黙示録騎蝗~紫蛾と蟋蟀、地下を征く

作者:天枷由良


 深い森の奥。
 土を固めて作ったような原始的な住居の集まる集落で、息を潜めて暮らしていたローカストたちを襲っているのは、なんと同族であるローカスト……特殊部隊『ストリックラー・キラー』に属する1体。
 禍々しい柄の羽が目を引くそれは、紫毒のビファーレという名を持つ、蛾のローカストであった。
「――黙って従え! 我らが太陽神、アポロン様の命ぞ!」
 ビファーレは抵抗する素振りを見せた者を数体、殴る蹴る。
 更には羽を擦り合わせて、撒き散らす鱗粉で苦しめる。
「貴様らのグラビティ・チェインが、次の作戦に必要なのだ! ……なに、光栄なことではないか。貴様らは黙示録騎蝗のために、その身を捧げられるのだからな!」
 言葉遣いとは裏腹にチンピラまがいの暴行を加えたビファーレは、手傷を負った同族を引っ立てて、ある施設へと連れ去っていった。
 ……そして。
「――ギャァァァァ!」
 集められたローカストたちは、体内に有するグラビティ・チェインを無理やりに搾り取られていく。
 全ては黙示録騎蝗のためと言い聞かされながら、同族によって死に至らない苦痛を味わわされるローカストたちの悲鳴は、延々と施設中に響き渡っていた。


「ローカストが、大規模な作戦を行おうとしているわ」
 ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は手帳と地図を広げて、ケルベロスたちに説明を始めた。
 ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)の調査によって判明した作戦の目標は、広島市。
「ローカストたちは下水道から市内に侵入して、人々を虐殺するつもりよ」
 作戦を実行するのは、グラビティ・チェインの枯渇したローカストを放って事件を起こしていた、特殊部隊『ストリックラー・キラー』だ。
「各地で個別に襲撃していては、ケルベロスの皆に阻止されるのだと学習したのでしょう。今回の作戦では指揮官であるイェフーダー自らも出陣、ストリックラー・キラーの総力を結集して事に臨むようね」
 ストリックラー・キラーのローカストは多数のコギトエルゴスムを所持し、枯渇状態のローカストを引き連れて下水道から市街地に侵入。
 人々を虐殺して奪取したグラビティ・チェインを利用して、コギトエルゴスムを新たな枯渇状態のローカストに変え、戦力を雪だるま指揮に増やしつつ、広島市全域を制圧、数十万人の虐殺を行おうとしているようだ。
「作戦が実行されれば、広島市は24時間以内に制圧されると想定されているけれど、今回は事前に事件を察知出来たから、下水道内で敵を迎え撃てるわ」
 敵は市内全域を同時に襲撃するため、分散して行動する。
「迎撃にあたるケルベロス各チームは、それぞれストリックラー・キラーのローカストと、枯渇状態のローカスト。合計2体の敵と戦うことになるでしょう」
 ストリックラー・キラーのローカストは、相当の覚悟をもって作戦に挑んでいる。
 ケルベロスが待ち構えていたとしても逃げる事無く、ケルベロスを撃退して作戦を遂行する為に、最後まで戦い続けるようだ。
「2体のローカストを同時に相手取る事になるけれど、敵の企みを止められなければ、広島市の人々に大きな犠牲が出てしまうわ。必ず下水道内で、ローカストを撃破するのよ」
 そこで一息入れて、ミィルは説明を続ける。
「もし、2体のローカストを速やかに撃破することが出来たならば、指揮官であるイェフーダーの元にも向かってほしいの」
 イェフーダーは下水道の中心点で、作戦の成り行きを伺っているらしい。
 多方向から包囲するように攻め寄せれば、退路を断って撃破する事ができるだろう。
「指揮官であるイェフーダーを撃破すれば、手駒を失ったローカスト勢力の動きも制限されるでしょう」

 相対する敵の能力だが、まずはグラビティ・チェインの枯渇したローカスト。
「赤茶色の筋骨隆々とした身体を持つコオロギのローカストで、両肩だけは真っ赤になっているわ。飢餓状態のため思考能力は皆無。拳打や、羽を擦り合わせて放つ音波も破壊力が高いけれど、一番の脅威は強靭な脚から放たれる蹴りね。下水道内でも縦横無尽に跳ねまわって、猛攻を加えてくるはずよ」
 そして、ストリックラー・キラーのローカスト。
 こちらは蛾のローカストで、特殊部隊というだけあって前衛はコオロギの方に任せ、自分は一歩引いた所から、ケルベロスたちの身体に大きく異常を来すような攻撃を仕掛けてくる。
「紫色の羽から放出する鱗粉は、対処できなければ皆を大いに苦しめることでしょう」
 羽はそれ自体が刃のような武器でも有り、近づいたものを低空飛行やその場の回転で斬り伏せるという。
「飢餓状態のコオロギはアルクルケット、蛾の方はビファーレという名らしいわ。アルクルケットの持つ直接的な打撃力と、ビファーレの真綿で首を絞めるような攻撃。対処に悩むところね」
 戦場は下水道だが、侵攻を予知することが出来たため、少し広めの戦いやすい部分で待ち構えていられるだろう。
「皆の奮闘によって、ローカストの戦力は着実に減っているはずだわ。そしてイェフーダーが撃破されれば、手駒とグラビティ・チェインを失った太陽神アポロンは、更に困窮することでしょう。広島市の人々を守るためにも、ストリックラー・キラーの作戦、絶対に防いでちょうだいね」
 そこで説明は終わったが、手帳を閉じたミィルは、ふと独りごちる。
「枯渇したローカストの襲撃作戦はどれも失敗に終わって、ローカストの持つグラビティ・チェインは少なからず失われたはずなのだけれど……。これだけの大規模な作戦に使うグラビティ・チェイン、一体どこから持ってきたのかしらね……?」


参加者
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ


「――イェフーダーの居所は、此方でございましょう」
 ライトで照らした図面の一点を指し示す、ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)。
「俺たちが居るのがここで……」
「このような道筋で進むのが、最短かと思いますが」
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が置いた指を始点にして、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が図面をなぞっていく。
 広島市の地下に張り巡らされた下水道。その一角でローカストを待ち構えるケルベロスたちは、敵将が陣取る位置までの道のりを確かめていた。
「道順さえ分かれば、あとは三下どもをパパっと叩き潰して急ぐだけね」
「ええ。ここで必ず、イェフーダーを倒しましょう」
 ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)とレクト・ジゼル(色糸結び・e21023)が口々に気合と決意を表すと、押し黙っていた古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)が身じろぎもせずに呟く。
「その三下が、おいでのようだけれど」
 耳を澄ますまでもなく、彼方から聞こえてくる不規則な叩打音。
 それは次第に緩やかになって、完全に収まると同時に正体をケルベロスたちへと晒した。
「どこへ行こうというの? お前たちにはこの、暗くて汚らしい下水道がお似合いよ」
 るりの淡々とした言葉に答えは返さず、毒々しい紫色をした蛾のローカスト――ビファーレは、歯軋りするような音を立てながら零す。
「……ケルベロスめ、こんな所にまで湧くとは。やはり貴様らを退けねば――」
「ったく。御託はいいっての。さっさと始めましょ?」
「行くでござるよ!」
 不機嫌さを入り混ぜながら敵を制すランジの横を越して、クリスナシュ・リドアレナ(銀閃・e30101)が脇に構える愛刀の柄を握った。
 しかしグラビティ・チェインを乗せた刃が閃くよりも早く戦いのゴングを鳴らしたのは、跳躍して下水道の天面を蹴りつける赤茶色の蟋蟀ローカスト――アルクルケット。
「なっ――」
 敵の俊敏な動きに驚く間もなく、クリスナシュは突き飛ばされるような形でレクトに居場所を奪われる。
 直後、鮮赤を含む赤茶色の弾丸と化した蟋蟀は真上から落ちてきて、屈強な肉体に込められた力の全てをレクトへと叩き込んだ。
「くっ……」
「レクト様っ!」
 全身が軋むなどという言葉では生ぬるいほどの衝撃。
 一瞬とはいえ意識を手放してしまいそうになったレクトは、弟分のラグナシセロが呼ぶ声を蜘蛛の糸代わりにして何とか現世に留まると、間髪入れずに放たれた追撃の回し蹴りを辛うじて避ける。
「不覚でござった! 一刀正伝……『絶影』!」
 庇われたクリスナシュも、すぐさま体勢を立て直して斬撃を放った。
 レクトから攻撃に専念するよう命じられていたイード――金髪のビハインドが背後から攻撃を仕掛け、前後から挟み込まれる形となったアルクルケットは……しかし、またも天面ギリギリまで飛び上がって、二人から逃れる。
 返す刀もそこまで届かず、苦々しくも見送るしかないクリスナシュの耳には、飢餓感から漏らしているのであろう敵の呻き声が嘲笑にも聞こえた。
 だが、そのクリスナシュの脇から伸びた輝く物体が、まだ重力に従って下りてくる前の蟋蟀を杭打つように貫く。
「……せめて、死出の花道は飾って上げましょう」
 槍のような物体を生み出した絶奈は、それを僅かに垣間見せた狂気的な笑みと共に収めてから言った。
 解放されたアルクルケットはしっかりと受け身を取って地に下り立つも、自身のものより幾らかスケールの小さい――しかし明確な敵意が込められたラグナシセロの飛び蹴りと、エリオットが振りかざした地獄の炎を纏う雷杖を叩きつけられて、飛び退いていく。
「今のうちに回復するね!」
 虫との応酬が途絶えた間に、癒し手を受け持つ峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)が光り輝く盾を生み出してレクトを覆った。
 ラグナシセロから命令を受けたのだろう、ボクスドラゴンのヘルも寄り添うようにして、己の力を注ぎ込んでくれる。
 それで傷も埋まり、痛みも和らぎ……しかし、レクトの表情は険しい。
 アルクルケットの蹴りは、只の一度でそれだけの脅威をレクトに与えていた。
 続けざまに放ってくるなら直線的な動きも幾らか見切る事が出来るだろうが、果たしてサーヴァントを使役する身で、あと何度耐えられるだろうか。
 そんな事を悠長に考えている暇は勿論、ない。
 飢え渇き荒れ狂う蟋蟀と大した連携が取れないのか取る気もないのか、部外者のように佇んでいたビファーレが、緩やかに動かしていた翅を激しく羽ばたかせる。
 放出される真っ赤な鱗粉は視覚で捉えられるほどに色濃く、そして膨大な量であるにも関わらず、まるでそれ自体が生きているかのように一塊になったまま向かってきた。
 今度はレクトのみならず、絶奈のテレビウムとヘルも加わって立ち向かうが、鱗粉は吸い込まずとも染み込むように身体を侵していく。
 何かで抗わなければと僅かに動いた瞬間、盾役たちはこの世界そのものから存在を拒絶されるような惨たらしい痛みを味わって、それぞれに苦しみを露わにした。
 ケルベロスによって追い込まれ、種として存亡の危機にあるローカストからすれば、その光景はさぞ愉快なものだったのだろう。
「苦しめ! 慄け!」
 ビファーレは憚ることなく笑い声を上げて、羽ばたきを一層強くする。
 しかし、幾ら魅惑的な光景と言えど、少しばかり気を取られすぎていた。
 何処からか聞こえる呟きに気付いた時には、模造された神の槍で翅を畳むように刺し穿たれる。
「……何か、もっと愉快な話はない?」
 変わらず無表情のまま、しかし不快な場所で不快な者たちを相手取る不快さを言葉の端に乗せて、るりはビファーレに尋ねた。


「虫を殺すなだとか立派な事を言っていたローカスト勢力が、この一年で随分な変わり様ね」
 るりはバスターライフルの引き金を引いて、ビファーレへの牽制を続けながら語りかける。
 ちょうど去年の今頃、るりが初めて会った蝉のローカストは正義じみた言葉を吐きながら悪事を為そうとしていた。
 時を経て、対峙する蟋蟀は呻きながら暴れるだけであり、蛾はもはや己と種族が行う悪事も悪意も包み隠そうとはしない。
 もっとも、それは単に騙り欺く余裕すらなくなっただけであるのだが。
「知った風な口をッ!」
 ろくな言葉も返せず、ビファーレは青い鱗粉の塊を放出する。
 下水道内で混ざりあった赤と青の鱗粉は、次第にビファーレそのものを溶かした様な紫色を作り上げていったが――。
「備えあれば憂いなし、てね」
 ランジが地に描いた守護星座の陣が輝き、仲間たちを毒から守るように包み込ながら鱗粉を吹き飛ばす。
 レクトが攻性植物に宿らせた黄金の果実から放つ進化の光も相まって、ケルベロスたちはビファーレの毒性に真っ向から対抗するだけの力を早々と手に入れていた。
 鱗粉の真価は触れたその瞬間でなく、身体を侵してから与える苦しみの永続性。
 それが発揮する前に打ち消されてしまうのであれば、どれだけ毒を撒き散らして羽ばたこうとも虚しいもの。
 ましてや、るりの牽制によって鱗粉自体の命中精度も格段に悪くなっている。
 ビファーレの脅威度は着実に低下の一途を辿り、攻め手を担うケルベロスたちはアルクルケットの排除に全霊を注ぐことが出来ていた。
「グラビティ・チェインが必要なのでござろうが、やり方諸々含めて気に食わん……絶対に倒す!」
 クリスナシュが叫び、刀で緩やかな弧を描く。
 初撃こそ躱されはしたものの、それ以降に放つ斬撃は尽く赤茶色の体躯を捉え、斬り裂いている。
 ラグナシセロが敵のお株を奪うように駆け回って四方から蹴りを食らわせ、イードが下水道内に転がる屑などをぶつけ浴びせることで、縦横無尽に飛び回るアルクルケットの機動力にも時折陰りが見えるようになっていたのだった。
 しかし、その攻撃力は衰えていない。
 アルクルケットは新たな傷跡を作りながらも突き出した拳で、何重にも掛けられた毒に対する加護、そして恵の形成する光の盾を諸共粉砕しながら、絶奈のテレビウムを叩き伏せて消滅させる。
(「……さすがに保ちませんでしたか」) 
 主と力を分かつような存在であるサーヴァントは、それを持たないケルベロスと比べれば単体での耐久性には劣るもの。
 恵がどれだけ癒やしたところで積み重なった回復不可能なダメージが、元より少ない上限値を容赦なく削っていって、いずれ一撃にも耐えられなくしてしまう。
 絶奈は目だけを動かして従者の消えた所を見やるが、すぐ屠るべき相手に視線を返して、巨大なハンマーを振り上げた。
 放つのは、生命が進化する可能性を奪う超重の一撃。
 果たして目の前の虫に、進化などという余地はあるのだろうか。
 誰も問わず、答えず、ただ無慈悲に叩きつけられた超鋼金属製の槌は、未だ渇きを癒すことが出来ない蟋蟀の生命を、散る間際にまで押しつぶしていく。
「――邪魔するやつには制裁を!」
 ほんの僅かに膝をついてケルベロスたちを見上げたアルクルケットを、金色の炎の入り混じる赤い竜巻が包み込んだ。
 それはエリオットが出現させた、地獄の炎で形作られる不死鳥による羽ばたき。
 煌々と地下を照らす炎が消え去った時、出来上がった灰は中から不死鳥を生み出しなどしない。
 風に煽られるわけでもなく、独りでに崩れて散っていくアルクルケットだったものを見て、ランジは爆破スイッチを握る手を掲げながら声を張り上げた。
「っしゃ! 畳みかけるわよ、みんな!」
 後は蛾の翅をむしり取って、仲間の後を追わせてやるだけだ。
 ビファーレの毒よりも健康的な色をした爆発が次々と起きて、背を押されたケルベロスたちは一気呵成に攻め立てていく。
「グラビティ・チェインを欠片も奪わずに……この役立たずめ!」
 確実に数を減らしているであろう同族がまた一人散ったにも関わらず、ヒステリックに吐き捨てるビファーレ。
 それを聞いたエリオットは、雷杖に地獄の炎を纏わせながら憐れむような目を向けた。
 彼らは狂っている。
 目的を成し遂げるためなら地球の人々どころか自分たちの仲間さえ犠牲にして、進んだその先に何があるというのか。
(「分かっていても、止められないんだろうな」)
 彼らの無謀は、もうどうしようもないところまで来てしまったのだろう。
 さりとて、それを改め導くために地球とその民が犠牲を払うことは出来ない。
「お互いに引けぬ身……覚悟を決めるでござるよ!」
 クリスナシュが言って、グラビティ・チェインを乗せた刃を振るう。
 羽ばたきを一度止めたビファーレは低く地面を擦るように飛んで、翅の外縁で刃を受け流しながらクリスナシュを切った。
 そのまま進み続け、途中で折り返して再度の攻撃。
 しかし悲しいかな。最初の一撃を繰り出し、それを当たられたことの方が幸運だったのだろう。
 途中で上から押さえつけられるように沈んでいったビファーレは、星辰の剣を構えるランジの目の前にふらふらと漂っていく。
「アタシの前に飛んできたのが運の尽きよ! ――消し飛びなさい!」
 極めて単純、かつ直線的な、身体を一回転させる程度の横薙ぎフルスイング。
 剣を用いたのに鉄板で叩きつけるような音が響いて、ビファーレは自分の力に依らぬもので宙に緩やかな放物線を描く。
「……愚かね」
 るりの呟きも、もう蛾には聞こえているか怪しい。
 再び生み出された模造品が飛んでいき、深々と腹を抉り抜かれたビファーレの背に、狂気的な笑みを浮かべた絶奈がにじり寄る。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝」
 多重展開した魔方陣から、今日幾度か見せた輝ける物体――槍のようにも見えるものが、じわじわと姿を現していく。
 それもまた、ある種の模造品。
「かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ』
 現出した巨大な槍は下水道を埋め尽くさんばかりの巨大さで迫り、紫色の蛾を一分たりとも残さぬ勢いで突き破る。
 無能と誹った同族の死からさして間を置かずに、ビファーレはその後を追っていくこととなった。


 輝く槍状の物体が消失したあと、ビファーレが所持していたコギトエルゴスムがバラバラと降ってきた。
 下水道のあちこちに散乱したそれを絶奈の言で拾い上げつつ、各々傷をヒールしたケルベロスたちは下水道の中心点――イェフーダーの座する所へと急ぐ。
「此方でございます!」
 滑らぬようにブーツを履いて先導するラグナシセロの手には、ライトと一緒に現在地を示すマーカーが表示された地図が握られている。
 ストリックラー・キラー迎撃失敗の報告も、イフェーダー撃破の報告もまだ入っていなかった。
「ほら、捕まって!」
「かたじけない!」
 大きな段差を二段ジャンプで飛び越えたランジが、クリスナシュたちを引っ張り上げる。
 慎重に、しかし迅速に。
 他班から合図のようなものはないか、万が一逃走してきたイェフーダーと遭遇したなら、退路を断って逃さぬようにしなければ。
 気合充分で進むケルベロスたちは……しかしその途中で、誰ともしれぬケルベロスからの報告を聞くことになった。
「……どうやら、終わってしまったようです」
「はぁ!?」
 絶奈の言葉に振り向いて、ランジはラグナシセロの地図を分捕るように覗き込む。
 目的地まで、あともう少しだった。
 ここまで来ておいて癪というわけでもないが、惰性で足を進めていき、ケルベロスたちは報告が全くもって正しい真実であることを確かめる。
「……んだよー、クソ虫はアタシが叩きのめしてやろうと思ったのに」
 どっかりと腰を降ろすランジ。
「ボクも聞きたいことがあったんだけどな」
 恵も無念そうに、肩を落とす。
 尋ねた所で答えてくれやしなかっただろうが、その機が得られなかった事がもどかしい。
「仕方ありません。どうやら広島市民に被害は出ていないようですから、それでよしとしませんと」
「……そうでございますね。レクト様の仰るとおり、ここは喜ぶべき所でございますね」
 レクトとラグナシセロは互いを見やり、頷きあった。
 最も優先されるべき目標は達したのだ。
「それじゃ、とっとと出ましょう」
「そうだな。全部終わったんなら、もう下水道になんか篭ってても仕方ないぜ……」
 るりとエリオットが地図を眺めて、出口を探す。
 ドワーフでもなし、いつまでも暗くてジメジメした下水道に篭っていることもない。
 ケルベロスたちは多少の疲労と脱力感を味わいながらも、広島の地下から抜け出していった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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