ハレの日、好天、弥栄ましませ

作者:天草千々

 秋晴れの午後、普段は静かな神社の境内に賑やかな音が近づいていた。
 囃子と太鼓の音と共に、華やかな山車が人々を引き連れてやってくる。
 傾斜のついた参道を一気にのぼり、鳥居をくぐる。
 直後、空から降ってきた炎の塊が山車を飲み込んだ。
「うわぁぁッ!!!」
 赤い舌は山車を引いていた者たちを舐め、囃子の代わりに悲鳴があたりに響き渡る。
「きゃはははは! こっちのほうが楽しいでしょう!?」
 悲劇の引き金を引いた主は、鳥居に降り立つと逃げ惑う人々の姿に呵々と笑った。 

「聞いたことがあるかもしれないが、ここ最近マグロガールと称されるシャイターンの一派が各地の祭りを狙っている」
 彼女らのたくらみを阻止してほしい、と島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は資料を広げた。
「今回狙われているのはとある神社の小さな祭りだ」
 行事の一つに山車の引き回しがあり、囃子や太鼓と共に町内を回ったあと、神社の境内にはいるのだが、そこをマグロガールが狙っているのだという。
「行事を中止すれば、事件そのものが起きない可能性がある。皆は山車が境内に入る直前に、先に境内に入ってもらいたい。そのタイミングで、鎮守の森に隠れているマグロガールが鳥居の上空に姿を現すはずだ」
「飛んでる相手かー、面倒だねー」
 柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)の相槌に頷き、しらせは続ける。
「マグロガールは惨殺ナイフを武器に、基本的に空にとどまって戦う。遠距離への攻撃手段は必須だ。それから大事なことがもう一つ、参道から人々を避難させないで欲しい」
「……それって、危なくない?」
 かれんの疑問に、もちろん境内に立ち入らせるのも危険なんだが、としらせは苦々しい顔を浮かべた。
「このマグロガールは場の雰囲気を見て狙いを決めているようだ、当初山車を狙うのは、それが行事の中心と踏んでのことだし、皆が安全のために避難を促せば今度は人々を狙うのは間違いない」
 ただし、人々がその場にとどまれば、逆に彼らの希望であるケルベロスを叩き潰すために狙いは皆に向かうだろう、としらせはまとめる。
「少々厄介な相手だ、気を引き締めて臨んでほしい」
 厳しい表情で皆の反応を確かめたあと、ヘリオライダーの少女はふっと口元を緩めた。
「それから、夕方からは境内に露店も出るようだ。祭りを守れたら皆も楽しんでくれ」


参加者
ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)

■リプレイ

 秋の空を、歓声と祭り囃子がどこまでも昇っていく。
 和らいだ日差しを上回る熱気が地上にある。
 参道を山車が一気に駆け上る祭りの最高潮を前に、場違いな駆動音が響きわたった。
 鋼の馬があげるいななき声に、なんだなんだと山車の動きがわずかに鈍る、その間に祭りの一行を追い抜く者たちがいる。
 鳥居をくぐり境内へと駆け抜けた一団の中で、最も小さな人物が参道を振り返った。
「そこで止まってー!」
 両手と翼を大きく広げて、桃色の髪の女児は精いっぱいの声をはりあげる。
 ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)の真剣な表情に、山車を曳いていた男たちが何事かと声をあげる。
 答えはすぐに示された。
「来ました!」
 『それ』を見つけたのはロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)だ。
 薔薇のオラトリオがドラゴニックハンマーを構えた直後、空から炎の塊が降ってくる。
 ロゼを狙ったそれを、鋼の騎馬に乗った阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)が飛び込んで受け止めた。
「――ふぅ」
 相棒のライドキャリバー、ダジリタから飛び降りて、黒髪の麗人はわずらわしい誘いにするように炎の残滓を腕で払って息を吐く。
「伝統は尊ぶものよ」
 手の攻性植物を結実させ、豊かな茶の髪をふわり揺らして鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)が空をにらんだ。
 纏の視線とロゼの轟竜砲が向かう先には、大きな魚を頭に被った娘の姿。
「あーあ、邪魔が入っちゃった。つまんないの」
「わたしたちが相手してあげる、かかってきなさいよ」
 明らかにふてくされた声に、三枚翼のオラトリオは常ならぬ凛とした様で応えた。
 人々はマグロガールと呼ばれるシャイターンは知らずとも、それと相対する者たちが何なのかは知っている。
「――ケルベロスだ!」
「ええ、そうよ、皆はそこで止まって応援しててくれると嬉しいなー!」
「ボクたちが必ず守るから、安心して!」
 機を逃さず、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)がシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)が声をあげた。
 立て続けの乱入に戸惑っていた群衆たちに理解の色が広がっていく。
「せっかくのお祭りを台無しになんてさせないわよ」
「ちゃっちゃと片付けるかのう」
 場が落ち着きに向かうのを確かめて、繰空・千歳(すずあめ・e00639)が、左の機械腕を重厚なガトリングガンへと変え、山内・源三郎(姜子牙・e24606)が輝く6つの星を呼び出した。
「甘い甘い世界へ連れていってあげましょう」
「貴様もお星さまになれ!」
 なないろのアメと6筋の流星が、青い昼の空へと向かって降る。
 にわかに降りだした物騒な雨を避けるべく、マグロガールがタールの翼を広げ、時に沈み、時に浮かび上がって秋の空を滑った。
 ミューシエルの時空凍結弾は翼を掠め、至近で弾けたシエラシセロの轟竜砲の衝撃がシャイターンの体を叩く。
 ぐらり揺れて地に迫りながらも、身を立て直すと再び空へとのぼるその姿。
(「――マグロというより、ツバメみたいね」)
 去った季節の渡り鳥を重ねながら、真尋がケルベロスチェインの陣を展開する。
 ダジリタがウィリーするように身を持ち上げ、ガトリングの掃射でビートを刻んだ。
「金から銀に至り、その身、心を調和せよ。揺蕩うは静穏、変移厭う揺籃、細大なく艱苦を斥け――絹湮の繭」 
 指先で黄と紫の糸を、唇から言葉を。
 アリシスフェイルが紡ぎだした淡く光る繭は、彼女自身を含む4人の体を包み込み、力を残して溶け消える。
「たーまやー」
 黄金の果実を作り出しながら、仲間たちの攻撃に呑気に声を挙げる柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)のそばで、千歳のミミック、鈴が降りて来いとばかりにエクトプラズムの酒瓶を振り回していた。

 鎮守の森に囲まれた境内に、砂混りの場違いな熱い風が吹く。
 それに番犬たちが屈したとき、この日この時の喜びは砂像のように崩れ去るだろう。
 けれどそうはならない、させはしない。
「無様は見せられませんっ!」
 参道からケルベロスたちの一挙手一投足に声を挙げる人々の姿を確かめたロゼは、決意を口に簒奪者の鎌を投じる、回る刃がマグロガールの浴衣を切り刻んだ。
「見え、見え! んな……遠いわ飛んでるわで無理じゃなコレ」
「おいたはだめよ、おじさま」
 額に手をかざして何事かを見出そうとしたヴァルキュリアの翁を諫めて、纏が広げた翼からシャイニングレイを放つ。
 光に貫かれたマグロガールは体を横に、地面に対して直角の姿勢をとると加速を始める。
 そのまま音を鳴らして天に向かった真尋のケルベロスチェインの網を潜り抜け、シエラシセロの放った矢を鎮守の森に飛び込んで振り切った。
「ずるいなぁ、もう!」
 シエラシセロがばさりと翼をうつ。彼女はじめ駆け付けたケルベロスのうち実に6人が空飛ぶ翼をもつ身だったが、単騎の相手とは事情が違う。
 ケルベロスたちにとっては地に足をつけ、仲間と連携したポジションについたほうが有利なのだ。
 そう分かっていても、もどかしいものはある。
 ロゼの6枚の翼が小さく羽ばたきを繰り返し、かれんは口を尖らせた。
「すばしっこいわね」
 一方はじめから飛ぶ手段を持たない真尋は、感嘆の声をあげて次の機会を待つだけだ。
 ばさり、と音を立てて木々から飛び出してきたマグロガールをダジリタの掃射が襲う。
「かくれんぼはおしまいっ!」
 エアシューズで石畳を鳴らし、ミューシエルがボールを蹴るような動きで足を振り上げる。生じた炎が空に赤い線を描き、シャイターンを焼いた。
 小さなミューシエルにとって、世界はまだまだ大きい。見上げることは慣れたものだ。
「っ、私に火をつけたわね……!」
「火遊びをすればそういうこともあろうよ」
「祭りに水を差した報いかしら」
 降ってきた声に、源三郎は鼻を鳴らして熾炎業炎砲を放つ。
 砲撃形態をとった千歳のドラゴニックハンマーが音を轟かせ、主人に続いて鈴が撒き餌のように愚者の黄金をばらまいた。
「バックアップは任せてちょーだい」
 轟竜砲の音におおうと観衆たちが息を吐く中、アリシスフェイルが再び絹湮の繭を紡ぐ。
 直後、熱い砂嵐が吹き荒れた。
 
 ――おーい!
 ――おーい!
 マグロガールが空を駆け、それを追ったケルベロスたちのグラビティが空に花と咲く。
 同士討ちを誘う砂の嵐は纏とアリシスフェイル、そしてかれんの手厚い守りによって防がれていた。
 確実に勝利にむかう戦場の空気を察したか、人々はグラビティが空を上るたびに声を上げ、一撃がさく裂するたびに太鼓が笛がわっとはやし立てる。
「大丈夫かしらね」
 それが敵の気を引きすぎはしないかと、千歳が心配げに眉を寄せる。
「大丈夫よ千歳ちゃん」
「へーきだよ!」
 けれどその不安を纏がミューシエルが否定し、ロゼと真尋も頷き同意を示した。
 注目を集めるということ、演者と観衆、4人は『舞台の上』を知っている。
「だって主役は――」
『わたしたちだから』
 その経験が、今この場のすべてはケルベロスたちのためにあると教えていた。
 そう炎と略奪の使徒でさえ、この瞬間には『ひきたて役』を割り振られている。
「出でませ我が朋、我等が女王。これなる者の手を取って、遠き彼方の扉に連れていって――」
 どこからか現れた妖精たちが、天行くマグロガールを輪と囲み、歌い笑い、刃の舞を踊って、別れを告げる。
 動画が欲しい、誰かが撮っていてくれないだろうかと纏は願った。
 できればスマホじゃなくてデジカメの高画質で、だってこんなの――。
「絶対、受けるもの」
「あたると、いたいよっ!」
 ――おーい!
 ミューシエルが投じた木の槍は、惜しくも逸れた。
 けれど動きを乱したシャイターンのすぐ横を輝く巨鳥が舞い上がっていく。
「翼を震わせ響け、祈りの光響歌!」
 ――おーい!
 シエラシセロの声と同時、マグロガールの上をとった巨鳥が降下を始めた。
 加速とともに光の弾丸と姿を変えたそれがシャイターンの体を打ち抜く。
「ぐっ……!」
「場も盛り上がっとるし、そろそろいいじゃろう」
 ――おーい!
 動きが止まったところに、源三郎の流星が再び空に向かって降る、星に撃たれた少女はいよいよ力を失ってぐらりと堕ちた。
 わっと歓声が沸く中、番犬たちは油断することなく構えたままだ。
「――ッ、本当うっとうしい奴らね!」
 地面と激突の寸前、タールの翼が再び羽ばたく。
 忌々しげに叫び、惨殺ナイフを構えるマグロガールが向かう先は、ミューシエル。
 女児の前に盾とならんと走り出た鈴を、ダジリタをかわし黒い翼が行く。
 けれどまだ1人が残っていた。
「出番が終れば退場しなくてはね?」
 突き込まれた刃を真白な手のひらで受け止め、真尋はつややかに微笑む。
 痛みに構わず、麗人は逃がさないとばかりに凶器を握りこんだ。
「きらり きらり夢幻の泡沫。生と死の揺籠、幾億数多の命抱き。はじまりとおわり、過去と未来と現在繋げ咲き誇る時の華――導きを」
 ロゼの歌がフィナーレを告げる。
 降り注いだ青天の霹靂が、シャイターンの命の火を消し飛ばした。
 わぁ――――!!
 今日一番の歓声が、遠く、高く響いていく。
 
「やはりここが天国じゃったか……」
 夕暮れの境内、人のさざめきと熱に輝く世界。
 妙齢の仲間たちの華やかな浴衣姿に、自らも浴衣に着替えた源三郎は目を細めた。
 薔薇の名前を持つオラトリオが選んだのは自身に負けない華やかな桃、落ち着いた緑が千歳の髪を引き立てて真尋は撫子の花に身を包む、アリシスフェイルを飾るのは白地に咲いた爽やかな緑の花。
「さー、いっぱい楽しもうね!」
「みんながまぶしくていきるのがつらい」
 シエラシセロは娘らしく華やかに、千歳に誘われ黒地にレモンの浴衣に着替えたかれんは浮かない顔で鈴の帯にプチ兵児帯を追加中。
「んー、わたしも用意してくればよかった」
 普段着の纏がそういうものの、彼女の姿は元々浴衣に負けず華やかだ。
 なおミューシエルは待ちきれないと、早々にスレインを連れ祭りの中へと消えていた。
 名花がずらりと並ぶ中で源三郎にとって惜しむらくは、花々を手に取る相手がすでに決まっていたことか。
「かれんさん、着付けありがとうね」
「あい、楽しんできてねー」
「アレくん、お待たせ……どうかな?」
「普段と違うロゼも可憐だよ」
 待ち人のもとへ向かう真尋をはじめ、早くも熱愛ぶりを見せるロゼとアレクセイ。
「へぇ、シェラ結構浴衣似合うじゃん」
「馬子にも衣装とか言う気だね」
「それじゃ行こうぜ纏チャン、はぐれないようにな」
「ダレンちゃんこそふらふらしないでね」
 同意を示して叩かれるゼロアリエとシエラシセロは友人同士の気負わなさだが、同じく気安げなダレンと纏にはそれだけではない気配もあって。
「アリシス、かれん、覗いてみたい店はある?」
「あたしは何か食べたいカナー」
「私はなんでも、鈴、ちゃんとついてきてね」
 残る3人には、すでに割り込みがたい女同士の盛り上がりがある。
「――適当に回るかのう」
 結論として1人歩き始めた源三郎だが、それほど悲観もしてはいなかった。
 老齢のヴァルキュリアは、待つことを知っている――運が良ければ、何かの出会いもあるだろう、と。
 
「――スレイン、あっち!」
 レプリカントの同居人の手を引いて、通りをめぐっていたミューシエルは話に聞いていた目当てを見つけ、ぱっと動き出す。
「ミーシャ、急に向きを変えると危険だ」
「うん」
 いさめる言葉に頷きながら、女児の目はずらり並ぶぽぴんに釘付けになっていた。
 吹くときは力を入れ過ぎないように、と店主の言葉に頷いてミューシエルはひとつを手に取り、ふっと息を拭く。
 ぽぴん、と名前の通りに薄い膜が音を立てた。
「なるほど、音源は底のガラス部分か、しかしこれほど薄くするのは難儀だろうな……」
 ためつすがめつ、スレインのぽぴんへの興味はもっぱらその構造に向けられている。
「スレイン、ここからこれまで!」
「……少し多すぎやしないか? まぁ金は充分にあるが」
 品定めを終えたミューシエルが示した数に、スレインはわずかに考えたあと、折角来たのだし、と自らを納得させる。
 幼いオラトリオがぽぴんをハンドベルのような1つが1音程を担う楽器なのだと勘違いしていたとわかるのは、まだ先のお話。
「――真尋さん」
 人ごみの中、軽く手を振って真尋を迎えたのは墨色の浴衣を着た霧人だ。
「そういう姿は新鮮ですね……良く似合っています」 
 表情を動かさずの賛辞は社交辞令のように聞こえるが、そこは知らぬ仲ではない。
 お褒めに預かり光栄ね、と笑みで返して真尋は一歩を誘う。
「霧人さんもとても素敵よ、何か食べたいものはある? 私はりんご飴をと思うのだけど」
「良いですね。私は特にはないのですが……」
 口の中で小さく何事か呟いた霧人はひとつの屋台の前で脚を止めた。
「まぁ、たこ焼き? 美味しそうね」
「はい。おひとつ、どうです?」
 爪楊枝で一つを持ち上げた霧人にそれじゃあと真尋が口をあける。
「――人に食べさせてもらうのなんて何時ぶりかしら」
「一度やってみたかったんですよね」
 照れますけど、と霧人はとてもそうとは思えない表情で付け加えた。
 互いを『さん』づけで呼び合う2人は、つかず離れず。一歩を踏み込むのか、あるいは踏みとどまるのか。
 何かの拍子にひとつになりそうなふたつは、けれどその『間』を楽しむ様にただただ並んで流れ、流されていく。
「ボク、お祭りって大好きだな! 皆楽しそうで、見てるだけでも楽しいよね!」
 綿菓子、りんご飴にたこ焼きと楽しみを両腕に抱えて、お面をつけたシエラシセロが自身も満開の笑みをこぼす。
「シェラが見てるだけでいいならたこ焼きはもらっちゃおうかな」
「それとこれとは話が別、ロアは自分のあるよね?」
 そろりと伸ばしたゼロアリエの手にりんご飴の串が軽く突き立つ。
 痛い痛い、と大げさに声を挙げてゼロアリエは手を引っ込めた。
 幼いころ、堅苦しい神事に辟易していた幼馴染の姿は、今のシエラシセロに重ならない。
 人々の笑顔が嬉しいと言うなら、そう笑う彼女の姿をこそゼロアリエは嬉しいと感じた。
「ん、そうだそうだ射的も外せないよね」
「あ、俺の得意分野だ、どっちが大物とれるか競争しようか?」
 笑って競い合う2人は、とても大きな使命を背負った戦士たちには見えない。
 年相応に祭りを満喫する二人の前を少年たちが駆けていく。
「――なんかスゲーじーちゃんがいるんだって! 金魚がヤバイ!」
「マジで!」
 行く先を興味津々に目で追って2人は頷く。
「射的のあとで見にいこうか」
「決まりだね」
 提灯の光、楽し気なさざめき、甘い匂い、人の熱。
 薄闇の世界を今日この場はいろいろなものが彩っている。
 けれどそれらはすべて、言ってみれば舞台効果に過ぎない。
 アレクセイの目には輝く薔薇の頬のロゼが、ロゼの目にはきらめく夜空の髪のアレクセイこそが世界のすべてなのだ。
 手をつなぎ、同じものを食べ、おいしいねと笑い合う。
 ただただ楽しい時間を2人で共に過ごす、それだけで死んでも構わないと思えるほどの幸せが胸を満たした。
「ねえアレくん、次は何を食べたい?」
 そう微笑む姿に、胸の衝動を抑えきれずアレクセイは彼だけの薔薇を抱きしめた。
「なんだコレ、すっげェ綺麗だな!」
 一方ぽぴんの店ではダレンが感嘆の声をあげていた。
 来日してはや一年、おおよそのことには通じたはずと祭りにも平静を保っていた青年だが、初めての輝きには目を奪われた。
「これねぇ、こう遊ぶのよ」
 何に使うんだ? と興味津々のダレンに纏が一つを手に取って吹いて見せると青い瞳は少年のように輝く。
「え、ガラスだよなコレ? なのに笛みたいに鳴るのか、スゲーな日本の伝統工芸!」
 これほど喜んでもらえれば一緒に来た甲斐もあると笑って、纏は財布を取り出す。
 選んだのは最初に手に取った番いの鳥が寄り添う、ステンドグラス風。
「ちょいちょい、俺にも貸してみ?」
 そんな声とともにダレンがそれを脇からつまみ上げる。
 ――ぽぴん!
 と響いた音に、面白いなコレ、とダレンが顔をあげればそこには動きを止めた纏の姿。
「――」
「……おーい、纏チャン?」
 不意打ちの間接キスに、無遠慮な振る舞いの真意は果たしてどこにあるのかと悩む纏をさらなる衝撃が襲ったのはそのすぐ後だった。
「――2人とも、邪魔しちゃだめよ」
「あい」
「見せつけるわね」
 時を同じくして店にたどり着いた千歳たち3人は、見て見ぬふりをする優しさで品定め。
「びいどろ、ぽっぺん、ぽぴん、色々名前があるわよね」
「あたしの地元だとちゃんぽんダヨー」
「へぇ、いろいろあるのね」
 折角だからお土産にと3人が揃いの柄を選ぶ中、真尋とロゼがそれぞれのパートナーを連れてたどり着く。
「おう、お揃いじゃのう」
 そこへさらに金魚の袋を下げた子供とシエラシセロたちを引き連れて源三郎も現れた。
 外道が大漁じゃと苦笑を浮かべる翁に、千歳が小さく吹きだした。

 ――大切なひとと笑みをかわしあう。
 誰もがそんな明日をずっと迎えられるように。
 噛みしめた今日の幸せが、ケルベロスたちをこれからも支えていくだろう。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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