黎明に吼えるは狂気の刃

作者:深淵どっと


 そろそろ宵闇が朝日にかき消されるであろう、そんな黎明の空の下で、事件は幕を開ける。
 薄暗い釧路湿原の奥地。どこか気味悪さの漂う寒空の下、女性の声が静かに響いた。
「そんなに暴れたい? そうね、そろそろ頃合いかしら……あなたにも動いてもらうわ」
 声の主は、毛皮の黒衣を纒った女性。
 そして、彼女の視線の先でただただ静かに佇んでいたのは、大柄な鎧姿の戦士であった。
 戦火に焼かれ、煤け、朽ちた鎧。剣先は折れ、刃は潰れ最早鈍器に近い大剣。その姿は戦いに明け暮れた狂戦士そのものだ。
「市街地へ向かいなさい。そこに、あなたの望む戦いがあるわ」
 女性に促され、鎧姿がぐらりと動く。
 それに続くのは、虚空を彷徨い泳ぐ、2体の魚影。
 解き放たれた狂剣は、留まること無く街を目指す。戦いを求めて、死地を求めて……。


「釧路湿原の近くで死神の活動が確認された。今回はその死神がサルベージしたエインヘリアルの撃破をキミたちに頼みたい」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちに、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は早速事件の概要を説明する。
 そして、ゆっくりと人差し指を立てる。
「奇妙な点が一つ。サルベージされたエインヘリアルは第二次侵略期以前に死亡した者のようだが、どうやら釧路湿原で死亡したわけではないらしい」
 つまり、なんらかの意図で釧路湿原に運ばれた可能性があると言う事だ。
「だが、今その詳細を追っている余裕は無い。エインヘリアルは深海魚型の下級死神を引き連れ、真っ直ぐ市街地に向かう。止めなければ被害は甚大なものになるだろう」
 と言うのも今回サルベージされたエインヘリアルは、死神の変異強化によって、まともな意思疎通はできない状態になっている。
 その上、元々生前から戦う事だけを生き甲斐にしてきた、生粋の狂戦士である。
「強敵である事は間違いないが、当然放っておくわけにはいくまい」
 幸いにして、予知のお陰で敵の侵攻経路は明らかになっている。人気の無い湿原の入り口付近で迎撃が可能だろう。
「エインヘリアルだけでは無く、お付きの下級死神にも注意しろ。戦力としては大した事は無いが、無視もできんからな」
 無論、最も注意すべきはエインヘリアルの圧倒的な攻撃力ではある。どのように戦っていくか、仲間同士の連携が重要になるだろう。
「死神の目論見を通すわけにも、一般人に被害を出すわけにもいかん。頼んだぞ、ケルベロスの諸君」


参加者
斎藤・斎(修羅・e04127)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)
ジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743)
ソフィア・フィアリス(オラトリオのヒガシバ使い・e16957)
唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)
シマツ・ロクドウ(ナイトバード・e24895)
香河・将司(魔王を宿す者・e28567)

■リプレイ


「……来ました」
 薄暗い夜闇を地平線の彼方から差し込む朝日が切り裂く。
 やがて、指定された地点で待ち受けるケルベロスたちの前に、三つの影が姿を現した。
 唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)の視線の先、夜の闇よりも暗い漆黒を纏うのは、エインヘリアルの戦士だった。その周辺をゆらりゆらりと怪魚が蠢く。
「止まれ……と言っても、聞く耳は持たぬのだろうがな」
 8人のケルベロスと、3体のサーヴァントを前にエインヘリアルの足が止まる。
 しかし、それはジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743)の言葉に従ったわけではない。
 背負っていた大剣をゆっくりと引き抜き、剣先を地表に落とす。かつては名剣と呼ばれていたのかもしれないそれも、今となってはただの鉄の塊だ。
 ――だが、狂戦士に名誉は不要だった。求めるのは、戦いだけだ。
「来るぜ、構えろ!」
 放たれた矢のごとく、エインヘリアルは全開の敵意と殺意を撒き散らしながらケルベロスたちに向かって疾走する。
 それに付き従い、虚空を滑るように泳ぐ下級死神。
 咄嗟に八崎・伶(放浪酒人・e06365)は防衛用のドローンを展開し、ボクスドラゴンの焔が仲間へとその力を注入する。
「やれやれ、貴方だって結構なお年でしょうに、随分と張り切っちゃって……!」
 その巨躯と全身を覆う黒鉄とは裏腹に、予想以上の速度で距離を詰めるエインヘリアル。
「まずは、お付きの死神から……」
 先手を取って弾丸を撃ち込むのはソフィア・フィアリス(オラトリオのヒガシバ使い・e16957)。
 だが、硬い鱗で弾丸を弾きながら死神はこちらへと向かってくる。
 直後、死神の合間を縫って斬撃が走った。エインヘリアルの刃が地面を抉り、その勢いを衝撃波としてソフィアへ放ったのだ。
「させません。ここは、私が」
 大地を砕き、抉る衝撃波の前にソルシェールが立ちはだかる。
 守りに徹しているとは言え、その一撃は凄まじい。身を引き裂く痛みを堪え、何とか踏み止まるのが精一杯だ。
「なんという威力……ですが、私たちとて負けられません」
「ああ、元より引く気は無い! 行くぞ!」
 数の有利を感じさせない、圧倒的な存在感を前に香河・将司(魔王を宿す者・e28567)は自らを奮い起こし、仲間を支援する爆炎で戦場を彩る。
 そして、振り抜いた大剣を肩に担ぎ獣のように姿勢を低く構えるエインヘリアルへ向かって最初に踏み込んだのは、ジーグルーン。
 そこにシマツ・ロクドウ(ナイトバード・e24895)が後より続く。
「どうも、エインヘリアルさん。シマツです」
 ライドキャリバーの突撃と共に繰り出されるジーグルーンの斬撃と、芯から凍える冷気を帯びたシマツの手刀がエインヘリアルたちに襲い掛かる、が。
 後一歩、と言うところでふわりと泳ぐ下級死神に防がれてしまう。
「ああ残念、邪魔をされてしまいました……なんて、言うと思いますか?」
「悪ぃが、元々手始めはお前らからのつもりだぜ、死神!」
 前に出た死神を凍てついた白刃が縦に切り裂き、回転するチェーンソーの刃が横一文字に引き裂く。
 致命傷、とまではいかないが、こちらの攻撃により動きが鈍っていた事もあり、刃は深々と死神に傷を与えた。
「手短に排除させてもらいます」
 真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)と斎藤・斎(修羅・e04127)の一撃は、ひとまずの流れをこちらに傾ける程には十分だった。


「上です!」
 まずは敵陣にとって守りの要である下級死神の排除。それを目的に意思統一したのは間違いではなかっただろう。
 事実、初手から流れはこちらに向いている。が……将司の声にジーグルーンが咄嗟に真上に剣を構える。
 押し潰されそうな程の重く、それでいて鋭く的確な斬撃。重い鎧を纏っているとは思えない跳躍からの一撃にジーグルーンの表情が微かに歪む。
「ッ……なかなか、やるものだな!」
「ヒガシバ、頼むわよ」
 星の剣と光の剣、二刀を巧みに使いながら続く連撃を受けるが、まるで嵐のような斬撃はその技量を押し潰す勢いで襲い掛かる。
 ソフィアのサーヴァントであるヒガシバの放った黄金の幻覚でエインヘリアルを引き離すも、受けたダメージは小さくない。いや、この程度で済んで幸いだったと言うべきか。
「雑魚散らしもそう簡単にはさせてくれねぇか、流石に一筋縄じゃいかなそうだな」
「二人とも助かった……一瞬の油断が命取りになるな」
 ジーグルーンを光の盾で守りつつ、その傷を伶がヒールにより治療する。
 あの圧倒的な破壊力。それでいて、ただ力と狂気に任せて暴れまわるわけではなく、一人の剣士としても優秀である。
「雑魚も雑魚で、中々しぶといのが厄介ですね」
 死神の牙をギリギリで避けつつ、すれ違いざまにシマツの刃が鱗を削ぐ。
 動きこそ単調故に回避は容易だが、ここに時間をかけてもいられないだろう。
「テメェらは前座に過ぎねぇんだ、さっさと引っ込んでな!」
 お互いを庇いつつ、エインヘリアルが戦場を覆す時間稼ぎをしているようにも見える死神だが、数の利はこちらにある。ダメージが重なり弱った方へ打ち込まれた雪彦の拳撃が死神を吹き飛ばす。
「そこには同意しますね」
 吹き飛んだ先にはナイフを構える斎の姿があった。
 そして、その刃はただ単純に敵を倒す、そのためだけに振り抜かれる。
「これで一匹。後は……!」
 残る死神も一匹。だが、それを阻む冷気がケルベロスたちを襲う。
 それは、穢れを孕んだ星の輝き。エインヘリアルの持つ朽ち果てたゾディアックソードが放つ星のオーラだ。
「……これは、堪えますね」
 ソルシェールたちが矢面に立ちそれを受けるも、禍々しさすら覚えるオーラの波は確実にケルベロスたちを追い込んでいく。
 敵の守りは既に瓦解しつつあるが、こちらも時間の問題だ。
「まだ、時間は稼げます。その間に死神を……」
 吹き荒ぶ星のオーラで凍てついた体を奮い起こし、ソルシェールはゆっくりと歌を紡ぎだす。
 それは、敗北を打ち砕くための祈りを込めた戦場歌だ。
「あまり余裕は無さそうですね……あまりこの力は使いたくありませんでしたが」
 死神はお互いだけではなく、エインヘリアルを巻き込んだ攻撃に対してもその身を差し出していた。
 故に、体力は最早限界だろう。押し切るならばここだとばかりに将司は自らの内に眠る力の片鱗を解き放つ。
 その力は圧となり、動きを蝕む枷となり、戦場を縛り付ける。
「ここが勝負の分かれ目ですかね、一体ずつ、確実に、殺させてもらいますよ」
 解放した力の波はほんの一瞬だけ、だがシマツが死神に狙いを定めるには十分な一瞬だ。
 バスターライフルから放たれた光弾は一直線に弱り切った死神を飲み込み、消滅させる。
「これで後はあなただけ……では、再殺しますね」


「これでようやく本番ってわけだ、燃えてくるねぇ」
「楽しませてくれよな、狂戦士さんよ!」
 伶の巻き起こす癒しの風が雪彦を包む。純粋に戦いを楽しむ二人の本質は、程度の違いこそあれどこのエインヘリアルに近しいものがあるのかもしれない。
「貴方は一度死んだのです、殺せないわけがない」
「えぇ、その通り。どんな手段を使おうとも、終わらせます」
 一方の斎やシマツはその敵意を鋭く尖らせ、感情ではなく刃に乗せる。
 各々の戦いへ向ける思いは違えど、それでも目的は一つだ。重なる連携攻撃は少しずつ、エインヘリアルを二度目の死へと追い詰めていく。
「!!」
 だが、その劣勢すらたったの一太刀によって斬り伏せられる。
 大気を切り裂く暴風の如き音がケルベロスたちを弾き、返す刃が衝撃波となって飛翔する。
 仲間を庇ったミミックのヒガシバはその一撃にかきけされるまま、消滅してしまった。
「こんだけ追い詰めてるのに、全然優勢って感じがしないわね」
「えぇ……実際、私たちもギリギリで戦ってますからね」
 振り回される大剣を前に一旦距離を取るソフィアと将司が冷や汗を拭い、零す。
 戦況は二人が言うように、優勢だがギリギリの状態。戦いが長引けば覆るのは一瞬だろう。
 そうしている内に、ジーグルーンと共に奇襲をしかけたライドキャリバーが炎を纏った突撃を浴びせた直後に両断される。
「あの剣、吸収したグラビティ・チェインを生命力に変えているのか、喰らえば喰らうほどこちらが不利だな」
「戦いに狂い、死して尚生き血を啜るとは、業の深い存在でございますね……だからこそ、止めなくては」
 ジーグルーンの一撃は黒鎧の朽ち切った部位を穿ち、その守りを剥がしていく。
 続くソルシェールの槍撃が剥がされた部位を貫き、雷撃が狂気に満たされたその神経を走り抜けた。
「焔、回復はこっちに任せて攻撃に回れ!」
 他のサーヴァントたちがやられてしまったのは手痛いが、それによって回復に徹していた伶たちにも攻撃の隙ができた。
 伶の放った使い魔はボクスドラゴンの焔のブレスと共に、エインヘリアルの動きを徹底的に妨害している。
 朝日は湿原を照らし始め、新たな一日が始まろうとしている中、熾烈な戦いは終局へと向かっていた。


「喰らい……やがれッ!」
 かすっただけで致命傷になりかねない斬撃をかいくぐり、雪彦が剣戟を響かせる。
「その勢い、死んでもらいます」
「もう一度力を解放し、動きを抑えます」
 シマツの光弾と、将司の解き放った力がエインヘリアルにぶつけられ、、その隙にジーグルーンが光の剣を一閃する。
 あらゆる技と連携を駆使し攻撃を続けるが、依然としてその勢いが衰える様子は皆無だ。
「火力を集中させよう、突破口は私が作る!」
「了解、おばちゃんもちょっとだけ、本気出すわよ」
 ジーグルーンの提案にソフィアに次いで全員が頷く。
「援護する、一気に片付けちまいな」
 飛び出した彼女を支援するように、伶はアームドフォートによる砲撃を降り注がせる。
 エインヘリアルを囲うように炸裂する弾幕は敵の視界を奪い、そして仲間の道を作り出す。
 そして、ジーグルーンの刺突がエインヘリアルの巨躯へと狙いを定める――が。
「危ない!」
 それを見越していたかのように、舞い上がった土煙をかきけし至近距離で放たれる斬撃の波。
 直撃を受けたのは、間に入ったソルシェールだった。
 肉を抉り、骨を砕く衝撃波に、ソルシェールは地面に倒れ伏してしまう。
「この……やってくれたな!」
 致死量のダメージではない、しかし治療は戦いの後になるだろう。だからこそ、今は彼女が作ったこのチャンスを全力で使わなければならない。
 引き換えに放たれた一撃は完璧に突き刺さり、堅牢な鎧を砕き、エインヘリアルの胴部を晒し出すに至る。
「貴方は此処で果てなさい。失墜の黄金、叫ぶ骨は死に躍り、狂う臓腑は怒りに焚かれる、恨め、恨め、恨め、恨め、都度繰り返しなお盲い、刃に吼ゆる魔を宿さん!」
 仲間の深手に感情を爆発させたのは、斎も同様であった。
 地を滑るように駆け、一気に間合いを詰めながら紡がれる詠唱。噴き上がる怨嗟の炎は黄金色を宿し、けたたましく鳴く回転刃に馳せる。
「もう、貴方の時間は終わりなの。ゆっくり休みなさい」
 無論、この一斉攻撃に対応できないエインヘリアルではない、筈だった。
 しかしソフィアに撃ち込まれた弾丸が、そして今彼女が解放した時間停止の力が、それをさせない。
 鎧が砕かれ、守りが手薄になった個所に攻撃が叩き込まれる。そして――。
「時は動き出す」
 斎の黄金色の炎とソフィアの拳撃、それらが時の流れと共に一斉にエインヘリアルへと襲い掛かった。
 この猛攻を浴びて立っていられる者など、普通なら有り得ない。そう、『普通なら』。
「ォ――オオオオォォォオオオ、オ、オ、オ、オ!」
「な、まだ動きますか!」
 それは、黎明に吼える狂気そのもの。燻るような鈍い輝きを宿した剣をエインヘリアルが振りかざす。
 だが、誰よりも早くそれに反応したのは、雪彦だった。
「ただじゃ死なねぇとは思ったぜ――血染めの雪となりやがれ」
 星のオーラが冷気となって周囲に弾ける瞬間、その空気すら斬り裂いて凍刃が舞った。
 雪彦の一閃はエインヘリアルの喉元を裂き漂う冷気を言葉通りの赤い雪へと変えていく。
 今度という今度は、巨体は崩れ、長い戦いはようやく終わりを告げるのだった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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