十三のヰ

作者:深水つぐら

●よるべ
 ほうほう、という音に頬が洗われていく。
 開いた唇から温い息が漏れ、その熱を逃さぬ様にテイネコロカムイという者は言葉を紡いだ。
「おいで」
 端的な召喚にかの死神の足元が揺らぐ。空間の歪から這い出た闇は何かの形を模ると、刹那に色を得て身を沈めた。
 それは一匹の猪――その後を追う様に、歪から再び現れた闇は二対の怪魚へ姿を変えると、周囲の空に漂い始める。
「いい狩場を見つけたわ。遊んできなさい」
 その言葉に、猪は空月へ猛った。
 途端、あれよという間に蹄が、前足が、腹が、肥大化し、歪ではあるが辛うじて人型となった獣は湿原の上へと足を下した。
 その瞳は月夜には似合わぬ真紅の――。
 そうして血玉と見紛う瞳の獣は、怪魚と共に街の灯へと進み始めた。

●十三のヰ
 死からの再生――釧路湿原近くの街でその恩恵を受けたデウスエクスが事件を起こすのだと、ギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は告げた。
 件のデウスエクス――猪のウェアライダーは第二次侵略期以前に死亡した者で、絶命場所は釧路湿原では無いらしい。何らかの意図で釧路湿原へ運ばれたのだろうか。
 その疑問を解消すべく動いていたウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)の協力が、今回の予知を掴むきっかけになったという。
「月夜の猪、西の方では関連行事があるそうですね」
「地方によっては月見を担う大事な繋がりだそうだ」
 ウィッカの告げた行事。それは中秋から続く名月を愛でるもの――十三夜と呼ばれる晩秋入りの月見である。
 その月見の日に現れるというデウスエクスは、死神により変異強化されており、周囲に数体の深海魚型死神を引き連れているという。
「彼らの目的地は市街地の襲撃だ。幸い、予知によって侵攻経路は判明している。交戦地の目星をつけておいたのでそこへ向かってくれ」
 言って地図を広げたギュスターヴは、釧路外環道路から釧路湿原側のある一角を指し示した。ここならば周囲に一般人もいない状態で戦える為、先頭に集中できるだろう。
「猪のウェアライダーは己の爪が武器の様だ。獣化した手足による攻撃や電光石火の蹴りの他、縛霊手を扱う様に打撃と共に網状の霊力を放射したりもするだろう」
 その威力は優に通常の二倍――体力は通常のデウスエクスと変わらない様だが、その一撃は侮れない。さらに特に弱点はなく、強い者を好んで狙うという。
「一撃の威力が高いと狙われやすいという事ですか」
 ウィッカはそう呟くと、思案する様に口を閉じた。
 複数から同等の攻撃を受けた場合、おそらく現場判断で自身に有利な形に動くだろう。一見冷静な判断ができる様だが、それは戦闘面だけの事で停戦交渉等の対話は不可能だ。
 そんな主力を支えるのは、二体の深海魚型死神・フリルドだ。彼らは妨害支援と回復術に長けており、ウェアライダーが窮地に陥った時は浄化の術などを駆使して有利になる様に動くだろう。
「厄介そうだが……」
「いえ、その方が燃えます」
 ギュスターヴの言葉を受け取ると、ウィッカは赤髪を流して自身の髪止め紐に指を掛けた。
 困難に立ち向かうならばどんなことでも全力投球。どうすれば突破できるのか考える時を楽しんでみせる。
「それに月見の興が乗るでしょう?」
 微笑んだ少女に黒龍は困った様に笑うも、すぐに手帳を閉じて告げた。
「君らは希望だ。良き夜を」
 言葉は少しだけ嬉しそうだった。


参加者
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
セレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)

■リプレイ

●静寂
 閉じた眼に冷気が触れた。
 その感覚の快と味わう様に、ユーベル・クラルハイト(マルチレイヤストラクチャ・e07520)は顔を上げる。そうして望んだ空には欠けのない月が煌々と浮かんでいた。灯りが少ないこの場所では、月の暈までもよく見える。
「きれいな月です……街では、きっと良い月見が出来ていますね」
 ちらりと望んだ街の灯りは地上に降った星の様だ。こちらとは一線を引いた世界になった気がして、掌に月光を乗せるとそっと握り締めた。穏やかな気配に口元を緩めたのはユーベルだけではない。
 美しいと覚ゆる自然と月夜。魔導の者としても心惹かれる景色に、ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)は息を吐く。
 本来ならば争いよりも観光として楽しみたい舞台だが、無粋な邪魔が入ってはそうもいられない。
「デウスエクスの陰謀は潰さねばなりません」
 告げた少女が見据えるのは地平線を描く湿原――その先を望もうと黄金色の瞳を向けた岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)は、己が頬に遊ぶ髪を指に絡める。彼女の胸中に渦巻くのは、以前本体を見せぬ沼地の欺瞞。
(「何度撃破されても困らない戦力があるのか、撃破されてもそれはそれで、というとか」)
 得体の知れぬチロンヌプ――その像を首を振って追いやる。
「例え何を考えてもいても、全部打ち砕いてみせるけど。必ず、ね」
 呟いた言葉の後で、視界の端に朧気な白が躍った。それが待ち詫びた異形だと認識すると、ケルベロス達の身に緊張が走る。
 月光の海を輝きと共に泳ぐ死神の尾は、褥に這う娘が情事の後を惜しむ姿に似ていた。とろりと溶けてしまいそうな白光の揺れに、誰もが息を飲む。
 しかし、アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)は、得物を握るとはっきりと告げる。
「ここから先は生者の領域だ。お引き取り願おう」
 美しいものだとしても、その匂いが理不尽な死を司るのならば、芳しく受け入れる訳にはいかない。その証拠に月下に浮かんだ武骨なウェアライダーは命を貪り尽くさんと地を駆けている。
「アマルティア・ゾーリンゲン。――仕る」
 それが戦の口火だった。
 それぞれが視線の交わして意思を確認すると、ケルベロス達は地を蹴っていく。やがて襲撃者達の輪郭が肉眼ではっきりとした時、怪魚が鳴き声を上げた。
 それは女の悲鳴に似ていた。
 瞬間、怪魚達は空へ昇り、猪は咆哮する。地を踏み締める足音がケルベロス達の耳を打ち、刹那に満ちた殺意が肌を刺した。
「こんなにも月の綺麗な夜に、のんびりお月見も出来ひんなんて……猪が気の毒になってまうなぁ」
 そんなお道化た言葉とは裏腹に、香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)は素早く大地へケルベロスチェインを展開すると、描いた魔方陣の加護を最前線の守り手へ施していく。
 その恩恵を受けたファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)が、炎の蹴撃を叩き込めば、猪の身に炎が咲いた。
 そこに流星の煌きと重力の蹴りを重ね落としたのは、金のレプリカントだ。
 ――ヒトを守る、それがワタシに出来る罪滅ぼしだ。
 自身の心に浮かぶ悔恨の誓いを源に、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は短く気を吐いた。
「市街地には行かせなイ」
 猪の攻撃を避ければ、月光に抗う様に輝く右目が光の尾を残していく。それでも追い縋ろうとする獣に、セレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)は微かに眉根を寄せた。
(「月夜に、暴れるウェアライダー……なんて、冗談にしても……笑えない。」)
 そんな不満を抱いて前方へ視線を移せば、妖しく揺蕩う白い影――死神の放った黒き怨霊弾を、セレティルは難なく避けていく。
「……止める。絶対」
 だって、こんなに良い夜を崩すのは嫌だから――そうして少女は大地を駆けて行く。

●落血
 薄氷の上を渡るとは、この事だろうか。
 周囲を満たす冷気がそう感じさせているのか、はたまた明確な殺意が心を侵食しているのか。物言わぬ月が、戦の熱を愛おしそうに眺める中で、剣戟の音は重なっていく。その最中、アマルティアが引いた死線は月光を刃の糸として紡がれていた。
「ここから先へは踏み込ません」
 刀剣の様な立ち姿のままで、猛りと共に女の肌が泡立つ。
「悪いが、一緒に踊ってもらうぞ」
 言葉を言い終わらぬ内に女は地を蹴ると月を背負う。そうして振り下ろされたのは重厚無比の一撃――血飛沫と共に猪の体が後退すると、ふいに白い影が動いた。次いで炸裂したのは黒き怨霊の塊だ。その浸食が前衛の足を捕らえ満たす前に、銀のレプリカントが放った紙兵が周囲へ舞う。
「さあ、行って」
 その言葉に恩恵を受けた響は、長短の蝦夷刀を携えて滑る様に地を走った。
「いい月夜だね。……狩りの時間」
 駆けるは臈長けた獣――彼女が捕らえた白き死神は、一閃と切り裂かれるとその身に宿る命の光を僅かに散らす。さらにその輝きへ追い打ちをかけたのは、ウィッカの召喚した『御業』の放つ炎弾だった。
 ぼう、と火炎が舞い上がると、今度は眸の半身であるビハインドのキリノがポルターガイストの力を振るい、周囲の石を弾丸と降らせていく。
 ――やはりキリノはどこまでも強い。
 ビハインドの活躍に眸は小さく笑うと、自身もまた眼前の猪へ重厚無比の一撃を打ち落とす。単純でも驚異の一撃に、猪は怒りを覚えたらしく、眸を睨みつけると異形化したその腕を振り上げた。
 轟、と空気が震え、同時に広がったのは網状の力――それが眸の体を縛り上げていく。
 まずい。
 そう思った瞬間。
「大丈夫? あともう少し、頑張ろな!」
 それは雪斗の言葉だった。
 同時に展開したオラトリオの見事な魔術切開が、見る間に彼の負傷と縛りを癒したのだ。さらにユーベルの相棒であるボクスドラゴンのドラゴンさんが癒しを与えれば、受けた傷の不利は消えたも同然であった。
 もちろん、彼が治療を受ける間にファルゼンが猪をけん制し、戦線を維持している。
 ウェアライダーは強い者を好んで狙う――この特性の扱いが今戦の要であった。対して、ケルベロス達は自身の布陣から得る利を生かし、更には攻撃対象を限定する事で一点に狙われる事を避けたのである。
 回る戦が上手く躍る様を、セレティルは内心の昂ぶりで感じていた。いつもとは違うこの感覚の中で、自分の中に生まれた興奮がほんのりと体を満たしていく。
 そうなっては容赦も、手加減も、出来ないから。
「全力で、叩く……!」
 その腹に過去の痛みを感じながらも、セレティルは得物を握り直し――その間合いの開きに違和感を覚えた。彼女の位置から最奥の目標へ攻撃を仕掛けるには、手前に狂う猪と死神が邪魔なのだ。
(「……冷静に、ならない、と。普段通り、出来る事を……!」)
 自信をそう戒めたセレティルは、目算で辺りを付けると、手持ちの攻撃手段では今の位置からもっと近づくしかないと結論付ける。そう感じたのは彼女だけではなかった。
 同じ様に手前の二体が壁となり、手持ちの手段では届かない者も多くいたのだ。その上で最奥の敵から降り注ぐ攻撃は歯痒いものだった。
 だが、邪魔な壁となる者がいるのならば取り払えばよい。このまま当初の予定通りに一点集中で死神を先伐する。
 アマルティアの相棒であるボクスドラゴンのパフがボクスブレスを放ち、そこに怯んだ死神へウィッカの『鋼の鬼』が振るわれるとその身が四散する。
「さあ、次を!」
 勇ましい声を響があげた瞬間、彼女の肩へ白き怪魚が牙を当てた。

●血赤
 燃える様な感覚は慣れるものではない。
 それが本当の炎であるならば視覚からの混乱もあろうが、そうではなく傷によるものだとすれば痛みの方が勝ってしまう。そんな事を考えながら肩口へ視線を投げると、醜い怪魚と目が合った。
 いつの間に間合いを詰められたのだろう。
 響の肩を砕かんばかりに噛み付いた死神は、雪斗とユーベルからの加護の力を食い破り、痛みばかりを与えていた。
 そうして、同時に力が離れていくのを感じる。
 喰われているのだ、響の命が。
 己が身を守る蝙蝠の御神も見る間に紅く染まると、少女の傷が深い事を知らせた。流れる血を鮮やかに照らすのは彼女の腰元に輝いたライト――灯りの要らぬ月下でひときわ自身の位置を知らした光が、彼女の身を危機に曝したのだった。
「響ちゃん!?」
 黒狐を憂う声が上がり、すぐさまセレティルが跳躍すると死神の横面へと狙いを定める。
「――諦めて」
 そうして移り気なウェアライダーが見舞ったのは、体躯を捻り上段から袈裟懸けに繰り出した蹴撃――凄まじい衝撃音が鳴ると同時に、悲鳴を上げた死神が吹き飛んでいく。
「響ぃ――――!!」
 それは危険を察した想い人の声だった。
 赤髪を乱すアマルティアに隙を見出したのか。突如高速に動いた猪は重撃を繰り出すと、リビングデッドの腹を裂く。
 月の白に鮮やかに栄える紅が舞った。
 その紅白に鉄の臭いが混じるも、彼女はお構いなしに己が得物を振るう。
「邪魔をするなどけ!」
 叫んだ口元からは苦々しい赤が漏れていた。零れた色は彼女の胸に燃える『地獄』に似ている。
 その力を惜しみなく借りた。
 身体加速の生み出した神速と見紛う速度を以て放たれた多段の刃は、猪の胴体へと叩き付けられる。有らん限りの撃に猪は状態を仰け反らせ、一時の間を築くも、なお追い縋ろうとした。そんな間に割り込んだのは眸だ。
「無粋ダな」
 呟いた後で右目の輝きが一瞬増す。そうして彼の胸に鮮やかなエメラルドグリーンの輝きが灯ると、翳された手からアマルティアへと光を渡らせる。猛る女の治癒が終わると、レプリカントは鋭く告げる。
「行け、少しナら持つ」
「そう少しだけ」
 同じく言葉を続けたファルゼンは、自身の喪服の裾を払うと立ち上がりかけた猪へ目を向ける。その隣ではファルゼンの相棒であるボクスドラゴンのフレイヤも気合十分に尻尾を振っていた。
 その姿に、アマルティアは一度だけ振り返り、首を振る。
 彼女の目に見えたのは、仲間達の奮闘だった。
 ウィッカとユーベルが負傷した者を守る様に撃を放ち、雪斗の的確な治癒が響を癒している。その時、想い人は確かに自分を望んで頷いていた――。
 菓子の様に甘く想いを重ねるだけが愛ではない。繋がり結ぶという事は、相手を信じて生きるという事。
「すまん、厚意は無駄になった」
「それは残念」
 ファルゼンの言葉を断ち切る様に、再び猪が爪を振るうとケルベロス達は再び戦いへと身を投じていく。その背中にユーベルは安堵の顔を見せ、もう一度だけ振り返る。
 ――アマルティアがいるなら、響は大丈夫。
 そう確信した彼女の隣にウィッカは立ち並んで、手袋をもう一度締め直した。
「さあ、残りです。私達の息のあったコンビネーションを見せてあげましょう」
「……はい」
 聞き慣れた声がしっかりと返事をすると、赤き魔導の探究者は口元を緩めると手持ちのMagician's Jewelに口付けする。
 輝きを返す色味には、嫉妬をした様な月がひそりと映り込んでいた。

●月下
 月の周りに暈が見えると、近く雨が降るという。
 それは月に王冠を取られた太陽が泣いているからだというが、その逆でも雨が降るのだからきっと取り合いっこをしているのだろう。その冠を切る様に揺蕩い尽きる死神を望むと、雪斗は地上へと視線を戻した。
「月夜に狂う獣と死神……ほんま穏やかやないね」
 それさえなければ良き夜なのに。そう嘆く程に愛でる月夜である。
 眼前に残るは手負いの猪一匹だ。ウェアライダーに対応していた者が使役者故に猪を縛るものは少ない。だとしても、手数で体力を確実に減らしているアドバンテージは揺るがなかった。
 やがて死神を仕留めたセレティルが立ち上がると、ケルベロス達の動きが変わった。
 それは布陣の移動である。
 最前線の中でも火力を維持していた数名が後方へと下がっていく。その間に残る前衛が身を挺して場を埋めれば、もはや猪の脅威は感じなかった。
 ケルベロス達が後半の戦闘で用いたのは、陣を遠慮なく変更する事だった。これがスムーズに行えたのも周囲の警戒と徹底した雪斗の手厚い回復支援なしではありえない。前半後半共に策は見事であり、ウェアライダーの強みを完全に殺していた。
 布陣を敷き終えた後に、再び始まった攻撃は猪をすぐに追い詰めていく。
 その中で数度の切り結びを重ねた響は、一度だけ猪の赤い瞳を覗き込んだ。深紅と燃える色は、かつて家族と囲んだ暖かな火に似ている。その感覚が一抹の寂しさを生んだ。
「私の家族や、私自身も、あなたと同じでおかしくはなかった」
 それは、彼には届いただろうか。
 結果を確かめぬまま、胸中に浮かぶコタンの仇を切り払う様に、防人は禍々しい一振りの剣を召喚する。神喰飛刀が描くのは弓月を模す美しい弧――その一閃にアマルティアが相手の防御を切り破る無慈悲な斬撃を重ねた。
 刃の線が煌めくのは、月によって消えた星の代わりの様で。
 それでも望む星の力を、ユーベルは自身の機械仕掛けの胸の奥から導き出すと、目の前を走り始めたウィッカへと解き放つ。途端、彼女の腕に巻き付いた猪からの戒めが綺麗さっぱり消えた。
「終わりにします」
 告げたウィッカの手に魔力が満ちていく。
 其は刻まれし呪い。黒の禁呪により作られし呪をもって制する。
「黒の禁呪を宿せし刃。呪いを刻まれし者の運命はただ滅びのみ」
 間合いを詰めた瞬間、僅かな赤いスパークがウィッカの腕に満ちていく。その手が猪の爪を掻い潜り、深く魔剣の刃を心の臓へと振り下ろされる。
 どん、と地響きに似た音が渡り、周囲の月光を振動させる。
 それがテイネコロカムイと呼ばれる者に、命を弄ばれた猪の最後だった。
「終わったのね」
 そう告げたファルゼンの言葉に雪斗は頷くと、周囲を見回して花を探したが、すぐに諦める。かの躯がほろほろと崩れ始めたのだ。花を手向ける事は出来なかったが、せめて祈る事だけでも。
「もう一度、ゆっくりおやすみ。どうか安らかに。……ええ夜を、ね?」
 ――今度は誰にも邪魔されへん様に。
 その隣でも頭の上にドラゴンさんを乗せたユーベルが安らかな眠りを祈っていた。捧げられた想いを包む様な柔らかな空気の中で、一息を付いた眸はケルベロスコートの襟ボタンを外すと、空を見上げる。
「美しイ月だ……」
 その言葉に誰もが顔を上げれば、深い空に鮮やかな月が浮かんでいた。その月下に広がるのは古代より広がる水際の大地。
 ――この美しい『テイネイ』の果てで待っていろ。
 月を呑む湿地の上を、響は静寂をもってねめつける。
 月の周りに暈が見えると、近く雨が降るという。
 何を知る者へ、恵みの滂沱たる雨が降るのだろうか。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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