「言ってくれるね！」
　だがその言葉、伊達ではなかった。一足、踏み込んだ白陽は、既にコオロギ型の眼前であった。構えもなければ軌跡も残さず。
「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ……潔く行って裁かれろ」
　己にのみ聞こえるほどの呟きとともに、白陽の先制の一撃がコオロギ型に炸裂した。その威力と速度に、被弾箇所が凍てつくようだった。

●外道
　飢餓状態であるためか、コオロギ型はあっさりと吹き飛ばされた。
『ケルベロス……ドイツもコイツも正義でございってツラしやがってよぉ……気にイラねんだよ』
　目の前の敵をギロリと睨むレハバムが、倒れた仲間に手を差し伸べるわけもなく、スッと自分は後退する。
『クソムシヤロー、さっさと立て！　グラビティチェインが欲しきゃこの連中から奪うんだよ』
『ガ、ァア……！』
　グラビティチェイン、という単語に反応してか、コオロギ型は弾かれたように起き上がった。
　白陽に遅れは取らぬとノーフィアも飛び出した。まずはこの哀れな飢餓ローカストを仕留めて楽にしてやろうと、ナイフを振り上げ傷を抉る。ペレはその間にシマツの元へと羽ばたいた。
　レハバムは自分よりも大きなコオロギ型の背後を巧みに陣取っていた。
『盾ってなぁ、こうやって使うもんだろ』
「卑劣な……」
　レハバムにとって、盾とは己の身を守るために使い捨てる道具に過ぎない。誰かを守る盾であることに誇りを持っているクリスとは、正反対だ。だがここで怒気を発しては相手の思う壺である。努めて平常心を保ち、逆に敵の怒りを誘う。
「目標単体、欺け」
　クリスのオーラは、レハバムに向けられる。その隙にナギサトがコオロギ型に向けて放った一撃は、抜刀術である。
「その位置、『斬』程距離内じゃ！」
　ナギサトが柄に手をかけ構えたところから再度納刀するまで、その間は誰の目にも止まらない。疾風のような剣圧が、敵を斬り捨てる！
「やってやるにゃ！　みんなでブッ潰すにゃ！」
　興奮した様子のケーシィがブラックスライムを広げ、仲間たちの武器に纏わせた。意志を持たないはずの武器が、心なしか貪欲な捕食者の表情を帯びる。ぼっくんもそのケーシィの意思を汲んだかのように、ガブガブと凶暴に攻撃に当たる。
『オレは後ろの連中と遊んでやることにするか……』
　攻撃の手がコオロギ型に集中していることを見てとったレハバムは、背中の二枚羽をブブブ……と不愉快にこすり合わせ始めた。
「……っ！」
　かごめの脳裏に、以前戦ったハエ型ローカストのアズレトの姿が浮かぶ。あの飢餓ローカストも、こうして羽を擦って足掻いていた。哀れな末路を見届けたかごめとしては複雑な思いが……戦闘中とも思えぬぼんやりとした考えに取りつかれかけたところへ、玲斗が呼んだ光の雨が降り注ぐ。ハッと顔を上げるかごめ。
「さっさと、終わらせてあげるしかないね」
　そうかごめに笑いかけたのは、ノーフィアだった。ノーフィアもまた、哀れなアズレトを見送ったひとりである。羽音に惑わされかけた意識を強く持ち直し、かごめが頷いた。
「異常を殺します」
　玲斗とともにシマツも敵の怪音波の影響を振り払うオーラを飛ばした。
『ウゴアァ！』
「！」
　突如、コオロギ型の牙がノーフィアに伸びた。あわやというところで間に割り入ったのは、ボクスドラゴンのスー。アルミの牙を翼でうまくいなしたが、流石に無傷では済まない。
「スー、ようやった」
　褒めるナギサトだったが、若干スーを案じる気配が見える。察知したクリスがスーの位置取りを少し移動させた。
「無理はするなよ。盾は全体で満遍なく受ける方が長持ちする」
　一方、いつまでも不快な羽音を止めないレハバムに向けてかごめが突き出したハンマーが、一瞬にして砲撃形態へと変わる。
「君のそれ、やめさせてやる！」
　轟音とともに、竜砲弾がレハバムの胸元へ炸裂する！
『チィッ……！』
　コオロギ型は飢えに突き動かされ、恐ろしい威力の技を放ってくる。その後ろではレハバムがいやらしい攻撃ばかりを繰り返す。恐らくこれまでもレハバムは、こうやって戦場を渡り歩いてきたのだろう。
「嫌な奴にゃけど、まずは先にコオロギを倒すにゃ！」
　ケーシィの言葉の通り、ケルベロスたちの攻撃は荒れ狂うコオロギ型へと集中した。白陽とノーフィアは呼吸を合わせて大技を繰り出し、クリスとナギサトは距離を変化させながら氷漬けにし、装甲を剥ぎと連携して削っていく。
『オラ、まだ死ぬんじゃねえぞ……グラビティチェインくれてやった分くらいは働けよ』
　そんな配下を後目に、レハバムは自らの体を生体金属で覆っていく。
「自分さえ、守れればいいのね……」
　玲斗が微かに眉間を曇らせた。上官が、兵士の命を使い捨てる。それは戦場ではごく当たり前のことかも知れない。だが。術式を行いながら玲斗は、己の心がそれを否定しているのを感じていた。
「……光以て、現れよ」
　共に戦う仲間は守る。彼女なりの理を貫く覚悟は、とうに出来ている。
『ゴガァッ！』
　羽を刃のようにい硬質化させたコオロギ型が、後足で跳躍し一気に白陽へ迫った。避けず引きつけ、紙一重でかわすのに成功した、と思った刹那。
「……！」
　薄羽が開き、剃刀のようなそれが白陽の腕を斬りつけた！
『いいぞ！　その腕落としてやれ』
　レハバムの嘲笑が響く。だが。
「刃の如き心と為りて」
　シマツが白陽の背中側に素早く回り込み、治癒を開始する。癒しとともに迸る螺旋の力は、白陽の斬霊刀に宿った。
「強く鋭く、折れぬ心です」
　コオロギ型の攻撃力は確かに脅威だったが、クリスが巧みに盾となり、ケーシィとシマツが間を置かず治療し、玲斗がそれを補佐した。この循環がうまくはまり、コオロギ型を追い詰めるのにそう時間はかからなかった。弱弱しく手足を動かす姿に情が動くも、振り切るように構えるクリス。
「先に地獄で待っていろ」
　言うと、クリスはちらりとレハバムを見、それからハンマーを振り下ろした。
「……すぐにお前の上官も、送ってやる」
　超重量の一撃は、コオロギ型から永遠に進化の可能性を奪った。砕け散り、氷片と化す配下を見て、レハバムが舌打ちした。
『クソの役にもたたねえ奴だぜ……！』
「さて、こっからはお前さんひとりじゃの」
　腰を落とした構えを解かず、ナギサトが睨みを利かせた。
『テメェらなんざ、オレさまひとりでも十分相手してやれるんだよ』
「やってみるがいい！」
　先より短い刃を、その分まだ速度を上げて振るうナギサト。斬撃がレハバムに食い込む。だがその体は、生体金属で厚く覆われている。
「ずいぶん余裕あるようだけど、君のグラビティ・チェインは仲間に分け与えないわけ？」
　かごめが挑発とも軽蔑ともつかぬ調子でそう言うと、レハバムは笑いながら手元で小さな玉を弄び始めた。
『仲間あ？　……クハハハッ！　こいつらが仲間かよ』
「それは……！」
『こいつらはなぁ、オレの手駒だ！　道具なんだよ』
　レハバムが叫び、鋭い棘が地を這った。避ける間もなく棘はスーに突き刺さり、アルミを注入されたボクスドラゴンの体は消滅してしまう。これにブチギレたのは、ナギサトではなくケーシィだった。
「よくもやってくれたね……！」
　本気モードのケーシィの、怒りの大器晩成撃がレハバムを吹っ飛ばす。
　地に膝をついたレハバムを、ケルベロスたちが包囲していく。回復を試みるが、ケルベロスたちの猛攻に耐えうるだけの力が残っているとは思われなかった。
『て……てめーらだって、今はいいかも知れねぇがな。追い詰められりゃ醜く争うんだよ！』
「誰もがお前と同じだと思わんことじゃ」
　悔し紛れのレハバムの言葉に対するナギサトの答えは冷淡だった。一見穏やかな、だが、凪いだ海が動けなくなった舟を冷たく囲むような、そんな冷たさだ。
「哀れなものだな。どれだけの戦場をくぐり抜けた猛者かと思えば、誰かを守る意義すら見出せなかったとは」
　クリスが己の矜持をもって、レハバムを哀れむ。
「わかりあえるやり方もあったと思うけど……あなたとは無理みたいね」
　玲斗が言うや、シマツが色とりどりの爆煙を上げた。
「勝鬨の狼煙です」　
　もはや動けなくなりつつあるレハバムを、白陽の無垢式・絶影殺が完全に釘づけにした。凍り付いたように動かず、絶望の淵を覗いたようなその姿に、
「死にゆく者は無知であるべきだ。要らぬ煩悶は捨てて逝け」
　と言い捨てると。
「後は任せた」
　すれ違うように前に出る、ノーフィア。
「ケルベロス、黒曜牙竜のノーフィア・アステローペよりローカスト、ストリックラー・キラーのレハバムへ。汝が奉ずる陽の恩寵を」
『チキ、チキしょおおおぉぉォォオオ！　死にたくねぇえええ！』
「さあ、喰らってあげるよ！」
　ノーフィアの生み出した超重力の黒球に食われる直前、レハバムの手元から弾けたコギトエルゴスムが散らばった。
　嘲笑屋レハバムは、あれほど嘲笑し蔑んでいた配下ローカスト以上に無残な氷片と化し、その破片すら闇に飲み込まれ、後には何も残らなかった。

●決戦の行方
「コギトエルゴスムがいっぱいにゃ！」
　戦闘を終え、常の調子に戻ったケーシィが驚きに目を見張る横で、ノーフィアと白陽、シマツがコギトエルゴスムを拾い集め始めた。放っておいてはまた何者に利用されるかわかったものではない。きっちり回収しておくに越したことはない。
「こんなに持ってたんだ……」
「これが全部、飢餓ローカストになってたらって考えると流石にぞっとしないな」
「ひいふう、十個ほどですね。もうすこしあるかも」
　道具、と言われたその小さな玉を、複雑な思いで見つめるクリス。
　シマツの手の上からひとつ、かごめがコギトエルゴスムを手に取って目を輝かせた。
「換装パーツにしたいなあ……」
　あ、と気を取り直してかごめが皆に告げる。
「あたしたちは予定通り、市内へ向かおう」
　実際、ストリックラ―・キラーたちは複数のコギトエルゴスムを所持していた。万が一、一般人がひとりでも襲われれば、複数のローカストが復活してしまう可能性もある。取りこぼしのないよう皆で手分けしてコギトエルゴスムを回収し、市民の元へ。
　地上を目指しつつ、ナギサトが呆れたように言った。
「それにしても連中、せっかく野球優勝でわいておるところに水を差しおって」
「こんなお祭りは、迷惑だものね」
　玲斗がすこし微笑んで応えた。
　ストリックラ―・キラーの指揮官、イェフーダーの撃破には、既に他班の仲間が向かったとの情報を得て、ケルベロスたちは下水道を後にする。仲間たちの勝利を祈りつつ、今は自分たちの為すべきことをと、混乱しているだろう市民の元へ向かうのだった。
　黙示録騎蝗、その終焉はそう遠くないだろうと信じて。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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