天牛再誕

作者:刑部

 鳥取県のJR津ノ井駅の駅前。
 一か月ほど前に黙示録騎蝗による不退転侵略部隊の作戦の一旦として、カミキリムシのローカスト『ゴマダラグレアス』とケルベロス達が死闘を繰り広げた場所である。
 そこにシスターが佇んでいた。
「この場所もまたケルベロスとデウスエクスが戦う縁の地……ケルベロスに殺される瞬間、彼は何を思っていたのかしら? ……そうね、貴方達、折角だから、彼を回収してくださらない? 何だか素敵なことになりそうですもの」
 そ振り返ったシスターに呼応する様に3体の怪魚が宙を泳ぐ。
 その3体の怪魚が泳ぐ軌跡が、魔法陣の如く浮かび上がるのを見たシスター……否、因縁を喰らう死神『ネクロム』は姿を消す。
 魔法陣の中心に、ローカストが不退転侵略部隊が一体ゴマダラグレアスが現れた。
「ワレ……ススム……前エ、マエへ……」
 大きな顎を打ち鳴らし触角で風を切ったゴマダラグレアスは、知性を失っている様で、うわ言の様に同じ言葉を繰り返していた。

「鳥取県のJR津ノ井駅の駅前、この前倒した不退転侵略部隊のローカストを女性型の死神がサルベージしよったみたいや。確かアギトさんの宿敵、『因縁を喰らうネクロム』っちゅー死神らしいな」
 杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が事件の概要を説明し、今回の首謀者がアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の宿敵である事を説明する。
「怪魚型の死神にこっちに殺されたデウスエクスの残滓を集めて、死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、持って帰れと命じとったんは、どうやらネクロムみたいや」
「ゴマダラグレアス……勇敢に戦って死んだのに英霊にもなれず、傀儡とされ走狗にされるとは……敵とは言え哀れね」
 そのゴマダラグレアスと刃を交えたスマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)は、その戦いを思い返して嘆息する。

「スマラグダさんの言う通り、ネクロムがサルベージするんは、ローカストの不退転侵略部隊の一人、ゴマダラグレアス。斑模様が発光する長い触角を持ったカミキリムシ型のローカストや。
 メカメカしい姿やったけど、サルベージされてどっちかっちゅーと獣じみた感じになっとるわ。
 これに3体の怪魚型死神がおるけど、こっちはたいして強い訳やあらへんと思うから、注意するのはゴマダラクレアスの方やな。
 前の戦いでは発光する斑模様は周囲に障壁を張り、長い触角は鞭や鎖の様に襲い振るわれ、顎の強烈な一撃が特徴やったで。せやけどサルベージされて変異させられてるかもしれんから、ホンマに十分注意してや」
 千尋がスマラグダに確認を取りながら説明を続ける。
「あ、付近の住人の避難は完了しとるさかい、その辺は気にせんでえぇで」
「なら、戦闘に注力出来るって事ね」
 付け加える千尋に、スマラグダが確認をとる。
「せやな。ネクロムのサルベージ作戦を防ぐ為にも、敵とは言え勇敢に戦って散った者の尊厳を守る為にも、鳥取までヘリオンかっ飛ばすから、宜しく頼むで」
 それに頷いた千尋は、そうケルベロス達の目を見て言い切ると、八重歯を覗かせる笑顔を見せた。


参加者
フェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)
シレン・ジルヴィルト(フェルモーント・e02408)
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)
成瀬・涙(死に損ない・e20411)
スマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)
アークレスフリート・ヴァルキュリアーク(其の正義の心は静かに瞑想する・e27191)

■リプレイ


 JR津ノ井駅の駅前。
「ワレ……ススム……前エ、マエへ……」
 呟くゴマダラグレアスの周りの宙を、3体の怪魚が嬉しそうに泳ぐ。
「私には解りませんが、どんな気持ちなのでしょうね? 他人に晩節を汚されるというのは……」
「まったくだ。虫野郎に罪が無いとは言わねぇが、元凶の魚野郎は殲滅だ。一匹残らず狩り尽くしてやる」
 そこに向って青み掛った銀髪をたなびかせて駆けながら、ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)が呟くと、その隣で帽子を押さえながら駆ける志藤・巌(壊し屋・e10136)の蒼い鴉の衣の裾が翻る。
「どちらも同じ『奪う者』だろう。再び命を踏み躙ろうとするのなら、壊すまで」
 その後ろ、黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)が腕の『蔓』にちらりと目をやり、前に視線を戻す。
「……そう……ね」
 短く応じた成瀬・涙(死に損ない・e20411)が、ラグドールのウイングキャット『スノーベル』と共に市邨に続くと、宙に浮かぶ魔法陣とゴマダラグレアス、そして宙を泳ぐ怪魚達の姿が視界に入って来る。
(「死神か……不退転侵略部隊のローカストを蘇らせるとは……強力な敵を仲間にすると言うのは理には適っているけどね……」)
 モノクルに手を当て目を凝らしたアークレスフリート・ヴァルキュリアーク(其の正義の心は静かに瞑想する・e27191)が、厄介な事だよと嘆息し、
「死にきれなかったようね……今度こそ導いてあげる。ヴァルキュリアとして……そして、何より同じ死に損ないとして、ね」
 ゴマダラグレアスと怪魚達の姿を視認したスマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)が、エメラルドの如き双眸を細める。
「兄ぃ、虫はまるっと丸焼きですのです。魚はこんがり炭にしますです」
「おうフェリ。だが、無茶だけはするなよ!」
 狐耳をぴくぴくと動かしたフェリス・ジルヴィルト(白雪子狐の道標・e02395)が声を上げると、その兄であるシレン・ジルヴィルト(フェルモーント・e02408)が影塗りの鈴の鈍い音に乗る声で妹に注意を促した。
「マエエ……マエエ……」
 迫って来る此方に気付いたのだろう。向き直ったゴマダラグレアスが触覚を振るって地面を打つと、いつでも動ける様に腰を落とす。
「蔓。御前の出番だ、往っておいで」
 一番槍は冷淡な視線を向けた市邨。
 『蔓』が触手形態をとって敵に襲い掛かるが、地面を蹴ったゴマダラグレアスが触角を振るって、その蔓触手を払って一気に距離を詰めようとする。本人の意思か否かは別として、死してなお不退転を貫くローカストは、ひたすら前のめりに顎を鳴らし襲い掛かって来た。


「……月華の如く、……咲き乱れ」
 涙の地獄化した微かな声い呼応する様に、月明かりの元で咲く華が咲き乱れて、前衛陣に纏いしものを打ち砕く力を与え、スノーベルもその翼を羽ばたかせ耐える力を付与する中、市邨の放った攻性植物を弾き、涙の出した華を散らし距離を詰めるゴマダラグレアスの前に、立ちはだかったのはミチェーリ。
「牽制に徹する間くらいは、身軽になって戦うとしましょうか、さて……震えることすら許さない……! 露式強攻鎧兵術、“凍土”!」
 地面を叩いてハンマーを下ろすと、突っ込んで来るゴマダラグレアスに掌底を見舞う。
「ギギッ……マ、マエエ……」
 急速に凍る自身の体に一瞬だけ視線を落としたゴマダラグレアスだったが、再び顔を上げると、ミチェーリを始め、その左右から怪魚を狙おうとしたフェリスやシレン達をも触角を撓らせ叩き付ける。
「うおっ、俺かよ! 離しやがれ!」
 その触角の1本に足首を絡め取られたのは、怪魚に向かって気咬弾を放とうとしていた巌。
 隕焔の篭手で触角を掴み、灼炎の篭手で殴りつけようとするが、空中を振り回されている状況で上手く狙いが定まらない。
「やらせないわよ!」
 その間にオウガ粒子を纏い超感覚に覚醒したスマラグダが、黒太陽を具現化させゴマダラグレアスを焼くが、今度はそのスマラグダに向かって怪魚達が次々と怨恨弾を飛ばす。
 アークレスフリートの紡ぐ歌により、一部威力を減じられたとは言え、3連撃を受けたスマラグダが苦痛に顔を歪めるが、
「……まだ……」
「離してもらいますよ」
 涙が前衛陣をオーロラで包み、そのオーロラをも裂くが如く冷気のオーラを纏ったミチェーリの鋭い蹴りが、巌を絡め取るゴマダラグレアスの触角を斬り落とした。
「助かったぜ。ったく後で倍にして返してやるから待っていやがれ」
 落ちた帽子を拾い上げ被り直した巌は、ゴマダラグレアスに人差し指を突き付けそう言うと、その後ろで調子に乗っている怪魚に気咬弾を放つ。
「また生えて来るのね」
 回復してくれた涙に目礼を返したスマラグダは、斬り落とされたところから新たな触角が伸びて来るのを見て、一層死神に対する嫌悪感をつのらせる。

 一方3体の怪魚達は、巧みにゴマダラグレアスを盾にする様に動き、連携の取れた動きで怨恨弾を浴びせて来る。
「後ろからチクチクと厄介だね。暫し軽挙を慎み耳を傾けたまえ、武装した聖者の行進曲、不浄たる天使の讃美歌、穏健なる盟友の軍歌 、不死なるものへ旅立ちの歌、さようならのかわりに」
 その怪魚の1体に向け詩を紡ぐアークレスフリート。その歌声から身をよじり、天頂方向に逃げようとする怪魚に巌が飛ばした気咬弾が爆ぜ、
「そう簡単に逃げれると思ってもらっては困りますです」
「貰ったぜ!」
 フェリスが伸ばした鎖が絡み付いて引き摺り落とし、その怪魚に間髪入れず魔を祓う光狼を喚び嗾けるシレン。
「触角が動くよ、気をつけて」
 だが、後ろからの怪魚に向けた『轍』の主砲、その斉射音と共に聞こえた市邨の声に、フェリスとシレンは確認するより早く跳び退き、先程まで彼らの居た場所をゴマダラグレアスの触角が薙ぎ払う。
 すぐに涙とスノーベルが回復を飛ばす中、
「蔓が届かなかったのは意外だったけど、覚悟はいいか。……俺は外さないよ」
 フェリスの鎖から逃れ、再び宙を泳ごうとする怪魚に市邨。
 ゴマダラグレアスが前衛に、怪魚達が後衛に位置した為、ストラグルヴァインが届かないが、市邨はドラゴンの幻影を以って怪魚を穿つ。
「もう少しだけお願いしますなのです。兄ぃ! 今だよ」
「了解だフェリ。来い!」
 ゴマダラグレアスを抑えるミチェーリとスマラグダを見てそう呟いたフェリスの元から狐火の精霊獣、応じたシレンの元から光狼の精霊獣。2体の精霊獣は螺旋を描いて突き進み、一塊となって怪魚に牙を突き立てると、遂に怪魚はドス黒い体液を撒き散らしながら地面に落ちる。
「先ずは1体。さぁ、この勢いで次々と屠ってゆくよ」
 モノクルを光らせたアークレスフリートは、スマラグダ目掛けて怨恨弾を飛ばす怪魚達に、水晶剣の群を突っ込ませた。


「ギギッ……マエ……エ……ギギーッ!」
「まだその速さで動けるのですか……」
 ミチェーリの放った4度目の掌底を喰らい、凍る足は石の如く重い筈だが、それでも尚、歩を進め触角を振るうゴマダラグレアスにミチェーリが目を見開き、その怨嗟の咆哮が彼女を含めた前衛陣の身を震わせるが、その後ろから飛び出したスマラグダが、
「いくら叫んでもあなたの求めるモノは手に入りはしない。導いてあげるから観念しなさい」
 双剣を以って十字を描く斬撃を見舞う。
「……悲しい……声……」
「掛ったね。死神はどんなトラウマを見るのかな?」
 その後ろで首を振って耳を抑えた涙が、オウガ粒子を放出して味方の回復を図り、ナイフの刀身を晒したアークレスフリートは、対象の怪魚が何もない虚空に食らい付く様に翼を羽ばたかせ口角を上げる。
 その見知らぬトラウマを攻撃する怪魚を、スノーベルが引っ掻いて飛び退いたところに、
「……そこだ」
 体の向きを変えた市邨の轍が火を噴き、放たれた弾は目標を違わず次々と怪魚の体表で爆ぜ、悶える怪魚は鱗と体液を散らして地に落ちた。
「兄ぃ、捕まえた。はやくはやく!」
「了解だフェリ、いま……うわっ!」
 残った1体を鎖で締め上げたフェリスがシレンを急かすが、シレンはその声に気を取られた隙を突かれ、ゴマダラグレアスの触角に絡め取られた。
「兄ぃ!」
 振り回されるシレンの姿にフェリスの気が逸れ、怪魚は鎖の呪縛を払おうと身をよじるが、その右目を穿った気咬弾が左目を突き破って地面を穿ち、両眼を失った怪魚は尻尾で激しく地面を叩き悶絶する。
「っと、眼を狙った訳じゃねぇが、運も実力の内だろ? それともてめぇが不運なだけか?」
 その気咬弾を放った巌の頬が緩む。そののたうつ怪魚にアークレスフリートがトドメを刺し、残るはゴマダラグレアスただ一人。

「怪魚は片付いたわよミチェーリ」
 眼前に迫るゴマダラグレアスの大顎を、ガントレットで防ぐミチェーリの後ろから、シレンを捕えた触角を斬り落としたスマラグダの声。その声を肯定する様に、
「やっとだね、思う存分往っておいで」
 白い勿忘草を咲かせる市邨の攻性植物『蔓』が、するすると伸びてゴマダラグレアスに絡み付き、ゴマダラグレアスが視線を落とした隙に跳び退いたミチェーリが、地面に突き立てたハンマーを掴んで再び仕寄る。
「やってくれるぜ。引き寄せずに振り回すだけとは……合わせるぞフェリ。且は空を裂く光輝の獣。魔を祓いし白き光よ、魔を清める狐火と共に空裂き疾走る雷身となれ」
「兄ぃ大丈ぶ……わかった。其は疾く走る狐火の獣。魔を清めし青き焔よ。魔を祓う光輝と共に空裂き疾走る雷身となれ」
 横転して立ち上がったシレンがフェリス声を遮りモーションに入ると、フェリスも直ぐ様、狐火の精霊獣を喚ぶ。
「要はその触角さえ封じてしまえば良いのだよね?」
 その間にアークレスフリートが朗々と紡いだ幻影のリコレクションに、ゴマダラグレアスが苛立った様子で首を左右に振り、咆哮疾駆し迫り来る2頭の精霊獣に気付いた。
 2頭は疾走したまま螺旋を描くと、まるで1つの獣の如く合わさってゴマダラグレアスに食らい付く。
「ゴギ……ワ……ギギギッ!」
 ギリギリと大顎を鳴らすその音がケルベロス達の精神を乱し、その触角が無秩序に振るわれるが、
「ふんっばってくれるじゃねぇか、だがそこまでだ。……沈め!」
 フェリスに迫った触角を弾き上げた巌が、その懐に飛び込んで踏鳴りを起こすと、目にも止まらぬ速さで次々と拳を繰り出した。
「……まだ……」
 後ろでは大きく羽ばたいたスノーベルが風を送り、涙の起こしたオーロラの光が仲間達を包む。
 連続攻撃を見舞った巌が、ゴマダラグレアスの胸を蹴って飛び退くその下をくぐる形でスマラグダ。
「あなたの魂とあたしの魂、重いのはどっちかしら?」
 見上げて繰り出した掌から、螺旋の力が放たれゴマダラグレアスの体内を駆け巡る。
「凍結させるは進化可能性……死者を前へは進ませない!」
 答えを聞く前……もっとも答えられないであろうが……跳び退いたスマラグダの後ろからミチェーリ。吶喊力と遠心力を加えたハンマーの槌頭が、ゴマダラグレスに叩き付けられた。
「ゴフ……グ……ギッ……マ……マエ……エ……」
 それでも倒れず手を伸ばし、絡み付く市邨の蔓をひきずり一歩踏み出すゴマダラグレアス。
「もういい……いいんだ。ここが前へ進んだあなたの終着点なのだから」
 思わず呟いたスマラグダに顔を向けるゴマダラグレアス。
 次の瞬間その瞳が光を失い、糸が切れた操り人形の如くゴマダラグレアスはその場に崩れ落ちたのだった。

 こうして操られながらも己の信念を貫いたローカスト……ゴマダラグレアスを倒した一行は、死神に対する嫌悪、そして一部の者はゴマダラグレアスに複雑な感情を抱いて、津ノ井駅を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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