黙示録騎蝗~死生の道は地の下にありて

作者:黄秦


 深い森の中、世界の全てを避けるようにひっそりと、その集落はあった。
 土を盛り上げて固めただけの小さく原始的な住居に、戦闘力の低い、ダンゴムシ型のローカスト達が、息を潜めて暮らしている。
 その日、集落へ、特殊部隊『ストリックラー・キラー』のローカストが押し入って来た。
 『天牛』と名乗るカミキリムシ型のローカストは、無慈悲に小屋を破壊し、ダンゴムシたちを引きずり出す。ダンゴムシは、ただ恐れて丸まるばかりだ。
「弱虫め!」
 天牛は斑の触角を振り立て、ダンゴムシを蹴り転がし踏みつける。
「私らのようなモノに、何の御用でしょう……?」
 踏みつけられても、丸まったままで尋ねるダンゴムシをせせら笑い、天牛は高らかに告げた。
「貴様達のグラビティ・チェインが、次の作戦のために必要なのよ! 喜べ! 丸まるしか能のない貴様等が、俺の……黙示録騎蝗の役に立つのだぞ!」
 到底喜べないことが待ちうけているのは明白だったが、ダンゴムシ達に逆らう術はなかった。
 天牛は、彼らを集落から無理矢理に連れ出し、ある施設へと押し込めた。
 そこでダンゴムシたちは、グラビティチェインを搾り取られ、激痛の悲鳴を上げ続けることになるのだった。


 セリカ・リュミエールの眉根はきつく寄っていた。
「ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)さんの調査によって、恐ろしい事がわかりました。ローカスト達が、下水道から侵入して広島市を制圧する大作戦を行おうとしているようです」

 この作戦は、グラビティ・チェインを枯渇させたローカストを使って事件を起こした、特殊部隊『ストリックラー・キラー』が行う。
 個別の襲撃ではケルベロスに阻止される事を学習したのか、今回の作戦では、指揮官であるイェフーダーも含めて、ストリックラー・キラーの総力を結集している。
 ストリックラー・キラーのローカストは、多数のコギトエルゴスムを所持しており、枯渇状態のローカストと共に下水道から市街地に侵入する手はずである。
 そして人間を虐殺してグラビティ・チェインを奪取し、そのグラビティ・チェインで、コギトエルゴスムを新たな枯渇状態のローカストに変え……と、戦力を雪だるま式に増やしつつ、広島市全域を制圧、数十万人の虐殺を行おうとしていると言う。
 
「この作戦が実行されれば、都市制圧までに掛かる時間は恐らく24時間以内と想定されます。
 幸い、今回は事前に事件を察知できましたから、下水道内で敵を迎え撃つことが出来ます。
 敵は、市内全域を同時に襲撃するために分散して行動します。
 皆さんは、持ち場ごとに、『ストリックラー・キラー』のローカストと、枯渇状態のローカストの2体と戦う事になるでしょう。
 『ストリックラー・キラー』のローカストは、相当の覚悟をもって作戦に挑んでいるようで、ケルベロスが待ち構えていたとしても逃げる事は無く、ケルベロスを撃退して作戦を遂行する為に最後まで戦い続けます。
 2体のローカストと同時に戦う事になりますが、もし敗北すれば、広島市民に多大な犠牲が出ますから、最善を尽くしてください。
 2体のローカストを速やかに撃破した後、もし可能ならば、指揮官であるイェフーダーの元に向かって欲しいのです。
 イェフーダーは下水道の中心点で、作戦の成り行きを伺っているようですから、多方向から包囲するように攻め寄せれば、退路を断って撃破する事ができるでしょう。
 イェフーダーを撃破できれば、今回のような作戦を行う手駒がいなくなる為、ローカストの動きを制限する事になるはずです」


「皆さんは、ゴマダラカミキリムシ型のローカスト『天牛』と、ゾウムシ型のローカストと闘うことになります。
 ゾウムシは、グラビティ・チェインの枯渇のためか、まともな思考が出来ず、機械的に天牛の命令に従い戦います。硬い装甲と高い攻撃力はあなどれません。
 天牛はゾウムシを盾にしつつ、腕の鎌と長い肢、催眠音波で攻撃してきます。

 彼らが攻めて来る下水道は地下貯溜池に続いています。
 溜池と言っても、コンクリと鉄筋の壁で囲われ、多数の石柱で支える広い空間です。
 今は水もほとんど溜まっていませんしから、ここで待ち受けるのもいいでしょう。
 貯溜池に至る前に、下水道で速やかに決着をつけても良いでしょう。こちらもそこそこ広く、水深は足首までくらいですから、戦闘に支障は無いと思います。皆さんの判断にお任せします。
 この貯溜池の真上には野球場があり、近くには広島駅があります。攻撃されれば被害は甚大ですから、必ず死守してください。……厳しいですが、広島市民のため、太陽神アポロンの思い通りにさせないために、どうか皆さん、よろしくお願いします」
 ご武運を。そう言って、セリカは深く礼をするのだった。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
テンペスタ・シェイクスピア(突進する救護士・e00991)
白波瀬・雅(サンセットガール・e02440)
クー・ルルカ(笑顔をふりまく妖精・e15523)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の猿忍・e29164)
長谷川・わかな(腹ぺこロリータ・e31807)

■リプレイ


 何の光も届かない下水道を、ライトで照らして、ケルベロスたちは進んでいる。
 今のところ水深は浅く、足首までしかない。
「この臭いは慣れないな……」 
 シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は顔をしかめた。特有の下水の生臭さばかりはどうにもならない。
「しっ」
 白波瀬・雅(サンセットガール・e02440)が制した。
 暗がりの向こうから声がする。内容は聞き取れないが、それでも胸の悪くなるような乱暴な調子で、罵倒しているのだろうと推察できる。
 もう一つ、言葉にならぬ呻き、吠え声。ばしゃばしゃと大きなものが水をはねて移動している。
 戦闘態勢を整えて待ち受ける間はそう長くはなかった。
 まずは、巨大なゾウムシの黒い姿がぬっとあらわれた。その背後から、カミキリムシのローカスト。『天牛』とその配下が現れた。
「ここに人間? だと?」
 意外な遭遇に首を傾げる天牛。ゾウムシは、ケルベロスらを新たな餌と認識し、襲い掛かろうと咆哮した。
 それを、力づくで制して、天牛はケルベロスたちを見る。
「餌になりに来たか? 殊勝なことだな」
「そんなわけねえだろ!」
 伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)が言い返した。
「喰らえ! サンライトォッ! フレイムゥッ! ニンジャヒュージシュリケェーンッ! 」
 その隙をついて、岩櫃・風太郎(閃光螺旋の猿忍・e29164)が急襲する。
 燃え盛る太陽光の螺旋を籠めたエネルギー光球を圧縮して巨大な黄金の螺旋手裏剣を生成し、これを天牛めがけて全力でぶん投げる。手裏剣が着弾すると爆発して標的を焼き焦がす豪快な大技だ。
 しかし、ゾウムシが意外なほどの速さで割り込んできた。風太郎の手裏剣を身体で受け止める。すでに正気ではないはずだが、反射的に庇うようだ。
「邪魔しようってのか、この俺を?」
 ゾウムシが傷を負っている後ろに、天牛は悠然と立っている。ローカストの表情はわかりにくいが、斑の触角がひくひくと蠢いて、その心情を顕していた。
「苛つく奴ね……」
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)が心底から呟いた。
「自分たちの目的にたどり着くために奮闘するのは大切だけど、虐殺はほっておけないんだよ!」
 クー・ルルカ(笑顔をふりまく妖精・e15523)は叫ぶ。 
 
 ぐぅおおおぉおおおおおおおおんん!

 苦し気なゾウムシの唸りが暗渠に響き渡った。敵、あるいは餌を眼前に耐えきれなくなっているようだ。
 天牛の触角がまた動いた。腕に鎌を生やし戦闘態勢をとる。
 人知れぬ地下で、広島の命運を握る戦いの火蓋が切って落とされた。


 天牛が、妙な音を漏らした。それが合図なのだろう、ゾウムシの身体からアルミニウム生命体が染み出し、その体を覆って装甲となる。
「仲間を使い潰すやり口は苛々するのよね」 
 ジェミは水を蹴り、ゾウムシへと跳んだ。星の輝きと重力を乗せた重たい蹴りでゾウムシを攻撃する。ボクスドラゴン『ばるどぅーる』が続けてブレスを吐いた。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 シヴィルは、『サン・ブレード』と名づけたナイフに、魔力を込めて放った。聖なる光が下水道を眩く照らし、ゾウムシを包み込む。
「必殺っ!! レプリカントパンチっ!!」
 テンペスタ・シェイクスピア(突進する救護士・e00991)の腕がドリルの如く回転し、無駄に洗練された動きでフェイントしつつ、撃ち込む。ゾウムシのアルミニウムを貫き捩じり込む
 クーは縛霊手から網状態の霊気を放出し、ゾウムシを束縛する。ミミックのエクトプラズムで体を重くする。
「同胞を飢えさせて尖兵にするとか、こんなクズ共に!」
 晶は跳ねて、電光石火の蹴りを叩き込んだ。
(「……優勝に沸く広島を蹂躙されるなんざもっての外だぜ!」)
 短時間で一気に倒す。一気呵成に畳みかけるために、まずは足止めだ。
 光輝を引いた重力の蹴りを雅が叩き込む。続く攻撃に、ゾウムシは上手く動けないようだ。
「何をやっている!」
 天牛がイラつき、背後で叫んでいる。
 風太郎が印を結び、ルナティックヒールを唱え、満月に似た光で攻撃手たちを包む。癒しと共に凶暴性が高めていく。
「広島をあなた達の好き勝手にはさせない!」
 長谷川・わかな(腹ぺこロリータ・e31807)も、今は、スターゲイザーで攻撃に加わった。
 わかなの『ハナちゃん』が収穫体形となって黄金の光を放ち、護る。
 ゾウムシの後ろから不意に鋭い光が伸びた。タイミングを計った天牛の鎌腕が伸びて、晶を狙う。刃はしかし、割り込んだクーに突き刺さる。
「てめぇ! 前に出ろよ!」
 晶が怒り叫ぶが、天牛は当然のように出てこない。鎌腕を引いて、ギギ……と妙な音を出した。恐らく、嗤っている。

 ゾウムシが体を丸め、タックルする。巨体での突撃の速度と圧力に庇う間もなくテンペスタは吹っ飛ばされた。
「ぐぅ……っ!」
 アルミニウムで硬度を増した装甲を叩きつけられ、激痛に、刹那、息が止まった。すぐさま『ばるどぅーる』が飛んで、テンペスタを癒す。 
「今度は私の一撃を、受けなさいっ!」
 立ち上がろうとするゾウムシへ、ジェミは、オウガメタルを「鋼の鬼」と化した拳で殴りつけ、装甲を砕き引き剥がした。
 シヴィルはサン・ブレードを突き立て、開いた傷を更に斬り裂く。
「とぉう!」
 テンペスタは、無駄に華麗な動きで電光石火の蹴りを叩き込み、ゾウムシの体の下から脱出した。
「流石に手ごわいな。それでこそ、我が好敵手という物だ」
 口元からこぼれる血を拭い、無駄に決めている。
 それはそれとして、クーは縛霊手をゾウムシに向け、巨大な光弾を放った。続いてミミックの『どるちぇ』が牙を剥き、果敢に食らいついたが、装甲を破れない。
「どっせい!」
 晶は、地を割る勢いで強く踏み込んだ。ぐるりと身体を半回転させて、ゾウムシへ激しく突き上げた。所謂『鉄山靠』と呼ばれる技だが、グラビティを乗せて放てばその威力は凄まじい。
 もう一撃を入れようとする晶へ、死角から肢を伸ばして、天牛がローカストキックを放った。
「っ痛ってぇな!!」
 振り返った時には間合いを離している。あくまでゾウムシを盾にする気なのだ。
「なんだよこいつ……イラつくぜ」
(「そうしていろ。直ぐにお前の番だ」)
 とにかく、壁役を排除するのみと、雅は縛霊手でもってゾウムシを殴りつけ、霊気で縛る。
 ナノナノが飛んでいる。わかなの『くるり』だ。ナノナノばりあーをクーの周りに張っているのだ。
 
 ゾウムシは呻きとも吠えるともつかぬ低い声音を出し続けている。それが酷く苦し気で、敵対しているとは言え、哀れを覚えてしまう。
 その巨体でゾウムシはシヴィルに伸し掛かった。潰されぬように堪えるのに精いっぱいのところへ口吻を刺し、アルミニウムを注入する。
「こ、この」
 何とかもぎ離すが、アルミニウムに侵された身体が酷く重い。
 ばるどぅーるはシヴィルのところへ飛んで癒している。
「『それは、砕くわ!』」
 ジェミがその声と肉体によってシヴィルを奮い立たせた。同時に、アルミニウムの影響も消し去る。
 ゾウムシはアルミニウムの装甲をさらに厚くしようとする。しかし、シヴィル美施された聖なる結界に阻まれ、アルミニウム生命体の抽出がままならない。
「『この蹴りは叫ぶのがお約束っ。究極っ!! レプリカントキック!!』 」
 テンペスタは大仰なモーションで力強く跳躍、滞空中に無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きを披露した後、ゾウムシに華麗な蹴りを放つ。
「喰らえ! サンライトォッ! フレイムゥッ! ニンジャヒュージシュリケェーンッ! 」
 こっちも叫んでいた。ニンジャの意地か、風太郎は、大技『 燦雷刀斧霊武忍者彪強手裏剣』を繰り出した。巨大な黄金の螺旋手裏剣が出現し、今度こそゾウムシを貫いた。
 高い火力の攻撃をいくつも受けたゾウムシは、文字通り虫の息だ。終わらせてやる時が来た。
「悟空さん、肩を貸して」
 風太郎に合わせ、クーが動いた。
「氷漬けになっちゃえぇ!!」
 クーは全身を震わせて渾身の叫びを放つ。魔力を伴ったハウルでゾウムシを凍てつかせる。それが止めだ。
 ゾウムシは氷漬けとなって砕け、下水の中に倒れた。
「この、役立たず!」
 天牛は、激昂する。脚を延ばしてゾウムシの死骸を踏みつけ、蹴り飛ばした。それは、ケルベロスたちの怒りをいや増すには充分だった。
「てめえ、許せねえ!」
 晶のチェーンソー剣が唸る。モーター音を響かせ、火花を散らして斬りつければ、カミキリムシの甲殻を引き裂いた。
 風太郎は、そう言えばまだ挨拶できてないことを思い出した。
「ドーモ、天牛サン、エイプニンジャでご」
 ざる、まで言わせず、天牛はローカストキックをくらわした。
「ぐはぁ! シツレイの極致!? 所詮虫でござるか!!」
「しょっぱなに奇襲しておいて何言いやがる!」
 挨拶前のバックスタブが一度だけ認められるというローカルルールは、ローカストには通じないのだった。慈悲はない。
「ハナちゃん、お願いね」
 わかなは改めて攻性植物に黄金の果実を実らせた。光の守護は幾重にも重なり、攻撃手たちを護る。


 ジェミは抜刀する。月弧を描いて繰り出す斬撃は、天牛の脆い部分を正確に断ち切った。さらに、そこを、シヴィルがジグザグに斬りさく。 
「仲間を脅してグラビティ・チェインを確保とは、まさに貴様らの外見に相応しい醜い所業だな」
 シヴィルの怒りはいや増すばかりだ。
 テンペスタのフォートレスキャノンが唸りを上げて着弾する。その衝撃が、天牛を痺れさせた。
 また一つ、下水道を照らす光。晶がスターゲイザーを放ったのだ。
 よろめいてたたらを踏む天牛に、何の遠慮も慈悲もない。雅は、グラビティチェインを破壊力に変え、その足に全て乗せて、蹴り上げる。
 幾つもの猛攻に晒され、天牛は間合いを取った。ゾウムシを失って、攻撃に晒されるのが、屈辱的のようだった。
 囀るような、鳴くような、細く甲高い音を出す。斑の触角が蠢いた。空間を振動させて、破壊光線がケルベロスたちを襲った。
 強烈な衝撃波に、肉体のみならず、頭の中まで破壊されるような錯覚を覚える。
「『もう少しだけ頑張って!絶対に助けてみせるから!』 」
 わかなは即座に魂を震わせる歌声で癒し、前線を持ちこたえさせていた。

 ジェミが鋭く撃ち込む拳を、天牛は鎌腕で受け止めた。
 クーの気咬弾が放たれる。追尾するオーラの弾丸を天牛は避けきれず、その体を食い千切られた。
 たたらを踏んだ、その足元で爆発が起きる。雅のサイコフォースによって肢先を抉れさせ、バランスを崩した天牛は、膝をつく。
「くそっ……てめえら、許さねえぞ!」
「お互い様でござる!」
 言い放って、風太郎はフロストレーザーを放った。冷凍光線をまともに浴びて凍てつく。続けざまに飛び込んだ、わかなのスターゲイザーを、それでも受け止め、鎌腕で強引に叩き落としてしまう。
 
 怪音波を発する。追い込まれた天牛は、全ての力を叩きつけてくるようだった。荒れ狂い襲い掛かる破壊光線は、あらゆる守りがあってなお、重いダメージを与えて来る。
「ゲートを壊された時点で貴様らの敗北はすでに決まっているのだ。醜い抵抗をやめて、大人しくその首を差し出すが良い!」
 シヴィルは刃を閃かせて、天牛を切り刻む。その体液が激しく飛沫いて、彼女を濡らした。
「醜い……っ」
 嫌悪に顔をしかめる。
「レプリカントパンチっ!!」
 テンペスタは腕を高速回転させて天牛に拳を叩き込む。
「もう一回! どっせぇい!」
 晶は全力で『まじかる☆鉄山靠』を放つ。全身全霊で体をぶつけるその威力は凄まじく、殺しきれるものではなかった。天牛は壁にめり込む勢いで叩きつけられる。
 クーは「ブラッドスター」を歌い上げ、仲間たちを癒す。
「私の中に眠る魂よ、力を貸して!」
 終の爪撃を。この卑劣なローカストから、黙示録騎蝗から、故郷を守るために。願う雅の、その手に巨大な剣が現れる。
「『この剣撃で積尸気へ旅立て! アルタルフ・アクベンス!』」
 爆縮の速さで間合いに踏み込み、その刃を振り切った。二つの恒星を結ぶように斜めに斬り下ろす。
 魂すら霧散させる剣威をもって、カミキリムシの胴体を斜めに両断する。
 その心臓に重力の鎖が打ち込まれ、砕けた。 


「ち、畜生……こん、な……とこ、ろで……」
 泣き別れた胴体がばしゃりと水飛沫を派手に散らし、汚水に沈む。虫の身体は、そのまま暫くの間、もがき這いずっていた。
 卑怯なローカストの死にはなんの憐憫も感じない。だけど、その隣に伏したゾウムシ、そして、持っていたいくつものコギトエルゴズム。
 使い潰される命には誰しも思いを馳せずにいられなかった。だけど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「敵将…ここに討ち取ったり、ね!」
 ジェミは拳を上げて、高らかに宣言する。
 下水道での戦いはこれで、終わりだ。

 用意したゴムボートを膨らまし、飛び乗って。急ぎ下水道を越えて、イェフーダー戦へと向かう途中で、決着のついたことを知らされた。
「間に合わなかったね……」
 クーは肩を落とす。無意識に手をやって、まだ髪を結びなおしていないことに気付いた。
 それでも、自分たちの手で広島を守ったことに変わりはない。今は、勝利を喜ぶ時だろう。

「あーあお腹すいちゃったなぁ……」
 いっぱい戦って、頭使って、わかなはお腹がペコペコなのだ。
「ねーねー! 誰か広島風お好み焼き、一緒に食べにいこー!」
「ああ、じゃあ、美味しいお店教えてあげるよ」
 雅は広島市民だ。ガイドブックに載らないあの店で、皆と祝杯を挙げるのも悪くない。
「ほんとー!? あ、あとあなご飯とか、食べたーい!」
「あなご飯の店は、ここからだと遠いなあ……まあゆっくり行こうか」
「では拙者もお相伴するでござる」
「あ、ボクも行きたいな!」
 2人が行くならと、クーも言い出し、俺もわたしもと、結局皆で行くことになった。

 路面電車に乗って移動する。
 幾分ゆっくり目に走る、普通の電車やモノレールとは違う、少し変わった乗り心地だ。
 その分、風景がよく見える。穏やかに流れる川、賑やかな街並み、行きかう人々。
 ケルベロスたちは、また一つ、その風景を守ったのだ。
 
 暗渠での激闘をくぐり抜けて戻った地上で浴びる陽光は、一層眩しく感じられた。
  

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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