襲撃! 名物足湯の商店街

作者:狐路ユッカ


 道南のとある村の小さな商店街で開催される小さなお祭、小規模な屋台が立ち並び、あたりにはイカ焼きのにおいがたちこめている。色とりどりのかき氷、浴衣を着て歩く少女達。履きなれない下駄を履いて歩く祭に疲れたら、人々は商店街に設置してあるこれまた小さな足湯に足を浸けて疲れを癒すのだそうだ。そこに、そいつは現れた。
「なにこれ~! お湯なんて入ったらアタシ茹っちゃうじゃ~ん!」
 ぶぅと口を尖らせた少女は、マグロの被り物に浴衣、背にタールの翼、足元は下駄をカラコロいわせている。その妙な出で立ちに、人々はざわついた。
「こんな危険なものがあるよーな商店街は~、壊しちゃいましょうねェ! あと、皆からはグラビティチェインをいーっぱい! いただきまぁす!」
 ニタァっと笑うと、少女は屋台に向かって突っ込んでいくのだった。


「大変だよ! エインヘリアルに従う妖精8種族の一つ、シャイターンが行動を始めたみたいなんだ」
 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)は少し慌てた様子でファイルを開く。
「動き出したのはマグロの被り物をしたシャイターンの部隊だよ」
「はい?」
 思わず声を漏らしたナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)は、軽く首を横に振り説明を促した。
「すみません、続けてください」
「? うん。奴らは日本各地の祭り会場を襲撃し、一般人を殺害してグラビティ・チェインを得ようとしているみたいなんだ。なんで祭り会場を狙ってるのかはわかんないけど、人がいっぱい集まるから効率がいいと思っているのかもね」
「なるほど」
「シャイターン……その見た目から、仮に『マグロガール』って呼ぶんだけど、そいつが現れるとこに先回りして、事件を未然に防いでほしいんだ」
 ぱらり、と手元のファイルをめくり、祈里は続けた。
「えーと、マグロガールは惨殺ナイフでの攻撃を主とするみたいだね、それと、幻覚作用をもたらす砂嵐で、海の底へ放り込んで溺れる感覚に陥れようとするみたいだよ。気を付けて」
「わかりました」
 ナズナは一度だけ頷く。あっ、と祈里が声を上げた。
「そうそう、一般の人を避難させると、出現場所が変わっちゃうかもしれないから事前に避難って事が出来ないんだ。けど、邪魔ものがいるってわかればマグロガールはこっちを優先的に襲うはず。だから、上手く挑発しながら人の少ないところに誘導して戦うのが良いかも」
「そうですね、被害を最小に抑えたいところです」
「うん。マグロガール自体はそんなに強くはないみたいだけど、失敗したら大変なことになるのは目に見えてる。だから、本当に気を付けてね」
 祈里はぎゅっと手を祈るように組み、そして頭を下げた。そしてぱっと顔を上げるとニコッと笑う。
「あっ、無事に撃破できたら、その後はお祭りを楽しむっていうのも良いかもね!」
 ナズナは、緊張を解いてはいないが、少し表情を和らげる。
「そうですね。足湯も、気になりますし」
 必ず、お祭を守り抜きましょうね。そう言うと、ナズナは立ち上がるのだった。


参加者
キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)
フローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)

■リプレイ


「茹るってことは本体はマグロ側……? 被り物要素が一番強いのかな。ううんどういうこったよ」
 うーんと首をひねり、ミカ・ミソギ(未祓・e24420)はマグロガールを探す。リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)はきょろきょろとあたりを見回し、店が途切れた小路を見つけた。ここへ追い込めば、被害を最小限に抑えることができそうだ。一行が足湯のそばについたとき、声が聞こえた。
「なにこれ~! お湯なんて入ったらアタシ茹っちゃうじゃ~ん!」
 出た。マグロガールだ。ケルベロスたちはいっせいに身構える。
「……茹る……鮪故に……?」
 アウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)はマグロガールを見やり、ぽつりと呟いた。シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)は先刻屋台で買った狐面をずらすと、水鉄砲に足湯の湯を込めてマグロガールに向けていきなり発射する。
「ギャッ!」
「おまつり、の、じゃまは、させません」
「なんじゃ、来てみれば変な頭なうえに小娘ではないか。楽勝じゃな」
 キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)は鼻で笑うと、踵を返す。
「な、ななな生意気言ってんじゃないわよぉ!」
 マグロガールは顔に水鉄砲の攻撃を受けてお怒りである。商店街で借りてきたバケツに足湯の湯を汲み、いきなりマグロガールに向かってぶちまけたのはフローラ・スプリングス(小さな花の女神様・e29169)だ。
「わぷっ……! ぁにすんのよ!!」
 アウレリアはずぶぬれになったマグロガールを見て、ぱちくりとまばたきを一つ。へんてこな格好の敵から湯が滴る様子に、笑いを堪えるのが辛い。
「ふふ、フローラたちケルベロスが相手よ!」
 ここまでおいで! と挑発しながら、フローラは駆け出す。
「こんっの、クッソガキ~! 茹っちゃうって言ってんでしょぉお!」
「茹るのが嫌だったら焼き魚にしてやろうか?」
 ハハン、とレグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)は鼻で笑ってやる。かぁっと顔を赤くして、マグロガールはレグルスに掴み掛ろうと踏み出す。
「おっと、簡単に捕まるわけにはいかないな」
 ミカはそれに乗るようにアルティメットモードに切り替え、手をたたく。
「ほら、こっちだよ」
「そこまでですよ、マグロの方」
 リディアが不敵に笑い、誘うように走る。きぃっ、と癇癪を起しながら、マグロガールは彼らを追いかけた。騒然とする商店街。それもそうだ。マグロの被り物をした少女とケルベロスの追いかけっこなんか見せられて平然としていられるわけがない。
「ナズナ!」
 レグルスが一般人を誘導するよう、ナズナ・ベルグリン(シャドウエルフのガンスリンガー・en0006)へと呼びかける。
「はい……!」
 駆け付けた木下・昇とともに、祭り客をマグロガールがいる方向から遠ざける。戦闘が終わるまでは近寄らないようにと告げると、ナズナは小路へ走り、マグロガールの背後で殺界を形成した。
「はぁっ、はぁ、やっと追いついた……! こてんぱんにしてやるんだから!」
 追い詰められたのは、ケルベロスか? マグロガールか? マグロガールはハッとして顔をしかめる。
「……お前ら……!」
「茹るのがダメなら冷凍マグロにしてあげましょうか?」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)がにっこりとほほ笑む。
「……ナマ言ってんじゃ無いわよ……!」


 マグロガールは、スッと惨殺ナイフを取り出すと、その刀身を光らせる。
「……くっ」
 かぐらはヒールドローンを展開させた直後ぐらりと脳内に流れ込んでくるトラウマ映像に、がくんと膝をついた。
「あっはは! ぅぶ!?」
 高笑いを始めようとしたマグロガールを阻害したのは、ミカだ。光の粒子となった体で突っ込めば、マグロガールはたまらず体勢を崩す。
「仕方ない、覚悟してもらうのじゃよ」
 キーリアが勢いをつけてエアシューズで駆ける。重たい蹴りを炸裂させると、地にめり込むようにマグロガールがどしゃぁと顔面から倒れた。精神を集中させたリディアが、閉じた瞳をすっと開く。瞬間、バンッとマグロガールの右腕が弾けた。
「ぎゃああぁっ!」
「思念爆破のお味は、如何ですか?」
 左腕で斬殺ナイフを拾い直し、マグロガールはぎろりとこちらをにらみつける。
「さあ、はじめましょう」
 アウレリアのケルベロスチェインが地を走り、魔法陣を展開する。前衛のケルベロスたちは守護の力を感じ、アウレリアの声に頷いた。
「みんな、きをつけて……」
 シャウラのオウガメタルから放出されるオウガ粒子が、前衛のケルベロスを覚醒させる。トラウマに支配されていたかぐらも立ち上がると、うなずいてマグロガールを見据えた。
「ふっざけんなぁぁああ!」
 マグロガールは、惨殺ナイフを振り上げ、ミカへと切りかかる。
「っ!」
「かぐら!」
 飛び出てきたのはかぐらだ。かぐらの血を浴び、にたりと笑うマグロガール。すぐさま昇が、背後から宝石の魔弾・起を撃ち込んでかぐらを癒した。かぐらは、マグロガールへと笑みを返す。
「さ、約束通り冷凍マグロにしてあげるよ」
「ヒっ……!?」
 至近距離で放たれるフロストレーザー。凍てつく感覚にマグロガールは悲鳴を上げる。それでも死んでなるものかと、マグロガールがこちらへ鋭い視線を向けた。レグルスは直感する。――来る。前衛へと向けて、ライトニングウォールを構築し、それに備えた。
「溺れろぉおおお!」
 叫びとともに、マグロガールは砂嵐を巻き起こす。それは深海の幻影を巻き起こすが、レグルスの守りを受けたケルベロスには通用しない。衝撃が体を苛んだものの、全員しっかりとした意識を保って敵と対峙している。
「ふーくん!」
 フローラは、同じ攻撃が後衛に及んだ時のためにふーくんへと指示を出し、アウレリアへと属性インストールを施す。
「風さん、お花の香りをみんなに届けて!」
 ふわり、と風に乗って花の香りがミカへと届いた。ひとつ頷くと、ミカはマグロガールの眼前へ躍り出る。
「くっそ……!」
 ナズナが放ったクイックドロウを腕に受けて、マグロガールは悔し気に歯ぎしりをした。ミカの惨殺ナイフが、その胸部にねじ込まれる。
「っぐ!」
 引き抜いた拍子に、ミカの顔が返り血に濡れた。
「千罠箱、頭のマグロ齧ってよいぞ。美味しいかは分からんのじゃがな」
 キーリアが己のミミックへと呼びかける。千罠箱はいわれた通り、がぶりとマグロガールの頭部にかじりついた。
「った! ぁにっ、すんのよぉお!」
 マグロガールは惨殺ナイフをめちゃくちゃに振り回しながら千罠箱を振り払う。
「石のマグロになるがよい」
 キーリアが発する魔法の光線が足に直撃し、マグロガールは身じろぐ。


「はあっ、は……喰らえっ……」
 マグロガールは、再度砂嵐を巻き起こす。次は後衛に向けてだ。
「っ、う……」
 ナズナとキーリアは喉元をおさえて蹲る。オライオンは、シャウラを庇うとその場に丸くなってしまった。
「R-2の取って置き、振る舞わせて頂きます。どうぞご堪能下さい!」
 リディアはその手に宿した存在率変容因子を勢いよくマグロガールに叩きつける。体内でグラビティ・チェインが暴れまわる感覚に身もだえながらも、マグロガールはゆるりと惨殺ナイフを持ち上げた。
「たいへん……」
 シャウラはすかさずブラッドスターを奏でる。大きく息をついて、キーリアとナズナは顔を上げた。
「中々しぶといのじゃ、厄介じゃのう」
 キーリアはため息をつくと、スターゲイザーをお見舞いしてやる。
「う」
 呻きながらも、マグロガールはフローラへと切りかかった。
「きゃああぁ!」
 その血を浴びることで己を癒し、マグロガールは笑う。
「目覚めよ母なる大地 我 伏して願う! 大いなる地脈 新たなる門を開きて 地より沸き上がり、憤怒の槍をもって敵を貫け!」
 レグルスの詠唱が、背後から響いた。隆起した大地が、マグロガールを貫く。
「ぃぎっ」
 ひきつった声を上げるマグロガールの耳へと、アウレリアの静かな声が届いた。
「――水の底にお還りなさい」
 沈め。
 黄昏から招かれた白い鳥がマグロガールを覆いつくす。やがて、マグロガールの声は耐え、それは跡形も無くなるのだった。


 壊れた個所にヒールをかけてゆくケルベロスたち。人々も、戦闘が終わったと知り少しずつ戻ってきた。祭りに、活気が戻る。リディアは屋台の修復を手伝うと、満足そうに行き交う人々を見つめた。ミカはというと、屋台は祭りの醍醐味と聞いていたものだから一通り食してみないことには始まらんとばかりに通りへ繰り出す。足を止め、たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、かき氷……どれから食べようかと視線を巡らせ、そして決意したように歩き出す。
(「全部制覇しよう」)
 かぐらがイカ焼きを手に足湯のほうへ向かうのが見えた。
「あ、お疲れさま。あなたも食べる?」
「ありがとう、お言葉に甘えるよ」
 かぐらがみんなで足湯に入ろうと思っていると告げると、ミカは屋台を全制覇するから、と反対のほうへ向かってゆく。細いのに、よく入るものだ。
 フローラの負傷をヒールで癒すと、アウレリアはナズナを足湯へと手招きした。
「……初めて、なの」
 ワンピースの裾をたくし上げ、透き通るような白い足をそろりと湯につける。同じように、ナズナも真っ白な足をゆっくりと湯につけた。同時に、ほうっと息を吐く。
「気持ち良いわね」
 湯気がふわふわとあたりを舞う。
「フローラも、足湯はじめてなの! 気持ちいいわ!」
 パシャパシャと足で湯を跳ねさせてフローラは無邪気に笑った。膝の上ではふーくんが背を撫でられてふわっと大きなあくびをしている。
「ふう……お仕事の後の足湯というのも、心地よいですね……」
 リディアは戦闘時の緊張感をすっかり解いて、ふわりと笑んだ。
「はー。祭りも良いんだが足湯でまったりのんびりするの最高ー」
 とぷん、と足を湯につけると、レグルスは戦闘の疲れを溶かすように深くため息をつく。
「うむ、なかなか」
 キーリアがうなずくと、かぐらが購入してきたイカ焼きを差し出した。
「はい、これ。食べながらのんびりしましょう」
「足ゆ……そういうものも、あるんです、ね」
 シャウラはイカ焼きを受け取り、足湯を見つめてつぶやいた。ナズナは行儀よく足を揃えて足湯を楽しんでいる。
「おふろに、ながいこと、はいってると、のぼせちゃいますけど、ここならずっとおはなししててもだいじょうぶそう、です」
 そうね、とアウレリアは笑った。
「ナズナはどう? 気持ちいい?」
「はい。とても……」
 レグルスが大きく伸びをした。
「んーっ……酒飲みてーなぁ」
 こうして、男女関係なく一緒に話しながら入れるのも素敵だと思ってナズナは笑う。
「……うんどうして、きゅうけいしたら、おなかすいちゃいました、ね。あとでたこやきでも、かいましょう、か」
 ちら、とシャウラが屋台のほうへ視線を送る。
「たこ焼き」
 ナズナは繰り返すと頷き、屋台のたこ焼きに思いを馳せるのだった。
 こうして、小さな祭りは守られ、足湯の文化は続いていく。人々を癒し、楽しませるために。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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