鬼灯篝の夜祭

作者:宇世真

●鬼灯篝の夜祭
 秋田県中央部――とある町の小さな神社に人が集う。
 夏の終わり、微かに秋めく涼風も人いきれで熱帯びる夜、地の特産品であるホオズキを模した提灯を篝る地域のお祭りである。立ち並ぶ縁日屋台と喧騒と、それらを彩る祭の仄明かりを思い思いに楽しむ客の多くが浴衣で参じる、納涼祭の風情。
 頭の上に面を引っ掛け、りんご飴や綿菓子、金魚――祭屋台の戦利品を手に手に、楽しそうな、幸せそうな人々の表情がそこかしこに在った。
 人の波から時折響く、素朴で味わい深い不思議な音色は、定番の屋台と共に並んだ『ほおずき遊び』の屋台が供する遊びの一つ、ホオズキ笛の音色だ。
 作り方を教わりながら、上手に鳴らせて得意げな子供と、我が子の生徒と化す父親。他にもホオズキ人形にホオズキ提灯作りなど……共に『ほおずき遊び』に興じる客に混じって、また1人、浴衣姿の少女が手本に倣って中身を抜いたホオズキを口に含んだ。
「――まっず!」
 少女が顔を顰めて、うえっと吐き出したそれは、彼女にホオズキ笛を教えていた屋台のおっちゃんの額にぴしゃりと貼り付いた。刹那、しん、と周辺が静まり返る。
 一風変わった被り物をした彼女はただでさえ人目を惹いていた。そこへ、コレである。
「なにこれ超マズ! 激マズなんだけど!」
「お、お嬢ちゃん……こいつぁ笛だからよ。食べるんじゃなくて吹いて鳴らすんだ。甘~い方のホオズキ屋台なら向こうに――」
 おっちゃん、めげずに説明を試みる。が。
「大体、お祭だってのに灯りがシケてんのよ。ちっぽけで、仄暗いったら。でも、ここにはご馳走沢山あるし、あたしがジャンジャン盛り上げたげる! ホラ♪」
 言うが早いか、少女は手近な提灯を矢で射抜いた。
 提灯が倒れ、毀れた炎が隣の提灯諸共燃え上がる。何が起きたかすぐには理解できずにいる衆人を他所に、少女は続けてその手の内に生み出した炎を出鱈目に放り投げ始めた。
「ホラホラ、これでもっと賑やかになるんじゃない? 一緒に楽しく盛り上がろうよ!」
 飛び交う炎と悲鳴。逃げ惑う人々。火に包まれる屋台。
 少女はそれらを見て楽しげに高笑い、無邪気な子供は、彼女のマグロの被り物を指差し白い顔で硬直している父親におねだりしている。
「ぱぱ、あれ買ってー。おさかなのお面ー」
 孤立する形となった親子に、少女は危険な眼差しを向けた――。

●祭囃子に思いを寄せて
「いいよなぁ、祭ってのは。幾つになっても胸躍るぜ。……地方の小さな祭とはいえ、人が集まるその場所が、デウスエクスに目ェ付けられちまったってぇ訳だな」
 久々原・縞迩(ウェアライダーのヘリオライダー・en0128)は、思い馳せる様に緩く笑みを浮かべたまま、襟元を軽く弄った。ゼブラ柄のマフラーをゆるっと正して、続ける。
「エインヘリアルに従う妖精8種族の一つ、シャイターンが行動を開始したらしい」
 と。
 動き出したのは、マグロの被り物をしたシャイターンの部隊で、日本各地の祭り会場を襲撃し、一般人を殺害してグラビティ・チェインを得ようとしていると思われる。
「祭を狙う理由は不明だが、効率良くグラビティ・チェインを集めようって魂胆じゃねぇかな。ともかく、このシャイターン……仮に『マグロガール』と呼ぶ事にするが、こいつが現れる祭会場に先回りして、事件を未然に防いで欲しい。ってのが、今回の頼み事だ」
 現れるのはマグロガール1体、配下などは連れていない。
「射的の屋台から持って来たのかっつーくらいシンプルな形の弓矢を使う様だが、先端に付いてるのはゴムの吸盤じゃなく鋭い鏃だからな、気を付けてくれ。狙った獲物を逃す気は無い様だぜ。後は、屋台を破壊する赤々とした火球な。恍惚と投げまくりやがる。恐らく、そっちが彼女のお気に入りなんだろ……焼いて炙って賑やかにやんのがな」
 いざ戦闘開始となれば、もう一つ、砂嵐で以ってケルベロス達に対抗して来るだろう、と縞迩は付け足した。それは幻覚作用をも齎す列攻撃であるという。
「厄介なのは、会場の人達の事前避難が出来ねぇって事だ。先に避難させると、奴さん別の会場を襲いに行っちまうからな。ただ、ケルベロスを見れば先に邪魔者を排除しようとすっから、挑発でもして人の少ない場所に誘い込んじまえば、周りへの被害も抑えられるぜ」
 神社の門前から、境内までが縁日の会場となっている。
 社殿の裏手や参道の脇道等、予め祭への影響が少ない――ひと気の少ない場所を見繕っておくのも良いだろう。戦うにせよ戦闘開始後の避難方法にせよ……考えておいて損は無い。
「マグロガールの戦闘力は高くないが、食い止められなきゃ祭会場は火の海、その先にあるのは惨劇だ。負ける訳には行かねぇ。頼めるか?」
 地元の人達が楽しみにしている祭を、護る為に。
「――よし、行こう。祭の情緒も風情も解さん輩に好き放題させる訳には行かん」
 拳を固めるザラ・ハノーラ(シャドウエルフの螺旋忍者・en0129)を見て、縞迩は「おう」と頷きケルベロス達を見渡した。よろしく頼むぜ、とニヤリ。
「浴衣で楽しむ祭みてーだし、きっちりシメた後は、皆も祭を楽しんで来ると良いぜ」


参加者
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
羽乃森・響(夕羽織・e02207)
海神試作機・三九六(ザクロ・e03011)
泉宮・千里(孤月・e12987)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
エストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)
香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)

■リプレイ

●祭の夜
 夜気に熱を吐く人波に身を隠して、その時を待つ。
 淡い灯と活気溢れる喧噪。左右に並ぶ屋台の列。この後ここで一騒動起きようなどとは知る由もない人々の、和やかな笑顔が咲いている。季節の遷移に親しむ和装の足元から響く小気味好いリズムに混じる、味わい深い音色は、件の鬼灯笛か。
 ――ほおずき遊びの屋台で親子が、今まさに挑戦しようとしている。
 コツを要するそれに父親が苦戦する傍ら、巧く鳴らせた子供は得意げな顔。
 程なく、ほおずき遊びに興じる人の輪に一際目立つマグロ頭が肩を並べた。奇抜な被り物をした浴衣娘は、周囲に倣って中身を抜いた鬼灯の実を口に含み――。
「――まっず!」
 親方めがけて勢い良く噴射されたそれを、香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)がすかさずぴしゃりと叩き落とした。
「おやっさんの話ちゃんと聞いてたかよ? そいつは味わうんじゃなくて鳴らすんだよ」
 割って入る声の主は泉宮・千里(孤月・e12987)である。
 一般人の危機(?)を察知して飛び出して来た二人に、マグロガールが目を剥いた。
「な、何よあんたら?」
「さァ、番犬様が来てやったぜ」
 千里が続ける挨拶代わりの一言に、彼女は「はあ?」と一層怪訝な表情。反対側から今度は真柴・隼(アッパーチューン・e01296)がひょいと顔を出す。
「ねぇねぇカワイコちゃん。俺達ケルベロスなんだけどさ」
 ナンパ師さながらの距離感で馴れ馴れしく名乗る、と、少女は盛大に溜息を吐いた。
「はぁあ、ホオズキはマッズいわ、お祭りの灯はショボいわ……おまけにケルベロスぅ?」
「祭に不満あるなら俺達と愉しく遊ぼ?」
 あからさまに盛り下がる気色を意に介さず軽い調子で隼が言い、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)も畳みかける。
「俺達ならばもっと派手に出来るぞ」
「どうせなら奥の開けた場所で派手に遣り合おうよ」
 と、隼はイイ笑顔。
 ふうん、と鼻を鳴らしたマグロガールの視線が一瞬、祭客を舐める。
 一行を中心に、後ずさる様に距離を取る人々。庇う様に間に立つ千里達の後背で、仲間達による客の避難誘導が静かに始まっていた。大きな混乱が起きていないのは、海神試作機・三九六(ザクロ・e03011)の凛と研ぎ澄まされた仕草につられてお行儀良く従う者が前列にいて、不穏な空気がそれ以上広がっていないからだろう。
 彼らに危害が及ぶ前に、マグロガールをこの場から引き離す――。
「余所見をするなよ、それとも自信がないのか?」
 身を翻しつつアラドファルが更に煽る。と、返ってくる好戦的な眼差し。
「そんなにあたしと遊びたいなら付き合ってあげてもイイけど――」
 ――乗って来た。
 しかし、同時に彼女のトーンに挑発のニュアンスを感じ取り、彼らは警戒を強めた。玩具じみた弓矢を手にした彼女の満面の笑みに、嫌な予感が背を駆ける。
 やる気なのか、今ここで……!
「いいじゃない、ここで! その方が手っ取り早いわよ!」
 挑発が直球過ぎたのだろうか。一足飛びにその気になってしまうとは、彼らの予想を超えていた。考えてみれば彼女には場所を移す理由は何もないのだ。喰い付きが良すぎるのも考えものだが――その辺りを巧く突く事が出来れば、楽に手綱を握れていたのかもしれない。
 無論、この状況を良しとはしないケルベロス達。
 張り詰めた空気の中、マグロガールの矢が唸る前に、彼女の顔を染め上げる焔の赤。
「うわ。いきなり炎とかコワーイ♪」
「……」
 半透明の御業が揺らぐ。翳した掌をひらと反して羽乃森・響(夕羽織・e02207)は小さく笑みを浮かべた。煽り文句を一つ飲み込んだのは、相手が手の内を隠したままでいるからだ。祭客が巻き込まれかねないこの場所で、暴れ出すまで黙って見ているつもりもない。
 とにかく今は人々から危険を遠ざけるのが第一と、響は下駄をからころ鳴らして裏参道に連なる石畳の上を跳ぶ。背後では祭客の避難が着々と進んでいる。逃げ遅れた者もなく、引潮の如く気配は既に遠い。安心して釣りに専念できるというもの。
「向こうにもっと楽しい場所があるみたいだけど」
 一緒に遊ばない?
 誘う様に振り返り、手招き。踏み込む気配を感じながら、社殿裏を目指して駆け出す響の耳元を、鋭い風が奔り抜けた。
「――っ」
 先刻、グラビティの炎が空間に生まれた瞬間に、挑発の域を越えてしまった様だが、やむを得まい。この矢が観衆を脅かすより遥かにマシだ。体を張って誘導する響を援護すべく、隼とアラドファルも臨戦態勢で並走する。

「これより先はまもなく戦場になります。皆様、どうか落ち着いて、門前方向へお逃げ下さいませ!」
 浴衣の上にケルベロスコートを羽織ったエストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)の人々を導く溌剌とした声が祭会場に響き渡る。
 それでなくとも不安に駆られた一部が悲鳴を上げ始める中、敷地の奥には向かわない様、特に社殿からは離れて待機する様にと促す三九六や鐶、ザラ・ハノーラ(シャドウエルフの螺旋忍者・en0129)らと共に避難誘導に当たる同胞達の中に見知った顔を認め、千里はこの場を彼女達に任せて、マグロガールを追い込む仲間の後を追うのだった。

●滾る炎
 行手に広がる閑散とした暗がりに嫌気が差したのか、すぐに彼女の不満は爆発した。
「こっちは灯すらないじゃない! 人もいないし!」
 来た道を戻ろうとして彼女は、退路を遮るケルベロス達に火を投げる。男三人の脇を抜け空気を焦がす灼熱の炎塊を、最後尾の人影が受け止めた。抜きん出た長身のシルエット――炎に包まれた巴江・國景(墨染櫻・e22226)めがけて猛然と地を蹴る彼女を阻む様に、アラドファルがジグザグの刃を繰り出す。彼らが事前に整えた、煌々と燈る灯りで切り取る戦場まで、戦いながら彼女を連れて行くのは骨が折れそうだ。
「どきなさいよっ」
「そうして、何もかも台無しにするおつもりですか?」
 穏やかな口調ながら國景の声は刺す様に冷たく、マグロガールを捉えた。
「社とは神を祀る神域にございます」
「ハァン?」
「存じ上げぬかと思われますが、縁日とは祀られる神仏の縁ある日に行われる祭りなのです。そのような行事を面妖な被り物に穢されることは見るに堪えません」
 苛立ち露わなマグロガールの凶悪な敵意の矛先が変わった瞬間を、仲間達は目撃した。
 閑寂枯淡の美学も汲めない彼女に、一息に辛辣な言葉を浴びせる國景の後方からは、一般人の避難を完了した仲間達が続々と駆けつけて来る。負けず劣らずの殺気を放つザラなど与えられた任がなければそのまま突撃しかねない勢いだ。そんな彼女を追い越し、ざざんと見参、エストレイアが啖呵を切る。
「メイド騎士、参上です! 貴女の悪事はここまでですよ!」
「皆様、あの灯篭を右折でショートカットです」
 三九六は、事前に見定めていた社殿裏への最短ルートを仲間に示した。
「ああ、だがその『あと少し』も彼女には我慢ならない様だ」
「それは……残念ですね」
 敵を視捉したまま肩を竦めるアラドファルと、三九六のやり取り。
 やはりここらで手を打つべきかと各人の瞳によぎる色。望むべくは迅速な解決だ。一行がすったもんだしているこの裏参道も、逆手を観れば林が広がるのみで――彼らが事前に社殿裏に仕掛けた灯りは勿体無い事になってしまうが、この際それは瑣事だ。
 闘いは、彼女の為でなく、祭を待つ人々の為。
「派手好きってんなら存分に燃え上がらせてやる――灰燼に帰す程にな」
 千里が語気を強めた。
 念の為にと腰に備えた灯も要としない程度には晴夜の空は明るい。まるでケルベロス達に味方するかの様な天彩の下、この場で仕留めてやるとばかり千里が放った暗器が熱を持たない幻惑の焔と化してマグロガールの視界を灼く。合わせて踏み込む國景は刃に炎を乗せて斬り込み、隼は卓越した技巧を見せつけ、更に響は先の手で自ら与えた炎を増幅。煩わしげにそれらを手で掃おうとしている少女を捕捉して、レストレイアは星厄剣を天に掲げた。
「『傅け、儚き者よ。我が名は星厄の御使いである』」
 詠唱と共に放たれた一撃はマグロガールに痛打を与え、星厄の呪いをその弓矢へと刻み付けた、筈だ。鐶は三九六と共に敵と対峙する者達のコンディション維持に努める。
「……浄化の力よ、雷よ」
 癒し護る雷の壁と聖なる光が仲間の身体を包む中――。
「望む所よ!」
 一連の攻撃を強気に耐えて反撃に転じるマグロガールだったが、ここに至るまでの応酬で相応に消耗していたと見え、ケルベロス達に叩き付ける砂嵐でその表情を隠す。

 闇を裂いて奔る雷は、千里からの手向け。せめて最期を華やかに彩ってやろうと。
「派手な祭も素朴な祭もそれぞれの良さがあんのにね」
 斃れ逝くマグロガールを前に、隼は至極残念そうに呟いた。
 傍迷惑な少女だったが、根本的に余裕がないのか、短気で、限界すら解り易く顔に出るのが気の毒ではあった。だからと言ってケルベロス達も容赦はしないのだが。
 護るべきものがある、故に。
「――よし」
 ヒールで直した灯篭に触れ、アラドファルはやれやれと息を吐いた。この程度で済んで良かった、と。見れば國景も似た様な表情。交戦中、黙々と一行の援護をしていた昇(e09527)が弓を拾い上げる姿を見るともなしに眺める――持ち主の好みに反して派手さの欠片もないそれは、やはりどこかの屋台の備品にしか見えなかった。

●風物詩
「とにもかくにも、お客さん達呼び戻さないとね!」
「だな」
 張り切る隼と共に千里も表に急ぐ。
 無人の屋台が立ち並ぶ境内は祭前夜の様相だが、大きな混乱や被害がなかったが故の景色の中に、焼きそばやオムフランクが仄かに湯気を纏っているのを見つければ、確かに祭の最中であった事実と、短時間での決着を、改めて実感する。
 遠巻きに様子を窺う避難者達に向かって、千里は声を張り上げた。
「邪魔して悪かったな、火粉は払ったんで安心して戻ってくれ」

 再び賑わいが場を満たして行く。
 ひとつひとつ祭の空気に触れる様に、確かめる様に、屋台を巡る響の心も弾む。ふと見上げるのは人いきれに揺れる提灯。鬼灯は夏の風物詩だが、秋の口にもその色形がよく似合う。楽しみにしていたリンゴ飴とも出会えた彼女は嬉しそうに、人目を忘れて一口齧り、はっと周囲を見回して、澄まし顔。
「見た目だけかと思ったら、普通に美味しいのね」
「地元の祭っていいよね。一人一人の手で作られてる感あってさ!」
(「! 見られた……?!」)
 いつからいたのだろう。
 恥ずかしそうに固まる響に、隼は他意ない笑みを浮かべ、しみじみと祭を眺めていた。それぞれ浴衣や甚平を着てきて良かったと心底思う、祭との一体感が心地好い。
 手作りと言えば――。
 視線は自然、ほおずき遊びの屋台へと。
「あれを作らないか?」
 屋台に並んだ網ホオズキを指して、イル(e28643)が言った。顔を覆うヴェールはそのままに、髪を結い上げ白百合が咲く夜色の浴衣姿。白い帯もよく似合っている。
「ホオズキの実は死者の霊を導く提灯に見立てたりもするけれど……食べたり遊んだりとかは生きてる内に楽しんだもの勝ち、だろうね」
 鐶の神妙な言葉を半ば聞き流したヴァルキュリアの彼女は、彼が鳴らしている鬼灯笛に目を瞠った。「待て、なんだそれは」と興味尽きない様子の彼女、同じ屋台に在るそれに気付いて早速悪戦苦闘。まるで子供がはしゃいでいるかの様だと鐶は思う。
「カラスよ、これはどう鳴らすのだ?」
「……帰ってから練習し続けてればそのうち鳴るんじゃないの」
 人に教えるのが得意ではないという彼が送ったアドバイスは、彼女をますます渋い顔にさせるのだった。

「……なんやかんやで優しいトコあるよねぇ、瑶?」
 千ちゃんおつかれー、とやって来た妹分、ウイングキャットの『瑶』を抱えてにんまり。
「おい茶化すな、置いてくぞ」
「あ、もー何柄にもなく照れてん」
 重ねる軽口。軽くあしらいながらも歩調を合わせる千里の紳士っぷりに、凛(e23534)は勿論気付いていた。
「……でさ、そんな優しい千ちゃんにお願いがあんねんけど」
 彼女が目を光らせて指差すものを見て、千里は乾いた笑いを零す。
「……大方それが目的だろうと思ったぜ」
「頑張った妹分にご褒美頂戴!」
 まあ助太刀は助かったしな、と素直に感謝を示して応じる構えの兄貴分。歩を向けた屋台で、二人は一足先に鬼灯を堪能している三九六と出くわした。
 ――程近く。
 雑踏の中から、ぽひゅぽひゅ音がする。空気の方が沢山抜けるその頼りない音を、綾(e26916)は首を傾げて見上げた。手を繋ぎ、屋台巡りを楽しむ親子水入らず。綾が「かかさま」と呼ぶウイングキャットの『文』も一緒だ。
「なかなかうまく鳴ってないのう?」
 痛い所を突かれた義父、アラドファルが泳がせた視線の先に食用鬼灯。果物の様だと評する先客の声が聞こえて、未知の味覚にますます興味が湧く二人。
「……ふむ、ちょっと甘酸っぱい感じか」
「んむ、あまい……」
 父が食べるのを見てからそれを口に運んだ綾も、瑞々しい甘味と酸味に相好を崩した。黒い猫耳をぴこぴこ動かす彼女の頬を挟む様に鬼灯を添えてアラドファルも微笑む。
「鬼灯って良い色してるよな」
「うむ、柔らかなオレンジ色がとってもキレイであったかい感じがステキなのじゃ! ととさまはこの色、お好きかのう?」
 義娘の無邪気な問いに、彼は頷いた。――夕焼けの色だ。

「いたいた、ザラちゃん! 可愛く作れた? 鬼灯人形なんて俺初めて知ったよー」
 何故か端っこの方に隠れる様に、戦装束のまま烏の半面を頭上に上げて作業に打ち込む後ろ姿を見つけて、隼はぐいと身を寄せた。横から伝わって来る若干の緊張もお構いなし。
「あ、ああ、……まあ」
「俺も作ってみようかな!」
 鬼灯に細工して行く器用な手つきに、「巧いもんだな」と感心するザラ。色紙の着物を着せて人形を仕上げる頃には少しだけ打ち解けた雰囲気。
「はは、式神チックで可愛いねコイツ」
 愛着を込めてちょこんとつつき、引き続き鬼灯提灯にも挑戦する隼。こよなく愛する相棒『地デジ』とペアで持つのだ。そんな提灯作りにはエストレイアも興味津々。
「お土産に最適だと思います。鬼の灯り、きっと似合うでしょう」
 と、三九六も食用鬼灯を手土産に、半身の如き『三三三』とやって来た。果物の様で美味しかったと勧めながら自分でももう一摘み。うん、美味しい。調理してもきっと美味しい。
 提灯作りは和気藹々と進んだ。音で絆を結ぶ縮緬鈴や、彩の硝子玉等々で網ホオズキを各々自由に飾り――生み出される小さな提灯達は、思った通りとても綺麗で個性的で、幸せそうに響も目を細めた。自らの鬼灯提灯の出来栄えにも満足感。
 やがて、エストレイアがぽろりと零す。感激した様に。
「私、お祭りって初めてです! 覚えてる限りでは、ですけど……」
「薄暗いのに明るくて、独特の雰囲気がありますよね」
 晩夏の祭――夕焼色の鬼灯篝を、三九六もしかと記憶に刻む。
「あのあの、私、皆様とご一緒させては頂けませんか!」
「もうご一緒してるよ」
 と、隼が笑い、エストレイアは真っ赤になって付け足した。
「この後も、皆で楽しめればと思いまして!」
 勿論、仲間達の思いは一つだった。

「この先で少し休みましょう」
 祭に不慣れな雪(e15842)を気遣い、國景が振り返る。
 人の多さに逸れない様、見失わない様、繋いだ掌に伝わる体温。
「恐れ入ります」
 ゆったりと楽しむ散策に人心地つけば互いに感謝の念を伝え合う。
「此度の誘いに応じて頂き、有難う御座いました」
「此方こそ――」
 心からの幸甚を彼に伝える雪の瞳に映る、温かな賑わい、鬼灯型の仄灯、周囲に溢れる笑顔。避難待機の人々にずっと寄り添っていた彼女の胸に、護り遂せた安堵が温もりを灯す。
「絹殿も主殿とご一緒であればさぞ楽しめたことでしょう」
「ええ、きっと」
 腕の中にいるウイングキャットの『絹』と共に、彼女も穏やかで楽しい時を過ごした。
 國景が言い淀む言葉を知ってか知らずか、彼女は「またの機会があれば是非」と微笑み一礼。記念にと彼女が選んだ鬼灯提灯の揺れる灯を、國景はただただ視界に収め――。
 その手中には祭土産の小さな紙包み。
 
 遷ろう季節の境に、このひと時を護れた事を噛み締めながら思い思いに過ごすひと時。
 鬼灯の音響く祭の夜が更けて行く――。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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