●バタフライエフェクト
夕暮れの陽射しに蝶やカードを踊らせて、奇術師めいた姿の女が螺旋の仮面の下で笑む。
「来ましたね。あなた達に使命を与えます」
彼女の前で膝をついた男女の手元にひらりと舞い降りるカード。
そこにあるのは絵柄ではなく、とある高級住宅街の写真だった。
「モロッコ料理研究家という人物がその辺りにいるようです。その者と接触して仕事内容を確認、可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「ばっちり了解したよ~! ミス・バタフライ!」
即座にそう応えたのは、道化師のようにおどけた仕草ながらも彼女への迷わぬ信頼と忠誠が見て取れる男。だがその傍らの軽業師を思わす女は小首を傾げてみせた。
「畏まりましたぁ、ミス・バタフライ! けどそれ、何か役に立つんですか?」
「ばっかだなぁ! これもミス・バタフライお得意のアレさ! 一見意味なく見えたって、巡り巡って地球の支配権を大きく揺るがす事に繋がっちゃうってわけなんだ!」
道化師がぱしーんと軽業師の背を叩いて言えば、ミス・バタフライと呼ばれた奇術師風の女も鷹揚に頷いた。
「そのとおりです。――では、お行きなさい」
仰せのままに! と今度は揃って一礼し、男女は音もなく姿を消した。
●太陽の沈む地の王国
北アフリカ北西部に位置するモロッコ王国。
アラビア語での国名を和訳すれば『日の没する地の王国』となるこの国の料理は、多くの文化が混じりあうことによって生まれた豊かでエキゾチックなもの。
「ミス・バタフライって螺旋忍軍が色んなところに配下を送り込んでるって事件の話、皆も聞いてるよね? 僕からも同様の事件への対処をお願いしたいんだ。僕が予知で視たのは、モロッコ料理研究家が狙われる事件」
天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)は、皆は食べたことある? とモロッコ料理について訊きつつ話を続けた。
ミス・バタフライの配下、道化師風と軽業師風の螺旋忍軍がモロッコ料理研究家のもとに現れ、情報を得るなりその技能を習得するなりした後に料理研究家を殺害しようとする。
「風が吹けば桶屋が儲かるって感じなのかな。ミス・バタフライが起こそうとする事件は、一見小さなものに見えても巡り巡って大きな影響を齎しかねないものでね。今回のもそう」
この事件を阻止できなければ、ケルベロスに不利な事態が発生する可能性が高い。
「それに何より、ひとのいのちが狙われてるとあっちゃ、放っておけないよね?」
今回標的となるのは、モロッコ料理研究家の御苑・マリア。
美貌のサキュバスである彼女はモロッコで料理修業中に現地の富豪に見初められて結婚。だが日本でモロッコ料理を広めるという夢が忘れられず、数年で離婚して帰国したという。
「――って経歴がセレブな奥様方に受けてね、離婚時に『僕の愛の証だよ』って旦那さんに分与された資産で建てた邸宅のお洒落なキッチンスタジオで開かれるモロッコ料理教室は、いつも予約でいっぱいなんだって」
幸いにも敵が現れるまでには何日も余裕があるが、事前に彼女を避難させれば敵の標的が予知にない別の誰かに変わってしまう。ゆえに通常ならマリアを護りつつ螺旋忍軍を迎撃となるところだが、
「僕としてはもうひとつの案を推したいところ。此方は敵が現れる三日前からマリアさんと接触可能だから、彼女にモロッコ料理をみっちり仕込んでもらってあなた達が囮になるって作戦だけど、どうかな?」
彼女には既に連絡し、承諾をもらっている。
敵は『詳しい情報は標的と接触してから得ればいい』と考えているらしく、標的の外見や種族・性別、経歴といったものは確認せずにやってくるようだから、余程見た目が不自然な者でなければ替え玉になることは可能だ。
「勿論、疑われない程度の腕は必要になるからね。念のため複数名が料理の修業をするのがいいと思う。てか、いっそ皆で修業してもいいんじゃない? 新しいこと覚えるのって絶対楽しいよ」
多彩なモロカンサラダに伝統的なスープ、極小パスタとも言えるクスクスに、魚介や肉や豆、野菜やドライフルーツを自在に組み合わせた料理やタジン、それに添えるパン。
無論三日で料理研究家と同等の技能を身に着けるのは困難だろうが、敵も素人であるから真面目に修業に励めば見破られない程度の腕になることはできるはず。
一番『らしい』者が替え玉になり、他の面々は助手を装うなり隠れて機を窺うなりすると良いだろうか。
「――でね、マリアさん曰く、『DVD付き料理本を出す企画があって、その撮影のため近々キッチンスタジオは改装予定だから、戦いで壊れても大丈夫よ』って話」
螺旋忍軍は『料理教室を見学したい』という名目でやってくるから、キッチンスタジオに通してモロッコ料理を振舞ってやればいい。此方が一般人より強いことには気づかれるかも知れないが、真面目に料理修業しそれなりの腕前になっていれば『一芸に秀でた一般人ってこういうものなんだね!』と勝手に納得するようだ。
料理を振舞い、モロッコならではの甘くて苦いミントティーを飲ませてリラックスさせ、
「そこでいきなり不意打ち、ってのがおすすめ」
敵は螺旋忍者の術を使う道化師っぽい男とエアシューズの術を使う軽業師っぽい女。連携攻撃を得意とし、正面きって戦えば苦戦は免れない相手だが、
「油断したところを不意打ちすれば、焦って連携できなくなったりミスが増えたりするはずだよ。かなり有利に戦えると思う。そして、全力で倒しちゃって」
敵が来るのは他にひとがいない時。
替え玉を立てればマリアは安全な所へ避難させておけるから存分に戦うことができるし、キッチンスタジオはかなり広々としているから、不意打ちを成功させればスタジオ外にまで戦闘の被害が及ぶことはないだろう。
敵と相対する時のみならず、その前の三日間も全力で挑まねばならない任務だが、
「あなた達ならやり遂げられる。そうだよね?」
覚えた料理、いつか僕にも御馳走してよね――ちゃっかりそうねだって狼の尾を揺らし、遥夏は話を締めくくった。
参加者 | |
---|---|
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169) |
ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266) |
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089) |
神宮時・あお(忘却ノ未来・e04014) |
シド・ノート(墓掘・e11166) |
メル・プティフィール(まぶたに海色を・e21192) |
ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598) |
●太陽の沈む地の王国
彼女の邸宅には美しい中庭があった。
華麗なモザイクタイルに彩られた噴水は涼やかに水を噴き上げて、その四方をオレンジの木々が囲む。流石モロッコ帰りだよねーと呟いたシド・ノート(墓掘・e11166)が纏うのもモロッコを意識した民族衣装のジュラバ。
フード付きローブといった風情のそれを着た自称おっさんは、
「はい、いま胡散臭いと思った人挙手ー……って何で御苑さんが真っ先に手ぇ挙げんの!」
「あら、とっても馴染んでて素敵って意味よ」
ころころ笑う御苑・マリアに大受けした。ティアリス・ヴァレンティナ(プティエット・e01266)も釣られるように笑みを零し、
「ふふ、そういう意味じゃヴィルトのエプロン姿もなかなか可愛、素敵だったわよね」
「そいつぁ言いっこなしだぜ、ティアリスの嬢ちゃん!」
悪戯っぽいカーマインの眼差しを向けた先は、三日間の料理修業をエプロン姿でこなした身長190cmの傭兵、ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)。
「これも、ギャップ萌え、という、もの、でしょうか? ――ね、ベガ?」
立派な体躯に立派な竜翼と角を備えた彼が料理の特訓に励んでいた姿を思い起こしつつ、リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)が微笑みかけたなら、夜色のウイングキャットがみゃあと鳴いた。
美しい中庭から光が射す硝子張りのキッチンスタジオでの食事会は、囮作戦のための料理修業の成果を確かめ合うためのもの。まずはリラが振舞うスープ、ハリラの香りがふわりと昇れば、わあ、とメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が歓声を上げる。
「えへへ、腹が減っては戦はできぬって言うよね! いただきまーす!」
あたたかにとろり蕩けるトマトの彩、香るコリアンダーがエキゾチックで、一口味わえばたっぷりの香味野菜に牛肉、ひよこ豆の豊かな滋味が香辛料と融け合いじんわり身体に染み渡る。ころんと大きめな牛肉も御愛嬌なそれは、
「とっても優しい味……!」
思わずメイアの頬はゆるゆる、味わいも胃にも優しいハリラで皆のおなかも次なる美味を迎える用意が整ったなら、続いて神宮時・あお(忘却ノ未来・e04014)渾身の力作、鳩肉のパスティラがお目見えだ。
「……この三日間で、一番の、出来だと、思います、です」
粉砂糖とシナモンで綺麗な模様を描いたそれは一見ケーキにも見えるけど、いわば鳩肉のパイ包み。パイよりフィロに近い極薄生地の扱いは難しく、鳩を使うのも初めてで、独特の味付けにも苦戦したけれど、あおは三日で伝統料理をものにした。
幾層ものパリパリと香ばしい生地の中は鳩肉や玉葱にアーモンド、頬張れば甘さと塩気と香辛料の風味が絡みあって溢れくるようで、
「不思議な味、ですね。けど、美味しい……!」
「ん。こーいう、甘くてスパイシー。ってのも、モロッコっぽいの、かな」
海を映す瞳を瞬いたメル・プティフィール(まぶたに海色を・e21192)が顔を綻ばせて、霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)も得心したように頷いて微笑する。
次はシドが運んできた大皿のクスクス、こんもり盛られた粒々パスタ、クスクスの上には大振りの野菜が放射状に花を咲かせるよう盛られていて、
「アイズフォンで検索した時も思ったけど、豪快な盛り付けよね」
「だよねー。この盛り付けって、大皿を皆で囲む時に取り分を判り易くするためらしいよ」
瞳を瞠るティアリスにシドはへらりと笑ってみせた。
しかし、麺類を中心に教わりたいと言ったらまさかセモリナ粉からクスクスを作る処から仕込まれるなんて。麺というか粒だけど。
「もうね、初日の夜なんかね、クスクスの雪崩に呑まれる夢見ちゃってね……」
「ああー……そういや俺もでっけぇタジン鍋に追いかけられる夢見たなァ……」
「俺も、なンかこー……すっげェ夢、見た。仔羊がサ、仔羊が、こー……――」
遠い目でヴィルトが相槌を打てば、微かに瞳を泳がせた悠の膝で闇色のボクスドラゴンがぷるりと震えた。これも修業よ、と買い出しに連れ出された日の話だ。
「……御苑様が、連れて行ってくださったお店が、とてもとても、凄かった、の、です」
兎肉からラクダ肉までも扱うその店は、然るべきところで『処理』された仔羊がまるまる一頭吊り下げられている系の店で、丸鶏ならまだ慣れているあおも、一羽丸ごと冷凍された輸入ものの鳩の前では一瞬硬直した。
本来の料理教室はもっと優雅らしいが、三日で修業となると突貫も致し方ない処。
――けど、そんな驚きも料理修業も、今思い返せば、胸の中で何かが綻ぶよう。
「ふふ。でも、手作りだから、より美味しいのです、ね。この、クスクス」
煮込まれた野菜の優しい味わい、その下に隠れた柔らかなレモンチキン、それらの旨味とスープをふんわり抱き込んだクスクスにリラがほわりと笑みを咲かせれば、海鮮と香辛料の香りが皆の鼻先を擽った。
『マリア、イカは何mm幅に切ればいいの?』
『フィーリングで! 計るんじゃないの、感じるのよ!』
なんて教えに理系レプリカントは困惑もしたけれど、各種スパイスを巧みに組み合わせるモロッコ料理は調薬に馴染んだティアリスと意外にも好相性。
――錬金術は台所で生まれたのよ!!
と開き直れば、一気に魚介料理が楽しくなった。
完熟トマトに大蒜と香辛料、塩レモンを利かせたソースでイカを炒めたカラマリサラダ、香草も香辛料もレモン果汁もたっぷり合わせてマリネしたイワシのフライ、そしてとんがり帽子みたいなタジン鍋の蓋を開ければ、
「一番のおすすめはこれね、ヴィルトとの合作よ」
「おう、唸るほどの美味さだぜぇ!」
海老とグリーンピースの色合いが華やかなガーリックシュリンプのタジンが、豊かに香る湯気をほわりと溢れさせる。
「そっちも、美味しそ。ケド、こっちも。上出来、だよね?」
「ああ、ドライフルーツの甘さが癖になるよなぁ!」
楽しげな眼差し向けて悠も蓋を開けてみせれば、その中はタジンを特訓したヴィルトとの合作、香辛料を利かせたラム肉とプルーンのタジン。ほろほろと柔らかな肉に干果の甘さが絡む様も堪らないけれど、唐辛子とジンジャーソースの肉団子のタジンに、大蒜とクミンを利かせ溶かしバターを絡めて悠がグリルした骨付きラムの香りもとびきり食欲をそそる。
――アイツも、喜んでくれる。かな?
誰かを思い浮かべれば自然と悠の頬が緩んだ。
豪勢な昼餐の締めくくりは伝統の焼菓子と、乙女達が淹れるミントティー。
「びっくりだったのは、ミントティーが紅茶じゃなくて緑茶だってことなのよ……!」
「ガンパウダーって名前、なのよ、ね」
茶葉を丸めた形が火薬弾に似ているところからそう呼ばれる中国緑茶。
緑茶とたっぷりのフレッシュミントで淹れるのがモロッコのミントティーだという衝撃の事実にメイアは一層気合を入れてマリアの教えをメモに取り、サフランを入れることもあるという話が気になっていたメルも、基本の味が判らないとアレンジしても意味がないというマリアの話に頷いた。
何しろミントティーの味わいは予想以上にエキゾチック。
初日にメルが焦がしかけたポットも今は流麗な銀色に輝き、大量の砂糖と一緒に煮出した緑茶にたっぷりミントを入れて蒸らしたお茶の味をメイアが確かめたなら、ボクスドラゴンのコハブが支えてくれる銀盆に並ぶミントティーグラスへ、高く掲げたポットから琥珀色の滴を注ぐ。
こうやって気泡をたっぷり作ってね――というのが一番大事なマリアの教え。
皆は勿論敵にも『美味しい』って笑顔になって欲しいから、教わった通り、心をこめて。
鮮やかな色に金彩の紋様が踊るミントティーグラスを受け取って、楽しみにしてたの、とティアリスは眦を緩めた。
熱く清涼に香る異国のお茶の味わいは――。
●太陽の昇る地の宝国
蕩けるような甘さは初めてだと心が眩むよう。
深い甘さも苦さも濃厚で、お茶の熱が身体に染み渡ると同時に、ミントの清涼にすうっと熱が浚われていくような爽快感が堪らない。
夕暮れの陽射しが中庭から射すキッチンスタジオ。
本来の主は避難し、ティアリスが替え玉として振舞うそこで彼女や弟子達が供する料理に舌鼓を打った怪しい男女がミントティーにも魅了された瞬間、
「さあ、ここでお料理教室のすてきな仲間たちを紹介しちゃうのよ! ――ライちゃん!」
「先に遊んであげるわ、道化が得意なのはあなただけじゃないの」
突如スタジオの天井を覆った暗雲から雷鳴が轟き、メイアと絆を結んだ雷獣が奇抜な色の衣装を纏う男へ疾駆した。雷光が三重の痺れを齎すのに続いてティアリスが撃ち放つのは、玩具めいたポップな注射器銃から溢れるカラフルな調合薬品。
その煌びやかな彩の奔流に紛らせた白の銃弾こそが男の腹を撃ち抜けば、
「俺の料理も食べていってね! 痺れる味だよ!!」
「わあ!? あんたさっきまでモロッコっぽいアラビア語ばっか喋ってたのにー!?」
それはハイパーリンガルです、とは言わずに朗らな笑顔でシドが雷撃を叩き込んだ。
わひゃあと叫んだ男が椅子から転げ落ちるが、
「ベガ!!」
「……逃がしません、です」
主のリラに応えキッチンの陰から飛び込んだ翼猫の爪が閃き、軽やかに床を蹴ったあおが急襲する。料理研究家の弟子を装うためのエイティーン、それによってすらりと伸びた脚が流星の煌き纏い、慌てて螺旋の仮面を被った男に痛打を喰らわせた。
迸った氷雪の螺旋はあおでなく天井のモロッコランプを砕き、
「――お願い、どうか誰も動かないで」
代わりとばかりに涼やかに煌く硝子の花々がメルの意のまま男へと絡みつく。たが、女へ襲いかかった硝子の花々は炎を纏った足に一蹴されて霧散した。
「え、ちょ、もしかしてあんた達、ケルベロスなんですかぁ!?」
「そーいう、コト。アンタの相手は、俺。と、此奴。一緒に、遊びましょ」
――余所見、しないで。ね?
焦って螺旋の仮面を取りだしつつ女が放つ暴風の蹴り、作戦の成果か予想より甘い暴風を仲間の分まで引き受けつつ、キッチンの陰から飛び出した悠とボクスドラゴンが彼女の前に立ちはだかる。
格上の敵を自分達だけで抑えることに不安がないと言えば嘘になるが、
「俺が援護するぜェ! 霖道の旦那!」
「……そンじゃ、何にも。心配いらない、な」
同じくキッチンの陰から飛び出したヴィルトが解き放った流体金属の粒子、三重に感覚を研ぎ澄ませてくれる光と癒しに包まれれば自ずと悠の口許に笑みが浮く。
蒼硝子と水晶玉の腕輪を静かに煌かせ、ちりん、と鈴を鳴らせば――気紛れな影の猫達が次から次へと現れ、螺旋の女へと躍りかかった。
彼らが女を抑える間に男の撃破を狙う面々は終始優勢。けれど、
「私は回復に、専念します、ね!」
申し訳なさげにそう言って、メルは攻め手を止めて癒しを歌いあげた。
攻撃も回復もことごとく理力グラビティであるメルの術は、初手を除くすべてが見切られ命中率が半減する。経験の浅い彼女の場合、見切られれば命中率は最高でも25%、相手がキャスターとなれば更に落ちる。誰とも心を繋がぬゆえに仲間との連携攻撃もままならず、これではいくら敵が本調子でないと言っても攻撃は難しい。
だが、一人目の敵は五分強で満身創痍へ追い込まれた。
男が三重の分身を纏えど、リラの祝福の矢を受けた狙撃手ティアリスが二重の破魔を乗せ確実に撃ち込むハウリングフィスト、ジャマーたるメイアも同じ技を揮うとなればその異常耐性が効力を発揮する余地はなく、精鋭たるあおが魔導書から緑色の粘菌を溢れさせれば、彼女に準ずる力を揮う悪夢もが男を襲う。
更に容赦なくシドが揮った釘満載のエクスカリバールにこめかみを直撃され、重ねられた麻痺で再度の分身に失敗した男はあわあわと両手を振り回した。
「うわあ! やばいよやばいよ!」
「ばっちりバッドステータスの漬け込みが仕上がったのね、もう終わりなの!」
暖かな陽の瞳で敵を捉えつつ、メイアが撃ち込むのは時をも凍らす弾丸。
氷粒とともに男が消えれば、
「もう! せめてあたしをヒールしてから死んでくださいよぅ!」
女の声がいよいよ切実な焦燥を帯びた。
「そいつぁ残念だったなァ!」
「ン。アンタとのデートも、そろそろ。終わり」
豪快な声とともにヴィルトが撃ち込む轟竜砲の援護を受け、煽るように笑んだ悠が瞬時に凝縮させた魔力が女の足を爆破する。涙目の女が渾身の力で放った炎の蹴りは闇色の箱竜が主に代わって受けたが、
――星は謳う、貴方のために。傷を癒す、この、謳聲。どうか、貴方に、届きますよう。
夜の安らぎ、愛おしいぬくもり。それらとともにリラが降り注がせる星の謳がその痛手も炎も一気に拭い去る。それに対し、螺旋の女に降り注ぐのは煌く流星と化したあおの鮮烈な蹴撃だ。攻守ともに秀でているはずの敵の動きはもうかなり鈍い。
猛然と襲いかかる皆の集中攻撃、重なる攻勢に竜語魔法が満ちて、メイアの幻影竜が放つ炎に彼女のボクスドラゴンがブレスを重ねれば、女は半身を炎に巻かれつつも素早く視線を奔らせる。
だが、
「あら逃げる気? けと、引き際が甘いわよ」
逸早くそれを察したティアリスが流星の蹴りで女を足止めした瞬間、シドがその行く手に飛び込んだ。螺旋の女が閃かす足にも流星の煌き、硝子の壁を砕かんとしたそれを護り手として受けとめる。三日間修業に励んだキッチンスタジオ、改装予定とはいえ敵に破壊されるのは嬉しくない。
「いいかあ、悪たれ共。煙草と睡眠と美味いメシは人生の宝だ。それがわからん奴は」
――歯ァ食いしばれや。
がら空きの脇腹に叩き込んだ痛烈な拳固の一撃、堪らず女が床に転がれば、すぐさま悠の招いた影猫達が群がって、ヴィルトの攻性植物が牙を剥く。メルの癒しの歌声が満ちれば、リラは星の加護抱く雷杖を握り込んだ。
「――さあ、観念、なさいなッ!」
星が煌いたと見えた刹那、眩い輝きが雷撃となって螺旋の仮面を撃ち抜く。
硝子から射し込む夕暮れの光、それに溶けるよう消えゆく女へ、お粗末さま、と囁いて、ティアリスは仲間を振り返って瞳を細めた。
「みんな、お疲れ様」
優しい癒しの光に潤され、割れたランプも虹を抱いて光を取り戻す。
近日中に改装されるキッチンスタジオをシドは見渡して、
「御苑さんの料理本、本屋さんで予約しなきゃなぁ」
「ふふ。御本が完成したら、ぜひ、皆に贈りたいって、仰ってました、よ」
「お、そいつぁ嬉しいねぃ」
ぽつり呟けば、翼猫を抱いたリラが微風めいた笑みを零した。片付けを終えたヴィルトが手に取るのはヘリオライダーへの土産にと分けてもらった焼菓子の包み。そして、
――大根と鮭と田楽味噌で試してみて。
こっそりマリアが教えてくれた和風タジンが、熱燗が恋しくなる季節の自分への土産物。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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