月喰島奇譚~社に集いし異形の影

作者:雷紋寺音弥

●禍人、集う
 薄暗い曇り空の夜。少しばかり生暖かい風が、島の大地を撫でていた。
「それじゃ、ぼくは神社に向かってみる。生き残りがいる可能性もあるし、何か情報がつかめるかも」
 そう言って潜伏場所から立ち上がった伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は、しばし当たりの様子を見回すと、息を潜めて笹薮の中へと身を躍らせた。
 身の丈を超える程の笹薮は、姿を隠すには丁度良い。藪を掻き分ける度に刃のような葉が頬を掠めるのは、少しばかり不快だったが。
(「……なんだ、あれ?」)
 やがて、目的の場所へと辿り着いたところで、勇名は思わず足を止めた。
 社の周辺に、何やら異様な空気を纏った者達が集まっている。彼らの腕の数は人のそれよりも多く、全員が屍人を連想させる紫色の布を纏っていた。
(「神社は敵の拠点の一つ。救援が来たら攻略できるかもしれないけど、今は撤退するしかないか……」)
 集結する異形の者達に悟られないよう、気配を殺しながら心の中で呟く勇名。これ以上、単身で調査を続けるのは危険だ。敵の正体が掴めないのが不気味ではあるが、今は生き延びることを優先しなくては。
 踵を返し、勇名は神社を後にすべく歩き出した。が、そんな彼女の動きを見越したようにして、異形の一団の中から弓を持った少女が姿を現した。
「止まりなさい。そこにいるのは、分かっているわ」
 それだけ言って、少女は勇名に向かい矢を番え、放つ。口では止まれと言っておきながら、最初から射殺す勢いで狙いを付けて来た。
「……っ!?」
 肩口に走る鋭い痛み。辛うじて急所を射抜かれることこそなかったが、このまま戦っては無駄死にするだけだ。
「あなたが、駐在から連絡があった侵入者ね。偵察のようだけど、この神社に攻め入るならば、命は無いと思いなさい」
 その言葉と共に、少女は再び矢を番える。だが、次の一矢が放たれるよりも先に、勇名は肩に刺さった矢を強引に引き抜くと、そのまま藪の奥へと駆け出して行った。

●決死の救出作戦
「召集に応じてくれ、感謝する。実は、少々厄介な事態が発生した」
 その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)よりケルベロス達へと伝えられたのは、月喰島に調査に向かった者達からの連絡が、突如として途絶えたとの報だった。
 月喰島。本土とドラゴンの拠点の中間地点にあるといわれ、かつてドラゴン勢力により消滅させられたといわれる謎多き孤島。その月喰島を発見したという連絡があった後、定時連絡が途絶えてしまった。
「詳しい状況は不明だが、どうやらドラゴン配下の敵が島内に潜んでいたらしい。ヘリオンの予知で、調査に向かった者達が分散して島内に潜伏しようとしていることも判明した」
 ヘリオンを使えば、月喰島までは1時間ほどで救援に向かう事ができる。だが、島の安全が確保できない以上、救援部隊にはヘリオンから直接降下してもらうしかない。加えて、敵の戦闘力や島の状況についても、潜伏中の者達と合流し、確認する必要があるとクロートは告げた。
「降下作戦後、安全のためにヘリオンは一時帰還する。月喰島の安全が確保されたならば、その時点で回収に向かわせてもらう」
 月喰島の敵勢力を打倒できれば、ヘリオンによる回収も行える。だが、それまでは自分達だけで戦わねばならない。島内は電波状況も悪く、無線での連絡も難しいため、他チームとの連携にも頼れない。
「現状、月喰島で何が起こっているのか、詳しいことは不明のままだ。まずは、島内に潜伏する仲間達と合流して情報を確認し、敵勢力についての調査を優先してくれ」
 くれぐれも、勢い勇んで無謀な真似だけはしないように。いつになく慎重な口調で念を押し、クロートはケルベロス達に依頼した。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)
立花・恵(カゼの如く・e01060)
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
皇・絶華(影月・e04491)
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)

■リプレイ

●到来
 降下のためにヘリオンの扉を開けると、潮の臭いを含んだ風がケルベロス達の頬を撫でた。
「まったく不気味だな……。まるでホラーゲームだ」
 眼下に映る島影に、立花・恵(カゼの如く・e01060)が静かに呟く。それを聞いた八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が、思わず身体を震わせた。
「月喰島か……やだなあ怖いなあ。もう名前からして惨劇の舞台ですよね、ここ」
 かつて、ドラゴン勢力によって消滅させられたという謎の島。その島へと調査に向かい、消息を絶った仲間達。
 どう考えても、嫌な予感しかしない展開だった。B級のホラー映画などの場合、こういう場所に足を踏み入れた者は、主人公以外は全滅するというのがお約束だからだ。
 もっとも、そんな理由で飛び降りることを躊躇って、大切な仲間を見殺しにするわけにもいかない。
 地上で明滅する微かな光。それを見つけたルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)が、同じく懐中電灯の光をモールス信号のように点滅させて堪えた。
「ボクオトモダチ……? 何のつもりだ?」
 信号の内容に気付き、皇・絶華(影月・e04491)が突っ込みを入れていたが、それはそれ。ルティアーナも少し悪乗りした程度であり、他意はないのであろう……たぶん。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。降りてみてのお楽しみってわけだ」
 マントを羽織り、まずは黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)が眼下に見える月蝕島へと降下した。他の者達も意を決し、それに続く。冷たい風が鋭い刃のように頬を叩き、島の大地がどんどん近づいて来る。それと同時に、ケルベロス達の瞳の中に見知った仲間の姿が飛び込んで来た。
「無事だったんだね。……よかった」
 こちらに手を振る伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)の姿を確認し、新条・あかり(点灯夫・e04291)が着地と同時に安堵の溜息を吐く。だが、そんな彼女とは反対に、勇名の表情は未だ晴れない。
「きてくれて、ありがと。でも……みんな、ぶじかな。しんぱい」
 島ではぐれてしまった仲間達の安否。それが確認されない以上、勇名の中から不安の種は払拭されないのだろう。しかし、このまま浮かない顔をしていても、事態が好転しないのもまた事実。
「早速で悪いけど、とりあえずは情報交換と行こうか。それに、安全な場所も確保した方がよさそうだ」
 暗視ゴーグルを勇名に手渡しつつ、アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)は油断なく周囲の様子に気を配りながら告げる。風に乗って響く海鳴りの音が、まるで深海に眠る竜の雄叫びの如く、不気味に轟き続けていた。

●屍社
 森の一角に身を隠し、ケルベロス達は改めて、勇名の調べた敵の情報についての報告を受けていた。
「てき、神社のなかに集まってる……。他には、どこにもいなかった」
 指揮官と思われるのは、弓を装備の女性の姿。それ以外は、全て化け物のような姿をしていて、知性は無いか或いはあっても低いようである。それこそ、紫色の布をまとった、生きているのか死んでいるのかも分からないような者達であった。そう、勇名が口にしたところで、東西南北が怯えた顔をしたまま震え上がった。
「ちょっ……! 屍人とか、ホラゲの世界じゃないんだから勘弁してくださいよ!」
 もし、敵に咬まれて何か変なものに感染し、ゾンビにでもされたら堪らない。ましてや、集団で襲撃されたら逃げ場がないと焦る東西南北だったが、対する勇名は敵の動きも調べていたのか、随分と落ち着きはらっていた。
「しんぱいない。てき、神社の外にでてこない。でも、神社に近づくと、こうげきしてくるけど……」
 また、化け物達は指揮官と思しき女性に従っており、同時に敬っているような雰囲気がした。そこまで勇名が告げたところで、アルレイナスが優しく彼女の頭に手を置いた。
「よく、一人でそこまで調べたね。頑張ったんだな」
「ん……。でも、ぼくにできたの、ここまで……。あとは、何もわからない……」
 誉められたことに照れているのか、それとも反応の仕方を知らないのか、勇名は淡々とした口調を変えることはなかった。それでも、彼女がもたらしてくれた情報が、貴重なものであることに変わりはない。敵の縄張りに足を踏み入れさえしなければ、当面の間は襲われる心配もないというのは幸いだ。
「情報を聞く限りだと、勇名さんが見た化け物にも、少しは知性が残ってるのかな? だとしたら、映画に出てくるみたいなゾンビじゃなさそう。村の人が異形化したってことなのかな?」
「さあ、それはまだ判らんが……。だとすれば、ボクスドラゴンの行う属性インストールに近い何かを受けているのかもしれん」
 あかりと絶華が、それぞれ思ったことを述べてみるも、これ以上は議論していても答えは出そうになかった。後は、多少の危険を承知の上で、自らの目で答えを確かめねば。
「とりあえず、今は神社に潜入するためのルートだの、敵の戦力だのを把握するのが先じゃないか? ミイラだかゾンビだか知らんが、連中の正体を探るのは、その後でもいい」
「俺も賛成だな。これ以上の後方支援が期待できない状態で、闇雲に敵に仕掛けるのは得策じゃない」
 氷雨の言葉に、恵が頷く。言葉には出していなかったが、他の面々もまた、同じ考えのようだった。
「ふむ……戦いを制するのは、情報とも言うしの。それに、勇名が見たという、化け物を連れた女とやらにも興味がある」
 そう、ルティアーナが告げたところで、生暖かい風が梢を揺らしながら吹き抜けた。
「……ひぃっ!」
 再び震え上がる東西南北。じっとりと肌に貼り付くような湿った空気が、地図から消えたはずの島の異様さを際立たせている感じがしてならなかった。

●禍護
 夜の帳が降りた頃合いを見計らい、ケルベロス達は静かに行動を開始した。
「闇夜の森か、道具無しでも暗視が出来れば良かったのじゃが」
 視界の悪さに愚痴をこぼしながらも、ルティアーナは周囲に生命の気配がしないかと気を配っていた。
 残念ながら、そのような気配は極めて薄い。草木が生い茂っているにも関わらず、こうも生気を感じないのは何故だろう。純粋な死とは別の何かが、島全体を不気味に包囲しているような気がしてならない。
「……ったく。森の中に入ってみれば、ますます気味が悪ぃぜ」
 恵の呟きに応えるようにして、先程から風が木々の梢を揺らしている。見えない何かに見つめられているような錯覚に、東西南北は震えながらエクスカリバールを握り締めていた。
「大丈夫 ボクにはバールのようなものがある!」
 これもまた、ホラーゲームでは典型的な武器の一つ。だが、彼は知っているのだろうか。バールのようなものは、武器は武器でも初期に手に入る護身用程度の威力しかない代物だということを。幸い、ケルベロスの武器であるエクスカリバールならば、それを上回る威力を発揮してくれそうだったが。
「ここから先、あぶない……。これ以上、近づくとみつかるかも……」
 先導する勇名が足を止めたことで、他の者達もまた立ち止まって辺りを見回した。木々の影から慎重に顔を出して見下ろすと、眼下には勇名の報告にあった神社と、そこに群がる異形の者達の姿があった。
「神社っていうなら、神様を祀れってんだよなぁ……。あぁ、デウスエクスは、名前“だけは”神様だったな」
 皮肉を込めた口調で、恵が言った。社に集う奇怪な集団は、いったい何を目的にして集まっているのだろう。残念ながら、今はそれを知る術はない。
「ふむ……。しばらくは、ここで様子を見るとするかの。時間が来たら、交代じゃ」
 ルティアーナの言葉に無言で頷き、他の3人もまた、それぞれに調査を開始する。とはいえ、いきなり社へ踏み込むわけにも行かず、まずは社の地形や敵の戦力を遠間から把握するのが先決だったが。
「大丈夫かい? そろそろ、交代の時間だよ」
 やがて、先発で偵察に向かった者達に睡魔が囁き始めた頃合いを見計らい、アルレイナスが交代を持ち掛けた。
 調査はまだ、始まったばかり。無駄な消耗を避けるためにも、今は仲間との協力が不可欠だ。
「それじゃ、おねがい……。でも……弓をもった、女の人に気をつけて……」
 彼女の勘は、茂みに隠れていた自分を容易く発見する程に鋭かったと、去り際に勇名が忠告した。それを受けて氷雨が望遠鏡を覗いたところで、果たして彼の目に飛び込んで来たのは、噂の弓を持った女に他ならなかった。
「あー……あれはやばい気配するわ。厄ネタだなありゃ」
 女の纏った空気から徒ならぬものを感じ、氷雨が望遠鏡をゆっくりと降ろした。
 見た目は少女のようにしか見えないが、しかしあの眼光の鋭さは尋常ではない。おまけに、勇名の言っていた通り、なかなかどうして勘も良さそうだ。もし、これが日中であったなら、望遠鏡のレンズに反射した太陽の光を目敏く見つけ、こちらの居場所を突き止められていたかもしれない。
「しかし……ここの勢力は一体何者なのだろうな。ドラゴンの襲撃があったのであれば、当時のドラゴンも残っているのか……あるいは、その爪跡だけが残っているだけなのか」
「まだ、何とも言えないね。とりあえず、神社の外観とか間取りとか、後は配置されている敵の数だけでも押さえておこう」
 自問自答する絶華の姿を横目に、あかりは消音カメラで神社の写真を撮影して行く。遠間から、フラッシュも使えない状態での撮影は困難を極めたが、なんとなくでも社の間取りを探るヒントになれば儲け物だ。
 静寂が支配する宵闇の中、ケルベロス達は散開しつつ、神社の様子を探って行く。直ぐにでも攻め入りたい気持ちは誰もが同じだったが、それをするのは今ではないと、固く心に決めていた。

●決起
 仲間の救援のため月蝕島へケルベロス達が降り立ってから、既に一日が経過していた。
 昼夜を問わずに続けた調査と張り込み。その結果、社に集う者達の数や行動パターン、そして神社の間取りなどは、殆どが把握できていた。
 幸い、これまでの調査で敵に発見された様子はない。いよいよ、こちらから攻める番なのだが、しかし未だ不明なことも多いだけに、どうしても慎重にならざるを得ないのが現状だった。
「敵の正確な数までは、よく解らんな。だが、守りが手薄そうな場所は、いくつか見つけたぜ」
「こっちも、配置されている敵の大まかな数と、神社の間取りは調べられたよ。後は、これに他の情報も併せれば、攻めるチャンスを作れるかもしれない」
 それぞれ、持ち寄った情報を比べる氷雨とあかり。アルレイナスもまた、万が一の事態に備え、撤退時に身を隠せそうな場所を仲間達へと告げた。
 着々と進む神社の攻略準備。だが、その一方で絶華だけは、どこか重苦しい表情を崩しておらず。
「仮に、奴らのがドラゴンによって何らかの属性を付与された存在だとした場合……いったい、何を施されたのだろうな」
 自分が調査した感じでは、あれは属性の付与というよりは、汚染と言っても差支えないレベルに感じられた。無論、本当に何かの属性を付与されたり、汚染されたりしているかの確証は持てない。だが、島の住人の成れの果てと考えた場合、社に集まっていた者達の異様さは、それだけ強烈なものだった。
「お、汚染!? もしかして、変な赤い水を飲まされたり、口や耳から寄生虫を入れられたりってやつですか!? うぅ……やっぱりホラーな展開は駄目ですよ、生理的に!」
 絶華の仮説を聞いて、東西南北が頭を抱えて叫んでいた。もっとも、その仮説が正しいのか間違っているのかを調べるためにも、まずは社を攻めねば始まらないのだが。
「何にせよ、特殊な術か何かを受けた存在ってのは間違いねぇだろうな。元に戻す方法があればいいんだが、見つからない場合は……」
 残念ながら、問答無用で倒すしかない。そう、恵が結んだところで、ルティアーナもまた立ち上がり。
「連中を駆逐せねばヘリオンも来られぬ。いずれにせよ、神社に突入するしか無さそうじゃな」
 覚悟は決まった。後は、入念な作戦の下、社に奇襲をかけるのみ。
「行こう、みんな……。この島から、いきてかえるために……」
 呟くように、勇名が告げる。島に響く海鳴りの音と風の音が、いよいよ激しく感じられた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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