観月祭の来訪者

作者:寅杜柳

●観月祭
 中国地方山間部のとある田舎町の神社。
 この時期の満月に近い日に、例年観月祭が行われている。
 月を祀る儀式が元となったと言われているが、現代ではどこにでもある普通の祭りと大して変わらない。
 月と兎にちなんだ饅頭等の出店があることと、月が高くなってきたころに神社前の灯を落とし、月に演舞を奉納する行事があることが特色といえるだろう。
 いずれにせよ穏やかな祭りで、例年通り今年も平穏に祭りは進行していたのだが。
「はーっはっはっは! なんだこのシケた祭は!」
 やたら馬鹿でかい声が、演舞開始前の静かな雰囲気を切り裂く。その声の主は服装こそ浴衣だが、頭にはなぜかマグロの被り物。
 さらに背中には濁ったコールタールの翼を生やし、リズムでも刻むように規則正しく揺らしている。
「静かになんてつまんねえ、派手に騒いで血祭だ!」
 明らかに場違いな事も気にせず、ナイフを片手に祭の客達に襲い掛かる。
 穏やかなはずの観月祭は、シャイターンの暴力と炎により惨劇の舞台と化した。

「マグロを被ったシャイターンが祭りを襲うみたいです!」
 集まったケルベロス達に笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が告げた。
 シャイターンはエインヘリアルに従う妖精8種族の一つであり、その中のマグロの被り物をした部隊が日本各地の祭りを襲撃して一般人からグラビティ・チェインを得ようとしているらしい。
「一応仮に名前は『マグロガール』とするね! なんで祭りを狙うのかはねむにもよくわからないのです。もしかしたら人がたくさんいるところを狙って、効率よくグラビティ・チェインを回収する作戦、なのかも?」
 このままでは大参事は必至、なのでケルベロス達にはそのマグロガールが襲撃する祭りの会場に先回りして、事件を未然に防いでほしいのです! とねむは告げた。
 今回あらわれたマグロガールはやたら声がでかく攻撃的で、浴衣も派手な色合いと、地味とは無縁な格好をしている。被り物のマグロの頭も微妙に鋭くなっているように見える。
 戦闘になると片手に持ったやたらギザギザしたナイフとシャイターンの炎と砂嵐で攻撃してくるようだ。
「会場の人たちを避難させちゃうと他の場所を襲っちゃうから事前に避難はできないみたいだよ。だけどケルベロスを見つけたら先にケルベロスを倒しちゃおうとしてくるから、上手く挑発して人気のない場所に誘導できればいい感じに戦えるのです!」
 幸い配下はおらず、単独で行動している。神社の裏手に広場があるため、そこに誘導できれば祭りの人への被害は抑えられると、ねむは説明した。
「マグロガールの戦闘力はそんなに高くないけど、阻止に失敗したら祭りの会場が酷いことになっちゃうんだよ! だから……絶対に、勝ってきてね!」
 マグロガールを撃破できたらそのまま演舞を観劇したり、屋台を巡って祭りを楽しむのもいいかもしれないよ、とねむは言う。
「それじゃあお祭り防衛、頑張ってきてね!」
 ケルベロス達を信じた明るい笑顔と声で、ねむは締めくくった。


参加者
フィオレンツィア・エマーソン(ハウンドチェイサー・e01091)
早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
牡丹屋・潤(カシミール・e04743)
山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)
月代・風花(雲心月性の巫・e18527)

■リプレイ

●宵に
 満天の星に、美しい真円の月。
 夜闇にほんのりと灯りが灯る田舎の観月祭。
 ささやかな賑わいに包まれているその祭で、肝である演舞の奉納がもう間もなく始まろうとしており、その境内に人々が集まり始めていた。
(「クレープとかチョコバナナとか食べたいなぁ……」)
 屋台の甘味を見やりつつ、戦闘前だし我慢我慢!と自分に言い聞かせつつ、月代・風花(雲心月性の巫・e18527)はその誘惑に抗っていた。
 シャイターンはまだ現れておらず、その待機時間に屋台を巡っていたら甘味好きの彼女には想像以上の誘惑。
 お祭りと聞くとわいわい騒ぐものを想像していたのだが、静かに楽しむお祭りもいいものだと雰囲気を楽しむ。
 しかし、今それらを破壊しようとする存在がいる。
 未練を振り切ってシャイターンが現れるはずの広場に目を移す。

「はーっはっはっは! 湿気た祭りだな!」
 そこに、雰囲気をぶち壊すような荒っぽい声と共に、魚の被り物をした珍妙なシャイターンが現れる。静かな祭りを破壊しようとそのナイフを構えたその瞬間、
「お待ちなさい。まずは私達を満足させていただきましょうか」
 水をさす一言に、シャイターンが振り返るとそこには見物客を装っていた西水・祥空(クロームロータス・e01423)とフィオレンツィア・エマーソン(ハウンドチェイサー・e01091)の姿。
(「祭はみんなで楽しむもの。其れを邪魔するなんて、なんてつまらないの?」)
 シャイターンの行いを内心残念に思いながら、フィオレンツィアは、
「湿気たのが嫌なら私達とどちらが派手か、勝負しましょう?」
 と優雅に色っぽい浴衣姿で煽るようにシャイターンに扇子を向ける。
「どのような方法でお祭りを派手にするのか、神社の裏手でぜひ拝見したいものです。……まさか断られたりはしませんよね?」
 それに祥空が人々に被害が及ばないよう、人気の無い神社の裏手での戦闘にするようにさり気なく誘導する。
「……あー! お前達ケルベロスか! 見た目は地味だが中々燃え上がらせてくれそうじゃないか!」
 ようやく己に敵意を向ける存在がケルベロスだと気付いたようで、シャイターンは笑みを浮かべ、くるくるとナイフを弄ぶ。
 すぐにでも切りかかってきそうな雰囲気に対し、衣装を決戦仕様に飾った風花が負けじと言い返す。
「私たちよりもあなたの方がじみーなんだからっ!」
「派手なのが好きなら、景気づけにケルベロスを殺してみない?」
 あなたの力が口先だけでないのなら、だけどと早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)がバインダースカートを展開、銃口をシャイターンに向けさらに挑発する。
「そんなに死にたいならこっちから――」
「さぁてお立ち会い! 活きのいいマグロさばくっぺよ!」
 シャイターンがじれて攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、神社の裏手から山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)のマイクで拡大された明るい声が響き遮った。
 事前にストリートパフォーマンス用の準備を行おうと神社に打診しようとしていたが、既に設置されている機材の関係で大掛かりな準備は時間がなく難しいため、裏手に簡単なセットを準備して誘導しやすくするに留まった。
 しかし、関係者に話を通していたことで神社裏手への道に一般人も障害物もない。
 その声に合わせ、ケルベロス達は一斉に神社裏手へと走り出す。
「活きのいいマグロたぁ私のことか! いいだろう、ここの奴ら共々と合わせて血祭にしてやろう!」
 挑発にあっさり乗ったシャイターンは、周辺に一般人に目を向けることもなくケルベロス達の後を追う。
 もっとも、ケルベロス達がシャイターンの気を惹いている隙に、人ごみに紛れていた燈家・陽葉(光響凍て・e02459)と牡丹屋・潤(カシミール・e04743)が隣人力とラブフェロモンを活用し、戦闘に巻き込ませないようこっそりと避難誘導を行っていたのだが。
「大丈夫、落ち着いて。僕たちはケルベロス」
 あいつはしっかり倒して人もお祭りも守るから落ち着いて避難して、との言葉に一般人達は状況を察する。
 友人力やラブフェロモンを活かした事もあり、人が集まりかけていた広場から慌てることなく速やかに離れていった。

●裏手に
 裏手に回ったケルベロス達。それに奇妙なマグロの被り物をした浴衣のシャイターンが続く。
「鬼ごっこはここで仕舞いか? ……にしてもあんまり派手じゃねえな?」
「歌って踊って祈っちゃうノマドご当地アイドル、『山彦のメモリーズ』のほしこです☆ さあ、マグロ解体ショーの始まりっぺよ!」
 頭上の方から声が響く。木に上っていたほしこが月を背に、マイク片手にアイドルっぽいポーズを決めている。
「ほほう……中々派手なエントリーだな!」
 なぜか感心しているシャイターンにほしこが跳躍、飛び降りる勢いそのままに加速したハンマーを叩きつける。
 しかしナイフで勢いを流されそのまま地面に叩きつける格好となる。シャイターンが追撃の血襖斬りで刻もうとするも、祥空が割り込みその一撃を受ける。
「プログラム起動…識別コード、『トメルモノアラズ』……!」
「ちっ! 邪魔だ!」
 攻撃直後の隙を狙い突撃してきたソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)の一撃をシャイターンは跳躍して回避する。
 傷ついた祥空の傷を自身のヒールドローンとフィオレンツィアのブレイブマインが癒すが、完治には至らない。
 着地したシャイターンを狙いすまし、風花の緩やかな弧を描く斬撃が腱を切り裂く。
「派手にやりたいなら、こっちからもしてあげるわ!」
 一拍遅れて夏輝の早撃ちが命中、シャイターンをのけぞらせるが後続は続かず。
「おお、痛ってえな! だがまだまだ私の方が派手で、強いぞ?」
 傷を全く気にもしていないように、シャイターンが蜃気楼を巻き起こし前衛を砂嵐で包み込む。
(「あくまで前進、どこまでも派手好きか」)
 フィオレンツィアが狩人の思考で相手の行動を推測する。回復など考えず、ひたすら攻撃あるのみ。
 それに対して一般人の誘導を行った二人がまだ合流していないケルベロス達は、幾分回復が不足気味かもしれない。
 ならばとオウガ粒子を散布、回復に徹することで合流までの時間を稼ごうとする。
 砂嵐から味方を庇った祥空は、インフェルノファクターの白焔で己を覆い、傷を癒す。
「急いて 泊まらず! エド夢羅ワールドスクウェアリング 来てよ バブルよ もういちど! 奇岩の川の 玉手箱☆」
 ほしこの奉納歌が奇岩となり、シャイターンに襲い掛かり、その身に斬撃を刻み付ける。それにタイミングを合わせ、風花が雷の霊力を帯びた神速の突きを差し込む。
「中々いいコンビネーションだがな!」
 シャイターンはにやりと口元を歪め、 風花に掌を向けると炎塊を放つ。
 ディフェンダーの庇いも間に合わず直撃。深い傷を負った風花を癒そうと祥空がドローンを向けようとしたとき、
「この光を捧げます……!」
 傷ついた風花の体を陽葉の暁の霊力を込めた矢が射抜き、その傷を癒す。それに重ねて潤の電気ショックが重なり傷を完治させる。
「遅くなりました! 炎も催眠も……そんなのは僕が許しません!」
 一般人の避難誘導を行っていた二人が合流したのだ。
「八対一とはいいねえ、燃えるねえ! さあ派手な戦もっともっとやろうぜ!」
 シャイターンはそれでも戦うことをやめない。むしろ燃え上がるように戦意を高揚させている。

●止むことなく
 それからの戦いは合流した戦力により回復手と護り手が増えたことで戦況はケルベロス側に傾いた。
 しかしシャイターンもしぶとく攻撃を続け、ディフェンダーも攻撃に回ってしまうとそこで崩されかねない。
 しかし、加護を砕く攻撃をシャイターンは持ち合わせていなかったため、徐々に回復に伴う加護が重なってダメージは軽減されていく。
「まだまだァ!」
 シャイターンの血襖斬りが夏輝を狙うが、バインダースカートで上手く逸らし回避する。
「マグロガールさん、傷のせいかナイフを持っていない側に隙があるみたいです……だから、当ててください……!」
 潤が感覚の感度を上昇、シャイターンの情報を感覚で掴み、味方へと助言する。
 シャイターンも相当弱っている今、畳みかける時だ。
「我が意思は何よりも強く、全てを貫く光となる!」
 フィオレンツィアの指先から放たれる光線がシャイターンを容赦なく貫く。
「さあ解体ショーも大詰めっぺ!」
 ほしこの歌声が再び奇岩となり、繰り返しのように集中的に攻め立て容赦なく切り裂く。ナイフを持たない側は確かにやや反応が遅れているようだ。
「全てを砕く必殺の一撃、砕破!」
 奇岩と同時にシャイターンの懐に飛び込んだ風花の斬撃が強烈な衝撃をシャイターンに与え、その身をよろめかせる。
 それに繋げる形で祥空も攻撃に回り、シャイターンに接近。達人の一撃にて打ち据える。
 さらに陽葉のハートクエイクアローが追撃、シャイターンの胸を貫き惑わせる。
「こりゃあ私も年貢の納め時、ってやつか? だが諦めるなんざ派手じゃねえ!」
 重そうなマグロの被り物すら既にボロボロで、潰れそうなのにもかかわらず、シャイターンは戦意を失わない。
(「派手好きなの自体はいいんだけど、虐殺なんて冗談じゃないわ」)
「BMセレクト…パターン・ジョーカー!」
 夏輝の腰に固定されたアームドフォートの補助アーム、その先の銃口が全てシャイターンに向けられる。
「これがアタシの切り札よ! 残りの全弾、持って行きなさい!」
 連続砲撃に重ねて急接近、砲身を押し付けての連続零距離射撃にさしものシャイターンも耐えきれず、そのままよろよろと倒れ伏した。
「燃え尽きた……派手だったぜ……!」
 そう呟きつつ、マグロガールはその生を終えた。

●望月の祭りに
 シャイターンとの戦闘で神社裏手の物品や建物が幾許か損傷したが、ヒールグラビティで無事に修復された。
 マグロガールの乱入があった事で多少は混乱もあったが、無事討伐され被害も修復されたことで、祭は再開された。
 徐々に消されていく灯、残るのが広場の灯だけになってから演舞が始まる。
 武将と龍神は荒々しく勇壮に、舞姫は優雅に舞う。それらに調和する太鼓と笛、和楽器の風流な旋律。
 少ない照明に照らされるその光景は、月に捧げるのに相応な演舞だったのだろう。

「それじゃ今夜の素敵な観月祭の成功を寿いで…この地に奉納します。聴いてください、『観月夜(みづきよ)のメモリー』♪」
 奉納の演舞が終わり明かりが再度灯された後、広場でほしこが事前に打診していたライブを行うことになった。
 あまり派手にし過ぎないという条件はあるものの、奉納が終わった後は特に行事はなかったのと、祭を守ったケルベロスが奉納してくれるのであれば、といった形だ。
 裏方は祥空と神社関係者で十分、演舞の機材を少し移動させ、アレンジしてライブの舞台とした。
 ほしこと陽葉、風花たちの未来に届かせるような澄み切った歌声が神社にしめやかに響き、祭を彩る。
 普段の明るい性格で陽葉が歌い、初めてだからと少し緊張している風花を舞台慣れしているほしこがサポートするように、歌は続く。
 その歌に合わせ、フィオレンツィアが小柄な黒豹に変身して飛び回り、観客を楽しませる。
 本来は行われない演目ではあるが、一生懸命頑張ってる様が伝わるのと歌声の美しさに毎年来ている地元の人々も満足しているようだ。

「わ、わ! 綺麗なのです……! お姉さん、これも兎のモチーフなのですか?」
 屋台の女性に尋ねるのは潤。祭りの屋台を楽しみに、色々と回っている。
「あら、あなたも回ってるの?」
 声をかけるのは夏輝。裏方としてする事もそれほどなく、神社の関係者で十分だったため、抜けて屋台を巡ってたこ焼きを楽しんでいる。
「あ、そのたこ焼きおいしそうなのです……あの屋台? ありがとうございます!」
 元気よくたこやきの屋台へと駆け寄る潤を見送り、再び祭りを巡る。
「すみません、一つ下さい! え? おまけ……わぁ、ありがとうございます!」
 後ろに聞こえる声や、守りきった人々の祭を楽しむ声を聞きながら。

 こうしてどこにでもある観月祭は悲劇になることもなく、例年以上の盛り上がりをみせ、いつものように終わることとなった。
 そこにある人々の幸福も、損なわれることなくいつものように。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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