入道雲の空飛ぶ鯨

作者:柊暮葉


「入道雲だ! よし!」
 下校時に空に沸き立つ入道雲を見て、小杉翔太はペダルを力いっぱい踏み込んだ。
 全速力で団地近くの一番大きな丘の上に自転車で登っていく。まだ暑い季節なので全身に汗をかいてしまったが気にしない。
 丘の上には高い展望台がある。翔太は自転車を止めて、物凄い勢いで展望台に上っていった。灰白の入道雲はどんどん膨れあがって、展望台に近いところまで迫っていた。
 翔太は目をこらし、入道雲の中を見極めようとする。
「入道雲の中に鯨が住んでいるって……本当なのかな? こんな凄い雲の中なら、鯨だって飛んでいそうだ!」
 興奮してそう呟きながら、翔太は思いきり背伸びをして、いるかいないか分からない雲の中の鯨に両手を振ってみせた。
 その翔太の心臓が、背後から、心を抉る鍵で貫かれる。たちまちその場に倒れ伏す翔太。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 突如現れた魔女がそう呟く。そうして彼女は翔太の『興味』を具現化させたドリームイーターを出現させた。それは空飛ぶ巨大な鯨だった。


「夏の終わりの入道雲中に鯨がいるという噂に興味を持った人間が、調査していると、ドリームイーターに襲われて興味を奪われるという事件が起こりました。被害者は小杉翔太君、まだ中学一年生です。下校時に入道雲が湧いているのを見て家の近所の展望台に上り、雲を見上げていたところを襲われました」
 セリカ・リュミエールが集めたケルベロスたちに説明を開始する。
 ケルベロス達の中にいた佐伯・誠(シルト・e29481)はぎゅっと拳を握りしめた。
(「中学一年生なんてまだ子供じゃないか。ドリームイーターめ、許せない」)
「『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようです。怪物型のドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して下さい。このドリームイーターを倒す事ができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」


「ドリームイーターの能力は?」
 誠がセリカに訊ねた。
 セリカは頷くと、資料を広げた。
 ホイールアタック……鯨の尾で蹴ります。
 噴水……水を噴き上げて攻撃します。
 命の水……水を吐いて自身を回復します。
 以上の能力で戦うらしい。
「場所は団地近くの展望台で、下校時ですから遊んでいる子供が数人いるかもしれません。避難誘導をした方がいいでしょう。ドリームイーターは姿を現すと、『私は何者か?』と質問してきます。その際、正解を答えれば去って行きますが、答えを外すと相手を殺してしまうのです。また、ドリームイーターに配下などはいません」
「質問してくる? 鯨のドリームイーターは日本語が分かるのですか?」
 誠がまた質問すると、セリカは頷いた。
「はい。ですが、相手はドリームイーターです。意志の疎通は出来ません」
 それから、セリカはつけくわえた。
「なお、ドリームイーターは、自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質があるので、うまく誘き出せば有利に戦えるでしょう」


 最後にセリカはこう言った。
「知的好奇心を持つ事はよいことです。何に興味を持つかも人それぞれです。その興味を利用して人を襲うドリームイーターは許しがたい。撃破してください!」


参加者
小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)
天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)
桐山・憩(暴撃・e00836)
武器・商人(闇之雲・e04806)
焔路・灯璃(蒼炎の鹵獲術士・e15800)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
レティル・スフィーリア(ラディカルエラー・e24650)
佐伯・誠(シルト・e29481)

■リプレイ


 大空には巨大な入道雲が浮かんでいる。その真下の展望台で、小学生の男子達が歓声を上げながら走り回っている。
「興味があるのは結構だが早々に去らせないとな 子供はすぐ騒ぐ、まさに好奇心の塊、奴等にとっては恰好の標的。空木、お前は誘き寄せの方だ、奴が襲って来たら頼むぞ」
 そう言って一人の青年がオルトロスを撫でつけ、送り出した。
「お前ら。ここはこれからデウスエクスとの戦場になる。大人しく家に帰るんだ」
 御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)がそう言ってケルベロスカードを見せると、子供達はびっくりしたが、そのまま素直に立ち去っていった。それを見届けて焔路・灯璃(蒼炎の鹵獲術士・e15800)が殺界形成を周囲に張り巡らせる。御堂も手際よくキープアウトテープを張って、一般人が近寄られないようにした。
(「雲の中にクジラか、そんな本があったな児童書だが。子供の好奇心を擽るにはもってこいの話だな興味だけでなく純真だな。子供の時に読んだ俺はどうだったかな。……もう忘れたな。さて、奪われた物は取り戻さないとな」)
 そんな事を考えながら御堂は展望台への階段を駆け上がる。
(「なんかこういう噂話よくあるけどね、実際あっても怖いよな、うん。子供の夢を壊しそうでちょっとモヤるけど安全第一だしな」)
 灯璃も心のどこかに引っかかりがある表情で階段を一気に登った。
 展望台の上には、既に他のケルベロス達が集まって、入道雲の方を睨んでいた。奥の方に寝かされている少年は問題の小杉翔太だろう。
「それじゃあ、噂話を始めたらいいのかな」
 小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)がそう切り出して、入道雲の方を見ながら話し始めた。
「雲の中を泳ぐという噂から生まれた鯨……ふわふわが好きなのかな。白雪も狙われてしまうかもしれないね、なんて。どんな鯨だろう。外見も幻想的だったりしてね」
 白雪とは凛のサーヴァントのウイングキャットだ。確かにふわふわしている。現在も彼の隣で、戦闘前で興奮しているのか尻尾を立てている。
「娘が読んでた絵本にいたんだ。こんなに大きな雲なら何がいてもおかしくないさ。それこそ鯨でもな」
 佐伯・誠(シルト・e29481)も大切な娘の事を考えながら、入道雲の方を見ている。どちらも児童書や絵本のファンタジーの事ばかりだ。
「空飛ぶ鯨ねぇ。私も聞いた事あるが……んな奴いるわけ無ぇって。見ろよ、このクソ青い空! クソでけぇ入道雲! 宙に浮かんだクソ鯨! 鯨?」
 桐山・憩(暴撃・e00836)は鯨を否定していたのだが、入道雲の方を突然指差して、叫び始めた。
「鯨!」
 空に沸き立つ巨大な入道雲、そのこんもりとした雲の山から、黒い背中と白い腹を持つ体長20メートルほどの鯨が、もう一つの雲の山まで、背中を反り返らせながら飛び込んで行った。
 雲の山を波に見立てているのだろうか。そこが海ならば、巨大な水しぶきを上げていただろう。雲から雲へとジャンプするようにして泳ぎ渡り、鯨は展望台の方へと空を泳いで降りてきた。
 桐山のみが、鯨! 鯨! と叫んでいるが、他のケルベロス達は半ば口を開けて声も立てられない。
 体長20メートルの鯨は、展望台の屋上には降りる事が出来ず、屋上付近の鉄柵の向こう側に体を横付けにした。
『おまえたち--私は、何者か?』
 空飛ぶ鯨が問いかけてくる。そこでケルベロス達は皆、我に返った。
 その中、レティル・スフィーリア(ラディカルエラー・e24650)が鯨に真っ直ぐな視線を当てて答えた。
「入道雲の中を、鯨が泳いでいるなんてなんだからロマンチックですね……けど、レティには貴方が、そんな素敵なものには見えません。人を食べるお化けに見えます」
 ほぼ同時に凛も答える。
「浮遊魚」
 その言葉を聞いた途端に、巨大な空飛ぶ鯨は、全身を大きくぶるぶると震わせたかと思うと--背中から勢いよく噴水を吹き上げ、ケルベロス達に襲いかかってきた。


 噴水の攻撃を受けながら、ケルベロス達は各々、自分達の力らを強化する。噴水の勢いと毒に、体力を失っているが、まずは動く。
 桐山が喰らった魂を呼び出して全身に紋様を浮かべ、自身を魔人へと変えていく。
 佐伯は爆破スイッチを押して味方の周囲にカラフルな爆炎を巻き起こす。破壊力を上げられていく仲間達。
 御堂が紙兵を散布し、仲間の耐性を一気に高める。
「ダッシュ、ダッシュで行くぜ!」
 天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)は爆破スイッチで見えない爆弾を一斉に爆破。空飛ぶ鯨は周囲に巻き起こる爆破の炎に足止めを喰らっている。
(「空を飛ぶ鯨かァ! 素敵だね、素敵! 大きい! ウタは得意なのかナ? まァ、白鯨の君の美しさには敵わないけどね! ヒヒヒヒヒ……!」) 
 不気味に笑いながら武器・商人(闇之雲・e04806)は翼から光を放ち、鯨のドリームイーターとしての罪を焼き払う。白鯨の君という空を泳ぐ女友達を思い、やたらにテンションが高かった。
 凛のサーヴァント、白雪が清浄の翼を広げて、羽ばたきでケルベロス達の邪気を払い、毒を回復していく。
 鯨が足止めを受けているうちにと、桐山がスカルブレイカーで鯨へと殴りかかる。高々と飛びかかり、斧で鯨の頭を殴ったかと思うと、たちまち旋刃脚で鯨の皮膚を蹴り上げ、間断なく攻撃を加えていく。
 その後ろから商人が時空凍結弾で援護。
 御堂も御霊殲滅砲で援護。
 鯨は与えられる様々なダメージに対して、怒りで体を震わせ、再び一挙に噴水を吹き上げて水圧で桐山を吹っ飛ばしてしまう。
 展望台のコンクリートに叩きつけられそうになる桐山を、凛が体で庇って受け止める。
 すかさず、灯璃がマインドシールドで桐山を回復する。
 凛もメディカルレインで薬液の雨を全体に降らせ、毒攻撃を受けた者達を癒やす。
『叫喚せよ追放者。興歓せよ放浪せしモノ。契り千切れて千歳を紡ぎ、凱歌と共に死を運べ――』
 商人が天象魔法“ユルルングルの咆哮”(ユルルングルノホウコウ)を唱える。彼の体から放たれた雷撃が轟音とともに鯨の体を切断しようとする。
「悪いね。キミは彼女ではないけれど、恨むならキミをカタチ作る噂を恨んでおくれ生まれたばかりの夢喰み」
 笑いながら自分のオリジナルグラビティで巨大鯨を真っ二つにしようとする商人。
 鯨は雄叫びを上げて全身を揺すり、命の水を体から噴き上げ、商人に与えられた傷を必死に癒やそうとする。
 御堂が禁縄禁縛呪を解き放ち、鯨の体を何とか捕縛しようとする。鯨は命の水を何度も噴き上げながら身をよじり、御堂の捕縛から逃れでようとする。
 天満が鯨に殴りかかっていった--と思ったら、すぐに戻って来た。
 それから、天満は爆破スイッチを押す。鯨の体に張り付けた見えない爆弾を爆破。確実にダメージを与えていく。
 隙を見させずに天満は怒りに震える鯨へとダッシュ。
 破鎧衝を撃ち放ち、鯨の皮膚を突き破ろうとする。
 桐山は旋刃脚で確実に鯨の体力を削っていたが、武器をチェーンソー剣に持ち帰る。不敵な笑みを浮かべると、チェーンソーを振り回して鯨に無慈悲な斬撃を与えていく。
「ソテーにできないのは、まぁ残念だな!!」
 鯨から血しぶきが上がる。
 鯨は度重なる攻撃により苦痛とダメージを受け、怒りの噴水を再度吹き上げる。
 噴水は今までにない勢い、凄まじい水圧で展望台全体を濡らしていく。
 それから鯨は、鉄柵に体当たりを行った。
 その体重と凄まじい破壊力に、鉄柵は一発で崩壊。
 壊れた柵が前に出ていた桐山や天満にぶち当たる。
 さすがに、よろめき床に手をつくクラッシャー達。
 凛とレティルがその前に飛び出て庇おうとするが、そこに噴水で容赦のない水圧と毒攻撃。
 水に飲まれるディフェンダー達。
 さらに、鯨は展望台の中に侵入するとその巨体を揺すり上げ、怒りのままに、のたうちまわり、暴れ回る。巻き込まれる商人と御堂。
 体当たりにつぐ体当たり。
 かろうじて逃げる後列にいた灯璃と佐伯。
 佐伯は祝福の矢を使いたいがグラビティが活性化していない。
 まずは鯨にエスケープマインを撃ち放ち、相手の行動を止める。
 その間に、凛にブレイブマインでヒールを与える。
 動けるようになった凛は立ち上がるなりメディカルレイン。
 薬液の雨で確実に仲間達を回復していく。
 灯璃はスターサンクチュアリを使って仲間達を少しずつ回復。
 それから、傷が酷い順番にマインドシールドを与えていく。
『どうか、その路が途切れないよう』
 さらに立ち上がったレティルが儀典【祈りについて】(ステラシル)で神に祈りを捧げ、ケルベロス全体にヒールとキュアを与えた。
(「レティ、本物の鯨さんはまだ本やテレビでしか見たことがないんです。本当に雲の中を泳ぐ大きな鯨さんがいたら、素敵だったんでしょうけど。少なくとも、純粋な夢を見ている一般人の方々に被害を出すわけにはいきません。夢は夢のまま、綺麗に終わらせるのが一番です。貴方もきっとその方がいいんだとレティは思います。だから、誰も傷つけないまま、綺麗なままでお休みしましょう」)
 レティルは決死の思いであった。
 全快したケルベロス達は鯨のドリームイーターに立ち向かう。
「今のは苦し紛れの大暴れってところだろう! あと一息だ!」
 佐伯が声をかける。
 その声を聞き、天満が真っ先に鯨に殴りかかっていった。
『さあ、お前が泣いて謝るまでたっぷり殴り合おうぜ!』
 具現化された紋様で鯨を縛り上げると、チェーンデスマッチ状態になって、力いっぱい鯨を殴る。殴る殴る殴る。修羅の国闘法(ナインテール・デスマッチ)の連続攻撃が鯨の全身に叩きこまれていく。
 天満に限らず、ケルベロス達は一斉に総攻撃をしかけていく。
『とびきり濃いヤツだ。効くだろ?』
 桐山は鯨の至近距離で掌の発射口からエネルギー弾を放射。鯨の息の根を止めようとする。目覚めの一杯(モーニング・ショット)は本当に濃くてきつい攻撃だ。
『喰らえ、そして我が刃となれ』
 自己を霊媒とさせた御堂は鬼の影を使い、鋭い爪のような旋風で鯨に斬りかかっていく。天蓋鬼憑依(テンガイキヒョウイ)の力が鯨に斬撃を与えた。
 鯨が超音波のような泣き声を立てて身をよじり、そのまま--展望台の下の地面へと落ちていった。鯨は、二度と、飛ばなかった。


 戦闘後、ケルベロス達は、展望台周辺にヒールを与えていた。
 一人、灯璃だけは離れたところでゾディアックソードにもたれかかっている。
「つかれた……鯨はTVの中だけで十分だねー」
(「ドリームイーターは行為は許せないけれど、夢から生まれたいきものたちは綺麗な物ばかりだよね」)
 凛はヒールをしながら遠ざかりつつある入道雲を眺め、そう思う。
「子供は好きだろうな、こういうの……そういう好奇心を餌にするのは好かんよ。男はこういう大きな生き物が好きなもんだ。俺は好きだぞ。こういうの。デウスエクスでなければ嬉しかったんだがな。ロマンってやつだ、ロマン。こういうのも夏の思い出といって良いんだろうか。無事解決できたなら何より。ロマンもいいが、平和が一番だ」
 佐伯は一緒に鉄柵を直しながら、まだ12歳のレティルにそんな事を話しかけている。
(「世の中にはまだ知らない事もある何処かにまだ見ぬ不思議な生き物は居るかもな」)
 御堂はその話を聞くともなしに聞きながら、そう思って微かに笑った。
「あつーい!」
 ヒールを終えると、そう叫んでバンザイしたのが桐山だった。
「暦じゃ秋だけど、まだまだ暑すぎるな! みんな、かき氷食べに行こうぜ!」
 その桐山の声に周囲のケルベロス達は歓声を上げて応える。充分に働き、勝利をおさめたケルベロス達は、近くの喫茶店まで歩きながら、終わっていく夏を思った。

作者:柊暮葉 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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