怪奇、海の大男!

作者:そらばる

●夕日に浮かぶ巨大な影
 逢魔が時にはあやかしが現れる。
 そんな決まり文句を、心底信じる者が一人、人けのない夕暮れ時の砂浜をうろついていた。
「……文献によれば、ここだ。この海岸が一番目撃例が多い」
 ぶつくさと大きな独り言を零しながら、連射モードにしたカメラのシャッターを猛然ときり始める。分厚い眼鏡に帽子にサバイバルベスト、ごついデジカメと大仰な荷物。いかにも定型的なルポライターといった風貌の男だった。
「雲一つない晴天の夕方、夕日を背に巨大な影が現れる。影は日が落ちる速度に呼応して海岸に近付いてくる……独特な伝承だが、今度こそ海坊主に違いない……!」
 見事な夕日を正面に収めていたファインダーに、白い女の顔が映り込んだ。
「!?」
 驚き顔を上げようとして――動けなかった。
 白く冷たい手が、そろりと、男の頬を捕らえていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 胸部に強い衝撃。男は膝から崩れ落ち、砂地に倒れ伏す。その衝撃で、男の指が意図せずシャッターを押し込んだまま固定されてしまった。
『ぬう~ぼお~』
 夕日を背に、奇怪な唸りと共に現れた巨大な影をレンズの正面に据えて、カメラの連射音は、データ容量が尽きるまで、虚しく鳴り続けた。

●海を荒らす大男
「こたびは、『興味』を奪うドリームイーターの魔女により具現化されたる、海坊主の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)が語るは、オカルト専門ルポライターの『興味』から現実化された、海坊主型のドリームイーター。
「現地に残る『夕日に現れる巨大な影』の伝承を固く信じる記者が、取材中に女性型ドリームイーターに襲われ、『興味』を奪われてしまう事件が発生いたしました」
 女性型ドリームイーターは、奪った『興味』を元に新たなドリームイーターを生み出し、既に現場を去っている。
 この新たなドリームイーターというのが、記者が思い描いた『海坊主』なのだ。一般的な伝承に同じく、船を襲ったり天候を荒らしたり、厄介な事件を引き起こすことは想像に難くない。
「皆様には、これなる『海坊主』の撃破をお願い致します」
 被害者の男性記者は、ドリームイーターに心臓を貫かれはしたが、肉体的損傷は一切ない。『海坊主』が撃破できれば、なんの問題もなく目を覚ますことだろう。

 『海坊主』は全身がのっぺり黒一色の、影のように薄っぺらな大男の姿をしている。
「えっと、『夕刻、浜辺に忍び寄る大きな影』という言い伝えは、ほんの狭い地域で語り継がれていたみたいです。でも、不気味っていうだけで、何か悪さをする類のものじゃないみたいなんですけど……」
 自身の調査で集めた資料に目を通しながら、和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は困り顔で首を傾げた。
 鬼灯は、左様に、と頷く。
「しかしネタ元は無害であれ、生み出されたるはドリームイーター。さらに記者の海坊主にまつわるオカルト知識も混在しており、世間一般に言われる海坊主と同じく、人間に対しては好戦的に振舞いましょう」
 攻撃方法も一般的な伝承に似通っており、『嵐を起こす』『荒波をぶつける』『相手に倒れ込む』などを仕掛けてくるようだ。
 歩みは早くないが、ケルベロス達が現地に到着する頃合いには、かなり陸地に近付いてきているはずだ。
「『海坊主』は自身の噂をしている方の所へと引き寄せられる性質がございます。これをもって陸上におびき出す事により、戦いを有利に運ぶ事も可能でございましょう」
 なかなかに自己顕示欲が強いようだ。言葉も通じないことはないが、頭の回転はあまりよくないので、ろくな会話にはならないだろう。
「また、『海坊主』は出会い頭に「自分は何者か」という趣旨の問いかけを行って参ります。これに『海坊主』と答えれば、何事も起こさずに立ち去り、それ以外の返答や対応には、強い敵意を示す事でしょう」
 伝承に聞く海坊主は船を転覆させる物の怪。『海坊主』以外の回答をした場合、個人の区別はつけず、ケルベロス達全員を同じ船の『船員』と見なして攻撃してくるだろう。
「ちなみに、伝承の由来は存外と他愛無いもの。記者のカメラのデータの中に、その答えはございましょう」
 そう言うと、鬼灯は微笑を消し、伏し目がちな眼差しを上げた。
「小さな地域の素朴な言い伝えを、人に仇為す害悪と化されては、連綿と伝承を続けてきた人々も堪りますまい。海辺のささやかな文化と平穏を守るためにも、皆様、宜しくお願い致します」


参加者
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
エメリローネ・アパレイユ(非調律群体型デバイス弐拾四号・e02004)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
イスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)
葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)
フォンセ・グングニル(元戦乙女の一本槍・e24796)

■リプレイ

●夕焼けの海に現れる影
 海上には、まだ力強い輝きを失わない、大きな夕日が浮かんでいる。
 暖かな橙色に染め変えられた砂浜から、海上を眺めやる色男が一人。
「海辺を眺めていると、何か白いモノがくねくねと動いて……」
 ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)はそっと海上から目を逸らし、ギターを取り出して爪弾き始めた。
「いや、何でもない。私は、何も見ていないぞ。くねくねくねくね……はっ!」
 ……などとやっている傍らで、他のケルベロス達も早速誘き出しにかかる。せっかくの海だから、と夏らしい装いや水着姿の者も多い。いかにも夏を楽しみにきた友人一行、といった風体であった。
「うみ、だー! えっと、でも今日は、泳がない、うみ! うみぼーずの、うみ!」
 無邪気にはしゃぐエメリローネ・アパレイユ(非調律群体型デバイス弐拾四号・e02004)。パステルグリーンの、子供用らしいフリルスカートのついた水着姿で、マフラーを巻いている。無表情に見えて、内面は実年齢より幼く思えるほどに感情豊かだ。
「海坊主だと……それは実に興味深い話だな」
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は、遠目に倒れている記者と十分離れている事を目測で確かめながら、話題を切り出した。
 当の『海坊主』の姿は、角度的に、薄っぺらな直立の黒い線のようにしか見えないが、確かに陸地に近付きつつあるようだった。
「海坊主って単語は知ってるけど実際どういう怪奇現象なんだろう? 和泉さんは詳しいの?」
 水着姿にパーカーを羽織った葛西・藤次郎(シュヴァルツシルト・e22212)も、記者の姿を確認しつつ、首をひねった。
「えーっと、確か……海坊主は妖怪? どんな妖怪でしたっけ……」
 シースルーの飾り布やアクセサリで華やかに着飾った、黒い水着姿の和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)も、いつもの困り顔で同じく首を傾ける。
「確かに海坊主は妖怪と聞くが……、あまり緊張感のない名称でいまいち想像つかんな」
 青色基調の水着を着用したイスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)も、いまひとつピンと来ていない様子。
「なぁエレナ、海坊主ってなんだろうな? 妖怪って言う日本古来のモンスターらしいぜ? きっとめっちゃデカくて強いんだろ?」
 いかにもワンパク小僧らしく、フォンセ・グングニル(元戦乙女の一本槍・e24796)は声をはずませた。ビハインドのエレオノーラは幼さの残る顔立ちで、弟を見守るように微笑みを返している。
「海坊主よりロゼの方が可愛い……」
 ぽつり呟いたのは、水着にパーカー姿の花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)。間接的に褒められたボクスドラゴンのロゼは、天真爛漫に花を散らして大いに喜んで見せた。
「……うみぼーず、悪い妖怪? じゃあ妖怪から、紫睡と、いすくばと、みんなを守る、よ!」
 純心なエメリローネの言葉が、皆の笑みを誘った――その時。
『ぬぅ~ぼぉ~』
 ケルベロス達の上に、巨大な人型の影が差した。
『おれのはなしぃ……したなぁ~?』
 黒くて薄っぺらな大男の人影が、朱色の瞳でケルベロス達を見下ろしていた。

●知名度の悲しい実態
『おれはぁ~、なぁーんだぁ~?』
 間延びする声で、『海坊主』は問いかけた。
 伝承に曰く、海坊主とは海洋に現れる巨大な怪異である。その姿は概ね、坊主頭の真っ黒な大男と形容され、嵐を伴って人々の前に現れ、航海中の船舶を転覆させてしまう存在として恐れられてきた……のだが。
「あぁ? この近くの漁師じゃねぇのか? 全身真っ黒じゃねぇか……まずはその汚れ落として来いよ?」
 フォンセの返答は、空気の読めない人間に対するが如く、にべもないものだった。
『お、おれ……おれうみぼうず……』
 バッサリ切り捨てられた『海坊主』がおたおたと返してきた。
「海坊主といえばスキンヘッドにサングラスの大男だろう。あなたのような海坊主がいるか!」
 モカの切り返しは身も蓋もない。傍らの藤次郎もうんうんと深く頷いている。
 ……海に対する感覚が、今と昔では違うせいだろうか。海坊主という単語の知名度の割に、伝承の内容は、現代人にとってほとんど馴染みのないものと成り果ててしまったようだ。
「貴様は敵だ、それ以外の事情は興味がない。私にとっては、な。フッ……」
 ラハティエルが不敵な笑みで応えた。
 ケルベロス達が一斉に身構える。敵のあまりの巨大さに唖然と口を開けていた紫睡と、その隣でぽかーんとまねっこしていたエメリローネも、一拍遅れ、慌てて武具を構えた。
 『海坊主』ののっぺりとした顔が、どこか悔しげな気配を滲ませて見えた。朱色の両眼に、殺気が漲る。その背に負う空が、瞬く間に暗く垂れこめていく。
『おれはぁ~……うみぼうずなんだぁ~~!!』
 爆発するような叫びと共に、突如天候が荒れ狂い始めた。吹き付ける暴風、大気を切り裂く稲妻の振動。前衛に、破壊的な衝撃が駆け抜けた。
「いすくば!」
 仲間の負傷に、後衛からエメリローネが悲痛な声を上げた。イスクヴァは衝撃をやり過ごしながら、大した事はない、と頼もしく返した。
「エメリローネは初めての任務だったな。回復は頼んだぞ。臆せずな」
「うん! 回復、まかせて! がんばる!」
 エメリローネは取り乱しそうになる気持ちを押し止め、縛霊手の祭壇を輝かせ始めた。
「これも仕事だしね、覚悟は出来ているかい?」
 肩をすくめながら構え、満月に似た光球を編み出す藤次郎。傍らに控えるミミックのヴァイスリッターは、具現化した武器をガシャガシャと打ち鳴らす。
 颯音は飄々とした笑みで紫睡へ視線を流した。
「行こうか、ご主人様?」
「あ、からかってますね!?」
 冗談交じりの主従の二人は、勢いを弱めた風を遡るように『海坊主』へと肉薄した。重力帯び流星輝く蹴りと、ルナティックヒールの援護を受けた黄玉の鏃が、『海坊主』の薄っぺらな体を破り取るように貫く。
 隙を与えずラハティエルも正面から大胆に斬りかかる。
「胸に秘める不滅の炎は天下御免のフラムドール、人呼んで黄金炎のラハティエル! マッケンゼン流撃剣術、一差し舞うて仕る!」
 カタナソード、滅魔刀『レガリア・サクラメントゥム』の素早い居合い斬りが、大男の影を縦に大きく斬り裂いた。

●荒れ狂う海の暴れん坊
 次々に叩き込まれるケルベロス達の猛攻に、『海坊主』の巨体があっけなく斬り裂かれては、瞬く間に修復して元の姿を取り戻す。暖簾に腕押しのような光景だったが、手応えは確かだ。『海坊主』も攻撃されるたびに、おう、おおう、とどんくさそうな苦痛の声を上げている。
『ふねぇ、しずめるぅ、うみぼうずぅ~~~』
 『海坊主』の背後で、波立つ海面が急激に盛り上がった。表面張力の限界を突破した瞬間、水の塊が弾け、鉄砲水の如き津波となって海岸に押し寄せてくる。
 めまぐるしく足場を変えていたほとんどの者は難を逃れたが、後衛の面々は不運にも直撃を逃れ得ぬ位置取りだった。しかし凄まじい勢いで海水が襲い来るその瞬間、強引に割って入った影が、紫睡とエメリローネを突き飛ばして身代わりとなった。
 砂浜を洗い流した水が引き、姿を現したのは、盾役の二人。
「なるほど、自然現象に干渉するタイプか。以前相手したのとはまた違う、わかりやすい手強さだね」
 治癒をもたらす偉大なる星の魔女を召喚しながら、藤次郎が呟いた。
「ぶっちゃけ俺、海坊主って大波や渦潮で修行するお坊さんの事だと思ってたぜ……こんな妖怪なのか」
 ぼやくフォンセの傍らにも、昔懐かしい同胞の霊体が召喚される。
 この事態が、イスクヴァの逆鱗に触れた。
「貴様……! 紫睡とエメリローネに何をするッ!」
 結果的に無事に済んだとはいえ、家族のように大切な二人を狙った敵への殺意は抑えようがない。その怒りを具現したかの如く、蒼く輝く狼が強風をかき乱し疾走、執拗な爪と雷を思わす追撃に、『海坊主』の胸部が大きく抉られる。続くモカの螺旋掌は下半身を、コートをはためかせて斬り込んだラハティエルの月光斬は脚部を、各々削り取った。
 激しい戦闘の傍ら、颯音の起こすカラフルな爆発が、ロゼの振り撒く花々が、近衛木・ヒダリギ(シャドウエルフのウィッチドクター・en0090)の降らせる雨が、適宜治癒をもたらしていく。
(「戦闘は、いつも不安になるな……気を引き締めてかかろう」)
 最も後衛に陣取る昇も、癒しの力に宝石を輝かせ、弾丸に変えて発射する。真面目でそつのないサポートは、皆を大いに助けていった。
 抉られ、削られ、そのたびにおうおう言いながら修復を繰り返していた『海坊主』だったが、やがてその巨体は目に見えて体積を減らし始めていた。両手を広げてのしかかる攻撃で、砂浜にスタンプされた痕跡を比べれば一目瞭然。
 うみぼーず、やだ! と癇癪を起しながらも、気丈に治癒を頑張るエメリローネに安堵し、紫睡はもう一人の年少者に声をかける。
「フォンセさん、行けますか?」
「当然! 紫睡、怪我すんなよ? 帰ったらご飯、作ってくれよな!」
 存外しっかり者の答えを返しながら、ハンマーを砲撃形態に変化させるフォンセ。
 信頼の厚い仲間に囲まれ、怖いものなどなにもない。重々しく発射された竜砲弾を、月色の光を帯びた黄玉が纏いつくように追走し、それぞれが力強く『海坊主』を貫いた。
「興味から生まれし怪物よ、私たちケルベロスが虚構へと帰す!」
 モカの練り上げた氷結の力が、強風を螺旋に斬り裂き、一直線に『海坊主』を目指す。氷の螺旋が錐の如く貫通した穴は、霜を帯びて修復が遅い。
「集いし大海原の迷い人、海坊主よ、我が黄金炎の輝きを見よ! そして……絶望せよ!」
 ラハティエルの黄金の翼が、鮮やかな炎を帯びて輝く。放射される灼熱劫火のエネルギー。それを余さず全身に浴び、修復に手間取る『海坊主』の体躯が、さらに縮んでいく。
「ヴァイス、コンビネーションで行こうか」
 サーヴァントと共に飛び出した藤次郎は、イスクヴァの狼が容赦ない攻撃を浴びせている隙に、掴み所のない流水の如き動きで敵の足元を縫って背後を取った。素早い演算から弾き出した敵の弱点は、膝裏。
『ぬぼぉ……っ?』
 足元からの破壊音と共に、『海坊主』の巨体がぐらりと傾ぐ。間抜けなほどに、ゆっくりと。
 颯音の時空魔術の発動は、『海坊主』が状況を認識するよりも早い。
「早々にお引き取り願おう――叫喚せよ」
 星の記憶より引きずり出された破滅の衝撃が、『海坊主』の全身を揺さぶる。
 薄っぺらな一枚の人影にくまなく亀裂が走り、細切れに分解していく。
 どこか悲しげな唸り声と共に、影の欠片は海へと零れ落ち、なにもかも波にさらわれ消えていった。

●終わりゆく夏の思い出に
 水平線に、夕日が沈んでいく。
「良い、サンダウナーだ。フッ……」
 浜辺に座り、恋人から贈られたスキットルを傾けるラハティエルは、黄昏の海、落ちゆく夕日を眺めながら、胃の腑に落ちる熱い感触を楽しむ。
 その背後では、他の仲間達がバーベキューで盛り上がりに盛り上がっていた。
「これはもう、肉を焼かないと損ってものですよ!」
 提案者の紫睡は大張り切りで、示し合わせておいた面子も、そうでない者も、皆片っ端から巻き込んでいく。
「バーベキューをするなら、俺も一緒してもいいかな?」
 折角だし交流はしたいものだと、朗らかに輪に加わる藤次郎。
「火加減はまかせて」
 ヒダリギはトングと菜箸と軍手の装備で、火の番に全力である。
 炭火に炙られる肉をじぃっと見守っていたエメリローネは、いい感じに焼けたと見るや否や皿に盛って、家族にも等しい面々に差し出した。
「紫睡、いすくば、あがさ! あーん!」
 きゃっきゃうふふの食べさせあいっこが始まった。エメリローネにあーんさせられた紫睡が、次は赤ビキニ姿のアガサへ。
「……雀の餌やり状態だな」
 反射的にあーんさせられてしまったアガサは、無愛想ながらエメリローネの頭を撫でくり回し、悪い気はしていない様子だ。
「アガサのサポートには助けられた。エメリローネも良くやったな」
 頬を緩め、ねぎらうイスクヴァの言葉に、場の空気もほっこり緩んでいく。
「ああ、野菜もちゃんと焼かないと駄目だよ?」
 なおも盛り上がる肉食女子達を穏やかにたしなめ、颯音は持参の肉と野菜を焼き場にどんどん追加していった。
「皆色々楽しそうじゃん? エレナ、俺達も行こうか」
 海岸の被害を修復して回っていたフォンセも、賑やかな気配を聞きつけたようだ。
「ほんと、しーちゃん焼肉好きだよねぇ」
 帽子つきのノースリーブパーカーを羽織った荒哉も、紫睡に招かれやってくる。どうやら気絶していた記者のフォローをしていたようで、その手にはカメラのデータのコピーがあった。
 記者は目覚めてすぐ、気絶に至った経緯を求めてデータを確認したようだが、そこには特別おかしなものは映っていなかったらしい。それに興味を示した通りがかりの荒哉に、何か気づいた事があったら教えて欲しいと、データをコピーしてくれたのだ。
「中身、見てみるか」
 水色のワンピース水着に着替え、その上から上着を羽織ったモカが、持参したパソコンにメモリーカードを差し込み、鑑賞会が始まった。
 ディスプレイに表示される画像はどれも平凡な日没の景色ばかり。『興味』の影でしかない『海坊主』は、データには映り込まなかったようだ。
「あれ、この影……」
 誰かが、海上に浮かぶ黒い塊に気づいた。どうやら小さな島のようだ。
 データを時間通りに進めていくと、島の影は夕日に照らし出されて、海面に長々とした影を伸ばしていった。夕日が沈むのに合わせて、徐々に徐々に、浜辺へと近づくように長大化していくその姿は、どことなく人影に似ていた。
「成程、これが海坊主か」
 イスクヴァが呟いた。
 実に他愛ない、これが伝承の正体。夕焼け色に凪いだ海を、一人ぼっちでやってくる大きな影。穏やかで、どこか侘しく、ほんの少し得体の知れない……そんな不思議な写真だった。
「悪さをしない海坊主か。……静かな海を取り戻せて、本当に良かったな」
 モカは晴れやかに顔を上げ、海へと視線を馳せる。
 夜を直前にして島を出た影は、美しい夕日に背を押され、今も浜辺に向かって、海を渡っているようだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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