くさやは死の香り

作者:蘇我真

「どこのどいつだよ、くさやなんて焼きやがったのは……」
 河川敷、バーベキュー場のはずれ。男は文句を言いながら地に跪き、川の水で顔を洗っていた。
「どうせあそこのウェイ系大学生がネタでやったんだろうけど、風下にいる身にもなれってんだよ……」
 鼻の粘膜からくさやのあの厳しい汚物臭を洗い流そうと試みるが、なかなか臭いは取れてくれない。
 そんな男の背後に立つ影があった。
『パッチワーク』第六の魔女・ステュムパロス。
「その気持ち、頂くよ」
「か、はっ―――」
 無防備な背中、その心臓に向け、ステュムパロスは手に持った鍵を突き刺す。
「―――」
 鍵は男の身体を貫通し、胸から先端が顔を覗かせる。
 血は流れない。怪我もせず死にもしない。ただ、意識を失ってよろめくように横へと倒れた。
 この攻撃は、ドリームイーターが人間の夢を得るための行為だ。
 ステュムパロスは鍵を引き抜くと男の『嫌悪』からドリームイーターを創造していく。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 気絶した男の傍らに、巨大なくさや人間が生み出されていた。


「これが、問題のくさやだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスたちへくさやをつまんで掲げてみせた。
「じ、実物は見せなくていいです! くさいのですよー!!」
 涙目で鼻をつまむホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)。
「これは焼いていないからまだマシなほうだ。焼くと糞便に似た臭いが漂い、世界でも類まれなレベルの臭さになる」
「そ、そうなのですか……日本の文化、恐るべしです……」
 ホンフェイが日本の恐ろしさを噛みしめている間に、瞬が依頼の詳しい説明に入る。
「人の苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターが出現した。その名は『パッチワーク』第六の魔女・ステュムパロス」
 彼女が生み出したのは強烈な悪臭を放つくさや人間。身長3メートルほどで、くさやの干物に両手両足がついている。そのアンバランスさは臭気だけでなく、外見でも嫌悪感を抱かせるようだった。
「ステュムパロスは既に姿を消しているようだが、皆にはこのドリームイーター、くさや人間を倒して、騒動を未然に防いでもらいたい。
 くさや人間を倒す事ができれば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるはずだ」
 続いて瞬は戦場についての説明を始めた。
「場所は河川敷のバーベキュー場。バーベキューを楽しむ家族連れやら大学生やらが多くいるな。くさや人間が誕生したのはそこから少し外れた川沿いだ。避難誘導も頼む。まあかなり強烈な臭いが漂ってくるだろうから、勝手に逃げるかもしれないが……」
 とくに指示もなければホンフェイが避難誘導に回るつもりのようだ。ホンフェイはやる気まんまんといった様子で拳を握る。
 とくに指示もなければホンフェイが避難誘導に回るつもりのようだ。ホンフェイはやる気まんまんといった様子で拳を握る。
「任せといてくださいです! 楽しいバーベキューをニオイで台無しになんてさせないのですよ!」
「ああ。戦闘とは別に臭いでも悩まされそうだが、よろしく頼んだぞ」
 そう締めくくって、瞬は皆へと頭を下げた。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ジョン・スミス(三十三歳独身・e00517)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)
シャルロッテ・レーメル(紡ぎ交わる人の形・e31082)

■リプレイ

●くさやは見た
「うーんこの香り! やっぱりくさやはこうでなくては!」
 バーベキュー会場に到着したジョン・スミス(三十三歳独身・e00517)は両手を広げ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「ジョンさんは臭くないのですか?」
 ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)はすでに涙目で鼻をつまんでいる。ジョンは胸を張って答えた。
「もちろん臭いですとも! ですが、くさやはこういうものですから。神太郎くん、終わったらあとでくさパですよ、くさパ!」
「くさパなんて単語、見たことも聞いたことねーぜ……」
 話を振られた北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)はくさやの臭いで涙目になっていた。くさパとはくさやパーティーの略らしい。
「しかし、臭いとは聞いてたけど、思った以上だな……こんだけキツいのに、まだ焼いてないんだろ?」
「普通より巨大かつ嫌悪が具現化したものでしょうから、臭いも倍増しているのかもしれませんね……」
 冷静に状況を分析している鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)。眼鏡の奥、漆黒の瞳が川の風上にいる巨大な干物の影を捉えていた。
「す、凄い臭いなのね……けどロッテは負けないのよ!」
 シャルロッテ・レーメル(紡ぎ交わる人の形・e31082)はそう宣言しながらも、自らのサーヴァントであるテレビウムのメルクを顔の前、盾にするように掲げる。
「人間の鼻は臭いにすぐに順応するのじゃ。そのうちくさやの臭いの中でも問題なく動けるくらい慣れるじゃろ」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は背負っていた七輪を下ろし、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)へと視線を向ける。レオナルドはこくりとうなずき、大きな獅子の口を開いた。
「皆さん、俺達はケルベロスです! 今からここは戦場になります。仲間が誘導しますので慌てず逃げて下さい。出来ればハンカチなどで鼻を押さえて!」
「こっちなのですよー!」
 ホンフェイとシャルロッテ、それにサポートに回った昇が3人でバーベキュー会場にいた一般市民を安全なところまで誘導していく。
「き、来ましたよ……!」
 ついさっき大声を出していたとは思えないほど小さい声で敵の接近を報せるレオナルド。慌てて装着したガスマスク越しで声が籠ったせいもあるが、敵への恐怖心が大きかった。
 くさや人間が近づいてくることで、くさやの臭いがむわっと濃くなる。
「本当のくさやとはどういうものか、私がお見せしますよ!」
 ライドキャリバーであるホッパー君の後ろに隠れるようにして、ジョンは戦闘開始を宣言した。

●くさやは死の香り
 身の丈3メートルはある巨大くさやに手足がついたそのシルエットは、非日常的かつ背徳、冒涜的な印象を与えた。
 腐敗臭に汚物の混じった臭いは嗅ぐ者の精神を削り、肌を総毛立たせていく。
 そこに存在するだけで人々を圧倒する異形なるものへ、天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が果敢に口火を切る。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 魔導書をパラパラとめくると桜の花弁状のエナジーを無数に創造し、標的へと飛ばす。
 くさや人間を囲ったエナジーたちは紅蓮の炎へと変化し、全身を焼き払っていく。
 桜子もくさやは苦手だ。それでも日本の伝統食品であるくさやを不必要に嫌悪させるこのドリームイーターを倒したいと思った。
「夜鳴鶯、只今推参」
 後列に位置した樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が手裏剣を放つ。
「オン・ハンドマ・シンダ・マニ・ジンバ・ラ・ソワカ!」
 手裏剣は螺旋の軌道を描き、狙い過たずくさや人間の腕へと突き刺さった。
「心頭滅却すれば……っ、やはり、臭いな」
 臭いの発生源から遠く離れた後列にもしっかりとくさやの悪臭が届き、レンは顔をしかめる。
「そのような醜悪なる外見と臭いを備えて生み出されるとは、哀れなものよ。俺にできるのは、貴様を倒し涅槃へと送り届けることのみ……」
「ただでさえ臭いのに火がついちまったぞ!? くさやは焼くとさらに臭くなるんだろ!?」
 神太郎の言う通り、桜子のオリジナルグラビティによりくさや人間の身体が炎で覆われ、炙られている。ツンとした悪臭が強くなり、臭さよりも痛さを感じるようになってきた。
「くそっ、臭すぎて目にくる……!」
 破壊の力を込めた神太郎の一撃は惜しくも空を切り、地面を抉る。
「うっ……やっぱり口で息をしても臭いが鼻に入ってしまうし、なにより苦しい……」
 中衛で臭い対策として口呼吸を試していた桜子は、しかめっ面でかぶりを振っていた。
「本当、臭くて怖くてしかたないです……!」
 レオナルドが雷刃突でくさや人間を身体を切り取っていく。骨と皮から剥がれたくさやの身がこぼれ、やはり悪臭をまき散らす。
「!!!」
 ケルベロスの猛攻を受けたくさや人間が逆襲に出る。剥がれたくさやの身を手に取ると、近くにいた潮流へ食べろとばかりに押し付けてくる。
「やめろ、臭いが移るし眼鏡が汚れる……!」
 えも知れぬ不快感にダメージを受ける潮流。精神をやられ、その身体が硬直する。
「よくも、やってくれたな……!」
 潮流の全身から放たれる殺気。殺気が結界を形成し、周囲から一般人をより遠ざけていく。
「観客もおらぬし、七輪バイオガスを使うまでもないようじゃ」
 ウィゼはその隙を見計らってくさや人間に肉薄すると、両手に宿した2匹の攻性植物を使ってその身を捕食させる。
「食わされる前に食っておけばダメージも受けずにすむじゃろ?」
 自慢気に笑うウィゼだが、ハエトリグサのような2匹の攻性植物は口に合わなかったのか、気持ちぐんにゃりしていた。
「とうっ! 避難誘導、終わったのよ!」
 そうしていると、シャルロッテとホンフェイらが戻ってきた。それなりの人数を割いたので比較的すみやかに避難誘導を終えることができたらしい。
「戦況はどんな感じ……うっ」
 強まっている悪臭にシャルロッテは思わず口元を手で覆った。
 炎に包まれ臭みをましたくさや人間が、体液を後列へと一気にぶちまけていく。
「戻ってきたばかりでいきなり臭いのです!」
 後列に位置したホンフェイやシャルロッテにもくさや液が雨のように降りかかる。あまりの臭さにしびれる面々。
「メルク、ロッテを守るのよ!」
 シャルロッテはテレビウムを傘のようにしてくさや液の直撃から身を守ると、その雨をメディカルレインで上書きする。
「こっちも手伝うのじゃ」
 ウィゼも同様に薬液の雨で後衛に付着したくさや液を洗い流していく。
「火で熱せられたくさや人間のその身は、まさに鼻が曲がりそうな悪臭をここ後衛まで漂わせておる。その臭さたるやアラバスター単位で数値化するところの約1200じゃ!」
「そんな詳しく説明しないでもいいのですよー!」
 後からきたホンフェイのために今の状況を詳しく実況するウィゼ。悪意はないがリアルな描写でホンフェイは吐きそうだった。
「薬液の香りで後衛はまだマシなほうかもしれませんね」
 ジョンもメディックとしてメディカルレインを降らせ、くさやの臭い軽減に一役買っていた。ライドキャリバーのホッパーも土煙を上げて走行することで臭いを防ぐ。
「しかし、ラチがあかないのは事実……こうなれば、仕方ありませんね。あれをやりますか」
 ジョンはウィゼが用意した七輪の上に何かを乗せる。それは魚の干物……そう、くさやだった。
「届けこの臭い!」
 目には目を、くさやにはくさやにを。ジョンは焼いたくさやをうちわでパタパタと仰ぎ、その悪臭をくさや人間へと送り込んでいく。
「!!!」
 くさやの臭いを嗅いだくさや人間が、臭みでのたうちまわる。フグが自身の毒で死ぬような光景だ。
「ええ……効くんですか」
 困惑するレオナルド。
「遊んでるわけじゃないんですよ、これも私の編み出したグラビティですから」
「つーか俺ら前衛のことも考えてくれよ! 前門のくさや、後門のくさや……どっち向いても逃げ場がねーじゃねーか!」
 くさや臭に挟まれて悲鳴をあげる神太郎。くさや人間が苦し紛れに前衛のレオナルドを抱きしめ、鯖折りしようとしてくる。
「……って、させるかよ!」
 神太郎がディフェンダーとして割って入る。このときばかりは臭いのことを忘れていた。
「あっ……!」
 恐怖で身をすくめたレオナルドの代わりに神太郎が鯖折りを受ける。
「この程度で……やられてたまるかっての!」
 鯖折りで、神太郎の両腕はだらんと垂れ下がっている。しかし、その両腕から地獄の炎が噴き出した。
「切り裂け! ゼクシウム!」
 地獄から生み出されたエネルギーがリング状に変形し、くさや人間の全身をジグザグに切り刻んでいく。神太郎を捕獲していたくさや人間の腕も切り付けられ、拘束力が弱まる。
「みんな、いまだっ!」
 くさや人間の腹を蹴りつけるようにして鯖折りから逃れる神太郎。好機と見たケルベロスたちの攻撃が一斉に畳みかけられる。
「当たるとしびれるのよっ!」
 神太郎のこめかみの横、かすめるようにしてシャルロッテの作り出した光の矢が飛んでいく。
 光の矢はまさに稲妻のごとき速度でくさや人間の身体を貫いた。くさや人間は痺れたように動かなくなる。
「既に臭いは染みついている。貴様、覚悟するんだな」
 潮流が忍者刀【村雨・覇】がくさやの開きを2枚に下ろす。返り血の代わりにくさや液を浴びても、潮流は表情を変えもしない。
「この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ」
 潮流と入れ替わるようにレンが攻撃へと転じる。バーベキュー会場付近の森林に咲く槿や百日紅の葉や花弁を己の分身へと変化させ、大量の分身と共に包囲攻撃する。その一斉攻撃は回避すること能わず、確実に追撃していく。
「これも、それも、あれも、どれも、みんな投げるのじゃ。って、これはあたしの午後のお弁当なのじゃ」
 その分身攻撃の間隙を縫うように、驚異的なコントロールで投げつけられるウィゼの手持ちのアイテム。
 総攻撃をくらい、フラフラになりながらもなんとか立っているという様子のくさや人間。その姿を見て、レオナルドは犬歯を強く噛みしめた。
 守られてばかりでいいのか、レオナルドは恐怖を野生の本能で抑え込み、居合の構えをとる。
「心静かに――」
 アビリティで生み出した大太刀『稻羽白兎』の柄に手を掛け、鯉口を切った。
「恐怖よ、今だけは静まれ!」
 刹那。陽炎を伴う斬撃が、くさや人間を両断した。刀身を見せることなく、はばきが隠れる。
 刀の硬質な響きが戦場に響いた後。無数の斬撃を受けたくさや人間は、バラバラに斬られて地面へと転がっていた。

●くさやパーティー
「お、終わった……」
 立ったまま放心しているレオナルドに、桜子がクリーニングで身体と衣服を綺麗にしてやる。
「パン、パンっと、これで良しだよー♪」
「あ、ありがとうございます。倒れた人も助け起こしにいかないと……」
「うえー、凄い臭いなのよ……綺麗に落ちるのよね?」
「しかし、完全には臭いが取れませんね……」
 礼を述べるレオナルドの横でシャルロッテと潮流は自身の服の袖の臭いを嗅いだ。
 潮流もクリーニングで臭いの元を除去していたが、くさやの臭いが辺りに漂っていてすぐに染みついてしまう。まずはくさやの臭いを周囲から完全に消さねばならないようだ。
「こりゃあ帰る前に風呂入らないとだめだなぁ」
 ひとりごちる神太郎へと、ジョンがウィゼの七輪で焼いたリアルなくさやを差し出した。
「400年前、当時の市井の知恵から生まれた日本の伝統品、れっきとした食物……さあ、食べてみてください」
「まあ、せっかくだし食べてみるか……」
 鼻もずいぶんとマヒしてきたし、今なら抵抗も少なく食べられそうだ。促されるままにくさやを口へと含む神太郎。
「おお、美味いじゃねーか。酒のつまみ的な感じだな」
「ホンフェイも食べてみるのです!」
「ロッテも……や、やっぱ臭そうなオーラがビンビンくるし、どうしようか迷うのね」
 ジョンのくさやに群がっているケルベロスたち。
「酢や醤油に付けると臭いが消え、旨味も増すんですよ。くさや人間の生みの親の方にも振る舞いたいですね」
「ああ、被害者ならここにいるぞ」
 レンが告げる。彼とレオナルドが介抱した被害者はくさやを食べて、苦笑した。
「本当に、においさえなければ……」
「まあ、無理して食べなくても、普通にバーベキューもできるしね」
 桜子は普通の肉や野菜を焼けた鉄板へと並べていく。大気中に残っているくさやの臭いもいつかは拡散し、消えていくことだろう。
「………」
 レンは目を瞑り、片合掌の構えを取る。望まれぬ、嫌悪の対象として仮初の生を受けたくさや人間。
 その魂の安らぎと重力の祝福を願い、祈るのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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