エクスガンナー・ジェイド~Sange

作者:柚烏

 オートメーションにより完全に制御された工場で、次々に機械部品が生み出されていく。流れに沿って淡々と、寸分の狂いも無く同一のものが量産される様子は、さながら機械が魅せる舞踏――ひとの手によって定められた、ひとの温もりを持たぬ無機質な光景だった。
「このようなシステムを作る一方で、人間は花を愛で……其処に意味を見出そうともする、か」
 不可解だと言うように茶の髪をかき上げたのは、ダモクレスの男――エクスガンナーシリーズの一体であるジェイドである。移動拠点であったグランネロスが撃破された後、彼らは其々にエクスガンナー計画の再始動に向けて行動を開始していた。
「……否、任務に関係の無い思考は排除。これより作戦を開始する」
 ――その瞳が、微かに揺らいだように見えたのは恐らく錯覚だろう。拳銃を構えたジェイドは配下の機械兵――エクスガンナーゼータに素早く指示を送ると、機械工場の襲撃を開始する。元より大した作業員も居なかった工場は、瞬く間にダモクレス達によって制圧され――強固なセキュリティすら、彼らにとっては然程の障害にならなかった。
「よし、半数は資材の運搬を。残り半数は周辺の警戒に当たれ」
 監視カメラを真っ先に狙い撃ち、警備の者たちを瞬く間に無力化させたジェイドが、一切の感情を交えぬ声で告げる。彼らが略奪した機械部品を運び去って行く中で、ジェイドは壁に背を預け、静かに沈んでいく夕陽を見つめていた。

「……急いで皆に報告を。ダモクレスの移動拠点だったグランネロスの撃破後に、姿をくらましていたエクスガンナー達が動き出したようだよ」
 資料を手にケルベロス達の元へやって来た、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)――彼は柔和な表情をきりと引き締め、予知によって導き出された彼らの行動を伝えていく。
「彼らは、グランネロス撃破により中断されたエクスガンナー計画を再始動するために、必要な機械部品を略奪しようとしているようなんだ」
 そうして都市郊外に在る工場を襲撃した後、配下の半数が機械部品の運搬を行い、残り半数の配下とエクスガンナー本人は周辺の警戒に当たるようだ。
「このエクスガンナー……ジェイドさえ撃破できれば、敵の計画をつぶす事が出来る。だから皆には彼の撃破をお願いしたい」
 しかし、配下のダモクレスが多い間の撃破は難しいので、まずは配下の数を減らすことを優先するのも作戦としては有効かもしれない。
 尚、襲撃される工場からは既に一般人は避難済みなので、襲撃後――半数の量産型ダモクレスが機械部品を運び出し始めた後に、攻撃を仕掛けるようにして欲しい。
「この状況で戦闘を仕掛ければ、敵戦力の半分を戦闘から除外する事が出来るからね。そしてジェイドと残りのダモクレスは、機械部品を運搬する者たちが無事に撤退する為に時間を稼ごうとする筈だ」
 ――時間稼ぎは、凡そ10分。その間は戦闘を行い、時間が過ぎたら撤退しようとするようだ。
「エクスガンナーのジェイドについて、おさらいしておくね。彼は完成したエクスガンナーとされていて『ダモクレスのエクスガンナー』とでも言うべき、近代兵器のプロフェッショナルなんだ」
 己の鍛え上げた肉体と拳銃の技術だけで戦う、ガンスリンガー――それを機械的に再現したのがエクスガンナーであり、彼の戦法はリボルバー銃を扱うガンスリンガーのものと酷似している。
 そして、配下のダモクレスはエクスガンナーゼータと呼ばれる量産機であり、連携を活かした立ち回りが強みだ。今回連れているのは、阿修羅クワガタさんの探索を行っていた配下の一部のようだが――先日の作戦で受けた被害が大きかったようで、完全に態勢は整っていないようだとエリオットは言った。
「どうやらあの時、グランネロスからエクスガンナー達に撤退命令が出ていたみたいなんだけど……ジェイドは対峙したケルベロス達に押されて、命令を受ける前に撤退したみたいだったから」
 その為、配下の数は十分では無く、戦力的にはぎりぎりだが、エクスガンナーを此処で倒すことも不可能ではない。その上で、襲撃のタイミングにも気をつけて欲しいとエリオットは念を押す。
「先ず、襲撃のタイミングを早くした場合なんだけれど……」
 この場合は運搬が始まっておらず、敵の全戦力が迎撃に回るため、敵の戦闘力が増えてしまうことになる。逆に襲撃のタイミングを遅くした場合は、足止めを行う時間が少なくてすむことになるので、敵の撤退までの時間が少なくなってしまうのだ。
「また、運搬するダモクレスを攻撃した場合は、運搬を阻止する事は出来るんだけど……敵全員と戦う事になるからね」
 結果的に、襲撃のタイミングを早くした場合と同じになるだろうと付け足して、エリオットは作戦に挑む皆に向き直る。
「これはジェイドと再戦するチャンスだし、この状況なら彼の撃破も夢じゃない筈だよ……!」
 ――エクスガンナー計画を再始動させようという試みを潰す為にも、何度だって立ち向かってやろう。荒野で目にした花が踏み躙られること無く、いつか恵みの雨が降り注ぎ――皆で、空に架かる虹を見上げる日が迎えられるように。


参加者
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)

■リプレイ

●黄昏に臨む者たち
 黄昏を迎えた空の下、ダモクレス達はエクスガンナー計画の再始動に向けて行動を開始する。無機質な工場に機人の影が密やかに踊って、彼らは次々と生み出される機械部品の略奪に取り掛かっていった。
(「……よし」)
 配下たちが部品の運び出しを始めた後で、ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)は音も無く壁を伝って、周囲の警戒に当たる敵の元へと一気に距離を詰める。
「襲撃者だと――?」
 微かに瞬きしたのは一瞬、エクスガンナーのひとりであるジェイドはは直ぐに襲撃者に対応し、配下を伴って時間稼ぎを行おうと此れを迎え撃つ。
「初めましてジェイドさん。俺達、それぞれの思いをぶつけに来たよ」
 狼の尾を揺らし、礼儀正しく名乗りを上げたのは知識・狗雲(鈴霧・e02174)。知への欲求を湛えた金の瞳は、対峙したジェイドの機械的な思考に、変化が起きることを祈っているようであり――そして無事に、依頼達成が出来るように全力を尽くす決意に満ちていた。
「よぉ。お久し振り、ってな」
 一方でキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)のように、こうして戦うのは二度目となる者たちも居て。前回、グランネロスの救援に向かう所を阻まれた記憶に、ジェイドは運命などと言う不確かな概念を感じずにはいられない様子だった。
「大丈夫です。逃走に適した経路は確認しておきました」
 そんな中、そっと視線を交わして頷いたのは館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)で。彼女はあらかじめ工場の周辺を確認しており、皆と協力して敵を其方に逃がさないよう包囲を固めていく。
(「工場の作業員は避難済みという事で、そこは安心なのですが」)
 さらりと流れる青の髪をかき上げて、詩月は思う――ジェイドとの再戦に集中するのは勿論だが、以前彼が花に興味を示していたことも気になった。
(「そう……僕もかつて、見上げた月の美しさに心を奪われたから」)
 ――綺麗だ、と。それが彼女の心を得たきっかけで。もしかしたらジェイドも、そうなる可能性があるのではと複雑な思いがある。
「ねぇ、あなたが工場を襲うのは、任務だから? それを指示した人はいないのに、何で続けるの?」
 其処で、不意にシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)の発した問いかけが、痛いほどの静寂を打ち破った。しかし、真っ直ぐなその少女の疑問を――ジェイドはただ淡々と、僅かな迷いも見せずに斬り捨てる。
「そうだ。そして任務の中止を命じられていない以上、我々は計画の為に必要な行動を行う」
「でも、敵討ちということなら、それは誰かの為じゃない?」
「……理解不能。敵討ちなどと言う目的は、最初から無いが」
 何処か噛み合わない会話に、シルは眉根を寄せるが――工場を襲って戦力を再構築すると言うのであれば、やらせる訳にはいかない。淡々と響く駆動音に耳を済ませながら、筐・恭志郎(白鞘・e19690)もゆっくりと一歩を踏み出し、真っ直ぐにジェイドと向き合った。
「あなたは不可解に思うかもしれませんが、一見無機質だけど、此処にも想いがあるんですよ」
 全てが制御され、自動的に量産されていく部品たち。ひとの温もりなど感じられないそれも、間違いなくひとが生み出したのだと言う恭志郎は、そのシステムもまた、良い物を次に託そうとする想いの成果なのだと続ける。
「それは、咲いて、実をつけて、また次の花を咲かせようとする――同じなんです」
 その恭志郎の言葉を、ジェイドは不思議そうに――けれど何処か興味を惹かれた様子で聞いていた。このようなやり取りをじっくりと行う機会があれば、或いは彼に心が芽生える可能性もあったのかもしれないが。
(「どうか、最良の結果と成りますよう」)
 そっと睫毛を伏せて祈る松永・桃李(紅孔雀・e04056)は、そう思わずにはいられない。其れが『撃破』以外なら、どれ程良いことかと憂う彼女――では無く彼の気持ちを察したのだろう。トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)もまた、ジェイドの感情の芽を摘むことに矛盾を抱いていた。
(「しかし見逃す事はできず、刃を鈍らせる心算もない」)
 ならば最早、迷いは捨て去るのみ。トレイシスの翳した白銀の刃は、夏の残滓めいた陽炎を思わせて――張り詰めた緊張を断ち切るように、鋼と銃声の音色が辺りに響き渡った。

●芽吹くか、摘み取るか
 ジェイド達の成すべきことは、配下が機械部品を運び終えるまでの時間稼ぎ――出来るだけ戦いを長引かせることだ。しかし、先程のやり取りでも感じたように、相対するケルベロス達は確かな意志を宿して、彼らを倒そうと全力で向かって来た。
「来るか……」
 その気迫を見たジェイドは、小細工や時間の引き延ばしと言った考えを捨て、これを真っ向から迎え撃とうと決意したらしい。配下のエクスガンナーゼータを伴い前線に立った彼は、自在に拳銃を操って圧倒的な射撃を披露し、ケルベロス達の出足を挫こうと襲い掛かった。
「前に出てきたか……望む所って奴だな」
 足を撃ち抜かれつつもキソラは不敵な笑みを崩さず、相手は攻撃の要――クラッシャーの位置についたようだと確認する。万が一、後衛になった場合の対策も講じていたのだが、これで心置きなく拳を振るえそうだ。
「さて……奪う以上、見過ごす訳にゃいかないンでね」
 鋼の鬼と化したオウガメタルを鎧の如く纏い、しなやかな獣を思わせる動きでキソラが動いた。その拳は、盾となる配下ダモクレスの装甲を易々と砕き――更にトレイシスの振るう刀が緩やかな弧を描いて、脆い箇所を的確に斬り裂いていく。
「よしっ、わたしも……!」
 彼らの勢いに乗ろうとシルも動き出そうとするが、その流れをエクスガンナーゼータが阻み、彼の両手に握られた銃身から巨大な魔力の奔流が放たれた。確かな絆を仲間と結ばずにいたシルは、満足な連携を行うことが出来ず――殲滅の光に焼かれた身体を、思うように動かせなくなってしまう。
「先手を取られたのなら、負傷者の回復を優先させるまでよ」
 しかし艶やかな声を響かせる桃李は、一瞬懐中時計の時間を確認した後で、黒鎖を展開させて守護の魔法陣を描いた。攻撃に晒され続ける前衛――彼らの守りを高める一方で、霊力を研ぎ澄ませたミルラは、見えざるものも見通すエウフラシアの祝福を贈る。
「光あれ。輝く目の呪いをその身に」
 正確さを増した詩月の放つ魔法光線、そして摩擦により炎を宿した恭志郎の蹴りは、盾となる配下の一体へ次々に叩き込まれて。先ずは配下の片方を集中して落とそうと、狗雲はボクスドラゴンのアスナロと共に、後方より必中の一撃を食らわせようと狙いを定めた。
「……少しは自分の意思って言うのも、示してみたらどうですかね」
 標的の足元から生み出されるのは、動きを鈍らせる白緑色の鎖。それは緑ノ鎖の名に相応しく、まるで枝葉を延ばす木々が、邪悪な存在を戒めんとしているようにも見えた。
「自分の目でいろいろなものを見て、それを感じて……。貴方に無いものを俺達が持っている、と言えば欲しくなりますか?」
 挑むようにジェイドに問いかける狗雲は囁く。貴方にとって、いるのかいらないのか――自分の意思をどうぞ、と。
「安い挑発だな。生憎……己の意思を、お前達に示す必要性が感じられない」
 しかしジェイドは、自らに掛けられた言葉をそう断ずると、微かな迷いも見せずに跳弾を放った。正面に立ち塞がる恭志郎が身を呈して庇うが、死角から襲い掛かる銃弾の威力は予想していたよりも痛烈だ。
「だけど、俺は――貴方が奪おうとするなら邪魔をする。けど」
 ――痛みに声を上げる事無く、彼は必死で堪えつつもジェイドに呼びかける。それは気を引く為なんかじゃなくて、ただ伝えたかったから。
(「あの時、気にかける必要も無かった筈の花を、そっと避けた姿。それは好ましいものに思えたから」)

●その花の名は、心
「貴様は、自分の為に生きたいという我欲はないのか?」
 残酷に時が刻まれていく中で、雷の霊力を帯びた刀を振るうトレイシスが問うた。幾ら不可解とジェイドが言おうと、それは人の営みそのもので――思考という娯楽は心を豊かにさせるのだと、彼は告げる。
「貴様もその一端を感じているのではないか?」
「――くどい」
 一切の慈悲無く、戦場には銃弾の雨が降り注いで。しかしその中を、傷を負いつつもシルが駆けていった。
「小さいなら、小さいなりの戦い方があるんだいっ!」
 小柄な体格を活かし、彼女は素早さで攪乱しようと身を躍らせ、精霊の力を一点に収束して解き放つ。更に追加術式を発動――その背に魔力の翼を発現させながら、駄目押しのように放たれた魔力砲が、配下の一体を沈めていった。
(「……懸命に咲く花を散らす事を躊躇った彼と、きっと今似た状態ね」)
 溜めていた気力を分け与え、傷ついた仲間を癒す桃李は自嘲気味に微笑む。皆が其々にジェイドへ言葉を投げかけることで、心という花を咲かせる可能性もあるかもしれない。しかし、それを自分たちは、ともすれば摘み取ろうとしてるのだ。
「嗚呼――任務に関係の無い思考に囚われるなんて、お互いダメね」
 その微かな囁きが、彼に届いたのか桃李には分からなかったけれど。しのぎを削る戦いが繰り広げられる中で、ミルラのもたらした黄金の果実による加護が、此方の背を押してくれたようだ。厄介な不調に悩まされることも減り、更に鈴の音と共に詩月が吟じる詩歌が、邪な力を祓う結界を生み出していく。
「花を見、景色を見、以前は焦りすら見せた。既に、踏み込んでると思うケドね」
 ――盾となる一体を素早く排除した次に、キソラ達が狙いを定めたのはジェイドだった。最早、明らかだった――彼らは此処で、ジェイドと決着をつけるつもりでいるのだ。攻めに特化した布陣と戦法、更に此処で倒すのだと言う気迫は凄まじく、少しの傷など厭わない姿にジェイドは圧倒されていた。
「怖いか? 不可解な思考が」
 にやりと白い歯を見せたキソラが間合いを詰めて、大振りであるが有無を言わさぬ一撃を放つ。奔れ――その声と共に、風切り裂く光の刃が襲い掛かり、雷鳴の如き風切り音が耳朶を打った。
「だがその感情こそが――オレ達の強さだ」

●沈む夕陽
 ――既に桃李による残五分の合図が過ぎて、一行は敵の包囲を強化しつつ戦いを進めていく。味方の補助から攻撃に転じたミルラも、暗殺を司る妖精に相応しい身のこなしで、ジェイドの懐に斬り込んでいった。
「――これでもエルフの端くれだ。術士だからと侮らないでくれるかい」
 光り輝くルーン文字と共に、振り下ろされる呪力の斧――しかしその刃は、あと一歩の所で届かない。流石はエクスガンナーの完成形と目されることはあるだろうか。前線に立ち続けるジェイドの火力は圧倒的で、攻め続ける一行は、いつ倒れてもおかしくない状況に追い詰められていく。
(「総攻撃まで、立っていられれば良い」)
 しかしそれも、詩月は覚悟の上で戦っていた。緋袴を思わせる装甲を展開し、深紅の瞳が炎のように苛烈な輝きを宿して。気が付けば彼女は、ジェイドに向けて声を張り上げていた。
「僕もかつて、人が月を愛でる事が理解できなかった。無意味ではないか、ってね」
 けど違う。そうきっぱり言い切って、詩月の構える銃身から一直線に凍結の光線が放たれる。
「意味なんかなくとも、美しいと思っていいんだよ」
 ――ジェイド。その名は翡翠を意味するのかと、彼と切り結ぶトレイシスは苦い笑みを浮かべていた。かつては自身もそう呼ばれ、命じられるままに無辜の命を刈り取ってきたから――身に覚えがあると感じた偶然は、余りにも皮肉めいている。
(「……だからこそ。殺す以外の未来があればと願ってしまうのだ」)
 ――花を避けるなんて、可愛いトコあるじゃない。ぎりぎりの状態で戦線を支える桃李は、芽吹け根付けと願わずにはいられなかった。
「荒野に芽吹く其の花の様に――ねぇ……貴方の中にも、花開かんとするモノが在るんじゃないの」
 そう、皆の言葉やその様子を見る程に、優しい心はもう在る筈と――信じたい。残り二分、時計を確認した桃李は、回復を捨てて総攻撃をかけるべく皆へ合言葉を唱える。
「そろそろ私も暴れて良くて?」
「家族がいるし、何より、大切なあの子が待ってるから……だから、わたしは想いの力であなたに勝つよっ」
 ありったけの力を込めて、星辰の重力を宿したシルの剣がジェイドに振り下ろされた。しかし、それでも敵の勢いは止まらず――放つ跳弾は何処までも無慈悲に鋭さを増し、シルの死角を突いてその身を貫く。
「……っ!」
 声も無く少女が崩れ落ち、灰色の床に血溜まりが広がっていくが、狗雲は立ち止まる訳にはいかなかった。黒鎖が締め上げた其処へ振り下ろされるのは、生を断ち死への恐怖を刻み付ける、トレイシスの九天四斬だ。
(「もどかしい……世界は眩しさや優しさに溢れていると、どうしたら伝えられるのだろう」)
 ジェイドの纏うコートが無残に引き裂かれ、キソラの繰り出す天薙ノ雷がその身に叩き込まれると、遂に彼は膝を屈した。それでも尚、戦い続けようと銃口を向けるジェイドへ、音も無く忍び寄ったのはミルラで。
「何故、花に人は何かを重ねるか。それは、花もまた命だからだよ」
 彼らもまた、生きているのだと――告げるミルラは、地獄の炎を宿らせた左胸をきつく握りしめる。自分たちに違いがあるのなら、それは心を持つか否か。
「臆病で一人ではとても戦えない俺でも、皆が、共に立つその心が支えてくれるから」
 ――それに勇気を残してくれた、君の想いがあるからと。声にならない想いを叫びながら、魔力を込めたミルラの刃が、影のようにジェイドに襲い掛かった。
「……俺はまだ、戦えるんだ」
 心は脆く、うつろいやすい。しかしそれに立ち向かう者は、それ以上に強くなれるのだと、ジェイドは身を以て知ったのだろう。最早息も絶え絶えな彼へ、最後に声を掛けたのは恭志郎だった。
「何故、あの時。あの花を踏まずに守ってくれたんですか?」
「分からない、だが……」
 その生命が、好ましいものに思えたのかもしれないと――掠れた声を震わせるジェイドに終わりを与えるべく、恭志郎は多段仕込みの居合を放つ。
「……っ、……」
 花を手折るように命を絶たれる最期、何事かをジェイドは呟いて。その瞳の光が失われていく中、トレイシスは彼の傍らでそっと、頷きながら彼方を見据えていた。
「……ああ、夕陽が綺麗だな」

 彼の行動がどう繋がるのか、きっと忘れちゃいけないと狗雲は思う。桃李が祈りを捧げる中、恭志郎は工場の脇――夕陽が見える場所に、あの日見た白い花の種を撒いた。
 ――その花の名はジニア。花言葉は、いつまでも変わらぬ心。

作者:柚烏 重傷:シル・ウィンディア(天高く羽ばたく精霊姫・e00695) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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