「ああっ、気持ち悪い気持悪いキモチワルイ! なんなのよもー!」
早朝。空が白み始めた頃。
彼女、荻窪徹子は、帰宅した自宅のマンションの洗面台にて、何度も手を洗っていた。
「ったく、ゴミ出しなら朝に出勤する時に出せっつーの。大体、なんで生ごみなのに中身こぼれてんのよ。口をちゃんと占めてないし、穴も開いてたし。っていうか全然水切ってないし、漏れてた腐汁と生ごみに、転んだ拍子に手をついちゃったし、しかも湧いてたいっぱいの蛆虫も手でぐちゃっと潰しちゃったし、あーもー最悪! 手ェ溶けるんじゃあないのこれ!」
ぶつぶつと不平不満を言いつつ、徹子は手を洗い続けた。
「(くんくん)……うげー、まだなんか臭うー。……そういや、ゲロもかかってたっけ。ったく、気持ち悪い!」
そこまで叫んだ彼女は。
「……え?」
鏡に映った何者かの姿を認めた。そして、自分がその『何者か』が持っている鍵に、背中から貫かれている事も知った。
「あはは、わからなくはないな」
その『何者か』は、少女だった。長い髪に、深緑色の帽子に、緑や赤が混ざり合った色のスカート。
両腕は、鳥の如き『翼』。緑色で、モザイクがかかっているかのよう。
整った顔に浮かべるは……どこか嘲笑にも近い笑顔。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』の気持ちは、わからなくはないな」
そう言って……彼女は徹子に突き刺した『鍵』を回した。
返答する前に、徹子は意識を失い倒れ……。
そして、彼女……ステュムパロスの横に、悪臭漂う巨大な影が姿を現した。
ステュムパロスは姿を消し、その影の主……巨体のドリームイーターは、ベランダへと向かい、開け放しの窓から外へと躍り出る。
その際に、ベランダの柵に身体が引っかかったが……すぐに突き抜けて、そのまま地上へ。
二階から飛び降りた怪物は、べちゃりと地面に激突したが……何事もなく立ち上がり、べちゃ、べちゃと音を立てつつ道路へと出て、夜中の住宅街を徘徊し始める。
「な、なんだっ!?」
たまたま通りかかったらしい、リードで犬を連れていた老人が、怪物と鉢合わせた。犬はギャンギャンと吠えるが……すぐに泡を吹き、倒れる。
「なんだこの臭い! く、くさい……」
老人もまた、鼻を押さえて倒れ……そのまま動かなくなった。
怪物は、べちゃ、べちゃという水音とともに……歩き続けた。
「えー、このドリームイーター。コードネームとして『スラッジ(汚泥)』と名付けました」
セリカ・リュミエールが、君たちへうんざりした様子を隠しもせず言った。
「簡単に言ってしまえば、生ごみの塊、それにリバースした何か、腐って臭う残飯やらなにやら、そしてそれに群がる蛆の塊。そういったものへの『嫌悪』を、このドリームイーターは奪い、新たなドリームイーターとして産み出した、というわけです」
そして、この悪臭を放つ怪物ドリームイーター……『スラッジ』を用い、事件を起こそうとしている、と。
この『スラッジ』による被害が出る前に、このドリームイーターを倒さなければならない。
「このドリームイーターを倒せれば、『嫌悪』を奪われた徹子さんは目を覚まします。で、この『スウェッジ』ですが……」
セリカの印象では『ぼろ布や汚泥や腐りきった雑巾を重ねて全身にモザイクをかけた、海坊主の幽霊、または巨大な長髪のカツラ』みたいな姿だという。
身長は約3m。顔面と思しき部分には、巨大な『眼球』が二つ認められる。
手足も、半分不定形。形らしい形を成していない。そしてたっぷりの水分を有するがゆえに、ぐちゃぐちゃのどろどろ。マンションから出る際に当たって窓の柵も、突き抜けてしまう。いうなれば、『生きる泥の塊』みたいなやつだと。
「つまりは、厄介な点として……『スラッジ』には質量攻撃……平たく言えば、素手または武器を用いての殴るける、銃弾や砲弾を撃ち込む攻撃は、ほぼ無効と考えられます。部屋から出る際に、柵をすり抜けたくらいですからね」
爆弾などで吹っ飛ばせば……という君たちの意見にも、セリカは首を振る。
「吹っ飛ばす事でばらばらにできますが……『飛び散る』だけで『死亡』はしないようです。また寄り集まって、復活……あるいは、分裂して増殖する、なんてことも考えられます」
そればかりか、一番厄介な点は……そいつが放つ『悪臭』。
「早朝に散歩していた老人と犬が鉢合わせただけで倒れて、そのまま事切れるほどに臭いようです。深呼吸したら、それこそ本当に悪臭で死ねるくらいに。なので、戦って倒すにしても……下手に近づいたら皆さんでも悪臭でダメージを受けるかと」
ならば、どうすれば?
「この『スラッジ』は、水分を含んでいるわけですから、その水分をなんとかする方向で……平たく言えば、超高熱で乾燥・蒸発させてしまえば、確実にダメージを与えられるようですね」
もっとも、それにはかなりの高温が必要ですが。セリカはそう付け加える。
「それから、もう一つ。蒸発はあくまで『熱』であり、『爆発』で敵の身体を飛び散らせるのはいけません。また……水分ゆえに『冷気』で凍らせたら活動停止させられますが、あくまでも凍っただけ。溶けたら復活します」
しかし、逆に言えば。高熱を操る事ができれば、倒せるという事でもある。
「……まあ、臭くて汚くて、正直面倒くさいですが……それでも、生理的な『嫌悪』を奪ってドリームイーターにするのは許せない事です。それに、こんなのを放置していたら、それこそ迷惑です。気持ち悪い敵ですが……どうか皆さん、『スラッジ』の掃討をお願いします」
と、セリカは君たちへと依頼した。
参加者 | |
---|---|
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
浅川・恭介(ジザニオン・e01367) |
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357) |
ショー・ドッコイ(穴掘り系いけじじい・e09556) |
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828) |
ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442) |
猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454) |
一之瀬・白(幼き白龍・e31651) |
●Do you pollute it so much?(こんなに汚染しているのか?)
「そういや、昔の特撮で、こんな怪獣がいたっけな」
口元にタオルを巻き付けた水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は、装着したゴーグル越しに周辺を見回した。
東の空へと目をやると、太陽が昇りつつある。が、不愉快な臭いが周囲には漂っていた。
早朝ゆえ、通行人の姿は見当たらない。しかし……これから人が増えていくのは必至。
「は~い、こっから先は入れませんよ~……っと。アデレードさん。キープアウトテープ、こんなものでしょうか?」
ガスマスク姿の浅川・恭介(ジザニオン・e01367)が、戦闘区域となるだろう場所に黄色いテープを張っていく。彼の足元には、テレビウム『安田さん』の姿が。
「あとは……近づく者を払わねばな」
作業を終えたアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)は、自身が着ているライダースーツとそろいのヘルメットをあらため、マスクの上からかぶりなおした。
「妾は空から、避難しておらぬ一般人に呼びかけておこう。後は頼むぞ」
恭介と鬼人にそう言い放つと、アデレードは背中から翼を広げ、空へ。
「お願いしますよ……。しかし、かなり『におって』きましたね」
霧吹きであちこちに消臭剤を噴霧しているのは、東洋龍のドラゴニアン、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)。その顔に合わせたガスマスクで、口元を覆っている。
「ふむ、じじいもそろそろ髭を外してガスマスクをしておくかの。ヨッコイ、おぬしの用意はどうじゃ?」
ドワーフ、ショー・ドッコイ(穴掘り系いけじじい・e09556)は、足元のボクスドラゴンに語り掛けつつ、ガスマスクをかぶる。用意は万端整っている……とでも言いたげに、ボクスドラゴン『ショー・ヨッコイ』は頷いていた。
「ふん! この私の用意は! すでにできているぞ!」
力強い口調で言い放つは、テレビウム『キオノスティヴァス』を引き連れた、ケオ・プレーステール(燃える暴風・e27442)。彼女は既にマスクとゴーグルとで、完全防備の状態に。
「どんな敵だろうが、この私の情熱の炎で燃やし尽くしてやるまでだ! ……ん!? お前はそれだけか! 剛毅だな!」
ケオに肩をばんと叩かれ、猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)は苦笑いの愛想笑い。彼女が用意したのは、鼻をつまむだけのノーズクリップだけ。
「……『拝啓、施設のみんなへ』」
エスキモードッグの獣人である愛楽礼は、頭の中で書く予定の手紙の中身を思い浮かべていた。
「……『私はケルベロスになった時、人々を守れると喜んでいましたが……今、猛烈に後悔しています』……っ! こんな嫌がらせみたいな敵がいるなんて!」
後半は、彼女の心の叫びが、口を突いて現れたもの。
彼女の足元のオルトロス・火無が、『よしよし』とばかりに愛楽礼の足を撫でていた。
「まあまあ、愛楽礼殿。余も同じようなものじゃ。お互いに気を付けていくのじゃよ?」
赤煙と同じ、頭部が東洋龍のドラゴニアンが言葉をかける。しかしこちらは、赤煙に比べて頭部の色が白く、若干顔も小さ目。
彼、一之瀬・白(幼き白龍・e31651)もまた、ゴーグルは用意していたものの、マスクなどの類は付けていなかった。
「人払いは終わったぞ。それから……警戒するのじゃ」
アデレードが、ケルベロスたちの元へと降り立った。
「奴が……角を曲がってこちらに近づいてきておる。あと数分で、この道に現れるじゃろう」
●In the hell where there is a bad smell(悪臭漂う地獄の中に)
びちゃ、びちゃ。
水音とともに、周囲の空気が濃密に。
防臭の対策をしておけばよかったと、白と愛楽礼は本日数度目の後悔をしていた。
薄暗い早朝……交差点の角を曲がって、何かが姿を表した。
それは水音を立てつつ歩いている。それとともに、ケルベロスたちへ……強烈な悪臭が襲い掛かった。
幸い、ケルベロスらがいる場所は、『それ』の位置からは風下。が……その程度で臭いが軽減された様子はない。
そいつの身長は2mを超え、周囲の空気は澱み……毒と化しているような印象すら受けた。
「こいつが……『スラッジ』……?」
「昔の映画で、あんな怪獣を見た事がありますぞ……」
鬼人と赤煙は呻き、そいつをさらに観察する。
確かにそいつは、腐敗した様々な何かを泥や汚物とこね合わせ、混ぜたようだと、鬼人は感じていた。
「……ぬわぁっ!?なんつー臭いじゃ!」
ヘルメットで遮っているはずなのに、アデレードの鼻腔を悪臭が侵食する。
「この世のものとは思えぬぅ!? まるで……」
まるで、邪悪が実体化し、自分を蝕むかのよう……と続けるつもりが、しみ込んでくる悪臭の前に、言葉を失う。もし悪臭が『視覚化』したら、まさしくこの怪物のような外観になるに違いない。
彼女だけでなく、共に立つクラッシャーとディフェンダー、中衛・後衛のケルベロスたち、全員が同じ感想を抱いていた。
「ハハハッ! 凄い見た目だ! そして死ぬほど臭いな!」
「うん。ガスマスクしてても……臭う気がする」
ケオと恭介もまた、己の感想を口にする。
『スラッジ』は体を動かし……両目らしき器官を向けた。モザイクがある二つの塊が、前方を見つめている。
前衛のディフェンダーであるケオ、中衛のジャマーたる赤煙は、既に外気を遮断し、酸素ボンベに切り替えていたが……。『スラッジ』が動くたびに嫌悪感を現していた。
ケオとともにいるキオノスすら『スラッジ』に対したたらを踏んでいる。
「? ……止まった?」
『スラッジ』は、ショーに見守られつつ、その動きを止めると……。
『立ち上がった』。
●Rising black crisis (湧き上がる黒い危機)
『スラッジ』は、四つん這いになって移動していたのだ。それが、ケルベロスたちを目前にして、直立し……4mほどの身長を見せつけると、両腕を広げる。
「……面倒、だなっ!」
が、それが目前に迫るとも……鬼人は臆することなく、己が携えた日本刀……越後守国儔を取り出し構え、薙ぎ払った。
『達人の一撃』の一刃が、不快な泥を凍らせる。その一撃は、『スラッジ』を怯ませ……ケルベロスたちに時間を与えた。
邪悪を撃つため、体勢を整える時間を。
『スラッジ』は、凍らせた自分の身体の一部分を溶かそうと、体をくねらせる。
「歩く公害、邪悪な悪意の化身め! 今、溶かしてやろうぞ!」
勇ましき叫びとともに、簒奪者の鎌が振り下ろされた。『ブレイズクラッシュ』の炎が、不快な氷を溶かし、汚泥に戻し……乾燥させる。鎌で切断するのではなく、熱した刃を押し付ける事で、熱を、炎を、泥へと伝え続けていた。
「わらわは愛と正義の化身、アデレード様じゃ! ふははは、わらわがきたからには覚悟をするのじゃ!」
叫び駆けだしたアデレードは、更なる一撃を与えんと……エアシューズで地面を走り、更なる炎を噴き上げた。
「奴のいる地面ごと、『摩擦熱』で熱してくれよう!『グラインドファイア』!」
蹴撃とともに放たれた炎熱が、『スラッジ』の体表面を焼く。
だが……。
「……思ったより、『乾燥』……しませんね」
愛楽礼が、後方から見守りつつ状況を口にする。
例えるならば、バケツ一杯の汚泥へと、火のついたマッチ棒を一本づつ放っているようなもの。現状では、全体を乾燥させるには至っていない。
『スラッジ』の両腕をかわして、『ブレイズクラッシュ』の直撃を食らわせた鬼人だが。
「!?」
直後、強烈な打撃と斬撃とを受け……後方へと吹き飛ばされた。
「!? な、なんじゃとぉッ!? がはっ!」
そして、同じ攻撃を……アデレードも受ける。
二人を吹き飛ばしたのは、『スラッジ』の胸部から生えた新たな腕。棍棒のごとき形のそれに付き飛ばされ、二人は後ろざまに倒れ、転がされた。
追撃せんと、歩み出した『スラッジ』だが。
いきなりの光の点滅に、動きを止めた。
「それ以上はやらせん! そら! 情熱的に燃えるがいい!」
キオノスの『テレビフラッシュ』の光を浴びつつ……ケオは更なる光を、『ドラゴニックミラージュ』による炎を放つ。
ドラゴンの火炎が、早朝の薄暗い中に赤々と光った。いやらしい汚泥の表面が広く焼け、干からびた茶色が広がっていく。
「嫌悪よりも! 『情熱』が強いぞ! 私はッ!」
ケオのブラックスライムが、『ケイオスランサー』となりて『スラッジ』の胴体中心部へと直撃する。鋭い槍と化した黒い塊が、不快な黒い塊へと突き刺さり、その内部を『毒』で汚染していった。
「ヘドラ……じゃなくて、スラッジが痙攣している? これは……行けますかな?」
赤煙が、油断なく汚泥の怪物を見据える。全身が茶色になった『スラッジ』の動きが止まり、倒れた時。彼は自らの考えを確信に変えた。
「!?」
と思ったのは、甘かったと確信『させられた』。
●To the root of the devil mud(魔泥の根源へ)
「! な……にぃッ!?」
血反吐を吐いたケオの背後。赤煙ら中衛と後衛との間。
そこから、黒く太い触手が伸びていた。触手の先端は刃状になっており、ケオの背中にざっくりと斬り込んでいた。
「これは、一体……っ!?」
愛楽礼と白は信じられぬとばかりに目を丸くするが……すぐに二人は理解した
『スラッジ』は、影や敷物のように、自分の体を薄く長く伸ばし……ケオの足元を通り抜け、その背後へと逃れていたのだ。
ケオが攻撃し乾燥できたのは、奴の表面のみ。
倒れるケオを見下ろすかのように、『スラッジ』は改めて彼女の背後に身体を構成し、立ち上がる。心なしか……嘲笑っているようだと、愛楽礼と白は思った。
とどめを刺さんと、倒れたケオへと迫ろうとする『スラッジ』。
が、どこからかつむじ風が舞い、青い花びらを伴った花吹雪と化し……汚泥の怪物を包み込んだ。
「ケオさん、大丈夫ですか……!」
つむじ風を放つは、恭介。そして花びらの素となった青い花は、恭介の頭部から。散ったのちに次から次へと新たな花が咲くため、花びらは無くならず……『スラッジ』を包み込む。
それとともに、怪物の動きが麻痺していくかのように鈍っていく。
逃れようと、体をくねらす『スラッジ』だが……白が進み出た。
「八卦を束ねる神龍の吐息で……」
携えていた八枚の札を、宙に放つ白。札が形作るは、巨大な砲身。
「……魂の髄まで燃え尽きよッ!! 『八卦神龍息』ッ!」
白の口から、強烈な炎が放たれた。それは札の砲身を通り、劫火と化して忌々しき泥へと直撃する。
龍の息吹は、汚泥を乾燥させ、溶かし、蒸発させた。どろどろの塊は、一瞬でザラザラになり、塵芥と化し、空中に霧散し……消え去った。
「安田さん、おねがいします」
テレビウムが恭介の言葉に従い、ケオへと進み出た。その画面に映し出されるは『応援動画』。
そして、倒れている鬼人とアデレードへは、赤煙とショーが。
「鬼人さん、背中……失礼します」
赤き東洋龍のドラゴニアンが、『飛鍼(トビハリ)』……鍼の形に凝縮させたオーラを、鬼人の背中に刺していき、
「アデレードちゃん、大丈夫か? じじいがいま回復させるぞい!」
ドワーフの、ショーの詩が、朗々と響き渡る。
「……『届け、我が想い、我が心――』」
戦の詩が、戦場に流れる。それは傷ついたアデレードの身体に染みわたり……受けた傷を癒していった。
「『――癒せや勇士、再び立たん戦場へ』!……どうじゃ?」
「……ああ。礼を言うぞ」
ショーの『癒しの詩』により、ヴァルキュリアは再び大地に立った。
「……ありがとよ。おかげで助かったぜ。……で、奴は?」
同じく、立ち上がった鬼人も警戒の声を。
……まだ、安心できない。
まだ、『臭う』からだ。八人のケルベロスたちは、警戒を緩めずに周囲へと視線を向け、撃つべき敵の姿を追い求めた。
「……そこだっ! 『ファイアーボール』!」
発見と同時に、ケオは火炎の球を投げつけた。地面に張り付いていた『スラッジ』の一部が炎に撒かれ、しゅう、しゅうという、水分が蒸発していく音が響き渡る。
苦し紛れに……『スラッジ』は二つの塊に分かれ、二人のケルベロスへととびかかった。
愛楽礼と、赤煙へと。
「ここは炎の縁……近づけば……」
愛楽礼は『スラッジ』の塊へと、大きく体をひねり……。
「……燃やします!『萌袖(バーニング・スリープ)』!」
……鞭がごとく、上段回し蹴りを放つ!
炎を足にまとわせた蹴りが汚泥に食い込み、炎が汚泥を乾かし、砕く。それはまるで、炎の貴婦人の舞踏がごとく。
踊り終わった彼女を待っていたのは、勝利と、敵の消滅。
そして、もう片方には。
「悔やまれますな。電極板と放射火炎で攻撃できないのが」
優雅にマスクを取り去り、赤煙はその口から吐きつけた……炎の息を。
『ドラゴンブレス』をまともに食らい、こちらの汚泥もまた……赤き熱の中に消えていった。
●……By the way, I drop "DIRT" and must clean it(……さて、「汚泥」を落としてきれいにしなきゃな)
「……悪臭もだが、大変な相手だったな!」
「ええ。ほんっと最悪でしたね……こんな敵が居るなんて……」
ケオとともに掃除しつつ、愛楽礼は溜息を。ほうきで掃いて集めたごみを、足元の火無はちりとりで集め、ゴミ袋へ入れる。
戦闘終了後。
周囲への物的被害は僅か。掃除するケルベロスたちだが……『スラッジ』の残した悪臭は、簡単には消えてくれない。
「安田さん。終わったから、こっちもキレイキレイしよう」
恭介もまた、テレビウムとともに清掃活動を。彼らの働きにより、戦闘区域の臭いは薄れつつあった。
「ヨッコイ、新しいゴミ袋を持ってきてくれるか?」
「ふむ……臭いで人が死ぬとは冗談みたいな話じゃが。実際に体験すると、冗談で済まぬ事を実感したのじゃ……そこ、まだゴミが残っとるぞ」
ショーとアデレードの声を背中で聞きつつ、鬼人は布で包んでいたロザリオを取り出し、自分の首にかけなおした。戦闘前に臭いがつかないようにと、布で包んでしまっておいたのだ。
「ま、これで一件落着、といったとこか?」
「ですな。じゃが……余は、ちと怒っておる。ゴミに対するマナーを、大事にせんかった住民に、のう」
白の言葉に、赤煙も頷く。
「ええ。あれが、最後のヘドラ……もとい『スラッジ』だとは思えません。勝手な事をしていたら、第二第三の同じ存在が登場しても……おかしくは無いでしょうな」
残った芳香剤を周囲に撒きつつ、赤煙はつぶやいた。
悪臭は徐々に消えつつあったが……生じた不安な気持ちは、消えずに漂い続けていた。
作者:塩田多弾砲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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