黙示録騎蝗~闇に潜むもの

作者:さわま


 人の近寄る事の無い深い森の奥。
 そこに土を盛って造られた簡素な住居の立ち並ぶローカストの集落があった。
 その集落から、縄に縛られたローカスト達が続々と姿を現し、列を成し何処かへと向かっていく。
「いいかァッ! ストリックラー・キラーの前で抵抗は無意味だ。逃げ出そうとすればこの場で容赦なくブッ殺すッ!」
 列を監視していたコオロギのような形態のローカストが威嚇するように列を睨みつける。
 その言葉に大人しく従い、とぼとぼと歩みを進めるローカストたち。この先に待ち受ける運命を知ってか全員が悲痛な表情を浮かべていた。
「しかしシケた集落だ。後で別の集落からも徴収が必要だな……オラッ、ノロノロ歩いてんじゃねぇ!」
 コオロギ型のローカストが苛立たしげに近くを歩いていたローカストを蹴り倒す。
「何だ、その反抗的な目は? お前らのような役立たずのグラビティ・チェインを次の作戦に有効利用してやろうというのによォ!!」
 地面に倒れたローカストに怒号を浴びせ何度も何度も蹴りつける。
「黙示録騎蝗に身を捧げられる名誉を少しは理解できたか? このゴミがッ!」
 蹴られ続け、ついに地面に伏したまま動かなくなったローカストに唾を吐きかける。
「チンタラしてるんじゃねェ! お前たちもこうなりたいのか、ウスノロ共がッ!!」
 そして彼の蛮行を怯えた目で見ていた周囲のローカストたちをギロリと睨みつけるのであった。

「さて、準備は上々か」
 コオロギ型のローカストが施設に連行したローカストたちから得たグラビティ・チェインに嬉々とした表情を見せる。
 その背後ではグラビティ・チェインを搾り取られる苦痛に呻く同胞であるはずのローカストたちの絶叫が間断なく木霊していた。
「ギャ八八ッ! 弱いヤツらの呻き声ってヤツは最高だなァ!! 次は人間共の番だ」
 苦しむ同胞を眺め、楽しそうに大笑いをする。その声は歪んだ悦楽に満ちていた。
 

「ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)殿の調査により、太陽神アポロン配下のローカスト達が、下水道から侵入して広島市を制圧する大作戦を行おうとしている事が判明した」
 集ったケルベロスたちに、山田・ゴロウ(ドワーフのヘリオライダー・en0072)が緊張した面持ちで説明を始める。
「この作戦は特殊部隊『ストリックラー・キラー』によって実行される。連中の所持する多数のゴギトエルゴスムを利用した作戦で、まずその一部をグラビティ・チェインを枯渇させた状態で復活させ配下とし、下水道から広島市の市街地に共に進入。そして、市街地で人間を虐殺。そこで得たグラビティ・チェインを利用して多数のゴギトエルゴスムを枯渇状態のローカストに変え、戦力を雪だるま式に増強して一気に市内全域を制圧。しかる後に市民数十万人の虐殺を行うつもりだ」
 以前ストリックラー・キラーは今回と同様のグラビティ・チェインが枯渇状態のローカストを利用した作戦をケルベロスによって阻止されている。個別の襲撃では再びケルベロスに阻止されると踏んで、今回の大規模な作戦に及んだのではとゴロウは推測を述べる。
「今回の作戦は指揮官のイェフーダーも含めて、 ストリックラー・キラーの総力を結集して行うようだ。こちらが事前に敵の作戦を察知できたおかげで、地下下水道でヤツらを待ち受けることが出来る。敵は市内全域を同時に襲撃する為に分散して行動する。貴殿らのチームはストリックラー・キラーのローカストとその配下の枯渇状態のローカスト、計2体の迎撃をお願いしたい。同時に2体を相手にする事になるが、市街地への進入を許せば多大な被害が生じる。最善を尽くして欲しい。」
 そして言葉を続けるゴロウ。
「そして、もしも速やかに敵を撃破することが出来た場合は、指揮官のイェフーダーの撃破に向かって欲しい。イェフーダーは下水道の中心点で作戦の成り行きを見守っているので複数のチームが多方面から包囲する形で退路を立てば撃破も可能だ。イェフーダーを撃破できれば、今回のような作戦を実行する手駒が居なくなり、ローカストの動きを制限できるはずだろう。よろしく頼む」
 
 さらにゴロウが敵の戦闘能力についての説明を始める。
「貴殿らに相手をしてもらうストリックラー・キラーのローカストはコオロギのような形態の個体で、音波を利用したグラビティで攻撃を仕掛けてくる」
 正面からの戦いよりは搦め手を得意とするタイプのようだ。
「一方の枯渇状態のローカストは甲虫形態のローカストで通常のローカストのグラビティを使用する。枯渇状態の為にまともな思考は出来ないが戦闘能力は低く無い」
 こちらは正面からの殴り合いを得意とするタイプだ。
「コオロギ型のローカストは甲虫型のローカストを前面に立たせ、自分は後方に下がり、こちらの弱点を突いた攻撃を仕掛けてくる」
 これは能力の適正以上に敵の性格によるものだとゴロウはいう。
「敵は弱者をいたぶる事に愉悦を感じる歪んだ性格をしている。比較的安全な後方から貴殿らが苦しむ様を見ようという腹積もりだろう。配下のローカストを消耗品のように使い捨てる事に何ら罪悪感を感じる事は無い。この外道に然るべき報いを与えてやってくれ」
 
 最後にゴロウがケルベロスひとりひとりに信頼の目を向ける。
「ヤツらの企みを退け、広島の人々の生命を守る事が出来るのは貴殿らだけだ。どうかよろしくお願いしますだよ」


参加者
ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)
森沢・志成(なりたてケルベロス・e02572)
奏真・一十(あくがれ百景・e03433)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
マチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332)
ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)
黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ


 広島市の地下。下水道を進む2体のローカストがいた。
 彼らの手元の光源で照らし出されるのは数メートル先のみ。周囲は闇に覆われていた。
 彼らの歩みに合わせくるぶしまで浸かった汚水が跳ね、バシャリと水音が闇の中に消えていく。
「しかし大量の人間をブッ殺せるなんて今回の任務はサイコーだぜ」
 喜びを抑えきれないとばかりにコオロギ型のローカストが弾んだ声を上げる。
 と、その時だった。
 突然の前方からの強い光がローカストを照らし出す。
 同時にこちらへと向かう数名の人影。
 ザバッ、ザバッと次第に近づく水音が、想定外の状況に驚くコオロギの耳に届く。
「ハッハッハッー! 待っていた、であるよ!」
 その水音を掻き消すようにガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)の豪快な声が下水道に響き、一拍遅れてドンッというショットガンの爆音が続く。
 それを戦闘開始の狼煙とばかりに森沢・志成(なりたてケルベロス・e02572)、妻良・賢穂(自称主婦・e04869)、ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)が一気にローカストへと距離を詰める。
「ケルベロスか!? オラッ、ボサっとしていないでヤツらを始末しろ」
 状況を把握したコオロギが飢餓状態で呻き声を上げ続ける甲虫型ローカストを3人にけしかけ、自分は後方へと下がっていく。
 後ろに下がる敵の姿を多機能ゴーグルの視界の端に捉えた志成だが、慌てる事なく拳銃の照準を目の前の甲虫へと向ける。
「まずはコイツから。作戦通りにいきましょう!」
「了解ですわ」
「ええ、手筈通りに」
 同じく甲虫へと狙いを定める賢穂とジャック。
 3人の放つ弾丸と炎の雨が次々と迫る甲虫に降り注ぎ、その身体が炎に包まれる。
 しかし甲虫は苦悶の叫び声を上げながらも賢穂に接近。力任せに振り回した腕が彼女をとらえ、後方へとその小柄な身体を吹き飛ばす。
 と、即座に翼を広げたマチルダ・ベッカー(普通の女子大生・e09332)が賢穂をキャッチ。勢いをうまく殺して地上へと降り立つ。
「大丈夫ですか~?」
「ありがとう、助かりましたわ」
 ふわりとしたマチルダの笑顔にニッコリ答える賢穂。
 すると前方の何かに気づいたマチルダの表情が一瞬で引き締まる。
 直後に耳をつんざく爆音がマチルダを襲い、背中の翼の羽が衝撃で宙を舞う。
 それはコオロギから放たれた指向性の破壊音波による攻撃だった。ショックで足元をフラつかせるマチルダを今度は賢穂が慌てて支える。
「2人とも無事か!? すぐに回復する! サキミも頼むぞ」
 奏真・一十(あくがれ百景・e03433)が相棒のボクスドラゴンのサキミと共に2人の治療に当たっていく。
「ムムッ、痛烈な一撃であるな。私も治療に加わるべきか?」
「頼みます。ヤツへの攻撃は我々が」
 ショットガンを放つ手を止めたガルディアンにジャックが頷く。
(「コイツも厄介だけど、後方の敵を自由に動かすのはマズイな」)
 暴れる甲虫の攻撃をかい潜りながら、志成が状況を冷静に分析する。
「オラッ! 1匹ずつ嬲り殺してやるぜ」
 前方で暴れる甲虫とケルベロスたちを見て、下卑た笑い声をあげるコオロギ。
「……汚い声で囀るねぇ」
 コオロギの背後から黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)の声が。
 次の瞬間。闇の中から瓔珞が姿を現し、黒い業火を纏った蹴りをコオロギへと撃ち込む。
 更に追い討ちをかけるようにコオロギへと炎弾が飛来。
 炎がその身体を包み込み、周囲の壁を紅く照らし出す。
「松明代わりになりそうだな……お似合いだ、虫野郎」
 燃え盛るコオロギの前に炎弾を吐き出したガドリングガンを構えたウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)が現れる。
 前方の甲虫へのアタッカー陣の集中攻撃に加えて、後方のコオロギへは少数による牽制攻撃を敢行する。先ほどの志成の懸念は既に作戦の中に折り込み済みであった。
 こうして戦いはケルベロスたちの想定通りに進んでいくのであった。


 戦闘開始から3分が経過。
 チラリとタイマーを確認したマチルダがその視線を前方で激しい争いを繰り広げる甲虫と仲間たちへ戻し、攻撃態勢へと入る。
 と、シャーマンズカードを展開しようとした矢先、腕に痛みが走り思わず顔をしかめる。
「先ほどの傷か? 余裕があればしっかり回復したい所なのだが……済まんが堪えてくれ」
「心配無用です! 戦いに支障はありませんから」
 回復役の一十の声に、マチルダは大丈夫だと笑ってみせる。
 攻撃的な布陣での短期決着を狙うケルベロスたち。作戦の前提からして十分な回復力を確保する事は不可能であり、回復役の一十には限られた回復力で戦線を支えるという厳しい判断が求められていた。
 それをマチルダも分かっているからこそ、決して泣きごとを言ったりはしない。
「想いを力に! カードよ、応えて!」
 自分は強い人間ではないが、仲間と人々の為に勇気を奮い立たす事は出来る。
 そんなマチルダの想いに応えるようにカードが光を放つ。
「その槍を持って、我らが前に立ち塞がる敵を貫け! フロスト・ランスナイト」
 光を放つカードが宙へと展開。虚空より氷の槍を構えた光の騎士達が出現し、一斉に前線の甲虫へと突撃を開始する。
「チャンス到来ですわ!」
 騎士の猛撃に気圧された甲虫に賢穂が目をキランと光らせる。
「この機を逃したりはいたしません! わたくし、優秀な主婦ですもの!」
 まるでスーパーのタイムセールに挑む奥様方のように鋭い目を甲虫へと向けると、手にした鈍器を容赦なく叩き込んでいく。
 更にたたみかけるようにウルトレスが愛用のバッケンリッカー社のカスタムエレキベース『BIC4003/UC Model』へと指を走らせる。
「サイレンナイッ、フィーバァァァァッーー(Silent Night Fever)!!!」
 もはや弦を弾く指を目で追う事が困難な超絶技巧が炸裂。疾走感溢れるデスラッシュ・サウンドが響き渡り、仲間達の精神と身体を活性化させていく。
「ゴキゲンなサウンドであるな! イャァアア、ハァッ! であるよ!」
 ガルディアンがテンポに合わせてショットガンを乱射。甲虫の身体に散弾が次々と食い込んでいく。
 攻撃の勢いに圧され完全に足の止まった甲虫の前に、今度は拳銃の銃口を突きつけた志成が現れる。咄嗟に前方へのガードを固める甲虫に対し、志成はその銃口を甲虫から外し銃のトリガーを何度も引いていく。
 すると多方向へと飛び散った弾丸が周囲の壁で跳弾。狙いを外すことなく続々と甲虫の無防備な側面や背中を直撃していく。
「ここは壁だらけですからね。その無防備な背中、撃ち抜かせて貰いました」
 苦しみ悶える甲虫を見て、志成が空の弾倉を交換しながらフウと息を吐いた。


「『毒霧散布(パラメディカル)』」
 一十の手から伸びた攻性植物が前衛陣へと何やら毒々しい色の粉末をばら撒く。
「クサッ!? これは何だ、鼻が曲がりそうであるぞ!?」
 あまりの異臭に驚きの声を上げるガルディアン。
「経験上無害である、堪えてくれ!」
 それは一十が各地を放浪する中で身につけた知識と経験に基づき調合した薬であった。
 専門的な知識に依らない実体験から生み出された代物ではあるが、その効能は確かなもののようで敵の攻撃による状態異常を立ち所に癒していく。
「……チッ」
 態勢を立て直す前衛陣の様子を見てコオロギが不愉快そうに舌打ちをする。
 暴れるしか能の無い手駒が前線を荒らしている内にケルベロスたちを嬲り殺すつもりでいたが未だ有効な手立てを打つ事が出来ていない。そして手駒の消耗が随分と早い……。
「動きが雑になってきたねぇ……焦っているのかい?」
「……黙れ!」
 周囲を飛び交い斬撃を繰り出す瓔珞の、心の内を見透かすような言葉に思わず声を荒げる。
「あと少しであるな、ここが踏ん張り所であるよ!」
 ガルディアンが動きの鈍くなった甲虫にショットガンを向けてトリガーを引く。
「ヌァッ、弾切れか!?」
 ガチャッと間抜けな音を上げるショットガン。その隙に甲虫が眼前に迫る。
「一旦距離を取るんだ!」
「援護します!」
 慌ててウルトレスと志成が甲虫へと銃口を向ける。
「問題無い! 弾が無いならこいつで殴れば良いのであるよ!」
 豪快に笑ったガルディアンがショットガンを振りかぶり、迫る甲虫の胴体目掛けその銃身を力一杯打ちつける。
 その行動に一瞬呆気に取られたウルトレスと志成であったが、すぐに気を取り直し畳み掛けるように攻撃を繰り出していく。
「これで決めますわ! 『主婦的害虫駆除術(ゴキスレイヤー)』!」 
 どこからか丸めた新聞紙を取り出す賢穂。甲虫とすれ違い様に必殺の一撃を繰り出す。
 ――スパァアアン!
 下水道に小気味のよい音が響き、直後に上がる大きな水音。
 賢穂の背後に息絶えた甲虫が横たわっていた。


「折角復活させてやったというのに、役立たずが!」
 コオロギが動かなくなった甲虫にイラついた声を上げる。
「こんなヤケクソ紛いの行動が成功すると思ったのか? 俺たちをナメるな」
「仲間を平気で犠牲するような計画……理解できませんし、したくもありません」
 ウルトレスや志成を始めケルベロスたちがコオロギを取り囲むように包囲していく。
「計画は筒抜けという訳か。だが、こっちには手段を選ぶような余裕は無いんだよ! 全ては種族を守るという大義の為の犠牲だ」
 コオロギがギロリと志成を睨む。
「軽い言葉だねぇ。本心じゃ大義とか、そんな事は微塵も考えて無いんだろう?」
「主星の為と心身を捧げたお前の同胞たちの覚悟には幾許か感じるものがあったが。お前のうすら寒い建前には何の価値も見出だせんな」
 肩をすくめる瓔珞に、白けた眼差しを向ける一十。
「ハンッ、それもお見通しかよッ! 弱いクソ共は強者に従うのが当然だろうが! お高く気取った偽善者共が、ブッ殺してやる!」
「それが本音ですか? 私はお前みたいな性悪の鼻っ柱を圧し折るのが大好きなんです。……ヤレるものならヤッてみやがれ、この虫野郎」
 吐きすてるようにジャックが言うと、そのカボチャ頭から地獄の炎が噴き出す。
「ここが年貢の納め時ですわ!」
 賢穂の言葉を皮切りに攻撃を開始するケルベロスたちであった。


 甲虫が倒れてからおよそ3分が経過していた。
 ケルベロスたちの前には息も絶え絶えといった状態のコオロギの姿があった。
 瓔珞とウルトレスが与えていた【炎】のバッドステータスの影響もあり、甲虫撃破以前から敵にはまずまずのダメージが蓄積されていた。
 それが短い時間でコオロギを追い詰める事に繋がっていたのだ。
 勿論、ケルベロスたちへのダメージもそれなりに蓄積している。しかし、敵に残された猶予はそれ以上に少ない。
「クソッ、偽善者共が」
 コオロギがジャックへと摑みかかる。2人はもつれ合うように汚水の中をゴロゴロと転がり、とっつかみ合いを繰り広げる。
 やがてコオロギの上に馬乗りになったジャックが口を開く。
「先日、広島の街で美味しいお好み焼きと地酒を出してくれる店を見つけまして……そこが無くなるのは私とても困るのですよ」
「突然何を……?」
「だから、その店を台無しにしようとするお前に、腹が立つんだよ……『魂を焼べる炉(フォルナーチェ・ブルーチャ・ラ・アニマ)』」
 ジャックの身体から噴き出した地獄の業火がコオロギへと燃え広がる。たまらず叫び声を上げるコオロギ。
「グギャァッ! 放せェエエッ!」
 それでも最後の力を振り絞りジャックを跳ね退けフラフラと立ち上がる。
「そろそろ終わりしよう……永遠(トワ)の霊(タマ)持つ異界の神よ――」
 深く呼吸を吐いた瓔珞が腰に差したふた振りの刀に手を掛ける。
「汝が此の世に在るならば、我は神とて殺してみせよう――『葬神侘助』」
 ――ザッ!
 音よりも速く、瓔珞の斬撃の乱舞が傷ついたコオロギの身体と命を切り刻む。
 続いてポチャンという水音。
 見れば切り落とされたコオロギの首が汚水の水面にプカプカと浮かんでいた。


「マチルダさん、所用時間は?」
 志成の言葉にマチルダがタイマーの表示を見る。
「およそ7分です~」
「さあ、イェフーダーの元へと急ぎましょう!」
 仲間へと振り返る賢穂。
「その前に、こいつを破壊しないとな」
 ウルトレスの手にはコオロギが持っていたゴギトエルゴズムがあった。
 と、その時。息絶えたと思われたコオロギの目がゴギトエルゴズムを向き口元が歪む。
「……全て回収できた……と、……思うか?」
 掠れた声でそれだけいうと、その首は動かなくなる。
「最後まで不愉快なヤツだ」
 ジャックが絶命したコオロギの首を掴み腹立たしそうに近くの壁に叩きつける。
「……どう思う?」
「ゴギトエルゴズムを戦闘中にうっかり水中に落とすなどの可能性は否定しきれんが……まずあり得ない話であるぞ?」
 ウルトレスの問いかけにガルディアンが首をひねる。
「僕たちが親玉の元に向かおうとしていたのは聞かれてたみたいだし、十中八九、時間稼ぎのハッタリだろうねぇ」
 瓔珞が頭をボリボリと掻き、ため息を吐く。
「ならば、わたくし達の取るべき行動は決まっていますわ!」
 迷う事無く賢穂が言った。


「やっぱり見つかりませんね……賢穂さん本当にこの選択で良かったのですか?」
 汚水の中から手を放し、志成がため息をつく。
「近い将来に広島在住の素敵な旦那様が出来て、バラ色の新婚生活中に旦那様が下水から出現したローカストに襲われるような事があればたまったものじゃありませんわ!」
 そんな予定は今の所全く無いが、それでも賢穂がキッパリという。
 万が一でも人々を危険に晒す可能性を無くす為に、イェフーダーの撃破を他の仲間に任せ、全てのゴギトエルゴズムを破壊する選択を選んだのであった。
 たとえ敵の最期の言葉が無くても、完璧を期すならば彼らは同じ事をしていただろう。
「ええいっ、サキミよ! さっきから不満そうな顔をこちらに向けるでない!」
 いつも以上のジト目をこちらに向けるサキミに困惑気味の一十。
「朗報だ。今しがたイェフーダーの撃破に成功したと連絡が来た」
「良かった。私たちの勝利ですね~」
 ウルトレスの報告にマチルダが嬉しそうな笑顔を見せる。
「しかし折角の敵将の首級を上げる機会、残念でないのであるか?」
 ガルディアンの言葉に、目をパチクリとさせたマチルダが首を振る。
「これも、人々を守る大切な任務ですから」
「ハハハッ、その通りであるな!」

 もしもゴギトエルゴズムを破壊する選択を取らなければ、彼らもイェフーダーの元へと駆けつけていたかもしれない。
 しかし、彼らの選択は決して間違いなどでは無いだろう。
 それは単に敵を撃破する以上に人々の生活を守る事に繋がる尊い選択といえた。

作者:さわま 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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