勿忘草の梦

作者:朱凪

●狐死して丘に首す
 青々と広がる湿原の中、黒い狐の毛皮をかぶった女が謡うように告げる。
「……さあ、貴方も目覚めなさい」
 滑らせるように躍らせた細い指先。ぽぅ、と灯った淡い光に応じ、これまでの幾多の骸と同じように、彼女の傍で立ち上がる影がひとつ。
 大きな銀狐の耳に、揺れる尾。
 ぼさぼさの黒い髪に、覇気も生気もない青紫の瞳。
 神造デウスエクス──ウェアライダー。
 起こされたばかりの『彼』の周囲に、ゆらりと大型の深海魚が泳ぐ。
 彼女は死神。名はテイネコロカムイ、あるいは『湿地の魔神』。無論、中空を泳ぐ深海魚も死神であり、目覚めた『彼』は疾うに死した存在だ。
 それでも、手駒としてはまだ使える。
「まだ働いてもらうわ。暴れておいでなさい」
「……」
 狡猾に笑う彼女の口許。
 『彼』は髪に飾られた勿忘草に触れ、遠くを見通すように視線を遣り、それからふた振りのナイフを両の手に握った。
 目指す先は市街地。狩るべき獲物の群れる場所。
 
●勿忘草の梦
 拡声器のマイクを構え、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は告げる。
「ご存知の方も、きっともう、いらっしゃいますね。釧路湿原のテイネコロカムイによる、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスのサルベージが、また起きます……」
 かすか心苦しいのは、時さえ違えば仲間になれていたかもしれない、ウェアライダーが敵だからだろうか。
「彼は釧路湿原で命を落としたわけではないようで……なにかの意図があって運ばれて来たものだと思われますが、彼に問うたところでその解答は得られないでしょう」
 何故なら、彼は死神によって変異強化を施されており、意識はあるものの思考力はかなり希薄になっている様子だからだ。
「彼は市街地を目指しますが、ハガネの──ヘリオンの予知がありますから。そこまで辿り着かせません。周囲に一般人の居ない、湿原の入口辺りで、迎撃しましょう」
 チロルはそう言ってひとつ肯き、それから、と敵について補足した。
 銀狐のウェアライダーは両手に惨殺ナイフを持つこと。
 深海魚型の死神は2体。さほど強くはないが、防御力が高く面倒であること。
 テイネコロカムイはその場にはおらず、接触はできないこと。
 以上です。告げて、彼は宵色の三白眼を瞬いた。
「……例えその当時は敵であったとしても。俺としては、死者を操るなんて、神であろうと許されることではないと思っています。だから、Dear。どうか彼に、安らかな眠りを」


参加者
カンナ・ガブリエリ(ミッドナイトブルー・e00254)
連城・最中(隠逸花・e01567)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
グレイン・シュリーフェン(ウェアライダーの降魔拳士・e02868)
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)
シーレン・ネー(玄刃之風・e13079)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
天目・宗玄(一目連・e18326)

■リプレイ

●釧路湿原の邂逅
 湿り気を帯びた風は既に涼やかで、見渡す限りの緑は壮大だ。
 この美しい湿原のどこかに死者を弄ぶ存在が潜み、そして多くのひとの死を笑って望んでいるのだという。
 テイネコロカムイ。
 その名を舌の上だけで呟いて、天目・宗玄(一目連・e18326)は赤銅色の瞳を眇める。
「岬守と何やら関係があるようだが……」
 因縁の相手とこの先、直に目見えることがあるだろうか。鍛冶として船で街ですれ違う、黒髪の船員を思う。そして彼はひとつ、首を振った。
「まずは目の前の敵を倒すのが先か」
「! 来た」
 ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)とふた手に分かれて望遠鏡で索敵を意識していたシーレン・ネー(玄刃之風・e13079)が短く声を発し、グレイン・シュリーフェン(ウェアライダーの降魔拳士・e02868)の耳がぴくりと応じた。
 湿原の中、ゆるりとけれど確かな足取りで進んで来る銀狐のウェアライダー。その左右には1mほどもあるべったりと押し潰されたような形の魚が中空を泳ぐ。
 ──湿原で魚って変な感じ。
 目の上に掌でひさしを作ってそれを見遣り、脚元に立つボクスドラゴンへ、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は声を掛けた。
「ラーシュ、今回も頑張ろうね!」
 彼女のお兄さん役である彼は、爛漫に笑う彼女を諌めるように片翼を羽ばたいて見せた。その傍で、カンナ・ガブリエリ(ミッドナイトブルー・e00254)は手にした爆破スイッチを握り締める。
 ──あの魚みたいな死神を見かけるのも久しぶりだわ。
 初めて彼女がケルベロスとしてデウスエクスと戦ったとき。あのときも、敵は強化変異させられたウェアライダーだった。
 ──深海魚には興味があるけれど、その形をした死神は好きにはなれないわね……。
 死者を弄ぶ存在。放ってはおけない。
 細く息を吐き、連城・最中(隠逸花・e01567)は静かに外した眼鏡を胸ポケットに差した。しゃん、と鞘鳴り。武器飾りのように鞘に巻いていた流動する銀の金属が、彼の腕へと移動する。
「さ、始めよーか」
 気負いのない声でスミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)が告げて、次の瞬間にはどん、と空気を叩き付ける音と共に水滴を散らし、急加速。
 目前に捉えた、勿忘草。
 青紫の瞳が、くんッ、と最小限の動きで彼女と視線を交わす。
「──はっ」
 どこか確信と共に振り抜いた鉄槌、『フレイドマル』。衝撃と共に弾き上がった泥濘。空白の半拍。きらきらと凍り付いた水滴がすぐに風に浚われ、身軽に避けた無傷の銀狐の姿が浮かび上がる。
 ──やっぱりね。
 面倒だと片眉を上げる彼女の前で、彼はゆるりと両手の『牙』を低く構えた。

●湿地の銀狐
「えいっ」
 今だ、とカンナがぽちッと押した爆破スイッチ。湿原の方々で更なる水柱が弾け、二匹の深海魚が吹き飛ぶ──けれど、強く踏み締めぬかるみを散らして、銀の狐の尾が躍る。
「っ、」
 咄嗟に身構えたのはスミコ。一対の『牙』が、すぐ傍に居た獲物へと振り下ろされ、
「させ、ねェよ……っ!」
 『牙』は捕らえた。突き飛ばす勢いで彼女にとって代わった、グレインの腕を。
 灼けつくような痛みに歯を食い縛りながらも、グレインは笑う。歯を見せる、それは野生において威嚇の証。狼の笑みに、血飛沫を散らして銀狐は素早く距離を取った。
 かつてグレインが守護した地に、銀色は居なくとも、狐の姿は珍しいものではなかった。だから知っている、だから判る気がする、狐の口惜しさが、苦しみが。
 ──わざわざ運んでくるたぁ、何考えてるんだろうな。
 狐死して丘に首す。狐は死の間際、生まれ育った丘を振り返ると言われる。
「……よぉ。そいつぁ、あんたにとって大切な物なのか?」
 グレインの視線は、銀狐の瞳と同じ色合いの、髪に揺れる勿忘草に。
 自身示す物か、或いはその瞳が映していた相手か。
 彼の問いに、銀狐は思わずという様子で勿忘草に触れる。青紫の瞳が微かに揺らいだ。
「……大切な……。そう、……そうだ」
「なるほど」
 どこか言い聞かせるような狐の言葉にぽつり呟いて、ジゼルが感情の灯り切らない胡桃色の瞳を瞬くと同時に杖を振るう。迸る雷光が銀狐へ閃き──その前に飛び出してきた深海魚を灼いた。ぐらり傾いだ巨体の陰から、覇気のない瞳がハットのつばを抓んで肩を竦める彼女を見据える。
「おや、残念。しかし何の因果か、こうして出会えたんだ。銀狐君、良ければ名前を教えてくれないか」
 ジゼルの問いに銀狐は目を見開き、グレインの傍で癒しのオーラを分け与えていたマイヤも振り返る。
「……わたし、歴史はあんまり詳しくないんだけど……やっぱりあの銀狐のウェアライダーは昔、生きてたって事なんだよね?」
 サルベージ。死神の行うその行為の意味が、まだ実感として薄かった。けれど、名を持つひとりであるという事実が、彼女の胸を締め付ける。
「うん。嘗ての敵も手駒に替える死神は、中々に嫌らしいよね」
 独り言のつもりだったマイヤの言葉に、眉間に皺を寄せたシーレンが応じる。許せないよ、と小さくこぼす彼女の台詞に、マイヤは改めて銀狐を見た。
 ──……こわいな。
 ジゼルと対峙した銀狐は、視線を落とした。
「…………ノット……」
「うん?」
 かそけき声に、ジゼルが首を傾げる。ゆるり、銀の狐は首を振った。
「フォーゲット・ミー・ノット……それしか、それだけしか、憶えていない……」
 それは勿忘草を示す言葉。
 「ふむ」と小さく息を零して、ジゼルは口許を隠すように思案する。
 ──本当に、誰を想っての花なのだろうね。或いは、彼自身が誰かに想われたのか。
 そこに彼という『人間性』を感じるが故に、勿体無い。
 彼の物語は、丁寧に埋葬されていたものを掘り出す際に、破れてかすれて、読めなくなってしまった。
 彼がどんなひとであったのか。自我があればなにを想うのか。
 推し量り同情する事に意味はないと知りながらも。
「……では、『ノット』と」
 今このときだけでも。そう告げた最中は、胸中渦巻く感情をそれと自覚なく押し鎮めつつ腕に巻いた生ける鋼を全身へ展開し、仲間の前衛達へ向けて眩い光の粒子を放つ。
「無理矢理起こされては寝覚めも悪いでしょう。ならば、もう一度──あなたが静かに眠れるようにお手伝いします、……ノットさん」
「そうだね。その花の意味がどちらにせよ、想いの込められた花を誰かの血で汚すわけにはいかない。此処で止めさせてもらうよ」
「然り」
 ジゼルの言葉の傍ら、泳ぎ回る深海魚に向けて剣の先から地獄の炎弾を放ちつつ、宗玄もひとつ肯く。
「お前がどのように生き、どのように死んだのか……何にせよ、今ここで俺ができるのは斬ることだけだ」

 唄いあげるのは、「幻影のリコレクション」──追憶のうた。
 狙う先は、シーレン自身が嫌悪を向ける死神に。
 ──振り切る過去すら奪われた彼の痛み……ボクが替わりに贈るよ。
 動きの鈍った深海魚型死神へ「ラーシュ!」マイヤの相棒が躍り掛かる。こわい、と彼女が感じた恐怖。それは、死者であるが故のものではない。
「死んじゃった後も死神に利用されるのがイヤだよね……」
「……そうね」
 共に後衛で戦う仲間の呟きに、カンナも小さく肯く。覇気のない瞳で『牙』を振るう狐の姿。その手前に仲間であるグレインの尾が揺れるのを後ろから見ることができるからこそ、尚のこと思う。
 ──できれば背中を預け合う間柄として出会いたかったわ。
 華奢な拳を握り、そっと瞼を伏せて首を振る。
「……でも今は、集中しなくっちゃ、ね」
 きゅ、と強い意志を宿して前を見据えた彼女に応じるように、彼女のミミックであるヴァチカン・カメオが跳ねて、美しい装飾から覗く鋭い牙で死神へと喰らいついた。

●泥濘の戦闘
 どしゃり、と派手に泥を飛ばして死神が墜ち、そしてその身体はそのまま泥に沈むかのようにして消えた。
「やーっと一匹目」
 文字通り鉄槌から繰り出した達人の一撃で叩きのめしたスミコはふるふると手首を振る。
 作戦はディフェンダーである死神を優先するものだった。それ自体は、決して悪くはない手である。だが、
「カンナ!」
「任せてっ」
 グレインの放った巨大な手裏剣が舞い戻るタイミングに合わせて、跳ぶ。紡いだ竜の言葉に呼応して現れた幻影のドラゴンが前後から挟み打つ。
 ──あと少し……!
「誰か──……!」
 振り返る先に、動ける仲間からの視線がない。
 その隙に魚が泳ぎ回復を図るが故に、ダメージの蓄積がうまく活かせなかった。
 もちろん、コンビネーションは絶対ではない。だが、今回のように回復能力を持つ防御力の高い相手には、より意識しておくべきだったかもしれない。
 それでも、回復にも限界はある。
「いっくよ! 喰らえ──!」
 思いきり投げつけるようにしてシーレンが射ち出す、氷結の螺旋。びしびしと音を立てて、大きく死神の動きが鈍ったところへ、ジゼルが息をつく。
「やれ、時間が掛かってしまったな」
 がしゃん、と彼女の皮膚の下から現れた小型のミサイルが雨あられと降り注ぎ、深海魚はすべて、泥濘に沈んだ。
 コンビネーションを抜いても戦闘に時間が掛かった理由はもうひとつ。
 それはキャスターのポジションである銀狐──ノットへの対策が、足りていなかったこと。阻害の攻撃は当りづらく手を取られ続け、彼の攻撃によって回復へも手を割くことで、死神に専念できる者の数が減らされていた。
「ま、よーやく本気でやり合えるっしょ。ボクのペイルウイングも高機動戦闘用なんだけど、獣のそれとは違うわけさー。どれだけジェット噴射で早く動けても、反応速度が上がるわけでもないしね。結局人間が獣をスピードで凌駕するのは難しいってことだね」
 スミコは「でもね、」に、と笑って『スティッキーシグナルボタン』を弾き、背負った『ペイルウイング』をがこんと展げた。
「勝機がないってわけでもない。人間は道具を使う生き物なのさ。その点でボクらは獣よりも──つよい!」

「しッ!」
 みしみしと右腕が軋みを上げる。重量のある剣が重力に従い超大な暴力となって叩き付けられ、避け切れずノットの身体が瞬時、大きくひしゃげた。骨の砕ける音と共に転がった敵は、それでも迅速に取り落したナイフを拾い上げると、横ざまに咥えた。
 覇気のない瞳の中に、獣の野生が光る。
「……なるほど、惜しい男だ」
 宗玄の抑揚のない声がささやかな賛辞を贈る後ろで、カンナは謡う。
「空の光は隠された。薄く儚く星を遮り、不安を仰ぐ夜の曇。眼玉を覆った瞼の様に、空を覆った夜雲の様に、君の思考にヴェールを掛けよう──……!」
 nox=nubis──雲垂る夜の柔らかな繭。惑いに揺れた視野は極端に狭まり、獣は唸りを上げて地を蹴った。振り上げたナイフの煌めき。
 けれどそれをカンナの瞳が捉えるより迅く、びくりとノットの動きが止まる。「お、」軽く小首を傾げて、ジゼルが零す。
「効いてくれたようだね」
「ぐる、るる……ッ」
 絡め取られた思考と行動。もはや人型をとって尚彼は完全な獣となり果て、それでもその青紫の瞳は、彼女に釘づけになっていた。否、正確に言うと、彼女の髪──揺れるフウセンカズラに。
 ──髪、に花……。
 もしかして。今度瞠目するのは、カンナの番。
 けれど確かめる暇もなくスミコの『翼』がジェット噴射し、水滴を散らしてノットへ肉迫する。繰り返し受けた最中の命中力を上げるためのオウガメタル粒子の加護と、度重なる回復の度に得たマイヤからの攻撃力を増幅する支援に士気は上々、コンディションは最高だ。
「人智の力はどうかな、なーんて、さ!」
「がッあ──……っ!」
 全力で降り抜いた一撃が、狐の口から牙を抜く。べしゃりと無様に転がった姿へ、シーレンは微か眉をひそめる。あれだけ素早く動き回っていた彼が受け身も取れずにいる、すなわちおわりが近い証拠だろう。
「大丈夫、今回で安らかに眠らせてあげるよ」
「っ!」
 闇雲に繰り出したナイフの切っ先は、飛び出したラーシュの硬い皮膚を裂いた。ほんの僅かしかめたように動いた顔はすぐに何気ないふうを装う。その姿に微笑んで、シーレンはもう一度唄う。追憶のうた。キミが前に進めるように。

 ぎりぎりと地に伏せたまま起き上がろうと足掻くノットの前に、グレインが歩み寄る。
 彼の尊厳を護りたい。『守護』を礎とする彼が今回強く願ったもの。
「もう……殺させねぇから」
 だからこれは獣であり、同時に意志を持って戦う者としての礼。普段は剣の先から放つ魂を喰らう一撃を、鋭い爪から放つ。
 かは、と弱い息を吐いたノットへ、宗玄が言い渡す。
「────終わりだ。お前のいる場所は、既にこの世の何処にも無い」
 湧き上がる地獄の業火が、宗玄の刀と脚を包む。裂帛の踏み込みと同時、閃いたのは既に残影。焚骨砕神。知覚もさせず身も心も焼き斬る、刹那の抜刀術。
 どしゃ、と泥濘に崩れる音。それから、きん、と静かに鞘に収める音だけが鼓膜を打った。

●再びの眠りに
 泥に汚れた黒髪に咲く、青紫の花。
 それを見下ろして、宗玄が小さく呟いた。
「勿忘草か……。案ずるな、俺たちが覚えている。……少なくともな」
「ええ」
 屈んだジゼルが彼の顔の傍、勿忘草に寄り添うように添えたのは、今が開花の紫苑の花。
 花の持つ意味は、『君を忘れない』。
 ──髪に花の咲く方の傍へ、今度こそ寄り添えますように……。
 胸の前でそっと十字を切りカンナが祈る斜め後ろ、納刀して眼鏡を掛け直した最中も、どこか憂いの滲む瞳を隠すように、黙して瞼を伏せる。
「永い二度寝になりそうですね。……良い夢を」
 その姿に、なんだか居た堪れない心持ちでシーレンは踵を返す。ふつりふつり、湧き上がるのはやはり、死神に対する嫌悪感。
 ──やっぱり、許せない……。
 テイネコロカムイ。いや、それ以外の死神も。
「……覚悟しててよね」

 めいめいに立ち去り始める仲間達を見送って、どこか穏やかにすら見える銀狐の横顔をグレインが見下ろした。
 ノット。
 敢えて否定の部分を選んだ最中のその気遣いが、想いが、伝わる気がした。
「憶えてねぇことはないだろ、ノット。……あんたは確かに、勿忘草を憶えてた」

 すべてが終ったと知って、ほっと肩の力が抜けた。頑張った相棒を抱き締め、マイヤはゆっくり歩き出しながら、ぽつり呟く。
「……あの人、ゆっくり眠れるといいね」
 死んだ人間を弄ぶ。それはかつて、マイヤ自身が大切な存在を喪ったことがあるから──だろうか。目尻が熱いのは、気の所為だろうか。
「ねぇラーシュ。……湿原が寂しく見えるのはどうしてかな」
 涼やかなはずの風が肌を撫でて、どこか薄寒い。
 彼女は更にぎゅっとラーシュを抱き、ぬかるむ靴底を踏み締めた。
 

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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