黙示録騎蝗～餓蟲、地の底より来たりて

■リプレイ

●敵陣突破
　ライトの光に、無数の影がもつれ合う。
「この先へは、行かせません！」
　湯島・美緒（サキュバスのミュージックファイター・e06659）の爆炎が弾け飛び、オニヤンマの巨躯が火炎に包まれる。
　その背後から閃くのは、毒液を滲ませた針。
　リヴィ・アスダロス（魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130）の槌、暴撃【墜滅】が、それを受け止める。
　睨み合うジガバチに、リヴィは尋ねた。
「一つ確認しておきたい……今回の作戦で必要なグラビティ・チェイン、どう集めた？」
「その目……察しは、ついているようだ。これは同胞たちが与えてくれた、最後の力よ！」
　その返答に、怒りを体現した轟竜砲が火を噴いた。爆炎がジガバチを押し返すも、合わせたように脇からはオニヤンマが飛び込んでくる。
　だが。その足元には、すでに一人の機人の影。
「ローカストの世界は弱き者は強き者の餌にしかなれぬというのか。とことん胸糞が悪いな、貴様ら……知性は何の為に手に入れたものやらな」
　先行量産型・六号（陰ト陽ノ二重奏・e13290）が編み上げた黒い狼は、その怒りを牙に変えてオニヤンマの足に喰らい付く。
　そして反対側には、一人の娘。その右手を、輝く軽銀で覆って。
「別に私は貴方達のやり口に何か言うつもりはないわ。その欲望にも、敬意を払う。ただ、ここは通せない。それだけは確かね」
　デジル・スカイフリート（欲望の解放者・e01203）の戦術超鋼拳が、足を止めた脇を打ち抜く。
　怒りに燃えるオニヤンマの突撃を、流水・破神（治療方法は物理・e23364）が受け止めて。
「そうだ、来やがれよ……！　俺様は殴り合いが出来れば良い……！」
　揉み合う破神の脇から跳躍するのは、リモーネ・アプリコット（銀閃・e14900）。
「いよいよなりふり構わずに行動を起こしてきましたね……！　しかし、同胞から生きる力すら搾り取ってなお、護衛は一人……」
　その刃は足首を裂き、更に脇から飛んだ女の体当たりが巨躯を押し飛ばす。
「レイダーと比べると、随分違うものだと思ったけど。可哀想に。そんな非道の策を打ってなお、確保できた戦力はたったそれだけなんて」
　烏夜小路・華檻（夜を纏う・e00420）の瞳は、見下すというより慈しむような皮肉に溢れてジガバチを見る。
「黙れ！」
　ジガバチが放つ破壊の音色は、耳を破らんばかり。それに対するは、ミズーリ・エンドウィーク（ソフィアノイズ・e00360）の即興和音。
「ヨウコソ広島へ。歓迎するよ。といっても、仲間を見捨てた冷血女に、気取ったセリフは難しいかな？」
　癒しの声音で、引き裂かれた前衛の傷を塞ぎつつ。
「無名の女一人、前にも出れずに人任せにして、楽な仕事に終始する……そんな性格じゃな」
「非道に徹しようとも、勝たねばならぬのだ！　奴らを突き崩せ！」
　酷薄な叱咤に、血みどろのオニヤンマが起き上がった。
　雄叫びと共に、譲れぬ意志が、衝突する。

　闘いが始まり、六分ほど。
　翅を広げたオニヤンマの突進が、前衛に迫る。
「……不退転の連中は、貴様等の切捨てた者達の為、命を賭して戦っていた……！　奴らの誇りを踏みにじるやり方、認めてやるわけにはいかん！」
　飛び出したリヴィが体を張って、仲間たちを致命的な衝撃から護り抜く。
「強い。が、前よりぬるいぜ……チッ、使える札から磨り潰してやがったな？　とことん、俺様の楽しみを潰しやがって！」
　その援護で顎下に飛び込むのは、破神。渾身の地裂撃は、上向きの掌底となってオニヤンマの顎を打ち抜いた。
「……！」
　巨躯は天井に跳ね返り、汚水の中へと滑落する。オニヤンマの首が、あり得ない方向に捩じれていた。もう、動きはしない。
「馬鹿な……！　役立たずが！」
　護衛を失い、もはやジガバチに勝ち目がない。ならば、走り抜けて任務を果たすしかない。
　だが。
「アンタの出番はココで終わりさ、三文役者！　笑顔の分からない連中に、好き勝手させるのはゴメンだ！　それを守るのが、あたしのお仕事だからな！」
　ミズーリの渾身の癒しが、血を吐いたリヴィの気力を支えた。身を捻って針の直撃を避け、走り抜けようとしたジガバチを引き倒す。
　飛び散った宝玉が、汚水の流れに散らばった。
「コギトエルゴスムが！　は、放せ！」
　その背後に、フィルムスーツの女が着水する。暴れるジガバチの首を、まるで抱擁するように抱きしめて。
「最後のスキンシップ……せめて、楽しんで」
「……！」
　鈍い音が、響く。
　華檻が手を放すと、ジガバチもまた首の捩じれた死体となって、汚水の中をゆるゆると流れていった……。

　息が切れ、膝が折れる。ディフェンダーの傷は深く、後衛を含めた全員が浅くない傷を負っている。だが。
「全員……無事だな！　と、いうことは……」
　逸る気を抑えて呟くのは、六号。
　リモーネが急いで地図を開き、闇の向こうにライトを向ける。
「継戦です……！　行きましょう。連絡は？」
　デジルの携帯に映るのは『送信者：白神・楓』の文字。
「撃破成功が一通。私達は早い方みたい。こちらも送信するわ。六号くん、長靴を出して。小細工を打つより、全力で走った方が速い」
　番犬たちは走り始める。
　目指すは、イェフーダーの首一つだ。

●本陣突入
　戦闘の音が響いてくる通路を息を切らして走り抜け、遂に八人は下水最奥に飛び出した。
　目に入った光景は……。
「イェフーダー！」
　見えたのは、しゃがみ込むようにして作業をしている巨躯の蟷螂。自分たちはその左手側に出た。
　だが奴は、誰とも闘ってはいない。では、あの音は……。
　リモーネが、叫んだ。
「後ろ！　護衛がいます！　敵影、四体！　しかもあれは……植体のディクトデア！」
「例の副将か！　味方が押されてるぞ！」
　リヴィの視線の先では、先行部隊がディクトデア率いる三体の蟷螂と激突している。しかし、立っているのは半数ほど。撃滅されるのは、時間の問題だ。
　自分たちは、計らずもその闘いの最中、大将の横腹を突いたらしい。
　更にデジルの目が、反対の通路から飛び出す複数の影を捉える。
「あれは味方……！　イェフーダー右手側より、こちらの増援。敵護衛は後方、先行部隊と戦闘中。奴は孤立してる……狙えるわ！」
「気を付けて！　イェフーダーが何かの準備をしてたみたいなの！」
　崩壊する先行部隊の誰かが、そう叫ぶ。彼らは、すでに限界を超えた。もはや、助けは間に合わない。
　ならば。
「ここは総攻撃ですわ！　大将首にね！」
　華檻が、叫ぶ。
　飛び出す六号と美緒を先頭に、番犬たちが跳躍する。
「何か企んでいるな、イェフーダー……！　だが、追い詰められた悪党の悪あがきが、実を結んだ試しなし！　覚悟！」
「イェフーダー！　今更アポロンに従ってももう詰んでいることぐらい分かっているでしょうに、何があなたをそこまでつき動かすのです！」
　氷結の光線と御業の業火が、もつれ合うように飛び出した。
「ようやく会えたわね、イェフーダー！」
「さぁ、今度はお前らが虐げられる番だ！　今更何をした所で無駄だよ！」
　呼応するように、反対側から飛び込んだ仲間たちが、轟音を立てて銀閃を落とす。
「ググゥッア！」
　呻きさえも押し潰す、十六人の奇襲攻撃。その全てが、蟲将イェフーダーへと殺到する。
　汚水が跳ね上がり、蒸気と冷気が視界を覆った。
「やった……でござるか？」
　それは、呼応した班の呟き。
　だが。
「雑魚どもめっ！　邪魔をするな！」
　裂帛の気合と共に、蒸気が弾け飛んだ。巨大な目を爛々と輝かせ、捕食形態を取ったイェフーダーが、その中から姿を現す。
「戻れ！」
　先行部隊を撃退したディクトデアが、三体の蟷螂を従えて大将の周囲に展開する。
「イェフーダー、邪魔者ハ俺達ニ任せロ。お前は、自分がなすべきことをするのダ」
　そう言って、後方の二体の蟷螂を、右手側の部隊に差し向ける。
　美緒が思い出すのは、あの光景。
「ディクトデア……お久しぶりです。あの奇襲戦の折には、あなたたち二人にお世話になりました」
「その顔、戦場で見た覚えがアル。いいだろウ。一人来い。こちら側から、片付けル」
　一体の蟷螂を従え、ディクトデアは先の闘いで受けた傷を、茨を伸ばして補修する。
「デジル様……連絡は？」
　華檻が、尋ねる。
「来てるわ。次々に」
「そう……では、ここは私たちが、泥臭い役目を担うところですわね」
　目に映る敵将の強大さはジガバチどもの比ではない。更に部下もいる。
　今度は、こちらが噛み締める番。
　勝ち目は、ない。と。
　それでも、意志と決意を込めて、六号が叫ぶ。
「わしらのすべきことは一つ！　先の部隊が奇襲の道筋を開いてくれていたように！　貴様を討って、続く仲間の道を作ることのみ！」
「雑兵どもガ！　我が茨ヨ！　全ての枷を外ス！　喰らい付くセ！」
　鞭打つような音を立て、ディクトデアが右腕の茨の力を解放した。
　突撃してくる棘刃の怪物を、八人の番犬が迎え討つ。

●砕け散っても
「影狼、噛砕……！　喰らい付けっ！」
　六号の放った黒狼の式神が、敵将の足元にその牙を立てる。
「無駄、ダ！」
　馳せ合った瞬間。
　ディクトデアの刃が六号の腹腔をぶち破り、その背から血の霧を噴き上げていた。
「放す……なよ。黒狼……絶対、に……！」
　一撃。
　喰らい付く呪いを穿ちながらも、一撃で。
　六号の姿が、汚水に沈む。
　だが番犬たちは止まらない。六号が倒れた隙を突き、脇を固める蟷螂が放つ破壊音波を駆け抜けて。
　デジルの蹴りがディクトデアの肩を打ち抜いた。
「小癪ナ！　死ネ！」
「誘いとしては武骨すぎる文句ですわね……被虐の楽しみも嗜んだらいかがかしら？」
　その後ろに、華檻。ジガバチの時に同じく、その首に手を回し、鈍い音を響かせる。
　ごきり。
「……！」
　だが同時に、華檻の体を花の牙が突き破っていた。
「傷モ痛みモ……コイツが喰らウ！」
　折れた頸椎に代わり、飛び出すのは茨。華檻の肢体が、頽れる。
「これだから……お堅い男って……つまらない……」
　だがその間も、番犬たちの攻撃はディクトデアに殺到し続ける。
「副将ディクトデア！　我が力！　冥途の土産とするがいい！」
　咆哮と共にリヴィの轟竜砲が炸裂し、ミズーリの癒しは破壊音波の余韻を砕く。邪魔立ては、させぬとばかりに。
「チィッ……！　がむしゃラに畳みかけル気か！」
　ディクトデアが、破損した体を茨を生やして補っていく。だが次には、破神の地裂撃がその顎を打ち抜いていた。
「多人数でボコるのは好みじゃねえが……てめえほど強いなら、殴りがいもあるってもんだ！」
「こいつを殺セ！」
　部下の蟷螂が、突っ込んでくる。その鎌が、破神の脇腹を刺し貫いた。
「ハッ……！　最近は……良いとこで水を差されてばかりだ……敵にも、味方にも、だぜ。クソが……」
　破神の意識は、脇を駆け抜けてくる後続部隊の影を焼き付けて、汚水の下へと沈んだ。

　後続部隊、到着。
　飛び込んでくるのは、七人。
「まだ諦めてはいけません！　私達も一緒に戦います！」
　銀髪のオラトリオの娘が飛ばしたブラックスライムが、ディクトデアの脇腹に喰らい付いた。
「新手が来たカ！　だが、何人来ようトモ！」
　その破損を茨で補い、連続の刃撃がその娘を切り払う。弾き飛ばされた娘は、壁に激突して崩れ落ちた。
　新たに来る者たちにも、手負いでない者など一人もいないのだ。
　敵の連携が崩れた瞬間、デジルが返すは手短な指示。
「脇の蟷螂を潰して。こいつは、私たちが……必ず、殺すわ」
　もはや、耐えるという選択肢はない。ならば。
　仲間はディクトデアへと特攻し、部下の蟷螂に後続部隊が殺到していく。
　傷だらけのリヴィが、雄叫びをあげながらその拳を捩じり込む。ディクトデアの細い足が抉り取られ、その姿勢が崩れるも。
「足モ、腕モ、命さえモ！」
　リヴィの追撃は、傷から弾けた茨に、絡み取られた。
「……！」
「必要ナイ！　勝ちさエすれバ！　それでイイ！」
「化け物が！」
　茨が、全身から針のように飛び出した。身を捻ったリヴィを、もう一方の剣が斬り飛ばす。
「ココで……死んでモ！」
　その前に立つのは、美緒。
「己を捨てる覚悟、ですか。あなたとは、あの戦場以来の縁。短くも、長くも思っていました。それも、ここで終わりそうですね」
　微笑みが一瞬、その口元に浮かぶ。
　美緒はギターをかき鳴らした。全霊の速弾きが衝撃波を爆発させ、蟲将の体を打ち据える。それは合い討ち覚悟の、零距離演奏。
　ディクトデアの剣が消し飛び、肩が抉れ、足は千切れ飛ぶ。
　だが。
「……勝ツのは、俺ダァ！」
　上体から暴発した茨が、美緒の体を貫いていた。血が舞い飛び、微笑んだ肢体が、崩れ落ちる。
　もはや心まで攻性植物に毒されて、千手の如くに茨を生やした化け物は、それを顧みることもなく振り返った。
「皆殺シダ！　皆殺シ！　ミ……ナ……」
　その動きがゆっくりと止まり、茨だけが悶えるようにぎちぎちとうねる。
「ナ……なんだ、カラダ、ガ……」
「ようやく……力を使い果たしましたね」
　リモーネ。ぜいぜいと、肩で息をしながらも。
「使役する生物兵器の枷を外し、体を補って、痛みも傷も手放して……結果、あなたは体力の残量を見誤ったのよ」
　そして、デジル。
「命懸けの無謀が……お前の力を削り切った。茨は、苗床が死ぬのに付き合いたくないんだろうよ」
　ミズーリ。
「バ、馬鹿ナ……！」
　脳裏に蘇るのは、六号……華檻……破神、リヴィ、そして美緒。先行部隊。後続の倒れた娘……。
「ええい、動ケ！　茨ヨ、俺に従エ！」
　茨は、苗床を糧に逃れようと、身悶えしながらディクトデアを覆っていく。
「終わりに、しましょう」
　そっと近づいたリモーネの刀が、さくりとその胸を穿った。
　瞬間、共に滅びる危険を察し、茨が爆炎の如く萌え広がる。
　宿主を食い破る、蟲のように。
「オオォオ！　イ、イェフーダー！」
　己が守るべき首魁へ向けて、ディクトデアが僅かに残った手を伸ばす。
「頼む！　勝利ヲ！　希望ヲ！　イェ、フーダアアアァ！」
　戦友の名を呼ぶ絶叫が茨の中へ飲み込まれていく。ディクトデアの体は瞬く間に喰らい尽され、茨は餌食を見失って……。
　塵と化して砕け散った。
「せめて……安らかに」
　リモーネが伏せた目を開いた時。
　そこにはもう、何も残っていなかった。

●まだ、立っている者たち
　植体のディクトデアは、滅び去った。
　立っているのは。
　デジル。
　ミズーリ。
　リモーネ。
　その、三人だけ。
　振り返れば後続部隊も部下の蟷螂を討ち果たし、そしてその頭数を更に減じている。
　だが彼女たちは、倒れた仲間たちを顧みることは出来ない。
　まだすることが残っている。
　三人は身を引きずって後続部隊へと合流し、広場へと舞い戻る。

　ストリックラー・キラー、最後の一人。
　蟲将、イェフーダー。
　その首を取るために……。

作者：白石小梅	重傷：烏夜小路・華檻（一夜の夢・e00420） リヴィ・アスダロス（魔瘴の金髪巨乳な露出狂拳士・e03130） 湯島・美緒（サキュバスのミュージックファイター・e06659） 先行量産型・六号（陰ト陽ノ二重奏・e13290）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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