枯れない花を

作者:麻香水娜

 涼やかな夜風が金色の長い髪を闇夜に広げた。
「あなた達に使命を与えます」
 シルクハットに螺旋仮面。美しい女性らしい体のラインを惜しげもなく晒すミス・バタフライは2人の配下を見遣る。
 彼女の視線の先には、オレンジ色のアフロヘアに小さなクラウンハットを乗せた恰幅の良い道化師風の男と、細身で黒の吊りズボンを穿いた男が深く頭を垂れていた。
「この街に、絵ろうそく職人がいるようです。その人間に接触して仕事内容を確認、可能ならば習得してから殺害なさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 ミスバタフライは静かに告げる。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 頷いた道化師風の男は立ち上がると、細身の男と共に夜の街へ消えていった。
 
「ミス・バタフライ、という螺旋忍軍が動き出したようです」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が静かに説明を始める。
 ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大した事は無いのだが、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないものであると。
「今回の事件は、絵ろうそく職人である一般人の仕事の情報を得たり、或いは、習得した後に殺そうとする事件になります」
 この事件を阻止しないと、まるで、風が吹けば桶屋が儲かるかのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高い、と続けた。
 勿論、それがなくても、デウスエクスに殺される一般人を見逃すことは出来ない。
「皆さんには、一般人の職人さんの保護と、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破をお願いしたいのです」
 敵は螺旋忍軍が2体。事前に哲也を避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うなどしてしまう為、被害を防ぐ事ができなくなってしまう。
「螺旋忍軍はいきなり現れて襲うわけではありませんので、囮作戦など如何でしょうか」
 蒼梧の提案は、事件3日前に絵ろうそく職人である荒井・哲也に接触する事ができるので、その3日で必死に技術を習得し、見習い程度になる事ができれば、螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることできるかもしれないというものだ。
「見習い程度とはいえ、3日で習得するには、相当努力せねばなりませんが……習得する事ができれば、指導という名目で螺旋忍軍を分断したり、先制攻撃をできるチャンスを作れるかもしれません」
 尚、哲也という人物は、基本的に穏やかで、事情を話せば協力してくれる人物のようである。但し、仕事と礼儀には厳しい面があるので、そこは心に留めておいて欲しい、と続けた。
「螺旋忍軍は、螺旋忍者と同等のグラビティを使用してきます」
 恰幅の良い道化師風の男はエアシューズを装備しており、かなり攻撃力が高い。細身の男はナイフ投げを得意としているようで、螺旋手裏剣を装備して正確に攻撃を当ててくるという。
「戦闘場所ってどうなるんだい?」
 話を聞いていたファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)が首を傾げた。
「荒井さんの工房は山の麓にあり、周辺に住宅はありませんが、ご自宅が隣接しています。螺旋忍軍は荒井さんの工房に現れますので、囮になっていても、なれなくても、そこが戦場となりますね」
 避難誘導等は気にしなくて良さそうだが、自宅は哲也が妻・美代子と二人暮らしをしている。
 美代子には、戦闘が始まったら自宅から出ないように言っておいた方が良さそうだ。
「バタフライ効果というものは、結果的にどのような事態になるのか予測の難しいものです。しかし、最初の一手を止めて悪影響を起こらないようにしてしまえば問題ありません。どうぞ、宜しくお願い致します」


参加者
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
恋山・統(リヒャルト・e01716)
戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)
揚・藍月(青龍・e04638)
雨之・いちる(月白一縷・e06146)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)

■リプレイ

●修行
 事情を説明して、弟子入りさせて欲しいと頭を下げるケルベロス達。
「……灯芯が細いね。これじゃすぐ消えてしまう」
 荒井・哲也が1つの絵ろうそくを見た瞬間に発した言葉。
 揚・藍月(青龍・e04638)が事前に色々調べて独学で作ってみた物を差し出したのである。
「灯芯は大事だよ。皆がよく目にしているのは洋ローソクだと思うけれど、あれは芯が糸でできてるから細くて火も小さい。しかし……」
 続けながら、1つの絵ろうそくに火をつけて見せる。
 大きくゆらゆら揺れる炎。安価で売っている白い洋ローソクとは迫力が違う。
「これが和ろうそくの火だ。まずは立派なろうそくを作るところからやろうか」

「私が思う以上に奥の深いものなのだな」
 フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)が、真剣な眼差しで竹串に和紙を巻き付け、その上にイ草の茎の髄と呼ばれる白い糸状のものを巻いていく。
 藍月のように作ってはみなかったが、事前に色々調べてはいた。だが、実際に作ってみると美しい炎を作る為には想像以上の手間が必要なのだと実感したのである。
「どうやったらこんなに綺麗に……」
 レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)がぼそりと呟いた。
 哲也の作った灯芯は、同じ方向に隙間もなく綺麗に茎の髄が巻かれているが、自分が作った物は方向は滅茶苦茶でボコボコと不恰好に巻かれていて太くなってしまっている。

 50度くらいに熱したロウの入った鍋に灯芯を浸す『芯締め』の作業が終わると、2種類の色違いのロウが入ったボウルが出された。
「次は『下掛け』と『上掛け』というものだ。このロウはそれぞれ溶ける融点が違って、下掛けに使う方が先に溶けるからロウが外側に流れ出ないようにする意味合いもある」
 まずは『下掛け』だと、哲也が右手に灯芯を持って左手でロウを塗りこんでいく。塗っては乾かし塗っては乾かしの繰り返し。
 哲也は素手でその作業を行っていたが、ケルベロス達にはゴム手袋が配られる。いきなり溶けているロウを素手で触るのは大変だろうという配慮だ。
「こうだろうか……」
 セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)は、哲也の一挙手一投足をしっかりと観察して真似るように手を動かす。

「こんな機械を使うのか……」
 戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)が、手より少し大きい車輪のような機械を見つめて呟いた。
 この機械で、ろうそくの頭を削って灯芯を出す『頭切り』をする。
「指まで削らないように気をつけてね」
 哲也が実際にやってみせながら穏やかに口を開いた。
 その後、ろうそくから竹串を抜き、寸法をそろえる『尻切り』まで終わって和ろうそくができる。
「この竹串を抜いてできた空洞に、ろうそく立ての突起を差すんだよ」
 穏やかに続ける哲也の言葉を聞き逃すまいとして、恋山・統(リヒャルト・e01716)が素早くメモを取り出して何かを書き込んだ。

「では、自分の作ったろうそくに絵を描いていこうか」
 今まで自分が練習で沢山作ったろうそくに、それぞれ自由に描いてみてくれ、と水溶性のアクリル絵具と筆、見本にする花の絵が配られる。
「……紙に描くのとは違って難しいですわ」
 絵が得意ではない藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)は、今まで沢山の花をデッサンして練習してきた。しかし、平面である紙に描くのとは難易度が違う。
「はい! ここ、上手く描けないんですけど、教えて下さい!」
 雨之・いちる(月白一縷・e06146)が元気に挙手して哲也を呼んだ。
「アジサイか……花が小さくて細かいからね――」
 まずは大きめに描いてみたらどうだ、と丁寧に助言する。
「何かを自分の手で作り出す、というのは興味深いです……まぁ、僕にはセンスがないのかもしれませんが」
 できたろうそくに絵筆を走らせていたレテが、ふと自分の手元を見て苦笑を浮べた。

 必死に努力する姿は美しく、道具に対しても後片付けなどの礼儀を忘れないケルベロス達に哲也の頬も緩む。
「哲也殿。我々の作品はどうだろうか」
 修行3日目の夜。フランツが、ケルベロス達が作った絵ろうそくを並べて哲也に問うた。

●見習い職人達
 3日間の修行が明けて早朝。螺旋忍軍相手に囮として一芝居打つ準備に取り掛かるケルベロス達。
 昨夜フランツが出来栄えの評価を頼むと、哲也は全員に見習いとしての及第点をくれた。
 そこで、複数の職人が集まって切磋琢磨している工房という設定を作り、哲也には工房から離れてもらうよう頼んだのである。
「そっちは任せたぜ。こっちは任せな」
「あいよ」
 工房の前で久遠がファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)に、万が一に備えて哲也を護衛してもらうように頼んだ。
「では、僕は奥様にも工房に近付かないようにお願いいたしましょう」
 ファランの横にいたラグナシセロ・リズが穏やかに微笑んで哲也の自宅の方へ向かう。
「我もまずは夫妻の身辺で警護をしよう」
 ストンっと身軽に工房の屋根から下りてきた呂・花琳もファランとラグナシセロの後に続いた。

『すいませーん。絵ろうそくに興味があって、教えて頂ければなーなんて思いまして』
 恰幅の良い道化師風の男が工房の入り口で中に声をかける。その後ろには細身で吊りズボンを穿いた男。どちらも螺旋仮面をつけていた。
「我々に教えを請いたいと?」
 フランツが口を開く。
「あ、芯締め用のロウが足りなくなってしまいました……」
 ふいに工房の奥でレテが呟いた。
「では、早速お手伝いをお願いできますか?」
 レテの声に千鶴夜が螺旋忍軍達に微笑みかける。
『芯締め?』
「ろうそくの芯である灯芯にロウを染み込ませるんだよ。じゃあ君、彼を手伝ってもらえるかい?」
 吊りズボンの男が首を傾げると、後ろで作業をしていた統が手を休めて口を開いた。
「こっちです」
 大きな鍋を持ったレテが、吊りズボンの男を従えて工房から外に出て行く。
『私は何をすれば?』
 道化師風の男が残る職人達――に扮したケルベロスに問いかけた。

●奇襲
「そうだな……」
「礼儀知らずのお客様方には、退散してもらわおうか」
 藍月が口を開くと手元の爆破スイッチを押して、前衛の仲間達の背後にカラフルな爆発を起こす。同時に統がオウガ粒子を放出して前衛の仲間達の超感覚を覚醒させた。すっと姿を現したビハインドのフリードリヒが道化師男を金縛りにすると、ボクスドラゴンの紅龍がボクスブレスを吐いた。
「そうね」
 統の言葉に頷いたいちるが戦術超鋼拳を撃ち込む。
『な!?』
「貴方達にはわびさびなどわからないでしょうね。まぁ、わかる前に滅ぼされるわけなんだけど」
 突如の攻撃にうろたえる道化師風の男に、セラが鼻で笑いながら旋刃脚で急所を貫いた。
『き、貴様ら……騙したな!!』
 いきり立った道化師男は、最初に攻撃してきたいちるに螺旋を籠めた拳で思い切り殴りつける。
「きゃっ」
「ただそこに居れば良い。我が地獄が君を迎えに行こう」
 後ろに飛ばされたいちるを受け止めたフランツが低く呟いた。地獄化した翼を広げて高速で突進しながら貫手で道化師男の肩に突き立てる。
 フランツからいちるを任された久遠は、サッと眼鏡を外して表情を引き締めた。
「陽を巡らせ陰を正す……万象流転」
 体内で陽の気高めていちるに撃ち込んで、陰陽のバランスを保たせる事で傷を癒す。
「そこですわっ」
 千鶴夜が目にも止まらぬ速さで白銀のリボルバーを操り、道化師男の足を撃ち抜いた。

『工房の方が何やら騒がしい? まさかケルベロスか!?』
 レテの後ろを歩いていた吊りズボン男が顔を青褪めさせて工房へ急ぐ。
「気付かれてしまいましたか」
 工房へ急ぐ吊りズボン男を追いかけるようにローラーダッシュで炎を纏わせた足で、その背後から炎を纏った蹴りを喰らわせ、ウィングキャットのせんせいがキャットリングを飛ばした。
『くそっ!』
 しかし、吊りズボンの男はレテに構わず工房の扉を乱暴に開けて中に飛び込む。
 そこには倒れて動かない道化男が無残に転がっていた。
 吊りズボンの男も工房へ向かったのを確認したファラン、ラグナシセロ、花琳も工房に合流する。
 ラグナシセロとファランがいちるを回復し、花琳が炎の息を吐いた。
「気付くのが遅かったね」
 いちるの声と共に、吊りズボン男に鎖が絡みつく。
「今だよ!」
「八卦炉招来! 急急如律令! 行くぞ紅龍! 今こそ俺達の力を見せる時だ!」
 いちるの声で藍月が吊りズボンの男を中心に八つの板型の符の結界で閉じ込めた。その上空から紅龍が数十発の炎弾を浴びせて炎に包み、爆砕させる。
 吊りズボン男を囲んでいた符が消えると、セラが鎌を大きく振りかぶって斬りつけ、傷口から生命力を簒奪した。
「お嬢さん、敵の目を引いて」
 統の声にフリードリヒがポルターガイストを使うと吊りズボン男は飛んでくる物を見事に全て避けたが、着地した瞬間に炎に包まれる。その隙に統がいちるに祝福の矢を放って傷を癒した。
「フランツ・サッハートルテ、我流にて地獄に案内つかまつる!」
 フランツが声高に宣言し、地獄の炎を纏わせた武器を思い切り叩き付ける。
『ギヤアァァァ!!』
 断末魔の叫びを上げた吊りズボン男は床に縫い付けられるように倒れ伏して動かなくなった。 

●感謝を
「さて、一仕事終わったな」
 久遠が外していた眼鏡を再びかける。
「さぁ、ヒールや片付けで、もう一仕事といきましょう」
 久遠の言葉に、統が壊れてしまった器具にヒールをかけ始めると、皆がヒールをかけたり、散らかってしまった道具等の片付けを始めた。
「私は哲也殿に安全を伝えてこよう」
「あ、避難させていた荒井氏の作品も工房に戻さなくてはなりませんね」
 フランツが仲間達に声をかけると、レテも思い出したように呟いて、2人は工房から出て行く。
 戦闘で工房内が滅茶苦茶になってしまうのが予想されたので、ケルベロス達が練習で作ったものを大量に置いておき、哲也が作っていたものは自宅に避難させていたのである。

「有難う」
 工房に入って来るなり哲也がケルベロス達に深々と頭を下げた。
「頭を上げてくれ。私達こそ大変世話になった」
 セラが深々と頭を下げると、他のケルベロス達もそれぞれ頭を下げる。
「こちらこそありがとうございましたっ! あの……作ったろうそく、持って帰っても良いですか? 祖父母の仏前に、枯れない花を供えてあげたくて」
「有難う御座いました。私も記念に持って帰りたいと思うのですが……宜しいでしょうか?」
 勢いよくぺこりと頭を下げたいちると丁寧に頭を下げた千鶴夜が、顔を上げて恐る恐る訊ねた。
「あぁ、勿論だ。3日間で頑張った証だからね」
 哲也は、可愛い教え子達からの嬉しい言葉に穏やかに微笑む。
「皆さんお疲れ様でした。お茶でも如何ですか?」
「この大福も饅頭も奥さんの手作りなんだよ」
 哲也が微笑むと、妻の美代子がお盆にお茶を乗せ、その後ろで沢山の饅頭と大福を持ったファランが笑いかける。
「ほう、美味そうだ。食べたら修行の続きをしよう、哲也殿」
 任務としての修行は終わっても、藍月はまだまだ学びたいようで、更に哲也を幸せな気持ちで満たした。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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