ランブルフィッシュガール

作者:黄秦


 赤とんぼが飛び交う秋の夕暮れ時、優しくなり始めた秋の風に乗って賑やかなお囃子が聞こえはじめた。
 とある神社で祭りが始まる合図だ。
 提灯が夜を照らす中で、いくつも屋台が並ぶ。金魚すくい、輪投げ、祭りならではの食べ物の数々。浴衣を着た人々が思い思いに楽しみ賑わいを見せている。
 この祭りのメインイベントは、神社で行われる奉納の舞だ。
 作物を荒らす大蛇を、神の力を授かった武将が退治すると言う、シンプルな筋立てだが、大蛇との戦いで見せる剣舞や最後に神に捧げる舞がなかなか勇壮と評判で、遠方からわざわざ見に来る客もいる。

 夜の闇深くなったころ、境内に設えられた舞台を篝火が照らし、奉納舞が始まる時間となった。あまり広くない境内にすし詰めになった人々が、今や遅しと待っている。
 太鼓がどんかっかっと鳴り、笛の音がぴいひゃらと響いて開始を告げると、わっと歓声があがった。
 面をかぶった武将が舞台の中央に現れ、太刀を振るって舞い始めると、割れんばかりの拍手が起こった。
「ん~~~~、なんかいまいち地味メバチぃ?」
 盛り上がった会場に冷水を浴びせるように、少女の声が響いた。
 ふわり、と言うより ぼよん、な感じで宙を舞い、一人の少女が舞台に降り立った。マグロの被り物をして、わりとこう、ぽっちゃりだ。くるくると三回転からの華麗な着地を決めると、どすぅんと重い地響きがして、舞台がみしみしと揺れた。
「な、何だねきみは? 降りなさい」
 係員が慌てて降ろそうと駆け寄る。振り向いた少女の、くわと開いた黒目がえらく大きい、と認識した時には、係員の胸から大量の血が飛沫いていた。
「邪魔メバチぃ!」
 止めにヘッドバットをくらわすマグロ少女。血まみれで倒れる係員を見て、悲鳴が上がる。たちまち周囲は大パニックに陥った。
「う~~~ん、剣舞? とかぁ、するんならぁ~、もっと派手にやんなきゃダメバチぃ!? ……こぉんな風にっ!」
 マグロを被った少女は、浴衣の帯も苦し気に豊満な身体を揺すったかと思うと、逃げ惑う人々の中へ2回転半ひねりで飛び込んだ。着地点にいた者が、2・3人潰される。
 大小の刀を両手に持ち、その体型からは信じられないほど軽やかな身のこなしでステップを踏んでは華麗に舞い、周囲の人間を斬り刻んでいく。
 さらには足元からあがる砂礫が嵐となって舞い上がり、人々を襲った。
「あはははは~ほらほぉら~~~楽しいでしょぉ? これくらい派手にしなくっちゃダメダメダメバッチ~~~!!!」 
 録音されたお囃子が威勢よく鳴るのをBGMに、マグロ少女はぽちゃぽちゃと死の舞を踊る。
 砂塵舞い上げる血風が、月までも赤く染めていた。 


 エインヘリアルに従う8種族の一つ、シャイターンが行動を開始した、と笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は告げた。
「動き出したのは、マグロの被り物をしたシャイターンの部隊です。彼らは、日本各地の祭り会場を襲撃し、一般人を殺害してグラビティ・チェインを得ようとしているらしいのです。何故祭り会場を狙うのか、それはねむにもわからないのです。
 とにかく、お祭りと言う場を利用して、効率よくグラビティ・チェインを収奪する作戦である可能性が高いのです。
 皆さんには、シャイターン……その外見から仮に『マグロガール』と呼びます……が現れる祭り会場に先回りして、事件を未然に防いでほしいのです!」


 今回現れた、仮称『マグロガール』は少々マシュマロ系、やたら大きな黒目がチャーミングだ。
 脇差に似た小刀を両手に持って斬り刻み、そのステップ(と重量)で作りだす砂嵐で幻影を見せ、傷つけると言う。
 マグロガール(仮称)は1体のみで、配下はいないようだ。
「本当は、先に祭り会場の人たちを避難させたいところですけど、そうすると、マグロガールは別の場所を襲ってしまうから、出来ないのです。
 ケルベロスの皆さんが現れれば、先に邪魔ものを排除しようとするので、挑発などして、なんとか人の少ない場所に誘導できるといいと思うのです。
 神社の裏側に回って少し歩くくらいのところに、練習に使われている広い場所があります。簡易ですが舞台もあるので、そこにおびき寄せられれば、周囲の被害は抑えられると思うのです。
 マグロガールの戦闘力はあまり高くないけど、阻止出来なければ祭り会場が惨劇の場になってしまうのです! だから、必ず勝って阻止してください!」
 ねむはぐぐっと握り拳に力を込め、熱いまなざしで皆を見回した。

 それから、いつもの元気な笑顔に戻る。
「マグロガールを倒したら、お祭りの続きです! 奉納舞は、終わった後、幸運のおまじないをしてくれるそうですよ!
  屋台もたくさんでていますし、たくさんたくさん、楽しんで来てくださいね!」
 そう締めくくると、ねむは皆をヘリオンへと誘うのだった。


参加者
ティアン・バ(まぼろし・e00040)
真暗・抱(究極寝具マクライダー・e00809)
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)
ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)
モニカ・カーソン(大樹の木陰で・e17843)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ


 満月のかかる祭りの夜。
 神社の境内に集った人々は、奉納舞の開始を今かと待っている。
(「おや?」)
 係員は首を傾げた。なんだか、見慣れないスタッフがいるようだ。人員を増やしたのだろうか?。
 舞台の裾で待機しているその人物に声をかけようとしたとき、鳴り物と共に奉納舞が始まった。
 面をかぶった武将が舞台の中央に現れて舞い始め、そして。
「メェェエエエバァアアアチィイイイイ―――――っ!!!!」
 マグロガールも現れた。

 月よりまんまるなマグロガールが、夜空にを舞う。
 ミニ浴衣もセクシーに、ずしんと着地すれば、舞台がぐらぐら揺れ、振動で篝火が倒れた。
「ん~~~~、なんかいまいち地味メバチぃ?」
 腰をキュッとひねり、胸と臀部を両方見せるセクシーポーズで指を振る、マグロガール。とっても大きな黒目でウィンクだ。
「な、何だねきみは? 降りなさい」
 係員が慌てて駆け寄り、マグロガールが小太刀を抜く。
「待て!」
 その間に、更に割って入るものがあった。それは、抱き枕カバーを被った男だ。どどどどん! タイミングよく太鼓が鳴った。
「何者メバチぃ!?」
「俺の名は! 究極寝具(アルティメットシング)マクライダー!」
 ――説明しよう!
 『究極寝具(アルティメットシング)マクライダー』とは、『抱き枕カバー』で上半身を覆い、『三対の魔眼』を『抱き枕カバー』の表裏に描かれている美少女イラストで発動する、死角なき究極の戦闘寝具である!
 ――その正体が、真暗・抱(究極寝具マクライダー・e00809)なのは内緒だよ!
「妙な被り物をしおって……一体それは何のつもりだ!馬鹿にしているのか!」 
 舞台に上がるなり、マグロガールを挑発するマクライダー。
「抱き枕カバー被ってる変態に言われたくないメバチぃ!」
「これは俺の力を引き出すための装備だ。変態ではない!! マグロなんか被ってるだけあって、美的センスがおかしいんじゃないか?」
「おかしいのはそっちメバチぃ!」
 互いに一歩も譲らない、マグロガールとマクライダー。字面もちょっと似てる。

「おどりくらべでもしようじゃないか、シャイターン」
 そう言って舞台に上がったのはティアン・バ(まぼろし・e00040)だ。
「てゆーか、なんでマグロ被ってるのかな? けど、見た目はまんまるフグみたいだね」
 リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)が無邪気に笑えば、ボクスドラゴン『オロシ』が同意と羽ばたいた。
「ああっまた誰か舞台に……!」
 次々現れる闖入者に頭を抱える係員のところへ、先ほどのスタッフが声をかけて来た。モニカ・カーソン(大樹の木陰で・e17843)だ。
「お騒がせしてすみません。私たちはケルベロスです」
 手短かに事情を説明し、避難を願うモニカ。
 ケルベロスと聞けば、察しはつくもので、観客たちは素直に避難誘導に従った。後は、キープアウトテープを張り巡らせて遮断する。
「あっ、観客がいなくなっちゃうメバチぃ!」
 追おうとするマグロガールの前に、レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)とラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)が立ちはだかった。
「剣をお持ちなら剣舞対決でもどうでしょう?」
 物腰も柔らかにレクトは誘いをかける。
「でも別の場所がいいな。ティアンはほそいからともかく、おまえがおどると舞台がいたむ。ティアンはともかく」
 自分の身体とマグロガールをつくづくと見比べつつ、挑発する。
「あ、怒った? 悔しかったらこっちへおいでよ、遊んであげるよ」
 リノがはしゃいで駆けだした。行き先は、神社の裏手の広場だ。
「トロさんこちら、手の鳴る方へ――ってなァ!」
 ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)も手を打って囃す。
 そこまで言われては、シャイターンがすたる。
 マグロガールは、ケルベロスの挑発に乗って、後を追って来た。

 広場には、練習用の舞台が作られている。道具置き場も兼ねており、照明もついていた。闘うにはよい場所だろう。
 その舞台上で、デb、もといマシュマロ系マグロガールとケルベロスたちは真っ向対峙する。
「……一応言っておくけど、アタシは別に、太いだなんだって見え透いた挑発は気になってないメバチ! 
 でも、女子の外見をあれこれ言う奴は最低メバチぃ! 成敗あるのみメバチぃ!」
 意外と正論を言うマグロであった。
「ですが、太り過ぎは、健康にもよろしくないですからね」
 レクトも真面目に正論で返す。
「そうよ! 大体メバチみたいな安いマグロはお呼びじゃないの! わたしは回らない寿司屋でクロマグロ頼みたい派なのよ!」
 ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は、魚としての価値を問う方向で煽る。マグロの格を比べられるのは、面白くない。シャイターンだけど。
「そもそも、せっかくの楽しいお祭りを邪魔することが許せません!」
 ラグナシセロもまた、正論だ。

 かくて、決戦の舞台は、文字通り幕を切って落としたのだった。


「魅せてあげるメバチぃ! アタシの舞を!」
 倒置法で叫ぶと、マグロガールは両手にもった小太刀を交差させて打ち鳴らす。高く上げた足がたくましい。
 華麗なステップで、あっという間に間合いを詰めてきた。
「おおっ!?」
 加速し、全体重がかかった果てしなく重い斬撃は、マクライダーを斬り裂く。血飛沫を浴びて更にヘッドバット、骨と骨のぶつかる嫌な音がした。
「あっはっは! 素顔を晒すがいいメバチィ!」
 調子に乗るマグロガール(マバチ)だが、ケルベロスたちはその周囲を囲み、逃さない体制を整える。
「悪いけど、安物の冷凍マグロはお呼びじゃないのよね」
 ローザマリアは時空を凍結させる弾丸を生成した。やっぱり活きのいいクロマグロでしょ、と言いつつ放つ弾丸が、マグロガールを凍てつかせる。
 レクトは攻性植物に収穫形態をとらせる。聖なる光を発し、進化を促す。
 ラグナシセロのボクスドラゴンがブレスを吐く、ひらりと躱して嗤う。
「そんなぬるいブレスでアタシは止めらんぎゃあ!?」
 余裕をみせて隙だらけのマグロガールに、ラグナシセロのスターゲイザーがヒットする。重力の一撃が脂肪の鎧をぶち抜いた。
「『汝、輝かぬ瞳よ、我に従え。三つ首の魔犬に光を捧げよ。』」
 ――説明しよう。
 マクライダーは、『三対の魔眼』によって、常人を超えた空間把握能力、即ち防御力上げることができるのだ!
「大人しゅうせンなら、喰い千切ってやらァ」
 ドミニクの神速の連射を、マグロガールは、肉をぶるぶると揺らしながら華麗に左右のステップで躱していく。
「ふっ、蠅が止まるメバチぃ!」
 大きな瞳でウィンクを決め、ドヤ顔するマグロガールの頬には弾痕があり、胴体のあちこちから血が噴き出していた。
「当たっとるじゃねえか……」
「ふふっ☆」
 ティアンはブレイブマインを発動する。カラフルな爆発が仲間たちの士気を高める。
「なにそれ派手ェ!? ずるいメバチぃ!」
 派手さがマグロガールの琴線に触れたらしく、地団太踏んでうらやましがる。
「うるさい。あばれるな。舞台がこわれる」
 言葉は淡々と、だがドヤ顔するティアン。煽り効果は抜群だ。
 その爆発を背に、リノが電光石火の蹴り炸裂させた。まともに食らって舞台の端まで吹っ飛ぶマグロガール。
「そんなものなんだ? もっと楽しませてよ!」
 オロシが空飛んで仲間たちに属性をインストールする。
「ここは、畳みかけるところですね……熾炎業炎砲!」
 モニカは『御業』を呼び出し、マグロに反撃の暇を与えず、炎弾を叩きつけた。

 怒りに燃えるマグロガールは荒々しくステップを踏み始めた。舞台が揺れて軋み、砂塵が舞い上がる。
「『マグロガールは踊り続けるが運命(さだめ)! 潮流に輝く我が舞を見よ! 幻渦蜃気楼!』メバチぃ!」
 詠唱し、技名もちゃんと叫んで、マグロガールは必殺技を放った。
 激しく大気が揺れて渦を巻き、砂が石が巻き上げられて礫と化し、一番前衛で対峙する者たちへと打ち付ける。
 同時に、彼らは海の中にいた。幻影の渦潮に捕えられる。幻影のマグロの群が現れて体当たりを繰り返した。
「喰らうメバチぃ!」
「ぐわぁ!?」
 さらにマクライダー抱が数回ヘッドバットを食らっていた。しつこいくらい狙われているのは、被り物同士でライバル視されているのだろう。
「『大樹よ、そのお力でこの者たちを癒したまえ』 !」
 モニカの呼び出した大樹の幻影が渦へと枝葉を伸ばし、消し去ってしまう。そして、傷ついた者達を包み込み、癒した。
 ローザマリアは、詠唱と共に石化の魔法光線を放つ。マグロガールの身体がますます重みを増し、足取りがよたついている。
 少年の姿をしたビハインドが、マグロガールの背後に現れた。レクトの命令に従ってマグロガールを金縛りにする。
「か、身体が動かないメバチ?」
 ラグナシセロがスイッチを押し、メバチを爆破する。
 そして今、マクライダーに反撃の時が来た。
「ヒーローとして! 貴様だけは許さん!」
 気合と共に自らのグラビティ・チェインを解放、破壊力へと変えるマクライダー。凄まじいまでの威力で拳の一撃を叩き込み、浮いた肉へと鋭い蹴りを叩き込む。
 続いてライドキャリバーが、炎の突撃をマグロガールにぶちかました。

 ドミニクのサイコフォースでマグロの被り物が爆破される。致命傷だったようで、頭を押さえ、よろめいている。
「風通しがようなったじゃろ?」
 ドミニクが笑えば、マグロガールの大きな瞳が、怒りにさらに見開かれた。
「ダメダメダメバッチァアアアア!」
 両手の小太刀を振りかざし、斬り刻もうと襲い掛かる。振り下ろす刃を受け止めたのは、レクトだ。
 大きく隙の出来たマグロガールに、ラグナシセロが光りの翼を開いて突撃する。光の粒子がマグロガールを煌めかせ、悶絶させた。
「いくよ、ネギ、シソ!」
 リノが畳みかける。二匹のファミリアが、合成獣となって襲い掛かった。

 くるくる、踊り続けるマグロガール。マグロが泳ぐのをやめないように、彼女も殺戮の舞を決してやめない。
 ならば、止めてやるのが情けだろう。
 舞台は幕引きの時だ。
 ローザマリアは応報と因果の二振りを構える。
「アタシは貴方が醜悪とは思わない。そんなことは正直、どうでもいい」
 放つは、高速劒『紊雪月花・風華散舞』。
「でもね――やっぱりマグロ被ってるようなのはダメだな、ってことよ!」
 不可視の速度で放たれる無数の斬撃がマグロガールを無慈悲に切刻む。
 真空波さえ生む剣威の前に、倒れることも反撃も出来ずに、マグロガールは踊る。
 月光を映して閃く無数の刃光は、飛沫く血の赤と混じりあい、美しき花吹雪となって舞台に散った。
「……Dobranoc(おやすみなさい)」
 止め。突き入れる神速の一太刀が重力の鎖となって、マグロガールの心臓を砕いた。
「メ……ば……ちぃ……」
 マグロガールは力尽き、自らの血だまりに伏した。しかしその顔は、踊り切った充足感に満ちた笑みを湛えている。
「……君は強かったけど、一人じゃ限界もあるんだよ。次はもっと別の人生を楽しめると良いね」
 強き踊り子に敬意を表し、リノは帽子を脱いで礼をするのだった。
 

 ケルベロスたちの活躍のおかげで、神社の表だった場所にほとんど被害がなかった。
 故に、事後処理に多少の時間を要したが、奉納舞を無事再開することが出来た。
 笛と太鼓のお囃子に合わせ、武将が舞う。そこに大蛇が現れる。とぐろを巻き、牙を剥く蛇。武将は太刀を抜いて、横に薙ぎ縦に払って、激しく戦う。
 どろどろと打ち鳴らされる太鼓、笛の激しい調べに合わせて、舞台を跳ね、激しく舞い踊る。太刀に篝火が映って輝いた。
 武将が大蛇を退治すると、神の使いが現れて、武将の武勲を讃える。
 最後に神への感謝と祈りを込めた舞が舞われ、奉納舞は終了したのだった。

 奉納舞が終わると、人々は舞台の周りに並んだ。おまじないが始まるのだという。ケルベロスウたちも同じように並ぶ。
「……奉納舞……よかった、ね……」
 ぼそぼそと声こそ小さいけれど、抱は今とても感動している。
 うん、と頷くティアン。表情こそあまり変わらないけれど、彼女も舞を楽しんだようだ。そして、幸運のおまじないを結構楽しみにしているのだ。
 神主が稲穂の束を手に現れた。儀式めいた手つきで、人々の頭を稲穂で撫でていく。ケルベロスたちも一人一人同じように撫でられた。
「……これだけ?」
 拍子抜けしてローザマリア、思わず零す。見れば、稲穂に撫でられながらお年寄りが手を合わせている。
 かつては、実際に収穫された稲穂を奉り、無病息災と豊穣を祈ってこうしたという。
 飢餓や病の脅威が薄れた昨今では、幸運を願う祈りに変わっていったのだと。
 祭りを守ってくれたケルベロスたちには、きっと神様から特別な幸運が訪れるでしょう……と神主さんが説明してくれたのだった。

 奉納舞は終わっても、お祭りはまだまだ、これからだ。
「よぉーし! ネギミソオロシ、屋台巡りだよ!」
 リノは石段を三段跳びで飛び降りる。
 夜深くなってきても、祭りを楽しむ人々でざわめいている。祭囃子、提灯の明かり、何やら漂うおいしそうな匂い、通りに並ぶ屋台の列。
「あ、射的だ!」
 怪獣の人形を狙ってリノがぽこんと撃ちだしたコルクの弾は、隣のキャラメルを倒した。
「あー! 嬉しいけどそれじゃなーい!」
「私もやってみようかな……」
 楽し気なリノにつられて、モニカもコルク銃を構えてみた。しっかりと狙いを定めて、当たるかどうかいざ、運試し。

 赤い金魚と黒い出目金が、一匹づつ。それがラグナシセロとレクトの成果だった。
 祭りのざわめき、不思議な高揚感、お祭りが初めてのラグナシセロには、何もかもが不思議で楽しい。
 お揃いのお面など買ってみた。次は何を見ようか、何を食べようか。
 はぐれないように、レクトはラグナシセロに声をかけて、手を引いた。楽しそうにしている友人の姿は、何よりもレクトにとって嬉しいことだ。
 おまじないのくれたものかどうかはわからないけれど、今この時間は、確実に幸せだと、2人顔を見合わせて笑った。 

 屋台の焼きそばを啜るドミニク。
 容器にほろりと落ちた小さな何かを手に取れば、籾殻だった。おまじない時についたのだろう。頭に触れた稲穂の感触を思い出す。軽く、優しく、少しだけ先端がちくりとしたっけ。
 摘まんだ籾殻は、小さくて手応えも頼りない。もし地面に落とせばきっと二度と見つからないだろう。

 そういう物なのだ。

(「幸運かァ……」)
 幸せになっても、いいのだろうか?
 惑い、夜空を見上げれば、白くて丸い月が優しく笑いかけていた。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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