夏の名残に秋の風、それとマグロ

作者:天草千々

 暑さも幾分かやわらぎ、風には時折冷たいものが混じるころ。
 西日が差し込む商店街に、華やいだ空気があふれていた。
 スピーカーは朝から祭囃子を流し続け、通りの両脇にはずらり机が並ぶ。
 車両通行禁止の看板の脇を一番乗りの子供たちが駆けていく。
 露店の準備もまちまちな祭りの直前、少女の声が通りに響いた。
「はー、楽しそうにしちゃってさー! おいしそうな匂いもするしさー!」
 変なヤツがいるぞ、と遠慮のない子供の声。
 少女は、確かにそういわれても仕方のない恰好をしていた。
 白地に赤黒の金魚が泳ぐ浴衣はこの場に相応しい、手にした赤黒のヨーヨーをばしばしと結構な勢いでもてあそぶのもいいだろう。
 問題は頭の魚を模した――どうやらマグロらしい――巨大な被り物だった。
 しかし、少女が次にとった行動に比べればそれさえもかわいいものだったろう。
「まったく、浮かれてんじゃないわよー!!」
 自身の姿を棚にあげ、少女は帯に挟んでいた小さな弓を取って屋台の一つへ矢を放つ。
「わっ!?」
 間一髪難を逃れた店主の横で、綿あめ機が弾け跳ぶ。
 散った火花が、すでに並べられていた綿あめに火をつけた。
 砂糖の焦げる匂いがあたりに漂うなか、人々は悲鳴を上げて逃げ出した。

「シャイターンの一派が行動を開始したようだ」
 手にしたクリップボードで、ぱたぱたと風を起こしながら島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は集まったケルベロスにそう告げた。
「彼女らは日本各地の祭り会場を襲撃し、グラビティ・チェインの収奪を企てている」
 人々が集まる場を狙うという発想は、妥当なものだろう。
 新たな脅威を前に、しかししらせはいささか困惑した様子であった。
「敵は少女の姿をしたシャイターンだ、どこから調達したのか浴衣を着て――頭にマグロの被り物をかぶっている」
「マグロ」
 柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)が繰り返すのに頷き、ひとまずマグロガールと呼ぼう、としらせは続けた。
「皆に守ってもらいたいのは、鷹良夕市というお祭りだ」
 会場は地方都市の私鉄駅近くの商店街。
 通行規制のかかった通りに露店が並び、飲食店は屋台で特別メニュー、特設ステージではミニイベント、そんな感じのよくある祭りだ。
「例によって事前の避難を行えば、襲撃事態が無くなってしまう。皆には祭りに現れたマグロガールを挑発し、周囲の被害の少ない場所で打ち倒してほしい」
 周辺でそれに適した候補は2か所ある、としらせが示したのは少し離れた場所にある神社に併設された公園、それから意外なことに商店街の真ん中だった。
「ここには2階立ての大きな布団屋がある、屋根の上で戦えば被害は抑えられるだろう」
 無論屋根は壊れるだろうが、直下の2階は現在使われておらず、人がいる1階の店舗部分まで害は及ばない。
 戦いを見物しようという野次馬も、その為には建物から距離を取らなければならず、却ってスムーズに事が運ぶはずだ。
「皆が相手するマグロガールはその、あまり計算高くはない。どこで戦うにせよ最初にはっきりと対決の姿勢をみせれば誘導は容易だろう」
 手にする武器は夜店で売っているおもちゃの弓によく似た小さな妖精弓、ホーミングとハートクエイクの矢に加え、グラビティで作り出した串物を食らうヒールグラビティを操るという。
「せっかくの機会だし、万事うまくいけば皆も祭りを楽しんでくれ」
 帰りは少し遅らせよう、としらせが微笑んで告げた言葉に、かれんが小さくガッツポーズをした。


参加者
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
サフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
柊・乙女(黄泉路・e03350)
虎丸・勇(フラジール・e09789)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)

■リプレイ

 通りを照らす西日と、スピーカーから流れる祭囃子。
 華やかな空気が漂う通りに、少女の声が響く。
「はー、楽しそうにしちゃってさー! おいしそうな匂いもするしさー!」
 浴衣姿にマグロの被り物、腕には祭りの戦利品らしき数々。
 少しはしゃぎ過ぎてしまったかにみえる少女は、見た目通りのものではなかった。
 しかしそれを知る者たちが、すでに待ち構えている。
「一度自分の格好を鏡で見てくることをお薦めするよ」
 小さな男児が、見た目に似合わぬ不敵な口調で言って笑う。
「もしかしてそれ、格好いいとか思ってない?」
 くわえた棒つき飴を上下させながら、大胆に手足を露出させた少女が肩をすくめる。
 ともにハットにスカーフ、あるいはポンチョに星型のバッジ、拍車のついたブーツと西部劇のガンマンよろしく決めた姿だ。
 彼らを先頭に車両通行止めの看板を挟み、マグロを被った少女の前に計8人の男女が立ちはだかった。
「なによ、アンタたち」
 問いにティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)と葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)は、ホルスターに納めたままのリボルバーを示して応えた。
「――へぇ、やろうってんだ」
 マグロを被った少女の目がすっと細くなり、帯に手挟んだ弓へと手が伸びる。
「その浮かれた頭、三枚に卸してあげる……サバ、カツオ、あれ……?」
 浴衣姿のリーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)が、途中で小首をかしげる。
 熱演にはほど遠い、淡々とした挑発はけれど激烈な反応を引き起こした。
「ちがう! 確かマグロだッ!!」
(「沸点低くないかな……?」)
(「しかも確か、ってうろ覚えみたいだね」)
 明らかな怒りの混じった声に虎丸・勇(フラジール・e09789)とサフィーナ・ファイアワークス(菊牡丹の双華・e00913)が小さく囁きあい、仲間たちに目くばせする。
 この相手はつつけばたやすく破裂する、多くの言葉は必要ない。
「――は」
 心得た様子で柊・乙女(黄泉路・e03350)がシンプルに冷笑で仕上げた。
「泣かしてやる……!!」
 マグロガールが弓を手に取ると同時、走り出す。
 無論それは敵を恐れての逃走ではない。
「それではマグロのお嬢さん、私たちがお相手しましょう――あなたに相応しい舞台で」
「逃げずについてきてよね!」
 ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)の落ち着いた声が嫌味に働き、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)の明るい声は、ブリンカーのように猛るシャイターンの視界を狭くさせた。
「逃げてんのはアンタたちでしょ!!」

「どいたどいたー!」
「ボクたちはケルベロスです、皆さん、道を空けてください!」
 祭りの直前、通りにはまだ駆け抜ける余裕がある。
 そこを声をあげ、人を割って番犬たちは行く。
 目標とする場所はすぐに見つかった、通りの左手にタオルや枕の入ったワゴンを店先に並べた建物がある。
 白い漆喰の壁と暗色の瓦のコントラストが映える、看板には『タカヤ布団店』の文字、見上げた屋根はなるほどと頷く大きさだった。
 駆ける勢いそのままで庇に手をかけ、身を持ち上げる。
 シエラシセロとサフィーナがエリィを抱えて跳び、カミヒメが続く仲間へ手を貸した。
 年少の2人は身軽さを活かして、雨どいを伝い、壁を蹴って登っていく。
 そして最後に、怒りに燃えるマグロガールが屋根へと降り立った。
「追いかけっこは終わり? 楽には死なせ――っ!?」
 弓を構え何事かを言おうとするより早く、問答無用でリーナが襲いかかる。
 小太刀が水ヨーヨーを割って、脇腹へと突き立った。
「舐めた真似を――!!」
 その一撃が、今度こそマグロの逆鱗に触れた。
 シャイターンの娘は妖精弓を横に倒したまま、弦を引ききると同時に放つ。
 矢は跳びさがろうとしたリーナより早く、サフィーナのかばう動きはそれより早かった。
「っ、見た目ほどには可愛くないね……!」
 妖精弓は一見子供のおもちゃのようだったが、矢の勢いは武器のそれだ。
 鈍い痛みに奥歯を噛んで、サフィーナはブレイブマインのスイッチを押す。
「やっ!」
 広がる爆風を突っ切って、シエラシセロが駆けた。
 流れ星の線を描くエアシューズが、西日を返して眩しく輝く。
 それを目くらましに忍び寄った勇の大振りの惨殺ナイフがマグロの被り物を切り裂いた。
「悪いけど、じっとしててね」
「この、――うぁっ!?」
 浅く掠っただけに見えた刃は、螺旋の力を雷と変えてマグロガールの身を打ち据える。
 戦いの音に周辺が騒々しくなるなか、凛とした女性の声が通りから聞こえてきた。
「皆さん、もう少し下がってください。そうでないと、彼らが本気をだせませんからね」
 フローネと昇が協力して人の列を建物から遠ざける脇で、柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)はひらひらと手を振りながら安気な声を挙げた。
「みんな頑張れー」
 それが呼び水となって、あちこちから『頑張れ』の声が巻き起こる。
「煽るな煽るな」
 軽く苦笑して、乙女は目線を観衆へと送り静まるようにと小さく手をあげた。
 しかしそれもまた歓声を呼ぶきっかけにしかならない、やけに黄色い声が多かったことは気づかないことにする。
「期待に応えられるよう頑張りましょうか」
「でもこれ、ちょっと照れくさいね」
 手にした祝福の矢をくるりと返し、自らの胸に突き立てたベルカントの脇で、マグロガールから間合いを取ったシエラシセロがつぶやく。
 単なる戦いとは全く異なる緊張感、けれどそれは決して不快なものではない。
「夕陽の決闘、悪くないシチュエーションだ」
 唇に笑みを浮かべ、唯奈は腰だめに構えたリボルバーのハンマーを左の手で煽るように起こした。
 弾丸は一見でたらめに屋根の瓦を叩き、けれど全てが計算されつくした角度で跳ねた。
「こ、の――!」
 銃弾を受けて、マグロガールは翼を広げて大きく後退する。
 そこへ人差し指を突きつけて、ティクリコティクが不敵に笑った。
「それがクセなら、命取りだよ」
 バン、と弾を放つ素振りで仲間たちへ好機を伝える。
 マグロガールの顔が、夕陽よりも赤く染まった。

 いつの間にか通りのスピーカーが、アップテンポのロックナンバーを流している。
 場の雰囲気と周囲の期待に背を押され、ケルベロスたちは優位に戦いを進めていた。
「焼き魚にしてあげる……美味しく焼けるといいよ……」
 ドラゴニックミラージュを放って、リーナが言う。
 瓦を舐めるように飛んだ竜の幻影に、観衆たちが声を上げる。
 そこに大きく回り込んだシエラシセロが、翼を広げ猛禽の勢いで迫った。
 彼女に並んで飛ぶグラビティで作られた二羽の鳥が、両の拳を覆うガントレットとなる。
「鬱陶しいわね!」
「遅いよ!」
 迎え撃つように矢を構えるマグロガールに言って、シエラシセロは瓦を蹴った。
 勢いのまま敵を飛び越えようと大きく跳躍、その途中翼を広げて空中で急制動をかけると、マグロの頭を押さえるように掌を添える。
 小さな羽ばたきが聞こえた後、ズンと重い衝撃がシャイターンに膝をつかせ、屋根全体を震わせた。
「カミヒメ!」
 サフィーナの声を受け、カミヒメが砕けた瓦をポルターガイストで飛ばした。
 なんとか屋根を転がってかわしたところに、今度は勇がエアシューズで炎の線を描く。
「逃がさないよ」
 マグロガールを追う勇の傷ついた肩に、すれ違いざまサフィーナが自らの髪から切り落とした菊の華をそっと押し当てた。
 時間を巻き戻したかのように、傷は瞬く間に跡さえ残さずえ去る。
「ありがと!」
 礼に軽く手を振って応え、サフィーナは味方の位置を確かめた。
 マグロガールは屋根の端へと追い込んだ、活劇ならば万事休すの場面だが、けれど相手は翼を持つ身だ。
 前に出すぎるのは危険かと考えた時、予想通りに浴衣の少女が宙へと逃げる。
 けれどそれはティクリコティクの指摘通り、知られてしまえば致命的な悪癖だった。
「させるか」
 乙女の足元から、瓦の隙間から沸き立つように影が広がり、這い出るように伸びた白い骨の腕が、空を飛ぶマグロガールを捕らえた。
 タールの翼よりも暗く深い黒が、シャイターンの体を屋根へと引きずりおろす。
「ぷぎゃっ」
 その上をエリィが唸りを上げて駆け抜けた。
 ひでえ、と野次馬の誰かが漏らし、いささかの同情を含んだ声がそこかしこから上がる。
「エリィ、もうちょっと格好良く!」
 勇の言葉にライドキャリバーは難しいことを、とばかりにライトをまたたかせた。
「では私がご要望にお応えして」
 そのやりとりに笑みを浮かべて、ベルカントが茨の剣でマグロガールを切りつけた。
 咲き誇るグラビティの薔薇は、相手の痛みを吸って赤に染まる。
 それを手に取って、ベルカントはぱっと宙に散らした。
 夕焼けの空に舞う赤い花にわ、と感嘆の声が上がる。
「それじゃ俺もとっておきだぜ!」
 唯奈の両手のリボルバーが高く吠える。
 しかし弾丸は身構えるマグロガールの脇を掠めた。
「は、どこ狙ってんのよ――」
 言った背に、強烈な衝撃。
 ぐん、とUターンした弾丸がタールの翼を打ち抜いて、シャイターンを地に這わせる。
「変幻自在の”魔法の弾丸”……避けるのはちーっと骨だぜ?」
 硝煙をふっと吹き散らして、魔弾の射手は不敵に笑った。
「この、どいつもこいつも、馬鹿にして……!」
 グラビティで生み出したりんご飴を乱暴に噛んでマグロガールは唸る。
 怒りにか、痛みにか、震える体でなんとか立ち上がるものの、戦況はすでに覆しようがないところまで来ていた。
 必死の反撃も、ティクリコティクとサフィーナが癒していく。
「集え力……わたしの全てを以て討ち滅ぼす……! 滅せよ……黒滅の閃光!!」
 そうしてリーナが放った極大の魔力弾が、シャイターンの命を花と散らした。
 それを見送った唯奈が少女の顔であ、と声をあげる。
「――なんでマグロか、聞きそびれちゃったな」
 
「柊先生、お疲れ様でした~」
「ん、皆はもう行ったのか」
 皆を代表して布団店での後始末にあたっていた乙女を迎えたのは、知己の女医と冷えたラムネだった。
「ええ、お話はどうなりました~?」
「店主にはいい宣伝になると逆に感謝されたよ、商魂逞しいことだ」
 一働きのあとだ、タバコが欲しいところだったが人通りの中ではそうもいかない。
 かわりにと桜子に渡されたラムネを空けた。
「む」
 ぽんと空気が鳴ると共に、泡立つ中身がわずかにこぼれる。
「あらあら~」
 すまない、と桜子の差し出したタオルを受け取り、手元をぬぐいながら乙女は続けた。
「浴衣、わざわざ着てきたのか」
「ええ~、でももっと落ち着いた色が良かったでしょうか~」
 白地に花咲くそれは娘らしい華やかさにあふれていたが、同時に彼女の普段の白衣姿のような清潔さも感じさせた。
「いや、似合っている」
 であれば、そういうセリフも口にしやすい。
 あら、とはにかむ姉弟子の反応にほんの少しだけ口元をゆるめ、乙女はラムネを煽った。
「私たちも行こうか」
「はい~」
 2人の姿はすぐに人波へ溶けていく。
(「んー、見られてるなあ……」)
 一方勇は、人々の視線に笑顔をかえし、手を振って応えつつ通りを流していた。
 賑わってくるにつれて、それも減ってきてはいるが多少気疲れを覚えるのも事実だ。
 特に『お前が声かけろよ』なんて言いあいながら、少し離れてついてくる高校生くらいの男子たち。
 1人でいるのがいけないかと考えていると、黒と赤の色彩が人波の向こうに見えた。
 華やいだ雰囲気の中で暗色のジャージはかえって目立つ。
「あ、かれんさ、――――ん?」
 こちらに気づいて手を振り返すオラトリオのそばには、リーナとティクリコティクの姿もあった。
 勇を驚かせたのは頭にお面、腕には水ヨーヨーにビニール袋に入った金魚、両手に抱えきれない食べ物と、マグロガールもかくやという3人の装備だった。
「な、なんだかすごいね」
「もらったー!」
「オマケしてもらった……」
「これはボクが射的でとりました」
 最年長のかれんが一番はしゃいでいるのはともかく、戦利品にちょっと自慢気な年少組は素直に微笑ましい。
「大戦果だねぇ、私も一緒に回っていいかな?」
「はい」
「うん、良かったらこれ……」
 ありがとう、とリーナの差し出したクレープを受け取る。
 隣ではかれんがエリィにお面をつけようと四苦八苦、自由だなぁと苦笑が漏れた。
「荷物、少しあずかろうか?」
「ありがとうございます!」
 ティクリコティクから綿あめを受け取る、リーナさんも、と顔を向けると、シャドウエルフの少女は背を向け、道を振り返っていた。
「――知り合いでもいた?」
「ん、なんでもない……」
 少女の乏しい表情は何も読み取らせてはくれない。
 だから案ずるよりも、その手を引こうと思った。
「私まだ見てないところのほうが多いんだ、美味しいのがあったら教えて欲しいな」
「うん……」
 だって祭りは終わってしまうのだから、立ち止まっていてはもったいない。

 ポンと景気のいい音を立てて飛んだコルクがお菓子の箱をぐらりと揺らす。
「よーし!」
 それが倒れるのを確認して唯奈はぐっと拳を握った。
 彼女の周りには老若男女、様々な人が集まっている。
 どうせ注目を集めるならと唯奈がたどり着いた結論は、場を活かしての懇親だ。
「さ、次は何が欲しい? おじさんが泣いちゃうから全部は無理だけど」
 参ったな、という顔の店主から受け取ったお菓子を隣の子供に手渡して観衆に問う。
 大人たちは笑い声をあげて、子供たちは瞳を輝かせる。
(「こういうのも、悪くないね」)
 戦うことが嫌いなわけではない、銃をぶっ放せるだけでも天国だ。
 それでも、自分がただそれだけの存在ではないのだという実感は、少女の顔をより明るく輝かせる。
「ん~、柊先生お願いします~」
「……これはまた、大物狙いだな」
「射的はボクも得意です、任せてください!」
 そこに乙女やティクリコティクたちも合流し、射的屋はにわかに競技会の様相に。
 あれが欲しいこれが欲しいのリクエストも、腕自慢の前ではばたばたと倒れていく。
「さぁさ見てらっしゃい、ケルベロスさんたちが大暴れだー!」
 店主のやけくそ気味の呼び込みがあたりに響く。
「あぎゃん人んおったら通られんね」
 通りを半ば以上に埋めた射的屋の人だかりに、サフィーナはカミヒメに笑いかけた。
 ぶらり気ままな食べ歩き、2人きりの気安さと祭りの空気は、喋りを自然と緩ませる。
「――もうよかと?」
 自身と同じ顔をしたビハインドが差し出した船皿には、たこ焼きが半分残っていた。
 問いに彼女が小さく頷いたのに、そうね、と答えて1つを口に、2つ目に楊枝を刺したところでカミヒメに袖を引かれた。
 焼きもろこし、ジャンボフランク、それから綿菓子と順に指をさす。
「私そぎゃん食べきらんよ」
 買うのはどれも1つだけ、2人で1つだ。それでも限度というものはある。
 告げた言葉にカミヒメが、わざとらしく頬を膨らませた。
 彼女もまた、祭りの雰囲気にはしゃいでいるのだろうか。
「もう、しょんなかねぇ」
 結局笑って、折れた。
 この時間を楽しみたい気持ちは一緒、お腹はそのうちこなれてくれるだろう。
 妹に続いてサフィーナは、人の波を泳ぎ始める。
「折角ですし、浴衣を着てくれば良かったですね」
 シエラシセロの手を引き、半歩前を行きながらベルカントは微笑んだ。
 流石に若い男女の2人連れともなれば、気をきかせてくれるものも多い。
 ゆったりとしたペースで、2人は祭りを楽しんでいた。
「そうだねー、あ、ルカ、次はかき氷!」
「はいはい」
 とは言え彼女の興味は主に食べ物だが、全く色気のないことばかりでもなく。
「――似合ってるかな?」
 ベルカントの視線に気づき、シエラシセロはくるりと背を向け、金の髪をまとめるバレッタを示した。
 青い七宝で飾られたそれは、先ほど2人で選んだものだ。
「ええ、とても――あとシェラ、口元に」
「え、なにかついてる?」
 慌てて振り返った彼女の頬に手を添え、ベルカントは首を少し傾けて顔を寄せた。
「あ――――」
 シエラシセロが目を伏せ、顎を上げる。
 その口元をそっとハンカチでぬぐった。
「取れました」
「…………アリガトウ」
「どういたしまして」
 顔を近づけたのは何? と非難がましい青の視線に頭を下げ、不意打ちに唇を重ねた。
 無言の硬直のあと、胸にごつんと頭が来る。
「――夜でもまだちょっと暑いよね」
「そうですね」
「かき氷、ルカのおごりで」
「ええ、大丈夫ですよ」
 繋いだ手はそのままに、2つの影は1つのようにその距離を近くする。
「――――」
 シエラシセロの呟きは祭りの喧騒に飲み込まれたけれど、ベルカントは確かに頷いた。
 
 たそがれ時を過ぎた通りを、誰も彼もが幸せそうに歩いていく。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 7
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