月喰島奇譚~玉砕の学び舎

作者:柊透胡

 それなりに、大きな外観だった。
「学校……高校でしょうか」
 ゆっくりと首を巡らせるアイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)。朽ち掛けた校門らしきから足を踏み入れ、懐中電灯で周囲を照らしてみる。
 半世紀、風雨に晒されてきただだっ広い校庭は、雑草蔓延る何処か荒廃した雰囲気。その向こうに佇む校舎も又、相当に傷んでいるようだった。
 暫く、逡巡する――地形的には、キャンプ地から徒歩で40分程の位置。少なくとも、懐中電灯頼みの夜の間は、遠目から詳細を推し量るのは難しいだろう。生憎と天候は曇りで、月明かりにも星影にも頼れない。
「救援を待つなら、大人しく隠れている方が良いかもしれませんけど」
 アイリスの脳裏に、月喰島に到着してからが走馬灯のように過る。この島には、敵がいる。そして、アイリスは調査隊の1人であり、ケルベロスだ。多人数は目立つからと単身潜伏している状況だが、ただ隠れているだけでは芸が無い。
(「可能な限り、救援班に情報を渡したいですし」)
 だから、高校らしき建物を発見した時、内部の調査に躊躇いはなかった。
(「やっぱり、生存者はいなさそうです」)
 校庭を横切り、校舎までやって来たアイリスは、気負う様子もなく、中へ入った。
 キィキィ――。
 床板が小さく軋む。廊下の幅は、一般的な学校とそう変わらない感じか。硝子が割れて、窓枠のみが残っている箇所も少なからず。雨が吹き込む場所の床板は腐っているかもしれない。
(「怪我、しないように……」)
 慎重な足取りで、中を調べるアイリス。廃墟と呼んで過言でない荒れた様相が、懐中電灯の明かりを透かしてもよく判る。
 8月に10歳になったばかりの少女には、荷が重い不気味な光景とも言えるが……廃墟マニアのアイリスは、寧ろ興味津々の面持ちだろうか。
「……!」
 危うく蹴っ飛ばしかけた『それ』は、電灯の光を仄白く弾く。柄が半ばで折れた箒を抱えたまま、壁にもたれる姿勢の、白骨死体。
「ここも、戦場だったんですね……」
 静かに合掌して、冥福を祈る。その視界の端が光ったように思えたのは――。
(「気の所為じゃ……ない!」)
 首を巡らせれば、校舎の廊下の奥が――机が幾つも積み上げられ、バリケードのように塞がれているのに気付いた。
 これまで通り過ぎた幾つかの教室も、入り口が机バリケードに塞がれていたりした。
 だが、奥のそれは、これまで目にしたバリケードより念入りに天井まで机が積み上げられ、分厚い壁を作っているようだ。
「まさか、本当に生きている人が!?」
 その机の壁の隙間より、確かに『光』が漏れている。思わず、奥のバリケードの駆け寄ろうとするアイリス――その視界が、ぐらりと反転する。
 ドサァッ!
 投げ飛ばされた小柄が廊下にバウンドする。咄嗟に身を翻し、帽子を被り直しながら身構えた少女の前に立ち塞がるのは、手足を幾つも蠢かせる異形。
「これは!」
 ――――!!
 轟く咆哮。生き残っていた窓硝子がビリビリと震える。だが、威嚇に怯むアイリスではない。
「崩れ落ちる瞬間って、なんか良いですよね? だから、どいてください!」
 マシンガンよりマグナム、機関銃より迫撃砲が好きなお年頃。だが、今回は御霊殲滅砲をぶっ放す。
 廊下を奔る巨大光弾。狙い過たず、異形を弾くも――バリケードから次々と増援が現れる。
「く……」
 多勢に無勢。ここで、玉砕はまだ早い。悔しげに唇を噛み、アイリスは撤退する。
「あれは……市街地で襲ってきた敵と同じでしょうか」
 幸い、異形共は学校から出てこなかった。アイリスを追い払ったのに満足したのか、粛々と校舎に戻って行った。
「もしかして、学校を守ろうとしているのでしょうか。だとすれば、あの光は……」
 草薮に身を潜め、アイリスは独りごちる。気は逸るが、今は時期尚早。救援班が来るまで少しでも体力を温存するべく、帽子を目深に被って瞑目した。

「緊急事態が発生しました」
 いつもに増して厳しい表情で、集まったケルベロス達を見回す都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)。
「本土とドラゴンの拠点の中間地点にあるといわれる、月喰島に調査に向かったケルベロス達からの連絡が途絶えました」
 ドラゴンの襲来により消滅したといわれる月喰島。この島を発見したという連絡があった後、定時連絡が途絶えたという。
「どうやら、ドラゴンの配下が島内に潜んでいた模様です」
 詳しい状況は不明ながら、ヘリオンの予知により、調査に向かったケルベロス達は分散して島内に潜伏しつつある事が判明している。
「ヘリオンであれば、月喰島まで1時間程で救援に向かう事が可能です。皆さんには、島内に潜伏するケルベロスの救援に向かって戴きます」
 救援に向かうケルベロスは、ヘリオンから島へ直接降下する事となる。
「降下作戦後、安全の為、ヘリオンは一時帰還します。島の安全が確保されてから、改めて回収に向かう事になるでしょう」
 創は些か心苦しそうであったが、ヘリオライダーに戦闘力は無い。月喰島が安全確保されていない状況でヘリオンが着陸した場合、ヘリオン及びヘリオライダーが危険に陥る可能性が高いだろう。尤も、裏を返せば、島のケルベロスにのっぴきならない事態が起これば、危険覚悟の回収作戦が行われるという事だ。本当に、最後の手段であるけれど。
 ちなみに、ヘリオンが帰還する理由は、竜十字島のドラゴンを刺激し過ぎない配慮もあるらしい。
「皆さんは、アイリス・フィリスさんの救援を担当して戴きます。月喰島で何が起こっているか……心配ですが、全員無事に帰って来られるよう、全力を尽くして下さい」
 月喰島の状況は不明。まずは、島内に潜伏するアイリスと合流して情報を確認し、月喰島の敵勢力について調査する事になるだろう。
「フィリスさんは、ある施設のすぐ傍に潜伏しています。施設は恐らく学校、資材のサイズからして、高校と推測されます」
 月喰島の敵勢力を打倒出来れば、ヘリオンによる回収が行えるようになるが、それまでは救援チームだけで戦わなければならない。
「尚、島内の電波状況は悪いようです。無線での連絡も難しいかもしれません。他のチームとの連携に頼らず、出来る事は自身の手で行うという心構えが必要でしょう」
 タブレットを小脇に抱え、創は静かに踵を返す。
「仕度が出来た方からヘリポートへお越し下さい……いつでも飛び立てる準備をして、お待ちしています」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)
須々木・輪夏(翳刃・e04836)
藤木・友(滓幻の総譜・e07404)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)

■リプレイ

●迅速合流
 孤独がストレスか否かは――月喰島という、敵地の只中に在れば言わずもがな。
(「バリケードの奥の光……気になるなぁ。調べたいけど、1人じゃきついよね」)
 だが、アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)は、いっそ気丈に『これから』を考える。寂しがり屋の性情は、胸の奥に押し隠して。
 ガサリ――。
 夜闇の静寂に、物音はよく響く。草薮に身を潜めながら、警戒にも余念の無かったアイリスは、振り向き様に身構える。
 ニャァ。
「……ね、猫さん?」
 物々しい縛霊手を眼前にして怯える様子もなく、黒猫がじっとアイリスを見上げていた。懐中電灯の光を、金色の双眸が弾く。
(「まさか……」)
 敵地の只中に、小動物。敵の使い魔か、或いは――ウェアライダーの仲間?
(「ヘリオンの音、聞こえなかったと思うけど……」)
 星影も望めぬ曇りの夜だが、単純に気付かなかったというより、ヘリオンが保有する『ハイパーステルス』機能の所為だろう。
 アイリスが視認出来れば、敵とて同じ事。ヘリオライダーはその可能性を憂慮したようだ。救援対象者の居場所が把握済みなら、隠形しての降下の方が安全だ。
 ニャァ――。
 小さく鳴いた黒猫は踵を返すが、数歩で振り返った。ついて来て欲しそうな素振りに、敵意は感じられない。
「ま、待って下さい」
 チラと高校を窺えば、相変わらず静かなものだ。少なくとも当分は、こちらから仕掛けなければ動きは無さそうか。
 ニャァ。
「あ、すみません。今行きます!」
 促すような鳴き声に、慌てて黒猫を追えば――程なく、納屋と思しき廃屋から漏れ出る光。
「アイリスさん、ご無事でしたか!」
「遭難みたいな事になってるって聞いたから……大きな怪我とか、無さそうね?」
「友さん!? それに輪夏さん!?」
 黒猫が廃屋に入って、すぐさま飛び出してきたのは藤木・友(滓幻の総譜・e07404)。須々木・輪夏(翳刃・e04836)もホッとした様相で、見知った顔にアイリスは思わず目を瞠る。
 話を聞くに、ヘリオンから高校近くに降下した救援チームは、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が避難拠点を設営する間に高校方面を捜索。逸早くアイリスを発見したのが、動物変身した円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)という訳だ。
(「今回来る事になって、良かったのか悪かったのか……」)
 キアリ自身も、月喰島の調査に関心があった。調査隊行方不明という緊急事態を経ての第二陣参加に、複雑な気持ちも否めないけれど。
「斑目さんやいずなさんは……?」
「別々に行動しています」
 月喰島の調査隊には、緑風館の住人がそれなりに。大家として家族として、他のメンバーも気遣う友だが、申し訳無さそうなアイリスには温厚な笑みを浮かべる。
「緑風館の皆さんも帰りを待ってます。しっかりと調査をして、全員で帰りましょう」
「合流出来て本当に良かった……あ、お腹空いてませんか? 軽く食べながら何があったか教えて下さい」
 未知の土地での救出・調査作戦が、正直怖くて堪らなかった結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)も、アイリスの無事に一先ず安堵して。外で話し込むのも何だから、と拠点に差し招いた。

「これはあづまさんからです。アイリスさんに、と」
「ん~~♪ 美味しい! さすがあづまさんなの!」
 漸く、緊張が解れた。友が持参したベーコンを幸せそうに頬張るアイリスは、あどけない少女の表情だ。
「初めまして、アイリス・フィリスです」
 そうして、人心地がつき、改めて、救援チームの面々に挨拶する。
「輪夏さんは多摩川防衛戦以来ですね、お久しぶりです」
 まだ夜は始まったばかりだが、時間が惜しい。アイリスは考え考え、月喰島に到着してからの経緯を話していく。
「へぇ、バリケードね……篭城戦、というヤツかな」
 自ら後ろ髪を結いながら、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)は興味深そうな面持ち。
「バリケードの奥の光? 何なのかしら」
 柘榴の瞳も伏目がちに、小首を傾げるフィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)。迷彩色の外套纏う様子は地球人と変わらぬが、、フードから零れる銀髪に桃の花が咲く。
「気になるのは、やっぱりバリケードの奥の光です……戦闘は確実と思いますが」
「ま、必要性のない戦闘は可能な限り避けたいけどな。面倒だし」
 アイリスの提案にも、雨祈の言葉にも否やは無い。
「万が一、はぐれた時はここで合流しましょう。連絡用の暗号も決めておけば、安心ですね」
 輪夏が用意した島の地図にエルスがてきぱきと要所を記載し、撤退条件も刷り合わせる内に――時刻はそろそろ深夜に近い。夜陰に乗じる算段で、ケルベロス達は避難拠点から高校へ向かう。
「そうそう。これが無いと本領発揮できないでしょう?」
「やったぁ♪ やっぱりこれがなきゃね! ありがと、友さん!」
 友の最後の差し入れ、愛用のアームドフォートを受け取り、アイリスは上機嫌で装備した。

●拠点防衛
 高校の正門までは、特に妨害も無く到着した。振り返れば、避難拠点とアイリスの服とを繋いだ、ケルベロス8人のみが見える赤い糸――アリアドネの糸が伸びている。
「まず、裏手の確認だな」
 1つに結わえた後ろ髪を気にしながら、雨祈は首を巡らせる。別に不器用と思っていないけれど、自身で結うと雑さが否めない。
(「ま、気合いが変わる訳じゃないからイイけどさ」)
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……それとも竜、ですかね」
 友の飄然とした友の言葉に、キアリは小さく肩を竦める。
(「流石にドラゴンは居ないと思うけど、警戒するに越した事は無いわね」)
 キアリの猫耳を飾る銀細工のピアスは、出発直前に仲良しから贈られたお守り――常ならば小鈴が涼音を奏でるが、隠密行動の妨げとしないのは螺旋忍者の面目躍如だろう。今はオルトロスのアロンも傍に控えている。
 まずは所々崩れ掛けた塀沿いに、裏門を目指すケルベロス達。
「何だか不気味な所ですね」
 闇には根源的な畏怖が在る。歯を食い縛るレオナルドは、込上げる恐怖を呑み下す。
(「うう、恐い、怖い……」)
「うーん……」
 地図を眺めるエルスだが、スーパーGPSのマーカーは高校の地点から動かない。輪夏が用意した古地図では範囲が広過ぎるのだ。高校の構内地図も早めに描き起こしたい所。既に、友が懐中電灯頼りにペンを走らせている。
 一方、エルスは翼飛行を、キアリは動物変身を駆使しての偵察も考えていたが……元来、夜の闇は深いものだ。メンバーにドワーフはいない。曇天の夜闇の中、光を絞った懐中電灯では足下の確認が精一杯。周辺調査も含めるなら、夜が明けるまで待つべきだっただろう。
「……何か、いるわ」
 フィオネアが気付けたのは、些細な音、変化、匂いを逃さないよう、視覚以外でも注意深くした賜物だった。
 よくよく目を凝らせば――通用門と思しき小さな門扉に『何か』がいる。暗がりのシルエットは尋常な人型と言い難く、恐らくは門番。
「これまでに、私達が戦った異形だと思います」
 アイリスが小声で請合う。通用門からは校舎も近い。その分、警戒も厳重なようだ。
「……アイリスが単独で潜入した時、奥のバリケードに近付こうとして、妨害されたんだっけ?」
 別の侵入経路がないか考える内に、ふと眉根を寄せて呟く輪夏。
「だったら……正面から乗り込むのが、1番手っ取り早い?」

 ――――!!
 果たして、それまで静かだった校舎は、ケルベロス達が光漏れる奥のバリケードへ近付こうとするや、何処からともなく現れた異形共の咆哮で溢れ返った。
「数が多い!」
 紙兵を散布しながら、思わず息を呑むレオナルド。ボロを纏い幾つもの手足を蠢かせる異形共は、我先にとケルベロスへ襲い掛かる。
「手足が余分にあるけど、一応、人型ですよね、こいつら」
 メディックの位置取りで黄金の果実を掲げ、エルスは仔細に観察する。
 奇妙なのは連中の武装で、例えば、竹箒を槍のように構え、白塵撒いて黒板消しを投げ付ける。鞄を盾のように翳し、バケツをヘルメットのように被るモノもいる。まるで、学校の備品で間に合わせたような、いっそユーモラスな様相。雨祈を始め、ケルベロス達は異形の弱点や攻撃傾向を見定めようとしていたが……武装のバラエティが豊富故にグラビティの攻撃も様々。その威力はケルベロスを害するに足ると、身を以て知れる。
「よく見ると……制服、着てる?」
 絶空斬で敵の傷跡を正確になぞりながら、目を眇める輪夏。バサバサの腰巻はプリーツスカート、幾つもの腕で穴だらけの上着は詰襟だろうか――何とも嫌な予測が過ったが、まずはバリケードの突破が先だ。
 そう、バリケードは「何かを守る為」に作られる。ならば、バリケードが厚い方に重要なものがある可能性が高い。
「それが、あの光でしょうか?」
「月喰島の異変に関わってそうですね。『光』の正体、調べたいなぁ」
 「ヘリオライト」を奏でては考え込む風情の友に頷き返し、アイリスは御霊殲滅砲をぶっ放す。
「せめて、ヒントだけでも掴まないとな」
 制圧射撃を撒く雨祈は苦笑混じりだ。戦闘前、廊下の白骨死体に断末魔の瞳を使ったが、半世紀以上前の情景は象を結ばず。予想はしていたが、残念に思うのは仕方ない。
 バリケードより前線に出る異形も少なからずだが、後方から支援や攻撃するのもいる。だが、遠距離攻撃ならばケルベロスとて負けていない。
 【氷結の槍騎兵】が飛来し、アームドフォートの主砲が一斉発射。ブラックスライムが敵群に解き放たれ、場を制圧せんと弾丸の雨が迸る。遠距離攻撃が飛び交う度、巻き散る木屑はバリケードの欠片。今しも友の重力込めた歌声が、ミシミシと物騒な悲鳴を上げさせる。
 バキィッ!
 長定規を叩き付ける一撃を真っ向から受け、オルトロスのアロンは応酬に地獄の瘴気を放つ。
(「……皆、戦いに夢中?」)
 飛び交うグラビティの余波が、バリケードを揺るがしジワジワと崩していく。だが、キアリが異形の反応を窺っても、動揺の気配はない。咆哮を上げ、無数の手を蠢かせ、只管にケルベロスへ突撃する。
「そもそも、守ってるとも限らない、わよね」
 或いは、事態を解する理性も無いのか――小首を傾げるフィオネア。謎を解く為にも、変な先入観は持たずにいきたい所。今は1体ずつ、確実に倒すべく仲間と狙いを合わせて得物を振るう。
「くっ、何でしょうか、こいつら……」
 異形の波はひっきりなし。思わず、ぶるりと震えるレオナルドだが、廊下の幅のお陰で1度に対戦出来る数は限度がある。寧ろ少数のケルベロスの方が動き易く、じわりじわりと戦線を奥のバリケードへ押し返していく。
「行けそうですね!」
 もうすぐ奥のバリケードを壊せる――来る崩壊の光景に心躍らせ、アイリスがアームドフォードを構え直した時。
 ――――!!
 バリケードの更に奥より苦鳴轟く。怨嗟に満ちた呪が前衛の4人と1体に爆ぜた。

●戦略的撤退
「最終防衛ラインの準備が出来た。ここは放棄する、ヒケ」
 感情の欠片も無い声音は、戦闘の只中でよく聞こえた。
 バリケードの向こうに立つ『それ』は、廊下に溢れる異形と比べても、まだ『らしく』見えた。
 ボロ布を被る面は青白く、眼鏡越しの眼差しは陰鬱そのもの。汚れきった衣服は学生服、履いているのは運動靴だろうか。
 男子学生と思しき姿でありながら、その両手には大振りの包丁を二刀構える――家庭科室にでもありそうな万能包丁か。
(「今のグラビティは、こいつが……?」)
 怨嗟爆ぜた痛みに顔を顰め、レオナルドが傷口を見やれば不自然に硬化――石化している。
「待て!」
 咄嗟に螺旋氷縛波を放つキアリだが、敵影を捕えるに至らず。
 急ぎ、エルスがオラトリオヴェールを編む間に、男子学生と残る異形共は潮引くように撤退していく。
「バリケードを壊して進もう」
「この辺りの写真も、撮っておきますね」
 記録撮影はレオナルドに任せ、フィオネアの怪力無双を中心に片っ端からバリケードを壊す事暫し。突破した先は渡り廊下で、どうやら体育館に通じているようだった。
「……体育館が『最終防衛ライン』?」
「あ、例の光はあそこです!」
 輪夏が首を巡らせば、友は渡り廊下途中の小屋を指差す。確かに、中から光が漏れ出ている。
「生活臭、ないわね……」
 一方、小首を傾げるフィオネアの表情は浮かない。食べる事、飲む事、眠る事――生きる為の営みに伴う気配は皆無。渡り廊下に臨む中庭の木々は勝手に繁り、落葉が腐って土と化した層が、渡り廊下にまで積もっている。掃除もしていない。
「多分、生存者はいないと思います」
「……光の部屋、行ってみよう」
 憂鬱の雰囲気を振り払うように、雨祈が口を開けば、アイリスも頷いて。
 バターンッ!
 擦りガラスの窓から中も見えなければ、息を合わせて雪崩れ込む。
「ここは!?」
 むっとした熱気が全身を包む。不快そうに顔を顰めるキアリを庇い、唸るアロン。
 ――ヒ、ヒヲタヤシチャダメナノ。
 元は用務員室だったか。土間からの小上がりは板の間。その段差に腰掛け、異形が1体、土間のバケツの燃える炎へ、木の枝をくべ続けている。
 ヒ、ヒヲ……。
 部屋は天井から壁から黒く煤けており、長い間、それこそ何十年と火を燃やし続けてきただろうと窺えた。
「これが、光の正体……」
「あの、あなたは?」
 困惑を隠せない友。異形に話し掛けるフィオネアだが、ブツブツと呟き続けるのみで答える様子は無い。
「タヤシチャ……」
 思わず、フィオネアが近付いた瞬間、グルンと身を翻した異形が絶叫する。
「ダメナノォォッ……!」
「来ます!」
 身構えるアイリス。勢いよく土間を蹴るや、スターゲイザーが異形の足を刈る。
「あなたの影、ちょっともらう、ね」
 続いて、輪夏の影斬る斬撃が奔るも、構わず異形は火箸を引っ掴んだ。
「ヒ、ヒヲ……」
 火箸が勢いよくフィオネアに突き立てられる寸前、庇ったレオナルドの惨殺ナイフと擦れ、ギュルリと嫌な音を立てる。
 火の番の異形は、バリケードに現れた異形より更に弱かった。殺到する攻撃を一身に浴び、異形は身を仰け反らせる。
「タヤシチャ……」
「……貴方が流すのは血と涙、どっち?」
 いっそ優しげなフィオネアの問い、否、声なき歌に呼応して、青薔薇咲く茨が異形を捕らえる。
「ダ、メ――」
 うわ言を軋ませる異形が青薔薇濡らしたのは、血と呼ぶにも涙と呼ぶにも濁りきった一雫。
「刎ね飛べ、真火」
 雨祈の五爪に灯る蒼焔は、指差す異形へと刎ねて貫く。既に瀕死の呈には火種1つで充分。火を燃やし続けたその身自体を真火と化す。
「ドラゴンのやつら……また何を企んでるのだか」
 忽ち燃え尽きた骸の痕を見下ろし、エルスは決意込めて言い放つ。
「どんな事だって絶対曝してやって、阻止してやるわ」

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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