晧燃ゆ

作者:七凪臣

●再臨
 釧路湿原に、白い月が浮かんでいた。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ」
 獣の皮を被った何者かが、晧き少女に言う。
 いや、ただの少女ではない。
 柔らかな短髪が無造作に跳ねる頭上にはピンと尖った耳が生え、尻にはふさりと見事な毛並の尾が生えている。何れも色は、月の晧。
「市街地に向かい、暴れてきなさい――月白」
「仰せの、まま、に。テイネコロカムイ、様」
 呼ばれた名は『月白』。
 喋りが片言気味なのは、たった今、長き眠りから目覚めたばかりだからか。
 そして少女は爛々と燃える赤い瞳の一瞥で深海魚型死神を二体従わせると、ひくりと鼻を鳴らして人の気配に溢れる場所を求めて駆け出す。
 彼女は月白。
 第二次侵略期以前に死亡した神造デウスエクス――白狼のウェアライダー。
 再び目覚めた彼女は血を求める。己が晧を、赤く赤く染め抜く程に。

●晧燃ゆ
 死神にサルベージされたデウスエクスが暴れ出す事件が起きるのだと、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言う。
 場所は釧路湿原近く。
 サルベージされたのは、釧路湿原で死亡したものではないらしい第二次侵略期以前に死亡したデウスエクス。
「何らかの意図をもって釧路湿原まで運ばれて来たのかもしれませんが、詳細は未だ不明です」
 ただ分かっているのは。
 このサルベージされたデウスエクスは死神により変異強化されているという事と、深海魚型の死神を従えているという事。そしてその目的が『市街地の襲撃』らしいという事。
「とはいえ、予知で侵攻経路が判っているので、皆さんには湿原の入り口付近で対象のデウスエクス――月白を迎撃して欲しいんです」
 そうすれば余人を戦闘に巻き込む心配はない。罪なき人々に血を流させずに済むのだ。
「月白は女性体の白狼のウェアライダーです」
 従えている深海魚型死神の数は2。両方とも月白を護ろうとすると思われる。
「目覚めさせられたばかりだからか、月白は交渉や意味のある会話が成立するような状態ではないようです」
 つまり人の形はしていても、月白は倒すしかないデウスエクス。供の深海魚型死神と同じく、ただ滅するべき存在。
「月白を甦らせた死神が何を考えているかは判りませんが、まずはその目論見を挫く事こそ大事だと思います。ウェアライダーという事で戦いにくく感じる所もあるかもしれませんが……」
 皆さん、どうぞよろしくお願いします。
 そう告げて、リザベッタはケルベロス達へ向け深く頭を垂れた。


参加者
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
狗上・士浪(天狼・e01564)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
夏音・陽(灰華叫・e02882)
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)
王生・雪(天花・e15842)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)

■リプレイ

 東京で見上げるより、多くの星が空に瞬いていた。うっすらと見える稜線は、阿寒富士だろうか。
(「何と静かな夜でしょう」)
 降り注ぐ光の歌さえ聞こえそうな静寂に、王生・雪(天花・e15842)は浸る。だがその心地よさにも、すぐに変化が訪れた。ぴりぴりと尖った気配が、肌を刺し始めたのだ。
「よお、待ってたぜ」
 近付き来る華奢なシルエットを、ひょいと肩を竦めて木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が出迎える。
 さわ、さわ、さわ。
 草を踏む足音は、軽やかだった。そうして耿々たる月の光に、皓々たる白狼が闇のヴェールを脱ぎ捨てる。
(「……」)
 凄凛な姿を目にし、尾神・秋津彦(走狗・e18742)の狼耳と狼尾がピンと伸びた。けれど気圧されそうな緊張を、秋津彦は首を振って拭い去る。
「小生は筑波の狗賓。同属の誼で、全身全霊で葬るであります」
 秋の夕影色の少年は、二つの幽玄な青を従える皓を嫩葉の瞳で捉えた。
「もう奔る事はありませぬ」
 ――その清い真白さが穢れぬ内に、在るべき所へお帰りなされ。

●壱、弐
 秋津彦が最初に操ったのは、精霊魔法だった。吹雪の形を成した古の精霊が、水気を含んだ大気を押しやりながら、月白と二体の怪魚をまとめ浚う。
 湿原に、凍てた残滓が尾を引いた。中空を泳ぐ魚たちの体表に、びしりと白い霜が走る。それを見止めた八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)は、冷気を切り裂き前線へと一気に駆け上がった。
「くらえ! 絶旋ッ、衝天牙ァ!」
 超越した加速が、こはる自身の分身を作り出す。その其々が『敵』と向かい合う。そしてペタリと寝る犬耳をも遠心力で舞わす回転から、雷光よりも疾い斬撃を月白へ、怪魚たちへ叩き込む。
「っぐ」
 宿された違和を感じたのか、月白が上半身を屈めて奥歯を噛んだ。だが、白狼の少女は余韻に浸らず、貰ったものを返す勢いで牙を剥く。
「っ、ガァ!」
 己を抱き締めるように交差させた腕を、雲を引き裂く動きで真横に開いた。獲物として定めたのは、今まさに月白に一撃呉れようと構えていた夏音・陽(灰華叫・e02882)。
 指先に伸びた爪が、陽の腕と胸元を深く切り裂く。噴き出した朱が、霞のように散る。
 しかし。
「久々の戦闘だぁっ!」
 相当な深手を負った筈の陽が、弾けるように笑った。
「命があろうと無かろうと、私の命を燃やす糧になるといいよ」
 襲われる脱力感を微塵も滲ませず、陽は大地を強く踏む。
「鳴って奏でろ、響いて果てろ! 震えた声で私の夢を歌ってみせろ!」
 先に仕留めようと決めた怪魚には視線も遣らず、陽は月白を見据えて振動を操る。夢鳴宙響――敵の動きを鈍らせる事も出来るグラビティが、蘇りし獣人を数メートル吹き飛ばした。この一手は、これから先の戦いを有利に進める為の牽制でもあったのだ。
「ウタさん」
 癒し手として並ぶウタを、フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)が見る。陽の傷は、ウタ、フォトナ、何れも一人では賄い切れない深さだ。
 より大きな力を扱えるのはフォトナの方。けれどウタの方が以後に備えた効果を齎す事が出来る――ならば。
「了解だぜ」
 多くを語らわずとも意を通じさせ、ウタが頷く。それへまた一つ、年上の女の笑みを送ったフォトナは、ふぅと息を吐いて丹田に気を込める。
「悪いけど……メディックの矜持にかけて。私の眼が開いてる間は、そう簡単に誰かに膝を付かせたりしないわ!」
 毅然と言い放ち、小麦色の肌をしたサキュバスは厳かに唱えた。
「其は魂の力、それぞれの『在る』の形。今より共々に鳴り響き、いざ、生を奏でよ……」
 展開された『生命の場』により、フォトナは陽と自身の魂を揺さぶり、共鳴させる。かくて執り行われる魂の波長の調律は、圧倒的な効能で陽を満たす。
「ハートを燃やせ! 思いを込めて全力で行けっ」
 即座に続いたウタが炸裂させたカラフルな爆風も、陽だけではなく最前列に位置する者たちを鼓舞する。恩恵に関った、長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)と雪、そして雪のサーヴァントであるウィングキャットの絹は、胸に戦意の焔が灯るのを感じた。
「ありがとうござい――」
 礼を述べようとした雪の唇が息を飲む。漆黒の眼が、怪魚の不穏な動きを捉えたのだ。
「させません!」
 陽を食もうと大きく開いた口の前へ、雪は我が身を差し出す。雪と揃いの白き翼を翻し、絹ももう一体の怪魚の正面へ飛んだ。
 歪な牙が、柔肌を穿つ。ずるりと命を吸い上げられる不快感に、背筋が震えた。けれど、雪も絹も戦士としてこの場に立っている。
「絹っ」
 呼ぶ名で気勢を吐き、雪は刃を鞘から抜く。そのまま至近距離の異形へ神速の突きを見舞う。すかさず転身した絹も、同じ個体へ爪を伸ばした。
 ぐらり、一人と一体の連撃を被った怪魚がよろめく。
「さっさとくたばっちまえよ!」
 智十瀬が巨大なガトリングガンに火を吹かせる。撃ち出された無数の弾丸に、死神が俎上の魚のようにのたうつ。
「まずは、」
 腰を低く落とし、狗上・士浪(天狼・e01564)は肩に巨砲を構えた。
「これで一つ」
 奪う命を数え、グラビティを中和し弱体化するエネルギー光弾を射出する。果たして士浪の宣誓は正しく、青い灯纏う怪魚を湿原の空へ四散させた。

 月白の爪が下から上へと無尽に躍る。立ち塞がったこはるの体が、衝撃で宙へ浮いた。
「大丈夫か!?」
「何のこれしき、ですっ」
 しなやかな身のこなしで二の足を地に着けたこはるは、ウタの確認の声に朗らかに笑う。
「でも、回復はお願いします」
 けれど、痛いものは痛い。くたりと垂れた尻尾に、ウタは「任せろ」とすぐさま癒しの力を練り始める。
 月白の攻撃を凌ぎながら、ケルベロス達は邪魔な死神へ攻撃を集中させた。結果は、数分と経たずに出る。
「これでお終いだよ!」
 全身のバネを活かし、陽は力任せに超鋼金属製の巨大ハンマーを振り上げた。重量が引力に惹かれ、大気が唸る。繰り出された魂喰らう一撃に、残っていた方の怪魚も無へ帰した。

●情
 護りを喪っても、月白の瞳は紅蓮の赤に燃えていた。八人と一体を相手取り、仁王立つ様は、孤高な美しささえ湛えている。
「叩き起こされた挙げ句に使役されてる人こそ、いい面の皮だけど……」
 個になった敵へ、フォトナは様々が綯交ぜになった視線を向けた。
 外見は、まだ誰かの庇護下にあっておかしくない歳の頃。着飾る事を教えたなら、ツンと澄ました美少女になるかもしれない。
 しかし、何れの事情も今は介在させるわけにはいかないのだ。ここは境界線、人を殺めようとする者と、人を護ろうとする者の。
「止めるわよ、絶対に……! 来たれ、破魔の御業。我が眼前に立つ魔を、掴み捉え、払い賜え!」
 腹を据えた一括に合わせ、伸びた半透明の御業が月白を鷲掴む。
「生者と死者の安寧を、これ以上乱させません」
 滑るように地を翔け月白の背後に回り込んだ雪が、空の霊気を帯びた白刃を縦に薙いだ。
「か、はぁ――っ!」
 苦痛に首を仰け反らせたその横っ面を、絹が投じた円環が追い打つ。ガッと硬い音が響いた。歯でも折れたのだろう。証拠に、口の端からたらりと赤い流れが伝っている。
(「っち」)
 苛まれる少女の姿に、士浪が胸の裡で舌を打った。士浪は銀狼、月白は白狼。ウェアライダーという同族であり、また狼という種族も同じ。近しく感じる距離が、士浪の心に茨を巻く。怒りなのか、哀れみなのか、それは士浪自身にも判らなかったけれど。
 その時。
「同族が暴れてたり、何か企んでるってのは気に食わねぇもんだな」
 ふさりとした猫尾の先で地を叩いた智十瀬が、月白との距離を詰める。
「こいつを倒した所で全部が解決するワケじゃねぇけどよ、そのまんまにも出来ねぇしよ」
 音もなく駆け、刃の射程距離に入った直後、智十瀬は猫の身軽さと気まぐれさで横へ飛ぶ。
「だから俺は同情しねぇよ――それが俺の礼儀だ」
 目まぐるしい智十瀬の動きに、月白の赤瞳が振れた。そこへ再び智十瀬は真正面へと踏み込んで、空断つ一閃を呉れる。
(「なるほど、な」)
 期せずして触れた他者の想いに、士浪は密かに頷く。
(「不眠不休ってぇのは、キツいだろーよ。一度くたばった奴なら尚更、な」)
 全てが吹っ切れたわけではない。
「いい加減休んどけよ……死人は寝とくモンだろーが。魚モドキ同伴の肉体労働もたいがいにしとけよ」
 事実、皮肉もいつもより控えめだ。それでも、士浪は覚悟を決める。
「いいぜ、喰らい尽してやる」
 心通わせたオウガメタルをバトルガントレットに纏わせ、士浪が跳んだ。着地地点は、月白の真横。足が大地を踏んだ瞬間、渾身の拳を叩きつける。
「あ゛あぁあ゛っ」
 射貫くように腹部に突き刺さった銀狼の一打に、白狼の化身の全身が軋みを上げた。
 避ける隙を与えず、秋津彦が縛霊手を繰る。素の状態であればそれほど命中精度は高くないのに、秋津彦の眼の焦点がぴたりと合ったのは、仲間が月白に付与した数々の阻害因子のおかげだった。
「とにかく此処からは一歩たりとて進ませるわけには行かないであります!」
 そして発せられた巨大光弾が、いっそうきつくきつく月白を縛める。
「黄泉還りだなんて、死神はホント命をなんだと思ってるんですか!」
 こはるの怒りは、月白を現へ呼び戻したテイネコロカムイへ向いていた。
「申し訳ないですけど、もう一回眠ってもらいますよ!」
 複雑に立ち位置を変える仲間の間を縫って、こはるも月白へ迫る。
(「――っ」)
 刹那、赤と緑の視線が絡む。
「っ!」
 どくりと嫌な鼓動を心臓が刻むのを強引に捻じ伏せ、こはるは既に刻まれている傷を抉じ開ける事で、月白に宿った状態異常を悪化させた。効果は覿面、反撃を試みようとした少女の足が、細草に絡まる。
「月白って名前、ぴったりね。けど、私とはソリが合わないかも」
 転倒した白狼を、陽が見下ろす。
「だって、私の名前は太陽の陽。月とは、正反対」
「あなたの光は私の輝きを超えられるかな? もっともっと、生きている実感を私に頂戴?」
 天真爛漫に言い放ち、陽は問答無用の拳で月白を打った。反動に月白の体が鞠のように跳ねる。無残な有様だった。しかし、引導は渡さねばならない――彼女自身の為にも。
「死神の操り人形とは可哀想にな」
 すぐに解放してやるよ。
 言ってウタも、地球を思わせる輝きを放つ光剣を具現化させた。

●おやすみ
「アタシ、は。死ナ、ないっ」
 艶やかな皓を泥と血で穢した月白が、地面を両手で掻いて立ち上がる。
(「……っ」)
 黒く染まった爪で宙を捌き、尚も駆けようとする姿に雪の胸がギリリと痛んだ。
 友と同族な少女。纏う色は雪自身とよく似ていて。嗚呼、もしかしたら。眠りと幽閉、永き時から解き放たれて現在に至る様も、近いのかもしれない。
(「せめて、安らかな眠りを」)
 嘗ては神造の兵であり、今は死神の傀儡と化した白狼へ、翼の少女は真正面から挑む。一足毎に近づく赤が、理不尽に対する怒りにその色を濃くする気がした。でも――。
「貴方が在るべき場所は、此処ではありません」
 忌まわしき死の遣いは既に冥府へ送り返し、操りの糸も断ち切った。
「もう一度……お休みなさい。良い夢を」
 ひらり。不意に胡蝶が舞い踊る。夜闇に仄かな明花を咲かせたそれの幻惑的美しさに、月白の眼が吸い寄せられた。
「――ぐぅっ」
 視線を外したのは瞬きの間程もなかったはず。だのに気付いた時には白刃で腹を貫かれていた月白が、驚きとも苦痛ともとれる息を漏らした。勿論、抜いた刃の柄を握っていたのは雪だ。
「……申し訳ありません」
 小さく詫びて日本刀を引き抜くと、鮮血が飛沫く。くらりとよろめいた月白の足が、生者の本能に突き動かされたように退路を求める。
「させねぇ!」
 衰えた俊敏さは智十瀬の敵ではない。月白の動きを悟った智十瀬はタンっと中空へ跳躍し、最高点でくるりと身を翻すと、流星となってデウスエクスの元へ降り注ぐ。
「生き返って早々悪いけど、命の無い奴に他の命を奪う権利はねぇよ。もう、眠っちまいな」
 全身を揺さぶる蹴打に、月白が頽れる。
「……荒れ狂え」
 落ちた視線が再び擡げられた時には、眼前に士浪の姿があった。
「っ!」
 神速の一撃。白狼の体内に銀狼が流し込んだ気は荒れ狂い、悲鳴さえ上げられない苦痛を月白へ与える。
 それでも。
「死ナイ、生、きる――オォォオォッ」
 生き、生き血を求めようとする希求に月白は突き動かされ、湿原の空に浮かぶ月へ吼えた。
「小生も月白殿と同じ狼ですが、今宵は狩人の役目もこなさねばなりませぬ故」
 孤高な同族の遠吠えに、秋津彦は唇を噛み締める。哀れにどれだけ胸が痛もうと、堕ちた月は葬らねばならないのだ。
「斬り抜けますぞ――文字通り」
 狼の牙に礼儀は無い。一足飛びに零距離まで入り込み、するり脇をすり抜けた秋津彦は、すれ違いざまに得物で月白の脇や腱を切り裂く。
「終わらせます!」
 他でもない、あなた自身の為にも。こはるは蹲ってしまった月白へ無数の突撃を喰らわせる。手に取るように分かる『痛み』に、鼻の奥がツンと沁みた。
「ッイ、や……ダァっ」
 力が入らないだろう体を咆哮で叱咤して、月白がまた立ち上がる。野性の強靭さで、両手の爪を薙ぐ。けれどその一手はあまりに軽く、盾として受け止めた雪は一層の苦さを噛み締めた。
「行くよ!」
 そんな沈痛さの中に在って、陽は最初から最後まで一切ぶれず、太陽のままだった。猛る闘志の侭に、全力で月白に相対する。己が体躯を上回りそうなハンマーを容易く掲げ、砲撃形態へ転じさせ。
「私の、勝ちね!」
 放たれた竜砲弾が月白を限界へと追いやる。迷いない陽の輝きが、仲間の心を奮い立たせる。
「それじゃ……行こうか、シルヴァーナ!」
 オウガメタルの名を呼び、フォトナが渾身の拳を叩き込めば、月白がごぶりと血を吹く。燃えていた目からは、炎が消えていた。
「俺達は定命の運命をもつからこそ、未来への希望を抱くんだ」
 虚ろな眼差しから目を反らさず、ウタは言う。
「希望を胸に突っ走るからこそ、勝つんだ。どんな困難にでもな」
 ――定命の者の強さを心に刻んで逝くがいい。
「お前の鼓動(ビート)が止まるまで、俺の炎は止まらないぜ!」
「っ、ア」
 地獄の一撃。
 ウタが操る断罪の炎は、牢を成し。囚われた月白は、再びの眠りの深淵へ堕ちて逝った。

 死神も月白も、塵の如く湿原を渡る風に消え去った。
「小生の里では散った者の魂は山に還ると伝わっておりますが、彼女は何処へ向かったのでしょうな」
 ウタが奏でる鎮魂歌を耳に、秋津彦が問う。
「――」
 答えられる者は一人としてなく、代わりにケルベロス達は白狼の安らかな眠りを祈る。
 静寂の空に皓々と輝く月は薄雲を被り、穏やかに微睡んでいるようだった。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。