灯籠の灯り

作者:絲上ゆいこ

●灯籠まつり
 ある村の小さな神社で、夏の香りを残す風に灯籠の明かりが揺れた。
 金魚すくいの前で意気込む少女、射的をねだる少年に父親。
 甘い香りに、ソースの香り。
 ざわめきに夜店の香りが混ざり合う、祭の夜の香り。
 豊作を願う灯火は夜を照らし、祭りを彩る。
「ふぅん、豊作を願うなら――もっと、明るくした方が良いんじゃないかな?」
 マグロのきぐるみを被った浴衣姿の女が、下駄の音にタールの翼を揺らして呟いた。
 その瞬間。
 掌の上に生まれた炎塊が境内を舐め、逃げる暇も無く人々へと叩きこまれた。
「あは、あははっ! そうそう、ちゃんとお祭りっぽくなってきたよね! そうでなくっちゃ!」
 呆気にとられた後。蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた人々に、彼女は更に炎塊を叩き込む。
「もっともっと明るくして、豊作を願ってよねえ!」
 燃える境内、燃える夜店、燃える人。
 濁った瞳を炎に燻らせて。
 愉しそうに、楽しそうに。――シャイターンは笑った。
 

「エインヘリアルに従う妖精8種族の一つ、シャイターンが悪い事を始めたみたいなの!」
 浴衣姿の遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が、拳を握りしめて意気込んだ。
 その横に立ったレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は資料を掌の上に展開し、ケルベロスたちを見渡す。
「マグロの被り物をしたシャイターンの部隊……、見た目から『マグロガール』とでも呼ぼうか。コイツらが日本各地のお祭り会場を襲撃して、一般人を殺害してグラビティ・チェインを集めようとしてるようなんだ」
 人の集まる場を利用して効率よくグラビティ・チェインを集める作戦なのかもしれない、とレプスが付け足すと冥加がぴょんと跳ねた。
「と言う訳で、阻止をしにいくわよっ!」
 現れるシャイターンは配下を連れておらず、浴衣姿にマグロの被り物をしたマグロガール1体だ。
「惨殺ナイフを持ち、炎とヘッドバットで攻撃してくるようだが、祭り会場の人々が先に避難するとマグロガールは別の場所を襲ってしまうみたいでなあ。事前の避難はできねェんだ」
 現れるまでに対策を取ることは出来ないと言うことだ。
 しかしケルベロスたちが現れ立ちはだかれば、邪魔者を先に排除しようとする為、挑発しつつ人の少ない場所へと誘導を行うことで周囲の被害を抑える事はできるだろう。
「人々の避難と、マグロガールの惹きつけ方が重要になってくるだろうな」
 金魚帯を揺らして、冥加がケルベロスたちをぐるりと見渡す。
「マグロガールの戦闘力自体はそんなに高く無いらしいけれど、放っておけば大変な事になっちゃうわ。一緒に頑張りましょうね!」
 あと、とウサギの耳をぴんと立てて彼女ははにかんだ。
「……無事に撃破をできたら、お祭りも一緒に楽しみましょうよ!」


参加者
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)
渡霧・桜夜(天津太刀風・e10640)
深景・撫子(晶花・e13966)
ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)
サニディアナ・リーリィグニカ(空を見る少女・e24706)

■リプレイ

●昏に点る赫焉
 揺らめく灯籠の灯りが、喧騒を照らす。
 濁った瞳、タールの翼。
 掌に炎の魔力を灯したマグロのきぐるみを被る少女が、笑みを深めた。
「ふぅん、豊作を願うなら――もっと、明るくした方が良いんじゃないかな?」
「そうだな」
 相槌と共に。
 背後よりネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)の小さな身体が地を蹴り、炎を纏った踵がマグロガールの掌ごと魔力を蹴り散らす。
「痛あっ!? な、何よアンタ……」
「陸で鮪釣りをすることになろうとはな。折角の祭をこわす者にはネリネばあさんが灸をすえてやろう」
 文句を言おうとした彼女に、ボクスドラゴンのリリンが箱ごと飛びかかる。
 間一髪、浴衣を揺らして避けるマグロガール。
「おいおまえ! まさかこのあたり一帯を炎でうめつくそうとか、センスのカケラもないコトをしないよなあ?」
 体勢を崩したマグロガールの鼻先に人指し指を突付けて、バレンタイン・バレット(けなげ・e00669)が言った。
「だとしたら何よ、アタシのセンスにケチをつける訳?」
 突然攻撃され、苛立った様子のマグロガールが低く構える。対峙するウサギもエクスカリバールを携えて、同じように構えた。
「そんなことをしたらおまえはヤキザカナだ!」
「やってみなさいッ!」
 マグロの時速は7キロ程度だが、彼女はそれよりもずっと早い。
 そのまま踏み込んだマグロガールは弾かれた玉のように地を爆ぜさせて一直線に駆ける。
「よっ」
 しかし、動きが読めていれば避ける事は難しい事では無い!
 マグロガールの背に片手を添えて、馬跳びの要領で跳ねるバレンタイン。
「おねーさんね、いくら考えても分からなかったの」
 その背後で、斬霊刀をバッターの構えで引きながら待ち受けていたのは渡霧・桜夜(天津太刀風・e10640)だ。
「なんでマグロなのか。マグロと祭りの因果関係は何かって……」
 ふんわりと疑問を口にしながら、桜夜はマグロガールに向かって刃を水平に振り――。
「アタシがマグロだからよ!」
「そう……? ――じゃあ、まあ。そらっ、大人しくしなさいな!」
 全く解決を見いだせない答えに、桜夜のユルい返答。
 マグロガールの石頭と、斬霊刀の刃が火花を散らして激突した。
「お祭りは一旦中止……! みんな、いますぐ逃げて!」
 ――豊作を願う祭りを炎と悲鳴に包ませる訳にはいかない。
 避難誘導チームの鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)が、人々の耳に良く届く声で人々に声をかける。
 足元で灰色のボクスドラゴンのドラゴンくんも、小さな手をふりふり避難する方向をアピールだ。
「申し訳ありません。慌てず冷静に、この場を離れて下さいませ!」
 深景・撫子(晶花・e13966)が脚を引っ掛けて転びそうになった少年を支え、同じく喧騒の中でも人々の耳に良く届く声音をあげる。
「お子様やご老人、怪我人への配慮もお願い致しますわ!」
 その横で平坂・サヤ(こととい・e01301)が肩を竦めた。
 祭りを邪魔され今にもマグロガールに向かっていきそうなおじさんが、誘導とは逆方向に歩いて行くのだ。
「まったく、ハレの日を荒らされちゃあ困りますよねえ」
 おじさんの法被の裾を引いて声をかけたサヤは、隣人力全開の笑みを浮かべる。
「ちゃんとお守りしますゆえ、落ち着いて移動してくださいねえ」
 前髪に隠された、柔らかい女子高生の笑み。
 女子高生に笑顔でお願いをされて、逆らえるおじさんがいるものだろうか。
 多分殆どいないだろう。
 サヤから昇に引き継がれ、避難誘導されるおじさんの背。
「……折角のすてきなおまつりですものねえ」
 ――怒る気持ちもわかるですゆえ。
 月とセレスティンに促されて避難する人々を見渡し、サヤはぎゅっと両拳を握りしめる。
「炎は優しいくらいのあたたかさが丁度良いの、熱すぎる炎は消火! だね!」
「皆様の楽しい思い出を汚させない為にも、精一杯頑張りましょうね」
 ハクアと撫子が、サヤの呟きに応えるように言った。

●狂涛なるマグロはただ駆ける
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、マグロガールの攻撃を逃げ避ける大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)は笑う。
「ネェネェ、人のやることに文句つけないと何もできないのかなァ! キャハハ、お祭り好きそーな恰好してるのに、キミってとんだ能無しだネェ!」
「全くその通りだよ。浴衣なんて着て珍しく地球の文化に理解を示してると思ったけど所詮シャイターンか。無粋にもほどがあるね」
 サニディアナ・リーリィグニカ(空を見る少女・e24706)も蔑みを浮かべた視線をマグロガールに向けて、ふんと喉を鳴らした。
 ――そろそろ頃合いかな。
 挑発をしながらも、冷静に周りを見渡すサニディアナ。
 小競り合いを続け、辿り着いた少し開けた林の中。一般人の気配はもう感じられないと言いたげに、ファフが鳴く。
 そのタイミングを見計らって、逃げ回っていた千鶴のステップが変化した。
「アハ、そろそろ鬼ごっこはお終いにしようかなァ。――強欲なる柊よ、無垢を棄てる兇刃と成れ!」
 逃げるステップは攻めるステップへ。
 吐息が掛かりそうな距離まで一気に肉薄した千鶴の足元から、巨大な柊木犀が生まれ。
 鋭利な棘を持った葉がマグロガールに殺到する。
「それにはアタシも同意よ、そろそろ死んでくれるかしら!」
 自らの身を引き裂く柊木犀をナイフで叩き潰しながら、大きく口を開いたマグロガールから超音波じみた声が響く。
「あれは、良くない音だ」
 咄嗟にバレンタインの前へと身を躍らせ、彼を覆ったネリネはその音に身を貫かれる。
「ネリネ!」
「だいじょーぶ、OKOK、回復は任せてねぇ。よしっ、スキャン完了! 実行完了まであと10秒~」
 バレンタインは自らを庇った仲間の名を呼び、地を蹴った。
 駆けつけた桜夜が、やたらと眩しい光線を照射し始める姿に細く息を吐いて集中する。
 旭日昇天。
 構える銃には四葉のマーク。狙いはマグロの心臓。
「――燃えろ、太陽!」
「花よ舞え。――この氷と共に砕けてしまえ……!」
 追うように紡がれた言葉が重なり、桜の花びらを散らして氷鹿が駆ける。
 タールの翼が一瞬で凍りつき、音を立てて砕け。膨れ上がる炎の魔弾がその心臓を燃やした。
「お待たせしちゃった、かな?」
「避難は完了したのですよう」
 魔導書に手をかけたハクアはへんにゃりと笑い。反対側から距離を詰めたサヤが燃えるマグロガールの懐へと飛び込み、流星を宿した蹴りを振り抜いた。
「全員集合ですわね」
 撫子がロッドで口元を隠して瞳を細めると、癒しと加護を与える雷の壁が構築され、ケルベロスたちを包む。
 これで避難誘導に散ってたケルベロスたちも、勢揃いだ。
 数の不利を悟り歯噛みしたマグロガールは、ナイフを握り直して駆けた。
「雑魚が集まったからって何だって言うのよ!」
「始めよう。――仮想砲搭の創造」
 巨大な鎌刃の曲線で、マグロガールの駆ける軌道をいなすようにサニディアナは鎌を振るう。
 勢いに任せてそのままジャケットを揺らして。ぐるりと半回転した彼女は、銃に見立てた指先をマグロガールへと突付ける。
「召喚完了、弾丸の創造」
 青白い光が砲台を形作る。マグロガールを睨めつけるサニディアナの藍瞳の奥には、酷く深い憎しみの色が揺らめいてた。
 ――シャイターンの濁った瞳、薄汚いタールの翼。
 気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い。
 ……お前らがした事は、絶対に忘れない。
「召喚完了。照準――完了、あとはお前が終わればおしまいだ」
 死んでも、容赦などするものか。
「行け、焔の竜よ!」
 ハクアの手慣れた指先が魔導書の頁を操り、青き幻影龍の炎が爆ぜ奔る。
 小競り合いからの蓄積ダメージも、一人きりのシャイターンの身体を蝕んでいる様子だ。――ケルベロスたちは確実にマグロガールを追い詰めてだしていた。
「受け取れっ! 癒しの力をっ!」
 昇のイメージに合わせ、癒しを纏った魔力の弾丸が仲間に叩きつけられ、加護を与える。
「日本のお祭りはね、ただ花火を打ち上げればいいってわけじゃないのよ」
 セレスティンが嫋やかに笑むと、毒を秘めた炎にも似た赤い曼珠沙華が咲き誇った。
「あなたの大好きな炎にも似たこの花、なかなか素敵でしょう? ――どうぞこの華を越えていらしてください」
 神経性の毒はマグロガールの足取りを鈍らせる。
 濁った瞳の奥に焦りを鈍く揺らして、大きく後ろに飛んで体勢を立て直す。――逃げる事が叶わないならば、最後まで戦うだけだ。
「ふ……ッ!」
 鋭く息を吐き出した跳躍したマグロガールは、その掌に炎を宿しサニディアナへと振りかぶった。
「させないよォ!」
 千鶴が両手に構えたエクスカリバールに黄金の雷を宿し、交差する形で振り抜き。
 その隙にサニディアナとマグロガールの間に桜夜が割り入って、サニディアナを庇う。
「……っぐう! ……ヘイヘーイ、それで終わりかしらん!」
 炎が背を舐め、痛みと熱さが身体を駆け抜ける。
 喉を鳴らして笑った桜夜は、アームドフォートの主砲を軋ませて照準を合わせ。
 重ねるように撫子が呟いた。
「――誰そ彼時、お傍に居るのは何方でしょう」
 吐き出された砲、煙水晶の花が音を立てて咲き乱れ敵を覆う。
 同時に叩きつけられる攻撃。たたらを踏みながら何とか堪えたマグロガールの目前に、スタンピングと共に現れたのは銃口だ。
「――ようこそ」
「はじめに言ったとおり、おまえはこんがり焼きマグロだぞう!」
 『死の可能性』の集約。
 サヤの広げた掌が空に青く光を引き、バレンタインの銃が太陽の光を点す。
 溢れる光。
 轟音と共に膝をつき、燃えるマグロガール。
「……ッ!」
 息を呑んだサニディアナの身体からブラックスライムが膨れ上がり、ねばりと大口を開くとマグロガールを頭から喰らう。
 後に残るのは、タールのようなどろりとした液体だけだ。
「……ネリネのとっておきだ」
 戦闘の終わりを告げるネリネの妖精の光は。仲間たちに癒しを与えて儚く輝き、消え行く。

●お祭り! 祭だぞう! おまつりですねえ! 
 取り戻された喧騒の中、輝く灯籠の柔らかい明かり。
「ワー、祭だよサヤ、ハクア!」
「灯籠の数だけ、みのりを祈るこころがあるのでしょーか。きれいなおまつりですねえ」
 カエルのお面を装着したバレンタインがぴょんと飛び跳ね、サヤが頷く。
 ドラゴンくんを抱くハクアも頷くが、視線の先は手作り灯籠コーナーに向けられたままだ。
「ね、トウロウってヤツをつくってみようよ! 三人でやればきっとステキなやつができるぞう」
「…とうろう、灯篭! 作りたい!」
「灯籠つくりましょーう!」
 バレンタインの素敵な提案に既に心を奪われていたハクアとサヤが同時に賛成し、訪れた手作りコーナーには既に先客がいた。
「そこはもっとぎゅっと編むのよ!」
「こうですか?」
 すいすいと竹ひごを編むラグナシセロと。
「櫻、ちょっと待って下さいってば……あれっ、どうしてこっちにひごが?」
「そ、そうじゃないのよう!」
 既に灯籠を作り終えたビハインドの櫻に、『つきちゃん、はやくはやく!』とぐいぐいと引かれながら不器用を爆発させている月が、冥加に熱血指導されている。
 月の悪戦苦闘っぷりにドキドキしながら、ならんで3人も竹ひごを編み出した。
「……竹ひごをあむの、むつかしいね。ウウム。サヤとハクアは、こういうのトクイ?」
 バレンタインが唸りながらぴょんぴょん飛び出すひごと格闘する様を見ながら、ハクアも悪戦苦闘。
「うー、わたしも初めてだから綺麗に作れるか自信ないや」
「サヤも特別器用ではないですが、……でも、ちょっといびつなのも遠くから見つけられてよいと思いません?」
「なるほど」
「確かにそうかもなあ!」
 サヤが首を傾げ、同意をする2人。
「ネェネェ、央! ……どーお?」
 初めての浴衣。初めてのお披露目。千鶴はその場でくるりとターンしてみせる。
 緋色のマフラーを纏った央が眼鏡の位置を直して頷いた。
「似合ってる」
「ヘヘッ、そう? そうかなあ? 央も浴衣良く似合ってるよォ!」
「そうか。折角だし店を見て回ろうか」
 綺麗だ、と思う言葉は気恥ずかしさに噛み殺される。それでも千鶴は、央の差し出した掌に掌を重ねて幸せそうに笑った。
 串焼き、唐揚げ、フランクフルト、リンゴ飴にミルクせんべい。
 バッチリ浴衣を着込んだ桜夜は、男物のジャケットに帽子とヘッドフォンの何時も通りの服装のサニディアナと並んで歩く。
「よく食べるねぇ、おねーさんビックリよ」
「ふぉうふぁな?」
「そうだよー、あっ、あの牛串も食べたくないかしら?」
「食べる」
 一気に口の中のものを飲み込んだサニディアナに、桜夜が可笑しそうに笑って片腕を上げた。
「じゃ、行こっか。おじちゃーん、牛串2本ねぇ」
 その後ろをナノナノのお面を被されたファフが、尻尾をふりふりついて行く。
 千鶴と央の手に握られたリンゴ飴。
「こんなに屋台が並んでいると、目移りしちゃうよネェ……アッ、射的がある、央もしよーよォ!」
「お前が落とせなかったら挑戦してやるよ」
 ガリガリと飴ごとリンゴを噛み砕きながら、央が言う。
「じゃ、ガンスリンガーの腕前見せないとネェ! 狙うはあのおっきなぬいぐるみだよォ!」
 千鶴がリンゴ飴を央に預け、コルク銃を握りしめる。
 肩を竦めた央は、ナイフ投げなら確実に当てる自信あるんだけどなと内心呟き、瞳を細めた。

●秋天に明かりは灯る
 道の両側には、沢山の灯籠と夜店の明かり。
 ちゃっかりリンゴ飴を手に入れたセレスティンが人混みに消え行く中。
 ある夜店の前で撫子は瞳を輝かせていた。
「わあ、水風船釣りは懐かしいですわね! ねえ、ネリネ様も一緒にいかがです?」
 リリンとリンゴ飴を齧っていた、赤い花の髪飾りを揺らすネリネを認めると撫子が声をかける。
「どうした、この紙をどうするんだ?」
「ふふ、ではこの青い風船を狙ってみましょうか。……こうやって、この紐に引っ掛けて……」
 水につり紙を漬けないように、器用に引っ掛けて風船を持ち上げる撫子。
 ネリネがおお、と目を見開く。
「撫子、ネリネはわかった」
 水に浸かった紐を狙うネリネのつり紙は一瞬で水を吸い。風船の重さに耐えきれずに、ぷつんと千切れて水底に沈む。
「……」
「水に浸けると、直ぐ切れちゃうのですよね。私も小さい頃は中々釣れなくて、両親にねだったものです」
「もう一度やる」
「ふふ、その意気ですわ」
 小銭を取り出すネリネの横。撫子がくすくすと笑って応援した。
「できたぞう!」
 生まれたばかりの灯籠に、バレンタインが灯りを点す。
 次いで完成したサヤも灯りを点して、小さく拍手。
「同じのを作っても、なんとなく元気な感じとか可愛い感じとかがありますよねえ」
「個性、ってやつかな? 同じものでも違う風に見えちゃうね。2人の作った灯篭も『らしさ』が出てて素敵!」
「なるほど、個性」
 ハクアの言葉に頷くサヤ。
 綺麗な明かりに、元気な明かりに、可愛い明かり。
 3つ並んだ明かりはそれぞれ違った印象を受ける明かりだけれど、夜を優しく照らすのは同じ。
「ふへへ、なんだかうれしいや! おいしいごはんが食べられますように!」
「おいしいごはんは元気のみなもと。豊かな年になりますように」
「おいしいごはんはうれしいものですゆえ、サヤも祈りのひとつになりたいのですよ。……食べるのに困らない年でありますように!」
 バレンタインもハクアもドラゴンくんもサヤも、手をあわせて神様に五穀豊穣をお願いだ。
 みんなで賑やかに食べるおいしいごはんはとっても素敵なものだもの。
「――ごはんに思いを馳せるとお腹が空きますね、折角ですし、屋台も巡りに行きません?」
「わー、林檎飴食べたいなあー。へへへ、おなかすいてきちゃった!」
「ウムウム! おれもなあ、ちょうどお腹がすいたところだったぞう!」
 灯籠を手に取ったお食事仲間の3人と1匹は、目の前に広がる夜店にわくわく仲良く歩きだす。
 もしかすると夜店巡りは、シャイターン退治よりも強敵かもしれない。
 並ぶ夜店は、全部巡りたくなるくらいとっても魅力的なのだから。
 大きなペガサスのぬいぐるみを背負った央の手を引く千鶴。
「央、央! あっちで灯籠も作れるみたいだよォ!」
「へぇ、そんなのも作れるんだな。――せめて作ってる間くらいは大人しくしていてくれよ」
「ヘヘッ、央といっしょだとはしゃぎすぎちゃうなァ」
 千鶴は照れくさそうに笑い、央が一瞬息を詰めた瞬間。
「で、できましたぁ!」
「やったわ月さん、力作よ!」
「苦戦しましたねー」
 手作りコーナーから響く歓声。冥加とラグナシセロが拍手を行い、感動する月の周りを櫻がぴょんぴょんと跳ねる。
「……そんなに難しいのかナァ?」
「……どうだろうな?」
 央と千鶴が並んで、首を傾げた。
 せせらぎの音色に、砂利を踏みしめる足音が混じる。
「冥加の金魚帯、よかったな。ネリネも今度着物を誂えてもらおうかな」
 リリンが首を擡げ、ネリネはボクスドラゴンを抱き上げた。
 振り向けば、祭り会場が望むことが出来る。
 紫色の瞳の中に飛び込む、数え切れない程の幾多の灯火。
「ああ、随分と豊作だ」
 豊穣を祈る柔らかな輝きが、世界を照らす。
 きっと今年も、美味しいご飯が沢山食べる事ができるだろう。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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