代役の代役・熱血スタント大作戦!

作者:桜井薫

 どことも知れぬ、暗い室内。
 部屋で唯一の光源となっているビデオプロジェクターには、高所から落下したり火薬の爆破から脱出したり、危険なアクションの練習をしている男性が映っている。
「……」
 映像が終わると同時に電気の点けられた部屋には、露出度の高いマジシャンのような服装の女性と、道化師のような男、サーカス団員を思わせる男の二名が相対していた。いずれも、螺旋忍軍の仮面を身につけている。
「あなた達に使命を与えます」
 女性が口を開き、二人の男に指示を出す。
「この町に、スタントマンという、危険なアクションの代役を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認して、可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 男たちはうなずき、道化師のような男が返答する。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 意味深長な言葉と共に一礼し、二人は部屋を後にするのだった。
 
「押忍! 皆、よう集まってくれた。『ミス・バタフライ』っちゅう螺旋忍軍が、新たな動きを始めたらしいんじゃ」
 円乗寺・勲(ウェアライダーのヘリオライダー・en0115)は背筋を伸ばし、ケルベロスたちに事件の説明を始める。
「『バタフライ・エフェクト』っちゅう言葉を、聞いたことがある者もおるかも知れんのう。大したことがなさそうに見えよる物事が、巡り巡って大きな影響を引き起こす可能性がある……ざっくり言うと、まあそんな意味じゃ」
 勲によると、ミス・バタフライが起こそうとしてる事件は、まさにバタフライ・エフェクトのごとく、一見平凡な事件を通して大きな影響を与える可能性があるらしい。
「で、具体的な事件の内容じゃがのう。『フェニックス武藤』っちゅう、その道じゃちいと名の知れたスタントマンがおってな。そこに手下の螺旋忍軍を派遣して、スタントマンっちゅう仕事の情報を得たり、技術を習得した後に殺そうとしとるらしいんじゃ」
 この一見単純な、一般人を殺害するだけに見える事件を放置すると、あれこれと因果が巡り巡って、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いらしい。
「勿論、バタフライ・エフェクトのことがなくても、デウスエクスに見殺しにされる人ば放っておくことはできんしのう。じゃけん、皆には一般人の保護と、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍撃破を頼みたいんじゃ」
 勲はケルベロスたちに一礼し、さらなる事件の詳細について話し始める。
 
「今回標的になった一般人には、事件が予想される3日ぐらい前に接触することが可能じゃ」
 だが、事件が起こる前に避難させてしまうと、敵の攻撃対象が他の一般人に変わってしまい、問題の螺旋忍軍による被害を防ぐことができなくなってしまう、と勲は言う。
「じゃから被害を防ぐためには、皆の誰かが囮になって螺旋忍軍を引き付けたりして、襲ってくるとこを迎撃するような形になるかのう。今回の螺旋忍軍が狙うんは『珍しい職業に就いた一般人』じゃけん、特訓してそん職業の技量を身に付ければ、すんなり囮になることができるはずじゃ」
 今回の場合は、スタントマンの技術を身につけることで、囮になることが可能となる。
「スタントマンの技術は、スタントマン本人に教えてもらうんが一番じゃろうの。幸い今回の標的は竹を割ったような男じゃて、真面目に修行する気を見せれば、しっかり技を教えてくれるはずじゃ」
 ちなみにスタントには車を使うカースタントと危険な行為を体一つでこなすボディースタントがあるが、今回の対象が専門としてるのはボディースタント。高所からの落下、爆破からの脱出、取り囲まれての殴られ役……とにかく体を張った仕事なのは間違いない。
「皆はケルベロスじゃけん、とりあえず普通のダメージで死ぬことはないからのう。ある意味うってつけだと思うじゃ。もちろん、プロの仕事に見せるには、それなりの型や立ち居振る舞いを身につけにゃあならん。大変じゃろうが、囮になるもんは気張って修行するじゃ、押忍っ!」
 気合い一発、続いて勲は敵の戦力や状況について説明を移す。
「敵の螺旋忍軍は、二体。片方は道化師のごたる姿の螺旋忍軍で、ジャグリングナイフを螺旋手裏剣のように使って攻撃してきよる。もう片方はサーカスにおる軽業師みたいな奴で、皆の螺旋忍者と同じグラビティを使ってくるじゃ。よう息の合ったコンビらしゅうてのう、二体揃って万全な状態で戦うと、たいそう苦労することになるじゃろうの」
 だからと言って、戦いが絶望的というわけではない。勲はケルベロスたちを見回し、言葉を続ける。
「じゃが、もし皆の誰かがうまいこと囮になれば、奴らにスタントマンの技術を教える修行と称して、有利な状態で戦いを始めることができるはずじゃ」
 分断したり、一方的に先制攻撃を加えたり……うまく工夫して戦いを有利に進めてほしい、と勲は皆を激励する。
「バタフライがどうとかややこしい理屈はありよるが、こん事件を止めることで阻止できるんなら、やることはいつもと同じじゃ。奴らの企み、しっかり阻止してくるじゃ……押忍っ!」
「はいっ! 体を張って市民の皆さんを護るのが、ケルベロスの本分ですよね! アクションも戦いも、しっかり頑張ってきまーす!」
 天野・陽菜(オラトリオのミュージックファイター・en0073)は元気良く手を上げ、いつにも増して張り切った様子で勲の気合いに応える。
 皆に力強く頷きかけて、勲はケルベロスたちを送り出すのだった。


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
守屋・一騎(破壊と不変を望みし者・e02341)
天蓼・ゾディア(超魔王・e02369)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)

■リプレイ

●予告編
「そんなわけで、お願いします! 俺たちにスタントマンの稽古をつけて下さい! もちろんやるからには全力で、全員泊まり込みも辞さない覚悟です!」
 予知された事情を説明し終えた峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)は勢い良く一礼し、がっしりした体躯の男性に向けて頭を下げる。他のケルベロスたちも次々に頭を下げ、男に向かって教えを乞う姿勢を取る。
 礼儀正しく熱意を示すケルベロスたちを見て、男……今回の救出対象であるベテランスタントマン『フェニックス武藤』は、ゆっくりとうなずいた。
「……なるほど、話はわかった。要するに、皆を本当のスタントマンに見えるまで鍛えりゃいいんだな? 命を助けてもらう為に身代わりを頼むのは心苦しいが、借りは稽古で返す。修行は厳しいが、しっかりついてきてくれ!」
「はい! 武藤くん……じゃなかった、先生! ボク、高いとこからかっこよく着地できるようなスタントマンになるためにがんばるよ!」
 武藤が快活に師匠役を引き受けたのを受け、ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)は少し子供っぽい、しかし純粋な様子で修行への意気込みを示す。ヴァルキュリアである彼にとって、翼も無しに高いところから飛び降りてかっこよくアクションを決めるスタントマンは、驚きと尊敬の対象だ。アクションではないデウスエクスの攻撃で、そんな先生を死なせるなんて絶対にイヤだ……ゲリンは強い決意を胸に、透き通る橙色の瞳をきらめかせる。
「ああ、演じる者として、どんなに厳しい稽古でもこなしてみせる。特に、高所落下の技術を重点的に学ばせていただきたく思う」
 舞台役者らしく身体の見せ方を熟知した綺麗なお辞儀で、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)も任務への真剣な思いを武藤に伝える。プライベートでも劇団員として演技や歌を修める律は、『クールだけれど熱いスタントマン』を意識して演じることで、修行が始まる前から己の役に入り込んでいる。自分の恵まれた容姿を自覚する彼が目指す役柄は、涼しい顔で無茶なスタントをこなすイケメン。インパクトある理想の役作りに向け、気合いは十分だ。
「我は、主に爆破からの脱出を学ぶ所存だ。武藤殿、何卒よろしくお願いする」
 ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)も彼女なりに丁寧な物腰で、自分が主に担当しようと思っている箇所を申告する。
(「……実は我、リア充でも無いのに爆破されまくっているのよ。リアルでも役に立つかもしれんコレ!」)
 そんな内心の打算もあったりなかったりだが、ワルゼロムの熱意もまた本物だ。普段から馴染んだ爆破をより激しく華やかにブラッシュアップできれば、さぞ見栄えもするに違いない。
「よし、それぞれメインでやりたいアクションがあるんだな。それなら、一通りの稽古をつけつつ、ジャンルごとに特にみっちりしごく奴を立てるか……まあ、まずは基本からだ。早速、筋トレと柔軟を始めるぞ。稽古場まで、全員、駆け足!」
「はい!」
 早々に修行の大筋を決めて手早く指示をする武藤に、ケルベロスたちは声を合わせてついていく。予知された3日後までの、短くも濃い時間の始まりだった。

●リハ
「失礼のないように全力で……っ!」
 ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)が挑むのは、受け身の稽古だ。真っ直ぐに立ちニュートラルな姿勢で待機したところに、様々な方向から武藤が攻撃を加えてゆく。
「ラインハルト、なんか武術やってんのか? 筋は悪くねえ。だが、武道と違って、衝撃を殺すだけじゃなく、自分の動きをカメラに向かってしっかり『見せる』こと、かかり手側を『魅せる』ことも大事だ。倒れ方に気をつけて、もう一本いくぞ!」
「……はい!」
 武藤のダメ出しを頭に入れ、ラインハルトは次の攻撃に備える。実戦には慣れたケルベロスだが、アクションの道はなかなかに奥深いようだ。

「覚悟するが良い、『竜の爪』……我は全てを砕く者、この拳、永遠なる煉獄の死をもたらそう。秘技、『絶対永続魔力活火山(エターナルフォースボルケイノ)』!」
「ぐはぁ!」
 仰々しい前口上と共に繰り出される天蓼・ゾディア(超魔王・e02369)のパンチを、いかにもな悲鳴を上げてアスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)は受け、派手に身体を一回転させて吹き飛ぶ。殴り役と殴られ役に分かれてのアクションシーンを想定した稽古、二人ともノリノリのテンションで臨んでいるようだ。
「よしよし、芝居っ気は十分だな。だが今の一本、あいにく当たってないのが見えちまってる。ゾディアはもっと当たってそうで当たってないギリギリを攻めて、アスカロンは吹っ飛ぶのをあと一拍我慢してみろ。次!」
「心得た、我が師、フェニックス武藤。……ゆくぞ、『地獄極楽永久輪廻(とわにやみとひかりをさまよえ)!』
「がはっ……!」
 二人は師の教えを忠実に守った。……その結果は、フリではない本当のパンチのクリーンヒットだった。
「っ、情けない。このゾディア、いささか貴様を買いかぶり過ぎておったか!」
 己のアイデンティティである魔王らしさは維持しつつも、ゾディアは内心平謝りで、目をむいたアスカロンを介抱する。いくら通常ダメージでは死なないケルベロスといえども、痛みは別勘定……体を張った修行は、やはりなかなかに厳しいものだ。

「とにかく、思い切って飛んでみろ。落ちることへの恐怖心が克服できないと、次に進めないからな」
「了解ッス。子供のスタントって事で疑われるかもしれないっスからね。違和感を覆すだけの技量、しっかり身に着けねぇとっスね」
「うん! ちゃんとカッコよく着地できるよう、がんばるよ!」
「ああ、どんなに厳しい稽古でもこなしてみせよう」
 続いての修行は、高所からの落下アクションだ。守屋・一騎(破壊と不変を望みし者・e02341)もゲリンも律も落下地点の遠さにひるむことなく勇敢に、武藤の指示通り勢い良く飛び降りる。
「……あっ!」
 飛び降りの軌道がずれて安全ネットから外れそうになったゲリンは、とっさに翼を出してしまい、しまったという顔をする。
「身の危険を感じた時、とっさにそれを避けようとしちまうのは、本能だから仕方ねえ。危険を感じず自信持って飛べるようになるまで、何度でも挑戦してみろ。次!」
「はいっ!」
 ゲリンはめげずに高台に登り、次のジャンプに備える。
「俺に翼はないが、身ひとつで己の身体を受け止められるよう、稽古あるのみだ……はっ!」
 律は作り込んだ己の役に忠実に、普段の彼よりも少し熱い気合いを入れ、思い切りよく次の跳躍に挑む。
「…………」
 一方一騎は、何度も稽古を繰り返すうちにめっきり口数が減って、表情も無の境地といった面持ちだ。スタントを無邪気に楽しむ様子からの変わりようは、真剣に修行に打ち込む一騎の様子をありありと表していた。

「立ち位置よーし……じゃあ、打ち合わせ通り爆破するぞ。3、2、1……!」
 武藤のカウントがゼロになるタイミングで、仕掛けられた爆薬が派手な音を立てて弾け飛ぶ。そして、雅也とワルゼロムと天野・陽菜(オラトリオのミュージックファイター・en0073)が爆炎の中から飛び出し、それぞれにポーズを決める……はずだった、が。
「きゃあ!」
 着地のタイミングを外した陽菜は足を滑らせ、派手にすっ転んでしまった。
「おっと、陽菜殿……」
「おい、大丈夫か!」
 体制を崩した仲間に、ワルゼロムと雅也はしっかり決めた着地のポーズを解き、素早く駆け寄ってフォローする。
「いいチームワークだ。本番でも何かあったら互いに支えてやれ。……それから陽菜に限ったことじゃないが、脱出する瞬間よりも、その後のキメの方が事故りやすい。うまく脱出できた、って安心感で気が抜けがちだからな。そこに気をつけて、もう一本いってみろ」
「はい、先生! 二人とも、すぐいけるか?」
「問題ないぞ」
「フォローとお気遣い、ありがとうございました……はいっ、大丈夫です!」
 武藤に快活な返事を向けつつ女性陣を気遣う雅也に、二人は頼もしげにうなずき、再び危険な爆薬の仕掛けられたセットに駆けていった。
 男も度胸、女も度胸で、危険な修行はまだまだ続く。

 そんなこんなで、三日間はあっという間に過ぎていった。
 最初はミスの多かったケルベロスたちも、全員がしっかり修行に打ち込む姿勢を持っていたこともあり、どうにか自分の担当分野は一人前と言っても差し支えないところまではこぎつけていた。
「皆、短い期間でよく鍛え上げたもんだ。明日、俺は側についていられないが、その調子ならきっと大丈夫だ。今日は腹いっぱい飯を食って、早めに休んどけ。よく頑張ったな!」
 武藤はさっぱりとした笑顔で、厳しい修行をやり抜いたケルベロスたちをねぎらい、稽古場の一角にある食堂に一同を誘う。テーブルの上にはすでに、彼手作りのカレーやサラダが並んでいた。
「いただきまーす!」
 泊まり込みの厳しい稽古は、ある意味合宿のようなもの。
 文字通り同じ釜の飯を食いながら、ケルベロスたちは来るべき本番に備えるのだった。

●前説
 そして、予知された襲撃の日。
「…………」
 果たしてそこに現れたのは、いかにもサーカスといった感じの派手な色合いの衣装に身を包んだ、二人の男だった。稽古場をきょろきょろと見回し、稽古にいそしむ体を装って散らばっているケルベロスたちに、用心深く視線を贈っている。
「君たちは……『フェニックスアクションクラブ』への、入門希望者かな?」
 すかさず律は螺旋忍軍たちに声をかけ、しっかりと先輩スタントマンの役に入った自然な演技で、完璧な営業スマイルを向けた。
「あ、その……」
「……とうっ! 新人さんだねー、かんげいするよ!」
 曖昧な返事をした軽業師風の男の前に、ゲリンは高台からくるりと華麗な一回転を決めて着地し、人懐っこい笑顔と共に着地のポーズを決める。もちろん光の翼に頼らず決めた、正真正銘身体ひとつの落下アクションだ。
「はい、『スタントマン』の技を、学びにきました」
「……なるほど、身軽そうないい身体つきだ。俺の専門は落下テクニックなんだが、きっと教えやすいだろうね」
 彼らを標的と認識した様子でうなずいた軽業師風の男に、律は騙された演技もナチュラルに、相手の体つきを褒めてみせる。
「落下もいいがな……爆破脱出もいいぞ。なにせい、スタントの見せ場だ」
「ああ、スタントの技術も色々ある。じゃあ、あっちの方で、さっそく稽古に入ろうか……しっかり個別指導するよ」
 仮面越しに爆破スタントの魅力をアピールするワルゼロムの言葉を引き取り、律は軽業師を少し離れた稽古場に誘導する。軽業師は一瞬不安げな様子を見せつつも、自然な会話の流れに逆らってまで居残ろうとはせず、素直に誘導に従った。
「はいはーい! そっちのおにーさんは俺達が教えるっスよ!」
 続いて一騎が、道化師風の男に元気よく声をかける。
「ああ、俺たちも落下に爆破に殺陣に、一通りのことは教えられるぜ。火薬を使うから、広い場所じゃないとな!」
 雅也も一騎に調子を合わせ、今度は軽業師と反対側の稽古場を指差して、にっと明るい笑顔でいかにも親切な先輩らしく道化師を導く。
「ああ、こっちに来てくれ」
「そうそう、実は我々、スタントの多い撮影が入っておってな。貴様に技術を教えるのは無論として、我々のアクションも見ていかないか? 客観的な意見も欲しくての!」
 アスカロンとゾディアもたたみかけるように後押しし、離れた稽古場まで道化師を引き連れていった。
 まんまと分断に成功したケルベロスたちは、互いに背中でエールを送り合いながら、それぞれの戦いを仕掛けるタイミングを図っていた。

●本番
「爆破スタントとはな……まず、体を爆破に慣らすことから始まるのだ!」
 まずは、軽業師側。
 ワルゼロムは勿体つけた口調でおもむろに爆破スイッチを取り出し、高々と掲げ、そして勢い良くスイッチを押した。
「……!?」
 そして上がった爆炎は、色とりどりにケルベロスたちを取り巻き、戦いの力を与える……ただの爆薬ではない、グラビティの宿った爆発だ。軽業師は戸惑いと驚きで、激しく辺りを見回している。
「さぁ、戦劇を始めようか!」
 戦場を『戦劇の舞台』に見立てた芝居がかった口調と共に、律は容赦なく隙だらけの軽業師に対し、うねり逆巻く炎の蹴りを叩き込んだ。相手の回避力を見越して命中重視で選んだ技は、精度を高める戦術もあいまって、強烈な一撃となって軽業師に襲いかかる。
「貴様ら、ケルベロスかっ!」
 痛みと共に状況を理解した軽業師は、激しい怒りと共に螺旋手裏剣の嵐を浴びせかける。不吉に曲がった螺旋の手裏剣は無数に分裂し、前に立つケルベロスたちを足止めせんと激しく降り注いだ。
「ふわりふわりと飛んでいる星たちと……」
 ゲリンの歌声が『橙星の子守唄』となって、手裏剣に晒された前衛たちを優しく包み込む。純白の星と橙色の星は歌詞の通りふわりふわりと舞い、優しく勇ましく、状態異常への耐性を高めてゆく。
「……はっ!」
 傷のリカバリーを受けたラインハルトは、すかさず抜き身の刀をひらめかせて気合い一閃、絶空斬のジグザグな太刀筋で軽業師の身体を切り裂いた。律の痛打で纏わりついていた炎が斬り広げられ、派手な衣装が数多の炎で燃え上がっている。
「こ、このまま、では……!」
 火力ある一撃は相当効いている風だったが、ただではやられないとばかりに、軽業師は力を振り絞る。両の手に構えた螺旋手裏剣が激しく回って大竜巻となり、たった今痛手を与えてきたラインハルトに向け、暴風の地獄が襲いかかった。
「……!」
 そこに割って入ったのは、ワルゼロムのミミック『樽タロス』だ。破れかぶれの痛撃は相当なダメージを叩き出していたが、樽タロスは防御の構えで懸命に踏ん張り、消えそうになるほどの痛みから、細い足で懸命に踏みとどまっていた。
「我が相棒を、よく痛めつけてくれたものだ……心ばかりの礼、その身で受け取るが良い!」
 ワルゼロムは仮面の下に怒れる瞳をたたえ、その手の爆破スイッチを高々と掲げる。
「…………!」
 スイッチが押されると同時に、見えない爆弾が軽業師にまとわりつく。勢い良く弾け飛ぶ爆炎は、残された軽業師の力を、爆風の彼方に吹き飛ばしていった。

 所変わって、道化師側。
「まずは、爆発スタントからだな!」
 雅也はにっこりイイ笑顔を浮かべ、彼の後ろに隠れた陽菜が爆破スイッチで起こした爆風を背に、勢い良く爆破脱出を決めるかのように飛び出し……そして刀を抜き、弧を描く月の軌跡で道化師の身体を勢い良く斬りつけた!
「……っ! 貴様ら、図ったな!」
 瞬時に状況を察した道化師は、とんぼを切ってケルベロスたちに向き直り、螺旋を描く氷を放った……その対象は一番与し易い力量と見た相手、陽菜だ。
「おっと! 大事な回復役、そうそう簡単に抜かせるわけにはいかないっス」
 すかさず一騎が体を張って攻撃を受け止め、防御の構えで大幅に勢いを殺す。そして返す刀で一騎自身にまとわりつく黒い何かを振り払い、拒絶の念をつきつけるかのように、『触レルコトアタハズ』の衝撃を道化師に叩きつけた。
「巧くいってくれよ……『鉄輪』!」
 続いてアスカロンが、ある種愛する妹の『呪い』とも取れるまじないの人形を切り裂き、道化師に人形の痛みを転じさせる。
「こざかしい……!」
 理不尽な痛みに、道化師のメイクに隠された瞳が怒りを帯びる。八つ当たりのようにアスカロンに繰り出されたのは、螺旋の力を目一杯込めた掌からの一撃だった。アスカロンは腹部を抑えてかがみ込み、衝撃を中和するように一歩下がる。
「……おのれ、我が殴り殴られの絆、見せてくれよう!」
 殴りアクションの相方を痛めつけられた怒りを込め、ゾディアは黒き太陽の絶望を道化師に向けて煌々と照らしつける。
「あんまり時間かける気もないんでな、さっさと片付けさせてもらうぜ!」
「……ぐっ!」
 怪我人のフォローは味方に任せ、雅也は自分の仕事を果たすまでとばかりに、オウガメタルの鋼に覆われた剛拳を振り抜いた。よく鍛えられた雅也の、しかも攻撃に徹した体勢からの一撃はさすがに痛かったと見え、道化師の喉から苦しげなうめき声がこぼれる。
「この三日間、伊達に殴られてたわけじゃないんでな……!」
 そこに攻撃を重ねたのはなんと、深手に呻いていたはずのアスカロンだった。うずくまった姿勢から勢い良く踏み込み、力強く握りしめられた刀から、空を切り裂く斬撃を繰り出す……どうやら先ほどの様子は、ひどい傷を負ったというフェイク。すなわちスタントで身につけた『殴られたフリ』だったらしい。
「……く!」
 道化師は何やら呪詛を唱えようとしたものの、言葉をなさず、短い苦悶の呻きに取って代わられる。
 空の霊力を帯びた斬撃が、道化師の最後の命を切り裂いた瞬間だった。

 双方のチームが軽業師と道化師に決着をつけたのは、ほぼ同時。
 しっかりしたスタントの技術を身につけ、分断に成功した時点で、ある意味成功は約束されていた、と言えるかも知れない。
 救出に成功した師に向け、濃密な三日間の礼を伝えよう……ケルベロスたちは離れた二つの稽古場で、同じ思いを抱いていた。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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