ヒトガタ、或いはニンゲン、そしてそれを探す人間

作者:塩田多弾砲

「……さてと、ネットの情報が正しければ、この辺りに居るはずね。UMA『ニンゲン』の新種とやらは」
 白っぽいツナギを着た少女……狭間白子が、手元の情報端末を確認しつつつぶやいた。端末には、『不思議探検ちゃんねる』というタイトルのHPが開かれている。
「えーと……『この「ヒトガタ」または「ニンゲン」と呼称される未確認生物は、南極海にて目撃されており、白くつるつるした巨人の形をしている。その姿から、日本の妖怪「海坊主」のモデルではないかとも言われているらしい』……本当にこんなのが、この川で目撃されたのかしら? そもそもここは、海とはだいぶ離れているわよ? それにすごく浅いし、小さいし」
 彼女は今、小さな橋の中心部にて、そこから川を見下ろし立っていた。
 川の周りには、家屋がいくつか。しかし昼だというのに、人の気配がほとんどしない。近場の商店街は半数以上シャッターが下り、開いている店にも客の姿はほぼゼロ。寂れつつある……という雰囲気が漂っている。
「こんなとこでUMAを目撃したって、誰からの情報よ」
 天気は晴れ、白子の頭上に広がるは、気持ちの良い青空。
 しかし白子の眼下の川は、あまり気持ちの良いものではなかった。濁った水がちょろちょろと、川底が見える程度の深さで流れている。
 川の幅は、約5m。橋の高さは3m程度だが、水の深さは今のところ30cm程度。あちこちに藻がゆらゆら揺れていたり、空き缶や空きペットボトル、その他ゴミがちらほらと流れてきては下流へと流されていくのが見えた。
「姉さんの言う通り、十中八九何かの見間違いだろうけど、もしも本物だったら……新種の動物かもしれないしね。いつもの事ながら、この『不思議探検ちゃんねる』って見間違いやデマが多いし」
 HPの記述には、続きがあった。
「『……海ではなく、川にて目撃されたこの新たなる「ニンゲン」は、おそらく南極で目撃された個体の近縁種、あるいは新種と思われる。当HPでは、この個体を「カワニンゲン」または「淡水ニンゲン」という新種として分類すべきと提案します』……はぁ、未確認生物なのに、なんでこんな拙速的に決めちゃうかなー」
 呆れた口調で、白子はつぶやいた。
 狭間白子。大学院で生物学を専攻している、学者の卵。
 彼女の姉・狭間黒子は、『ゾンビズガーデン』というアンティークショップを営んでいる。
 が、経営難に陥り、それがもとで一か月ほど前にちょっとした事件に巻き込まれていた。マナフ・アカラナ(万象劣化・e24346)たちケルベロスにより、事件は解決。黒子も助かった、のだが……。
「ま、経営がわずかでも上向きになったのは良いけどさ、妹の興味への理解度は相変わらず下向き、なのよねえ」
 と、白子はため息。
「とはいえ……既知の生物の『死』に興味を持つ姉さんと、未知の生物の『生』に興味を持つ妹の私……。ある意味、正反対の姉妹って感じかしら。それに、こうやってUMAを調べるのも、嫌いじゃないし。大学の研究室での専攻とも無関係じゃないし……」
 そこまでつぶやいた白子は、自分が『巨大な鍵』に、後ろから胸を『貫かれている』のを知った。
「え?」
 振り向いたそこには、やつれた感のある、ぼろ布に身を包んだ女性。
「……私のモザイクは、この空のようには晴れない。けど……」
 白髪と白い肌は、どこか死体のようにも、白子が探しているUMAのようにも見える。
「……あなたの『興味』には、興味あります。死ではなく生への興味、にはね」
『鍵』がひねられる。意識を失い倒れた白子。
 第五の魔女・アウゲイアスは、水面へと視線を向けると……。
 浅い川に、白い『何か』が姿を表した。白くのっぺりした『それ』は、人のような形をしていた。

「……と、こんな事がまた起こったッス」
 黒瀬・ダンテが、新たな状況を説明する。
「簡単に言えば、蛾男の事件と同じ……不思議大好きな女子が『興味』持って調べに行ったら、ドリームイーターに襲われて『興味』を奪われちまった……って事っスね。もっとも、この女子は趣味じゃあなく、大学院で生物学を専攻してて、その関係から学術的に調べてたみたいッスが」
 そして、以前と同じく。『興味』を奪ったドリームイーターの姿は消え、『興味』が実体化した怪物のドリームイーターが、すでに生まれ落ちてしまっている。
「前回と同じく、この怪物の形をしたドリームイーターをぶっ倒す事が、今回の依頼内容ッス。こいつをやっつけちまったら、『興味』を取られちまった被害者も、目を覚ますッスね」
 そして、特徴も前回と同じ。
「こいつもまた、人間を見つけると『答えよ、我は何者ぞ?』と聞いてくるみたいッスね。で、正しい答えが返ってこないと、同じく殺しちまうッス」
 んで……と、ダンテは付け加える。
「このドリームイーターもまた、自分の事を信じてたり噂してる人が居ると、そっちに引き寄せられる……みたいなんで、その点をうまく使ったら川から陸上に上げて、有利に呼び出して戦えるんじゃあないかと思いまッス」
 この『ヒトガタ』または『ニンゲン』の姿は、一見すると真っ白なクジラまたはアザラシ。
 しかし良く見ると。人間のような頭部と両腕、両足を持っている。
 その大きさは、3~4m。頭部は目と口のみで、どことなく人間のそれに似ている。
 両腕は人間のそれと大差ない形状だが、かなり太く、長く、力強い。指先には鋭い爪が。両足は逆に、短く貧弱なヒレ状。
「ただ、こいつは図体デカいッスが……陸上でもかなり素早く動き回れるようッス」
 なぜなら、この怪物は陸上を『滑る』事が出来るのだ。
 体表面に粘液のようなものを常に分泌。ぬるぬるにした状態で、うつぶせになって横たわり……逞しい両腕の爪で地面をひっかく事で移動する、という。
「アザラシが水上で移動する様を連想して下さいッス。ちょうどあんな感じでこいつも動くようッスね。ただ、このぬるぬるは乾きやすく、周りに多めの水分が必要みたいッス。乾燥しちまったらぬるぬるも無くなるんで、水辺からは離れないみたいッスね」
 つまりは、陸上に誘い出し、体表面の粘液を乾燥させる必要がある、という事だ。
「ぬるぬるが無くなると、こっちのもんスね。身体が滑らなくなり、移動手段がなくなるッスから、戦いは容易になるッス」
 犠牲者の狭間白子もまた、橋で倒れ、意識を失ったままだが……この『ニンゲン』を倒さなければ、そのまま目を覚まさない。
「ま、何に興味持つかは人それぞれッスが、今度の被害者は、『学者』……研究対象に『興味』を持ってて当然な人ッス。こいつらはまたぞろ、その『興味』を悪用して、こんなバケモン作りやがった。許せねー奴らっス」
 この怪物も、倒す必要がある。その事を悟った君たちは……参加を決め、その意思をダンテへと伝えた。


参加者
篁・悠(黄昏の騎士・e00141)
リデル・フライシュッツ(魔弾の射手・e01414)
ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
マナフ・アカラナ(万象劣化・e24346)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)
桃也・虎太郎(ローブは手放せない・e30177)

■リプレイ

●序ノ段・潜伏ノ人型
「姉妹揃って狙われるとは、いやはや」
『空き地』を臨むマナフ・アカラナ(万象劣化・e24346)の心中には、今回巻き込まれた女性に関する興味があった。
 以前の依頼の妹とは。何かドリームイーターに好かれる遺伝子でも有しているのか。その事を調べたいと思ったが、目下の状況をまずは優先しなければと思い直す。
「噂……というか、今までの目撃情報の多くは、信憑性が高いとは言えないわね」
 手元の端末で情報収集を行っているのは、リデル・フライシュッツ(魔弾の射手・e01414)。
「俺も、調べた。この周辺の、地形」
 同じく携帯端末を手にしているのは、犬のウェアライダー、ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)。
「戦いに良い場所は、ここ以外にない」
「ああ、確かに……この場所が最適、だな」
 ガルフの端末を覗き込むは、長い銀髪に猫耳を見せている12~3歳くらいの少女。その両肩には、小麦粉の大きな袋を担いでいる。
 彼女の名は篁・悠(黄昏の騎士・e00141)。猫のウェアライダーにして、ガルフの友人。
 ドリームイーター・ニンゲン。これを討伐するために、ケルベロスたちは作戦を練っていた。
「警察と消防署には連絡入れておいた。あとは……うまくここに誘い込んで火を付けりゃあな」
 椿木・旭矢(雷の手指・e22146)は、油の入った缶を両手に下げていた。その顔には、表情らしい表情は浮かんでいないものの……どこか苛ついているかのような、不穏な空気を漂わせている。
 近隣にはキープアウトテープを張り巡らせ、既に人払いも完了。
「…………」
 更に人払いを完璧にすべく、殺気を放つ者がいた。逞しい身体を持つその男は……羽織ったローブのフードにより、口元以外の顔が隠れていた。
「……いいぜ」
 桃也・虎太郎(ローブは手放せない・e30177)の『殺界形成』により、周囲に人の気配はまるで感じられない。
「川が見えるのは……ここか。魂現拳はどこに待機させておくべきか……?」
 そして、人の気配がない中。虎太郎の冒険仲間にして、ドラゴニアンのライドキャリバー……ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)が、値踏むかのようにあちこちを見て回っていた。
 彼の近くには、巨大な握り拳を思わせるデザインのモノサイクル、『魂現拳』の姿が。旭矢は油を撒きつつ、その変わったデザインを興味深そうに眺めている。
 その近くには、白い肌と髪の美少女も佇んでいた。
「あは、こういう生物と戦うのは……初めてですねー。戦うのが……」
『楽しみです』。興味深げに、半ば嬉しそうに、オラトリオの少女……サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)は、そんな言葉を口にする。
 ケルベロスらが考えた作戦、それは『ニンゲンを川からこの空き地へ誘き出し、炎で水分を断ち、攻撃する』というもの。
 ガルフと旭矢は、空き地の地面に……円状に灯油を撒いていた。
 そして悠は、小麦粉をその円の中心部に撒いている。
 この『ニンゲン』の、体表面のぬめりを取らなくては、まず始まらない。粉と炎で、それを取るつもりだが……それもまた、成功する保証もない。
「成功しないかもしれません、ですが……」
 マナフは、白子へと思いをはせた。
「……先日、お姉さんのお店で良い経験をさせて頂いた事ですし。ここはひとつ、恩返しといきましょうか」
 やがて、全ての準備が整い。
 作戦が、開始された。

●破ノ段・出現ノ人型
「知ってるか? ここには白いぬめぬめのUMAが出るらしい」
 旭矢の言葉が周囲に響く。
「その名も『カワニンゲン』……ビジュアルもかなりヤバいらしいぞ」
 そんな旭矢へ、マナフが相槌を打つ。
「ほう。またずいぶんと、直球な名前ですねぇ」
 マナフに続き、ヒエルもまたその話題に乗った。
「その、ニンゲンだかヒトガタとかいうのは、海の生物らしい。それを川で見かけたとは、なかなか興味深いな」
 次に、リデル。
「でも、『白いぬめぬめ』? 歩く巨大サンショウウオとか……そういうビジュアルを想像したけど……『人間に似た姿』をしているのよね?」
「ええ、あくまで『似ている』だけのようです」
 再び、マナフ。
「見た目がそのまま、人間に近いのでしたらまだしも。人間に『似ている』姿とは……。しかし、中々惹かれるものはありますね。……欲しいですねぇ」
 最後の言葉には、どこか本気めいた何かがある……と、彼と会話していた他の三人は感じてしまった。
 そして、他の四人。悠とガルフ、サラキアと虎太郎は、物陰に隠れ……聞き耳を立てていた。
 この空き地は、川から百m程度離れた場所……ガードレールに仕切られた河川の縁から、直線の狭い一本道を1~2分ほど歩いた位置に存在している。周囲はブロック塀と金網とで囲まれ、川と繋がる一本道の反対側は、比較的大きな道路と隣接。
 道路は比較的広い。陽が落ちかけて、建物の影が、道路と、道路上の標識とマンホールに伸びていた。
「さて、奴は食いつくか……?」
 仲間たちの噂話に、聞き耳を、文字通り猫の耳を立てつつ、悠は待ち続ける。
 時が経ち。
 そして……。

「「「!?」」」
 最初に響いたのは、『ズシン』といった、重苦しい音。その場にいた誰もが、地中に何かが居る……という印象を受けていた。
 再び、『ズシン』という音。それを聞いた虎太郎は、疑問を覚えていた。
「? 川の方……いや、違う?」
 ガルフもまた、疑問だった。
「敵……川にいない? 来る方向、違う?」
 ガルフはうなった。見えざる敵が接近しているのが、感覚的にわかるのに、具体的にどこに居るのかがわからない。
 川の方のみを注目していた、マナフらだが……ヒエルは翻って、川と反対の方向へと顔を向けた。
 マナフ、ヒエル、リデル、旭矢。四人は背中合わせになり、周囲を警戒する。
「……川、からじゃあ『ない』のかしらー?」
 間延びした口調とともに、サラキアが周囲へ視線を向ける。
「どこに? ……どこか、見落としている点が……まさか!」
 そして、リデルは気づいた。
「……奴は、『下水道』の中を進んでいるのかっ?」
 それに気づくと同時に。川と反対の方向、空き地に面している道路の、下水道のマンホール。その蓋が宙に舞い……空き地に落下した。
『答エ、ロ……我、ハ、何者、カ』
 下水道に続く穴倉から、声が。
「ハッ、お前にはがっかりだ」
 それに対し、臆することなく……旭矢は言い返す。
「ほんの一ミリくらいだが、期待していた……『本物』のUMAじゃないか、とな」
 旭矢に続き、ヒエルも言い放った。
「ああ。お前はただの……人を襲う、ただのデウスエクスだ」
 ヒエルに続き、不気味な口調で述べるは、マナフ。
「あなたは……『ニンゲン』の一種、ですよ。……そんな濁った汚水よりも、ホルマリンに漬かってはくれませんかねぇ?」
 その言葉に、まるで戸惑うかのような呻きが。
「とにかく、お前が何者だろうと関係ない……今から引導渡してやる。だから……神妙にしろ、『ドリームイーター』」
 再び、旭矢の言葉。
 そして、人の叫びに似た、おぞましい鳴き声とともに……下水道から、怪物が空中へと飛び出し、空き地へと落下する。
「……浪漫を胸に、未知なる物を探し求め、新たな地平を拓く力! まだ知らぬ場所へ向かう、勇気ある行為。それこそが、未来を創って来たのだ!」
 姿を現した怪物に対し、悠は……自身を奮い立たせるかのように、仲間を奮い立たせるかのように、言葉を叩き付ける。
「……人それを、『探求』と呼ぶ!」
 それとともに、ケルベロスたちに闘志が生じた。
 出現した怪物……『ニンゲン』も、それに対抗するかのように咆哮した。

●急ノ段・戦闘ノ人型
『ニンゲン』、または『カワニンゲン』は、ウェブ上で見られるインチキ写真や画像でおなじみの、白っぽい、人間に似た感じの姿をしていた。
「……一瞬でも俺から気を離してみろ」
 こんな怪物に、注目されたくはない。そう思いつつ、
「その一瞬で、拳を叩き込ませてもらう」
 ヒエルが『双方気向』で、己へと注目をむけさせる。
 それが功を奏したのか。怪物はぬるぬるした体液を体表面から放ちつつ、両腕で地面を掻き、滑りながらケルベロスたちへと迫撃した。
「ピスケスよ、輝け! 勇者たちの戦いに勝利を!」
 悠のスターサンクチュアリが輝くが、異形の怪物は構わず突進してくる。
「……『雷の手指』」
 それに対し、旭矢が動いた。
 彼の闘志が形を取ったかのように、数多の稲妻が天空に出現した。それはまるで、天界の巨神の指のよう。
 下界に蠢く、下賤な怪物へと死の裁きを下すかのように……『ニンゲン』へ、稲妻が降り注ぎ、打ち据える。
 だが、雷の直撃をいくつも受けたというのに……『ニンゲン』はさほど痛手を受けた様子を見せていない。
「次……俺に、任せろ!」
 すかさず、ガルフが躍りかかった。犬のウェアライダーが、刃もかくやの鋭い蹴り……『旋刃脚』の直撃を食らわせるも、やはりそれほど痛手を受けたようには見えない。
 嘲りに似た咆哮とともに、『ニンゲン』が次に仕掛けてきた。地面の上を滑走し、文字通り肉弾と化してケルベロスたちへと体当たりしたのだ。
「何っ……がはっ!」
「ガルフ!……ぐっ!」
 ガルフが体当たりの直撃を受け、旭矢は『ニンゲン』の拳による打撃が襲い掛かる。
 その突進力に耐え切れず、後方へと弾き飛ばされた二人は、ブロック塀に叩き付けられた。
 その勢いで、ブロック塀は崩れ落ち、いくつもの塊となって……ガルフと旭矢とを生き埋めに。
「なっ……!」
「旭矢! ガルフ! 大丈夫か!? ……思った以上に、厄介な奴だ」
「今、助ける!」
 悠とヒエル、虎太郎が、二人を助け出さんと駆けつけた。
 だが、『ニンゲン』も、無傷かつ無事では済まなかった。
 戸惑っているかのように、体をひねっている。身体の粘液が、いつもより効いていない事に……何かおかしいと感じているかのようだ。
「どうやら、小麦粉の効果……あったようだな」
 リデルの指摘通り、先刻に撒かれた大量の小麦粉が、『ニンゲン』の体表面にまとわりつき、滑走の邪魔をしていたのだ。
「あのまま、カラッと揚げてしまいたいな」
 悠の言葉を聞いたのか、『ニンゲン』は逃亡するかのように動き出した。振り向いて下水道へ逃げようとするが、すでにそこにはリデル、マナフ、ガルフらが回り込んでいる。
 ならばと、川辺の方へと向かう『ニンゲン』だが……。
「行け、魂現拳」
 ヒエルのライドキャリバーが、怪物を先回りし、体当たりを食らわせた。『キャリバースピン』の激しい回転を食らい、怪物は再び空き地へと追いやられる。
 しかし、まだ『円内』に……灯油をまいた円の中心部には居ない。この状態で発火しても、中心からは遠のいてしまい、効果的なダメージは喰らわせられないだろう。
 加えて、小麦粉を浴びたせいで……警戒している。うなりつつ、何か『罠をしかけているんじゃないか』と、注意深くなり動こうとしない。
「……警戒、してるのでしょうか?」
 さすがに、焦りを覚えたマナフが呟く。その焦りを加速させるかのように……。
『ニンゲン』の体内から、より多くの粘液が分泌し始めた。それは体表面の小麦粉を、少しづつではあるが、確実に流しつつある。
「……まずい、わね」
 リデルの言葉とともに、悠は怪物をにらみつけた。

●危ノ段・逆襲ノ人型
「……Et vidit Deus lucem quod esset bona……」
 サラキアが詠唱する言葉が、力を有し、効果を発揮し始める。
「……et divisit lucem ac tenebras 『光あれ』」
 それは、光と化し、光が不浄を清めるがごとく……旭矢とガルフの受けた負傷を癒す。
 サラキアにより、二人の負傷は回復した。しかし……状況は回復していない。
「……次、僕が行く」
 一か八かと、悠が進み出た。その手に握られるは、ゾディアックソード『神雷剣』。
「揺蕩う海は果てなく広がり 星の光に輝き揺らめく……」
 全身を覆う小麦粉が溶けだした『ニンゲン』は、精神集中している彼女へ、新たな攻撃目標とばかりに這いずっていった。
「……そして水は溢れ出し、大魚となりて総てを飲み込む」
 まだ小麦粉が、粘液を乾かし、移動を困難にさせている。が、移動できないわけではない。
 その強力な腕で、『ニンゲン』がつかみかからんとした刹那。
「……来たれ。星をも砕く凍れる顎門よ!『双魚星氷剣』!」
 背後に浮かぶは、双魚宮の紋章。
 振りかぶった剣の一閃が『ニンゲン』の腕へと決まった。
 煌めく氷の斬撃が、怪物の腕を切断。『ニンゲン』の口から、初めて苦痛の悲鳴が轟いた。
 焦り、後方へと転がり逃れる『ニンゲン』。そこは、先刻に灯油を円状に撒いた地点の、中心部分。
「……逃げられた……と思いましたか? 残念ですが、逃がしません」
 マナフが怪物の、その動きを見極めると……。
「……『熾炎業炎砲』!」
 半透明の『御業』から、強烈な炎弾を放つ!
 火炎は、地面に撒いた灯油に引火し、地面から炎を上げさせた。『ニンゲン』の口から、悲鳴めいた咆哮が舞う。
「逃がしません。ターゲット、ロック……『ブレイジングバースト』ファイア!」
 リデルもまた、ガトリングガンの掃射で、地面に爆炎を以て引火!
 二人の攻撃により、空き地は火炎地獄と化した。火あぶりの刑に処されているかのように、『ニンゲン』が火炎に飲み込まれていく。
 火炎の揺らめきの中、その動きが徐々に鈍っていくのをケルベロスたちは見た。
 が。
「! 来るよー!」
 サラキアが叫ぶと同時に、炎の壁を破って『ニンゲン』が出現した。
 が、飛び出した虎太郎が立ちはだかり……。
「……っ!」
『シャドウリッパー』の斬撃を、怪物へ放つ。
 残された片腕もまた切断され、地面に転がった『ニンゲン』へと。
「『ドラゴニックミラージュ』だよー」
 サラキアの放った火炎攻撃が、とどめに。
『ニンゲン』は悪臭とともに焼け落ち……果てた。

●終ノ段・終焉ノ人型
「さて、土地へのヒールは……と」
 リデルにより、炎熱地獄と化した空き地が、再びもとに戻らんとしていた。
 虎太郎や旭矢は、ひたすらゴミを拾い、清掃活動に。
 そして。
「……はっ?」
 気が付いた白子は、自分が数人の男に介抱されているのを知った。
「大丈夫か?」
 ヒエルが声をかけ、
「けがは……無いようだな?」
 ガルフが、彼女の傷の様子を見る。
「もう、大丈夫ですよ。悪夢は……終わりました」
 安心させるような口調で、マナフも語り掛ける。
 後で、黒子さんのところに送り届けてあげよう。そして、彼女が安心して、生物の研究に取り組むことができる世界を作らなければ。
 白子を見て、改めてそう決意するマナフたちだった。

作者:塩田多弾砲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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