闇夜の白い影

作者:麻香水娜

 夜も更けて真っ暗になった古いビルの中――。
「ここ、でるんだよねぇ……おにいちゃ~ん……」
 速水・絵美は、隣にいる歳の離れた高校生の兄の手をしっかりと握り締める。
「大丈夫だ。お兄ちゃんがついてるからな」
 兄の優しい声。しかし――、
「キャアアア!!」
 その声は、髪の長い女の顔から発せられていた――。

 ――ガバ!
「……ゆめ、かぁ……」
 飛び起きた絵美の目に入ったのは見慣れた自分の部屋。
 寝る前に兄とテレビの心霊特集を観ていたから、その番組の心霊写真に写っていた女の幽霊が夢に出てきてしまったらしい。
 すると、いきなり目の前に鹿に乗った見知らぬ人物が現れ、大きな鍵で心臓を貫かれてしまう。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 鹿に乗った――魔女・ケリュネイアは、そのまま何処かへ去っていった。
 半透明に透けている白い服を着た髪の長い女を残して――。
 
「怖いテレビ観ちゃって夢に出てくると、眠れなくなっちゃうよね」
 普段は明るいエルザート・ロッソ(ファントムソード・e24318)だが、絵美に同情するように大人しめに口を開く。
「そうですね……驚いて目が覚めた後、眠るのが怖くなってしまうと言いますか……」
 エルザートに頷いた祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)も苦笑を浮べた。
「しかし、眠るのが怖くなって眠れないどころか、目を覚まさなくなってしう事件が起こります」
 ビックリする夢を見て飛び起きた子供がドリームイーターに襲われ、目を覚まさなくなってしまうのだと言う。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは姿を消してしまっているのですが――」
「幽霊ドリームイーターを倒せば、女の子も目を覚ますんだよね♪」
 エルザートの質問に、その通りです、と蒼梧が頷いた。
 幽霊ドリームイーターは午後23時すぎに絵美の家がある住宅地を徘徊している。
 どうやら遭遇する人々を驚かせようとしているようだ。
「この幽霊……誰かを驚かせたくてしょうがないようで……ですから、通りを歩いているだけで向こうから近づいてくるでしょう」
 幽霊らしく、いきなり背後から顔を近づけてきたりするらしい。
 しかし、驚かなかった相手がいたら、どうにか驚かそうとして狙ってくるという。
「この幽霊ですが、ポルターガイスト現象を起こして周囲の物を飛ばしてきたり、金切り声を上げて金縛りにしてきたり、怨嗟の声を上げて混乱させてきます」
 突然消えたり現れたりするので、攻撃を当てる対策をしっかりした方がいいでしょう、と続けた。
「いきなり幽霊が現れたら、怖くて逃げ出す大人だっているでしょう……この地区が心霊スポットになってしまう前に、どうか、ドリームイーターの撃破をお願い致します」


参加者
源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)
カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
丸口・真澄(まさに緑・e08277)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ナハト・オルクス(終夜礼讃少女と眠れ・e21881)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
川北・ハリ(風穿葛・e31689)

■リプレイ

●肝試し? 怪談?
 空は曇天。月明かりも星明かりもない。
 ぽつぽつとある街灯と家から漏れてくる僅かな灯りだけの夜道を歩く8つの影。 
「では……」
 源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)が、目元を鋭くして殺気を放つ。
「これで、この辺りに一般人の方は来ないでしょう」
「ありがとう」
 表情を柔らかく戻した那岐に、カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)が微笑みかけた。
「では、肝試し、やりましょうか。この辺に出る、らしいですから」
 ナハト・オルクス(終夜礼讃少女と眠れ・e21881)が静かに口を開くと、手にしていたライトを消す。肝試しなら暗い方が雰囲気が出るだろうと。
「なら、怪談話でもしながらのが雰囲気出るやろか」
「そういえば、怪談話は幽霊を引き寄せる、なんて話がありましたね」
 丸口・真澄(まさに緑・e08277)が無表情で淡々と提案すると、川北・ハリ(風穿葛・e31689)が、ぽつりと呟いた。
 今回の敵である幽霊――のようなドリームイーターを引き寄せるには良い案だ、と。
「私の生まれ育った森は霊地でパワースポットでもありましたので、怪談話などしなくても幽霊は普通に出ましたね」
 那岐の中では幽霊というものが日常的に存在していたらしい。だから怖くもなんともないようだ。
「僕もわりと怖いの平気だけど……びっくりしないとなんだよねぇ」
 眠そうに小さくあくびをしたオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)も、ぼんやりと口を開く。
 ドリームイーターの攻撃が自分に向かないように驚かなければと。
「私も、別に怖くない……」
 どこか落ちつかなそうに周りを見る四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)。その小さな体は精一杯強がっているように見えて微笑ましい。
(「こんな感じで大丈夫かな……」)
 口では平気だと言っても内心怖がっている、という演技中である。
(「そういえば、肝試しって何なのかしら?」)
 知らない文化の多いアーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)は、仲間達の会話に出た『肝試し』や『怪談』が何なのかいまいち理解できていなかった。
「では、私から、話しましょうか」
 温度の感じられない冷たい微笑を浮べたナハトが、仲間達を見渡す。
 特に異論もないのを確認すると、
「……電柱の下に白い服の女。横を通りすがり、ふと振り返れば、既に居らず――」
 ナハトがぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎだした。
 ――カチ……パッ。
「……っ」
「!」
 暗い夜道で、いきなり浮かび上がるナハトの白い顔。
 突然顎の下でライトの灯りをつけたのである。
 アーティアと千里はビクリと思わず武器を構え、ハリは表情を変えぬまま尾をピンと立たせて飛び退いた。
「展開の読めた怪談。それを怪談たらしめるのは、話術でしょうから……私には向いてないかと。なので、驚く練習をしてもらおうと、思ったのですが……」
 再びライトを消したナハトが静かに淡々と続ける。
「あ、びっくりしなきゃダメだよね……本番はちゃんとびっくりしなきゃ」
「思わず女の子達の驚く姿に目が行っちゃった」
 眠そうにぼんやりとオリヴンが呟き、カナメが苦笑した。
「そういう感じで現れるのでしたら、私は大丈夫だと思いますね」
「ウチも平気やな」
 驚かずに攻撃を引き受ける那岐は微笑み、真澄は無表情に淡々と口を開く。
「なるほどね。うちの森でいうところの『人食い植物』や『大地の一角様』『水面の一角様』の伝承みたいな話をしたらいいのね?」
 アーティアは、今のナハトの話が『怪談』というものなら、そういう不思議で怖い話ならばいいのだろうと、やっと『怪談』というものを理解した。
「では、次はアーティアにお願いしましょう」
 ナハトが促すと、6人は口を閉じて聞く体勢に入る。
「これは、人が迷い込んでも追い返すために話すのだと聞いているのだけど――」
 その話を期待されているのだと、アーティアが静かに話し出した。

●驚けェ!
 アーティアの話を息を飲んで聞く7人。
「すると――」
『どうなったの?』
 クライマックスを語ろうとしたアーティアを遮って、女の声が割り込んだ。
 突如話に混ざってきた白い服の女。
「わぁっ」
「うわぁっ! 出た!!!」
 ドリームイーターだと瞬時に認識したオリヴンは眠そうな眼を見開いてビクリとし、カナメも大袈裟に驚いた。
「ぁ……」
「!!」
 千里は目を見開いて固まり、ハリは無表情のまま尾を立てて後ろに飛び退く。
「なになに!? いきなり出てきたわよね! もう一回やって!」
 アーティアは驚きに目を見開いたが、すぐに瞳を輝かせた。
 しかし――、
「……貴方は何処から来たのですか?」
「ウチを驚かせたいんやったら、もうちょい頑張らなね」
 那岐が涼しい顔でドリームイーターに問いかけると、真澄は挑発するように平然とした顔を見せる。 
「……」
 更に、ナハトも平然と無表情を保った。
『キャーーーーーーーー!!』
 ドリームイーターは、真澄を驚かせようと金切り声を響かせる。
「……っ」
 真澄は両手で耳を塞いで顔を歪めた。
 それを合図とするように光源を持っていた者達はパッと灯りをつけ、邪魔にならないように地面に置いたり、腰に固定させる。
「驚きを奪われた女の子の事も心配ですし、即急に退治してしまいましょう」
 凛と口を開いた那岐が黒影弾を放った。しかし、ドリームイーターはスッと姿を消してしまう。
「厄介ですね」
 悔しそうに那岐が呟くと、7人の仲間達は改めて気を引き締めて再び姿を現すのを神経を張り詰めながら待った。
「いた……」
 白い布が踊るように現れたのを見つけた千里が轟竜砲を放つと、千里の声で咄嗟に反応したカナメがスターゲイザーを撃ち込んだ。
「まずは攻撃を命中させないとね」
 アーティアは、前衛にメタリックバーストを使って超感覚を覚醒させ、真澄の傷を少しだけ癒す。
「おおきに……出たり消えたりするするだけなんか? そんなんで驚かせようなんてなぁ……」
 アーティアに礼を言った真澄は、ドリームイーターを更に挑発し、前衛に紙兵を大量にばら撒いて守護をつけた。守護をつけながら自らの傷を多少回復させる。
「墜ちよ、果てよ。――夢を視ろ」
 ふわりと翼をはためかせてドリームイーターに近付いたナハトは、その耳元で低く囁いた。
『ア、ア……』
 耳に入り込む悪夢のような声に、ドリームイーターの体は点滅するように出たり消えたりしている。
「怖い夢はダメだし、怖くて眠れないはもっとダメ」
 眠そうな眼で呟くオリヴンは、点滅するドリームイーターが姿を現した瞬間に、月光斬で思い切り斬りつけた。その足元からテレビウムの地デジが凶器で殴りつける。
『!?』
 ドリームイーターは更に動揺するようにうろたえ、顔を引き攣らせて何かに攻撃されていた。
「すぐ治します」
 今のうちだと、ハリが桃色の霧を発生させ、金切り声に頭痛を感じているような真澄を包み込ませる。
「おおきに」
 振り向いて無表情のまま礼を言う真澄に、無表情のまま尻尾をゆらゆら揺らして頷いたハリ。
 お互いに表情は変わらず淡々としているものの、その空気は何処か柔らかい。
「なんか独特だよね……あの空気」
「そうだね……」
 ちらりと2人を見たカナメが呟くと、その視線の先を見た千里が頷いた。

●悪夢を終わらせよう
 ドリームイーターは挑発してくる真澄を何とか驚かせようと、周辺の石や空き缶を浮かせ、それをシャワーのように浴びせる。
「……っ……驚かせたいんか? それとも傷つけたいんか? どっちなん?」
 両手で頭を庇っていた真澄は、その腕に痣や切り傷をつけていた。
「思いっ切りいったれ」
 手の痛みに小さく眉を顰めた真澄は、後衛にメタリックバーストを使い、超感覚を覚醒させる。
「……人ってなんで、叶わないってわかってるのに――」
 カナメの声が聞こえた瞬間、姿を消して回避しようとしたドリームイーターだったが、今まで受けた攻撃で、上手く体を消す事ができずに、動きを止めてしまう。
「――愚かだよね」
 最後まで言葉を聞いてしまったドリームイーターは、体を消す事ができないどころか、移動もできなくなっている事にうろたえた。 
「そこですねっ」
「石とか缶を浮かせるなんて凄いけど、当たったら痛そうなのは良くないわ?」
 那岐が今がチャンスだと絶空斬で斬りかかって、体中にある傷を広げる。更にアーティアがポルターガイスト現象に瞳を輝かせるが、ダメ出しをしながらドラゴニックスマッシュを叩き込んだ。
「折角だから……こっちが、ちょっと驚かせてあげよう……」
 超感覚を覚醒させられた千里が、狙いを定めて弓を引き絞るように刀を引く。
「気づいたときにはもう遅い……さよなら」
 引いた刀を鋭く刺突させると、膨大な重力エネルギーの塊を直接流し込んだ。
『……!? ア、ア、ア……』
 ドリームイーターは体内で駆け回る重力エネルギーに顔を歪める。
『アアアアアアアアアアアア!!!!
 そして、見事に爆散し、飛び散った欠片はモザイクとなって夜に溶けていった。

●目覚めは晴れやかに
「みんなおつかれさまー。これで一安心やね」
 真澄が明るい声をあげる。笑顔ではないが、その表情は少しだけ柔らかくなって安堵している。
「……実は正直ちょっとビビッとった」
 真顔で続けるその顔は深刻そうにも見えた。
「でも、堂々と挑発をして素敵でしたよ」
 周辺のヒールをしながら那岐が微笑みかける。
「ふむ。挑発した方が、狙ってくるんでしょうか。今回のが偶々、そういう性格だったのかもしれませんが」
 呟いたナハトのポジションはスナイパー。本来なら驚いたフリをして標的にならないという作戦が一般的であるが、少し検証をしようと思っていたのだ。
「尻尾……驚くとピンってするのね」
「……意識してるわけじゃないんですけど、そうみたいです」
 ふいにアーティアが興味深そうにハリの尻尾を見ると、ハリは表情を変えぬまま答える。感情が表情に出ない分尻尾に出るらしい。
「これで絵美も目を覚ますかな?」
 周辺を片付けていたカナメがぽつりと呟いた。
「……きっと、目を覚ます……」
 同い年である被害者の少女が気にかかっていた千里が答える。まるで自分を安心させる為でもあるかのように。
「もう、夜遅いし……そろそろ帰ろう」
 周辺のヒールや片付けがほぼ終わると、オリヴンが眠そうに口を開くと、皆が頷いて帰路についた――。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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