月の樹海と骨鯨

作者:犬塚ひなこ

●苔生す森の主
 月明かりが森を仄かに照らし、緑が夜風にざわめく。
 気が付けば少女は深い深い樹海の奥に立っていた。昏い夜道を導いてくれるのは金の糸めいた月の光。淡い煌めきに誘われて森の更に向こう側へ踏み出せば、満たされた夜の空気の中を泳ぐ魚達が見えた。
 指先を伸ばして触れてみると森を舞う魚は樹々の上に飛翔してゆく。
「なんて、すてきなせかい」
 少女は淡く微笑み、静謐な森の世界を駆けていった。
 穏やかで幻想的で不思議な樹海の中は迷路のようだったが、臆することなく奥へ向かう。しかし、少女は其処で森の主と出会ってしまった。
 苔生した巨大な骨。それは数メートル程の大きさだったが、何故だか鯨だと分かった。
「クジラさん、怒ってるの? ごめんなさい、勝手に森に入ったから……」
 少女が森鯨に謝ろうとした瞬間。口を広げたそれは彼女をばくん! と丸飲みにしてしまった。哀れ、その躰は腹の中。こうして彼女は森の主とひとつとなったのでした。

「いやあっ! あれ……夢、だったの?」
 視た夢は怖くて恐ろしくて吃驚してしまうものだった。跳び起きた少女はあの結末が現実ではなかったことに安堵して瞼を擦る。
 すると、何だか部屋の中に妙な気配を感じた。誰かいるのかと恐る恐る目を凝らした瞬間。少女の胸に魔鍵が突き刺さった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 鍵の力で少女の夢を覗きながら呟いたのは、魔女ケリュネイアだ。
 夢を奪われると同時に意識を失った少女に見向きもせず、魔女はその場から去って行く。
 
●骨鯨と月の光
 そして――『驚き』から具現化した夢喰いは現実を泳ぎ始める。
「あんなに素敵な夢だったのに、酷いわ」
 不機嫌そうな呟きを落とし、ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)はふいと視線を落とした。或る少女が視たという夢に思いを馳せていたのか、小さな溜息が零れる。そして、気を取り直したジョゼは顔をあげた。
「皆も知ってる通り、『驚き』がパッチワークの魔女に奪われてドリームイーターになったの。このままだと夢の主の女の子が目を覚ませないままになるわ」
 ケルベロスとして放置してはおけないと語り、ジョゼは仲間に協力を願った。そうして、ジョゼはヘリオライダーから聞いた情報を伝えてゆく。
 今回の敵は骨で出来た鯨の姿をしている。
 大きさは数メートル。その外見は実に幻想的だ。朽ちかけた白い骨には苔が生しており、白灰と緑のコントラストが美しいらしい。現在、骨鯨は少女の家の近隣にある森の中を悠々と泳いでいるという。
「驚きを司る夢喰いの特性として、誰かを驚かせたくて仕方ないんだって。だからアタシ達が森の中に入るだけで向こうから驚かせに来るはずよ」
 誘き寄せは楽ね、とジョゼは月絲めいた白金色の髪をさらりとかきあげた。その隣ではウイングキャットのレーヴが大人しく座っている。
 真夜中なので人払いの必要もないだろう。また、今夜は月が明るい。森の中も月の光が差し込んでいる為に暗さによる戦い辛さはないようだ。
 しかし、敵は遭遇時に大きな口を開けて此方を飲み込むふりをする。その際に素直に驚けば何も問題はないが、驚かなかった者に奇妙な執着をみせるらしい。
「驚かないから何だっていうのかしら。でも、そうね……その性質を逆手に取ればアタシ達が少し有利に戦えるかもね。利用してみてもいいんじゃない?」
 作戦を決めれば後は全力で戦うだけ。
 ジョゼは説明は以上だと告げ、解説って意外と大変ね、と小さな感想を零す。そんな彼女を見上げたレーヴが首を傾げると、その片眼鏡がそっと揺れた。
「でも、本当に綺麗な夢ね。樹海を泳ぐ苔生した巨大な骨鯨……。それが現実になったと思うと少し浮足立つけれど……駄目、あれは敵だから」
 不意に水晶のような瞳に夢想を映したジョゼだったが、首を振って思いを振り払う。いくら幻想的でも敵は敵。放っておけば少女の夢が歪められてしまうことになる。
 そして、ジョゼは決意を抱く。必ず骨鯨を屠り、夢を護ってみせると――。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
朝倉・ほのか(びゅっふぇ・e01107)
ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
マール・モア(ダダ・e14040)
燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)
クーヴェルシュイユ・ティアメイア(ちいさないさな・e25812)

■リプレイ

●森の翠と骨の白
 ひとが視る夢の形は美しくて綺麗で、少し残酷だ。
 月光に染まる骨鯨は絵本の挿絵のように幻想的で、きっとほんのりと森の匂いがする。
 淡い月のひかりに照らされた森の道を歩き、樹々を見上げたジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)は来たる敵に思いを馳せた。
 静かな森の中は平穏そのもの。だが、この辺りには夢喰いが潜んでいるという。
「木々の隙間から零れる月明かり、空飛ぶ骨鯨かぁ……」
 イェロ・カナン(赫・e00116)は辺りをゆっくりと見渡し、気配を探る。幻想的な世界に呑まれて本当に鯨に飲まれてしまっては大変だ。
 さて、とイェロが振り返った刹那。茂みの中から大きな骨の鯨が飛び出してきた。それは骨組みだけの口を大きくひらき、ケルベロス達に喰らいつく勢いで距離を詰める。
 鯨は喰らいつくふりをしただけで本当に齧りつきはしなかったが、朝倉・ほのか(びゅっふぇ・e01107)は素直に驚いてしまった。
「きゃっ! び、びっくりするじゃないですか……」
 ほのかがびくっと身体を震わせる中、クーヴェルシュイユ・ティアメイア(ちいさないさな・e25812)も驚いたふりをする。
 更にセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は思わず燈灯・桃愛(陽だまりの花・e18257)の腕を掴み、ぎゅっと手を握り締めながら感動を見せた。
「あぁ、あれが夢の鯨ね! なんて素敵な姿でしょう!!」
「なんて幻想的な鯨さんなの? 思わず見とれてしまうのよ」
 セレスティンが違う意味で驚き、後衛へ下がる動きに合わせて桃愛も後方に後退る。彼女達に対し、ウイングキャットのもあは驚かずじっと敵を見つめていた。
 驚きの形は何もひとつではない。香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)とジョゼは苔生した骨鯨の姿に感嘆の溜息を吐き、
「わ、綺麗……。物語の中に入り込んでしまったみたい……」
「嗚呼、本当に綺麗――」
 本当にこのような物が現実と化したことへの驚愕がジョゼ達の中に満ちる。枯骨と化して尚美しいその姿に目を瞠り、ジョゼは芝居の域を越えて息を呑んだ。ウイングキャットのレーヴも感心したような目を向け、驚きを表している。
 しかし、すぐにはっと我に返った雪斗は拳を強く握った。
「女の子が素敵な夢をみられるように。……こんな悪い夢は、終わらせなあかんね」
「ええ、そうね。月の夜游ぐ骨鯨――なんて素敵な夢かしら」
 すると、まったく驚く素振りを見せなかったマール・モア(ダダ・e14040)が静かに答えた。巨大な怪物も月光に惑う森の中では美しい許りの幻想。猶々怖ろしい夢も現実も知ってしまっている。
 ゆえに夢は夢たればこそ。
 現世に紛れ塗れたならば、此方の流儀に従わせるのみ。
 ナノナノを伴ったマールが身構えると、同じく驚かなかったイェロもふっと双眸を悪戯っぽく細めた。驚きを見せなかった二人と翼猫の様子を察した骨鯨は、既に彼女達に狙いを定めようとしている。
「見惚れるのも程々に、時が許すまで遊びましょ」
 イェロが、おいで、と敢えて誘うように笑いかければ鯨は口をあけて近付いてきた。
 これで完璧に守り手達が敵の気を引けたと確信し、クーヴェルシュイユは夢喰い鯨の姿を改めて瞳に映した。
「ひとを襲うのはいただけないけれど驚かないと拗ねるところは、存外と可愛いやつだな」
 海の彩めいた青の双眸は緑と白骨の鯨を捕え、そして――はじめようか、と少女が告げた言葉によって戦いの幕があがった。

●幻想の鯨
 空中でくるりと舞うように体を動かし、骨鯨は再び口を開いた。
 音は出ていないが、まるでそれは鯨が吼えているかのようで空気が張り詰めてゆく。だが、セレスティンは怯まずに一気に踏み出した。
「深い森の中で朽ちゆく鯨の……巨大な骨! 気持ちが弾んで落ち着かないわ!」
 苔生した骨を自らの手で亡ぼせる思うとゾクゾクするのだと口にしたセレスティンは曼珠沙華の力を解放する。刹那、炎にも似た赤い華がドリームイーターの周囲一面に開花していき、痺れを齎してゆく。
「ほんと、驚かない人にこそ寄り付いてくるなんてなんだか子供みたいだよな」
 ビックリさせられたらお前の勝ちね、と冗談めかしたイェロが地面を蹴り上げて流星の一撃を放った。其処へ続いたジョゼが森梟のアストルに魔力を込める。星空を映す碧眼の梟が舞い飛び、骨鯨の身を穿っていった。
 ほのかはその隙を突き、竜語魔法を紡いでいく。
「戦いを始めます」
 普段の自信のない雰囲気とは打って変わり、戦闘のスイッチが入ったほのかは凛とした声を差し向けた。冷静な眼差しと共に幻影竜の炎を解き放ったほのかは、骨鯨が反撃に動く様を感じ取る。
 来ます、と告げた仲間の声に反応したマールが雪斗の前に立ち塞がった。頼むね、と信頼を寄せた雪斗に頷き、マールは敵の喰らいつきを受け止める。
「まあ、なかなか強いのね」
 広げた竜翼に思わず力が入ってしまったことを感じながら、マールは痛みを押し殺す。その様子に気付いた桃愛が愛猫に呼び掛けた。
「いくのよ、もあ。皆を護るために一緒に頑張ろうなのよ!」
 桃愛は仲間を鼓舞するために爆破スイッチを押し、カラフルな煙を起こしていく。もあは清浄なる翼を広げて加護を与え、マールが受けた痛みを癒していった。
 更にレーヴが援護に入ることで前衛の耐性はより強固なものとなっていく。
 クーヴェルシュイユは仲間達の存在に信頼を感じ、自らも電光石火の一撃を見舞いに駆けた。そのとき、ふと思うのは少女の夢について。
「海のいきものが暮らす森、かぁ」
 飴細工のように、それはそれは繊細で綺麗な世界だったのだろう。人の夢を覗くことは出来ないと知っていても叶うものなら一目みてみたい。
 されど、目の前には今その一部が具現化している。それが幸か不幸か判断は出来ないが、雪斗は不可思議な光景に目を細めた。
「深い森に、優しい月の光が差しこんで素敵な夜やね。この中を悠々と泳ぐ骨鯨は溜息が出るほど幻想的やけど……」
 このまま放置しておけば、夢を視た少女はずっと目を覚ませないまま。槍の切先を敵に差し向けた雪斗は鋭い突きを放つ。
 しかし、骨鯨は巨体に見合わぬ華麗な動きで雪斗の一撃を躱した。まだこれからよ、と仲間に告げたジョゼは鋼の鬼をその身に纏う。
「夢喰いに呑まれる訳にはいかないけど、あなたの姿はとても素敵」
 レーヴ先生と二人、骨の胎内に潜り込んで夜空を散歩出来たらどれほど心地良いか。まるで御伽噺のようで憧れが募るが、きっとこの敵に呑まれてしまえばお終いだ。
 ジョゼは肩を落としたが、すぐに強い眼差しを骨鯨に向けた。
 ほのかも仲間に続き、バールのようなものを振りあげて敵を穿ちに向かう。
「月明かりの元、天に代わってお仕置きです。押し通りますね」
 武器の先端、曲がった部分が鋭い一閃となって骨鯨の一部に穴をあけた。欠けた骨が飛び散るほどに勢いを乗せたほのか。その瞳はただ勝利だけを見つめている。
 ひゅう、と口笛を吹いて称賛を送ったイェロは、素早く砲台を展開していった。
「誰かの夢の産物とはいえ、骨と成り果て、苔の生すまで、か」
 なんとも絵本みたいな話だと改めて考えながら、イェロはアームドフォートの主砲を一斉発射していく。それに合わせて雪斗が先程のリベンジとばかりに蹴撃を見舞った。
 ナノナノもぴゃっと跳び出してちっくんと敵を刺し、その体力を削る。
 しかし、骨鯨は森の癒しで回復に移った。
 付与した痺れや炎が消し去られていったが、セレスティンは慌てずに更なる攻撃に出る。
「本当は保存したいのだけれど、倒さないといけないのが残念」
 うふふ、と笑ったセレスティンは両手に構えたバスターライフルから魔力の奔流を解き放った。鋭い衝撃が迸っていく最中、クーヴェルシュイユも鋼鬼を纏って追撃を狙う。
「夢はそのひとだけのものだからね。きみを産んだあるじのもとへ還してあげよう」
「苔の鎧を削ぎ落として、骨も砕き抉ってあげる」
 其処へマールによる斬撃が見舞われていった。衒いも容赦も、遠慮すらない攻撃の数々が敵を襲い、骨を削ってゆく。
 さりとて鯨も骨の惑いを使って此方を惑わそうとしてきた。
 桃愛はすかさず癒しのあめを紡ぎ、きらめく世界を作りあげていく。その思いはとても甘く、そして強く――戦場を彩る癒しとなった。
「少女の夢が悪夢へ変わる前に力を合わせて鯨さんを倒すのよっ!」
 きっと、あともう少し。
 桃愛が懸命に呼び掛けた言葉は森に響き渡り、仲間達へのエールとなった。

●元の夢へと
 戦いの応酬は途切れることなく続き、癒しと攻撃が絶え間なく飛び交う。
 夢喰い鯨の力は強く、不利益が幾度もケルベロス達を襲った。しかし、イェロとマールが敵を引き付け続けているうえ、仲間に攻撃が向かった時はすぐに庇いに入る。更に桃愛ともあ、ナノナノやレーヴ達が皆を癒していくことで戦線は保たれていた。
 雪斗やジョゼ、クーヴェルシュイユ達が攻撃を続けることで骨鯨の方も弱っているのか、揺らめく動きが妖しくなってきている。
「本当に美しいです、魔性とはこういう事を言うのでしょうか……」
 ほのかはその動きに注視してぽつりと呟く。そして、己の内に潜む負の力を解放したほのかは黒い疾風の如く立ち回り、敵を容赦なく穿った。
 セレスティンも眼を細めて先程よりも弱々しくなっている骨鯨を見据える。肋骨の整然たる並び。月明かりを反射する緑の苔。
「素敵ね。森と苔むした鯨の骨。ふふ、このまま部屋で飼っちゃいたいくらい」
 でも、私たちは食べさせてあげない。
 そんな言葉と共に再び開かせた曼珠沙華が猛威を振るい、骨を焼き焦がす。マールは夢喰いの力もあと僅かしかないと悟り、その口に目掛けて后の林檎を放り投げた。
「最後に召し上がれ。そして貴方の在るべき場所へお還りなさい」
 夜が明ければ霞と消える夢の如く。マールの言の葉は静かに落とされ、林檎と共に弾けていく。だが、骨鯨はマールを狙って喰らいつこうと動いた。
 大きな衝撃が彼女を襲ったが、桃愛が即座に癒しに移っていく。
「お願い、笑顔の華をたくさん咲かせてっ!」
 最後まで癒し手として動くのが自分の役割だと律し、桃愛はぎゅっと掌を握った。クーヴェルシュイユは仲間の田茂の示唆を改めて感じ、攻勢に入る。
「――森に棲まういさなは海に焦がれたものだろうかな。そうでなければ、余計なお世話かもしれないけれど。そろそろ、おわりにしよう」
 クーヴェルシュイユが囁けば、千に咲き誇るデルフィニウムが戦場に咲く。それらは鯨を導くように拡がって、対象を青の彼方へと連れゆく。仲間の発現した力もなんて綺麗なのだと見惚れつつ、ジョゼも魔力を紡いだ。
「沢山の驚きを食べて胎が満たされたなら、大人しく夢の中にお帰り」
 月光浴はお終い、と放たれた焔が空気ごと敵を焼き尽そうと広がる。イェロは少しずつ近付いている終幕を意識しながら鯨に手を伸ばす。
 月明かりに照らされた真白の骨に少しだけ触れてみたかった。彼は地に還るのが正しいのか。海か、それとも空なのか。
「まぁ……飛べるのなら好きな所に行けるでしょ。おやすみ、よいゆめを」
 別れの言葉と共に触れた指先。彼の虚空の左胸から生ずる炎は赫々と燈り、瞬きの間に爆ぜ燃ゆる。ほのかがその光景を見守り、セレスティンも次が最後だと感じた。
 月の光と炎のいろが織り交ざる最中、雪斗は終わりを見出す。
「月が鯨の心も狂わせてしまってるんかな? なら、この花でそんな心も静めてしまおか」
 きっと、よく似合うと思うから。――この花を、キミへ。
 凛とした雪斗の声と同時に周囲にスノードロップの花が咲いてゆく。それはまるで骨を葬送する餞のように広がり、そして甘やかな死の香りを満ちさせた。
 もたらすものは希望でも慰めでもなく、無慈悲な終焉を与える春告の花。
 そうして、花に包まれた鯨は地に落ちる。彼に戦う力は残っておらず、苔生した体躯は花弁が散るかのようにはらはらと剥がれ散っていった。

●物語の終わり
 夢喰いは崩れ落ち、小さな煌めきの塊となって霧散した。
 月明かりが零れる森の中で夢は在るべき夢に還った。ジョゼが光の軌跡を見守る中、雪斗は緩やかに安堵の息を吐く。
 悪夢が現実になってしまうことは阻止できたのだと感じ、マールもナノナノにそっと目配せを送った。そして、戦闘態勢を解いたほのかも仲間を見渡す。
「その、お疲れ様でした。皆さん大丈夫ですか?」
 誰も大きな怪我を負っておらず、ヒールをすればすぐに元気になれる程度だ。ほのかは淡い笑みを浮かべた後、森を泳いだ鯨に黙祷を捧げた。
 骨の鯨は死したのではなく、夢として主の元に戻っただけのはず。
 イェロは先程まで鯨が泳いでいた虚空を眺め、次こそかの少女が楽しい夢を見られると良いと願った。きっと彼女の夢は心地良い幻想に満ちているに違いない。うん、とイェロが一人頷いていると不意に桃愛が仲間達に問う。
「そういえばね、皆さんの夢は何か聞いてみたいのっ!」
 私の夢は大好きなひとのお嫁さんになることだと語った桃愛は、眠ってみる夢から個人の描く未来の夢へと想像を巡らせたようだ。
「夢、か。ぼくにはまだわからないけど、今はおいしいものが食べたいな」
 くぅ、と鳴ったお腹をおさえたクーヴェルシュイユは現在の気持ちを素直に告げた。その様子に薄く笑んだマールがナノナノを呼べば、何処かから持って来たビスケットがクーヴェルシュイユに渡される。
「少し足りないかもしれないけれど、如何?」
「そや、飴ちゃんもあるから良かったらどうぞ」
 雪斗もはらぺこ娘に偶然持っていたキャンディの包みを手渡して明るく笑んだ。ありがとう、と答えたクーヴェルシュイユは仲間達を見上げる。
 和やかな様子にセレスティンがくすっと微笑み、森の出口を指差した。
「さぁ、夢は終わり。おはようみなさん、続きはまた明日」
 戯れの言葉を皆に向け、セレスティンはゆっくりと歩き出す。未だ辺りは夜の闇に包まれているが、帰り道は来た時と同じように月の光が導いてくれる。
「帰ろうか、俺達も」
 イェロが仲間を誘って踏み出し、ほのかや桃愛、ジョゼもその後に続いた。
 その際、ジョゼは一度だけ森を振り返ってレーヴに語りかける。ねぇ先生、と翼猫に囁いた彼女は水晶めいた瞳に想像を映した。
「今宵の事を童話にして綴るなら、アタシはこの一文で物語を締めるわ」
 そして、彼女は思いを紡ぐ。

 『こうして骨の鯨は幸せな夢の中に帰って行ったのでした。めでたし、めでたし』
 

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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