おもいで屋さん

作者:鉄風ライカ


 奥まった細い路地の更に奥。
 こぢんまりと建つ雑貨屋らしいガラス戸には、もう外れかけた歯車型の看板と、閉店しましたの文字が寂しく吊り下げられている。
 見るに、かつては『思い出屋』という名の店だったらしい。
 未だたくさん並んだままの売れ残りに囲まれ、店主であった中年男性はレジカウンターに力無く寄り掛かった。念願の自分の店が潰れてしまう未来など、開店当初は想像すらしていなかったのだろう。
 とはいえ、商品として扱っていたのが壊れて動かない古びたおもちゃばかりでは、この結果は当然とも思えたが。
 おもちゃ自体にプレミアでも付いていれば話は違ったのかもしれないが、売り物にしていたのはどれも一般的に流通した特に珍しくもないものばかり。だからこその思い出屋ではあったのだけれど。
 男は、一世代以上前に流行ったロボット人形の、接続部が噛み合わなくて上がらなくなった右肩辺りをつついて深い溜息を吐く。
 どんなに悔やもうと、今となってはどうしようもない。もう一度何か別の店を始めようにも手元にはがらくたばかり。
「こう、思わず胸が熱くなるような、懐かしいと話に花を咲かせてもらえるような……そんなお店にしたかったんだがなぁ」
「ふふ、素敵な後悔」
 突如として背後から聞こえた声に男が振り返ると、そこには妖艶な微笑を湛えた女の姿。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 慌てふためく男の様子も気に留めず、女――第十の魔女・ゲリュオンは携えた鍵で男の心臓を穿った。
 意識を失い崩れ落ちた男の横、ずもずもと形を整えながら、ドリームイーターは具現化していく。


 十二人のドリームイーターの魔女集団パッチワーク。
 そのうちの一人、『後悔』の感情を奪う第十の魔女による事件がまたどこかで起こるのではないかと野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は危惧していたのだが、どうやらその胸騒ぎは現実になってしまったようだ。
 ヘリオライダーの少年から事件の発生を告げられたイチカが胸の辺りにそっと手を重ねる。何か思案するように瞳を伏せた少女に、ありがとね、と一言だけ礼を述べ、蛍川・誠司(虹蛍石のヘリオライダー・en0149)はメモ帳を捲った。
 事件の被害者は先頃潰れた小さな玩具屋の元店主で、彼を襲った魔女自体は既に姿をくらませている。しかし、奪われた『後悔』を元に生み出されたドリームイーターのほうは今も現場に留まったまま。
「このドリームイーター、たまたま通り掛かったひととかを店の中に引っ張り込んで、最終的に殺しちゃうんすよ」
 より正確に言えば、ドリームイーターが強制的に行う接客を快く大喜びで受ければ見逃してくれることもあるらしい……が、接客してくれるのが恐ろしいデウスエクスなことに加え、そもそも大衆受けしないのが原因で閉店した店ゆえに、大抵は捕まったが最後だろう。
 件の店は、まだ営業していた頃にはネジの巻けないブリキのおもちゃや音の鳴らないオルゴールなど、未修理の壊れた品物だけを売っている一風変わった所だったという。
「そんな訳で、皆にはドリームイーター退治に向かって欲しいんす」
 居合わせたケルベロス達に会釈をし、説明を続ける。
「敵はドリームイーター一体。そいつが営業再開した店の中での戦闘になるっすね」
 まるで木製の操り人形のような外見をした店主型ドリームイーターは、ひび割れて尖った腕や、身体に巻き付いた糸を攻撃に用いる。どうやら対象を捕える目的の能力を備えているのだろうと誠司は言い、一旦浅く息を吐いた。
 それから、曖昧に首を傾げて。
「ドリームイーターを満足させたげれば弱くなったりもするみたいなんすけど……」
 客としてお店を心から楽しむことさえできれば敵の戦闘力を減少させられるのだが、壊れた玩具しかない店内でどのように楽しめばいいのかが悩ましいところ。
「具体的には皆に任せるっすけど、なんかこう、おもちゃ関連の思い出とか、懐かしさとかに浸ってみるのもいいかもっすね」
 本来そういう趣旨の店なのだろうし、と誠司はひとり納得したように頷いてメモ帳を閉じた。
「皆の活躍、期待してるっすよん」


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(最後のワンダーランド・e02234)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
イジュ・オドラータ(白星花・e15644)
ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)

■リプレイ


 誰の心の中にも宿る思い出を形としてそのまま残せたら。
「その苦闘の舞台裏も、今となっては想像する他ありませんが……」
 経営に四苦八苦していただろう店主の奮闘に思いを馳せたクララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)は穏やかに店を見遣る。
 店主の抱いた理想は物品を売買する形式のお店としては受け入れられなかったのかもしれないが、それでも、きっと想いは誰かの胸を打つ。
 実際、事件解決のため足を運んだケルベロス達は皆、ノスタルジーにあふれた空間を素敵だと思ったのだから。
「私、こういうの結構好きだけどなぁ……」
 もう既に潰れてしまった店の仮初の開店を惜しむようにぽつり、リーズレット・ヴィッセンシャフト(最後のワンダーランド・e02234)は頭上のボクスドラゴンと共に軒を仰いだ。呟く彼女の視線の先を追うようにエフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)も顔を上げる。
 ドリームイーターによって営業再開した思い出屋の正面からは閉店の張り紙は既に剥がされ、歯車看板が誇らしげにガラス戸を飾っていた。
 冴えた色の瞳を追憶に彷徨わせたラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)は唇の辺りに人差し指を添えて小首を傾げ、
「思い出屋さん、かぁ」
 脳裏を巡る、思い出して辛くない思い出――楽しい記憶は、全て日本に辿り着いて以降のものだ。
 ぼんやり灯るセピア色の照明はガラス越しにも柔らかく。
「お店の中がすこし仄暗いのも雰囲気づくりなのかなあ?」
「ね。じかんがとまったよな、ふしぎなお店」
 興味津々に店内を覗き込んだエルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)と野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)の横、
「折角だし、ちゃんと楽しんでみたいよね」
「うん! 何だかわくわくしちゃう!」
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)とイジュ・オドラータ(白星花・e15644)が語尾を弾ませ。
 そのまま「ごめんくださーい」とドアノブに手を掛ければ、戸にくっついていた古めかしいベルが掠れた音を立てた。どうやらこれも、どこか歪んでしまっているらしい。
 陳列された何もかもが『不完全』な世界で、ひび割れた腕の店主型ドリームイーターが一同を出迎える。
「ヤアヤア、いラっしゃイマセ!」
 顔パーツさえ揃っていれば喜色満面なのだろう木偶。
 がちゃがちゃと発した声は、経年劣化した電子音声みたいだった。


「わーっ、ほんとにおもちゃがいっぱい!」
「素晴らしいではないか店主!」
 双眸をぱちくり瞬かせたイジュと、機械弄りが大好きなリーズレットの歓声が響く。特にリーズレットは作製のみならず修理も好きらしくうずうずと胸を高鳴らせている。嬉しそうに頷く店主型の様子を見るに、本来こういった反応を期待して設けた店であることが窺えた。
 男の子向け、女の子向けと分類された棚、並ぶ品はひとつひとつにしっかりと目を向ければ壊れている以外は丁寧に手入れされたものばかり。
 尻尾の取れたくまさんや片耳のうさぎさんのぬいぐるみに華奢な手を伸ばし、ラティエルは、背もたれの折れた小さな椅子に腰かける少女人形に目線を移す。
「女の子は、着せ替え人形とかぬいぐるみで遊んだりするんだよね?」
 慣れぬ手付きで優しくつつくと、ふわふわした布の感触が指先を伝う。付喪神には年足らず、けれどそれぞれのくたびれもおもちゃ達の刻んできた大切な月日の証だ。
「私遊んだことないんだけど遅すぎるってことはない……よね?」
「ええ、勿論です」
 答えるクララも人形に興味があるらしく。
「……ええと、ドール系統はこの国でも取り揃えてるのかしら……?」
 つば広帽越しにきょろきょろと探すのは、ずっと昔に遊んだ記憶のあるなめらかなセルロイドの肌。置いてあるかと店主型に伺いを立てれば示された陳列棚の『彼女ら』と目が合った。
 幼児を模った丸みある体躯を懐かしいデザインの服で着飾ったセルロイド人形はペイントの剥げかけた桃色の唇でクララへ微笑みを返してくれる。破損した部分を上手く隠すように並べ直してやってから、クララは人形の穿くほつれたスカートの裾を整えた。
「衣装が可愛いんですよね」
 決して華やかではないシンプルさにきらりと光る造形の癖、過ぎた時代を感じさせる色柄も愛おしい。
 リーズレットと手を繋いで店内を観覧していたゼノもぜんまいを無くしたロボットの前で立ち止まる。じぃとおもちゃを見つめる青年の顔を覗き込み、
「本当に見事に壊れたオモチャが沢山だな?」
「ああ、壊れたロボットの玩具もあるな……まるで、昔の私の様な……」
 返る言葉の切なさに少しだけ、リーズレットはきゅっと彼の裾を引っ張った。心配そうな彼女の仕草に気付いたのか、眦を柔和に弛めるゼノ。
「例え壊れていても、その時代の良さが残っている……味があるというのかな。原型を保っているより、リアリティがあるな」
 きらきらと輝く彼女の瞳が曇らぬよう、そして彼らを店主として見守りながら接客に勤しむドリームイーターの耳にも届くようにゼノは思いを語る。
 どのおもちゃにも積もる思い出の重み。それを慈しむゼノの言葉は、あちらこちらと様々なおもちゃを眺めるエルピスの琴線にも触れたようで。
「あのねあのね、ワタシ誰かの思い出ってすごく興味があるの」
 楽しい話も、ちょっとうるっとくる話も。
「ミンナはあるかなあ?」
 くるりと見回して問えば、色褪せた楽器の傍でイジュが返事を奏でた。


 レと高いドの抜けた木琴からは、なんだか懐かしい音がした。
「木の音、ブリキの音、おもちゃだからこその音色だよね」
 優しく目を細め、足りない音を自分の声で補う。
「故郷にいた頃はこうやって親戚の面倒とか見てたの」
 見た目が子供みたいでもわたしだってお姉さんなんだから、と胸を張るイジュが紡ぐ澄んだ歌声。幼い日を思い起こさせる童謡の旋律にヴィヴィアンもハーモニーを重ね。
 歌の終わりにたくさんの拍手をくれたイチカへ少しだけ照れたような笑顔を向け、ヴィヴィアンは先程見付けたおもちゃへ指を添わせる。そのレトロ風のラジオは生まれ育った教会にあったものによく似ていた。
「あたし、歌手を目指してるんだけど……小さい頃に偶然ラジオで聴いた一曲に惹かれたことがきっかけだったの」
 壊れてしまったそれはもう手元になくとも、あのとき流れてきた曲が与えてくれたあたたかな気持ちは今も覚えている。
 たったワンフレーズしか記憶に残っていないし、誰のなんていう曲なのかもわからないけれど、
「あたしが音楽に目覚めたきっかけだったっけ。これ、あの時のラジオにそっくりだよ」
 ラジオ越しの憧憬を愛しげに撫でる。上手く直せば音を伝えてくれるようになるだろうか。
 皆の話してくれる思い出のかけらにじっくり耳を傾け、イチカは、胸の辺りをふわりと満たすぽかぽかした感覚に微笑みを浮かべた。
 ――例え壊れても。こうして添う想いはずっと消えない。
「店長さんは、とくにどの子に思い入れがあるの?」
 おすすめを聞きたいと思っていたイチカが尋ねてみると、店主型はどこか困ったような仕草をしてみせる。不思議な対応に、あれ、と思考回路を巡らせて、少女は訊き方を改めてみた。
「いちばんすきな子って、どれ?」
「一番好きナ、カァ……」
 悩んだ素振りのあと、店主型が向かうのは男の子向けの棚。出し渋る訳ではないけれど、一応全て売り物として置いてあるからあんまり入れ込んじゃうのもね、ということらしい。
「コイツかナ」
 割れていないほうの腕が指し示すロボット人形をまじまじと見遣る赤髪の少女へ、木偶はこのおもちゃにまつわる逸話を語り始める。曰く、自分の幼少期の相棒ともいえる代物だったのだが、壊れて右肩が動かなくなった上、自身が授かった子供も娘のみだったために誰も遊ばなくなってしまったのだそうだ。
「コイツがいたカラ、店ヲ始めよウと思ッたんダよ」
 捨てるなんて考えられなかった。どこかの誰かが興味を持ってくれたらそれが一番だと思った。
 そう話す店主型の声は勿論ざらついてはいたが、ひどくあたたかかった。
(「ほんとの店長さんの思い出なのかな」)
 イチカは相槌を打ちつつ陳列棚に手を伸ばし、赤錆びたロボットを掌に収める。値札に書き入れられた数字はごくごく安価でも、飾られたおもちゃ達は誇らしげ。
「店長さんのお気に入りの二番目の子、くださいな!」
 買ったらだいじな友達にする。
 過去の自分と重なるその子へ、そして店主へ告げる約束。明るい笑顔を受け取る店主型が満足そうに発する「喜んで」の返事を、ケルベロス達も朗らかに聞き届けた。
 もう概ね充分だろうか。
 ゼノは店内を一度見渡し、仲間達の語り掛けの始終を確認しながら、頃合いと距離を見定める。
 ドリームイーターの満足感を得たと判断するに足るだけの要素は揃ったはずだ。目配せを合図に一同は本来の役割へと立ち返る。
「店主、悪いがそこまでだ」
 すなわち、ドリームイーターの討伐へと。


 ふわふわと舞うように跳ねるイジュは、なるべく被害の少なそうな場所を見繕う。ヒールグラビティで直せはするが、できれば元のままを大事にしたいと思ったから。
「悪い夢はもう覚める時間だよ。待ってて、幸せになる為の目覚めを届けるから!」
「この店のご主人が思い出になるのは、まだ早いから。返してもらうよ」
 その想いはラティエルも同様。見た目以上にパワフルなイジュのハンマーの一撃に次ぎ、ラティエルの穿つ黒がひび割れた店主型の腕を貫いて侵食していく。染まる闇色が生み出した隙を好機とヴィヴィアンの希望に満ちた唄が前衛を七色の光で包み、クララの雷の壁が障壁を作り出す。
 万全の守りを期して攻撃を繰り出す面々へと向き直る店主型の胸元からモザイクの塊が飛び出してリーズレットの不意を打つも、攻撃は彼女の前へ滑り込むように立ちはだかるゼノによって防がれた。
 深紅のアーマードジャケットに包まれた体躯がモザイクを吹き散らしてわずかに軋む。
「大丈夫か?」
 広い背中に庇われたリーズレットが問い掛けに対し頷くのを視線の端で捉え、ゼノはドリームイーターへ鋭い眼光を向ける。
「……反撃する、いくぞ!」
 ゼノが言葉と共に放つ妖精の矢に追い縋るが如く阿吽の呼吸でリーズレットの石化の呪いが飛んで店主型を撃つ。受けた傷を回復するヴィヴィアンを援護するように、彼女のボクスドラゴンであるアネリーのブレスが店主型の身を苛む呪詛を増幅させ。
 ここまでの対応によって弱体化したドリームイーターであれば苦戦を強いられはしないだろう。それは、ごくわずかの間に回復行動を取り始めた相手の様子でもよくわかる。
 自らの体をモザイクで包んで修復しようとする店主型に対し、それを見計らったクララの雷撃が放たれ、ヒールを相殺した形を取る。更にイチカの放り投げたカプセルから噴出したウイルスで回復をも潰され、相手は行動もままならない。
「ふふふのふー、ミンナさすがなの!」
 一気呵成のタイミング、鬨の声よろしくエルピスの全力の遠吠えが響いた。
「がうがう! わおーん!」
 遠吠えは衝撃となり敵に襲い掛かる。ギシギシと身を鳴らす店主型の動きが止まったのを見て取り、リーズレットとゼノが互いにアイコンタクトを交わし。
「――見えなき鎖よ、汝を束縛せよ」
 リーズレットの束縛魔法が敵をその場に縛る。身体中をガタつかせた店主型へと疾るゼノの腕が振るう得物が、更なる加速をもって的確に敵の中心を捉えた。
 まるで積み木が崩れるように、ドリームイーターだったものの欠片がバラバラと零れ落ち、消失していく。
 相手の消滅を確認したクララの長手袋が、戦場跡にふわりと落とされた。

 意識を取り戻した本物の店主には怪我らしい怪我はなく、ヴィヴィアンはほっと胸を撫で下ろした。
 店内をヒールする傍ら、励ましがてら各々に気に入ったおもちゃの購入を打診する面々へは、店主は二つ返事で快諾を示す。元より畳んだ店のこと、商品が新天地へ旅立つのを嬉しく思わぬはずもないのだろう。
 帰ったらさっそく歯車付きのロボを直そうとご機嫌な様子で意気込むリーズレット。 
「ゼノさんも一緒に買ったやつ直す?」
「……私も少し直してみよう。やり方を教えてくれるか?」
 どうやら隣のゼノもいくつか目星を付けたおもちゃを譲り受けたらしい。きっと二人の手によって、錆び付いた金属の足はもう一度、歯車の回転に合わせて動き出す。
 殺風景な部屋へお迎えするための人形やぬいぐるみを抱き締めたラティエルは改めて店主へと向き直り、
「あのね、駄菓子についてる玩具とか、昔の道具とか。二世代三世代揃って遊んだりできるようなお店とかは、駄目なのかな」
 昨今問題になっている、家庭での会話不足の解消へ繋がる店になれるのではないかと提案してみせれば、店主はびっくりしたように目を丸くして。ラティエルのケルベロスカードを受け取りつつ成程と思案顔を伏せる店主へエルピスも声を掛ける。
「壊れたおもちゃにも沢山の思い出がつまっていて、このお店は失敗しちゃったけど、ワタシはとてもステキだと思うのよ」
 エルピスは頬にクレヨン汚れの残るパペットの腕を応援の形に上げて微笑んだ。
「ワタシがもっともっとおばあさんになった時に『これはね、ワタシが使っていたの』ってミンナに見せたくなるとおもうんだあ」
 過去を連ねた今があり、今を過去にしていく未来がある。深く刻まれた記憶の傷も、他愛のない日常の一幕も、人生の一大事も、何もかもを思い出に変えながら生命は歩んでいく。
 いつか出逢う未来の大切な人に伝えたい、自身の記録。
 潤んだ瞳から涙がこぼれそうになるのをぐっと堪えたような、くしゃっと歪めた笑顔で店主が呟く。また、頑張ってみるよ、と。
「今日の事も、いつしか良い思い出になっていく事でしょう……」
「前向きになれば何度だって幸せをつかめるもの」
 言葉を添えるクララに、ねー、とイジュが続く。
 ――だから、辿り着くハッピーエンドの片隅に。
「ねえ、わすれないで、きらいにならないで」
 結果が例えうまくいかなかったとしても、どうか。
「すきなままでいてね」
 破損すら愛した『彼ら』のことを。
 イチカの優しい声音に導かれ、店主はゆっくりと店内へ視線を巡らせる。物言わぬ玩具の哀愁とそれに寄せる客達の思慕、ずっとずっと待ち望んだ光景が確かにそこにあった。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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