和風地下アイドル、スカウトに合う

作者:波多野志郎


 総勢30人ほどが熱狂する小さなライブ会場。そこに響き渡るのは、ギターやベースに似た電子音と、能管と呼ばれる横笛に和太鼓という和洋を合わせた激しいビートだった。
 そのステージで熱唱するのは、派手な真っ赤な着物を着た少女だ。名前は朱里姫――和風ロックを熱く歌う事で有名な地下アイドルだ。
『さぁ、次は妾が歌うは――』
 ラストナンバーへと差し掛かり、盛り上がるはずだったステージに水をさしたのは、大勢のオークだった。その先頭にいたのは、白スーツ姿のオークギルビエフ・ジューシィだった。
「あなたの和風ロックというキャラクターは、わが主の『ドラゴンハーレム』に相応しい。是非、ハーレムで繁殖に励んでいただきたい! ……もちろん、ギャラも拒否権もありませんがね!」
『は!? 何を言って――』
 ギルビエフの言葉通り、拒否権はなかった。配下のオーク達が朱里姫を浚おうと殺到する。
「く、殿中! 殿中でござるよ!」
「拙者達の姫を浚わせなどせぬわ!」
 観客たちはさせじと動くが、それも一瞬で蹴散らされる。かくして、和風ロック地下アイドル朱里姫は、オークの魔の手に捕らわれてしまうのだった……。


「ギルビエフ・ジューシィというオークが、各地の地下アイドルを無理矢理スカウトして、ハーレムに連れ帰るという事件が起こっているようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、そう真剣な表情で切り出した。
 ギルビエフ・ジューシィは、地下アイドルのライブ会場に10体のオークと共に突如現れ、ステージ上のアイドルを襲うという事件が発生する。抵抗しなければ、アイドルを攫うだけで去っていくが、抵抗した者は殺されてしまう――また、ライブを中止したりした場合は別のライブ会場を襲撃してしまい、阻止が難しくなるのでオーク達が現れてから戦闘に持ち込む必要がある。
「オーク達がアイドルを攻撃する事はないですが、会場にいるファンは躊躇なく殺してしまうんです」
 ファンは例えその場にケルベロス達がいようとも、命掛けでアイドルを守ろうとする。彼等を非難させるには、アイドルを愛する同志だと思わせるかその幻想を打ち砕くか、むしろ自分のファンにしてしまうか――とにかく、一風変わった説得が必要になる。
「説得さえできれば、集団行動が得意な人達なので安全かつ迅速に避難してくれるでしょう」
 戦闘の舞台となるライブ会場は、立ち見で最大50人ぐらいしか入らない狭く閉鎖的な室内となっている。ここに、30人の観客がいる。
 ステージには、和風ロック地下アイドル朱里姫のみ。不幸中の幸い、伴奏ではなく電子音であったためだ。
「敵はオーク10体ですね。ギルビエフ・ジューシィについては、戦闘が始まるといつのまにか姿を消してしまいますので……」
 ライブ会場での戦闘は、立ち見席だけなのでそれなりの広さがあるのが救いだろう。
「とにかく、地下アイドルさんの身が危険です。みなさん、どうか救ってあげてください」


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
リリシア・ローズマトン(しゅーてぃんぐすたー・e01823)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
上里・もも(ケルベロスよ大志を抱け・e08616)
プロデュー・マス(サーシス・e13730)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ


 鳴り響くギターとベース。そこに重なる能管の音色と和太鼓のリズムは、ただ流されるだけではミスマッチなものだったろう。
(「なるほど、これは……」)
 朱里姫の良いところを見つけよう、そう思って耳を傾けていたプロデュー・マス(サーシス・e13730)はそれを身を持って体感していた。スコールのように降り注ぐ、澄んだハイトーンボイス。言葉は時に怒涛のように、時に緩やかな川のように。だというのに、滑舌の良さはすんなりと小難しいはずの歌詞が頭に入ってくる。和洋のミスマッチさを、強引に掛け合わせるパワーがある――彼女の歌声には、そう感じられた。
(「私はロックよりメタルの方が好きですが、まあその辺は今は置いといて」)
 真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)は、視線を周囲に走らせる。総勢30人ほどが熱狂する小さなライブ会場。その入り口へと。
「そろそろ、ラストナンバーだよ」
 リリシア・ローズマトン(しゅーてぃんぐすたー・e01823)が、そう指摘した瞬間だ。
『さぁ、次は妾が歌うは――』
 バタン、と開いた扉。そこからなだれ込んできたのは、オークの集団だった。その先頭に居るのは、白スーツ姿のオークだ。朱里姫が目を白黒させていると、白スーツのオーク――ギルビエフ・ジューシィが、名詞を取り出すために懐へと手を入れた。
「あなたの和風ロックというキャラクターは――」
 スカウトの口上を述べる、そのはずだった。しかし、それを遮るものがあった。ドン! という重低音――梔子が鋼鉄のドラムセットをオークの目の前へと投げ放ったのだ。
「――ここをどこと心得る!  曲者、曲者!」
 時代がかった上里・もも(ケルベロスよ大志を抱け・e08616)の言葉に、ファン達も事態が把握できたのかステージへと殺到しようとする。
「く、殿中! 殿中でござるよ!」
「拙者達の姫を浚わせなどせぬわ!」
 それにギルビエフ・ジューシィは、舌打ち。オークを差し向けようとするが、ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)がその間へと割って入る。
「お待ちなさい、皆さん! 僕もヒメちゃんを愛するものとして、あなた達の気持ちはわかるのです! しかし、今は何よりあなた達の姫の安全こそが重要」
「ぬ、しかし姫を守るが拙者達の……」
「彼女はあなた達を見捨てて自分だけ逃げる様な事ができる方ですか? 民と共にあってこその姫……あなた達が逃げなければ彼女も逃げられない! 姫を危険にさらしてはならない!それはあなた達にしかできない事です!」
 ギルボークの言葉に、朱里姫があーと察した表情となる。物分りのよい女性で助かる話だ。
 すとん、とそこに降り立つ影が魔法の杖を振りかざしくるくると回転。クレームがつかない程度の虹色シルエットでぼかして全裸になった後虹色リボンで魔法少女衣装へと変身、可愛く決めポーズを取った。
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす」
 シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)はびしっと魔法の杖をオーク達へ突きつけ、言った。
「あちしたちはケルベロスっす!荒事は専門家のあちしたちにまかせて朱里姫が逃げやすいように避難経路を確保してほしいっす。人が多いと逃げるに逃げれなくなるっす。あんな汚い連中は朱里姫さんに指一本たりとも触れさせはしないっす!」
「貴殿達の心はわかるよ、大切なものを守りたいとその為には命をも投げようとするその覚悟も痛いほどに――けれどそれで取り残された朱里姫殿はどうなる? 私も残された側だよ、本当に辛かった。私も彼女の音楽にほれ込んだ身だ、こんな気持ちにはさせたくはない。今日は貴殿達の、朱里姫殿の盾となりに来た、剣になりに来た」
 プロデューは熱弁を振るい、そしてその背で語る。
「だから後は私達に任せてくれないか?」
「今、あなた達が何が出来るか考えて」
 梔子が裏口へと指を向けた、その時だ。
「曲者が他にいるかもしれぬ、裏口を見るのじゃ! 姫、どうか裏からお逃げください。 ものども、姫の供をせよ!」
『承知!』
 ジャストタイミングでももの支持が飛び、ファン達は超高速の参勤交代のごとく朱里姫を連れて逃げていった。オークは止めようと動こうとするが、それをプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が許さない。
「私はアイドルじゃないけどアイドルじゃないとイヤ? なんでもしていいよ」
 プランの濡れた唇が艶かしく囁き、オーク達を煽情的に誘う――その間に護衛された風な朱里姫が、ファン達を連れ立って裏口から逃げていった。
「少数とはいえ、ファンの方に此処まで愛されるとか、アイドルとしては本望なのでしょうね」
 エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)がそれを見送り、感心したようにこぼす。アイドルというのは、きっとタフで強い人達なのだろう、と。だからこそ、とエレはオーク達へと向き直った。
「空気読め! ってやつですよ、あなた達」
「ぶひぃ!!」
 既にギルビエフ・ジューシィの姿はない。どさくさに紛れ、逃亡していたのだ――だから、倒すべきは目の前のオーク達のみだ。
「まずは一撃行くっすよ、グリューエンシュトラール!」
 ギュオン! と魔力が魔法の杖に集約、シルフィリアスは光とともにエネルギーの塊を放射した。


 小さなライブ会場に、シルフィリアスのグリューエンシュトラールによる鈍い爆発音が鳴り響く。その爆煙の中から、オーク達が散開した。
「ぶひぃ!」
 朱里姫を追う事を、未だに諦めていないのだ。しかし、裏口へと駆ける先頭の一体は、跳躍していたエレの跳び蹴りに止められる!
「させません!」
 重力を宿したエレのスターゲイザーが先頭のオークを足止め、動きが鈍ったそこへ二体目、三体目が激突した。ふらつくオーク達をリリシアがかき鳴らした「片翼のアルカディア」の楽曲が圧倒する。
「よろしくっ」
「おお!」
 たじろいだオーク達へ、ギルボークが疾走。オーク達の足元へ滑り込むと、ズサァ! と横回転――ギルボークのテイルスイングが薙ぎ払われた。
「ぶひ――」
「すごくアツくなってる……冷ましてあげるね」
 回り込もうとした三体のオークは、プランによって召喚された吹雪の形をした氷河期の精霊に阻まれる。そして、そこへ重ねるように梔子は土蜘蛛~勿忘~を構えた。
「もうひとつ、どうぞ」
 ドン! と梔子の土蜘蛛~勿忘~から放たれた巨大光弾が、炸裂する! 爆風が吹き荒れる中を、一気にプロデューはケルベロスコートをはためかせて駆け抜けた。傷を負ったオークが、反射的に触手で迎撃する。それを一つ、二つ、三つとプロデューは惨殺ナイフで切り払いながら間合いを詰め、一気にオークを切り裂いた。
「やらせはしないさ、絶対にな!」
「ぶひ……!」
 吹き上がる鮮血。そこへオルトロスのスサノオは駆け寄り、漆黒の刃を突き立てた。
 そして、跳躍したももが燃え盛る後ろ回し蹴りでオークを捉え、蹴り飛ばした。ももは、くるりと見事に着地――しかし、その表情はより厳しいものになる。
「来るよ、みんな!」
『ぶひぃ!!』
 ヒュガガガガガガガガガガガガガガガガガ!! と十体のオーク達が放つ触手、触手、触手――ある者は重い打撃となり、ある者は貫く槍へ。シルフィリアスは、触手をライトニングロッドで受け止めて言い放つ。
「魔法少女は、触手になんて負けないっす!」
「そう願う」
 プロデューは、そう言い捨てた。一撃一撃は、重くはない。だが、数が数だ。庇うのにも限界があるし、防御に重きを置いても押し切られかねないだろう。
「おいたは、駄目よ?」
 そう扇情的な眼差しで、プランは告げる。それに効果があったのかどうか、オーク達は更に猛ってケルベロス達へと襲い掛かった。


 数の優位は、オーク側にあったのかもしれない。しかし、数の優位はそれを前提とした戦術があるからこそ、意味があるのだ。
「前に出るばかりじゃなくて、応援する人もいないとね」
 ももの生きる事の罪を肯定するメッセージが、応援歌となってライブ会場に鳴り響く。ももの歌声が響く中、スサノオの地獄の瘴気が一体のオークを吹き飛ばした。その先にいたのは、梔子だ。
「誇りと角を見せる」
 ヒュガガガガガガガガガ! と梔子の背から伸びた蜘蛛脚が、オークを刺し貫いていく。一本、二本、三本――八本の脚が貫き終えた時、オークの原型は残っていなかった。
「ぶひ――!」
 仲間を倒されたからか、怒りに燃えるオークが梔子へと迫る。だが、距離が遠い。エレの気咬弾が、文字通り食らいつくようにオークを襲った。
「今です!」
「了解っす!」
 即座にシルフィリアスが杖からほとばしる雷を一直線に放ち、オークを粉砕した。
「私の事独り占めにしたくないかな」
 プランの催眠魔眼に、オーク達が誘われるように手を伸ばす。しかし、その手が届く事はない――プロデューの地獄の炎が、叩き付けられたからだ。
「これで終わりじゃないだろう?」
 爆ぜる地獄の炎、プロデューのフレイムグリードがオークの生命力を貪っていく。それに耐えながら前へ出たオークの一体へ、リリシアが逡巡を肯定する心の曲を奏でその歩みを迷わせた。
「降り注ぎなさい!」
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とギルボークの召喚した無数の刀剣が、オーク達を襲った。
 ――数の優位は、維持できなければ意味がない。倒されてしまえば無くなり、逆転されてしまうものなのだ。
(「彼らには逃げろと言っておいてなんですが、僕が同じ状況にあれば……逃げずに戦うのでしょうね」)
 ギルボークのヒメと彼らの姫は違う。それでも――想いは同じもののはずだ。だからこそ、戦う力を持つ自分が負ける訳にはいかない――!
「押し込む」
 梔子の腕から広がったブラックスライムが、オーク達を飲み込んでいく。必死に這い出たオークを、ももの燃え盛る蹴りとスサノオの黒い刃が両断した。
「そっち!」
「任せてっ」
 駆け出したオークへ、エレが右手を伸ばす。オークの足が、不意にふらついた。視界を封じる濃密な霧、その幻影がオークの感覚を狂わせるのだ。夢ト現ノ境界線(エントレ・ラ・レヴェ・エト・ラ・レエル)――逃れられない霧の迷宮に落ちたオークは、己の滅びさえ気づかぬままさ迷い続けた。
「ぶひひ!!」
 ヒュガ! と二体のオークが触手を放つ。だが、それにプランは魅惑的な笑みを向けるだけだ。
「貴方達も暴走してるみたいだけどこの子も凄いよ?」
 プランに読み出された暴走ロボットのエネルギー体が、周囲を蹂躙する! 触手は弾かれ、届かない――そして、リリシアの歌が高らかに鳴り響く。
「今だよ!」
「これでおわりっす! グリューエンシュトラール!」
 そこへシルフィリアスの全力全開の魔力弾が、豪快に放たれた。爆発の中、転がり出たのは二体――それぞれに、ギルボークとプロデューが駆け込んだ。
「これで終わりです」
「彼らの思いは受け取った! 故に応えてみせよう! 私の【地獄】で!」
 ギルボークの竜の爪が切り裂き、プロデューの地獄化したコア・ブラスターの一撃が灰燼へと帰す――それが、オークの群れが滅んだ瞬間だった……。


 ――ケルベロスの活躍により、朱里姫は守られた。その感謝の意を込めて、朱里姫は延長してファン達のために歌い続けていた。
 その背後では梔子がドラムを叩き、朱里姫の横でプランの一緒に歌っていた。
「本気で歌うのが好きだって伝わってきていいよね」
 ももは、そのライブを特等席で眺めながら笑顔をこぼす。全力で夢を追いかける、その姿はももには眩しく――また、希望のような光景だった。
「オークが狙っちゃうぐらい素敵なアイドルさんなのですねえ。これからも頑張ってほしいですね」
「ああ、そうだな」
 このライブ会場にいるみんなの笑顔にエレは言い、プロデューもうなずく。戦う力を持つ者として、今度は人々を守る事ができた――ファンの笑顔は、彼にとって重い意味を持つものだった。
「それにしてもジューシィ。ギルポークと同じ名を冠するもの……どちらも悪でありますが、こちらは破廉恥ですね」
 ギルボークは、真剣な表情でそう呟く。あの白スーツのオーク、その背後に何かを感じずにはいられなかった。
 ならば、これで終わりではない。この希望の歌声が明日も笑顔を生むように、戦うのがケルベロスの使命なのだから……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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