水瓶と星の慈雨

作者:犬塚ひなこ

●キャンディレイン
 星が綺麗な夜、秘密のお菓子屋さんで不思議なことが起こる。
 其処は今は営業していない廃墟。だが、お菓子の家めいた造りになっている店舗には作り物のステッキ型キャンディやケーキ、チョコレート等のオブジェが飾られたままになっており、閉店してしまった今も色鮮やかで楽しげな外観だ。
 まるでお菓子の魔法使いが住んでいるみたいだと噂されるくらいの場所は見るだけでわくわくするような明るい場所だった。
 そして、其処にはもうひとつの不可思議で素敵な噂が流れていた。

「確か、ここで魔法の言葉を唱えると雨の飴が降るんだよね」
 噂通りの星が煌めく夜。
 お菓子屋の裏手に立った少女は小さく呟く。奥まったその場所には愛らしい水瓶のオブジェが置いてあり、其処から飴が飛び出して辺りに雨のように降るのだという。
 魔法使いが住んでいるという話は本当ではないと知っていたが、飴の雨が降るという噂は信じたかった。何故なら、少女は何度も店の近くにキャンディの包みが落ちていたのを見たことがあるからだ。
「キャンディレイン! 優しい雨よ、飴になって降れ!」
 そして少女は水瓶の前で魔法の言葉を唱える。しかし、暫く経っても何も起こらない。魔法の言葉が違ったのかと思い、もう一度試してみようと口を開いた、そのとき――。
 少女の背後に影が現れ、その胸が大きな鍵によって貫かれた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 鍵の力でその心を覗いたのは、パッチワークの魔女・アウゲイアス。
 倒れ込む少女を尻目に魔女は踵を返して姿を消した。やがて意識を失った少女の傍に怪しい影が現れる。それは星型のステッキを持ったちいさな魔法使いの姿へと変わってゆく。
『さあ、わたしのまほうであめのあめをふらせてあげなきゃ』
 にやりと笑った魔法使いの少女がステッキを振ると、周囲に星型のキャンディが飛び散る。だが、それは甘い夢ではなく――人々を襲う危険なものに過ぎなかった。
 
●キャンディマジック
「飴の雨か。なかなかに子供らしい夢と噂だね」
 自らが予見し、ヘリオライダーによって予知された事件の概要を語り、ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)は自分なりの感想を零す。
 今回の依頼はドリームイーターによって『興味』を奪われてしまった少女を救う為に具現化した夢喰いを倒すことだ。手伝ってくれるかい、と問いかけたジエロはヘリオライダーの少女から伝え聞いた情報を語ってゆく。
「ドリームイーターは一体。仮にお菓子の魔法使いとでも呼ぼうか。敵は例のお菓子屋店舗の周囲を彷徨っているらしいね」
 時刻は真夜中ということで近隣に出歩いている一般人はいない。
 敵は何処にいるかは分からないが、かの夢喰いは自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質があるらしい。
「妙な所に行って貰っては困るからね。上手く噂をして誘き寄せるとしよう。場所は……そうだね、例の店舗の横道辺りが戦い易そうだ」
 地図を取り出したジエロは菓子店廃墟の横を示し、其処で噂話を行おうと告げた。
 敵を誘き出すことが出来れば後は協力して戦うだけ。
 お菓子の魔法使いは魔女帽子を被った金髪の少女のような見た目をしているが、決して侮ってはいけない。魔法で尖った星型の飴を降らせたり、強力な隕石めいた飴を飛ばしたり、更には痺れ効果のある雨を振らせてくる。
 どれも幻想的に思わせて無慈悲だが、冷静に対処すれば問題はない。
 無事に敵を倒せたら水瓶の傍で倒れている少女も無傷のまま目を覚ます。不思議な噂もあったものだと零したジエロの傍ら、ボクスドラゴンのクリュスタルスも首を傾げた。
 そして、ジエロは説明は以上だよと話を締め括る。
「噂は確かに滑稽かもしれないね。だけど、何を信じて何に好奇心を持つかは自由だよ。そうは思わないかい?」
 ジエロは仲間達に問い掛け、口許をそっと緩めた。
 少女の夢が現実には叶わぬものであってもそれを夢喰いに変えるなど許されることではない。行こうか、と告げたジエロの瞳がはっきりと開かれることはなかったが、其処には確かな戦いへの思いが宿っていた。


参加者
ロイ・リーィング(勁草之節・e00970)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
ブリギッタ・ヴァルプルギス(欠壊の満月・e20826)

■リプレイ

●空に甘い夢
 星の綺麗な夜に、星屑が甘い飴の雨になる。
 誰かが星を食べてみたくて魔法で飴の雨に変えたのか。それとも、星も誰かとひとつになりたくて落ちて来たのか。理由はどうであれ、かの噂はとても夢があるものだ。
「月明りに照らされて、キラキラ甘く、煌いて……」
 そんな甘い雨なら一度味わってみたい。茶菓子・梅太(夢現・e03999)は茫洋な視線を星々に向け、夜空を見上げた。
 閉店した菓子店の横道にて、ケルベロス達が待ち受けるのは噂の夢喰い。
 リティア・エルフィウム(白花・e00971)は敵を誘き寄せる為に例の不思議な雨と飴の話をはじめ、無邪気な笑顔を浮かべる。
「魔法の言葉を唱えると飴の雨が降るそうなんです! たくさん飴を降らしてお口いっぱいに食べたいですー♪」
「優しい魔法使いが雨を飴に変えてしまった、とか。おかしな話だよねえ」
 でも、とても興味深い噂だと話したジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)は頷く。口許が緩んでいるよ、とジエロが告げればリティアは慌てて唇の端を押さえた。
 その様子を陰からロイ・リーィング(勁草之節・e00970)とドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)が静かに見守っている。
(「飴、大好きなんだよね……この噂が、本当だったらよかったのに……っ」)
 ロイは周囲を警戒しながらも噂話に心躍らせていた。
 仲間達の視線を感じつつ、ブリギッタ・ヴァルプルギス(欠壊の満月・e20826)も敵の到来まで噂話に花を咲かせてゆく。
「廃墟になってもとても夢のある場所だわ。噂が立つのもわかる気がする……」
 確か例の少女はこの辺りで飴の包み紙が落ちているのを見かけたらしい。あるかしら、と地面を見遣ったブリギッタだが、今は何も見つからなかった。
 眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)も倣って周囲を見渡し、過去を思い返す。
「飴の雨を降らせる魔法使いか……俺のガキの頃にもそんな話があったな」
 何でもその魔法使いはキラキラ輝く飴を降らせてくれる。それが見方によって星にも見えるらしく、願いが叶うという。
 梅太は皆の噂話に興味深げにうんうんと頷き、ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)も弘幸が話す噂話に目を輝かせた。ルージュも梅太も、それぞれに瞳に映す興味と好奇心は本物。ジエロは穏やかな眼差しで彼女達を眺め、ふっと口元を緩める。
「飴の雨の魔法は、確かこう唱えたらしい――キャンディレイン、とね」
 彼が件の言葉を口にした、そのとき。
 くすくす、と周囲に仲間の誰のものでもない笑い声が響いた。

●星降る夜
『うふふ、あめのあめをふらせてほしいひとはだあれ?』
 現れたのは魔女帽子を被った金髪の少女。
 即座にそれがドリームイーターだと判断したドールィが物陰から飛び出し、ロイが周囲の視界確保のために持参していたケミカルライトをばら撒いた。
「さて、どんな戦いになるのかな」
 ロイが敵を見定める中、来やがったな、と夢喰いに言い放ったドールィは脚に宿る地獄の炎を燃やし、敵との距離を詰める。
「ガキには希望を与えるもんだ。奪っていい物なんざ何一つねェんだよ」
 燃え盛る焔で更なる猛火を纏い、ドールィは両脚の地獄で敵をひといきに蹴りあげた。その勢いのままに宙返りを決めた彼に視線を送った後、ルージュは敵を見据える。
「さあ、はじめようか」
 その言葉によって戦いの火蓋は落とされた。対する飴の雨を操る魔法使いは薄く笑い、今の一撃をものともしない様子で反撃に移る。
 敵が杖をひと振りすれば、きらきらと輝きながら痺れを齎す飴玉が降ってきた。
 ジエロはリティアが狙われていることに気付き、視線で危機を報せる。リティアはボクスドラゴンのエルレに直撃に気を付けるように告げ、自らは飴を避けながら戦場を駆けた。
「飴の雨、なんて小さい時に思い描いた夢のようですねぇ」
 本当ならば素敵だが、それは少女の夢が歪められた結果に過ぎない。可愛らしい夢と興味を奪われることになるなんて許せるはずがない。
 炎を纏ったリティアが鋭い蹴りを放つと、エルレが竜の吐息を重ねた。
 その間に梅太が杖を掲げて雷壁を張り巡らせる。
「足元に気をつけないとね。……飴、踏んだらあぶないし」
 ふっと見遣った地面には先ほど降らされた飴の残骸が転がっていた。梅太は魔法使いの少女の強さを空気から感じ取り、気を引き締める。
 ブリギッタも月色の瞳に敵の攻撃を映し、地獄を纏った片目を眇めた。水瓶から降る雨ならぬ飴。晴れた夜空の下で語られるには不思議な噂だ。
「星が流れて雨になったみたい……っていうと、素敵なのだけれど……」
 分身の術で敵を惑わしながらブリギッタは猛威を振るった飴を思った。今の一撃は上手く仲間が躱していたが、まともに当たれば体力が大幅に削られるだろう。
 弘幸もブリギッタと同様の事を感じ、警戒を強めた。
 左脚に宿る炎を燃えあがらせた弘幸はドールィの肩を軽く叩き、自らは一歩下がる。
「ここからが本番ってな。壁役頼むぜ」
「任せとけ。心配なんざ要らねェぜ」
 ドールィから十全の返答が戻ってきたことに双眸を僅かに細め、弘幸は気咬の弾を解き放った。喰らいつくオーラが敵を覆う最中、ルージュが手にしたバールを投げる。
『さあさあ、わたしのちからをもっとみせてあげる』
 それでも動じない魔法使いの少女の姿はまるで借り物。自分の物ではない願いを求めるということに、何処か似たものを感じてしまう。
(「誰かの想いを形にする、ドリームイーターか――」)
 強い興味を持ちながらも言葉にしなかったルージュの思いは深く沈んでゆく。
 其処へ、夢喰いからの隕石飴が放たれた。とっさにボクスドラゴンのクリュスタルスが仲間を庇いに飛び、ジエロも身構える。
 鋭い軌跡を描く飴は甘くも何ともなかった。
 ロイは自分を庇ってくれた彼等に視線で礼を告げ、霊力を練りあげる。
「これで敵じゃなかったら、良かったのにっ」
 溜息めいた言葉を落としたロイは顔をあげ、眼鏡の奥の瞳で標的を映した。そして、己がシメオンと呼ぶ狼の形をした霊力を解き放つ。喰らいついたその牙は甘美さを感じさせる毒が生まれ、敵を蝕んでいった。
「本当です、飴を降らせてくれるだけならどれだけ良かったでしょうか」
「そうはいかないのがドリームイーターさ」
 リティアが時空すら凍結させる弾丸を解き放つと、白黒の蛇と水瓶の杖を振るったジエロも肩を竦めて軽い溜息を吐く。其処に続いてエルレとクリュスタルスが体当たりをくらわせに立ち向かっていった。
 私達の攻撃が上手く決まりました、とリティアがおおきく胸を張ると、ジエロはよくできましたと明らかな子ども扱いをしてあしらう。リティアはむっと一瞬だけ頬を膨らませたが、すぐに二人は真剣な表情に戻った。
 夢喰いは雨の如く飴を降らせ、ケルベロス達を狙う。
 それまで敵を攪乱していたブリギッタも攻撃に移ろうと決め、跳躍した。明るい朝焼けめいた髪が夜風になびいた一瞬後、彼女は鋭い蹴りを魔法少女に見舞う。
 だが、敵の放った一閃がブリギッタを襲った。
「大丈夫。すぐに治すよ」
「……Danke」
 されど梅太が真っ直ぐな眼差しを向け、やさしい癒しを施す。ありがとう、と告げたブリギッタは梅太の癒し手としての機敏さに賞賛の目を向けた。
 更にロイが鏡像を映すことで敵に不利益を与え、ジエロ達も防護への気概を強める。
 仲間達が果敢に立ち向かっていく様をしっかりと見つめ、敵の動きも視認する梅太は自分が戦線を支えるのだと強く誓う。
 攻撃に防御、連携。すべてが上手く巡っていると感じ、弘幸は敵の気を引く為に敢えて大振りな動きで駆け出した。
『ふふ、なにをするきなのかしら』
「余計なお喋りはいい、テメーはこっちだけ見てろよ」
 蒼牙の名の如く、敵の身に牙を立てるかのような衝撃が敵を襲う。その痛みが齎した狙い通り、夢喰いは弘幸に注視していた。
 それが弘幸からの合図だと感じたドールィは敵の眼前に立ち塞がり、脚の炎で敵の姿を照らす。間近で燃え盛る焔が直撃した刹那、後方から駆けてきたルージュがドールィの背を駆け登った。
「ルージュ、思いきり行け!」
 二人のことだから多少無茶な連携を仕掛けてくるのは分かっていた。ドールィはそれも自分の頑丈さへの信頼故だろうと判断し、仲間に呼びかけた。
「勿論だよ。全力で叩き込ませて貰おう」
 ルージュは弘幸が作った隙を使い、ドールィの背を利用することで敵にまったく気付かれぬまま相手の頭上に跳躍した。そして、ルージュは竜槌を振りあげる。
 落下の勢いと振り下ろした力の加速は大きな力を孕み、夢喰いを激しく穿った。

●夢と魅惑の味
 怒涛の攻撃にドリームイーターの体が揺らぎ、勝機が見えはじめる。
 くぅ、と少女が小さな声を零す姿は痛々しいが見た目に騙されてはいけない。ジエロは杖を握り、子供の可愛らしい夢を元に戻さねばならぬと己を律する。
 夢は興味の矛先と感性を豊かに広げるもの。それが悪に染まるなど捨て置けない。
「さ、終わらせてしまおうか。夢喰いに好き勝手されるのは好かんよ」
 ジエロの言葉に頷き、リティアもぎゅっと大鎌を握り締めた。回転させた鎌が投げ放たれ、其処へ匣竜達の攻撃が加わる。
『う、ふふ……あめのあめを……ふらせ、て――』
「夢は夢に戻ると良いぜ」
 ドールィも最初こそ少女の外見をしたそれを蹴りつけるのに気が引けたが、今はもうそんな思いなど微塵もない。徒に命を長引かせるよりも、屠る方が良いに決まっている。
 放たれた隕石飴を察知したドールィは息を吸い込み、竜の焔で以て相殺を図った。衝撃は散り、僅かな欠片が彼を掠めただけに留まる。
 ブリギッタも徐々に終わりが近付いてきていると感じて指先を敵に差し向けた。それに呼応したブラックスライムが形態を変え、夢喰いを包み込むように拡がる。
「キャンディレインは素敵だけれど、夜が明ける前に消えて頂戴」
 甘いものは人を傷つけるものじゃなくて、もっと優しいものだと思うから。ブリギッタが優しく語り掛ける口調は大人びたソプラノ。きっと、夢はもっと甘い。微かに口許を緩めた彼女の一閃は確かな衝撃を与えた。
「んー……美味しい飴がよかったなぁ」
 ロイも続けて破鎧の衝撃を打ち込み、痛いだけの敵の攻撃を思う。与えた一撃は夢喰いを揺らがせ、ルージュはロイが作った隙を縫って走った。
「――手が届くなら、この力で全てを掴み取る」
 正義の為に。自らが探す矜持の為に、この力を揮う。ルージュは瞳に地獄の炎を集中させ、勝利という未来を引き寄せようと狙う。
 仲間が放つ一閃の力強さを感じ取り、梅太も攻勢に移った。
 ライトの光も相まって、飴雨はきらきらと星空のように光っている。星降る飴は手に取ることも食べることも出来ないが、梅太はその美しさだけは覚えておこうと決めた。
「……きれい。夢みたいな、飴は……何味だろうね?」
 ああ、きっと良い香りがして甘いはずだ。緑の瞳で敵を射抜いた梅太は対象に夢めいた幻覚を起こさせた。それが精神を蝕む悪夢だったとしても、夢には終わりがある。
「多分、食べたこともないような夢の味だろうな」
 弘幸は仲間の声を聞き、冗談めいた声を返した。そのときだけ眉間に寄った皺が緩んだが、それを視認できたのはドールィだけだった。
 氷の魔力を紡いだ弘幸が衝撃を放つと、ロイやドールィも戦いの終わりに向けた一撃を打ち込みに立ち回る。クリュスタルスとエルレのコンビも連携してブレスを吐き、ドリームイーターを弱らせていった。
『もっと、もっとあめをふらせなきゃ……』
 少女が苦しげに呟く中、ジエロはリティアと目配せを交わしあう。
「甘い夢を奪うのは許さないよ。魔法使いならそれらしく振る舞って欲しいものだね」
 先んじたジエロが杖の先から魔力の矢を放ち、敵を壁際に縫い止める。続いたリティアはこれが終わりの一撃になると確信し、動けぬ敵との距離を詰めた。
「いきますよ……! そいや! そいやあっ!」
 鉄砲の名に相応しく、リティアが左右から繰り出す強烈な突きは相手を追い詰め――そして、その力を根こそぎ奪い取る。
 崩れ落ちた魔法使いの少女は目を閉じ、何の言葉も残すことなく消えた。

●やさしいあめ
 夢の存在だった魔法使いは幻らしく夢に還り、戦いは終息した。
 仲間達が水瓶の傍に倒れている少女の元へ向かう姿を見送り、ドールィとルージュは周囲の探索に向かう。ドールィ曰く、自らの外見で怖がらせてはいけないと考えてのことだが、ルージュは別に気にしなくても良いだろうと告げた。
「きっと怖がらずに感謝してくれるよ。でも、キミがそれでいいなら良いか」
「生憎、穏やかさとは縁遠くてな」
 ドールィは肩を竦めながら、辺りに異変や気になることはないと判断する。そうして、二人は少女の様子を見に行った弘幸達に思いを託した。
 そして、少女は目を覚ます。
「や、お目覚めかい」
 ジエロは人の良い笑顔で手を差し伸べ、ロイも彼女をそっと覗き込んだ。
「あれ……私、何を……?」
「ねぇねぇ、せっかくだし飴をたべない?」
 不思議そうに首を傾げる少女に向けてロイは持参した飴を差し出す。弘幸もポケットから幾つかのキャンディを取り出し、出来る限り優しく降らせてゆく。
「今頃魔法が効いたみたいだな」
 その夢が何かしらの形で叶えられればいい。そんな思いが少女に届いたのか、やわらかな笑みが咲いた。ジエロも同じく飴を手渡しながら少女に告げる。
「お気を付けてお帰り、このことは内緒にね」
 口元に人差し指を当てたジエロの微笑みがあまりにも優しく感じられ、リティアも双眸を細めた。本当はリティアは彼と彼の大切な人のことをからかってやろうと思っていたが、この場面にはきっと無粋だと考える。
 梅太も和やかな様子を眺め、地面に視線を落とした。
「飴も全部消えちゃったね。お持ち帰り……は、出来なかったけど、」
「そのかわりに、帰りにキャンディを買って帰りましょう」
 ブリギッタが梅太にそっと語り掛けると快い頷きが返される。星空から降る飴があればいいのに、と思いつつもブリギッタとて現実との差はわかっている。
 そうして仲間達は帰路に着く為に踵を返していく。
 ジエロも皆と共に行こうとした時、水瓶の辺りからちいさな何かが飛び出した。
「うん……?」
 こつんと背に当たった何かを拾い上げたジエロはそれが飴玉だと気付く。
 そのキャンディは仲間の誰かが持って来たものでもなく、何処から降って来たかも分からなかった。しかし、彼は不思議なこともあるのだと笑みを崩さぬまま歩き出す。
 そのとき、何故だか魔法の言葉が思い浮かんだ。
 ――キャンディレイン。優しい雨よ、飴になって降れ――、と。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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