●ゆらりと
釧路湿原。
一人の死神が低級な魚の形をした死神を幾匹かと戦天使を一人、引き連れて歩いていた。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ。市街地に向かい、暴れてきなさい」
死神は戦天使に向かって命を告げる。
戦天使――つまりサルベージされたヴァルキュリアの美丈夫は、感情のない虚ろな表情と虚ろな声で、了承を応えた。
「……は。テイネコロカムイ様の仰せの通りにいたしましょう……」
ヴァルキュリアは黒い髪と翼を揺らし、魚のような死神を供につけて、帯広へと向かってゆっくりと、進軍を始めた。
●過去の遺産
死神が第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする――香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は、死神の新しい企てについてケルベロスに予知を告げる。
「サルベージされたのはヴァルキュリアの男、一人やな。釧路湿原で出現したのを予知したけど、別に彼の死に場所が釧路湿原やったわけではなくて、このサルベージをした死神がここに運んだっぽいわ」
サルベージされたデウスエクスは、死神によって変異強化されている。当該ヴァルキュリアの羽は、禍々しい鴉を思わせるような光翼に変わっているとのことだ。
「奴らの目的は帯広市街地の襲撃やけど、進路は僕が把握してるさかい、釧路湿原の入り口くらいで接敵できると思うで」
釧路湿原ということは、無人地帯だ。故に、ケルベロスは何の懸念もなく、敵と戦うことが出来るだろう。
湿地が戦場であり、特に何か気にすることはないだろう。ケルベロスならばぬかるんだ場所での戦闘も支障なく行えるはずだ。
「ヴァルキュリアは、二刀のゾディアックソードで武装しとる。あと、配下に五体の深海魚型死神を連れとる。死神の方の攻撃は、噛みつくか怨みの弾を吐くってところやね」
残念ながらサルベージした死神『テイネコロカムイ』なる者についての調査が可能なほどの情報量はない。
「とにかく、今はサルベージされたデウスエクスとその連れを倒すことに専念して欲しいんや」
いかるは、ため息を吐く。
「ヴァルキュリアかて、ゆっくり寝たかったやろうに。もう一度おねんねさせてきてくれるか。すまんな」
参加者 | |
---|---|
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143) |
藤守・つかさ(闇視者・e00546) |
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717) |
夜刀神・罪剱(悠遠と刹那の夜・e02878) |
神山・太一(かたる狼少年・e18779) |
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183) |
デニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865) |
鴻野・紗更(よもすがら・e28270) |
●死地にて相対せしは
ゆらりゆらりと鴉のような光翼を広げ、供の深海魚を周囲に舞わせながら湿地を歩くヴァルキュリアは、前方に立ちふさがる人影を認めて足を止めた。
ケルベロスはまっすぐにヴァルキュリアと死神を見ながら相対している。この戦闘に小細工は要らぬ、ただ力と力のぶつけあい。
「嘗ては魂の選定者。今は魂を囚われた操り人形……皮肉なものだわ」
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)は哀れむように黒き戦天使を見やった。
勇猛さと慈悲の心の両面をもち誇り高く勇者を選定していたはずの彼は、今や死神の傀儡として意思なく感情なく虚ろにケルベロスを見ている。
「何を企んでるんだかハッキリしないのはいい気分じゃないな……」
底が知れないのはこのヴァルキュリアをサルベージした死神だ。藤守・つかさ(闇視者・e00546)は眉根を寄せる。
「死神は……嫌いだなぁ。本来、死は覆せないもの、だから。それを、死を穢す死神は、許せないの」
不愉快そうにヴァルキュリアの周囲を泳ぐ死神を見て、アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)は刀を鞘から抜き放つ。桜を思わせる霊気を振りまきながら、夜色の抜身は鈍く光った。
「釧路湿原に何が起こっているのか……テイネコロカムイ、沼地の神。彼女は一体、なんなのでございましょうか」
ヘリオライダーに聞かされた、今回の首謀者の名前を思い出し、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)は目を眇める。彼の呟きを聞いて、
「……テイネコロカムイ……か」
夜刀神・罪剱(悠遠と刹那の夜・e02878)は、この響きはこの北の大地の古の言葉だと思い出す。罪剱は『カムイ』というフレーズに馴染みを覚えるも、それ以上について推し量ることは今はかなわなかった。
「……聞き慣れないな……なんて意味なんだろ。てっくんにはわかる?」
神山・太一(かたる狼少年・e18779)は、隣にぴったりくっついた相棒たるテレビウムに尋ねた。てっくんは首を傾げて友人を見上げて『わからない』ことを返す。
死神がケルベロスに、ギザギザとした歯を剥き出す。ヴァルキュリアはその反応を見て、相対者が敵であることを悟ったか、ゆっくりと両の腰に佩いた剣に手を伸ばし、抜き放った。
向こうの敵意を確認し、
「亡くなった人を無理矢理働かせるなんて」
と卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)は超硬合金製の日本刀を構える。
「なるべく早くやっつけて、安心して寝かせてあげないとね」
「戦天使に安らかな眠りを」
呼応し、デニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865)も魔導書を紐解く。
ケルベロスは仲間の動きに合わせ、それぞれ戦闘態勢をとっていく。
「俺の黒とあんたの黒、最後まで立ってた方が勝ちだ。……我が手に来たれ、黒き雷光」
黒き稲妻をつかさはヴァルキュリアめがけて放つ。
それをヴァルキュリアは、疾ッという鋭い息と共にゾディアックソードで切り落とした。
そして、おもむろに戦天使は手刀を横一閃に薙ぐ。
ヴァルキュリアがもたらす冥府の厳寒に合わせ、次々と深海の猛魚共が前衛めがけて襲い来る――。
●冥府より来たれり者よ
アリスは死神に腕を食いつかれながらも、氷結の螺旋をヴァルキュリアに投げつける。
そして無表情の中に激情を燻らせながら、腕に食いついた死神を振り払う。
死は魂の安寧だとアリスは考えている。その安寧を乱す死神はアリスにとっては仇敵そのものである。
湧き上がる感情の名前をアリスは何とする。
(「この気持ちは怒り……? 悲しみ……? 多分違う……けれど。ただ確かに……不快、なのだわ」)
己の刀身に帯びている桜の霊気を吹雪と見紛うほどに舞い散らせ、アイリはヴァルキュリア含めた死神達めがけて宵桜を振りぬく。
アイリも『死』を身近に感じたことがあるゆえに、死を弄ぶ死神のことは許せない。
「生を終えた身を意志に反して突き動かされる憤怒はいかほどか……ともかく」
紗更は冷静に相手を観察し、看破すると仲間に告げる。
「死神はディフェンダー三、スナイパーニ。ヴァルキュリアはクラッシャーです」
グラビティを矢に込め、紗更は妖精弓につがえて引き絞った。
「いざ、参りましょうか」
ひょうと放った矢が死神に突き刺さる。
「眠ってるところを叩き起こされたみたいだな。まあ、そりゃあ同情する」
地面を蹴り上げ、罪剱は矢の刺さった死神を蹴り飛ばした。ぐちゃりと嫌な音をたてたかと思うと、死神が消え失せる。
「まずは一匹目、なるべく早く倒しきらないとね。サナ、今日は張り切ってるの」
サナが笑顔で言うと、天空から刀剣が無数に刃を下にむけて現れる。
「それじゃあまずは派手なの行っちゃうの! ……死天剣戟陣っ!」
敵前衛に雨あられと刃が落ちていき、死神の鱗、ヴァルキュリアの鎧にあたって金属音が連続する。
「ヴァルキュリアさんに、しっかりおやすみなさいをしてもらわないとね。僕も頑張るよ!」
太一は爆破スイッチを押した。虹色の煙が、噛みつかれたり怨霊の弾に撃たれたりして傷ついたケルベロス達の傷を癒やす。
画面にキリリとした表情を映し、テレビウムは『にとんはんまー』で死神めがけて残虐ファイトを仕掛ける。
「――強化するよ」
デニスの魔導書が禁断の断章のページを開く。サナの力を増すための詠唱が釧路湿原に広がる。
「悪いが、向こうが片付くまで余所見はしないでくれよ?」
バスターライフルを撃つつかさの言葉に、ヴァルキュリアは軽く頷いた。
黒きヴァルキュリアは黒きケルベロスにゾディアックソードで思い切り切り込む。
「ぐ、うっ」
胴を真っ二つにしようかという重い重い一撃。ぶしゃりと赤が散る。
アリスがつかさの傷口をウィッチドクターの術で縫合する。
それでも死神達はつかさめがけて噛み付いてくる。
「止める……」
「させない!」
アリスは怨霊の弾から、アイリはガチガチと顎を鳴らす死神の牙から、つかさを守る。仲間のヒールが間に合うまで彼を守らないと落ちてしまうかもしれない。
アイリは一匹を兄譲りのリボルバーで撃ち、もう一匹を噛まれても問題のない場所で受けると、感情のない死んだ魚の眼を睨みつけ、
「……絶対に許さない」
と呟いた。
「目の前の憂いを払うことが先決。――失礼致します!」
紗更は極限まで高めた精神力を開放し、死神を爆破する。
「――刻の針を巻き戻そう。かつて強かった僕の力をもう一度だけ、この刹那の刻に――真典・流転せし永劫の彼方」
詠唱とともに罪剱の外見が変わっていく。緋色から蒼色、銀から黒に染まった彼が虚空から日本刀を引き出す。
罪剱が一閃すれば、死神がずるりと両断されて失せた。
「あと二匹っ!」
後衛にいる死神に届く術が死天剣戟陣しかないサナは、再び天空から刃を喚んだ。
てっくんが画面をビカビカ光らせて死神を怒らせる。
太一は気力をつかさに分け与える。だが少し回復量が足らないようだ。メディックの数が少し少なかったかもしれない。
「任せろ、回復するよ」
デニスが魔導書から魔力を引き出し、つかさの脳髄を賦活した。
つかさは自ら自分を癒すべきか悩んだが、思い切ってハンマーから竜砲弾を放つことを選んだ。
攻撃を掻い潜り、ゾディアックソードを構えたヴァルキュリアが、つかさめがけて疾走してくる。
喰らえば落ちる――!
だが、間にアリスが入った。
「こっちだって、ディフェンダーがいるのよ。貴方は此処で止めなくてはならない」
星座の斬撃で傷ついた体にアリス自ら手術を施す。
死神の突撃をアイリが受け止める。
「きっちり、殺してあげる。寄り添う自然よ、力を貸して。災いを阻む、縛めの力を」
リボルバーが火を吹き、死神に弾丸が埋まる。弾から発芽した蔦が死神を雁字搦めに縛り付けた。そこに突き立つは紗更が放った螺旋。串刺しにされ、死神が消滅する。
残り一体、サナが再び喚んだ刀身では削るに足らず、テレビウムの閃光でようやく落ちた。
太一の気力がアリスを支える。
あとは孤高にヴァルキュリアが立つだけ。
罪剱は泥濘を蹴り、彼に迫った。
「なあ、一つ聞いても良いか? ……お前の瞳には何が映ってるんだ? ――今か未来か、それとも過去か」
尋ねながら罪剱の達人級の一撃がグレイブによって繰り出される。
突き刺され、デニスの石化魔法に巻かれながらもヴァルキュリアは答えない。高度な思考は死神に許されていないのだろう。
●寂寞が謳う頃
とうとうヴァルキュリアの星座剣が重力を伴って、つかさに突き刺さった。
「ぐ……」
集中攻撃を受け、遂につかさはずるりと地に落ちる。
「……黒の勝負は……私の勝ち」
つかさを見下ろし、ヴァルキュリアが口元に笑みを浮かべる。
その後ろからアリスが螺旋を投げる。アイリの弾丸が飛ぶ。紗更の超能力が爆発を起こす。
爆発によって舞い散った泥の中を俊足で突っ切り、小柄なサナが星火燎原を大上段から振り落とす。
「お日様、お月様、お星様……サナに力を貸して下さいっ! ……日月星辰の太刀っ!」
閃光をともなって刃はヴァルキュリアに吸い込まれた。
「……今度こそ安らかに眠ってくれよ」
罪剱がグレイブを電撃がごとき速さで突出した。
ピコピコハンマーをふりかぶり、テレビウムがヴァルキュリアの頭上から降って落ちる。
「あわわ、こんな時に弾切れ……!? なんて、するわけないでしょっ!」
太一のリボルバーから気咬がヴァルキュリアに食らいつく。
「――逃がしはしない」
ナイフを構えたデニスが白い影を呼ぶ。銀狼の牙がヴァルキュリアに突き立った。
ヴァルキュリアは目を眇めて、自分を見下ろした。傷だらけの鎧、血を流す白皙。
そこまで認め、ヴァルキュリアは歌い出した。美しい寂寞の歌詞が霊を呼び、ヴァルキュリアを守るように包んで癒していく。
「歌っても、もう一度眠って貰うわ」
アイリが放つ弾丸が蔦を伸ばして美丈夫を縛める。
「……風よ、この手に」
一撃が重いヴァルキュリアから味方を守るため、アリスは癒しの風で仲間を包む。
「守りは破壊いたします」
紗更のナイフに宿したグラビティが、ヴァルキュリアを包む魂を引き剥がす。
その機をみるや、サナが跳躍して空の霊力をまとわせた愛刀で斬撃を浴びせる。
「もういいんだよ、眠って! 絶空斬!」
サナの刀を避けつつヴァルキュリアは、罪剱のグレイブを剣で受け止める。
「頼りにしてるからね、てっくん!」
任せろとばかりに画面を光らせるテレビウムに合わせ、太一は素早くリボルバーの引き金を引く。
「次で終わらせよう」
落ち着いた声でデニスは言うと、魔導書を開く。紗更の力を更に増やすスペルが響く。
●安寧の眠りを贈らん
ヴァルキュリアの冥府深層の一閃によって、ケルベロスは体を刺すような痛みに襲われつつも、果敢に立ち向かう。
相手の消耗はかなりのものに見受けられた。
最愛の兄が大事にしていたリボルバーに思いと弾を込め、アイリはひたすら怨敵を撃ち続ける。
アリスはオウガメタルから銀の粒子を放って、感覚を研ぎ澄ました。
「あと少しですよ」
紗更は周囲を励ましながら、ヴァルキュリアを爆破する。
「これでおやすみなさいっ! 日月星辰の太刀っ!」
サナが太陽と月と星の力を剣に宿して、全身全霊で放った剣技がヴァルキュリアにぶち当たる。
「く……っ」
苦鳴一つを漏らし、ヴァルキュリアは膝をつく。それでもなんとか立とうとする戦天使の前に、星空を思わせる容姿に変わった罪剱が立つ。
「――共に在れない。僕はそんな道理、認めないから」
今は亡き妹と一緒にいられた、かつての強かった頃の自分を、この瞬間だけ取り戻す『真典・流転せし永劫の彼方』。
「……今度こそ安らかに眠ってくれよ」
避けようもない刃がヴァルキュリアに引導を渡した。
「おやすみなさい……。貴方も定命化できてたら、お友達になれたのかな……? ちょっと残念なの」
サナは両手を合わせ、アイリが埋め始めた美丈夫の冥福を祈る。
「誇り高き武人に、相応しい安息を……願っているわ」
アリスはそう呟いて、釧路湿原に背を向ける。
「それにしても、死神がこんな所に現れるだなんて、この地には何かあるんでしょうか? ……うーん、僕にはさっぱりだなあ」
と首をひねる太一とテレビウムが彼女に続いた。
紗更は、憂いを払うことは出来た、と微笑む。
「わからないことは多いですが、彼らの企てを砕いてこそ、わたくし達の平穏にもつながるのでございましょう」
帰ろうか、とそっとつかさに肩を貸すデニス。
ようやく意識を取り戻したつかさは長く息を吐く。
「おやすみ、名も知らぬ戦天使」
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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