木、木、木。
代り映えしない景色に、青年は双眼鏡から目を離した。中折れ帽の下、日に焼けた顔には濃い疲労がまとわりついている。
「このあたりに洞窟があるはず……」
青年は内ポケットから取り出した紙を丁寧に広げた。
びっしりと描き込まれた等高線の中、星印で示された一点を指で弾く。
「いや、諦めるかよ。秘宝を必ず見つけ……」
青年が言い終えるよりも早く、突如現れた白い肌の女が、その手の鍵を青年の心臓に突き刺した。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
その女、第五の魔女・アウゲイオスがそう呟いたとき、倒れた青年の傍らで透明な髑髏が、その眼窩に青い鬼火を灯していた。
●
「皆さんは未知のお宝って興味あるっすか?」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はそう切り出した。
「不思議な物事を実際に調べようとしてる人が、ドリームイーターに襲われて『興味』を奪われるって事件が起こってるっす。あいにく、そのドリームイーターは姿を消してるんすけど、奪った『興味』をもとに現実化した怪物型のドリームイーターで事件を起こそうとしているっす。皆さんには、その前になんとかそいつを撃破してほしいっす」
そいつを倒せば『興味』を奪われた被害者も目を覚ます。そう言って、ダンテは状況について補足した。
「時間帯は昼。現場はとある山林地帯で、ちょっと見晴らしのいい場所っすね。ヘリオンでひとっ飛びなんで、行き帰りは気にしなくて大丈夫っす。それでドリームイーターっすけど、見た目は水晶でできた人間の頭蓋骨っす。被害者は秘宝の噂を信じてそこまで探しに来た人なんすけど、その秘宝に対するイメージが水晶の髑髏だったみたいっす」
いわゆるオーパーツ……『場違いな人工物』というやつだ。そんな代物がそこらにあるはずもないが、精巧に作られた地図に騙されてしまったのだろう。
「この水晶髑髏みたいなドリームイーターは人間を見ると、『自分は何者か?』みたいなことを訊いてきて、正しく対応できなかったら殺し、答えられたら見逃すって行動をとるっす。それと、自分のことを信じてたり噂してる人の方に引き寄せられる習性があるっす」
戦いに役立ちそうなんで参考に、と告げて、ダンテは顔を引き締めた。
「宝探しはロマンっすけど、化け物が出ちゃシャレにならないすよね。皆さん、よろしくお願いするっす!」
参加者 | |
---|---|
セティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831) |
セシル・ソルシオン(修羅秘めし陽光の剣士・e01673) |
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458) |
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830) |
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925) |
グレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784) |
佐久田・煉三(直情径行・e26915) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
●五秒前……スタート!
「はいこんにちは皆さん、『Sety』です。こちら、とある場所にある山林地帯です。今回はここに『歴史を変える秘宝』があると聞いて、調査にやって参りました!」
今をときめくV系アーティストにして敏腕女社長の『Sety』――セティーリア・アシュレイン(破魔の死天使・e00831)は、カメラに向けて微笑んだ。彼女の背後では木々が生い茂り、遠くに山々の緩やかな稜線が見える。
動画配信状況をチェックするクラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)の合図に、セティーリアはそばで待機中の人物に登場を促した。
「このたびアドバイザーとして鞘柄先生に同行していただいてます。先生、よろしくお願いします」
「大学で考古学の講師をしている鞘柄です。よろしくお願いします」
理知的な微笑で名乗った鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は眼鏡の奥で瞳を好奇心に瞬かせた。
「このような場にお招きくださり、私も光栄です」
「先生、噂ではこの山には水晶の髑髏が眠っているとのことですが」
「はい。道すがら説明いたしましょう」
撮影カメラを携えるグレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784)とともに、リポーターと考古学講師は森の奥へ進んだ。少し歩いて、先行していた二人の冒険隊員と合流する。
「水晶髑髏とは、文字通り水晶でできた人間の頭蓋骨です。マヤ、インカ、アステカなどの中南米の遺跡から出土したそれらは、当時の技術水準では不可能なほど精巧に造りあげられていました」
「だからOut-Of-Place Artifacts――オーパーツとして取り上げられるようになったんだよね」
解説を引き継いだのは竜顔の冒険隊員だ。ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)は期待を表すように胸の前で拳を固めた。
「偽物説もあるけれど、そんな技術が古代にあったかもしれないなんて考えただけで楽しいよね。まさに『黄金竜』にふさわしい秘宝じゃないか……全ての水晶髑髏が集まったとき宇宙の謎が明かされる、なんて伝承も面白い」
「なるほど、水晶髑髏はこのように私たちの心をくすぐるものなのですね」
「ああ。それにこの冒険そのものがロマンだ」
頷くセティーリアに、いま一人の隊員が声をかけた。セシル・ソルシオン(修羅秘めし陽光の剣士・e01673)が草をかき分け、やがて見晴らしのいい場所に出る。
「冒険、その末に見つける謎に包まれたお宝! わくわくするよな!」
「そんなものあるわけないでしょう、ここにあるのは自然溢れる大地のみです」
BGMが不穏なものに切り替わった。
早口にロマンを否定したのはミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)だ。普段から着ている軍服ワンピの腕章に『保護局員』の文字が輝いている。
「まったく、この素晴らしい自然の中になぜそんな馬鹿げたものがあると思うのでしょうか……」
「ば、馬鹿げたとはなんですか。これはれっきとした考古学の……」
「あーはいはい。あぁ、機材とかあんまり置かないでくださいね、自然が汚れます」
ミュラ自身は「ほごきょくいんってなーに?」というくらいの知識しか持ち合わせていなかったが、探険を邪魔する嫌な奴としての演技は完璧だった。
「なかなか面白い流れになッたな」
探険隊と自然保護局員の舌戦に、クラムは薄く笑った。BGMを調整しつつ、ボクスドラゴンに効果音の指示を出す。
「敵を誘き寄せる目的の撮影だが、折角だ、やるならきッちり仕上げてやるか、クエレ。どの道、俺らは映らねェ分気楽だしな」
撮影カメラを見れば、佐久田・煉三(直情径行・e26915)が三脚に固定していた。いつ戦闘が起きても撮れるよう、適したポイントに設置している。
戦闘……。
「……いや、しまッた、戦闘中だと映るのか?」
「そのときは仕方ないだろう」
キープアウトテープを貼り終えたグレッグが隣に立った。
「人の夢から生み出された紛い物の秘宝……少なくとも今ここに存在すべきモノじゃない。その正体を見せたなら、遠慮なく破壊させてもらうだけだ」
「……そうだな」
クラムが口元を笑みに歪めた。無愛想なオラトリオの言葉の中に、敵への憤りがほんの少し感じられたからだ。
「ん、しかし……こういう話が聞けたのは良かった」
各種機材の設置を完了した煉三が、熱く口論を繰り広げる仲間たちを感情の薄い目で見やった。
「俺には意味のないものでも他の奴らには意味があるというのが『面白い』し、興味を惹かれる――どうやら来たようだな」
煉三が呟いたと同時に、カメラに映る五人も異変を察し演技を中断している。
全員の視線の先、木々の合間に水晶髑髏のドリームイーターが浮遊していた。
●
「おぉっと、水晶の髑髏が現れました! 浮いています、まさにオーパーツ!」
『汝等ニ問ウ。我ハ何者カ?』
セティーリアの実況に応えてか、水晶髑髏が近づいてくる。
「お前が何者か……?」
見逃されたいなら、秘宝や水晶髑髏といった回答が正しかったろう。
だがそう答える者は彼らの中にはいない。
被害者はあっちの方角か――冷静に判断しつつ、ガロンドはがらりと口調を変えた。
「興味ないな。黙って俺のコレクションになるがいい!」
「ただの水晶工芸品如きが何を……私たちが探しているのは紛い物ではなく、もっと古代の息吹を感じさせるものです!」
「お前はひとの夢と希望、心、ときには命すら奪うもの」
後退したミュラと入れ替わるように奏過とセシルが進み出る。
微かに自嘲をたたえ、セシルは答えた。
「飢えに満たされず、彷徨う哀れな存在だ」
『間違イ、ダ』
水晶髑髏の眼光がひときわ熾烈に燃え上がった。
その直後、とっさに身を投げ出したケルベロスたちをかすめるように、髑髏から熱線が撃ち出されている。虹色モザイクの光に焼かれた木がゆっくり傾いたときには、髑髏はガロンドに狙いを定めていた。紫の光が水晶内に満ちる。
しかし放たれた光線は空を裂いた。グレッグの蹴撃が髑髏の顎に直撃し、軌道を逸らしたのだ。
「静かに眠れば良い」
グレッグはさらに腰を捻ると、回転の力を紅蓮纏う脚に上乗せした。鋭く跳ねた爪先がドリームイーターを高々と打ち上げる。そこへクラムとガロンドの轟竜砲が殺到した。
「少々、複雑かな」
砲撃形態から元のハンマー状に武器を戻し、ガロンドは墜落した水晶髑髏を見下ろした。
遺跡に住まう黄金竜は、その存在で宝物の存在も確信させ、そして竜が冒険者を殺すことで宝への『興味』は守られる――だが今していることはその逆だ。『興味』を守るため、ガロンドは秘宝へと追撃に踏み出す。
髑髏が発光したのはそのときだった。
陽光を圧してなお眩い輝きの中、水晶のヒビが修復されていく。その光景に、水晶髑髏が莫大なエネルギーを蓄えているという迷信めいた伝承をガロンドが連想した次の瞬間、紫のモザイク光が彼を貫いた。
●
ミュラによる紙兵の守護、煉三が施したオウガ粒子がなければこの程度では済まなかっただろう。腹部を押さえて倒れたガロンドの治療にクエレが飛んできて、それを守るべくミミックのアドウィクスが立ちはだかる。
なおもガロンドに向く髑髏を、セティーリアの跳弾が襲った。立て続けに弾丸が水晶の表面で弾け、髑髏に後退を強いる。
「こっちだ!」
そこへ全身に呪紋を帯びたセシルが斬り込んだ。二振りの剣が水晶の横面に十字を刻み、吹き飛ばす。
その先で待ち構えていたのは奏過の蹴撃だ。
「考古学は調査、研究の繰り返し……だそうですよ」
カウンターで放たれた熱光線を紙一重で捌き、奏過はヒットした蹴り脚を引き戻すと同時に拳を繰り出した。戦術超鋼拳に髑髏の頬が浅く削れる。
水晶髑髏にとっては奏過も、誤答した殺害対象だ。回避行動のさなか再び熱線を放出――する寸前、割り込んだグレッグの踵が髑髏の頭頂にめり込んだ。
よろめいた髑髏の熱線が脇腹を焼いていくが、グレッグは頓着しない。華麗に旋回した紅蓮の脚には、今度は煉三によるブレイブマインの爆風も付随している。
『――――』
髑髏から初めて呻きのような音が漏れた。あるいはそれは、水晶の欠損によって生じた風切り音だったかもしれない。地面に叩きつけられながらも浮上したドリームイーターが、再びモザイク光を内部に蓄える。
歌が戦場に響いた。
それは、戦闘が開始したときからかかっているハイテンションなBGMとはまったく別のものだ。深く重い嘆きを内包した詞は、クラムによって紡がれている。
凍れる停滞の歌は、自己修復中の水晶髑髏に重圧となって表れた。ぬかるみにはまったかのように、目に見えて動きが鈍る。
さらに顕現した首輪が、髑髏を地へと繋ぎ留めた。
「ん、首がないとそうなるのか……なるほど」
首輪は髑髏の下方に出現しており、捕縛できていないようにも見えた。しかし現実には、冷静に観察する煉三の前で水晶髑髏は拘束から逃れようともがいている。地から伸びる鎖を焼き切ろうと眼窩が閃くが、奏過のチェインが喰らいついて、その抵抗すら封じる。
「さあ、番組もクライマックスですよ」
「――行こう、セシル」
オウガ粒子を帯びて煌めくセティーリアの紅翼が、いっそう眩く閃いた。次の瞬間、溢れる光は破魔刃となって宙を奔っている。
「クァ ピェトァ ウラ ヴィッド アッド クロー――」
詠唱するミュラの頭上で独特な八芒星が展開した。鏡陣八芒・第六節。炎を内に灯す分身体は前衛陣に吸収され――さらなる加護を受け取ったセシルが地を蹴った。
敵に肉薄するその髪と剣が、陽光の金から、修羅の白に染まる。
「白き闇の焔よ、紅き破魔と合わされ!」
セシルの斬光と、セティーリアの光羽の軌道が重なった。
迎撃の光線すらも斬り裂いて、二人の『破魔の白夜』が髑髏の額を捉える。
硬質の感触、そして拮抗は一瞬だった。両断された頭蓋骨の断面がスパークする。爆発は一拍後に起こった。
●配信完了
「飢えに満たされず、彷徨う……でも俺は、彷徨いはしない……。渇望を満たすため、なんだってやってみせる」
セティ、愛してる――水晶の雨の中、元の金髪に戻ったセシルが剣を鞘に収めた。
「ん、それじゃ、被害者を探しに行くか」
機材を持ち上げながら、煉三が呼びかけた。
「この近くで倒れているんだろう?」
「うん、きっとあっちだよ」
負傷から回復したガロンドは、掌で消えていく水晶髑髏の成れの果てを名残り惜しげに見つめていたが、振り払うように髑髏が現れた方角を指差した。冒険隊員に戻って、皆を先導する。
「ちょっとちょっとまだやる気ですか、自然が汚れると言ってるでしょう」
「くくッ、そいつァもういいだろ」
「ですよねー」
冗談めかしたミュラと笑い合い、クラムが撮影カメラをグレッグに手渡した。
「感謝する。配信の方はどうだ?」
「問題ねェ。あとは番組の仕上げだけだな」
「皆さん、こっちです。被害者の方を見つけましたよ!」
奏過の呼び声に、機材担当たちが慌てて追いかける。
そう離れてない場所に被害者はいた。ガロンドや奏過たちに介抱されるその体には、特に妙な痕跡は見当たらない。
「被害者の青年は無事のようです。残念ながら水晶髑髏はドリームイーターだったようで、やはりオーパーツはそうそう発掘されるものではありませんね! 以上、現場からのリポートでした!」
雄大な自然を背景に、セティーリアは笑顔で締めくくった。
作者:吉北遥人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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