眼鏡と花と熱と

作者:ヒサ

「みんなー! ありがとうー!」
 ステージだけが明るく照らされた、小さなライブ会場。ライトの熱ばかりでなく、盛り上がる観客達の熱気ゆえもありひどく暑い空間で、歌い終えた壇上の女性達がきらめくような笑顔を見せた。
「今日はみんなに会う為にー、私達眼鏡を新しくして来ましたーっ」
 グループのリーダーと思しき女性が、踊って上がった息を整えつつ、真っ赤なフチが目立つ眼鏡に指を遣り整えると、下は中高生から上は壮年まで、七割方が男性の観客達が歓声を上げる。彼らもその殆どが眼鏡を装着していた──彼女達に合わせての伊達という人も結構な数居るとか。
 彼女達はいずれも白ブラウスに暗色のプリーツスカートとネクタイを纏い、各々特徴的な眼鏡を掛けた、女子学生風のグループである。メンバーには現役の学生も居るがその半数以上が元学生、見目だけはたゆまぬ努力によって若々しく保っている、知る人ぞ知るアイドルだった。これはフレームが特注で、とか、これはレンズの色が、とか、曲率が、とか、各人が眼鏡にまつわるトークを繰り広げ聞き手達と共に一喜一憂し、会場には不思議な一体感が生まれていた。
「──それでは、そんなレイちゃんの思いから生まれた新曲を……」
 全員が語り終えたところで、次の曲を、とリーダーが声を張り上げた。それを、突如派手な音を立てて開かれた扉と、そこから押し入ってきたオーク達が遮る。
 オークを率いるのは『ギルビエフ・ジューシィ』。彼は呆気に取られる観客達をかき分けてステージへ上がると優雅に一礼し、アイドルグループのリーダーへと名刺を差し出した。
「あなた方のその若作……コホン、美に対する情熱と眼鏡愛は、我が主の『ドラゴンハーレム』に相応しい。是非我らの元で繁殖に励んで頂きたいと、此度スカウトに参りました」
 アイドル達もまたきょとんとしていたが、徐々に事態を理解し彼女達は青ざめていく。
「こ、困りま──」
「──もっとも、ギャラも拒否権もありませんが」
 脅えながらも何とかといった風、口を開いたリーダーの言葉を、ギルビエフが掻き消した。彼の声と共に、連れられていた配下のオーク達もまた一斉に舞台へ上がりアイドル達をさらうべく触手を伸ばす。
「ぼうっとするな! 皆を守れー!」
「女の子達は逃げなさい、ここはおじさん達に任せるんだ!」
「それ以上はさせない、離れろオーク野郎!」
「ミカちゃん、掴まる前に逃げて! 」
「アキちゃん、こっちだ! 手を──」
 同様に我に返った観客達が奮い立ち、オークから女性達を守る為にと動く。
 だが非力な一般人がデウスエクスに敵うはずも無い。触手に絡まれたアイドルの一人を助けるべく伸ばした男性の手は、別の触手に叩き落とされ、その持ち主は邪魔だとばかり蹴転がされる。男性達が束になって掛かってもそれは変わらず、彼らは次々力尽き、その惨状にアイドル達の悲鳴が響く。
 しかしそれもほどなく、己を待ち受ける未来を悟り絶望に呑まれ潰えて行った。

「地下アイドル、というそうね。熱心なファンを持つけれど、知名度はそう高くない彼女達を狙って、『ギルビエフ・ジューシィ』とその配下のオークが動いているようよ」
 篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は、とある小さなライブ会場の場所と共に情報を伝える。今回現れるオークはギルビエフを除き十体。アイドル達を触手で捕らえ拉致するという。彼らの目的はアイドルである女性達を無傷で確保する事のみだが、邪魔する者が出た場合は彼らを殺してしまう。これを、オーク達が現れるのを待ち構えた上で阻止して欲しい、とヘリオライダーは言った。
 お薦めは予め会場内に観客として潜入する事だと仁那は続ける。現場は暗くて狭くて暑いし、オーク出現前にライブ進行自体を妨げるような事があれば退出を要求されて面倒が増える可能性はあるが、何事も無ければ敵が現れた際に速やかな対処が可能になるだろう。
 オーク達は決してアイドル達を傷つけないが、それ以外の者を殺す事には躊躇しない為、注意が必要になる。それは──今回の目的から外れる為だろう──女性の観客も例外では無い。観客達のファン精神は、たとえケルベロス達が『ここは任せて逃げてくれ』と言ったところで鎮まることは無いようで、男性ファン達から避難を勧められる女性ファン達はともかく、男性ファン達の命をも守ろうとするならば、彼らの心に響く説得を試みる必要がありそうだ。
「ええと……『ケルベロスだから』だけでは難しそうだから、正論だけではきっと駄目なのでしょうね。何とかして同志と思って貰う、とかかしら」
 あるいは逆に、彼らの原動力である感情を冷ましてしまうとか、別の感情で上書きしてしまうとか。こちらは事後に揉める元となるかもしれないが、そこは上手く宥めて貰うとして。
 その場に居合わせる男性ファンは三十名弱。一人一人に構う暇は無いであろうから、勢いと雰囲気で押し切る必要があるだろう。上手く行けば彼らは自力で速やかに避難してくれるし、それ以上の被害者候補が現場に紛れ込む事も抑止してくれる筈だ。
「会場はごく小さいものだから、戦いになれば設備に被害が出るのは避けられないと思うわ。でも、ステージ上を除けば何も……ゴミとか落とし物はあるかもしれないけれど、椅子やテーブルも無いがらんとした部屋だから、戦い辛くは無いのではないかしら。アイドルさん達がその場に残っていたりした場合は、庇ったり逃がしたりが必要になるかもしれないけれど」
 ケルベロス達にはオークを殲滅して貰いたいが、配下はともかくギルビエフに関しては、その場で片を付けるのは難しいと思われる。雑兵である配下達は、それが可能な状況であればアイドル達──全部で五名居る──の捕獲を試みる事はあっても、それ以上の知能や策などは見せない。しかしギルビエフ自身は混乱に乗じて姿を消してしまうらしく、彼の尻尾を掴むのは簡単な事では無いようだ。
「アイドルさん達もそうだけれど、観客のひと達のことも、出来るだけ無事に助けてあげて貰えると嬉しいわ」
 オーク達の戦闘力そのものは、ケルベロス達であれば遅れを取ることは無いであろうが、油断は禁物。気をつけて、と仁那は皆へと依頼した。


参加者
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
相馬・竜人(掟守・e01889)
レイ・ヤン(余音繞梁・e02759)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
メロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス受験生・e03824)
橘・相(気怠い藍・e23255)
篠村・鈴音(焔剣・e28705)

■リプレイ


 眼鏡談義に花を咲かせたり眼鏡愛を歌う曲にノってみたりするうちに、その時は訪れた。オークの出現に混乱する場内、押されてよろめく客を咄嗟に支える事は出来れど、物理的に敵を阻むのは難しい状況。
「そのスカウト待った! 私は聖地鯖江から来た認定眼鏡士公認眼鏡店経営者のケルベロスです!」
 ゆえ、メロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス受験生・e03824)が声をあげる。方角的には嘘では無い。彼女自身が認定眼鏡士であると言ってしまうのは良心が咎めるのか、大変長い文言を一息に言い切っていた。
「眼鏡の件は捨て置けません、それ以上は私達を通して頂きましょう!」
「流石先生、その使命感と正義感に痺れます憧れます!」
 目を惹かれた周囲がざわつく前に篠村・鈴音(焔剣・e28705)が援護に入る。手持ちの照明をメロウへ当てると、彼女が身につけている眼鏡が光を反射しきらめいた。その輝きに周囲の客達がどよめいた。
 それもその筈、今のメロウは普段の眼鏡の他に、額に一つ首元に一つ、胸ポケットと開いた襟元とベルトに一つずつ、合計六眼鏡を身につけた超眼鏡人である。先の名乗りを正しく聞き取り理解出来た観客は殆ど居なかったが、眼鏡的に凄い人物であるとは伝わったようで、壇上へ向かう彼女と照明係を担いがてら続く鈴音を阻む者も居なかった。これを好機と他のケルベロス達も観客達を護るべく動く。
「この騒動で眼鏡を壊したくは無い、預かって貰えないか。ついでにこちらも頼めると助かる」
 罪咎・憂女(捧げる者・e03355)は己の伊達眼鏡を外し近くの男性へ渡した。続けて先程オークが入って来た扉の開放を頼む。この室内においては非常灯の下にある其処が、最も効率的な避難経路だった。
 男性は憂女を見て目を瞠った。彼はケルベロスとしての彼女を知っていたようで、まさか貴方も眼鏡人だったとは、などと興奮気味に請け負う。
「俺らが奴らを食い止める、テメエらはその間にあいつらを護って逃がせ」
 人々が我に返る前にと相馬・竜人(掟守・e01889)が近くの男性達へアイドル達の保護を指示する。徐々にではあるが客達が動き始めた。
「──『公認』であって『在籍』じゃないって事は非常勤か何かですか、お店にいらっしゃる曜日などは決まっていますか!?」
 その頃壇上では、かの長文を一度で聞き取り理解したアイドルのリーダーがメロウを質問攻めにしていた。衣装の都合でひれ伏しこそしなかったが、彼女の目からは尊敬と熱意が駄々洩れだ。
「ねえアキちゃん、それって凄いの」
 傍で圧倒されているアイドルの一人が尋ねるが。
「凄いなんてものじゃ無いよ、認定眼鏡士とは眼鏡を求める全ての人の道標にして神、眼鏡のプロだよ!? その公認眼鏡店ということはこの人が取り扱っている眼鏡は種類も質も申し分無い筈で」
 多分に思い込みと脳内補完があるが、メロウも鈴音も穏和な笑顔でその遣り取りを見守るに留めた。沈黙は金。
 リーダーがこの調子なので、他のアイドル達にも眼鏡的好奇心や眼鏡的敬意が徐々に伝搬していた。舞台近くの観客達もそれは同様。間近にオークの群れが居るというのに、ケルベロス達以外はその存在を忘れているに等しい状況だった。それを幸いと判断したか数体のオークが、舞台隅で比較的大人しくしていたアイドルを狙い触手を伸ばす。
 だがそれを阻んだのは壇上に辿り着いたフラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)。細剣が触手を弾き彼女は狙われたアイドルへ避難を促す。オーク達のように人々が転んでも構わぬと押しのけるわけにも行かず出遅れ気味にはなったものの、ケルベロス達が不覚を取ることなど無く、彼らは敵を包囲するよう集結しつつあった。
「覚悟なさい。私の渇きを潤して貰う……」
 有象無象にどれほど期待出来ようか、とは思えど足しにはなろう。フラジールは敵を見据え。
「私の箱足が健在なうちは、彼ら彼女らのレンズには指紋一つ付けさせません!」
 メロウはリムを伴いアイドル達を庇うよう立ち宣言した。その様は少なからず彼女達の心に響いたようで歓声が上がる。
「あなた方はステージの下へ! こちらは戦場になります、皆さんと一緒に逃げて下さい!」
「皆は彼女達を無事に逃がしてあげて欲しい。あいつらの好きにはさせない」
 アイドル達の士気が上がったのを幸いと、すかさず鈴音が勧めた。舞台のすぐ下でレイ・ヤン(余音繞梁・e02759)もまた、傍の男性達へ依頼を重ねる。
「だが君達も逃げなくては危険では……」
「私達は大丈夫、戦うのは得意だから」
 客達に既に一目置かれた面々と、見紛う事無き男性である竜人はともかく、それ以外のケルベロス達は未だ、彼らからは護るべき女性として認識されている様子だった。今回ばかりは男装して来た方が話が早かったかもしれない、とレイは密かに眉をひそめる。
「眼鏡が損なわれるのは見ていられないんだ、アイドルの子達を託せるのは君達しか居ない!」
 手間取っては危険だと声を張り上げた橘・相(気怠い藍・e23255)の眼鏡がその時、光を受けて輝いた。立ち位置と角度をさりげなく調整済のそれは大変格好良くキラーンして、彼らの心を強く揺さぶる。
「そうだね、やっぱり皆の方が色々詳しいし」
「私なんかは眼鏡初心者だもの、皆さんから色々と学びたいの。だから皆さん無事で居てくれないと!」
 その隙にレイが同意を示し、駄目押しとばかり大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)が彼らを持ち上げる。それにぶーちゃんが気遣う如く彼女を窺ったが、生憎当の主人は男性達へキラキラした眼差しを向けるのに忙しかった。


 敵は奥へ誘い込んだ。既にファン達の心は掌握した。後は避難が完了するまでの補助さえ出来れば、とケルベロス達は戦いに臨む。舞台から下りるアイドルを追うオークも居たが、近くの者達でそれを阻んだ。
「まずは数を減らして!」
 言葉は己がサーヴァントへ指示がてら仲間達に依頼する。敵が多ければそれだけ治癒の手が足りない事態に陥りかねない。応え小竜は手負いの敵へ突っ込む──が、別の個体に割り込まれる。同族を庇ったのだと悟り、竜人が口を開く。
「下手にバラけさせられても厄介だ、前に出てくる奴から落とせ」
 彼自身はまず己を御すよう仮面を手に取る。髑髏めいた白い面が彼の顔を隠し、眼鏡の黒縁とぶつかった事でその手は刹那止まったが、静かに眼鏡を外し彼は仮面の装着を終えた。
「あ、勿体ない」
「慣れねえ物は着けるもんじゃねえだろ」
 近くの眼鏡愛好家に惜しまれたが首を振る。仮面に馴染みがある者としてかその様を眺めた後、フラジールは敵へと狙いを定め間近に吹雪を放った。接近戦を得手とする者が多い事もあり、概ね手近の敵から沈めて行く流れだ。併せ、殲滅を急ぐべく相は身に纏う流動鋼を輝かせ皆を支援する。一緒に彼女の眼鏡もきらめいた。
 宙へ憂女が不可聴の声を放つ。熱持つ空気が整えられ、その恩恵を受けた言葉が礼を告げた。前線で攻撃に注力する敵個体は三体、盾役と窺えるのが二体。これらを減ずるまでは気を抜けない。被害の拡大を厭い早めにと彼女は光を撒き仲間達を癒し支える。そうするうちに人々の避難も無事済んで、場が研ぎ澄まされる。
「太郎、援護を」
 己が小竜を伴いレイが敵との距離を詰める。太郎が敵の態勢を崩すに続き主が踏み込んだ。淡く艶めく三つ編みと緑の中華ドレスの裾が翻り、すらりとした脚が過たず敵を捉える。派手に蹴り抜き、ケルベロス達の攻撃の大半を一身に受け続けた敵の身が舞台から転げ落ちた。
 そのまま動かぬ同族の様を見、敵陣に動揺が広がる。その機に乗じ憂女は、治癒を言葉へ任せ、仲間達の目から外れがちな敵の後衛を狙い動く。翼を広げ立体的に動線を確保し、誓いの名を冠す二刃を構え敵陣へ切り込む。風と爆ぜて敵を圧し、出口など無いと知らしめる──敵の離脱を警戒していた者達を動き易くする為にも。
(「……『自分』では無く『自分達』」)
 深く。彼女の奥底、数多のものが降り積み褪せ行く下にそれでも残った教えの一つ。その行いのみならず在り方自体へも敬意を払い難い雑兵達が相手であれど、否、だからこそ一層。この戦いは護るべき他者の為に、振るう刃は共に往く仲間の為に──そう憂女は、『誰か』の為に舞い駆ける。
 戦況に目を配り、死角があれば補い合い、危機を察せば声を掛け合い。ほどなくケルベロス達は二体目を屠り盾役を殲滅し、敵火力の低減へと移った。

 幾らかすると、数名がかりで敵の動きを阻んだ為もあり、随分と戦い易くなって来ていた。敵を観察しフラジールは、炎を放ったばかりのその手で鞘に納めた剣の柄を握る。
「逃がさない……貴方はこの痛みを知覚できる?」
 静かな声はしかし、常とは違い冷たく強く。踏み込むに合わせ薙いだ刃は標的の胴を深々裂いた。血を零し悲鳴をあげる事を許された敵はされど死に瀕し怯む。苦しみなさい、幾つもの仮面が揺れて音を奏でるに合わせその主は怜悧に謳う。
 されど敵の攻撃役が複数健在である以上、ケルベロス達の負傷もまた軽んじられるものでは無い。皆の負担を減らすべく言葉は治癒に専念し、幾度目か手を翻す。
「可愛くなあれ!」
 敵の戦術は単調と言えた。彼らにとって判り易く脅威である相手、即ち前線に立つ攻め手達が優先して狙われる。盾役達が懸命に護るも混戦がちの現状、行き届いているとは言い難く、自然と治癒も彼らへ集中する。此度リボンとコサージュは束の間竜人を埋め尽くした。髑髏面も洩れなく。
「……悪い、手間掛けさせたな」
 ほどなく装飾は消え傷は癒え、精悍な青年は礼を述べるのみに留めた。今は割と忙しい事だし。
 楽観するわけにはいかないが、戦況は概ね悪く無かった。攻め手達は攻撃を集中させ、順調に敵陣を切り崩して行く。とはいえその後方の牽制も怠ってはならぬと、身軽に敵の触手を避けたレイは杖を振るい火球を撃った。炸裂したその熱は敵の中衛を捉えたが、凌ぐ一体を見つけて術者は仲間を顧みる。
「無理とまでは言わないが不安があるな。もう少しだけあいつ抑えて貰えないか?」
「心得た」
 憂女が敵前衛を飛び越える。それを追うよう相の銃弾が無数に飛んだ。鉛礫が敵の足元を撃ち払い触手も幾つか抉れる騒乱の中へ緋色の竜巻が荒れる。華と呼ぶには不似合いな色々が散り咲く様に敵陣が浮き足立ち、その機に乗じ攻め手達が畳み掛ける。
「悔いるならばあなたの裸眼力を……!」
「さっさと死んどけよテメエら!」
 紅の霊剣は敵を縫い止める楔と化した。鈴音は空の手を拳に握り敵の腹部へ抉り込む。一突き毎に敵の身は衝撃に痙攣を起こし、殴打と共にやがて爆ぜ行く。
 加熱するそちらとは裏腹に、振るわれた竜鎚に捉えられた個体は熱を奪われ動きを止めて行く。竜人の一撃は重く敵の身を打ちのめし、猶予も命もその全てを奪い尽くし、最期は周囲の熱気すら。
 残りは五体。ここまで味方の誰一人、ただの一体も欠ける事なく無事に護りきれた事に、それを担う者達がほっと息を吐いた。


 そこからは早いものだった。敵とて射手が残っていたけれど、善戦するケルベロス達を相手に数の差を覆すには至らない。一部、自己回復手段に不足があったかな、やら、手数の補助をもう少し増やしても良かったかな、やらの計算外はあったものの、彼らは助け合い危なげ無く戦いを運ぶ。
「そっち行った、気をつけて」
「ああ? 触んないでよ汚い!」
 その頃にはオーク達も、戦線を維持する一人である癒し手を脅威且つ与しやすいと読んだのだろう。触手が長く後衛を狙うのに警告が飛ぶが、狙われた当の言葉は常の『可愛い』を一時的とはいえ捨て去り容赦無い物言いと共に迎撃し、鎌の柄で触手を殴り落とした。その際彼女が密かに大変厳しい面差しであった事には、主を案じ顧みたぶーちゃんだけが気付いた。そして未だ慣れぬのか小さく震えた。
「それセルロイドですね、実にいい艶してます! そちらはチャームをブロウ智から提げるとは何とお洒落な!」
 大事に至らず済んだ様に安堵して。メロウは仲間達の眼鏡を褒めつつ敵の懐に潜り込む。揃えて伸ばした両腕に回転力と眼鏡力を乗せてかち上げた。
「眼鏡力の無い者にこの技は破れません!」
「悪い事する触手は撃滅だ!」
 高く跳んだ鈴音は仰け反る敵の首元を掴むと腹へ打撃を叩き込む。痛みのあまり蠢く触手を相が次々撃ち抜いた。眼鏡イズパワーとでも言わんばかりの特性高性能眼鏡は敵の動きを正確に捉え映し持ち主の予測までフォローするとか何とか。
「めんどくせえぞテメエら、アタマ逃がすのだけ一人前でよ」
「あ、そういえばいつの間にか消えてたな」
 比較的軽い身のこなしすら、狭い空を苦にせず舞い続けた憂女の手で封じられきった敵術士は最早ただの的と化していた。彼女が敵陣に取り残されぬようにも気を配る竜人は追撃の機を逃さず攻めるついでに敵を威圧する如く怒声を零す。一度に複数を相手取ることになろうと臆さず無数の拳撃を打ち込み蹴り技で間合いを調整しつつ立ち回るレイは、彼の言に改めて周囲を見遣った。
 そうするうちに残るは二体、敵の後衛は丸裸。ケルベロス達は手も気も緩める事無く仕上げとばかり更に加速する。
「ヨロイの艶を消してテンプルの光沢を引き立てるとは通ですね! そしてそちらは一山眼鏡ですね、確かな技術によって目力をも最大限に演出するとはナイスメガネ!」
 眼鏡愛用組の合言葉なのか、相と鈴音が呼応し連携を決めて行く。
 そして、所により眼鏡力が吹き荒れる戦いにもやがて終わりが訪れる。
「雌伏の竜よ、騒乱の中にて研ぎ澄まされし──」
 敵の正面へ出たフラジールの剣が青く瞬く。彼女の声は色を淡く、術式たる詠唱を紡ぐ。
「──その刃を挙げ! 叛逆の翼、翻せ!」
 掲げられた鞘に宿る竜が照明を弾き輝いた。抜き放たれた刃が閃いて獲物の肉を割りその血を豪雨の如く噴かせる。
 響いたのはただ断末魔。それが最後の一体で、やがて室内に静寂が訪れて。
「──出来ればこの後、新曲も聴きたいけど」
「まずは修復しませんとね」
 彼らは荒れた室内を見渡した。舞台も音響設備も派手に壊れている。
「確認と報告がてらアイドルさん達に伺ってみましょうか」
「あとスタッフもか。もう追加は無えな?」
 人々を安心させる為にも、とヒールを皆に任せ二名が扉へ足を向けた。
「私はアイドルさん達の若さの秘訣を教わりたいなあ」
「うん。後で聞きたいね、是非」
 年頃の女性達の切実な要望がその後を追い。
「予定では眼鏡的交流タイムもありますしね。是非ライブ再開して頂きたいです!」
「交流……なら、まだ良いけど。講義になったら、多分……飽きる」
 温度差の激しい言はされど、取り戻した平穏ゆえに共にふわりと緩んだ。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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