お菓子の家はどこにある？

■リプレイ

●どうかしてる童話
　とある森林公園の奥。いつもは人気ないその場所に、複数の声が飛び交っていた。
「こっちは誰もいないぜ！」
　ポニーテールを翻し木の上から飛び降りてきた深宮司・蒼（綿津見降ろし・e16730）が小気味よくステップを踏む。
「ありがとうございます、深宮司君。そちらはどうですか、有嬉さん？」
　女性的な顔立ちに穏和な笑みを浮かべながら応じたのは十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）だ。彼は視線を金髪のオラトリオの女性ーー有嬉・唄兎（白薔薇ステディ・e31900）の方へと移す。
「うん、こっちも大丈夫。誰もいないわ」
「それでは他の人が近づかないよう封鎖させていただきます。皆さん、準備はよろしいですか？」
　皆が頷き、泉がクッキーを咥えながらテープを周囲に張り巡らせていく。
「それにしても、お菓子の家ってどんな風になってるのかしら？　チョコにシュークリーム、クッキー、きっと色んなお菓子で出来ていて、とっても甘いんでしょうね」
　封鎖が終わったところで歌うようにお菓子の家への夢を語ったのはベルカナ・ブラギドゥン（心詩の詠唱姫・e24612）だ。
「そりゃあお菓子の家っていうくらいですもの。きっとふわふわしてて、大きくて、壁だってたべると甘いと思うわ！　ねえ、バニイ。あなたはどう思う？」
「PiPiPi！」
「え？　月見団子がついてるのがいい、ですって？　ふふ、それも素敵ね。お菓子の家って聞けばいろいろ夢見てしまうものね」
　ウサギのフードを被った相棒の頭を撫でながら唄兎が微笑む。　
「その気持ち、すごくわかる……！　私もあるって聞いたら絶対に探しに行ってたと思う。あ、ええと、もちろん自分が小さい子だったらの話よ？」
　はしゃぎすぎた自分を恥ずかしく思ったのか、サブリナ・ロセッティ（ブリスコラの魔女・e21766）が慌てて言葉をしぼませる。そんな彼女にきょとんとする唄兎と爛々と瞳を輝かせたミューシエル・フォード（キュリオシティウィンド・e00331）が、
「え、私信じてたんだけど、へん？　てっきり本当にあるものだと……」
「ミューも信じてるよ！　おかしのいえはいつだってミューたちの心の中にあるんだよ！」
　割と真剣に主張するのを見て、サブリナも戸惑いながらその気になり始めていた。
「そ、そうよね！　信じていればいつか出会えるかもしれないものね……私、絶対に見つけてみせるわ！」
　被った帽子をぎゅっと被り直し、決意を新たにするサブリナ。その裾が横合いから引っ張られる。
「向こう、浮いてる」
　呟きながら深月・藍（月に吠える銀林檎の狼・e16756）が指さした、その先。、
「おっかし♪　おっかし♪　おっかしくないけど、おっかしだよ♪」
　なにやらふよふよ浮かびながら、ふわふわ歌う家のような物体がいた。
「むう、なんじゃアレは……？　明らかにおかしなものがおかしくないとぬかしておるわ」
　おかしな家を見つめながら興味深そうに唸ったのは絢霧・連華（小さな剣客・e20097）だ。
　皆が釘付けになっている中、おかしな家が浮遊したまま近づいてくる。
　そして、幼い女の子のような声で皆に尋ねた。
「こんにちは♪　おにいさん、おねえさん♪　ねえ、好きなものなあに？」
「「お菓子！」」
　待ってましたと蒼とサブリナが元気よく答える。おかしな家は照れたようにモザイクを明滅させ、
「そうだよね♪　おかしだよね！　じゃあ、甘いものなあに？」
　再び問いかける。今度はすぐに答えは返ってこず、戸惑ったようにモザイクを組み替えた。
「さあ、何でしょうね？　見当もつきません」
「もう！　知ってるくせに♪」
　クッキーをかじりながら爽やかな顔で微笑む泉。その隣で蓮華がおかしげに笑いをかみ殺しながら、おかしな家を見上げる。
「むしろワシとしてはこいつに何でしょうねと言いたいところじゃがな。まあよい、どれ……お主、なかなか美味そうじゃな？　さぞかし名のある菓子たちで出来ておるに違いない」
「えへへ、うれしいな♪　でも、どうしてわたしを取り囲んでるの？」
　おかしな家が不思議そうに身体を傾ける。
「それはお主をよく見るためじゃよ」
　おかしな家の問いに蓮華がにやりと笑う。
「そうなんだあ。なら、どうしてそんなに距離をとってるの？」
「そりゃあ、動きやすくするためだぜ！」
　パシンと蒼が拳を掌に打ち付ける。
「……じゃあ、どうしてみんななにか取り出そうとしてるの？」　　
「それはねーー」
　ミューシエルがちろりと舌を出し、
「おかしの家さんにいたずらずるためだよ！」　
　その台詞を合図に、一同は自らの得物を抜き放った。

●トリートにトリック
「ウィアド、行くよ！　みんなに、進むための力をーー」
「ルルルルーー」
　新緑の翼を大きく広げ、白薔薇の花冠を風にそよがせながら、ベルカナが澄んだ歌声を響かせる。
　遅れて花を咲かせた竜が歌に共鳴するように鳴き声を上げ、光を放った。
「おかしの家だったらうごいちゃだめだよねっ！」
　歌と光の加護に後押しされるように先陣を切ったのはミューシエルだ。彼女が放った石化の閃光がスポンジ部分に突き刺さる。
「ああ、スポンジ固くしちゃだめなのー！！」
　ぷんすかとビスケットの煙突から綿菓子を吐き出しながら、おかしな家が飛び上がり、ケーキ型のモザイクを高速で射出した。
「わわっ、すごい勢いで甘そうな何かが！　アレッタ、お願い！」
「ミャオ！」
　サブリナに応じ、アレッタが飛んできたモザイクを弾き飛ばした。防がれたモザイクは空中で霧散し、跡形もなく消え去ってしまう。
「ああ……ショートケーキが！　あれって食べることって出来るのかしら……？」
　消えゆくケーキを惜しみつつ、サブリナが首を傾げる。そんな彼女を穏やかにたしなめたのは泉だ。
「あの速度で打ち出されたものを直接受けるとなるとなかなか痛そうですよ、っと」
「でも、やっぱり確かめたくなるわよね。だって女の子ですもの」
　唄兎が星座の紋章を展開、泉がその光を纏い射出されるお菓子モザイクをかい潜り、竜の幻影から炎を生み出す。
「あちち！　あ、でもなんかいいにおい……」
　燃え盛る炎に身悶えしつつどこか嬉しそうなおかしな家。そのせいか、炎の背後から狙いをつける影に気づかなかった。
「へへっ、じゃあここならどうだ！」
「わわっ、わたあめが作れなくなっちゃう！」
　蒼が放った竜の咆哮のごとき砲撃をおかしな家は高度を下げて何とかかわす。代わりに煙突から吐き出された綿菓子が宙に散った。再びおかしな家が怒る。
「おうちこわしちゃだめなのー！　めっなのー！」
「……させない」
「えうっ！？」
　機先を制した藍が魔力を込めた咆哮を放ち、おかしな家の動きが止まる。その隙をついて蒼が飛び上がり、
「よっし、いただき！　……はむはむ」
　綿菓子を空中でキャッチ、そのまま口に運ぶ。見ていた蓮華が呆れたように口を開く。
「よくそんな得体のしれんものを食う気になれるのう」
「え？　ウマいぜ？　食ってみれば？」
「ワシは遠慮させてもらうよ。ともあれ、これで攻撃が当てやすくなったわ」
　申し出を丁重に断りつつ、蓮華が愛刀の鯉口を切った。瞬間、二刀から繰り出された斬撃の嵐が乱れ飛ぶ。
「おかしがちらかっちゃうのー！　やーなのー！」
　ビスケットやらチョコレートやらの破片を散らし、おかしな家が森の奥へと吹っ飛んでいく。
　そのまま辺りは静寂に包まれたが、
「もうおこったのー！！」
　おかしな家がモザイクを激しく瞬かせ、再び姿を現した。

●おかしなおかし
「わるい子にはおしおきなのー！　おかしをおなかいっぱいにつめちゃうのー！！」
「それは、おしおきなの……？」
　モザイクが雨あられと飛んでくる中、はてと藍が首を傾げる。
「まあ、あの威力と速度で食らうのなら豆鉄砲どころでは済まぬのは確かじゃろうな。おっと！」
　正確無比な精度で飛んできたクッキーのモザイクを刀で受け止めつつ、蓮華が木の陰に避難する。
　あれからおかしな家は態勢を立て直し、攻撃は激化の一途を辿っていた。　　
「ところでーー」
　そんな中、ふと口を開いたのはサブリナだった。彼女はごく真剣な口調で、
「あれって、おかしの家って言っていいものなの？」
　と誰もが疑問に思っていたことを、ついに言葉にした。
「どうかしら……？　私も浮かんでるの見て『あれ？　お菓子の家ってこんなだっけ』って思っちゃったの。私、大人になってしまったのかしら？」
　はあ、と悩ましげに溜め息をつく唄兎。そんな彼女の台詞にベルカナも困惑したように若葉色の瞳を揺らめかせる。　　
「確かに、お菓子でできてるし、想像通りの形はしてると思う。でも、浮いてて、話して、攻撃してくるものを『家』って呼んでいいのか、すっごい迷うよね……」
「ミューはおうちでいいとおもうよ。だって、おうちのかたちしてるもん」
「おう、そうだよな！　なんたって食えるしな！」
「そ、そうよねあれはお菓子の、家……でいいのよね？」
　自信満々なミューシエルと蒼の言葉に、女性陣三人は半ば強引に納得してみせる。
「形は家で、素材はお菓子ですからね」
　泉が夢を壊さずかつ嘘でないギリギリのラインのフォローを入れた。
「良かったわ。じゃあはっきりしたところで、ヨトリ、お願いします」
　疑問が晴れたところで、ベルカナが前に出て手にした杖を静かに掲げ、歌うように言葉を紡ぐ。
「私が、守ってみせるーー豊穣司りし神の御心、癒しと浄化をもたらす恵みの雨をここに」
　それは古き神々に捧げられた祈りの詩だった。言葉は空に溶け、心踊る清らかな水音ともに慈雨となり地上へと降り注ぐ。
「ぜっこーちょーだよ！　ミューもまけないんだからね！」
　祝福の雨に癒され、清められたミューシエルはベルカナに負けじと、前へと進む者の曲を奏でる。
「むー、おしもどされるのー！」
　ミューシエルの力強い歌はおかしな家を揺るがせ、その攻撃を押さえ込んだ。
「よっし、行くぜ！」
「ま、まだまだなのー！」
　モザイクの弾幕が薄くなったのを見計らい前へ出たのは蒼だ。おかしな家は咄嗟の反応で強引にキャンディー型のモザイクを射出する。
「ぐっ、それくらいで俺は止まらねえ！」
　蒼はあえてモザイクを避けず、更に一歩踏み出す。モザイクの弾丸が彼の身体に突き刺さるが、
「―――おいで。あなたごと治してあげる」
「よっ……と、ありがとう唄兎さん！　ーー水郷の弐式……ぶった斬れ、鎌鼬！」
　すかさず緊急手術を行った唄兎により傷口が塞がれ、蒼はおかしな家へと集めた水気を解放した。
　水気は鼬鮫型の式鬼となり、その鋭い刃のごときヒレでおかしな家のお菓子を次々と削ぎ落としていく。
「これいじょうは、まずいのー！」
　危険を感じたおかしな家は上空へ退避しようとする。
「残念ね、上はオーブンよ！」
　おかしな家が上昇した瞬間、サブリナが放った破魔の炎が文字通り天火となり、その退路を塞ぐ。そこへ待ちかまえていた蓮華が気魂の弾丸を放った。
「カカカ、この好機逃しはせんよ！」
「きゅう……はっ、おかしをよごしちゃだめなのー！」
　危うく撃墜されそうになったおかしな家は何とか持ち直し、地面につくギリギリのところで止まる。反撃するべく反転し、モザイクを飛ばしながら突進してきたが、
「ーー白イ兎、黒イ兎……どこまで跳ねる、どこまでも跳ねる。 伸びる伸びる、月まで伸びる。 喰らうか契るか、二匹と知らぬ」
　藍の詠唱とともに白銀色の髪の中に一房だけ混じった黒髪がふわりと舞い上がった。同時に、魔道書から無数の白と黒の茨が伸び、十数匹もの兎の形に編まれる。兎たちは次々に森の中を飛び跳ね、おかしな家を取り囲んでいく。そして、
「ぜんっりょくで、捕まえるの！！」　
　主の合図とともに茨の白い兎と黒い兎が一斉におかしな家へと飛びかかった。
「む、む、む……まけないのー！」
　兎と兎を繋ぐ茨に絡め取られながらもおかしな家はなおも前に進もうとする。その眼前に立つ者がいた。泉だ。彼は突進してくるおかしな家を限界まで引きつけ、
「そんなに前ばかり見てるとーー壊されてしまっても知りませんよ？　ミッツメ、参ります。幼き興味から生み出された悪夢を砕き穿つ為に」
　より速く、より重く、より正確に、それだけを追求した破壊の理による一撃で迎え撃った。
「もう、だめ、なの……」
　ぴしりと壁にひびが入り、砂糖細工のようにおかしな家は砕け散っていった。

●クリック？　クラック！
「おかしの家！　……あれ？　おにーちゃんとおねーちゃんたち、誰？」
　女の子が起きあがり、見知らぬ一同に疑問を向ける。
「私たちはね、お菓子の家を探しにきたのよ。残念だけど、お菓子の家はどこかに行っちゃったみたいだけど」
　皆にだけ見えるように唇に人差し指を当ててから、唄兎が女の子の側にしゃがむ。
「え！　お菓子の家があったの？　でもどこかに行くって？」
「それはの、お菓子の家は空を飛んでおるからじゃよ。ふわふわ飛んでワシらも見失ってしもうた。のう、皆？」
　いたずらっぽく笑いながら蓮華が一同の顔を見まし、皆も頷く。
「そっかあ、お空をとぶのかあ……でも、それじゃあわたしにはつかまえられそうにないかなあ」
「ふふ、心配いらないわ。だってお菓子の家は貴女の心の中にあるんですもの。貴女自身が作ればきっと素敵なお菓子の家ができるわ」
　そう言って唄兎がお菓子の包みを女の子に手渡す。
「おかしの家を、つくる？」、
「そうよ。ほら、こんな風にね」
「あら、素敵ね。でも、私だって負けてないんだから！」
　きょとんとする女の子にベルカナとサブリナがそれぞれ手ずから作ったお菓子の家を見せる。
「おや、出遅れてしまいましたか。しかし、私のもひと味違います。なにせ、たけのこ付きですから。庭とかにどうぞ」
　肩を竦めながら、泉が袋の中からたけのこ型のお菓子を取り出し、差し出した。
「おかしの家のおにわ！　そのはっそうはなかった！　どうやってつくろうかな？」
　新たな着想に胸を躍らせながら女の子がいても立ってもいられず周囲を見回す。そこへ藍が大きな包みを解く。
「これ、あげるよ」
「わあ、これアップルパイ？　あ、この上におうちを立てるんだね！」
　目を輝かせる女の子に藍がこくりと頷く。
「へへっ、そう言うことならこれを塀とかにしたらどうだ？」
　得意げに蒼が取り出したものは、おかしな家が落としたお菓子の欠片だった。　
「わあ、これならすごいりっぱなおかしのおうちができそうだよ！　ありがとう。おにーさん、おねーさんたち！」
　お菓子を両手に抱えながら女の子が満面の笑みを浮かべる。それを見てミューシエルがパンと手を打ち合わせた。
「そうだ！　これからみんなでおちゃかいをしようよ！　おかしの家をいっしょにつくるんだよ！」
　そうして静かな森の、賑やかなお茶会が幕を開けた。

作者：長針	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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