●蜻蛉
美しい夜だった。
夜空は艶やかな黒玻璃の闇、柔い金色に輝く月の光が降る川沿いの地には幾つもの灯籠が燈され、神社の参道を彩っていた。
昼の間に『玻璃奉納』という神事が行われたこの夜は、地元のひとびとに『とんぼ祭』と呼ばれて親しまれている祭り。玻璃とはすなわち硝子のこと、美しい色や紋様で装飾された穴あきの硝子玉――蜻蛉玉(とんぼだま)作りが盛んなこの地では、蜻蛉玉を作る者が年に一度この神社に作品を奉納し、その夜には神社の参道に縁日の夜店が並ぶのだ。
神事の由緒は室町時代まで遡るという話、一旦途切れはしたものの戦後には復活し、以来毎年続いている。
祭囃子に誘われ足を踏み入れたなら、そこはまるで万華鏡の中の世界。
林檎飴に綿菓子に、冷たい瓶ラムネ、縁日で馴染みの夜店もあるけれど、最も数が多く、そして目を惹くのは――蜻蛉玉や蜻蛉玉のアクセサリーを売る夜店だ。
鮮やかな茜や深い瑠璃の硝子玉、それらに金粉を踊らせたり金彩を施したりしたものや、桜色や薄水色の硝子玉に華やかな友禅を思わす花模様を描きだしたものに、透明な硝子玉の中に透きとおる青の陽炎が揺れるもの。
蜻蛉玉のまま、或いは簪や帯留め、ピアスやペンダントにループタイなどのアクセサリーに仕立てられて夜店に並ぶそれらは、灯籠のあかりを眩く弾いて華やかな煌きを躍らせる。
万華鏡めいた煌きとひとびとの賑わいで華やぐ祭りの夜。
そこに――珍妙な姿の娘がとろりとしたタールの翼で舞い降りた。
「ちょっと何これすんごい綺麗なんですけど! 硝子玉? 蜻蛉玉? ああ何でもいいや、あたしのマグロに飾りたいからもらってくね! グラビティ・チェインと一緒に!!」
濁った目を輝かせてそう捲し立てたのは、マグロを被った浴衣姿のシャイターン娘。
彼女は言い終わるが早いかマグロ型の刀身を持つ剣を閃かせ、万華鏡めいた煌きのなかに血飛沫の花を咲かせた。
●蜻蛉玉
その神社に祀られているのは火之迦具土神。
硝子には炎が欠かせないことから結ばれた蜻蛉玉と火の神の縁、その縁日の祭りの夜に、惨劇が起きるという。
「皆さんの中にも『マグロガール』と呼ばれるこのシャイターン達の話を既に御存知の方がいらっしゃるかと思いますが、そのマグロガールの一人が『とんぼ祭』に現れます」
エインヘリアルに従う妖精8種族のひとつ、シャイターン。
マグロを被ったその姿からヘリオライダー達が『マグロガール』と呼称するようになったシャイターン達が日本各地の祭りを襲撃し、ひとびとを殺してグラビティ・チェインを収奪しようとする事件が起こっている。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が予知で視た事件もそのひとつ。
「惨劇を見過ごすわけにはいきませんよね。皆さんには『とんぼ祭』でマグロガールを待ち受け、彼女が起こす惨劇を防いでいただくようお願いします」
但し、前もって一般人を避難させておくことは出来ない。
事前に避難させてしまうとマグロガールが予知とは異なる場所を襲撃してしまうためだ。
「マグロガールはケルベロスが現れるとまず邪魔者を排除しようとします。彼女が出現次第即座に挑発して、戦いやすい場所に誘導して戦えば周囲の被害は抑えられるはずです」
「戦いやすい場所……セリカちゃんのおすすめとかあったら教えて欲しいの~」
竜しっぽの先をぴこんと立てた真白・桃花(めざめ・en0142)が訊けば、セリカは小さく頷いて言葉を続ける。
「そうですね、神社の参道の傍を川が流れていますから、その川原なら広々としている上にお祭りのあかりも届くのでちょうどいいと思います。敵の出現後にとんぼ祭に来ているひとびとへの避難誘導もできれば万全ですよね」
「合点承知! それじゃあわたしは避難誘導を頑張りますなの~!!」
避難誘導が早めに終わればみんなに合流するの~、と桃花はケルベロス達に笑いかけ、
「ふふふ~。でもみんなならわたしが合流するよりも先にマグロガールを倒しちゃいそうな気がするの~!」
竜しっぽの先を楽しげにぴこぴこ弾ませた。
恙なく敵を倒せたならとんぼ祭も再開されるはず。戦いの後にお祭りを楽しんでくるのもいいと思いますよ、とセリカもケルベロス達に微笑んだ。
祭りを惨劇に染めんとする敵を倒し、美しい蜻蛉玉の万華鏡めいた煌き満ちた祭りの夜を思う存分泳いで楽しんで。
そうしてまた一歩進むのだ。
この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。
参加者 | |
---|---|
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283) |
カロン・カロン(フォーリング・e00628) |
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886) |
神咲・刹那(終わりの白狼・e03622) |
鉄・千(空明・e03694) |
海野・元隆(海刀・e04312) |
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155) |
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344) |
●祭囃子
華やかな夜を彩るのは祭囃子に灯籠のあかり、夜店に並ぶ美しい蜻蛉玉達があかりを眩く弾いて万華鏡めいた煌きを躍らすなか、突如現れるマグロを被ったシャイターン娘が何処に舞い降りるかは勿論予知で割れている。
夜空にタールの翼を広げた娘が降り立てば、
『ちょっと何これすんごい綺麗――』
「あら、その頭に飾るものを探しに来たの? ふふ、それだっさいもんねぇ」
『何ですってぇ!? って、わぷっ!?』
皆まで言わせずにカロン・カロン(フォーリング・e00628)が挑発、反射的に振り返った途端、マグロガールの視界は雅な和柄に覆われた。
「海の生き物を不当に貶めるお前を倒すため、俺はこの格好で来た――」
裏地が華やかなケルベロスコート、宙に舞ったそれの下から現れたのは、見事にマンボウ着ぐるみを着こなした海野・元隆(海刀・e04312)。
そう、今夜の彼はマグロガールに対抗すべく現れたマンボウガイ!!
「その意味が……わかるな?」
『わかるかー!!』
「私もそれはわかんないけどこれはわかるぞ! マグロに蜻蛉玉は合わない!」
実は元隆にもわからないので鉄・千(空明・e03694)も勿論わからなかったが、月の瞳に闘志を燃やした千は為すべきことをばっちり決める。
「マグロにはお醤油と相場が決まってるのだ! 異論があるならあの川原で勝負しろ!!」
『よし、あの川原ね! あんた達なんかすぐギッタギタにしてやるんだから!』
完璧な誘導だった。
即座にタールの翼で川原めざして飛んだ娘を迷わず千達が追い、
「そう言えば……!」
「Oddio……川原で戦う、って話、だったね……」
敵が舞い降りてきたこの場所で戦うつもりでいた神咲・刹那(終わりの白狼・e03622)とミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)も顔を見合わせ、急いで仲間達に続く。
肝心なのは周囲に被害が及ばない場所へ敵を誘導することだ。挑発は誘導の手段であって目的ではない。
「ま、ここで長々と言い合いして夜店ごと範囲攻撃かまされても堪らんしな」
「やんね! ――皆、うちらケルベロスなんよ! 危険やから避難誘導に従ったって!!」
可愛い娘さん達に従って整然と避難してくれ、と凛とした風を用いて周囲へと呼びかけるパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)、彼に頷いたキアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)も皆へ声を張って川原へ駆けた。
彼らが示した先では真白・桃花(めざめ・en0142)や薔薇色の翼の天使が避難を促して、躓いて転んだ子供をゴスロリアイドルな少女が優しく抱き起こす。
青いスマートフォンを手にした青年はいつでも皆の盾となれるよう立ち回り、そして、
「祭りを楽しみてえ奴は川に近づかないよう協力してくれ!」
誰より的確に皆へと呼びかける新緑のエルフの声。良く識るそれの頼もしさに破顔して、野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は参道脇から川原へ飛び降りた。
――心強い助っ人がいてくれるから、あっちは絶対だいじょーぶ!
斯くて舞台は一転、涼やかな水辺の風吹く川原。
『あんた達を片付けて、あの綺麗なのもグラビティ・チェインももらってくんだから!!』
濁った瞳の娘がマグロ型の刃を一閃すれば、魚座の輝きが凄まじい凍気となって前衛陣に襲いかかる。
「蜻蛉玉もグラビティ・チェインもなんて、ほんっとわがままだなぁ!」
「ハッ! マグロのカマ焼き屋台でも出しに来たってんなら歓迎してやったんだがな!」
刹那の分まで凍気を引き受けたイチカは川原の砂利をショートブーツで蹴りつけて跳躍、氷粒の霧を突き抜け焔の蹴撃を浴びせれば続けてパーカーの幻影竜が顕現した。戦いながら少しずつ移動したのならまだしも、こうも鮮やかに戦場が切り替わってはポジショニングに余分な一手が必要になる。だが狙撃手たる彼の命中率は最低でも140%近く、ならば外すことはあるまいと眩い焔を迸らせた。
灼熱の輝き追って前衛へ舞うのはキアラが解き放った護りの紙兵、
「炙りマグロをゆずぽんで――って行きたいけど、うちだけやと後々厳しいかも……!」
「流石は格上クラッシャーってとこか!」
防具耐性で殺してなお油断ならぬ敵の攻撃力、テレビウムと力を分け合うキアラひとりの癒しだけではいずれ押し負けると見れば元隆もヒールドローンを展開する。マンボウな彼に護られたミケは小さく頷いて、
「倒される前に、倒す。……Piacere,マグロガール。そして、Addio」
髪に咲く黄金の薔薇に負けず劣らず輝く十字の光とともに、断罪の刃を打ち下ろした。
「それにしても、マグロにも蜻蛉玉の美しさって解るのねぇ」
「まったくですね。しかしお祭りを楽しむひとびとを襲うというなら――排除します!」
『マグロが本体みたく言うなー! てか排除されるのはあんた達だっての!』
眩く爆ぜたミケの光にカラカルの瞳を細め、水辺の風に舞ったカロンが電光石火の蹴りで敵の肩に三重の痺れを刻み込めば、白光のごとき髪を躍らせた刹那も鋭い蹴撃を放つ。だが鮮烈な威を秘めた彼女の脚を刃でがっちり受けとめ、その刃へ一気に魚座の重力を凝らせたマグロガールは脚ごと腰を叩き潰さんばかりの斬撃を打ち込んだ。
けれど、咄嗟に飛び込んだ千が己が身で刃を引き受ける。
砕け散るドローンの盾、素で刹那を直撃していれば彼女の体力半分を殺いだはずの猛撃を耐え凌ぎ、
「むぅ、やっぱり侮れない相手だな。けど……今なのだ!!」
「ハハッ、やるじゃないか千! 追い撃ちは任せろ!!」
普段は見せぬ竜翼を背に咲かせた少女が揮うはドラゴニックハンマー、絶大な加速を得た超鋼金属の塊がマグロガールの腹部を強打した瞬間、愉しげに笑んだパーカーの手で拳銃が咆哮する。
竜の槌に跳弾した銃弾は敵の顎下から後頭部、そして被ったマグロまでも突き抜けた。
『いいい、痛ああぁっ!!』
「つーか、それでも倒れんってのが凄いな」
「ほんまやね、スゥも畳みかけたって!!」
「あら、可愛いの持ってるのねぇ」
狙撃手の痛撃を喰らってなおも立ち続ける相手に感嘆ひとつ、瞬時に彼我の距離を殺した元隆が雷光めく刃の一撃で敵の護りを穿てば、千もまだ深手ではないと見て取ったキアラが華やかな爆風を前衛陣に贈る。
彼女の傍らから飛び出すのは確実に狙い定めた秋刀魚ソードを一閃する夜色テレビウム、秋刀魚VSマグロの構図に口許を綻ばせたのは一瞬のこと、挑むような眼差しを奔らせればカロンの視線の先で溶岩が噴き上がった。――が。
『やられてばっかじゃないんだからねー!』
噴出した溶岩の命中精度は些か甘く、高く跳んだマグロガールは己が焔で真上から溶岩を相殺、熱と熱がぶつかり合って盛大に爆ぜ、夜の川面へ朱金の煌きを撒き散らす。
闇色の水面に煌き躍る様は先程見た祭りにも似るけれど、
「シニョリーナにはきれいなものが似合うけど……Non,お魚に蜻蛉玉は似合わないよ」
七色の爆風を天使の翼に受けたミケがその勢いのまま撃ち込んだのは蜻蛉玉よりも小さな煌き。敵の胸元に喰い込み爆ぜた小さなカプセルは、神をも弑するウイルスをその体内へと振り撒いた。
激化する彼我の攻防、力と力がぶつかり幾度も川面を震わせ、凍気の波濤と化した魚座の輝きがまたも前衛陣を呑み込めば、
「何だか少し冷凍マグロの気持ちがわかった気がするのだ……!」
「だいじょぶ! うちがカチコチにはさせへんよー!!」
肌が凍りつく感触に千が瞳を険しくした次の瞬間、キアラが癒しを解き放つ。
今宵彼女の手にある天占術はきらもこ羊ではなく遊び盛りの白狼達、掌から粉雪が舞えば戯れるように白狼達が駆けて、前に立つ仲間達が受けた痛手も災いも食べにいく。こちらは大丈夫と天使の娘に送り出されてきた桃花も自由なる輝きで癒しを後押しし、氷を散らした千は己が脚を刃と成し、苛烈な蹴撃を閃かせた。
衝撃に後退ったマグロガールに襲いかかるのは夜色の毒の刺、
「ふふ、今度は逃がさないわよぅ?」
『いやー! 何これ!?』
捲られたカードは蠍座の正位置、カロンが招来した魔の蠍は逃れんとする敵を確り捉え、心の臓めがけて刺を打ち込んだ。脈打つ鼓動とともに駆けめぐる毒が純然たる苦痛となってマグロガールを苛むが、
「まだ倒れませんか、そろそろマグロも食傷気味なんですけどね。――痺れますよ!」
「わたしもマグロより淡白な感じの魚のがいいんだよねぇ。マグロかわいくないし!」
美味しいマグロの漬け丼なら歓迎だが、眼前のマグロはどう見ても美味しくなさそうだ。瞳に強い闘志の光を咲かせ、拳には代々伝わる稲妻の煌き咲かせ、刹那が雷撃の奥義を叩き込めば、稲妻型に変じたナイフで鋼色の軌跡を描いたイチカが、それまでにも刻まれていた麻痺を一層深く刻み込む。
斬り刻まれた娘は瞬時に掌を翻すが、
『そんじゃ焼きマンボウでも食べてなさいよ! って、炎出ないー!?』
「お前が料理なんざ百年早いってこった。俺がうまく料理してやろう、マグロもお前もな」
元隆を炙るはずだった炎はぷすんと弾けて消えた。
だがどのみち護り手でありマンボウ着ぐるみの耐性にも護られた彼に痛打を与えることは叶わなかったはず。不敵な笑みを覗かせた男は海底から巨大な魚を呼び覚ます。
気づけば足元は川原ではなく巨大なアカエイの背、
『マンボウだけじゃなくアカエイまでいるなんて卑怯よー!』
「ハッ! 無力な一般人狙うのとどっちが卑怯だっての!!」
城をも傾ける魚、説話そのままの魔法に呑まれる娘を捉えたパーカーのガトリングガンが爆ぜる銃声を轟かせれば、数多の弾丸に穿たれたマグロガールが大きくよろめいた。
彼女はなおも掌を翳すが、そこに炎が凝るより先にイチカの心臓が熱と輝きを増す。
「ざんねん、きみの炎と勝負してみたかったけど――わたしの鼓動のほうが速かったね」
夜を貫くのは心電図の軌跡を描く炎、揺れて脈打ち跳ねて躍って、相手の掌を貫き左胸の奥まで届く。本当に残念なのだと呟き、千もマグロガールの懐へ飛び込んだ。
綺麗な蜻蛉玉に惹かれるのは彼女も自分も同じ。
けれど、誰かと分かち合う歓びを彼女が識ることがないのなら。
「――さよなら」
別れの言葉と撃ち込むのは降魔の一撃、少女の拳が炎と略奪を司る妖精を無数の火の粉に変えて、水辺の夜風にすべてを散らして消し去った。
●蜻蛉祭
祭囃子が再開された縁日はいっそう華やいで、蜻蛉玉はひときわ楽しげに光を躍らせる。
銀の流水に小桜咲き乱れる珠、鮮やかな茜に金の紅葉が降る珠。祭の夜はまさに万華鏡の世界のようで、珠に小さな花が咲き乱れる様を蜻蛉の複眼に譬えて蜻蛉玉と呼ぶという話を思い起こせば、キアラの胸も足取りも弾まずにはいられない。
「とーか! いっしょにいこ!」
「ああん、合点承知なのそう呼ばれるとメロメロになっちゃうの~!」
実は『とうか』より『とーか』と呼ばれるのが好きらしい桃花。竜の娘達が楽しげに尾を弾ませる様を微笑ましく見遣り、パーカーは岩魚の燻製を一齧り。焙煎麦芽の薫りが豊かな地ビールの屋台に立ち寄れば、
「何だ、マンボウガイはもう終わりか?」
「マンボウは事が済めば海に還るのみ……ってな」
祭と来れば酒だろと言わんばかりに口の端を擡げた元隆と鉢合わせ。着ぐるみを仕舞って普通の海の男に戻った彼と酒好き同士笑み交わし、祝勝の杯をあげれば、
「にゃあん、どっちも美味しそうねぇ!」
「ん、カロンにも一匹やろう。未成年組は林檎飴とかタコ焼きとかどうだ、奢るぞ?」
「まさにお祭りって感じですね、ありがとうございます!」
飾り毛が揺れるカラカル耳と鼻をひくつかせたカロンと、タコ焼きに瞳を輝かせた刹那の笑顔も祭の賑わいに咲いた。
大人の役割だとばかりにパーカーは大盤振舞い。やはり彼にもらった林檎飴を齧りつつ、黄金の瞳に煌き映したミケも祭の夜を泳ぐ。
「ジャッポーネの屋台、フェスタ……とってもベッロ」
深紅に煌く林檎飴も綺麗で美味しくてお気に入りになったけれど、めくるめく彩と煌きを咲かせる蜻蛉玉達も飛びきり素敵。家族のみんなのも欲しいけれど、と思いつつも、ミケは紫の煌きの前で足をとめた。大切なひとの瞳の色。
夜を覗く心地で蜻蛉玉を光に翳せば、紫の硝子の中で月にも薔薇の花弁にも見える金箔が煌いた。
――ピアスなら、つけてくれるかな。
今宵の祭に満ちる煌きは歩みのたび彩も紋様も華やかに変化して、まさに無限の万華鏡の世界を渡る心地。良かったら一緒しない? とカロンから刹那を誘ったのだけれど、次々と咲く煌きに心奪われ、ともすればカロン自身がはぐれてしまいそう。
けれど煌きを手に感嘆の吐息を洩らす刹那の姿を見れば、ふふりと笑みが零れた。
「あら? 同じの二つ買っちゃうの?」
「ええ! 彼氏とお揃いにしたくて♪」
幸せそうに笑みを咲かせた刹那の手には真紅に金彩咲く蜻蛉玉。
花に見えるのに、角度によって雷光に見えるのがなかなか粋だ。
ほんと目移りしちゃうわねぇ、と至福の心地で細めた瞳でひとつひとつをじっくり眺め、迷いに迷った果て、流麗な赤にカロンの尻尾がぴんと立つ。
磨き抜かれた湧き水みたいに透きとおった硝子の中、鮮やかな赤の金魚を封じた蜻蛉玉。くるり回せば優美な尾びれが翻り、金魚が泳いでいるようで。
「わ、それ凄く可愛いのだ!」
「でしょ? とっても『夏!』って感じよね!」
覗き込んだ千の声に思わず笑み崩れた。
――きっと、ずっと大事に持っていく。
某大人がくれた甘栗を頬張りながら夜色サテンの裾をふわりひらりと翻し、千もさっきの金魚みたいに祭りの夜を泳いで回る。まるで万華鏡、そして。
賑やかな星空みたいだ。
なんて思って瞳を緩めればその先に、深い藍色硝子に金の星を鏤めた蜻蛉玉。
隠した翼がぽんと咲けば、すぐ傍でくすくすと零れる笑み。見れば、綺麗よね、とやはり夜の珠に星を封じたイヤリングを手にしたオラトリオが微笑んでいた。
迷わずお買い上げすれば、参道の先に見知った姿。
「あ、桃花さん」
「ほんとだ、桃花ー! 見て見て!!」
「勿論なの、そして千ちゃんとゼルダお姉様にもわたしの見て欲しいの~!」
桜色に金の木洩れ日降る蜻蛉玉を披露する娘に、千も深く澄んだ夜に星の煌きめいっぱい咲く蜻蛉玉をお披露目。これに一目惚れした理由なんて決まってる。
「このお祭りをぎゅっと閉じ込めたみたいって思ったのだ!」
皆の命に笑顔、今宵護りぬいた幸せを凝らせたような、飛びきりの宝物。
「ふふ、どれもめんこくってどうしよ!」
瞳に映る煌きすべてが心を震わせるから、キアラの眦も頬も緩んでいくばかり。やっぱり某大人がくれたベビーカステラを皆にお裾分けしつつ、三つの花咲く一挿しが瞳にとまれば心にも花が咲く心地。
芽吹きの緑を抱く簪、ゼルダが春色乙女の髪に挿す彩に、それも桃花らしねと破顔して、キアラは桃花の髪に夏色を添える。
眩い夏空の青、気泡いっぱいの冷たいラムネ。
そんな鮮明で透明な夏の幸せそのものみたいな、極上の、青。
――嬉しかったよ。
内緒話みたいに囁けば、飛びきり嬉しげな笑みが返った。
「これ、桃花、好き?」
「すごく、すごく大好きに決まってるの~!!」
見るたび必ず鮮やかに、あの夏を思い出す。
深みのある紺碧により深い蒼の流れ、まるで潮流を閉じ込めたような蜻蛉玉は元隆の心を強く惹いた。装飾品に拘る性質ではないが、
「日本じゃ蜻蛉を勝ち虫って言うんでな、縁起良さそうだろ?」
「ほう、そりゃ確かに加護がありそうだな」
そう嘯けば、軽く瞳を瞠ったパーカーも鮮烈な緋に金の火花咲く蜻蛉玉を手に取った。
ちなみにこの二人、一緒に行動しているわけではないのだが、嗜好が近いのか気侭に足を向ける先がほぼ同じなのである。
戦勝祈願でもするか、火と鍛冶の神って銃にも縁が深そうだ、と其々次に向かった場所もやはり同じ神社で、社務所から出てきた少女に気づいたのも同時。
「お、着替えたのかイチカ」
「ほら、こいつも持ってけ」
「モトタカくんこそ! パーカーくんはありがとね!」
元隆に応え、パーカーから瓶詰めの金平糖を受けとって、社務所で着替えさせてもらったイチカも祭りの夜に泳ぎだす。新緑の彩を見つけ、
「おつかれさまぁ、おまたせロロくん!」
おせぇよと振り返った彼に藍色に金魚が泳ぐ浴衣姿を披露すれば、金の瞳が細められた。
「――いいなそれ。かわいい」
秘密を見せたくない乙女心はさらり受けとめ、歩調を合わせて彼は少女の手を握る。
預けた手の中身は鉄。
わたしは、知られたくないのかな。知ってほしいのかな。
二度目の躊躇いに炎の心臓とくりと脈打たせ、柔く手を握り返してイチカはわざと明るく声を弾ませた。
「ロロくんは何買う? しっぽ結ぶやつとか?」
「しっぽって何だよ……こういうのは、お前のが似合う」
尻尾が三つ編みと気づけば彼は口を尖らせ、けれど小花にハートの蜻蛉玉溢れる簪を手に取れば、灯りを暖かに照り返す少女の髪を飾って見せる。
緩んだイチカの瞳が見つけたのは蜜色の蜻蛉玉。
「わたしだけじゃないよ。……ほら」
陽色煌く結い紐を彼の新緑に添え、少女は森の木洩れ日を見つめるように笑った。
それは灯籠のあかりと蜻蛉玉の煌きが描きだす、万華鏡めいた祭の夜のこと。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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