伽藍堂の絡繰り兵

作者:犬塚ひなこ

●錻力兵の暴走
 目の前に広がったのは色鮮やかな世界。
 其処は明るい音楽が流れ、ぬいぐるみや人形達が歌う夢の玩具工場。流れていくカラフルなレーンからは次々と新しい玩具が生み出され、楽しい光景が見えた。
「わあ! かっこいいブリキの兵隊だ!」
 玩具工場を見渡した少年は列を成して歩いて来るブリキ人形を見つけ、歓声をあげた。いつか絵本で見たブリキ兵にひっそり憧れていた少年は彼等に手を伸ばした。
 兵らしく敬礼をして少年に応えたそれらは、手にしている玩具の武器を振りあげてポーズを取る。だが、次の瞬間――ブリキ兵達は彼に狙いを定めた。
「待って! 違うよ……僕は敵じゃないよ、やめて!」
 少年は襲い掛かって来る兵達から逃げ回り、助けてと叫ぶ。そうしてブリキ兵達は次々と合体しはじめたかと思うと巨大な一体の兵士へと変貌した。
 いつの間にか周囲は灰色の世界に変わっており、兵は少年に敵意を向ける。そして、今にも武器が振り下ろされようとした刹那。
「――殺さないで! ……あれ? なんだ、今のは夢だったんだ……」
 少年はベッドの上で飛び起きた後に安堵を覚えた。
 しかし、彼は気付いていない。驚きの夢を視た自分の背後に魔女ケリュネイアが振るう魔鍵が迫っていることに。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 魔女は鍵の力で少年の心を覗き、夢を具現化させていく。
 ケリュネイアが踵を返して部屋を去ってから暫く、意識を失った少年の傍に物々しい姿をしたブリキ兵のドリームイーターが現れた。
 そして、驚きの夢喰いは新たに脅かす対象を探す為に部屋を飛び出していく。
 
●がらんどうな心
 パッチワークの魔女が『驚き』を奪い、新たな夢喰いを生み出した。
 ケイト・バークレイ(蛻の心臓・e14186)はヘリオライダーによって未来視された事件を端的に語り、集った仲間達に説明を始める。
「敵は錻力の兵の姿をしているようだ。見た目は一体のみだが持ち得る能力によって幻影の騎兵隊や銃兵を喚び出すと訊いている」
 驚きの夢から具現化したそれは差し詰め錻力兵の指揮官と云った処か。現在、夢喰いは少年の家の近くにある廃工場付近を彷徨っている。今は真夜中なので人通りはないが、このまま放っておくと朝方に人を襲ってしまうだろう。
 ケイトは灰青の眼を仲間達へと真っ直ぐに向け、軽く頭を下げた。
「被害を防ぐ為に協力してくれ、と此方から願わずとも番犬達なら快く助力してくれるのだろうな。故にお前達には遠慮も何も無い。宜しく頼む」
 そして、ケイトは戦場や戦い方について語る。
 今回の敵は誰かを驚かせる為に行動しているという。それ故に誘き寄せ等は不要であり、廃工場内で待機していれば此方の気配を察知して近付いて来る。
 だが、問題は敵と邂逅した瞬間だ。
「夢喰いは唐突に現れて武器を向け、此方を驚かそうとして来るらしいな。演技でも何でも驚いてやれば一応は満足するが、最初に驚かなかった相手に対して執拗な攻撃を仕掛けて来る。不可解な奴だ」
 ケイトは緩やかに首を振る。されどこの特性を利用すれば攻撃の矛先を定めさせる事が出来るだろう。逆に全員が驚かなければ敵の攻撃が向く先はその時々の状況次第となり、普段の戦いと同じ展開となる。
 どう扱うかは作戦と相談次第だと話したケイトは其処で説明を締め括った。
「然し、錻力の兵隊か。外観は頑丈そうでも中身は恐らく伽藍堂だ。兵として戦うだけに過ぎん。心が無ければ、ただ其れだけの為に――」
 ケイトは独り言めいた言葉を零して僅かに俯く。それは携えていた二挺の拳銃にそっと視線を落とす為だ。そうして、すぐに顔をあげたケイトは往くぞ、と仲間達をヘリオライダーが待つヘリオンに誘う。
「悪夢の終焉を告げに往かねば。醒めぬ夢など無いのだからな」
 仮令それが怖ろしい夢喰いだとしても元は子供の無邪気な夢だ。ケイトはそっと戦いに思いを馳せ、一歩を踏み出した。


参加者
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
クレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)
黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)
ケイト・バークレイ(蛻の心臓・e14186)
汀・由以子(水隠る竜・e14708)
テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)
ステラ・ラプストラテスラ(幼語りのパストゥレル・e20304)

■リプレイ

●錻力の兵
 静寂に満ちた廃工場内に幽かな明かりが燈る。
 少年が夢に見たという憧れの玩具工場とは程遠い寂れた場所。其処には今、現実に具現化したドリームイーターの到来を待つケルベロス達が訪れていた。
「お人形の夢、素敵だなあ」
 ステラ・ラプストラテスラ(幼語りのパストゥレル・e20304)は予知で聞いた少年の夢を思い返し、小さく笑む。自分が両親に貰った赤と青の双子のテディベアはいまでも枕元に並んでいっしょに眠っている。それが夢の中でお喋り出来たらとても嬉しいはず。
 しかし、今回の夢はそう優しくはない。
 ケイト・バークレイ(蛻の心臓・e14186)は気を引き締め、静かに呟く。
「年端も行かぬ少年が見るには聊か物騒すぎる夢。速やかに送り返してやろう」
 それがきっと夢喰いと化した存在の為でもあるとケイトが語れば、クレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)が緩やかに頷いた。
「ブリキ兵か。御伽噺の世界に憧れていた子供の頃を思い出すよ」
「ドリームイーターがまた一人、何の力もない無謬の民を害しようというのですね」
 大切な夢を弄んで奪うなんて許せないとクレスが話すと、アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)も敵への思いを馳せる。何としても阻止するという思いを抱き、トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)は軽く息を吐いた。
「驚きなんて、そこまで執着するほど魅力のある感情とも思えないですけど」
 だが、パッチワークの魔女は何かの目的を持って事件を起こして回っているのだろう。
 そのとき――廃工場内に影が差す。
 来た、と感じたテトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)が振り返ると武器を持った物々しいブリキの兵隊が背後に出現していた。
「きゃわーっ!? 殺さないで! あたしは何も怪しくない刀を持った美少女ですよ!」
 テトラが大袈裟に驚いたことを起点として、黒江・カルナ(黒猫輪舞・e04859)やクレス、ケイト達が驚いた様子を見せる。
「これは……」
「何だこれは、実に面妖な玩具が動いているぞ」
 カルナが慄いたふりをする中、ケイトも棒読みな台詞で懸命に演技を行った。自らの大根役者ぶりに思わず眉を顰めるケイトだが、実は隣にいたトエルも似たようなものだ。
 だが、ドリームイーターにとってはそれで良かったらしい。
 ブリキ兵は武器を構え直し、まったく驚かなかった汀・由以子(水隠る竜・e14708)とステラに矛先を向けようとしていた。
「その程度のことで驚くと思われるなんて心外ねぇ」
 由以子は驚いていないことを印象付けられるよう、冷ややかで呆れた視線を送った。ステラも懸命に強い眼差しを向け、凛と言い放つ。
「自分が好きなものに襲われちゃう夢は、怖いね。ましてや、それを正夢にしちゃおとするドリームイーターも怖いし、許せません!」
 ステラ達の言葉に続き、ケルベロスは其々に身構えた。
 ブリキ兵が今にも襲い掛かって来そうな姿を見据え、カルナはふと言葉を零す。
「私も元はがらんどうの人形にして、尖兵だったけれど……」
 今はこうして驚くという感情やその意味を識った。
 そして、空っぽの心のまま人を傷付ける事の哀しさも理解っている。その悲しさを繰り返させぬ為にも、夢は夢へと還そう。
 胸裏に浮かんだ決意は意志の力となり、始まりゆく戦いへと巡ってゆく。

●心の有無
 張り詰めた空気の中、先手を取ったのはデウスエクス側だった。
 銃撃部隊を具現化させた敵は兵を前衛に向けて解き放つ。由以子とステラ、ウイングキャットのリシアリジスを中心に撃ち放たれた弾丸の雨はその身を次々と穿った。
 しかし、即座にアリシアが彼女達の癒しに回る。
「力無きものを害することは、私の前では許しません。民の安寧と夢を守るために……あなたを倒しましょう、ドリームイーター」
 その為に癒し手として立ち回ることを決め、アリシアは爆破スイッチを押した。それに合わせてボクスドラゴンのシグフレドが属性の力を放ち、由以子に耐性と癒しを与える。
 更にカルナも其処に続き、強化の力を広げていった。
 仲間達が起こした色とりどりの煙が戦場を包み込む中、トエルは攻性植物を迸らせる。
「驚かなかったら襲ってくるだなんて、デウスエクスの考える事はよく分かりませんね。まぁ、なんであれ敵であれば戦うだけですけど」
 淡々と思いを口にしたトエルは広がる煙の死角を用い、蔓触手でブリキ兵本体を縛りあげてゆく。言葉は何処となく空虚だが、トエルの瞳には強い意志が見え隠れしていた。
 其処へオルトロスの茜が駆け、神器の剣を振り下ろす。
 良いぞ、と相棒に呼び掛けたクレスも刃を構えて攻撃に移っていった。
「ブリキ兵の中身が空虚であっても実力は侮れないだろうな……それなら――!」
 刹那、放たれたのは冴ゆる刃の一閃。それは重く、疾く、漆黒の軌跡を描きながら闇を断つ。彼岸の花を散らすかのような一撃は戦場に鮮烈な赤を宿していった。
 クレスの攻撃が見事に効いていると感じ、テトラは自分も負けていられないと気持ちを新たにする。そして、テトラは魔法の木の葉を纏う。
「ブリキ兵かぁ、夢から生まれた子供らしいドリームイーターだね!」
 考えようによっては微笑ましくも感じる兵隊の姿を見つめ、テトラは明るい調子で次の攻撃に備えた。ブリキ兵が槍兵を召喚しようと動く最中、ライドキャリバーのジムがエンジン音を響かせて突撃していく。
 その駆動音が工場内に鋭く響き渡る音を聞きながら、ケイトも紙兵を散布した。その際、ふと感じたのは敵の心の在り方について。
「果たして心が無いと云うのは本当なのか。他者の一驚に満足する位だ、少し位――」
 其処まで言いかけたケイトは首を横に振る。
 今は考えても詮無いことだと感じた彼女は考えを振り払い、敵へと駆けていく由以子の背中を瞳に映した。そうして、そのまま跳躍した由以子は魔斧を思いきり振るう。
「さっさと終わらせて夢を取り戻してやるよ」
 戦いの最中、由以子の口調は師匠譲りの荒々しいものへと変わっていた。その強さに相応しく、攻撃も激しく迸る。
 仲間達の頼もしさを空気から感じ取り、ステラはリシアリジスと頷きを交わした。
「男の子が今度こそいい夢みられるよに私たちで、がんばらなきゃね!」
 ――『ステラ・マジカ』、赤色!
 元気の良い声と共に星辰魔法が紡がれ、赤い天の川が周囲に広がる。それはまるで旗のようにひらひらと翻って仲間を鼓舞していった。更にリシアリジスが清浄なる翼を広げることで加護を与えていき、皆の力に変わっていく。
 これで守護も耐性も充分に施された。相変わらずブリキ兵からの攻撃は容赦がないままだが、立ち回り続けるアリシアもトエルも気概では負けていない。
 テトラも強気な姿勢を崩さぬまま、援護から攻勢に移ろうと決めた。
「ふふー、兵隊らしく工場内で門番気取り? 番犬として正義の味方として、そして何より美少女として! もっともっといっくよーっ!」
 あたしがいるから大丈夫、と猫の如くぴょんぴょんと戦場を跳ね回るテトラは月光めいた斬撃で以てブリキ兵を斬り裂いた。
 敵の体と振るった刃が衝突する感触は硬く強固なものだったが、クレスは何度でも仕掛けるのみだと立ち向かっていく。
「少年の夢を護る為にも、夢喰いが奪ったものは返してもらうぜ!」
「夢や心を喰い物にするような真似は、許せません」
 クレスの勇敢な言葉に合わせてカルナも思いを口にした。心無き力に負ける訳にはいかないと己を律したカルナは、構えたガトリングから銃弾を解き放つ。
 幾重もの連射が敵を穿っていく様に合わせ、ケイトも銃を差し向けた。
「……兵、か」
 思わず零れ落ちたのは無意識の呟き。其処に宿っていたのは同情めいた思いだった。
 機械軍の尖兵として、心の無い存在として、血に塗れていた頃の己と目の前の敵を重ねずにはいられない。だが、今の自分と相手は全く違う存在だ。
 ケイトが顔をあげて銃弾を撃つと、ジムが機銃を掃射していった。
 トエルはその隙を狙って地獄の炎を纏い、敵との距離をひといきに詰める。ひらりと舞うように躍る白き衣が揺れた刹那、トエルの炎が兵を焼き焦がした。
 反撃としてブリキ兵が中衛に向けて騎兵隊を行進させたが、ステラと由以子がすぐさま仲間を庇いに走る。
 重圧が戦場に満ちたが、アリシアがすかさず不戦の歌を紡いだ。
「我は争いを厭うもの。しかし戦いましょう。貴方のように、征服を臨む者がいる限り、我がやり方で――」
 戦う者達の傷を癒す音色は見る間に二人の痛みを鎮めていく。アリシアの支援を受けた由以子は視線で礼を告げ、揺蕩わせた煙で洪大な骸骨を造り出した。
「空っぽの心じゃ寂しいだろ? 同じ空っぽのよしみさ、受けとれよ」
 由以子が敵を見遣った瞬間、薙ぎ払う様に揺らめく手がブリキ兵に降れる。
 その一閃の名は黯然伽藍堂。憎しみ、恨み、悔恨、絶望、ありとあらゆる負の感情の奔流が夢喰いを包み込み、多大な衝撃と麻痺の力を与えた。
 敵の身が揺らぎ、体勢が大きく崩れる。
 いよいよ戦いも大詰めだと感じ、仲間達は更なる決意を固めていった。

●夢に還る
 銃撃部隊に騎兵隊、槍兵の突撃。
 続く戦いの中で絡繰り兵の攻撃は一片の容赦もなく巡っていた。しかし、万全な対策と仲間達の連携によって未だ誰も膝をついていない。
 このまま勝てると感じたケイトが目配せを送ると、アリシアも眼差しを返した。
 ステラはぐっと掌を握って戦い続けることを決め、トエルも戦闘を終わらせる為に十全の働きをしようと強く思う。
 そして、カルナも竜語魔法を放ちながら敵を見つめた。
「無心で敵の殲滅に臨む事は……兵としては確かに優秀なのでしょう。だけど、それだけなんて――虚しいだけ」
 自分と手元機械兵の操り人形だった。無表情ではあるがカルナの双眸には確たる意志が見える。心を得て番犬となった今、命や心がより大切に想えた。
 茜が果敢に戦う姿に続き、クレスも改めてブリキの兵を見遣る。
「伽藍堂か……俺も似たようなものだ」
 カルナとは対照的に、クレスの心は地獄の番犬の力を得たあの日から鮮やかな色を喪った。時間も心も何もかもが止まったままのようだと感じるほどだ。されど、戦いへの思いは潰えてはいないはず。
 クレスが再び黒緋の葩華を放った所へ、テトラが攻撃を重ねる。
「やはーっ! 美少女の邪眼がうずくぜなのよ!」
 瞬時にテトラの瞳に螺旋を描いた紋様が浮かびあがった。碧く光る眼は敵を捉え、ブリキ兵に刻まれた効力を更に深めてゆく。
 アリシアは最早癒しは不要だと判断し、シグフレドと共に攻撃に回った。
「我が一矢よ、願わくば我が敵を貫く光とならんことを!」
 凛とした声と共に鋭い矢が放たれ、続いたシグフレドが竜の吐息を放つ。一人と一匹の見事な連携に双眸を細め、ステラもリシアリジスに呼び掛けた。
「リシア、私たちも負けないで、いこう!」
 希望が宿ったステラの赤い瞳は真っ直ぐに未来を映し出していた。元気よく駆けた少女が振りあげた刃は一直線にブリキ兵へと見舞われる。更に翼猫の尻尾の輪が舞い飛び、敵の動きを僅かに封じた。
 由以子は好機を感じ、今こそ追い打ちをかけるべきだと皆に告げる。
「巨大な錻力兵なんてちょっとした浪漫もあるけれど、いつまでも夢はみていられない。行こう、あたし達の力で終わらせようか!」
 力強い言の葉が戦場に響き渡り、由以子が放った光り輝く呪力が迸った。
 其処へ滑り込むように奔ったジムが全力の体当たりをくらわせ、ケイトが攻撃を行う隙を作り出す。既にブリキ兵は脚と腕に大きな損傷を負っていた。
 脚が潰れようが腕がもげようが、只々立ち向かってくる兵の姿には憐れさすら感じる。本当に伽藍堂なのだと感じたケイトは己の過去を思い出しながら、静かに告げた。
「許せ、私はあの男の様にお前に心をくれてやる事は出来ないんだ」
 故にお前が生きる場所は此処ではない。
 静かな言葉と共に、ブリキ兵の空っぽの心臓目掛けて鉛弾が放たれた。胸を貫いた弾丸は空虚な存在に穴をあけ、戦う力を奪い取る。
 きっと、あと一撃で終わるはず。
 そう感じたカルナが今だと皆に呼び掛けると、トエルが逸早く動いた。
「鍵はここに。時の円環を砕いて、厄災よ……集え」
 トエルは自らの髪を媒介に時間法則を捻じ曲げる茨を召喚する。槍の形を模した棘は白銀の力を纏い、茨の厄災となって迸った。
 そして、次の瞬間――空虚な兵はその場に倒れ込んで動かなくなる。
 やがてその体は光の粒となって薄れ、ブリキ兵は跡形もなく消え去っていった。

●其の在り方
 夢の存在は完全に消え去り、廃工場の戦いは終わりを迎えた。
 周囲を見渡してみれば工場内にも特に荒れた様子はない。アリシアは胸を撫で下ろし、シグフレドの健闘を労ってやった。
「皆様もシーくんもお疲れ様でした。激しい戦いでしたね」
「そうですね。けれど……勝ちました」
 アリシアの言葉にトエルが頷き、戦場だった場所を見つめる。由以子は煙管を取り出し、無事に終わったことに安堵しながら一服をはじめた。
 ステラも誰にも怪我がないことを喜び、リシアリジスを優しく撫でる。
「みんな、頑張ってたね。ケイトお姉さんやカルナお姉さん、とってもかっこうよかったよ。それにね、テトラおばあさんも!」
「ま、また幼女に喧嘩を売られてる……っ」
 無邪気なステラを怒るにも怒れず、テトラはふるふると拳を握り締めた。
 仲間達が織りなす和やかな光景を見守りながら、カルナは『お休みなさい』と口にしてブリキ兵が消えた箇所を静かに眺める。
「無邪気な少年の心に、再び明るい色が戻りますように」
 暗く冷たい悪夢はこの手で終わらせた。
 カルナが願った思いを聞き、クレスは自らの過去を改めて思い返す。戦いの中で感じたのはきっと後悔ではなく前進の為の思いであるはずだ。
「果たすべき誓いがあるこの心は、少なくとも空っぽでは無い、と思いたい」
 そう思えるように、常に強く在らなければならない。
 クレスはしっかりと前を見据え、気持ちを新たにする。その傍に控えていた茜は主人をそっと見上げていた。彼等の様子を見つめたケイトはジムのシート部分にかかっていた砂埃を指先で払ってやる。
 そして、ケイトは夢に還ったブリキ兵を思った。他者に生を望まれるのは幸せなこと。仮令、命のあるなしを抜きにしたとしてもかの兵は少年にとっての憧れだったのだ。
「お前はお前を望む誰かの空想の中で、幸せな夢を生きるといい」
 虚空へと向けた思いはきっと誰にも届かない。
 しかし、それで構わない。瞳を伏せたケイトは言葉にならぬ感情を胸の奥に落とした。
 夢は夢として、現実は現実として――。
 すべては在るべき場所に戻り、此処にちいさくとも確かな平穏を取り戻せたのだから。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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