月喰島奇譚~キャンプ地奪還戦

作者:木乃

●風来坊の覚悟
 斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)は一人、夜道を駆けた。
 夜空は雲が覆い始め、星の光すら見えない。
 辿り着いたのはキャンプ地に定めた私有地の海岸。
 黒羽は近くの岩場に身を潜めて、様子を窺った。
 異形達はキャンプ地を闊歩し、浮上してきた難破船も巡視船を沈めたときのまま、海上に佇んでいる。
「あの太っちょが指揮官のようだったな。船を動かす気もなさそうだ……」
 目を凝らすと組み立てたテントも、皆で美味しいカレーを食べた簡易テーブルも壊され、無残な姿に変わり果てていた。
「くっ……まさか、こんな事態になるとは」
 込み上げる感情を押し殺そうと、拳をグッと握りしめる。
 ……だが、このまま黙っているつもりはない。
(「救援が来るとすれば、まずキャンプ地を探す可能性が高い……ならば、この状況を説明できる者が必要になる。誰かが残らなければ」)
 そして救援が来たら、対処すべき問題がいくつかある。
(「あの難破船を放っておくわけにはいくまい。もし落とすなら、足がかりとしてキャンプ地を奪還したいところだな。難破船の攻略について考えるのは、その後だ」)
 波間に揺れる難破船を注視していると、落ち着いてきたせいか、ふつふつと疑問が湧いてきた。
(「しかしあの船、どうやって浮上してきたのだろう? いや、そもそも動いていること自体おかしいのでは――」)
「……っ!」
 微かな足音を察知し、黒羽は別の岩陰に素早く移る。
(「今は耐え忍べ。ほんの少しの辛抱だ」)
 自身に言い聞かせる黒羽は、周囲に気を張り巡らせ、荒らされたキャンプ地の観察を続ける。
 
「皆様、緊急事態ですわ!」
 血相を変えたオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)の様子に、ケルベロス達も顔を強張らせる。
「月喰島へ調査に向かったケルベロス達から、連絡が途絶えました」
 その場の空気が一瞬で張り詰めた。
「月喰島を発見した、という連絡はありましたが……その後の定時連絡がなかったのです。どうやら、過去に襲撃したドラゴン達の配下が島に潜んでいたようですわ」
 武装を持ち込んでいたとはいえ、かなり危険な状況だ。
 とはいえ、島に向かったケルベロス達も、ただでやられるつもりはない。
「詳細は不明ですが、ヘリオンの予知によると、調査チームの8名は分散して島内に潜伏したようですわね。敵の戦闘能力、島の状況については、潜伏中のケルベロスと合流して確認して欲しいですわ」
 今回は島の存在が確認されたため、ヘリオンでの移動となる。
「月喰島まで1時間ほどで到着します。皆様には潜伏するケルベロス達の救援に向かって頂きますわ、こちらのチームはキャンプ地を目指しますわよ」
 島への上陸はヘリオンから降下することになるが、降下した後は安全確保のためヘリオンは一時帰還し、ケルベロスの回収に来るのは、月喰島の安全が確保されてからとなる。
 竜十字島のドラゴン達を刺激し過ぎないためにも、やむを得ないだろう。
「月喰島の敵勢力を打倒できれば、ヘリオンによる回収が行えるようになりますが、それまでは自らの手で切り抜ける必要があります……心して臨んでくださいませ」


参加者
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
ペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)
鈴原・瑞樹(アルバイト旅団事務員・e07685)
斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)

■リプレイ

●夜間飛行
 回転翼をフル稼働させ、ヘリオンが闇色の洋上を飛翔する。
 ドラゴン達の配下と思われる未知の敵との遭遇、襲撃の報は本土のケルベロス達に衝撃を与え、決死の救出作戦を試みることとなった。
 キャンプを展開するエリアを目指す一団は、夜間活動を意識してか、黒色の装いに身を包んだ者が多く、さながら特殊部隊のようだ。
(「一体どんな敵がいるのでしょう」)
 不安を隠しきれない鈴原・瑞樹(アルバイト旅団事務員・e07685)は隣に座るコロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)の手を握る。
 気づいたコロッサスは一瞥すると
「大丈夫、俺がついている」
 心配することはない。
 大きな手が優しく撫でれば、瑞樹も強張っていた表情を僅かに緩めて「はい」と小さく返す。
 搭乗口では島はまだかと、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)とカルナ・アッシュファイア(燻炎・e26657)が身を乗り出し、前方を覗きこんでいる。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか試してみようじゃねぇか」
 不敵な笑みを浮かべるカルナとは対照的に、雅は鋭く冷たい視線で見据えていた。
(「月喰島――ドラゴンに滅ぼされた地」)
 内に秘めた憎悪を抑え込もうと、指先が白むほど拳を握りしめる。
 反対の搭乗口から眺めていた狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)も注視していると、夜霧が払われたように月喰島が現れ始める。
「これが、月喰島……」
 灯りも見当たらず、拒むような静かな威圧感を感じて朔夜は思わず息を呑む。
 呆然と眺めていた月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)は、海岸線に明滅する小さな光点を見つけ、もしやと思い、用意していた暗視双眼鏡で覗いてみる。
「……あぁっ!?」
 拡大すると、調査部隊の発起人である斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)が懐中電灯で信号を送っていた。
 ヘリオンの存在に気づいて、すぐに発信したのだろう。
 周囲に視線を巡らせてみれば、近くの海岸には無残に破壊されたテントや道具の痕跡もあり、あの辺りを仮拠点としていたことが窺える。
 しかし、彼女の周囲にはすでに無数の影が闊歩し、目視だけでも10体は居る。
 ――そして数体の影が光に気づいてか、黒羽の方へゆっくりと歩き始める。
「ど、どうしよう、斑目さんのほうに敵が近づいてるよぅ!!」
「なぁにぃっ!? 黒羽がいるのか!!」
 慌てふためく縒の言葉に、いの一番に反応したのはペーター・ボールド(ハゲしく燃えるハゲ頭・e03938)だ。
 友人の危機を救おうとやってきた彼としては、友人のピンチを見過ごすことはイカしていない!
「回り道なんてしてる場合じゃないぜ、限界高度まで下げてくれ!」
 海岸に接近するよう要請したペーターは体熱感知式の暗視ゴーグルを付け、コロッサスもそれに倣おうと巨躯を立ち上がらせる。
「予定通りとはいかないか……行くぞ、瑞樹」
「は、はい。頑張ります」
 居ても立っても居られないペーターが真っ先に飛び降り、続いてコロッサスも瑞樹の手を引き、雅達は自由落下に身を任せて海岸へ飛び立つ。

●強襲揚陸
「ア、アァァ、ア、ゥア…………?!」
 上空から降下してきた瑞樹達に、異形達は意表を突かれたように狼狽していた。
「な、なにこれ!?」
 縒が目を剥いたのも無理はない。
 酷く汚れたタオルを頭に巻く男や、シミだらけのエプロンを付けた熟女、ボロボロの作業着姿の男など……普通の人間と同じような服装をした青年から老人くらいの、青白くヒトに似た『なにか』が居たのだから。
 その中には肉体を失くし、白骨化している者も居る。
 手には銛や刺身包丁、害獣退治用と思われるボルト式ライフルなど、これも人間が使うような物ばかりだ。
「ぞ、ぞぞぞんびのいっぱいいる島だなんて聞いてないよぅ……!」
 見た目の印象、鼻が曲がりそうな悪臭に『ゾンビのようだ』と感じた縒の感想はもっともだろう。
 サーマルビジョン越しだと鮮明とは言えないが、なんとか視認できる。
 解像度も良いとは言い難い代物に頼るより、暗がりに目を慣れさせてもよかったかもしれない。
 ――そのとき『微かな違和感』を7人は覚えるが、今は実態を確かめることが重要だ。
「皆、音と気配に注意しよう。いくぞ!」
 ドラゴニックハンマーを構えたコロッサスはバイオガスを発生させると、豪快に振りかぶり
「我が雷霆で散り逝け――」
 大槌を振り抜く軌道に雷の嵐を起こし、惑う敵を穿つ。
「この人達って、元は島の人なんじゃ――」
「今は考えるな、やるべきことをやるんだ!」
 オウガ粒子を放出する瑞樹は蒼白し、朔夜は制止しながら炎弾を連発していく。
 同じ事を考えていたからこそ、続く言葉を聞きたくなかったのだろう。
 痛みに悲鳴をあげる異形達、白骨の個体も苦悶の声をあげていることから感覚が機能していることがわかる。
「勇猛なる風よ! 勝利の凱歌を謳え!」
 英霊を降ろし鬨をあげる雅の言葉は追い風と化し、カルナ達を奮い立たせる。
「……ったく臭ぇな、一体何なんだコイツ等!?」
 気炎をあげるカルナが長槍を巧みに操り、刺身包丁を握るワンピース姿の異形を串刺す。
 胸を貫かれ力なく項垂れる女の異形を見て、片目のない男の異形がカルナをライフルで執拗に狙い始める。
「うわっ!?」
「アッシュファイアさんっ」
 銃撃に晒されるカルナに向け瑞樹は翼を広げ、淡いオーロラの光が宙を舞う。
「ボル、突撃だー!」
 ライドキャリバーのボルに攻撃を任せ、ペーターも身を呈して銃弾を受け止め、気合の一声をあげる。
 朔夜の火球をくぐり抜けた1体が死角から迫ると、携える銛で朔夜の肩口を抉る。
「チッ、こいつ……グラビティを使ってる?」
 肩の傷を押さえる朔夜の背後から、もうひとつ影が飛び込んできた。
「援護する!」
 鯉口を切り、洗練された一撃が暗闇に舞い――黒羽は一刀に斬り伏せる。
「黒羽ぇ! 無事か!?」
「なんとかな。色々と伝えたいことはあるが、まずはこの場を切り抜けよう」
 喜々満面のペーターに黒羽も頬をほころばせるが、すぐに引き締めて異形達に向き直る。
「急いで縫合するぞ」
(「誰も犠牲者は出さん……その為に医者(わたし)は居るのだ!」)
 朔夜の負傷を雅がグラビティで縫いつけている隙を突かれぬよう、ペーターが壁を作る前で、縒がライオンさんなりきりモードと称する闘気を漲らせる。
「うぅうう、今日の縒はライオンさん! 負けないんだからぁ!」
 自分を叱咤し、縒が獅子にも負けぬ気魄を込め両手から放つと、獲物を捉えた猛禽類が如く喰らいつき、噛み砕かれた四肢から黒い血液が漏れ出す。

 数は多いが、単体の戦闘力は想定より低いようだ。
 一体、また一体と確実に仕留めると、敵は崩れ落ちるように倒れこんでいく。
「……死人が徘徊するとは、ホラーゲームじゃねぇんだぞ……!」
 二振りの斬霊刀を握り直す黒羽の苛立つ言葉に、さぁっと縒の顔は青ざめる。
「……なんで、見えるの?」
「どういうことだ!?」
 もったいつけずに教えろと先を促す朔夜に、真意を察したペーターも表情を苦々しく歪ませる。
「見えてんだよ、『この敵』は――サーマルビジョンで!」
 サーマルビジョンは、いわゆる体熱を感知して視認している。
 敵も明確とは言えないがサーマルビジョンで見える……『見えてしまっている』のだ。
 ――それこそが、微かに感じていた違和感の正体だった。
「え、じゃあ、こいつら死人じゃねぇの!?」
「く、生者を利用するとは……卑劣な!」
 驚愕するカルナは振り下ろされる包丁を避け、音速の拳で敵を打ちのめす。
 雅も奥歯を噛みしめ、無意識に表情を歪めてしまう。
「二度と戻らぬ身ならば、この場にて討つのがせめてもの情けだ!」
 コロッサスは一喝し、豪炎を帯びた一撃がふらつく敵を頭から粉砕する。
「……そう、ですよね」
 ならばせめて、苦しまぬように――瑞樹は握りしめていた爆竹を振りまき、爆風で士気をあげる。
 身を焼かれながら迫る敵……あれすら生きているのかと思うと、朔夜は込み上げる不快感に舌打ちした。
「終わらせる」
 左右に跳ねながら迫り頭上を飛び越える最中、ハンマーを変形させ轟竜砲を放ち、背後から受けた砲弾に崩れかけていた肢体は吹き飛ぶ。
「ボル、イカした追い込み頼むぜ!」
 ペーターに呼応するようにマフラーを吹かし、ボルはメーターを振り切らせて突撃。衝撃を受けた敵は持っていた包丁を落とし、きりもみしながら弾き飛ばされた。
「こ、こわい、こわいけど、来ちゃったからには頑張るしかないよね!」
 まさか相手が生きていたとは思わず、狼狽していた縒も腹を決めてサイレントキラーを構える。
 回転鋸が微かな駆動音をあげ、腕のもげそうな漁師姿の異形をズタズタに斬り裂き
「……じゃあな、それがお前の墓穴だ」
 黒羽がこじ開けた亜空間に敵を吸い込ませると、手土産にプラスチック爆弾を放り渡す――小さな爆発音の後に、もげた片腕だけがそこに落ちていた。
「チィッ、ちょこまかするんじゃねぇ!」
 包丁を滅茶苦茶に振り回す敵にカルナのゲシュタルトグレイブは狙いをそらされ、致命傷を負わせられずにいると、自慢の燃えるモヒカンヘアーを揺らしペーターが跳ね上がり
「隙ありだ!」
 頭上から飛び蹴りを喰らわせ、ゴキリと首から鈍い音を響かせる。
「ぶちかませ! 『Melt breaker』ー!!」
 鬱憤を込めたカルナの拳は黒く燃えあがり、敵の横っ面に叩きこませれば頭蓋の内側から粉砕され、首から下は仰向けに倒れた。
 雅の気咬弾が敵の喉元に喰らいつき、事切れた敵も地に伏すと残るは一体。
「受けよ!」
 コロッサスの竜槌が唸りをあげ、最上段から加速した鉄槌が落とされる。したたかに打ち付けられた重い一撃に、満身創痍の異形は黒い血を撒き散らして圧殺される。
「……生きた人間を利用するなんて……」
 海岸に四散する『死体』の山を見遣り、やり場のない感情を吐き捨てるように雅は呟いた。

●現地調査
「腹減ってないか? 緑風館のやつに持っていって欲しいって頼まれたんだ」
 ペーターは腰に提げていたバッグから包みを黒羽に手渡すと、少し開いてみる。
「ベーコンか、ありがとな……腹減ってたんだ。……そういえば昼にカレーを食べたっきりだったな」
「一体なにが起きたんだ?」
 目を伏せる黒羽にコロッサスが問いかけると、ひとまず到着後の顛末を聞くことにして、その間に雅と瑞樹は手当てを済ませる。
「じゃあ、この辺を少し調べたほうが良さそうだなぁ……ったく、わけわかんねぇことが多すぎるぜ」
 カルナがぼやくのも無理はない。戦闘中に気づいた事実もあるが、敵について不明点が多いのだ。
 破壊されたキャンプ跡を調べる側と、死骸を調べる側に分かれて情報の獲得を試みる。
「うーん、テントも道具も滅茶苦茶に壊されちゃってるねぇ……お魚もこれじゃ食べられないよ」
 粉砕されたクーラーボックスを縒はまじまじと見つめ、黒羽も奪われた物はないかと残骸を探り始める。
「……妙だな、盗られた物は特になさそうだ」
 不審に思う黒羽の隣で、思案に耽っていたコロッサスが口を開く。
「巡視船と同様、調査班の生命線を絶つために徹底して破壊したのかもしれないな」
 月喰島の消失時期とケルベロス出現期は50年前と被っているし、ヘリオンに至っては20年前に現れたのだ。
 それらを知る術もなかっただろう、とコロッサスは推測を述べる。
 一方、朔夜と雅は調べられそうな死骸を探していると、ライフルを握りしめた首のない死体を見つける――服装からして、先ほどカルナをしつこく攻撃していた狙撃手のようだ。
 なにか持ち物はないかと探っていると、懐から一枚の写真が出てきた。
 かなり色褪せており、波止場を背景に生前の彼がワンピース姿の女性と並び、赤ん坊を抱きかかえている姿が映っている。
「……さっき、おなじワンピース着てたやつがいたけど……まさか?」
 覗きこんでいたカルナは頬を引き攣らせ、家族写真を凝視した。
「まさか、奥さんを守ろうとしたのか?」
「生前の記憶が僅かに残っていた、と……」
 朔夜は驚きを隠せない様子でカルナを見上げ、雅はもう一度写真を見つめると死体の懐に写真を元通りにしまい直す。
 この写真は、男が生前から大事にしていたものだろう。
「侵略して住民をこんな姿にしちまうなんて、しかも生きたままだぜ!? イカしてないどころじゃない、イカれてやがるぜ!!」
 異常な状況にペーターも憤りを感じ、手足をばたつかせ地団太を踏む。
「……ぁ」
 ふと瑞樹が海上に視線を向けると、先ほどまで波間を漂っていた難破船が動き始めている。
 海岸の仲間が居なくなったことに気づいたのだろう。
「た、大変です、船が!」
「ふんぞりかえった大将が慌てだしたか、難破船は陸と海で二手に分かれて調べてみよう」
 瑞樹の呼びかけに、朔夜は二手に分かれての斥候を提案して4人ずつに別れることに。
 ――夜明けは遠し、されど決戦の刻は近づきつつある。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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