マグロは衆生一切を掬う

作者:秋月きり

 地蔵とは地獄の責め苦から人々を救済する存在である。
 故に、地獄と呼ばれる町に数多くの地蔵が祀られているのは、必然なのかも知れない。

 大分県別府市。
 その日、海門寺公園では地蔵尊祭りと呼ばれる地域の祭りが開催されていた。立ち並ぶ縁日さながらの屋台達。そして、笑い合う人々。
 そんなほのぼのとした光景の中、一人の少女が大声を上げる。浴衣を纏い、マグロを被った少女はどう見ても普通の人間とは言い難い雰囲気を醸し出していた。
「なにさ! 地獄の祭りだって言うから阿鼻叫喚な凄いの期待したのに、全然違うじゃん!」
 だったら、と零れ落ちたの宣言は、おおよそデウスエクスらしい身勝手な物。そして灼熱の炎塊がその掌に浮かび上がる。
「私が地獄に相応しい祭りにして上げる!」
 人々の上げる悲鳴を心地よい音楽のように危機ながら、デウスエクス、マグロガールはニコリと微笑むのだった。

「お祭りの華はやっぱり屋台なのかな」
 集ったケルベロスを前にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)がそんな呟きを零す。実際、彼女が見た光景には祀られた地蔵への信仰を意味する儀式もあるのだが、参加者である多くの人間にとって、その光景は馴染みが薄かったりする。
 それはさておき、屋台が主の秋祭りにマグロガールなるシャイターンのデウスエクスが現れ、人々を虐殺する。それがリーシャの見た未来予知だった。祭り会場を狙う理由は不明だが、おそらくお祭りと言う人が集まる場を強襲し、多くのグラビティ・チェインを効率よく収奪する作戦である可能性が高い。それが彼女の推測だった。
「私の見たのは一つの会場だけど、日本各地のお祭りが狙われているみたいね」
 とは言え、今は危機に瀕した会場をどうするかが課題だろう。
「……縁日にマグロ、か」
 現れたか、と呟く青年の名はレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)と言った。その到来を予測し、調査していた彼にとって、リーシャの言葉は自身の予感の的中を意味していた。それが幸か不幸か彼にしか判らなかったが。
「みんなには祭り会場に先回りして、事件を未然に防いで欲しいの」
 リーシャの言葉にレオンはええ、と頷き先を促す。
「出現するマグロガールは一体だけ。惨殺ナイフを主として使ってくるけど、シャイターンらしく炎を飛ばしてきたりもするわ」
 見た目は被り物をした華奢な女の子にしか見えないが、デウスエクスの一員である事は間違いない。惑わされないように、と釘を押す。
 なお、単独行動らしく配下はいないとの事だった。
「やはり、事前に人々を避難させる事は……?」
 レオンの問いかけに口惜しそうにリーシャが頷き、肯定する。人々を避難させてしまえばマグロガールが別の場所を襲いかねない。その手は使えないのだ。
「ただ、マグロガールは邪魔者、この場合、ケルベロスのみんなね。その排除を優先するみたいなの」
 皆の到着は祭りが始まって直ぐになり、その後、マグロガールの登場となる。
 彼女が出現したところを挑発し、人気の少ない場所に誘導すれば被害を減らす事は出来るだろう。近くには立体駐車場などがあるので活用しても良いと思う。仮に車が破壊されてもヒールで修復可能。人命には換えられない。
「マグロガールの襲撃を阻止出来なければお祭り会場は惨劇の場と化してしまうわ。それは防がなければならない」
 でも、とリーシャは付け加える。
「それが出来ればみんなでお祭りを楽しむのも悪くないかも、ね」
 微笑み、そしていつも通りケルベロス達を送り出す。
「それでは、いってらっしゃい」


参加者
夜桜・月華(まったりタイム・e00436)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)
アーリィ・レッドローズ(ぽんこつジーニアス・e27913)

■リプレイ

●マグロは祭囃子と共に
 湯煙棚引く硫黄の臭いは、この町の特徴であった。
 だが、今は違った。立ち並ぶ数々の屋台から立ち上る食欲そそる匂いが、周囲を覆っている。その中を歩く一人の青年は、その空気を満喫しながら、散歩の如くゆるりと歩き回っていた。
「こうゆう空気がいいんだよねぇ。ゆるくて、平和で」
(「だからこそ、面倒を起こす相手ははさっさとご退場願おうかね」)
 周囲の人間に不安を与えない為だろうか。レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)の独白は、乱入の未来予知まで紡がれず。
「お祭りを台無しにするわけにいかないよね」
 柔和な表情のまま、目を細める天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は、小声で彼の言葉を引き継ぐ。
 その気持ちは夜桜・月華(まったりタイム・e00436)と天矢・恵(武装花屋・e01330)も同じだ。屋台を品定めするかのように歩き回っている彼らはしかし、その実、デウスエクスの出現に備え、周囲を警戒しているのだ。
 シャイターン、マグロガールの乱入と、彼女が引き起こす悲劇を許さない、と。
「あびきょーかんなお祭りは楽しくないもんっ」
 それはルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)の弁。デウスエクスの好きにさせないと強い意志の光が桃色の瞳に宿っていた。
「それにしても……マグロ。なんでマグロ?」
 被り物姿のデウスエクスに納得感が無いのだろう。レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)はううんと唸る。
 ヴァルキュリアの彼女の知る限り、エインヘリアル――とりわけ、シャイターンを統べていたイグニス王子陣営にそんな色物がいた記憶は無かった。いや、断言出来ないが少なくとも彼女の認識はその筈だ。
「出てくる以上、仕方ないわ。倒せばいいの」
 何やら葛藤しているレギンヒルドにアーリィ・レッドローズ(ぽんこつジーニアス・e27913)がさばさばした言葉を投げ掛ける。
 今、大切なことはマグロガールの正体ではない。それが起こす事件を防ぐことだ。
 そしてまるで彼女の言葉が呼び込んだかのように。
 彼らの目の前に、それは現れたのであった。

●マグロガール、地獄に現る
 人目を引く美少女。それが彼女の第一印象だった。
 金色の髪も、尖った耳も、タールを思わせる濃紺色の翼も、エキゾチックな魅力とて彼女を彩っている。柔らかな曲線に押し上げられる浴衣姿は、和と洋が融合したアンバランスな美しさを醸し出していた。
 頭の被り物がなければ、であったが。
 マグロだった。どんと頭に鎮座する被り物は、どう見ても魚介類のそれである。
 人々の奇異な視線を気にすることなく、少女は声を上げようとする。
「な!」
「くぁ、ファ~マグロとか、ダサ過ぎ。ワロタ」
 草を生やす勢いと形容される笑い声が辺りに響いた。
 未来予知の通りならば、彼女はここで祭りに対する不満を爆発させていた筈だ。ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)の声がなければ、そうなる筈だった。
「誰の頭がダサいって言うのよ!」
 キッと睨む彼女はそのまま、目を白黒させる。
 でんと仁王立ちするヒナタの姿は――赤いペンギンだった。祭り会場の中、まるでマスコットのように赤いペンギンが、正確には赤いペンギンの着ぐるみを来た男が立っている。マグロを被った彼女も十分違和感を与える存在だが、浴衣姿であることを考えれば、まだ、彼よりお祭りに近い気がする。それ程までに、目の前の男は、彼女から見てもどうかと思う存在だった。
 火花すら散らす勢いで睨み合う二人の着ぐるみに、一瞬、周囲の空気が凍りつく。
 それを打ち砕いたのは、流星の如く放たれた恵の飛び蹴りだった。
 とっさに構えたマグロガールの惨殺ナイフはその蹴りを弾き、彼女の表情に困惑とも怒りともつかない色が浮かび上がる。
「ケルベロスだ、祭りの邪魔はさせねぇぜ。俺達と勝負しねぇか?」
 地面を削りながら着地した恵は、ひょいひょいと片手を動かしながらマグロガールを挑発する。その視線の先には、すぐ傍の遊戯場の駐車場があった。停車中の車に紛れ、父親のビハインドの『愛しの君』だけが、寂しげに立ち尽くしている。
「地獄のお祭りが好みなら、もっと、もっと楽しいお祭りにしてあげる!」
 ハエトリグサの如く牙を生やし、うねうねと動く攻性植物を向けながらのルリナの挑発に、マグロガールはにたりと笑みを浮かべる。
「いいわ。甘んじてその挑発、受けてあげる!」
 先導するかのように駐車場へ向かう恵とルリナの後を、のしのしと歩いていく彼女は鼻息荒く。続けて残された仲間達もまた、駐車場へと向かう。
 そして、彼らの背後で、一人残った月華は種族特徴である殺界形成を紡いでいた。
(「みんな、来ちゃダメなのですよ」)
 誰か巻き込まれれば大惨事になってしまう。それは彼女達の望む処ではない。
 突如始まった乱闘騒ぎを遠巻きに見ていた一般人達はしかし、次の瞬間、彼らから目を逸らし、祭り会場の中へと戻っていく。
 発揮された効果に満足げに頷いた月華は、急ぎ仲間の後を追うのだった。

「そのダサい着ぐるみ、切り裂いてあげる!」
 マグロの着ぐるみを被ったマグロガールは鈍重そうな外見に似つかわしくない速度で惨殺ナイフを繰り出す。禍々しい刃が狙いを定めたのは、ヒナタの纏う着ぐるみだった。
「くぁ。図星を突かれたからって、すぐに逆上するのオチね」
 赤ペンブレードと銘打ったドラゴニックハンマーで刃を受け止めた彼はしかし、衝撃を殺し切れずに後退する。いくらディフェンダーの恩恵があるとは言え、その膂力は容易に受け止められる程、甘くはなかった。
「見た目はふざけてても、デウスエクス、か」
 応酬は恵の石化魔法を以て行われる。
「マグロだけに鮮度がいいってことかもしれないよ」
 石化の魔力に重ねて放たれた和の銃弾は、マグロガールの二の腕を抉った。血がしぶく右腕を一瞥した彼女はしかし。
「あー。この服、気に入っていたのに!」
 銃弾に破壊され、自身の血で染まる袖に対して悲鳴を上げていた。
「外見通り、緊張感に欠ける相手だね!」
 自身のポジションをクラッシャーに変更しながら、むーっとルリナが呻く。マグロガールの言動はしかし、彼女なりの余裕の現れなのだろうと思うと思うことにした。
「すべての魔力を癒やしの力に――今、癒やしの波動を纏うのです」
 月華もまた、万全を期すために詠唱を行い自身に治癒の魔力を付与する。マグロガールの一撃の重さは先ほど、ヒナタが受けた通りだ。それを癒すのが自身の役割だと鼓舞し、攻性植物を己の豊かな胸に抱く。
(「幸い、単体攻撃しか持っていないようなのです」)
 とは言え、それは一撃一撃が重い証左でもあったが。
「キミはもう何処へも行けない。ここで腐れて沈んでいけ、塵でしかない我が身のように」
 追撃に放たれたレオンの詠唱は、影と化した鎖を召喚し、マグロガールを縛り上げる――はずだった。
 だが、それが奪えたのは彼女の浴衣だった切れ端のみ。千切られた裾を見て、再度、悲鳴じみた大声をマグロガールが上げる。
「なんで服ばっかり攻撃するのさ?! えっち!」
「貴様が紙一重で避けるからだろうが!!」
 非難の声に思わず反論する。零れ落ちた白い足はご丁寧に草履を履いており、彼女なりの浴衣に対する拘りを思わせた。
 しかし、先ほどの言葉は心外だ。女性陣の視線も心なしか冷たい気がする。
「……まずは、機動力を削がないとな」
「それについては同感だ」
 アーリィの自己付与と共に紡がれた静かな口調は、その意図が無いにせよ、どこか非難する色を帯びているように聞こえ。
「遥か極天の輝きよ! か弱き希望を守り給え! ――大丈夫です。理解しています!」
 赤く輝くオーロラを仲間達に付与するレギンヒルドのフォローは、ちょっとだけ、悲しく聞こえた。

●マグロは祭囃子に果てる
 肉食獣の如く身構えたマグロガールの身体が、縦横無尽に駐車場内を駆け巡る。足場となった車はぐしゃりと撓み、壁には尋常ならざる力によって穿たれた打痕が生々しく刻まれる。立体的に飛び回る彼女の動きは、いかにケルベロスの攻撃と言えど、捕捉を困難にしていた。
「強い、ですね」
 仲間の傷を薬液の雨で癒しながら、レギンヒルドが眉を顰める。マグロガールの一撃は重く、メディックとしての役割を自身に課した月華だけでは手が足りなくなっていた。だが、援護する彼女の力を以てしても、癒せない傷は次々と仲間達へと刻まれていた。
「ふふふ。降参?」
 マグロガールは不敵に笑い、和へと飛びかかる。幾多の攻撃を受け、ボロボロになった浴衣に比べ、なぜか傷一つ追っていないマグロの被り物が、まるで嘲る様にゆらりと揺れた。
 手から放たれた灼熱の炎塊は、しかし、間に割って入ったアーリィのビハインド、ヴァレイショーに受け止められる。
「よもや、こちらが解体されるなんて、ね」
 炎塊より仲間を庇い、光の粒へと身を転じていくサーヴァントの最期を看取りながら、アーリィは重い溜息を吐いた。マグロは解体されるものだ。断じて解体するほうじゃないと、魔導書を開き、詠唱を紡ぐ。
「クラトゥ・ベラダ・ニ……くしゅんっ」
 盛大なくしゃみが飛び散ると同時に召喚された闇の軍勢は、マグロガールを蹂躙せんと、彼女に飛びかかっていく。
「――。うん。その。ヴァレイショーの仇だ」
 詠唱に失敗したわけではないと嘯き、闇の軍勢と相対するマグロガールにびしりと指を突きつける。真偽はわからなかったが、その一撃で、マグロガールの動きが止まる。
「だよな。今までの攻撃が効いていないわけじゃねーよな!」
「う、うるさい!!」
 闇の軍勢に蹂躙されたマグロガールは罵声でレオンの言葉を掻き消す。荒い息は彼女が消耗している証。畳み掛けるのは今だとの彼の宣言に、仲間達は頷いた。
「そこに居ていいのかな? ……当たっちゃうよ?」
 ルリナの召喚した巨漢の羊神は、先程の軍勢よろしく、マグロガールに突進する。交通事故の如く跳ね飛ばされたマグロガールは、無残も宙を舞っていた。
「ところで、マグロだったら赤身じゃないのかな?」
 零れ落ちる白い肌にルリナが疑問の声を上げた。残念ながら応じる余裕はマグロガールに無かったが。
「くぁ! 全員撃て撃て撃て撃て~~~! のオチ!!」
 ヒナタが彼女に追随する。どこからともなく現れた小型赤ペンギンの群れは手にした重火器を跳ね飛ばされたマグロガールに向け、集中砲火。突き刺さる無数の弾丸はマグロガールの纏う浴衣とも言い難い布きれ毎、ぼろきれにせんと着弾していく。
「その瞬間、僕は恋に落ちた事を知った。そして、この気持ちから……もう、逃れられない事も」
 静かな詠唱は和から紡がれる。
 彼の放った恋の魔法が込められた弾丸はマグロガールの露わになった白い膨らみを貫く。
 血は零れず、だが、地面に落ちた少女は座り込んだ姿勢のまま、頬を朱に染め、上気した瞳を銃弾主である小説家へと注いでいた。ぽっと擬音を自ら口にして。
「その体その魂その全てを……斬る!」
 生まれた暇を貫くのは恵の手刀だった。神速を以て振るわれたその斬撃は、身動き取れないマグロガールを一刀の元、切り伏せる。
「ま、なんだね。他人の楽しみに水を差すのはご法度だと知ってほしい」
 巨大な得物、ソードメイスを振り上げたレオンはそうして、次の言葉を口にする。今得た学習結果を来世で役立ててほしいと。
「さようなら。……地獄で会おう」
 地獄と呼ばれた町から本当の地獄へ旅立つ彼女に別れを告げ。
 鈍器とも見まごう巨大剣の一撃は、マグロガールの身体を黄泉へと吹き飛ばしたのであった。

●地獄の祭りもなんとやら
 マグロガールが立ち回った駐車場は散々たるものだった。彼女が足場とした車は窓ガラスと言わず車体そのものが砕け、持ち主が見れば神を仰ぎそうな状況である。
「……ヒール、しておきましょう」
「そうだね」
 レギンヒルドの言葉に頷いたアーリィだけでなく、他の仲間たちもまた、手分けしてヒールを施して行く。車、そして駐車場そのものへ、と。

 ヒールを施し終われば後顧の憂いはない。砕けた車も元通り。少しファンシーな外装になっているが、大破している状態よりましだろうと思うことにする。
 決してそれ以上は追及しない。誰も幸せになれないし。
 そんなわけで、ヘリオンが迎えに来るまでの間、ケルベロスたちは思い思いに祭りを楽しむこととした。
「んぁ、せっかくの温泉だし、ゆったりと入浴してくるのオチね」
 屋台でいか焼きやら焼きそばやらを買い集めたヒナタはそう言って、公園を後にする。贅沢にもどこかの旅館の温泉を貸し切り、酒宴と決め込むようだ。
(「……あの恰好で入浴するのかしら?」)
 いや、まさか、と自己突込みし、見送ったレギンヒルドは、興味津津と湯掛け地蔵の元へと向かった。
 彼女の視線の先で、先客のルリナがばしゃりと、ひしゃくで掬った温泉水をその頭へと掛けていた。
「これでもっとお勉強できるようになるかな?」
「どうなんでしょう?」
 病ではないので加護は怪しいが、しかし鰯の頭も信心からとの言葉もある。信じる者は救われるだろう。多分。
「ほら。親父」
 父の手を取り、ひしゃくを導く恵は地蔵の胸元へお湯を注ぐ。何かを取り戻すと誓うその瞳は真剣そのもので。
 手を取られた刹那、驚きの表情を浮かべていた恵はしかし、ふふりと自身の息子へ笑いかける。
「ありがとう。恵くん。でも、僕は肩とか腰とかの方が」
「歳だもんな」
 恵の返答は辛辣だった。
「いや、職業病だから。恵くんだって足とか腰とかどうなのさ?」
 故に否定する。小説家にとって肩こりや腰痛は長く付き合わないといけない病気なのだ。ああ。温泉に入っていこうと心底思う。
(「ああ、いいな。みんなで、一緒に戦って。……笑顔で」)
 小さく呟いたその言葉が、恵の耳に届いたかは定かではなかった。

 一方で屋台を堪能する面々もいた。
「美味しいのです」
 イチゴのかき氷を幸せそうに頬張る月華を前に、憮然とたこ焼きを口に運ぶアーリィはどこか不満顔で。
「売れ残り価格とかまだなのかしら?」
「つーか、結構夜遅くまでやるみたいだよ、この祭り」
 焼きそばを食べるレオンはふふりと、笑う。プログラムによれば20時過ぎの盆踊りまであるようだ。夏祭りなのか秋祭りなのかよく分からない地方のよくあるお祭りだなーと感想を述べて。
「変なお祭り」
「地獄っぽくないよな」
 彼女の感想に、誰かが言った台詞をつなげる。
「いいのです。お祭りなんて、平和が一番なのです」
 月華の声が、秋の色を纏い始めた空気へ、溶けて行っていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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